説明

脱活性化B1B細胞

本発明は、脱活性化したB1B細胞及び該B1B細胞を有効成分とする免疫抑制剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱活性化したB1B細胞、及びその調製方法、脱活性化したB1B細胞を用いた免疫抑制剤ならびに臓器ないし器官の移植方法に関する。
【背景技術】
【0002】
B1B細胞は、自己免疫の発症に関わっていることが報告されている(非特許文献1)。
【0003】
またヒトでは、B1B細胞が新生児期に多く存在し、加齢とともに減少してくるものの、生体内に存在していることが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
しかしながら、B1B細胞の免疫抑制作用については、報告されていない。
【非特許文献1】Rheumatoid factor secretion from human Leu-1+ B cells.Science. 1987 Apr 3; 236(4797): 81-3.
【非特許文献2】The ontogeny and functional characteristics of human B-1 (CD5+ B) cells. International Immunology 1992; 4: 243-252.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、B1B細胞の成熟過程に関する新たな知見を提供することを目的とする。
【0006】
具体的には、本発明は、免疫抑制機能を有する脱活性化したB1B細胞、を提供することを目的とする。
【0007】
また、本発明は、免疫抑制剤、並びに拒絶反応が抑制された臓器、器官の移植方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、エンドトキシン(LPS)などの自然免疫刺激剤を用いて、未刺激B1B細胞(immature B1B cell)の成熟を評価した。
【0009】
本発明者は、自然免疫刺激剤によって誘導される、脱活性化B1B細胞について記載する。この脱活性化B1B細胞は、高レベルなMHCクラスII発現、IL−10産生、および別の方法で成熟を誘導する刺激に対する非反応性を除いて、多くの点で未刺激B1B細胞に類似している。
【0010】
このような脱活性化B1B細胞は、未反応のヘルパーT細胞および細胞傷害性T細胞(CTL)を刺激することができない。むしろ、脱活性化B1B細胞はナイーブヘルパーT細胞からサプレッサーT細胞を誘導し、免疫抑制作用を有する。
【0011】
B1B細胞の成熟過程の詳細を明らかにしたのは本発明者が初めてである。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の発明に関する。
1. 脱活性化した(expired)B1B細胞。

2. IL−10を発現する項1に記載の脱活性化したB1B細胞。3. MHCクラスIIを高発現する項1または2に記載の脱活性化したB1B細胞。
4. MHCクラスIを低発現する項1〜3のいずれかに記載の脱活性化したB1B細胞。
5. ヘルパーT細胞のアナジー(anergy)を誘導する項1〜4のいずれかに記載の脱活性化したB1B細胞。
6. 細胞傷害性T細胞(CTL)のアナジー(anergy)を誘導する項1〜5のいずれかに記載の脱活性化したB1B細胞。
7. ナイーブヘルパーT細胞からサプレッサーT細胞を誘導する項1〜6のいずれかに記載の脱活性化したB1B細胞。
8. 自然免疫刺激剤及びCD40を介する刺激剤(抗CD40抗体を含む)からなる群から選ばれる少なくとも1種の作用により成熟型に移行しない項1〜7のいずれかに記載の脱活性化したB1B細胞。
9. CD80/CD83/CD86の発現量が低い項1〜8のいずれかに記載の脱活性化したB1B細胞。
10. 前記B1B細胞がヒトのB1B細胞である項1〜9のいずれかに記載の脱活性化したB1B細胞。
11. さらに下記の特徴を有する項10に記載のヒトの脱活性化したB1B細胞:
CD80の発現量が未刺激B1B細胞よりも低い;及び/又は
CD83の発現量が未刺激B1B細胞よりも低い。
12. さらに下記の特徴の少なくとも1つを有する項10または11に記載のヒトの脱活性化したB1B細胞:
MHCクラスIIを高発現する(MHCクラスIIhigh);
MHCクラスIを低発現する(MHCクラスIlow);
13. 未刺激B1B細胞を自然免疫刺激剤で活性化して一時的に活性化された成熟B1B細胞に導く工程、該成熟B1B細胞を自然免疫刺激剤の存在下又は非存在下でさらに培養する工程を含む脱活性化されたB1B細胞(expired B1B)の調製方法。
14. 項1〜12のいずれかに記載の脱活性化B1B細胞または項13に記載の方法により得られた脱活性化B1B細胞を有効成分とする免疫抑制剤。
15. ヒト移植ドナー由来の項10〜12のいずれかに記載のヒト脱活性化B1B細胞または項13に記載の方法により得られたヒト脱活性化B1B細胞をヒトのレシピエントに導入し、次いで、ヒト移植ドナーの臓器ないし器官をヒトのレシピエントに導入することを包含する拒絶反応を抑制した臓器ないし器官の移植方法。
16. 前記臓器ないし器官が骨髄細胞である項15に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、免疫抑制剤として有用な脱活性化されたB1B細胞が得られる。
【0014】
ヒト移植ドナー由来の脱活性化B1B細胞をヒトのレシピエントに導入し、次いで、ヒト移植ドナーの臓器ないし器官をヒトのレシピエントに導入することにより、移植の拒絶反応を効果的に抑制することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】フローサイトメーターによるB1B分画とマクロファージ(Mφ)の比較。
【図2】各刺激によるB1B細胞CD86発現の時間的推移。
【図3】CpG刺激によるB1B細胞MHC分子発現の時間的推移。
【図4】脱活性化B1B細胞分画。
【図5】脱活性化B1Bと共培養したナイーブT細胞の増殖活性とその際のT細胞表面抗原(CD25/CD69)の変化。
【図6】eB1B細胞により誘導されたサプレッサーT細胞のT細胞増殖抑制効果。
【図7】CpGまたは抗CD40抗体刺激によるB1B細胞からのIL−10およびIL−12分泌の時間的推移。
【図8】eB1Bにより誘導されたサプレッサーT細胞内に発現するFoxP3遺伝子の発現量と調節性T細胞(Treg)のFoxP3遺伝子の発現量との比較。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本明細書において、「B1B細胞」は、リンパ球よりもやや大きく(直径13〜30μm)、細胞内顆粒が少ない(SSCでMφの1/3〜1/6の散乱光強度)細胞分画である(図1)。図1において、直径が13〜30μm程度であることは、横軸のForward Scatterの赤血球に対する相対値により確認することができ、一方、細胞内顆粒がマクロファージ(Mφ)の1/3〜1/6程度であることは、図1の縦軸のSide Scatter(散乱光強度)の値により確認できる。
【0017】
B1B細胞の表面抗原の特性は、図1に示すようにCD11b抗原は陽性であるものの、マクロファージに特異的とされるF4/80抗原とCD115抗原はほとんど発現が認められない。B1B細胞のCD5抗原は陽性(B1Ba)と陰性(B1Bb)の両方が包含される。
【0018】
B1B細胞の供給源としては、ヒト、マウス、ウシ、ウマ、ブタ、イヌ、サル等の哺乳動物が好ましく例示され、より好ましくはヒトが例示される。
【0019】
本発明では、未刺激B1B細胞が以下の経路で変換される。

経路1:未刺激B1B細胞 → 一過性活性化B1B細胞
→ 脱活性化B1B細胞(expired B1B細胞)
経路1において、未刺激B1B細胞から一過性活性化B1B細胞へは、自然免疫刺激剤ないしdanger signal(細胞破砕物、尿酸結晶等)により誘導される。
【0020】
自然免疫刺激剤は、未刺激B1B細胞から一過性活性化B1B細胞への成熟化を誘導するものであれば特に限定されず、エンドトキシン(LPS)、CpG、ペプチドグリカン、壊死細胞成分、TNFα等のToll-like receptors(TLRs)に結合し、活性化シグナルを誘導するものや、OK432(ピシバニール)が包含される。さらに好ましい自然免疫刺激剤としてLPS,CpGなどが挙げられる。
【0021】
経路1において、一過性活性化B1B細胞から脱活性化B1B細胞への移行は、特別な物質は必要なく、通常の培養液中で5〜100時間程度培養することで、行うことができる。当該培養を自然免疫刺激剤の存在下に行っても、同様に5〜100時間程度培養することで、一過性活性化B1B細胞から脱活性化B1B細胞への移行が行われる。この移行は、一過性活性化B1B細胞から放出されるIL−10が関与するものと考えられる。これは、抗IL−10抗体を一過性活性化B1B細胞と共存させて、脱活性化B1B細胞への移行が抑制されることにより確認できる。
【0022】
未刺激B1B細胞は、臍帯血から分離することができ、さらに増殖され得る。また、幹細胞からも誘導され得る。未刺激B1B細胞、脱活性化B1B細胞、一過性活性化B1B細胞の分離は、例えば蛍光標識又は染色を行った後、セルソーターにより行うことができる。例えば、マウスB1B細胞では、脱活性化B1B細胞と一過性活性化B1B細胞を、CD86で染色後に細胞分離装置(セルソーター)により分離することができる。また、ヒトB1B細胞は、脱活性化B1B細胞と一過性活性化B1B細胞を、CD80又はCD83で染色後に細胞分離装置(セルソーター)により分離することができる。
【0023】
さらに、マウス脱活性化B1B細胞はLPSで刺激48時間後のCD86-lowをセルソーターで分離精製することができ、ヒト脱活性化B1B細胞はLPSで刺激48時間後のCD83-low又はCD80-lowをセルソーターで分離精製することができる。
【0024】
本発明により、初めて脱活性化B1B細胞が提供される。
脱活性化B1B細胞のキャラクタリゼーション
脱活性化B1B細胞は、例えば、以下に示すような1種以上の性質を有している。
(E1)自然免疫刺激剤及びCD40を介する刺激剤(抗CD40抗体を含む)からなる群から選ばれる少なくとも1種の作用により活性型に移行しない。
【0025】
未刺激B1B細胞が自然免疫刺激剤により活性化され、一過性活性化B1B細胞となった後、さらに培養を継続することにより脱活性化B1B細胞へ移行し得る。いったん脱活性化B1B細胞へ移行すると、さらに自然免疫刺激剤及びCD40を介する刺激剤(抗CD40抗体を含む)を作用させても脱活性化B1B細胞のままである。
(E2)IL−10を発現する
脱活性化B1B細胞は、IL−10を発現、分泌する。未刺激B1B細胞は、IL−10を意味のある程度に発現しない。脱活性化B1B細胞はIL−10の発現量が高く、例えば1x106個あたり6時間で約0.5〜3ngを分泌する。
【0026】
一過性活性化B1B細胞は、IL−10を高発現し、このIL−10により一過性活性化B1B細胞から脱活性化B1B細胞に移行すると考えられる。
(E3) CD80/CD83/CD86の発現量が低い(CD80low/CD83low/CD86low)
例えば、マウス由来のB1B細胞では、一過性活性化B1B細胞においてCD86発現量が未刺激B1B細胞よりも明らかに多く、脱活性化B1B細胞は未刺激B1B細胞と同程度かやや多いCD86発現量を有する(CD86low)。
【0027】
一方、ヒト由来のB1B細胞では、樹状細胞との相同性から、CD80および/またはCD83の緩やかな発現量の変化を経て未成熟B1B細胞から低発現量の脱活性化B1B細胞(CD80low/CD83low)に変化すると考えられる。
【0028】
なお、本発明者はB1B細胞が貪食(phagocytosis)をほとんど行わないにも関わらず、飲作用(pinocytosis/endocytosis)により外来蛋白抗原を取込み、さらにプロセッシングを経てペプチド抗原としてMHC上に提示しうることをマウスにおいて確認した。
(E4)MHCクラスIIの発現量が高い
未刺激B1B細胞よりもMHCクラスIIの発現レベルが高く、MHCクラスIIの発現量が低い未刺激B1B細胞と区別可能である。
(E5)抗原ペプチドの存在下で未反応T細胞を活性化しない;
一過性活性化B1B細胞は抗原ペプチドの存在下でナイーブのヘルパーT細胞及びナイーブのCTLを活性化し得るが、脱活性化B1B細胞は抗原ペプチドの存在下でナイーブのヘルパーT細胞及びナイーブのCTLを活性化せず、T細胞アナジーを誘導する。
【0029】
さらに、脱活性化B1B細胞はナイーブヘルパーT細胞からサプレッサーT細胞を誘導し、免疫抑制作用を有する。
【0030】
本明細書において、「CD86/CD83/CD80の発現レベルが低い(CD86low/CD83low/CD80low)」とは、色素物質(例えばフィコエリトリン)または蛍光物質(FITCなど)等のマーカーを結合した抗CD86抗体/抗CD83抗体/抗CD80抗体を使用し、脱活性化B1B細胞と反応させると、コントロール(脱活性化B1B細胞のみを用い、マーカー結合抗CD86抗体/抗CD83抗体/抗CD80抗体を使用しない)に比べて10倍以下(通常1〜10倍、特に3〜8倍程度)の吸光度または蛍光強度を有することを意味する。なお、「CD86/CD83/CD80の発現レベルが高い(CD86high/CD83high/CD80high)」一過性活性化B1B細胞では、脱活性化B1B細胞に対し3〜10倍程度の吸光度または蛍光強度を有する。CD80-high /CD83-high /CD86-highとはCD80-low /CD83-low /CD86-lowと比べて3〜10倍程度の吸光度または蛍光強度を示すものを指す。
【0031】
本発明の脱活性化B1B細胞は、CD86/CD83/CD80の発現レベルが未刺激B1Bよりも低い点で未刺激B1B細胞と相違するが、以下の点で、さらに未刺激B1B細胞と異なっている:
(i) LPSなどの自然免疫刺激剤及びCD40を介する刺激剤(抗CD40抗体を含む)からなる群から選ばれる少なくとも1種を作用させても成熟B1B細胞に移行しない;
(ii) IL−10の発現レベルが未刺激B1B細胞よりも高く、これらを放出する。特に免疫抑制性のIL−10の産生は重要と考えられる。
(iii) MHCクラスII(MHCクラスII/ペプチド複合体)を高発現する
(iv) 未反応T細胞を活性化しない;
脱活性化B1B細胞、一過性活性化B1B細胞の表面抗原の相違を以下の表に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
未刺激B1B細胞は、CD80/CD83/CD86の発現量が低いので、レシピエントに導入された場合にキラーT細胞及びヘルパーT細胞のアナジーを誘導する可能性があるが、未刺激B1B細胞はレシピエント内で活性化されて成熟B1B細胞になって、免疫系を賦活する可能性が高い。
【0034】
一方、脱活性化B1B細胞は再び成熟B1B細胞に戻ることはなく、安定している。従って、ドナーの脱活性化B1B細胞をレシピエントに予め投与するとドナー移植片を拒絶可能なレシピエントのキラーT細胞及びヘルパーT細胞の両方を刺激することができず、むしろナイーブヘルパーT細胞からサプレッサーT細胞を誘導し、次にドナーの臓器ないし器官等を移植した場合に、拒絶反応を抑制することが可能となる。
【0035】
例えば臓器移植や骨髄移植の場合、一般的に6種類のHLAのうち、5種ないし6種の型が一致している必要があるが、ドナーの脱活性化B1B細胞を予めレシピエントに投与しておくことで、HLAの適合性の低いドナーの臓器ないし骨髄をレシピエントに移植することができるようになるため、臓器移植や骨髄移植が容易に行えるようになる。
【0036】
本発明の脱活性化B1B細胞が免疫拒絶を抑制することは、MLC法(mixed Lymphocyte reaction culture)により確認することが可能である。具体的には、ドナーとレシピエント(脱活性化B1B細胞投与前)の脾臓組織の一部を取り出し、該組織の脾臓細胞を混合培養したとき、T細胞数が増加するが、レシピエントにドナー由来の脱活性化B1B細胞を投与してレシピエントのキラーT細胞、及び任意にヘルパーT細胞のアナジーを誘発し、次にMLC法を行った場合にはT細胞数が増加しないことから、ドナー由来の脱活性化B1B細胞がレシピエントの免疫拒絶を抑制することが確認できる。データは示さないが、本発明者は、ドナー由来の脱活性化B1B細胞をレシピエントに投与後に、ドナーの骨髄をレシピエントに移植すると、MLC反応(Mixed Lymphocyte culture 混合リンパ球培養)が起こらなかったことを確認している。
【0037】
該移植される臓器ないし器官等としては、心臓、肝臓、腎臓、肺、小腸、膵臓、皮膚、骨髄が例示される。移植される臓器ないし器官等は、全体又は一部であってもよい。
【0038】
さらに、脱活性化B1B細胞は移植拒絶の抑制だけでなく、アレルギー、自己免疫疾患の治療剤としても有効である。
【0039】
アレルギーとしては、アトピー性皮膚炎、花粉症、喘息などが挙げられる。
【0040】
自己免疫疾患としては、クローン病、交感性眼炎、無精子症、血小板減少症、神経細胞に親和性を持つウイルス感染によるアレルギー性脳脊髄炎、レンサ球菌感染後のリウマチ熱や糸球体腎炎、関節リウマチ(RA)、全身性エリテマトーデス(SLE)、溶血性貧血、甲状腺機能亢進症(バセドウ病)、慢性甲状腺炎(橋本病)、重症筋無力症、インスリン抵抗性糖尿病などが挙げられる。
【0041】
本発明の脱活性化B1B細胞は、患者当たり1×10〜1×10個の細胞を投与することで、移植拒絶の抑制を含む免疫抑制剤、アレルギーないし自己免疫疾患の治療剤として有効である。
【0042】
本発明者は、本明細書において、自然免疫刺激剤による刺激後の未刺激B1B細胞の急速な成熟およびそれに続く脱活性化(expiration)について記載した。脱活性化したB1B細胞(expired B1B細胞)は、高レベルなMHCクラスII発現および大量のIL−10産生、それ以上の活性化を受けないことを除いて、未刺激B1B細胞に似ている。このような脱活性化B1B細胞は、未反応のヘルパーT細胞およびCTLを刺激することができず、むしろナイーブヘルパーT細胞からサプレッサーT細胞を誘導した。
【0043】
これらの結果は、免疫調節への新たな手段を提供するものである。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例に従って説明するが、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
実施例1
1. CpG刺激によるB1B細胞表面抗原の変化
マウスB1B細胞をCpGで刺激すると20時間後には副刺激分子であるCD86の細胞表面の発現量が増加するが、刺激後40時間にはその発現強度は1/4以下に低下する。一方、CD40を刺激したB1B細胞は40時間経過時もCD86分子の高発現を維持していた(図2)。T細胞に抗原を提示する分子である主要組織適合抗原複合体(MHC)の発現量の変化は、クラスII分子の発現がCpG刺激により増加し40時間後も発現を維持していたのに対し、クラスI分子は刺激後徐々に発現低下し、最終的に発現強度が刺激前の1/20にまで低下した(図3)。
2. eB1Bの調製
マウス腹腔滲出細胞(PEC)を採取し、培養液(10%FCS含有RPMI-1640)で1x106/mlの濃度に調整し、最終濃度1μMのCpG5002(塩基配列5' TCCATGACGTTCTTGATGTT 3' 、phosphorothioate保護処理)を添加して24well培養プレートに1ml/wellの密度で2日間(48時間)培養した。培養後の細胞集団は均一ではないので、FITCにより蛍光標識した抗CD11b抗体により細胞を染色し、細胞分離装置(セルソータ)によりCD11b-FITCの蛍光強度がマクロファージと比較して1/20〜1/200で、かつCD86が弱陽性〜陰性の細胞分画を精製した(図4左)。図4左の線の枠内がeB1B細胞に該当する。
3. eB1Bの機能
I.サプレッサーT細胞の誘導
実験プロトコール:
(i) 抗原特異的ナイーブT細胞の分離:ハトチトクローム抗原(PCC)に反応するT細胞受容体を遺伝子導入したマウス(5CC7)より脾臓を摘出し、ナイロンメッシュを使って細胞浮遊液を調製する。細胞浮遊液は5%ウシ胎児血清(FCS)を含むRPMI-1640培養液で調製し、これをナイロンウールカラムに移して一時間培養する。培養後、カラムに吸着しない細胞成分のみを自然滴下により回収し、1%ウシ血清アルブミンを含むリン酸緩衝液(PBS)に浮遊させる。次にマグネットビーズで標識された抗CD62L抗体で回収した細胞に氷上で15分反応させ、MACSカラム(Miltenyi Biotech社)により抗体の結合した細胞のみを精製し、抗原特異的ナイーブT細胞を分離する。
(ii) サプレッサーT細胞の誘導:5CC7由来のナイーブT細胞をPCC 88-104 (KAERADLIAYLKQATAK) 10μM存在下にeB1Bと5日間培養する。培養液は10%FCS含RPMI-1640である。抗原刺激後約72時間後のeB1BによるT細胞増殖活性をトリチウムの取込みで測定すると、マイトマイシンC(MMC)処理により増殖能を抑制した脾細胞やaB1B(活性化BIB細胞)と比較してかなり低いことがわかる(図5下)。さらにその2日後(抗原刺激開始より5日後)のT細胞の活性化状態を表面マーカーの発現量により評価すると、脾細胞を抗原提示細胞に用いてナイーブT細胞と共培養した場合には活性化マーカーであるCD25およびCD69の発現増加がみられるが、eB1BとナイーブT細胞を共培養した場合はCD25のみ陽性に転じ、CD69は約8割の細胞で陰性になる(図5上)。
【0045】
表面マーカーがCD4+CD25+CD69- T細胞は一般に調節性T細胞(regulatory T cell)と呼ばれているが、本発明者が誘導したサプレッサーT細胞は機能的には調節性T細胞(regulatory T cell)と同等もしくはそれ以上の抑制活性を持つ。
(iii) サプレッサーT細胞の増殖抑制機能の解析:生体中のヘルパーT細胞は一度も抗原刺激を受けた事の無いナイーブT細胞と、抗原刺激を受けて活性化したエフェクターT細胞に分類される。ナイーブT細胞およびエフェクターT細胞の抗原特異的増殖がどの程度サプレッサーT細胞により抑制されるかを検討するため、次の実験を行った。
【0046】
抑制を受ける側のT細胞として次の3種類の細胞を用意した。まずナイーブT細胞(Naive T)は5CC7トランスジェニックマウスから(i)の方法で精製したもの、またエフェクターT細胞としてナイーブT細胞をin vitroで抗原刺激と共にIL-12と抗IL−4抗体存在下で誘導したTh1ライン、またはIL?4および抗IL?12抗体存在下で誘導したTh2ラインの2種類である。
サプレッサーT細胞の抑制が、TGF-bやIL-10などの抑制性サイトカインによるものかどうかを確認するため、サプレッサーT細胞と抗原刺激を受けたT細胞の培養と共に、抗TGF-b抗体または抗IL-10抗体そしてコントロールとして抗IL-6抗体を加えたものも作成した。
【0047】
細胞増殖反応は、96well フラットボトムプレートに、1wellあたりナイーブT細胞もしくはT細胞ラインを5x104ずつと、抗原提示細胞としてマイトマイシン処理した脾細胞を5x105ずつと各濃度の抗原(ハトチトクロームC(PCC))を入れ、CO2インキュベータで40時間培養後にトリチウム−チミジンを加え更に8時間培養した。細胞増殖はトリチウムの取り込みをカウントして評価した。サプレッサーT細胞は5x104ずつ、または1x104ずつ各wellに加えた。
【0048】
結果を図6に示す。
成績:図6に示されるように、まず、誘導されたサプレッサーT細胞自身は、あらゆる濃度の抗原に対しても抗原特異的T細胞増殖誘導は起こらなかった(図6右上)。さらには完全刺激であるIL-2+Con. Aに対しても、それ自身の増殖はもちろん、共培養したヘルパーT細胞ラインの増殖をも抑制した(図6左上)。次に、サプレッサーT細胞とナイーブT細胞またはTh1細胞ラインを1:1で混合して各抗原濃度においてT細胞増殖反応を誘導したところ、ナイーブT、Th1ラインともに単独では増殖するものが、サプレッサーT細胞(eB1Bで誘導されたもの)と共培養することでその増殖がどの抗原濃度でも完全に抑制された(図6上から2段目)。これらの実験から、T細胞が抗原に感作される前あるいは感作後においても、eB1Bによって誘導されるサプレッサーT細胞は抑制作用を示すことが明らかとなった。従って、少なくともヘルパーT細胞が深く関与する免疫疾患(自己免疫やアレルギー反応など)の予防/抑制に対して、eB1Bが効果を持つことが示された。次に、eB1Bによって誘導されたサプレッサーT細胞により、Th1とTh2のどちらがより抑制されるかを比較した。結果としてTh1、Th2ともに、数にしてわずか1/5のサプレッサーT細胞により増殖反応が完全に抑制され、Th1/Th2への分化による抑制の受けやすさに差はみられなかった(図6下から2段目)。さらに、eB1Bにより誘導されたサプレッサーT細胞は、TGF−βやIL−10によってT細胞増殖反応を抑制しているのではないことも、抗サイトカイン抗体を用いた実験により明らかになった(図6最下段)。
【0049】
II.急性移植片対宿主反応(GVHD)の抑制
実験プロトコール:C57BL/6マウスに900レントゲンの放射線照射を行い、翌日にMHCの異なるBALB/cマウスの骨髄細胞を静脈内注射する。投与する骨髄細胞はT細胞を除いておらず、MHCの異なるマウスの体内に入ると増殖して、移入後10日前後に脾臓が大きくなる(GVHDの指標)。骨髄細胞とともにeB1B細胞を2時間インキュベートしてから移植したものと、骨髄細胞のみ移植したものとを比較した。
【0050】
成績:eB1B細胞を投与したマウスの脾臓は、119mgと比較的小さく(通常のマウス脾臓は100mg前後)、一方骨髄細胞のみ投与したものは168mgと著明に脾臓重量が増加していた(表2)。
【0051】
表2の結果から、eB1B細胞は、強力な免疫抑制作用を有し、臓器ないし器官等の移植時の免疫抑制剤として有効であることが実証された。
【0052】
【表2】

【0053】
4.B1B細胞からのサイトカイン分泌
マウスB1B細胞をPECから分離して1x106/mlの濃度で培養液(RPMI-1640 + 10% FBS)に浮遊させ、24wellプレートに移して培養する。CpGまたは抗CD40抗体により刺激し、6時間ごとに培養液を交換して行く。刺激開始から6時間の培養液と21〜27時間、そして45〜51時間の培養液に含まれるIL−10およびIL−12の量をELISA法により測定した(図7)。
【0054】
成績:CpGによる刺激では、刺激後27時間までに多量のIL−10を分泌していた。一方、抗CD40抗体によるCD40を介した刺激では、24時間前後でIL−10の有意な分泌を認めたものの、分泌時間はごく短かった。一方、IL−12はCpG刺激直後にごく少量分泌されたが、全体的に量がかなり少なく(せいぜい100pg/ml/1x106 cells以下)、サイトカインとしての機能を発揮できるか疑わしいレベルにとどまった(図7)。
5. B1Bにより誘導されたサプレッサーT細胞と調節性T細胞の区別
サプレッサーT細胞と調節性T細胞の表面マーカーによる区別は困難である。調節性T細胞に多く発現しているとされるFoxP3遺伝子をB1B細胞により誘導したサプレッサーT細胞で検討した。B1Bにより誘導したサプレッサーT細胞、マウス脾細胞よりフローサイトメーターで精製した調節性T細胞より、それぞれRNAを抽出し、oligo−dTプライマーを用いてmRNAよりcDNAを合成し、その量をFoxP3特異的プライマーを用いてリアルタイムPCR法で定量した。その結果、1細胞あたりに含まれるFoxP3のmRNAコピー数の相対比見ると、B1B誘導サプレッサーT細胞は、調節性T細胞よりもかなり少ない量のFoxP3しかもっておらず、これらの細胞が同一のものでは無いことが明らかとなった(図8)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱活性化した(expired)B1B細胞。
【請求項2】
IL−10を発現する請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項3】
MHCクラスIIを高発現する請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項4】
MHCクラスIを低発現する請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項5】
ヘルパーT細胞のアナジー(anergy)を誘導する請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項6】
細胞傷害性T細胞(CTL)のアナジー(anergy)を誘導する請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項7】
ナイーブヘルパーT細胞からサプレッサーT細胞を誘導する請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項8】
自然免疫刺激剤及びCD40を介する刺激剤(抗CD40抗体を含む)からなる群から選ばれる少なくとも1種の作用により成熟型に移行しない請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項9】
CD80/CD83/CD86の発現量が低い請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項10】
前記B1B細胞がヒトのB1B細胞である請求項1に記載の脱活性化したB1B細胞。
【請求項11】
さらに下記の特徴を有する請求項10に記載のヒトの脱活性化したB1B細胞:
CD80の発現量が未刺激B1B細胞よりも低い;及び/又は
CD83の発現量が未刺激B1B細胞よりも低い。
【請求項12】
さらに下記の特徴の少なくとも1つを有する請求項10に記載のヒトの脱活性化したB1B細胞:
MHCクラスIIを高発現する(MHCクラスIIhigh);
MHCクラスIを低発現する(MHCクラスIlow);
【請求項13】
未刺激B1B細胞を自然免疫刺激剤で活性化して一時的に活性化された成熟B1B細胞に導く工程、該成熟B1B細胞を自然免疫刺激剤の存在下又は非存在下でさらに培養する工程を含む脱活性化されたB1B細胞(expired B1B)の調製方法。
【請求項14】
請求項1〜12のいずれかに記載の脱活性化B1B細胞または請求項13に記載の方法により得られた脱活性化B1B細胞を有効成分とする免疫抑制剤。
【請求項15】
ヒト移植ドナー由来の請求項10〜12のいずれかに記載のヒト脱活性化B1B細胞または請求項13に記載の方法により得られたヒト脱活性化B1B細胞をヒトのレシピエントに導入し、次いで、ヒト移植ドナーの臓器ないし器官をヒトのレシピエントに導入することを包含する拒絶反応を抑制した臓器ないし器官の移植方法。
【請求項16】
前記臓器ないし器官が骨髄細胞である請求項15に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【国際公開番号】WO2005/075628
【国際公開日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【発行日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517677(P2005−517677)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001402
【国際出願日】平成17年2月1日(2005.2.1)
【出願人】(899000046)関西ティー・エル・オー株式会社 (75)
【Fターム(参考)】