説明

腫瘍自動識別装置及び腫瘍部位の自動識別方法

【課題】腫瘍摘出を行う術者が術部から目を離して画像や計算データを確認することを必ずしも必要とせず、肉眼で術部を見ながら、脳腫瘍等のがん患者の腫瘍除去操作において、正常部位と腫瘍部位を自動的に検出識別する。
【解決手段】被検体に投与された5‐ALAから誘導されたプロトポルフィリン(PpIX)が励起された場合に発する蛍光を分光検出することにより正常部位と腫瘍部位とを自動的に識別する。腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させるために励起光を照射する励起工程と、前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光する受光工程と、受光した蛍光を分光することにより得られる波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度を検出する分光検出工程と、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腫瘍自動識別装置及び腫瘍部位の自動識別方法、より詳しくは、被検体に投与された腫瘍検出剤から誘導されたプロトポルフィリンIX(PpIX)が励起された場合に発する赤色光を検出することにより腫瘍部位を検出・識別する装置や方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がん、特に悪性の脳腫瘍(グリオーマ)の治療は現在の医療水準をもってしても悲観的であり、グリオブラストーマの中間生存日数は18月にすぎないとされている。脳腫瘍としては、神経膠芽腫(グリオブラストーマ:glioblastoma)、乏突起膠腫(oligodendroglioma)、髄膜腫(meningioma)等が知られており、特に、グリオブラストーマは中枢神経系で最もよく見受けられ、かつ最も悪性の腫瘍であり、増殖能が高く、周辺の正常組織に浸潤して成長することが多いため、正常組織との境界が不明瞭となり、肉眼的に発見が困難なものが多いといわれている。通常の臓器では、摘出手術や治療を施す際に、周辺の正常組織を含めたマージンを摘出することにより再発防止に努めているが、悪性脳腫瘍の場合は、浸潤部位や微小範囲に点在するような腫瘍などは肉眼的に識別が困難である場合が多く、腫瘍周辺に言語中枢や運動中枢などの重要な機能を有する組織がある場合には、正常組織を含めた広汎摘出は手術後に麻痺や言語障害などの重篤な合併性を起こす可能性が非常に高くなるため、がんの取残しにより治療が不完全になることが再発の一つの大きな要因となっている。そのため、腫瘍組織と正常組織とを正確に識別して、腫瘍組織だけを摘出しうる治療方法を開発することが急務の課題になっている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
近年、注目されているがん治療技術の一つとして、光に反応する化合物を投与し、光を照射することにより標的箇所を治療する光線力学的療法(Photodynamic Therapy、以下「PDT」ともいう。)を挙げることができ、PDTによるがん治療にあたっては、腫瘍親和性を有し、効率よく光に反応する光増感作用を有する化合物を用いることが必要となる。かかる光増感作用を有する物質として注目されているもののひとつに、プロトポルフィリンIX(PpIX)を挙げることができる。PpIXは、ヘムやクロロフィル等の色素の前駆体として知られており、がん組織へ特異的に集積する性質を有し、がん細胞内に蓄積したPpIXは、光照射されることにより周囲の酸素分子を光励起し、その結果生成する一重項酸素が、その強い酸化力による殺細胞効果を有するとされている。PpIXのがん細胞への蓄積のメカニズムとしては、正常な細胞においては、PpIXがフェロキレテース酵素によりヘムに代謝されるため蛍光を発することがないのに対し、がん細胞においては、一酸化窒素(NO)の作用によってフェロキレテース酵素の活性が抑えられるため、PpIXが代謝されずに蓄積するものと考えられており、また、生体組織中のPpIXは、405nm前後の波長の強い光を吸収することで励起し、635nmの波長を有する強い赤色蛍光を発することが報告されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0004】
一方、ヘマトポルフィリンや5‐アミノレブリン酸(以下「ALA」、「アミノレブリン酸」、又は「δ‐アミノレブリン酸」ともいう)は、色素生合成経路の中間体として知られており、動物や植物や菌類に広く存在し、それ自身は光増感作用を有さないが、色素生合成経路を経てPpIXを誘導するとされている。1986年にカナダクイーンズ大ケネディー教授が、ALAを塗布し、光を照射することで皮膚がんの治療ができることを報告(例えば、非特許文献3参照)して以来、ALAを用いた様々な部位の病変部等の診断及び治療方法が報告されており、例えば、ALA若しくはその誘導体又はそれらの塩(以下ALA類と呼ぶ)を体内に投与すると、がんにALA類から誘導されるPpIXが蓄積し、光照射で蛍光を発することから開発された腫瘍診断剤等が提案されている(例えば、特許文献1及び2参照)。他のがんについては皮膚がんでは直接塗布で、口腔癌ではALA類の溶液を口内に含むことで診断が可能であるという報告がある。また、膀胱においては、尿道からALA類を含む増感剤溶液を膀胱に充填し、一定時間を経たのちに光を照射し膀胱鏡にて蛍光を観察することで、膀胱がんの検出が可能であることが知られており(例えば、非特許文献4参照)、さらに、例えば膀胱注入後の保持時間を短縮することを目的として、ALA類として、ALAエステル等を用いた診断又は治療に使用できる調剤薬が提案されている(例えば、特許文献3参照)。これらの検出方法は膀胱がんの他の検出方法、たとえば白色光下の内視鏡による診断に比べると、がんの検出感度が高く、内視鏡手術の際の摘出率向上に有効であるといえる。
【0005】
脳腫瘍の治療においては、ALA類を経口投与し、開頭後に患部に光を照射することで腫瘍部位が特定できることが知られているが、これは、腫瘍につながる部位の脳血管関門が腫瘍により破たんしているため、経口投与でも腫瘍選択的にPpIXが蓄積されるからであると理解されており、PpIXが腫瘍部位を可視化するという特性を生かして、ALAを投与後に、術者が、赤く蛍光する箇所を腫瘍の箇所と判断する光線力学的診断(PDD:Photodynamic Diagnosis)もまた行われている。PpIXは青紫色の光をあてると赤色の蛍光を発するので、これを観察し腫瘍の浸潤範囲を客観的に評価し、また、言語野が近接する腫瘍の摘出に際しては覚醒下手術を行い、言語野を同定しつつ腫瘍を摘出した事例が報告されている(例えば、非特許文献5参照)。また、蛍光部分のスペクトルを利用した例としては、広範囲な切除が困難な言語野近傍のグリオーマに対し、ALAを用いて腫瘍細胞を蛍光標識することで、言語野マッピングの後、覚醒下にて、言語障害が出現しないことを確認しつつ摘出を進め、術野にバイオレットブルーライトを照射して腫瘍の赤色発光を肉眼的に観察し、その発光強度を可視化したスペクトラムを参考にして摘出を行ったが、術後、言語障害の出現もなく、画像上で確認し、その発光強度を可視化したスペクトラムを参考に全摘出が可能であったこと(例えば、非特許文献6参照)が報告されている。しかしながら、近紫外から青紫色の波長は赤色蛍光を発生させるだけでなく、正常組織に含まれる様々な蛍光物質を同時に励起するため、正常組織が発する500nm付近の青緑色をピークとした可視光全域にわたる広いスペクトルを有する白色蛍光が赤色蛍光観察の妨げとなる場合があった。また、拡散光源を用いる場合には、患部での照射強度が十分でなく、微弱な蛍光の観察が困難となる場合があった。
【0006】
これらの問題を解決するために、観察時に蛍光色素が発する赤色領域の光のみを通すバンドパスフィルターを通して観察するなどの工夫がされてきた。例えば、400nm近傍を透過するバンドパスフィルター等の各種フィルターを付けたXeランプや405nm付近の発光中心波長を有する紫色LED(発光ダイオード)などを術野の照明として用いることも行われており、例えば、励起光の照射によって発生する観察対象に付着又は吸収された蛍光色素からの蛍光を観測した時の観測結果に含まれる、観察対象の自家蛍光の影響を補償できる補償情報を取得する補償情報取得部を具備する蛍光内視鏡システム(例えば、特許文献5参照)や、所定波長の蛍光を発する蛍光色素が予め注入された腫瘍近傍におけるリンパ節を含む生体観察部に励起光を照射する励起光源と、前記励起光の照射によって前記生体観察部から発せられる蛍光の波長を含む透過波長帯域で光を透過する光学フィルターと、照明光源と、蛍光観察画像及び通常観察画像を出力する撮像手段と、画像表示手段とを備えたことを特徴とするリンパ節検出装置(例えば、特許文献6参照)や、バンドパスフィルターを付けたキセノンランプを照明光として用い、半導体レーザーにより出射されるピーク波長490±5nmの励起光により蛍光色素を励起することを含む生体組織用蛍光観測装置(例えば、特許文献7参照)などが提案されているが、手術顕微鏡の大掛かりな改造が必要であったり、蛍光観察の際に光源の切替えに加えて観察用フィルターの着脱をする必要があり、煩雑な操作が必要となる場合があり、また、術野が青紫色の色調になるため部位を確認しづらくなることやバンドパスフィルターにより術野全体が暗くなる場合があり、また、自家蛍光にも赤色領域の波長が含まれるため誤診断をする可能性があるなど、術中の蛍光診断における微小な腫瘍の検知には不向きであるとの問題がないとはいえない。
【0007】
他方、蛍光スペクトルを用いてより定量的な解析を試みたのがR/G比を用いた評価法であり、405nmの紫色LED光で励起されて腫瘍組織だけが発するPpIXの蛍光の強度I636nm(赤色:R)と正常組織で強く腫瘍組織では弱い自家蛍光強度I500nm(500nm付近をピークとしたブロードバンドな緑がかった白色蛍光:G)の強度比を調べ、赤い蛍光部分の、蛍光の強度を客観的に評価する方法も提案されている。具体的には、グリオーマの症例に対して5‐ALA20mg/Kgを手術開始2時間前に経口投与し、励起光として、紫色半導体レーザー装置による振幅波長;405±2nmの光を用いて手術野に照射し、その蛍光発色を観察し、5‐ALAの代謝によってできるPpIXの赤色蛍光636nmと自家蛍光505nmの強度比を測定したところ、肉眼で明らかに赤色に蛍光発光しているところでは、この比の値が6以上であり、4以上であれば淡い赤い色として確認でき、4未満では肉眼で蛍光を判断するのは困難であったが、2以上であれば腫瘍の浸潤が確認でき、PpIXの赤色蛍光636nmと自家蛍光505nmの強度比を測定することで、腫瘍の存在を客観的に判断することができ、肉眼で赤い蛍光が鑑別できないような部位においても、腫瘍の存在を知ることができたことが報告されている(例えば、非特許文献7参照)。かかる研究においては、その比が1になる付近に腫瘍と正常組織の境界がありそうであることがさらに判明しており、両者とも同じ405nmの紫色LED光で励起して得られる蛍光であるため、その比を取ることで、照射/計測兼用ファイバー先端から組織までの距離や角度によって励起強度が変わったり、受光できる蛍光強度が変わったりする影響をある程度キャンセルできるメリットがあるが、R/G比は、照明光の影響を受けるため、術野を真暗にするか、あるいは事前に照明光の組織からの反射スペクトルをサンプリングし、取得した蛍光スペクトルから照明光のサンプリング波形を減算するなどの複雑な処理をする必要があり、また、照明光の反射光量や反射スペクトル形状は術野の色調(反射/吸収の分光特性)が一様でないことから部位によって変わるため、さらに困難であり、肉眼では、境界部分の区別は非常に困難であると考えられる。
【0008】
また、薬事承認済みの光増感剤であるフォトフリンやレザフィリンを投与することにより、正常組織と腫瘍組織との薬剤代謝速度の違いを利用して、薬剤の濃度差が最大になる時間帯に蛍光診断・光線力学治療(PDT)をする手法も知られているが、蛍光診断時に正常組織からも薬剤の蛍光が発せられるので、薬剤特有の蛍光ピークを検出する方法では、疑陽性が多くなるものと推測される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2731032号公報
【特許文献2】特開2006−124372号公報
【特許文献3】特表2002−512205号公報
【特許文献4】特許第3810018号公報
【特許文献5】特開2008−43494号公報
【特許文献6】特開2006−14868号公報
【特許文献7】特開2008−61969号公報
【非特許文献1】Sadao Kaneko, A Current Overview: Photodynamic Diagnosis and Photodynamic Therapy using 5-Aminolevulinic Acid in Neurosurgery, J. JSLSM vol. 29 No.2 (2008) 135-146
【非特許文献2】Harada K et al., Metabolic fate of porphrin and its precursors in porphyriaand porphyrinuria. Japanese J of Clinica Medecine 53(6):37-44,1996
【非特許文献3】J.C Kennedy, R.H Pottierand DC Pross, Photodynamictherapy with endogeneousprotoprophyrin IX: basic principles and present clinical experience, J. Photochem., Photobiol. B: Biol., 6 (1990) 143-148
【非特許文献4】5‐アミノレブリン酸(5‐ALA)膀胱内注入による蛍光膀胱鏡を用いた膀胱癌の光力学的診断、井上 啓史、 辛島 尚、鎌田 雅行、 執印 太郎、 倉林 睦、大朏 祐治、日本泌尿器科學會雜誌、Vol.97、pp. 719-729
【非特許文献5】福岡医誌98(9):333−336,2007、悪性神経膠腫に対する最新の治療戦略、庄野禎久,溝口昌弘,佐々木富男
【非特許文献6】第59回日本脳神経外科学会中国四国地方会要旨集
【非特許文献7】紫色半導体レーザー装置を用いた術中脳腫瘍蛍光診断の半定量化、宇津木聡他第14回脳神経外科手術と機器学会 抄録2005年4月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、腫瘍摘出を行う術者が術部から目を離して画像や計算データを確認することを必ずしも必要とせず、肉眼で術部を見ながら、手術室に通常備え付けられているキセノンランプ,ハロゲンランプ,蛍光灯等の照度をある程度低下させることで、発光スペクトルとの干渉をうけることなく、脳腫瘍等のがん患者の腫瘍除去操作において、正常部位と腫瘍部位を自動的に検出識別できる腫瘍自動識別装置や腫瘍部位の自動識別方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、ALA投与によって誘導されるPpIXは腫瘍選択性が高く、PpIX≒腫瘍と判断することが可能であることから、数十件のALA投与後の脳腫瘍患者のPpIX画像解析を伴う施術を通じた様々な症例に基づいた蛍光スペクトルの分析の結果を基に、PpIX特有の蛍光スペクトル特性に着目し、蛍光スペクトルをリアルタイムで解析し、ピークそのものを検知する方法を模索したが、より簡易な方法で、腫瘍部位と正常部位とを区別し、かつ、術中の施術者の負担を減らす方法はないものかとさらに検討を続けたところ、PpIXは生体内では636nm前後での蛍光スペクトルによるピークを有することを確認し、生体内に蓄積したPpIX特有の蛍光スペクトルの存在を検出する方法として、636nm前後での蛍光スペクトルの急激な立上り(あるいは立下り)を検知することにより、636nmのピークを検出することを試みた。
【0012】
立上りの検知として、636nmの相対蛍光強度I636nmtと626nmの相対蛍光強度I626nmtの差(Δ)について、また、立下りの検知として、636nmの相対蛍光強度I636nmtと646nmの相対蛍光強度I646nmtの差について、それぞれ検討した。その結果、636nmの相対蛍光強度I636nmtと626nmの相対蛍光強度I626nmtの差が設定値以上となる部位がPpIXの蓄積部位であると判断できることを確認した(図1参照)。そして、上記設定値に達した場合に、検知音を作動させることにより、モニター画像による確認作業を必要とせずに、施術者が減光した照明光下で術野を見たままで、正常部位と腫瘍部位の境界部分においてPpIXが蓄積した腫瘍を検知識別することが可能となることを見いだした。他方、636nmの相対蛍光強度I636nmtと646nmの相対蛍光強度I646nmtの差を取って検出する方法では、蛍光灯などの光に反応して検知音の誤作動が生じてしまうことを確認した。
【0013】
すなわち本発明は、[1]被検体に投与された腫瘍検出剤から誘導されたプロトポルフィリンIX(PpIX)が励起された場合に発する蛍光を分光検出することにより正常部位と腫瘍部位を自動的に識別しうる装置であって、腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させるために励起光を導光照射する光源用細径光ファイバーと、該光源用細径光ファイバーと一体化され、前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光し、分光器に導光する計測用細径光ファイバーと、分光器に導光された蛍光を分光することにより得られる波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度を検出する分光検出手段と、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音手段とを備えた腫瘍自動識別装置や、[2]光源用細径光ファイバーが、波長405±5nmの紫色半導体レーザーを励起光源とすることを特徴とする上記[1]記載の腫瘍自動識別装置や、[3]分光検出手段が、さらに、部分的に開環したPpIXの670±2nmの波長における相対蛍光強度を検出する手段を備えていることを特徴とする上記[1]又は[2]記載の腫瘍自動識別装置や、[4]報音手段が、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差の大小により、出力する検知音の周波数又は強弱が変化することを特徴とする上記[1]〜[3]のいずれか記載の腫瘍自動識別装置に関する。
【0014】
また本発明は、[5]被検体に投与された腫瘍検出剤から誘導されたプロトポルフィリンIX(PpIX)が励起された場合に発する蛍光を分光検出することにより正常部位と腫瘍部位とを自動的に識別する方法であって、腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させるために励起光を照射する励起工程と、前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光する受光工程と、受光した蛍光を分光することにより得られる波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度を検出する分光検出工程と、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音工程と、を備えた腫瘍部位の自動識別方法や、[6]腫瘍検出剤が5‐アミノレブリン酸であることを特徴とする上記[5]記載の腫瘍部位の自動識別方法や、[7]腫瘍部が、悪性脳腫瘍部であることを特徴とする上記[5]又は[6]記載の腫瘍部位の自動識別方法や、[8]さらに、部分的に開環したPpIXの670±2nmの波長における相対蛍光強度を検出する工程を備えていることを特徴とする上記[5]〜[7]のいずれか記載の腫瘍部位の自動識別方法や、[9]報音工程において、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差の大小により、出力する検知音の周波数又は強弱が変化することを特徴とする上記[5]〜[8]のいずれか記載の腫瘍部位の自動識別方法に関する。
【発明の効果】
【0015】
本発明の腫瘍検出装置を用いると、モニター画像による確認作業を必要とせずに、検知音により正常部位と腫瘍部位を自動的に識別することができ、効率よく腫瘍部位を確実に摘出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】グリオーマ病変部位における蛍光スペクトルを示す図である。A;グリオーマ病変部位、B;正常組織に腫瘍が一部浸潤している部位、Δ;波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差
【図2】本発明の腫瘍自動識別装置の概略図である。
【図3】本発明の光源用細径光ファイバーを用いて紫色半導体レーザー(シャープカットオフフィルター使用)照射したグリオーマ病変部位(直径50mm)を示す図である。A;20mm,B;24mm,C;30mm,D;35mm
【図4】蛍光スペクトルとグリオーマ病変部位(組織像)との関係を示す図である。A;壊死部分、B;グリオブラストーマ、C;腫瘍が正常組織に浸潤している部分、D;腫瘍が正常組織に一部浸潤している部分、E;正常細胞である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の腫瘍自動識別装置としては、被検体に投与された腫瘍検出剤から誘導されたプロトポルフィリンIX(PpIX)が励起された場合に発する蛍光を分光検出することにより正常部位と腫瘍部位を自動的に識別しうる装置であって、腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させるために励起光を導光照射する光源用細径光ファイバーと、該光源用細径光ファイバーと一体化され、前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光し、分光器に導光する計測用細径光ファイバーと、分光器に導光された蛍光を分光することにより得られる波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度を検出する分光検出手段と、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音手段とを備えた装置であれば特に制限されず、また、本発明の腫瘍部位の自動識別方法としては、被検体に投与された腫瘍検出剤から誘導されたプロトポルフィリンIX(PpIX)が励起された場合に発する蛍光を分光検出することにより正常部位と腫瘍部位とを自動的に識別する方法であって、腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させるために励起光を照射する励起工程と、前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光する受光工程と、受光した蛍光を分光することにより得られる波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度を検出する分光検出工程と、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音工程とを備えた方法であれば特に制限されず、上記腫瘍としては、悪性黒色腫(メラノーマ)、皮膚がん、肺がん、気管及び気管支がん、口腔上皮がん、食道がん、胃がん、結腸がん、直腸がん、大腸がん、肝臓及び肝内胆管がん、腎臓がん、膵臓がん、前立腺がん、乳がん、子宮がん、卵巣がん、脳腫瘍等の上皮細胞などが悪性化したがんや腫瘍、骨肉腫、筋肉腫等の支持組織構成細胞が悪性化したがんや腫瘍などを挙げることができ、なかでも神経膠芽腫(グリオブラストーマ:glioblastoma)、乏突起膠腫(oligodendroglioma)、髄膜腫(meningioma)等に分類される脳腫瘍を最も効果的な例として挙げることができ、特に運動野や言語野が近接する部位に腫瘍が存在する神経膠芽腫に有効であり、被検体としては、ヒト、サル、イヌ、及びネコをはじめとするほ乳類を挙げることができる。
【0018】
本発明における腫瘍検出剤としては、被検体に投与することによりPpIXを誘導しうる蛍光試薬であれば特に制限されないが、ALAはその代謝が24時間と早いことから、光線過敏症などの副作用が極めて少なく、PDDではALA単独が最も適していると考えられる。これらALA類は化学合成、微生物による生産、酵素による生産等のいずれの公知の方法によっても製造することができる。
【0019】
ALA類のうち、ALAの誘導体としては、ALAのエステル基とアシル基を有するものを挙げることができ、好ましくはメチルエステル基とホルミル基、メチルエステル基とアセチル基、メチルエステル基とn−プロパノイル基、メチルエステル基とn−ブタノイル基、エチルエステル基とホルミル基、エチルエステル基とアセチル基、エチルエステル基とn−プロパノイル基、エチルエステル基とn−ブタノイル基の組合せを例示することができる。
【0020】
ALA類のうち、ALA又はその誘導体の塩としては、例えば塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、リン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、トルエンスルホン酸塩、コハク酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、グリコール酸塩、メタンスルホン酸塩、酪酸塩、吉草酸塩、クエン酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、リンゴ酸塩等の酸付加塩、及びナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩等の金属塩、アンモニウム塩、アルキルアンモニウム塩等を挙げることができる。なお、これらの塩は使用時において溶液として用いられ、その作用はALA及びその誘導体の場合と同一である。以上のALA類は、水和物又は溶媒和物を形成していてもよく、またいずれかを単独で又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。また、本発明の腫瘍検出剤をALA類の水溶液として調製する場合には、ALA類の分解を防ぐため、水溶液がアルカリ性とならないように留意する必要がある。アルカリ性となってしまう場合は、酸素を除去することによって有効成分の分解を防ぐことができる。
【0021】
また、腫瘍検出剤の剤型としては経口投与剤型と静脈注射剤型とがあり、経口投与剤型としては、粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、シロップ剤、懸濁液等を挙げることができ、静脈注射剤型としては、注射剤、点滴剤等を挙げることができる。かかる腫瘍検出剤には、必要に応じて薬効成分、栄養剤、担体等の他の成分を加えることができる。例えば、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、安定化剤、溶剤、分散媒、増量剤、賦形剤、希釈剤、pH緩衝剤、崩壊剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張剤などの各種調剤用配合成分を添加することができる。
【0022】
上記腫瘍検出剤に配合できる担体としては、摂取するために適した有機又は無機の固体又は液体の、通常は不活性な製薬学的に許容できる担体材料を用いることができ、具体的には、例えば、結晶性セルロース、ゼラチン、乳糖、澱粉、ステアリン酸マグネシウム、タルク、植物性及び動物性脂肪、油脂、ガム、ポリアルキレングリコールがある。本発明の増感剤に含まれるALA類のうち、もっとも望ましいものは5‐アミノレブリン酸、同メチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、ブチルエステル、ペンチルエステル、各種当エステルとこれらの塩酸塩、リン酸塩、硫酸塩などを挙げることができる。
【0023】
上記腫瘍検出剤の望ましい投与法は、舌下投与も含む経口投与及び点滴を含む静脈注射であり、腫瘍検出剤がALA類の場合、腫瘍検出剤に含まれるALA類の量は、ALA換算でヒト体重1kgあたり、10mg〜40mgであればよく、望ましくは15mg〜25mg、さらに望ましくは20mgである。
【0024】
また、腫瘍検出剤投与からPpIXを励起させるために励起光を照射するまでの時間としては、腫瘍組織に十分なPpIXが蓄積している時間帯が望ましく、具体的には4時間から8時間が好ましい。
【0025】
腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させる励起工程において照射する励起光の光源としては、被検体の生体組織の微小に点在する腫瘍についてもPpIXの検出を行うことを可能とするために放射照度が強く、精確な自動識別を可能とするために照射面積が狭い半導体レーザー光源が好ましく、励起光を導光して一端から外部へ出射する励起光導光部を有することが好ましく、励起光導光部としては、具体的には細径光ファイバー(光源用細径光ファイバー)を挙げることができる。光源用細径光ファイバーから照射される励起光として発振される波長としては、上記PpIXを励起させることで、PpIX特有の636nm付近の第1ピークと705nm付近の第2ピークの2つのピークを示す赤色光が観察できる波長を選択することが好ましく、いわゆるソーレー帯に属するPpIXの吸収ピークに属する紫外光に近い紫色の波長であって、具体的には405±5nmが好ましく、励起光をカットして蛍光を鮮明に観察するためのフィルターをほぼ無色とするためには405±2nmがさらに好ましい。光源に用いられる素子としては、InGaN等の半導体混晶を用いることができ、InGaNの配合比を変えることで、紫色光を発振することができる。具体的には直径5.6mm程度のコンパクトなレーザーダイオードを好適に例示することができる。レーザーダイオードから4レーザーアウトプットのポートと、スペクトル測定用のポートはビルトイン高感度スペクトロスコープで連結されたデスクトップPCほどのサイズである装置を例示することができる。
【0026】
前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光する受光工程においては計測用細径光ファイバーが用いられ、該計測用細径光ファイバーは前記光源用細径光ファイバーと一体化され、受光した蛍光を分光器に導光する。分光器としては、回折格子型分光器、プリズム型分光器等波長分散型の分光器を用いることができ、分光検出工程において、受光した蛍光を分光器により分光することにより得られる波長636±2nm、好ましくは636±1nmと、波長626±2nm、好ましくは626±1nmとにおける相対蛍光強度を検出する分光検出手段が用いられる。かかる分光検出手段における検出部としては、636±2nmの波長と626±2nmの波長とを検出できるものであれば特に制限されないが、部分的に開環したPpIXの670±2nmの波長(図1参照)における相対蛍光強度を検出しうるものが、PpIXの存在の確認精度がより高くなることから好ましい。
【0027】
波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音工程における報音手段としては、上記検出部において636±2nmの波長と626±2nmの波長とにおける相対蛍光強度を検出し、かつ、上記636±2nmの波長の強度から626±2nmの波長の強度を引いた差が設定値以上である場合に、検知音を出力することにより報知するものであれば特に制限されず、上記設定値としては、例えば、手術顕微鏡や内視鏡の照明光や無影灯、部屋の照明などの影響や電気的ノイズなどの環境条件により異なり、できるだけ小さい値にすれば検出感度を上げることが可能であるが、例えば、相対蛍光強度のフルレンジが+65535の分光器で、+80〜+150の範囲に設定することが好ましく、+100〜+200程度の値に設定した場合には、手術室にあるXeランプ,ハロゲンランプ,蛍光灯などの発光スペクトルとの干渉はこれまでほとんど確認されず、ノートPCの演算処理能力でもリアルタイムで検出し、検知音を出力することができる点で好ましい。また、検出されるがん組織の大きさや正常組織に浸潤・点在した密度の状況を術者に認識させるため、636±2nmの波長ピークの相対蛍光強度と626±2nmの波長の相対蛍光強度との差の大小により、検知音の大きさ、断続周期及び周波数を変える設定とすることで、術者にがんの局在だけでなく、がん組織の大きさや正常組織に浸潤、点在した密度などの情報も伝えることができる。
【0028】
本発明の腫瘍自動識別装置には、上記分光検出手段における分光器により得られた分光スペクトルの検出結果に基づく分光像を表示する分光画像部を備えることもできる。また、本発明の腫瘍自動識別装置には、さらに、ほぼ無色のシャープカットフィルターを装着してもよい。シャープカットフィルターを用いることで、肉眼で述部を見た場合に紫外光に近い紫色の波長をカットでき、腫瘍本体及びその周辺は赤色蛍光により、肉眼的により容易に確認できるようになる。
【0029】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
[ALA投与によるグリオブラストーマの自動識別]
図2に示される本発明の腫瘍自動識別装置を用いた。まず、腫瘍摘出手術の3時間前に、50mLの5%グルコース溶液に溶解した20mg/kgの5‐アミノレブリン酸塩酸塩(5‐ALA・塩酸)を悪性脳腫瘍患者に経口投与した。開頭後、グリオーマ病変部位(直径50mm)に光源用細径光ファイバーを医療技術者が操作して、紫色半導体レーザー(波長405nmのレーザー光、照射パワー140mW、シャープカットオフフィルター使用)照射を実施した。結果を図3に示す。図3中、Aは直径20mmの壊死部分、Bは直径24mmのグリオブラストーマ部分、Cは直径30mmの腫瘍細胞が正常細胞に浸潤している部分、Dは直径35mmの腫瘍細胞が正常細胞に一部浸潤している部分、Eは正常細胞部分を示す。また、図5は、かかるグリオーマ病変部位(組織像)と対応するPCの蛍光スペクトル画面を表す。施術に際して、報音手段であるPCから、Aの壊死部分やEの正常細胞部分では検知音の出力はなく、Bのグリオブラストーマ部分からは比較的大きい音量あるいは比較的短い断続周期あるいは比較的高い周波数の検知音が、Cの腫瘍が正常組織に浸潤している部分からはやや大きい音量あるいはやや短い断続周期あるいは中程度の周波数の検知音が、Dの腫瘍が正常組織に一部浸潤している部分からは通常の音量あるいは比較的長い断続周期あるいは比較的低い周波数の検知音がそれぞれ出力され、蛍光スペクトル画面を見ることなく、執刀医はグリオーマ病変部位を目視観察しながら報音により腫瘍部位を摘出することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体に投与された腫瘍検出剤から誘導されたプロトポルフィリンIX(PpIX)が励起された場合に発する蛍光を分光検出することにより正常部位と腫瘍部位を自動的に識別しうる装置であって、
腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させるために励起光を導光照射する光源用細径光ファイバーと、
該光源用細径光ファイバーと一体化され、前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光し、分光器に導光する計測用細径光ファイバーと、
分光器に導光された蛍光を分光することにより得られる波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度を検出する分光検出手段と、
波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音手段と、
を備えた腫瘍自動識別装置。
【請求項2】
光源用細径光ファイバーが、波長405±5nmの紫色半導体レーザーを励起光源とすることを特徴とする請求項1記載の腫瘍自動識別装置。
【請求項3】
分光検出手段が、さらに、部分的に開環したPpIXの670±2nmの波長における相対蛍光強度を検出する手段を備えていることを特徴とする請求項1又は2記載の腫瘍自動識別装置。
【請求項4】
報音手段が、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差の大小により、出力する検知音の周波数又は強弱が変化することを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載の腫瘍自動識別装置。
【請求項5】
被検体に投与された腫瘍検出剤から誘導されたプロトポルフィリンIX(PpIX)が励起された場合に発する蛍光を分光検出することにより正常部位と腫瘍部位とを自動的に識別する方法であって、
腫瘍部に蓄積されたPpIXを励起させるために励起光を照射する励起工程と、
前記励起光によって励起されたPpIXが発する蛍光を受光する受光工程と、
受光した蛍光を分光することにより得られる波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度を検出する分光検出工程と、
波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差が設定値以上である場合に、報知する検知音を出力する報音工程と、
を備えた腫瘍部位の自動識別方法。
【請求項6】
腫瘍検出剤が5‐アミノレブリン酸であることを特徴とする請求項5記載の腫瘍部位の自動識別方法。
【請求項7】
腫瘍部が、悪性脳腫瘍部であることを特徴とする請求項5又は6記載の腫瘍部位の自動識別方法。
【請求項8】
さらに、部分的に開環したPpIXの670±2nmの波長における相対蛍光強度を検出する工程を備えていることを特徴とする請求項5〜7のいずれか記載の腫瘍部位の自動識別方法。
【請求項9】
報音工程において、波長636±2nmと波長626±2nmにおける相対蛍光強度の差の大小により、出力する検知音の周波数又は強弱が変化することを特徴とする請求項5〜8のいずれか記載の腫瘍部位の自動識別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−240078(P2010−240078A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−90541(P2009−90541)
【出願日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【出願人】(508123858)SBIアラプロモ株式会社 (13)
【Fターム(参考)】