説明

脊椎動物エストロゲンに代替可能な植物抽出物の細胞生物学的同定法

【課題】更年期後の女性の健康維持に必要な女性ホルモン(エストロゲン)サプリメントの活性を迅速かつ正確に評価する方法を提供する。
【解決手段】エストロゲンを含有しない植物抽出物またはその希釈液に暴露したエストロゲン応答性ヒト培養細胞中の約200種の細胞増殖の制御や発生・分化等の主要機能に関連した遺伝子の発現量の変動を、細胞増殖試験とDNAマイクロアレイとの2つの手法によって、同条件で生理的濃度である1.0nMの17β−エストラジオール(エストロゲンの一種)を与えた場合と比較し、相関係数の値が種々のエストロゲン化合物相互の相関係数と同等以上である場合、植物抽出物は遺伝子発現レベルでエストロゲンに代替可能な生理活性をもつとする、エストロゲン類似物質の活性評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、女性ホルモン(エストロゲン)として代替可能な活性を含む植物抽出物またはその加工品を迅速かつ科学的に同定する方法に関するものである。食用、薬用、外用を問わず、植物抽出物にはしばしばエストロゲン活性を発揮する物質が含まれているが、エストロゲンとは化学構造が大きく異なるため、従来の物質同定をベースとした分析法ではエストロゲンとして代替できるかどうか同定が困難であった。そのため、エストロゲン補充目的に限れば、もっぱら動物胎盤などから抽出された脊椎動物ホルモンそのものが用いられており、非動物由来でウィルス感染などの心配のないエストロゲン活性は全く利用されていない。本発明は、この問題を解決するためにエストロゲン反応性のヒト培養細胞を用い、DNAマイクロアレイにより細胞増殖の制御や発生・分化等の主要機能に関連した遺伝子群の発現変動を定量的に検出する試験と増殖促進能の定量試験との2つの手法の組み合わせにより、植物抽出物やその加工品のエストロゲン様活性を細胞生物学的手法に基づいて定量的に評価し、女性体内のエストロゲン不足を補うのに必要な資質と力価をもつ抽出物を正確に同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人々の平均寿命が伸びている近年、高齢者の健康維持およびホルモン不足に伴う疾病の予防は、年々増え続ける社会の高齢者層のQOL向上及び医療費の抑制を考えると極めて重要な課題である。特に、更年期後の女性に不足しがちなエストロゲンの補充はますます重要性が高まっていくと思われる。近年では、マメ類等の食品に含まれるイソフラボンが人体に分泌されるエストロゲンに類似の活性を示すことが知られ、高い関心を集めている。イソフラボンを含有する植物抽出物もしくはその発酵産物は、更年期後の女性への有効なホルモンサプリメントとして期待されるが、物質ベースで同定、製造、提供されるこれらのサプリメントの人体への影響を迅速かつ正確に評価する測定系がいまだ開発されていないため、これらの製品がエストロゲン補充療法に用いられることはない。
【0003】
イソフラボンの定量法としては、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)や質量分析など、高感度物質同定/定量法によりゲニステインやダイゼインなどの主要なイソフラボンの量を標準物質を用いて正確に測定することが可能である。ただし、これらの技術では、様々なイソフラボンを含む成分が混在する植物由来のサプリメントが全体としてどの程度、または遺伝子発現変動レベルでどのような作用を人体に及ぼすのかという最も重要な情報は提供できない。これがエストロゲン補充目的に限り、もっぱら動物胎盤などから抽出された脊椎動物ホルモンそのものが用いられている理由である。
【0004】
エストロゲンの補充としての非動物由来エストロゲン活性含有物を活用するためには、成分ごとの高感度分析よりも、混合物全体としてヒトのエストロゲン応答細胞にどのような影響を与えるのか、また本来のエストロゲンと同等の影響を及ぼすにはどの程度細胞に与える必要があるのかといった情報が最も重要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、イソフラボン等の女性ホルモン(エストロゲン)類似物質を含有する植物抽出物等のエストロゲン類似活性を高感度で迅速かつ正確に評価し、人体におけるエストロゲン不足を解消するのに必要な植物抽出物の同定と力価を決定する細胞生物学的な測定法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、エストロゲン受容体を発現し、エストロゲンに高感度で反応するヒト由来培養細胞を用い、DNAマイクロアレイ試験と細胞増殖試験との2つの手法によって細胞生物学的にエストロゲン類似物質の活性を評価するものである。
【0007】
すなわち、ヒト乳がん由来MCF−7細胞に植物抽出物などの試験物質を添加して細胞増殖への影響をエストロゲン標準物質(通常、脊椎動物エストロゲンの中でも最も比活性の高い17β−エストラジオール「E」を用いる)のそれと比較し、試験物質のエストロゲン活性の強度を評価する。さらに、試験物質で処理したMCF−7細胞よりRNAを抽出し、細胞増殖の制御や発生・分化等の主要機能に関連した遺伝子群の変動をDNAマイクロアレイにより解析し、試験物質の人体への影響を遺伝子発現変動値に基づいて評価する。
【0008】
本発明では、エストロゲン標準物質として、生体内で分泌される脊椎動物エストロゲンの中でも最も比活性の高い17β−エストラジオール(E)を用い、試験物質による遺伝子の発現変動や細胞増殖の促進能を常にEによるそれらと比較することにより、試験物質のエストロゲン活性を細胞生物学的に評価する。
【0009】
エストロゲンに暴露したMCF−7細胞はエストロゲン濃度に従って定量的に増殖速度を速めることが知られる。この効果はエストロゲン活性特異的であることが知られ、他の刺激により生じることはない。発明者は既知の細胞増殖試験を改良して測定の感度と精度を高め、実用検出感度を17β−エストラジオール(E)で10−12Mにした。この測定感度は上記HPLCや質量分析など高感度機器分析法に匹敵し、機器分析法に頼らなくてもエストロゲン活性が定量できるだけでなく、機器分析法では計測不能な未知化合物や混合物の活性強度も定量できる。つまり、エストロゲン標準物質と同等の活性を示すのに必要な濃度条件を細胞生物学的に迅速に決定することが可能である。
【0010】
一方、エストロゲンは標的組織内の細胞核内にあるレセプターに直接または間接に作用し、その作用メカニズムは、遺伝子発現制御因子でもある同レセプターによる細胞増殖の制御や発生・分化等の主要機能に関連した遺伝子群の発現量を的確に制御することであると知られる。エストロゲンには17β−エストラジオール以外に、エストロン、エストリオールなどが知られ、これらに暴露したMCF−7細胞中の上記遺伝子群の発現変動の相関値は0.8以上である。従って、植物エストロゲンも17β−エストラジオールと発現変動の相関値が0.8以上あれば、動物のエストロゲンと細胞生物学的に区別できない活性をもつと考えてよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、現在評価不能である非エストロゲン性エストロゲン活性をヒト組織に極めて近い測定系を用いて正確に評価できるようになる。本発明により気候や産地、また保存によってエストロゲン活性成分の組成が変動しうる植物抽出物の品質の管理を迅速に行うことができる。また、生産のロットごとに変動するエストロゲン活性に応じて1日に必要な投与量を正確に決定することができる。これは、女性ホルモン活性含有商品としての信頼性を高めるのに極めて重要である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の測定系においては、ヒト乳がん由来MCF−7細胞を用いる。この細胞は、ヒト組織の中で最もエストロゲンへの感受性の高い乳腺由来の培養細胞であり、エストロゲン受容体およびエストロゲンに応答して変動するシグナル経路などがもともと備わっているため、人工的にエストロゲン受容体を発現させた他の細胞を用いた測定系に比べてヒトへの影響を正確に評価できるという利点がある。
【0013】
DNAマイクロアレイとしては、細胞増殖の制御に関連する遺伝子や発生・細胞分化に関連する遺伝子が多数含まれたものが望ましい。ただし、全遺伝子数は、統計的解析の容易さやノイズ情報の混入のリスクを考慮して100−200遺伝子程度に絞り込むのが望ましい。例えば、MCF−7細胞がEに暴露されたときに発現量が変動する遺伝子を網羅するEstrArray(InfoGenes,Co.,Ltd.)は、40個以上の細胞増殖関連遺伝子や30個以上の発生関連遺伝子など多数の主要機能に関連した遺伝子を含んでおり、本発明の測定系に適している。
【実施例】
【0014】
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0015】
1)細胞増殖試験
ヒトの乳がん由来のMCF−7細胞を24ウェルプレートに播種し、5%炭酸ガス(CO)の存在下、37℃で1日間培養した。培地としては、フェノールレッドを含まないRPMI 1640培地に牛胎児血清を10%添加したものを用いた。なお、牛胎児血清は、エストロゲン等のホルモンを除去するため活性炭で処理したものを用いた。1日間の培養後、新しい同種の培地に交換し、試験物質を添加した後に5%炭酸ガス(CO)の存在下、37℃で3日間培養した。その後、培地を捨てて10%トリクロロ酢酸を加え、4℃で30分間静置することにより細胞内たんぱく質を固定した。トリクロロ酢酸を純水で洗浄して除去した後、0.4%SRB(Sulforhodamine B)を含む1%酢酸で20分間染色した。余分なSRBを1%酢酸で洗浄して除去した後に波長490nmでの吸光度(A490)を定量した。比較のために、10nMのエストロゲン標準物質(17β−エストラジオール)による影響(生理的濃度である1nMの17β−エストラジオールと同一の結果を生む)も調べた。試験物質による増殖への影響は、エストロゲン標準物質によるA490の増大に対する比率(%)の平均値および標準偏差で評価した(図1)。
【0016】
細胞増殖試験の結果を図1に示す。3種の食品加工物由来の50%エタノール抽出物について調べた結果、それぞれについて例えばエストロゲン標準物質の80%の活性(グラフ内の横点線)を示すのに必要な量(縦点線とグラフ横軸との交点)が容易に求められる。また、幾つかの抽出物に対して単位重量当たりの活性の比較検討が可能である。
【0017】
2)DNAマイクロアレイ解析のためのTotal RNAの抽出
ヒトの乳がん由来のMCF−7細胞を、フェノールレッド非含RPMI 1640培地(活性炭処理した牛胎児血清を10%添加)を入れたシャーレに播種し、5%炭酸ガス(CO)の存在下、37℃で3日間培養した。トリプシンを加え、37℃で5分間処理して細胞を回収した後に同種の新しい培地に播種し、試験物質を添加して37℃で3日間培養した。その後、培地を吸引除去後にISOGEN(ニッポンジーン)を0.5ml加えて細胞溶解液を回収し、0.15mlのクロロホルムを加えて1分間激しく攪拌した後に5分間静置した。20,000xg、4℃で15分間の遠心分離の後水層を回収し、等量の2−プロパノールを加えて混和した。室温で5分間静置して20,000xg、4℃で10分間の遠心分離を行い、沈殿を75%エタノールでリンスしてから15分間風乾し、DEPC処理水に溶解した。対照として、試験物質を添加しない未処理細胞からのTotal RNAも同様にして調製した。
【0018】
3)DNAマイクロアレイ試験
Total RNAからのアンチセンスRNA(aRNA)の合成は、RiboAMP RNA Amplification Kit(タカラ)を用い、添付のプロトコールに従って行った。aRNAからの蛍光標識cDNAの調製は、Atlas Power Script Fluorescent labeling Kit(タカラ)を用い、添付のプロトコールに従って行った。試験物質で処理した細胞由来のaRNAからはCy3で蛍光標識したcDNAを調製し、未処理細胞由来のaRNAからはCy5で蛍光標識したcDNAを調製した。蛍光標識cDNAの精製はCyScribe GFX Purification Kit(GEヘルスケア)を用いて行った。精製したCy3標識cDNAとCy5標識cDNAとを混ぜてハイブリダイゼーション緩衝液(5xSSC,0.5%SDS。1xSSCは150mM塩化ナトリウムと15mMクエン酸ナトリウムから成る)とともにDNAマイクロアレイ(EstrArray)にアプライし、65℃で一晩静置した。その後、DNAマイクロアレイを2xSSC/0.2%SDSで5分間、0.2xSSC/0.2%SDSで5分間、さらに0.2xSSCで5分間洗浄した。残った緩衝液を遠心分離で除去した後にChipReader(Virtek)でスキャニングし、IPLab software(Scanalytics)で解析した。DNAマイクロアレイ上の各遺伝子の変動については、MicroSoft Excel Softwareを用い、Cy3の蛍光強度とCy5の蛍光強度との比(Cy3/Cy5)を計算し、補正用コントロール遺伝子のCy3/Cy5比の平均値で割って補正した。
【0019】
DNAマイクロアレイ解析の結果を図2に示す。2種のダイズ加工物の50%エタノール抽出液(それぞれダイズ加工物12mg/L,60mg/L分の抽出液)をMCF−7細胞に添加し、3日後の遺伝子群の発現変動値を同条件で得たエストロゲン標準物質(E)による変動値と比較した。いずれのダイズ加工物も、エストロゲン標準物質とは同一とは言えないものの良く似た遺伝子の変動をMCF−7細胞にもたらした。
【0020】
DNAマイクロアレイ解析による遺伝子の変動の解析は、細胞増殖試験で得られた結果の確認のみならず、増殖試験では区別のつかない抽出物間の差別化等にも役立つ。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明による2種類の試験法を組み合わせたエストロゲン活性同定法は、イソフラボンなどエストロゲン活性成分の種類や組成がロットごとに大きく変動しうる天然植物材料を基にしたエストロゲンサプリメントの品質管理に最適である。また、この同定法は、血中のエストロゲン活性が著しく低下する更年期後の女性の健康維持や疾病の予防に役立つサプリメントの品質や信頼性の向上に貢献しうると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ヒト乳がん由来MCF−7細胞に様々なイソフラボン含有抽出物(発酵前粗抽出物とダイズ加工物AおよびBの粗抽出物)を添加し、細胞増殖試験(SRBアッセイ)により増殖への影響を調べた結果。未処理細胞の増殖を0%、10nM 17β−エストラジオール(E)の存在下での増殖を100%(生理的濃度である1nMの17β−エストラジオールと等しい)として比較した。
【図2】ヒト乳がん由来MCF−7細胞に2種のイソフラボン含有抽出物(ダイズ加工物CおよびD)を添加し、それによって起こる細胞内遺伝子発現変動をDNAマイクロアレイ(EstrArray)解析により調べ、エストロゲン標準物質(E)による変動と比較した。縦軸にダイズ加工物C(panel A)またはD(panel B)による遺伝子の変動を、横軸にエストロゲン標準物質による遺伝子の変動をプロットし、相関係数R値および近似直線にてエストロゲンとの類似性を評価した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エストロゲンを含有しない植物抽出物またはその希釈液に暴露したエストロゲン応答性ヒト培養細胞中の約200種の細胞増殖の制御や発生・分化等の主要機能に関連した遺伝子の発現量の変動を、同条件で生理的濃度である1.0nMの17β−エストラジオール(エストロゲンの一種)を与えた場合と比較し、相関係数の値が種々のエストロゲン化合物相互の相関係数と同等以上である場合、植物抽出物は遺伝子発現レベルでエストロゲンに代替可能な生理活性をもつとする。
【請求項2】
エストロゲンを含有しない植物抽出物またはその希釈液に暴露したエストロゲン応答性ヒト培養細胞の増殖促進効果を、同条件で10nMの17β−エストラジオールを与えた場合と比較し、その効果が同等あるいは80%以上まで到達する場合、単位量の植物抽出物が増殖促進活性を発揮するに充分な力価をもつとする。
【請求項3】
単位量を水または有機溶媒で希釈したエストロゲンを含有しない植物抽出物が、請求項1に従ってエストロゲンに代替可能な活性をもち、請求項2に従って充分な力価をもつとき、その植物抽出物を細胞生物学的にエストロゲン活性含有であるとする。
【請求項4】
単位量を水または有機溶媒で希釈したエストロゲンを含有しない植物抽出物を含む食品、飲料、サプリメントについて、それに暴露したエストロゲン応答性ヒト培養細胞の反応が請求項3の条件を満たすとき、その食品、飲料、サプリメントを細胞生物学的にエストロゲン活性含有であるとする。
【請求項5】
エストロゲンを含有しない植物抽出物を含む化粧品など、希釈せずに用いる製品について、それに暴露したエストロゲン応答性ヒト培養細胞の反応が、希釈することを除いて請求項3の条件を満たすとき、その製品を細胞生物学的にエストロゲン活性含有であるとする。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−55820(P2011−55820A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−233843(P2009−233843)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(509279228)株式会社エクスタシー・ヘルス・レバリ (2)
【Fターム(参考)】