説明

腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物

【課題】 腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物、及び該腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進する作用を有する組成物を提供すること。
【解決手段】 腎臓上皮細胞を用いた輸送試験系を用いたスクリーニングにより、L−バリン、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン及びL−アスパラギン酸は、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制する作用を有していることを見出した。また、ラットにおける各種天然アミノ酸による排泄促進作用を調べたところ、L−バリンの投与によって、anti−FACBCのラット体内からの排泄が顕著に促進されることを見出した。さらに、この顕著な排泄促進効果は、L−バリンの腹腔内投与のみならず、L−バリンの経口投与においても達成されることも見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物に関し、より詳しくは、特定の天然アミノ酸を有効成分とする、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物に関する。また、本発明は、L−バリンを有効成分とする、前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進する作用を有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、薬物の薬理効果は、その薬物の標的となる受容体や酵素に対する親和性のほか、患者の体内における曝露量のみならず、曝露時間に影響されることが知られている。従って、薬物の曝露時間が長過ぎると患者に過剰な薬理効果がもたらされ、副作用が生じるおそれがあるため、薬物を有効に利用するためには体内動態の制御が必要となる。
【0003】
また、薬物は生体内に投与された際に、投与部位から血液中への移行、各臓器等への移行、代謝を経て、最終的に胆汁又は尿に排泄される。このため、薬物の体内動態の制御には、尿への排泄、すなわち、腎臓における薬物等の分泌や再吸収が重要な要素となる。そして、これら分泌及び再吸収を担っているのは、腎臓の尿細管上皮の血管側(側底膜側)と刷子縁側(頭頂膜側)に発現しており、多種多様な物質の輸送を支配する多くのトランスポーターである。そこで、薬物等の体内動態の制御等を目的として、これらトランスポーターの基質特異性、機能、並びにその制御について解析が進められているが、未だ十分に解明はなされていない。
【0004】
一方、診断を目的として生体内に投与される薬物の一種に、アンチ−1−アミノ−3−フルオロシクロブタン−1−カルボン酸(anti−FACBC)がある。このanti−FACBCは、PET診断においてよく用いられている11−炭素(11C)等の放射性同位体と比較して半減期の長い18−フッ素(18F)等の放射性同位体をその標識に利用することができるため、診断が行われる現地での粒子加速器による作製は必要としない。また解像度も高く、さらに単・線量のみ又は比較的少ない線量だけを発生させることができるため、特に前立腺癌や脳腫瘍の診断に適用できると期待されている(特許文献1〜2)。また、anti−FACBCについては、十分な試験も行われており、高い安全性を有していることも確認されている。
【0005】
しかしながら、anti−FACBCをより広範な臨床用途に適用するためには、比較的半減期の長い放射性同位体で標識されて使用されるケースも想定される。この場合、放射線による生体への影響を低減させるためにanti−FACBCの適切な体内動態の制御を行うための技術、特に、anti−FACBCの排泄の促進を行うための物質の開発が必要となる。しかしながら、今のところ、そのような物質は実用化されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−246535号公報
【特許文献2】特表2008−546783号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物、ひいては腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進する作用を有する組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、anti−FACBC及び腎臓上皮細胞を用いた輸送試験によるスクリーニングを通して、anti−FACBCは腎臓トランスポーターを介して刷子縁側から血管側に輸送(再吸収)されていることを明らかにし、さらに、天然アミノ酸の中で、L−バリン、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン及びL−アスパラギン酸は、前記腎臓トランスポーターの輸送能を抑制する作用を有していることを見出した。また、anti−FACBCを投与したラットにおける、各種天然アミノ酸による排泄促進作用を調べたところ、L−バリンの投与によって、anti−FACBCのラット体内からの排泄が顕著に促進されることを見出した。さらに、この顕著な排泄促進効果は、L−バリンの腹腔内投与のみならず、L−バリンの経口投与においても達成されることをも見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
従って、本発明は、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するため、ひいては、前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進するための、特定のアミノ酸の利用に関し、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
(1)L−バリン、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン及びL−アスパラギン酸からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸を有効成分とする、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物。
(2)前記アミノ酸がL−バリンであり、かつ、前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進する作用を有する、(1)に記載の組成物。
(3)前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子が、アンチ−1−アミノ−3−フルオロシクロブタン−1−カルボン酸(anti−FACBC)である(2)に記載の組成物。
(4)経口投与用である、(2)又は(3)に記載の組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制し、ひいては該腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】腎臓上皮細胞を用いた輸送試験の概要を示す図である。
【図2】腎臓上皮細胞を用いた輸送試験における、各種化合物等添加による腎臓トランスポーターの輸送能への影響を示すグラフである。
【図3】24時間絶食させ、anti−FACBCを投与し、その投与直後に各種天然アミノ酸を腹腔内投与したラットにおける、anti−FACBCの排泄率を示すプロット図である。
【図4】24時間絶食させ、anti−FACBCを投与し、その1時間後にL−バリンを腹腔内投与したラットにおける、anti−FACBCの排泄率を示すプロット図である。
【図5】anti−FACBCの投与1日前から、低たん白飼料中のL−バリン配合率を20%高くした飼料(+20%L−バリン)を給餌したラットにおける、anti−FACBCの排泄率を示すプロット図である。
【図6】anti−FACBCの投与直後から、低たん白飼料中のL−バリン配合率を20%高くした飼料(+20%L−バリン)を給餌したラットにおける、anti−FACBCの排泄率を示すプロット図である。
【図7】24時間絶食させ、anti−FACBCを投与し、その投与直後から低たん白飼料中のL−バリン配合率を20%高くした飼料(+20%L−バリン)を給餌したラットにおける、anti−FACBCの排泄率を示すプロット図である。
【図8】低たん白飼料中のL−バリン配合率を20%高くした飼料(+20%L−バリン)の摂餌量と、anti−FACBCの排泄率との相関を示す、プロット図及びグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、L−バリン、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン及びL−アスパラギン酸からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸を有効成分とする、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物を提供する。
【0013】
本発明において、「腎臓トランスポーター」とは、腎臓に存在する細胞膜表面上に発現しているトランスポーターを意味する。腎臓トランスポーターとしては、有機カチオントランスポーター(例えば、OCT2、OCTN1、OCTN2、MATE1、MATE2−K)、有機アニオントランスポーター(例えば、OAT1、OAT3)、ABCトランスポーター(例えば、P−gp、MRP2、BCRP)、ペプチドトランスポーター(例えば、PEPT1、PEPT2)、アミノ酸トランスポーター等が知られているが、本発明において輸送能を抑制するための標的となる主要な腎臓トランスポーターはアミノ酸トランスポーターである。アミノ酸トランスポーターとしては、Na依存性中性アミノ酸輸送系:システムA(例えば、ATA1、ATA2)、システムG(例えば、GLYT)、システムB、システムASC(例えば、ASCT1、ASCT2)、システムN(例えば、NAT1)、システムβ(例えば、Taut)、システムB0、+(例えば、ATB0、+)、システムyL(例えば、yLAT1/4F2hc、yLAT2/4F2hc)、Na非依存性中性アミノ酸輸送系:システムL(例えば、LAT1/4F2hc、LAT2/4F2hc)、システムT(例えば、TAT1)、システムb0、+(例えば、BAT1/rBAT)、システムasc(例えば、Asc−1/4F2hc)、Na依存性塩基性アミノ酸輸送系:システムB0、+(例えば、ATB0、+)、Na非依存性塩基性アミノ酸輸送系:システムy(例えば、CAT1、CAT2、CAT3、CAT4)、システムb0、+(例えば、BAT1/rBAT)、システムyL(例えば、yLAT1/4F2hc、yLAT2/4F2hc)、Na依存性酸性アミノ酸輸送系:システムXA、G(例えば、EAAC1、GLT−1,GLAST、EAAT4、EAAT5)、Na非依存性酸性アミノ酸輸送系:システムX(例えば、xCT/4F2hc)が知られている。
【0014】
本発明において「腎臓トランスポーターの輸送能の抑制」とは、いずれの腎臓トランスポーターによるかを問わず、腎臓トランスポーター全体として評価した場合における輸送能の抑制を意味する。ここで「輸送能の抑制」には、輸送能の完全な抑制(阻害)のみならず、部分的な抑制も含まれる。そして、かかる抑制は、後述の実施例1に示す通り、L−バリン、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン及びL−アスパラギン酸からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸によって達成することができる。また、本発明の腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物としては、後述の実施例1に示す通り、腎臓上皮細胞の物質輸送において、透過率及び細胞内蓄積率共により強く抑制することができるという観点から、L−バリン、L−スレオニン、L−イソロイシン及びL−グルタミンからなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸を有効成分とすることが好ましい。
【0015】
本発明は、L−バリンを有効成分とし、かつ、前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進する作用を有する、組成物を提供する。
【0016】
本発明における、「前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子」は、前記腎臓トランスポーターによって輸送される基質であればよく、例えば、診断や治療を目的として投与される薬物が挙げられる。
【0017】
本発明における腎臓トランスポーターによって輸送される分子の好ましい例としては、ハロゲン化炭素四員環を有するアミノ酸が挙げられ、より好ましい例としては、アンチ−1−アミノ−3−フルオロシクロブタン−1−カルボン酸(anti−FACBC)またはその類縁体が挙げられる。かかる類縁体としては、例えば、アンチ−1−アミノ−3−クロロシクロブタン−1−カルボン酸(anti−ClACBC)、アンチ−1−アミノ−3−ヨードシクロブタン−1−カルボン酸(anti−IACBC)、アンチ−1−アミノ−3−フルオロメチル−シクロブタン−1−カルボン酸(anti−FMACBC)、アンチ−1−アミノ−3−ブロモシクロブタン−1−カルボン酸(anti−BrACBC)が挙げられ、さらに、これらの立体配座異性体(例えば、syn−FACBC、syn−ClACBC、syn−IACBC、syn−FMACBC、syn−BrACBC)も挙げられる。
【0018】
また、ハロゲン化炭素四員環を有するアミノ酸は、体内用放射性診断薬として適用される場合には、例えば、18−フッ素(18F)、123−ヨウ素(123I)、125−ヨウ素(125I)、131−ヨウ素(131I)、75−臭素(75Br)、76−臭素(76Br)、77−臭素(77Br)、82−臭素(82Br)、210−アスタチン(210At)、211−アスタチン(211At)、14−炭素(14C)、11−炭素(11C)、15−酸素(15O)、32−リン(32P)、59−鉄(59Fe)、67−銅(67Cu)、67−ガリウム(67Ga)、81m−クリプトン(81mKr)、81−ルビジウム(81Rb)、89−ストロンチウム(89Sr)、90−イットリウム(90Y)、99m−テクネチウム(99mTc)、111−インジウム(111In)、133−キセノン(133Xe)、117m−サマリウム(117mSm)、153−サマリウム(153Sm)、186−レニウム(186Re)、188−レニウム(188Re)、201−タリウム(201Tl)、212−ビスマス(212Bi)及び213−ビスマス(213Bi)等の放射性同位体で標識される。放射性同位体で標識された化合物の中では、診断が行われる現地での粒子加速器による作製は必要とせず、また解像度も高く、さらに単・線量のみ又は比較的少ない線量だけを発生させることができるという観点から、[18F]フッ素化炭素四員環を有するアミノ酸が好ましく、anti−[18F]FACBCがより好ましい。なお、anti−FACBC及びその類縁体の合成、並びにこれら化合物の放射性同位体による標識は、当業者であれば特許文献1や特許文献2等の記載に従って適宜実施することができる。
【0019】
本発明の組成物は、例えば、診断や治療のための医薬組成物、飲食品、または試薬として用いることができる。本発明の組成物は、例えば、腎臓トランスポーターの輸送能の抑制、または、腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄の促進を行うために、診断又は治療に際して用いられる医薬組成物である。また、本発明の組成物は、例えば、腎臓トランスポーターの輸送能の抑制、または、腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄の促進を行う作用を有する飲食品(動物用飼料を含む)である。また、本発明の組成物は、例えば、研究目的(例えば、インビトロやインビボの実験)で、腎臓トランスポーターの輸送能の抑制、または、腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄の促進を行うための試薬である。
【0020】
後述の実施例において示す通り、本発明の組成物は、経口用組成物としても非経口用組成物(例えば、腹腔内投与用組成物)としても有効に用いることができるが、投与対象への負担が少なく、絶食を必要とせず、腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄促進がより効果的に達成されるという観点から、本発明の組成物は、経口用組成物として用いることが好ましい。
【0021】
本発明における組成物は、公知の製剤学的方法により製剤化することができる。例えば、カプセル剤、錠剤、丸剤、液剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、フィルムコーティング剤、ペレット剤、トローチ剤、舌下剤、咀嚼剤、バッカル剤、ペースト剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤、乳剤、塗布剤、軟膏剤、硬膏剤、パップ剤、経皮吸収型製剤、ローション剤、吸引剤、エアゾール剤、注射剤、坐剤などとして、経口的または非経口的に使用することができる。
【0022】
これら製剤化においては、薬理学上もしくは飲食品として許容される担体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、溶剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、芳香剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、無痛化剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等と適宜組み合わせることができる。
【0023】
本発明の組成物を飲食品として用いる場合、当該飲食品は、例えば、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養補助食品、病者用食品、食品添加物、あるいは動物用飼料であり得る。本発明の飲食品は、上記のような組成物として摂取することができる他、種々の飲食品として摂取することもできる。飲食品の具体例としては、食用油、ドレッシング、マヨネーズ、マーガリンなどの油分を含む製品;スープ類、乳飲料、清涼飲料水、茶飲料、アルコール飲料、ドリンク剤、ゼリー状飲料、機能性飲料等の液状食品;飯類、麺類、パン類等の炭水化物含有食品;ハム、ソーセージ等の畜産加工食品;かまぼこ、干物、塩辛等の水産加工食品;漬物等の野菜加工食品;ゼリー、ヨーグルト等の半固形状食品;みそ、発酵飲料等の発酵食品;洋菓子類、和菓子類、キャンディー類、ガム類、グミ、冷菓、氷菓等の各種菓子類;カレー、あんかけ、中華スープ等のレトルト製品;インスタントスープ,インスタントみそ汁等のインスタント食品や電子レンジ対応食品等が挙げられる。さらには、粉末、穎粒、錠剤、カプセル剤、液状、ペースト状またはゼリー状に調製された健康飲食品も挙げられる。
【0024】
本発明の組成物は、ヒトを含む動物を対象として使用することができるが、ヒト以外の動物としては特に制限はなく、種々の家畜、家禽、ペット、実験用動物などを対象とすることができる。具体的には、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、カモ、ダチョウ、アヒル、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、マウス、ラット、サルなどが挙げられるが、これらに制限されない。
【0025】
本発明における飲食品の製造は、当該技術分野に公知の製造技術により実施することができる。当該飲食品においては、他の機能性食品と組み合わせることによって、多機能性の飲食品としてもよい。
【0026】
本発明の組成物を投与または摂取する場合、その投与量または摂取量は、対象の年齢、体重、症状、健康状態、組成物の種類(医薬品、飲食品など)などに応じて、適宜選択されるが、ヒト(成人)を対象とした経口投与の場合、前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子を投与してから1日経過する迄に、1〜400gのL−バリンを含む本発明の組成物を1回若しくは数回に分けて投与することが好ましい。また、ヒト(成人)を対象とした点滴投与の場合、前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子を投与してから1日経過する迄に、1〜100gのL−バリンを含む本発明の組成物を1〜3時間かけて持続投与することが好ましい。
【0027】
本発明の組成物の製品(医薬品、飲食品、試薬)またはその説明書は、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するため、又は前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進するために用いられる旨の表示を付したものであり得る。ここで「製品または説明書に表示を付した」とは、製品の本体、容器、包装などに表示を付したこと、あるいは製品の情報を開示する説明書、添付文書、宣伝物、その他の印刷物などに表示を付したことを意味する。
【実施例】
【0028】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0029】
(実施例1)
<腎臓上皮細胞を用いた輸送試験>
透過性メンブレン上に腎臓の上皮細胞を播種すると、極性をもった細胞単層膜が得られることが知られており、生体内での物質輸送を反映する有用なモデルとして利用されている(Kobayashi M.ら、Nucl Med Commun.、2010年、31巻、141〜146ページ 参照)。そこで、この輸送モデルを用いて、腎臓の上皮細胞の細胞膜上に存するトランスポーターの輸送能を抑制するための物質のスクリーニングを行った。
【0030】
すなわち、先ずLLC−PK細胞(ブタ腎臓近位尿細管由来の上皮細胞)を透過性メンブレン(トランスウェル(Transwell)、BD Falcon社製、型番:353492)上に播種した。そして、播種後4〜7日目に経内皮電気抵抗値が300Ω/cmを示すものを選択した。次に、図1に示す通り、腎臓上皮細胞単層膜の両側(刷子縁側:頭頂膜側(apical)及び血管側:側底膜側(basolateral))をNa緩衝液(pH7.4〜7.6)で満たした。Na緩衝液の組成は、137mM NaCl、2.7mM KCl、8mM NaHPO、1.5mM KHPO、0.9mM CaCl、0.5mM MgCl及び5.6mM D−グルコースである。また、下記にて示す「Na−」条件下においては、Na緩衝液の代わりにコリン(Choline)緩衝液(pH7.4〜7.6)で、腎臓上皮細胞単層膜の両側を満たした。コリン緩衝液の組成は、137mM 塩化コリン(Choline chloride)、2.7mM KCl、8mM KHPO、1.5mM KHPO、0.9mM CaCl、0.5mM MgCl及び5.6mM D−グルコースである。
【0031】
そして、刷子縁側の緩衝液に、anti−[14C]FACBCをその濃度が10μMになるように添加し、またトリチウム(H)標識したマンニトールを1μCi/Lになるように添加し、さらに下記に示す化合物を各々の濃度が1mMになるように添加し、下記にて特に断りがない限り、大気圧下、37℃で各化合物を添加してから、120分間培養した後、刷子縁側の緩衝溶液中の放射能(14C量)、血管側の緩衝溶液中の放射能(14C量)及び細胞内の放射能(14C量)を液体シンチレーションカウンタを用いて測定した。なお、anti−[14C]FACBCは、anti−FACBCの炭素一つを14Cにて標識した化合物である。また、マンニトールは尿細管から再吸収されない物質であるため、各実験系における陰性対照として用いた。なお、この結果については図示しないが、各実験系においてマンニトールの再吸収は生じていないことは確認された。次いで、得られた各測定値を基に、下記式にて「透過率」及び「細胞内蓄積率」を算出した。なお、「血管側の緩衝溶液中の放射能」は、刷子縁側の細胞膜及び血管側の細胞膜を通過したanti−[14C]FACBCの量、すなわち「透過量」を示す。また、「細胞内の放射能」は、刷子縁側の細胞膜は通過したが、血管側の細胞膜は通過しなかったanti−[14C]FACBCの量、すなわち「細胞内蓄積量」を示す。
【0032】
透過率(%)=(血管側の緩衝溶液中の放射能)/(血管側の緩衝溶液中の放射能+刷子縁膜側の緩衝溶液中の放射能+細胞内の放射能)×100
細胞内蓄積率(%)=(細胞内の放射能)/(血管側の緩衝溶液中の放射能+刷子縁膜側の緩衝溶液中の放射能+細胞内の放射能)×100
そして、下記に示す「コントロール」における透過率及び細胞内蓄積率を100とした際の比率を導き出した。得られた結果を図2に示す。
【0033】
なお図2中、「コントロール」は、刷子縁側のNa緩衝液に10μM anti−[14C]FACBCのみを添加した際の、大気圧下、37℃における結果を示す。「4℃」は、「コントロール」における温度の条件を37℃の代わりに4℃にした際の、トランスポーターが機能しない条件下における結果を示す。「Na−」は、刷子縁側のコリン緩衝液に10μM anti−[14C]FACBCのみを添加した際の、大気圧下、37℃における結果を、すなわちNaと共役して機能するトランスポーターが機能しない条件下における結果を示す。「BCH」は、システムLトランスポーターの特異的阻害剤である、2‐アミノビシクロ[2.2.1]ヘプタン‐2‐カルボン酸(BCH)を添加した際の、システムLトランスポーターが機能しない条件下における結果を示す。「MeAIB」は、システムAトランスポーターの特異的阻害剤である、メチルアミノイソブタン酸(MeAIB)を添加した際の、システムAトランスポーターが機能しない条件下における結果を示す。そして、「Thr」、「Ile」、「Gln」、「Arg」、「Asp」及び「Val」は、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン、L−アスパラギン酸及びL−バリンを各々添加した際の結果を示す。また、図2に示したP値は、統計解析ソフト(SAS前臨床パッケージ Version5.0)を用いて、パラメトリックDunnett型多重比較検定にて解析した結果に基づく。
【0034】
図2に示した結果から明らかなように、anti−FACBCは腎臓の上皮細胞の細胞膜上に存するトランスポーターを介して、刷子縁側から血管側に輸送(再吸収)されていることが明らかになった(図2中「4℃」 参照)。また、L−アルギニン又はL−アスパラギン酸を添加した際の結果は、コントロールと比して細胞内蓄積率は有意に低く、これらアミノ酸は腎臓トランスポーターによるanti−FACBCの再吸収を抑制できることが明らかになった。さらに、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン又はL−バリンを添加した際の結果は、コントロールよりも透過率及び細胞内蓄積率は共に有意に低かったため、これらアミノ酸も腎臓トランスポーターによるanti−FACBCの再吸収を抑制できることが明らかになった。従って、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン、L−アスパラギン酸及びL−バリンは、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制できることが明らかになった。
【0035】
(実施例2)
<各種アミノ酸のラット腹腔内投与実験>
実施例1に示した通り、L−バリン等のアミノ酸は、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制し、腎臓トランスポーターによって輸送される分子(例えば、anti−FACBC)の再吸収を抑制する作用を有していることが明らかになった。そこで、L−バリン等のアミノ酸が、インビトロでの実験系のみならず、生体内においても腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進する作用を有しているかどうかを検証した。
【0036】
すなわち、先ず、24時間絶食させたラット(SDラット、雄、6週齢)にanti−[18F]FACBCを1匹あたり18.5MBq(検定時)/0.2mLになるよう、尾静脈内に投与した。次いで、anti−[18F]FACBCの投与直後に、各種天然アミノ酸(L−バリン、L−ロイシン、L−イソロイシン、L−アラニン、L−リシン)を1匹あたり400mgになるように調製した生理食塩溶液を前記ラットの腹腔内に投与した。そして、anti−[18F]FACBCを投与直後から投与してから16時間までに排泄された尿、糞及び残全身の放射能(18Fから放出されるガンマ線の計数率(cpm))をシングルチャネルアナライザを用いて測定した。次いで、得られた各測定値を基に、anti−[18F]FACBC投与後16時間までの累積尿中放射能排泄率を算出した。得られた結果を図3に示す。
【0037】
なお、累積尿中放射能排泄率は、前記測定値を用いて下記の通りに算出した。
累積尿中放射能排泄率(%)=尿中放射能/(尿中放射能+糞中放射能+残全身の放射能)×100。
【0038】
また図3中、「コントロール」は、アミノ酸を含有しない生理食塩液のみをanti−[18F]FACBCの投与直後にラットの腹腔内に投与した結果を示す(図4においても同様)。また、横軸の括弧内(n= )の数値は各々のアミノ酸を投与したラットの試験数を示す(以下、図4〜7においても同様とする)。さらに、図3に示したP値は、統計解析ソフト(SAS前臨床パッケージ Version5.0)を用いて、パラメトリックDunnett型多重比較検定にて解析した結果に基づく。
【0039】
図3に示した結果から明らかなように、L−バリンを腹腔内投与したラットは、コントロールと比して有意にanti−FACBCの排泄が亢進されていた(P<0.0001)。しかしながら、その他のアミノ酸を腹腔内投与したラットは、コントロールにおける排泄率と有意に変わらない(又は低い)ものであった。
【0040】
なお、実施例1において、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制し、anti−FACBCの再吸収を抑制する作用を有していることが示されたL−イソロイシンが、実施例2においてanti−FACBCの排泄を促進できなかった理由については、以下のように推察する。すなわち、腹腔内投与されたアミノ酸は、腹膜から吸収されて血中に移行した後、anti−FACBCの腎臓における再吸収を抑制する。この際、腹膜からの吸収率がアミノ酸によっては乏しいもの(例えば、L−イソロイシン)もあるため、血中への移行率が低くなってしまい、anti−FACBCの再吸収に対する抑制効果が見られなかったと推察する。
【0041】
(実施例3)
<L−バリンのラット腹腔内投与実験2>
L−バリンの腹腔内投与をanti−[18F]FACBCを投与直後からanti−[18F]FACBCを投与してから1時間後にした以外は、実施例2と同様にして、ラットの尿中の累積放射能の排泄率を評価した。得られた結果を図4に示す。なお、図4に示したP値は、統計解析ソフト(SAS前臨床パッケージ Version5.0)を用いて、t検定にて解析した結果に基づく。
【0042】
図4に示した結果から明らかなように、anti−[18F]FACBCを投与してから1時間後にL−バリンを腹腔内投与したラットも、コントロールと比して有意にanti−FACBCの排泄が亢進されていた(P<0.1)。
【0043】
(実施例4)
<L−バリンのラットへの経口投与実験1>
前述の通り、L−バリンを腹腔内に投与することによって、anti−FACBCの排泄が促進されることが明らかになった、しかしながら、投与対象が特にヒトとなると、腹腔内投与方法は適用しにくいため、anti−FACBCの排泄促進におけるL−バリンの経口投与の有効性を検証した。
【0044】
すなわち、先ず、ラット(SDラット、雄、6週齢)にanti−[18F]FACBCの投与1日前から、低たん白飼料(日本農産工業株式会社製、ラボMRストック)中のL−バリン配合率を20%高くした飼料(L−バリン配合率:20.79%、以下、「+20%L−バリン」とも称する)を給餌した。次いで、anti−[18F]FACBCを1匹あたり18.5MBq(検定時)/0.2mLになるよう、尾静脈内に投与した。そして、anti−[18F]FACBCを投与してから16時間までに排泄された尿、糞及び残全身の放射能を測定した。次いで、得られた各測定値を基に、anti−[18F]FACBC投与後16時間までの累積尿中放射能排泄率を算出した。得られた結果を図5に示す。なお図5中、「コントロール」は、前記低たん白飼料を給餌し続けたラットにおける結果を示す。また、図5に示したP値は、統計解析ソフト(SAS前臨床パッケージ Version5.0)を用いて、Welch検定にて解析した結果に基づく。
【0045】
図5に示した結果から明らかなように、+20%L−バリンをanti−FACBC投与1日前から給餌したラットにおいてはanti−FACBCの排泄が、コントロールと比して顕著に亢進されていた(P<0.01)。従って、L−バリンによるanti−FACBCの排泄促進は、腹腔内投与のみならず、経口投与でも奏することができることが明らかになった。
【0046】
(実施例5)
<L−バリンのラットへの経口投与実験2>
実施例4に示した通り、+20%L−バリンをanti−[18F]FACBC投与1日前から給餌したラットにおいて、anti−FACBCの排泄は著しく促進された。しかしながら、anti−[18F]FACBCを用いた画像診断の際に、L−バリンをanti−[18F]FACBCの投与前から摂取させてしまうと、L−バリン摂取に伴い、臓器、組織、腫瘍への放射能分布の挙動が変化し、画像診断の結果に影響を及ぼす可能性が考えられる。そこで、anti−FACBCを投与した後から、L−バリン高配合飼料を給餌した場合のanti−[18F]FACBCの排泄促進効果を評価した。
【0047】
すなわち、anti−[18F]FACBCの投与直後から、+20%L−バリンを給餌し、anti−[18F]FACBCを投与直後から投与してから24時間までに排泄された尿、糞及び残全身の放射能を測定した。次いで、得られた各測定値に基づき、anti−[18F]FACBC投与後24時間までの累積尿中放射能排泄率を算出した。得られた結果を図6に示す。なお、図6に示したP値は、統計解析ソフト(SAS前臨床パッケージ Version5.0)を用いて、t検定にて解析した結果に基づく。また図6中、「コントロール」は、前記低たん白飼料を給餌し続けたラットにおける結果を示す。
【0048】
図6に示した結果から明らかなように、+20%L−バリンをanti−FACBC投与直後から給餌したラットにおいてもanti−FACBCの排泄は、コントロールと比して顕著に亢進されていた(P<0.001)。
【0049】
(実施例6)
<L−バリンのラットへの経口投与実験3>
次に、L−バリン経口投与によるanti−FACBCの排泄促進効果への絶食の影響を評価した。すなわち、anti−FACBCの投与24時間前まで前記低たん白飼料をラットに給餌し、その後anti−FACBC投与まで絶食させ、該投与直後から+20%L−バリンを給餌した以外は、実施例5と同様にして、ラットの尿中の累積放射能の排泄率を評価した。得られた結果を図7に示す。なお図7中、「コントロール」は、anti−FACBC投与直後から+20%L−バリンではなく、前記低たん白飼料を給餌したラットにおける結果を示す。また、図7に示した結果は、統計解析ソフト(SAS前臨床パッケージ Version5.0)を用いて、t検定にて解析した。
【0050】
図7に示す通り、絶食後及びanti−FACBC投与直後から+20%L−バリンを給餌したラットにおいて、anti−FACBCの排泄は、コントロールと比して亢進されているものはあるものの、バラツキの多い結果となった。また、統計解析の結果からは、コントロールと比して有意差は認められなかった。さらに、図6に示した結果と比較して明らかなように、絶食によって、L−バリン経口投与によるanti−FACBCの排泄促進効果は低くなった。この理由については、以下のように推察する。すなわち、図8に示す通り、絶食させたラットにおいては、+20%L−バリンの摂餌量にバラツキがあったため、L−バリン経口投与によるanti−FACBCの排泄促進効果は低くなったと推察する。従って、図8に示した結果から明らかなように、L−バリン経口投与によるanti−FACBCの排泄は、L−バリンの摂取量に応じて促進されることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
以上説明したように、本発明によれば、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制し、該腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進することが可能となる。
【0052】
したがって、本発明の組成物は、治療及び診断を目的として投与された薬物の排泄促進剤として有用であり、特に半減期の長い放射性同位体で標識された体内用放射性診断薬を適用する画像診断において有用である。さらに、本発明の組成物は経口投与においても顕著に腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進することができるため、患者の負担の少ない画像診断においても有効に用いられる。
【符号の説明】
【0053】
1…腎臓近位尿細管由来の上皮細胞、2…緩衝液、3…透過性メンブレン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−バリン、L−スレオニン、L−イソロイシン、L−グルタミン、L−アルギニン及びL−アスパラギン酸からなる群より選択される少なくとも1のアミノ酸を有効成分とする、腎臓トランスポーターの輸送能を抑制するための組成物。
【請求項2】
前記アミノ酸がL−バリンであり、かつ、前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子の生体からの排泄を促進する作用を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記腎臓トランスポーターによって輸送される分子が、アンチ−1−アミノ−3−フルオロシクロブタン−1−カルボン酸(anti−FACBC)である請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
経口投与用である、請求項2又は3に記載の組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−219013(P2012−219013A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−82439(P2011−82439)
【出願日】平成23年4月4日(2011.4.4)
【出願人】(000230250)日本メジフィジックス株式会社 (75)
【Fターム(参考)】