説明

腸球菌の細胞壁成分及びその抗菌的使用

本発明は、腸球菌の細胞壁成分、並びに細菌感染症の予防及び治療法におけるその使用に関する。
腸球菌の細胞壁成分であって、
【化1】


及びその誘導体、並びにそれらの薬学的に許容可能な塩からなる群から選択される、腸球菌の細胞壁成分

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸球菌(enterococcal:エンテロコッカス属)の細胞壁成分、並びに細菌感染症の予防及び治療法におけるその使用に関する。本発明に関しては、本明細書で引用される全ての参考文献はその全体が援用されている。
【背景技術】
【0002】
少なくとも15種の腸球菌種が存在するが、これらのうちの2種だけ、すなわち腸球菌により引き起こされる感染症の80%に関与する大便連鎖球菌(Enterococcus faecalis)及びエンテロコッカス・フェシウム(Enterococcusfaecium)が臨床感染症に一般的に関連している。グラム陽性細菌である大便連鎖球菌は哺乳動物の胃腸管の常在菌(natural inhabitant)であり、多くの場合糞便汚染を介して、土壌、汚水、水及び食品中で一般的に見られる(非特許文献1)。
【0003】
腸球菌は、院内感染菌血症、心内膜炎、並びに尿路、手術創及び異物による感染症を含む多様な感染症を引き起こす重要な院内病原菌である。
【0004】
これらの細菌の感受性株をアンピシリン及びバンコマイシンで処理することができる。しかしながら、一部の腸球菌はβ−ラクタム系抗生物質(一部のペニシリン及びほとんど全てのセファロスポリン)、及び多くのアミノグリコシド系抗生物質に本質的に耐性である。ここ20年、バンコマイシンに耐性である特に毒性の強い腸球菌株(バンコマイシン耐性腸球菌、すなわちVRE)が、特に米国での入院患者における院内感染で出現している。複数の抗生物質に耐性である腸球菌株の発生の増加が、感染症の発病機序の理解を深める必要性を強調している(非特許文献2、非特許文献3)。
【0005】
テイコ酸は、スタフィロコッカス属、ストレプトコッカス属、バシラス属、クロストリジウム属、コリネバクテリウム属及びリステリア属等のグラム陽性細菌の細胞壁に見ることができ、ペプチドグリカン層の表面に広がって現れる。テイコ酸はグラム陰性細菌では見られない。テイコ酸はペプチドグリカン層のN−アセチルムラミン酸と、細胞質膜の脂質と、又はN−アセチルムラミン酸単位間でのテトラペプチド架橋における末端D−アラニンと共有結合的に結び付くことができる。
【0006】
テイコ酸の主な機能は、マグネシウム及びナトリウム等のカチオンを引き付けることにより細胞壁に剛性を与えることである。テイコ酸は常にというわけではないが通常、D−アラニンエステル残基で置換され、分子に両性イオンの特性を与える。これらの両性イオン性のテイコ酸はtoll様受容体2及びtoll様受容体4に対する潜在的な(suspected)リガンドである。またテイコ酸はN−アセチルグルコサミンとN−アセチルムラミン酸との間のβ(1−4)結合を破壊するオートリシンの能力を制限することにより細胞成長の調節を助ける。テイコ酸は一部の寄生生物では付着部位として働く。細菌の破壊及びテイコ酸の血流への放出により、発熱、血管拡張、及び場合によってはショック状態、またそれに続いて死が引き起こされる可能性がある。テイコ酸は、細菌が粘膜に付着するのに使用されることもある。
【0007】
リポテイコ酸(LTA)はグラム陽性細菌の細胞壁の主構成要素である。リポテイコ酸はテイコ酸、グリセロールリン酸又はリビトールリン酸の長鎖からなり、グリセリドを介して脂質二重層に固定される。標的に結合したLTAは循環抗体と相互作用し、受動免疫破壊現象を誘導する補体カスケードを活性化することができる。
【0008】
テイコ酸及びリポテイコ酸は強力な外因性の発熱物質であると考えられている。すなわちテイコ酸及びリポテイコ酸はグラム陽性細菌による細菌感染の後にヒトでの発熱反応をもたらし得る物質に属する。テイコ酸及びリポテイコ酸はほとんどの場合単球及び樹状細胞、Bリンパ球及びTリンパ球、並びにマクロファージで発現されるtoll様受容体TLR−2により認識される。さらに、テイコ酸及びリポテイコ酸はサイトカインを排出させ、そのためかかる感染に続く炎症反応の要因の1つである。
【0009】
それらの抗原特性のために、テイコ酸及びリポテイコ酸は、合成ワクチンの開発における興味深い候補物質としても提唱されている。
【0010】
特許文献1は、脊椎動物における乳酸アシドーシスの予防のためのワクチンであって、上記ワクチンが少なくとも1つの単離微生物又はその断片(単数又は複数)を含み、上記微生物が上記脊椎動物の消化管内で乳酸を生成することが可能であり、上記微生物がクロストリジウム属様の種、プレボテラ属様の種、バクテロイデス属様の種、腸球菌様の種、セレモナス種からなる群から選択される、脊椎動物における乳酸アシドーシスの予防のためのワクチンを記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第7,011,826号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Klare, I., Werner, G. and Witte,W. Contrib. Microbiol. 2001, 8,108-22
【非特許文献2】Murray, B. E. N. Engl. J. Med. 2000, 342, 710-721
【非特許文献3】Theilacker, C., Krueger,W. A., Kropec, A. and Huebner, J. Vaccine2004, 22 Suppl 1, S31-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
脊椎動物において腸球菌により少なくとも一部引き起こされる感染症を効果的に治療及び/又は予防するのにより効率的な戦略を提供するためには、新規の改善されたワクチン接種戦略と、各ワクチンの開発及び作製との両方に使用することができる新規の抗原細菌標的が必要とされる。
【0014】
糖質毒性因子の調査、及び腸球菌感染症に対抗する複合糖質ワクチン等の代替治療の開発の一環として、本発明は新規の莢膜多糖類である壁リポテイコ酸及び腸球菌の細胞壁から単離されるリポテイコ酸を提供することによりこれらの必要性を満たす。
【課題を解決するための手段】
【0015】
このためその第1の態様において本発明の目的は、腸球菌の細胞壁成分であって、
【化1】

及びその修飾誘導体、並びにそれらの薬学的に許容可能な塩からなる、腸球菌の細胞壁成分により解決される。
【0016】
この腸球菌の細胞壁成分(以下、「腸球菌抗原」とも称される)は、脊椎動物において腸球菌により少なくとも一部引き起こされる感染症を効果的に治療及び/又は予防するのに、ワクチン接種戦略の改善を可能にするのに、並びに複合糖質ワクチン等の各ワクチンの開発及び作製を可能にするのにより効率的な戦略の開発のための新規の抗原標的を提供する。
【0017】
本発明によれば、「修飾誘導体」(複数の場合もあり)("modified derivative" or „modifiedderivatives")という用語は、化学的又は酵素的に修飾された上記の式Iによる腸球菌抗原を含むものとし、上記修飾誘導体は、腸球菌の抗原決定基として、及び/又は式Iによる腸球菌抗原と同じ若しくは実質的に同じ程度までその機能を維持する。好ましくは、上記修飾誘導体は非修飾の腸球菌抗原と比較して定量的に増大した免疫反応を示す。免疫反応のかかる増大を、当該技術分野で既知の免疫アッセイを用いて検出することができる。
【0018】
修飾誘導体の例は好ましくは、他の化学物質(chemical entities)と連結するか又は複合体形成するためにリンカー基を含むように修飾される式Iの化合物である。これらのリンカー基は現行の技術水準において既知であり、通常免疫学的に不活性である、すなわち腸球菌抗原の免疫特性に干渉しない。他の修飾には、キレート基又は酵素基(enzymatic groups)等の検出可能なラベルを担持するための腸球菌抗原の化学的部分の付加が含まれる。さらに、ペプチド(例えばHis)又は他の「ラベル」若しくは「タグ」を、診断アッセイにおいて腸球菌抗原を精製及び/又は使用することができるように付加することができる。
【0019】
最終的に、腸球菌抗原は、例えば腸球菌抗原の糖成分の環での化学修飾を包含していてもよく、抗原を修飾し、既存の側鎖をH、非置換、一置換若しくは多置換のC〜C18−アルキル(ここで上記アルキルは直鎖、分岐又は環状とすることができる)、アルケニル、非置換、一置換若しくは多置換のアリール残基若しくはヘテロアリール残基、非置換、一置換若しくは多置換のベンゼン基、アシル基、例えばホルミル基、アセチル基、トリクロロアセチル基、フマリル基、マレイル基、スクシニル基、ベンゾイル基、又は分岐アシル基、若しくはヘテロ原子置換アシル基若しくはアリール置換アシル基、アルコキシ置換基、例えば−OMe、−OEt、−OnPr、−iPr、−OnBu、−OiBu、−OsecBu、−OtBu(アルキル基は直鎖、分岐又は環状とすることができる)、硫黄原子を介して結合したアルキル基、例えば−SMe、−SEt、又はスルホニル置換基、例えば−SOH、−SOMe、−SOCF、−SOCH若しくはSOCHBr、又は窒素置換基、例えばNH、NHR、−NRR’(R、R’は上記のようなアルキル、アルケニル又はアリールである)、NC若しくは−NO、又はフルオロ、クロロ、ブロモ、ヨード、−CN若しくはヘテロ置換基のいずれかで置き換えることができる。上述のようにこれらの誘導体は好ましくは、抗原の溶解度を改善するために、上記抗原の免疫学的効果を(好ましくは定量的に)増大させるために、及び/又は化合物を他の部分と結び付けるために、例えば表面(例えばウェル又はチップ)と結び付けるために、及び/又は診断アッセイに使用するために含まれる。
【0020】
本発明の別の態様は、本発明による腸球菌の細胞壁成分を作製する方法であって、上記腸球菌の細胞壁成分を細菌画分から単離することを含む、又は上記抗原を少なくとも一部、化学合成により合成することを含む、本発明による腸球菌の細胞壁成分を作製する方法に関する。単離は、他の細菌成分を実質的に含まないように、細菌画分から上記細胞壁成分を精製することを含み得るが、本明細書に記載のように、細胞壁の他の部分を含む細胞壁画分等の或る特定の細菌画分の一部としての単離も含み得る。
【0021】
本発明の別の態様は、本発明による腸球菌抗原を特異的に認識する抗体、好ましくはモノクローナル抗体、又はその抗原断片に関する。「抗体」という用語は、モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体、その組換え抗体又は断片、例えばFab等と、ヒト抗体又はヒト化抗体との両方を含むものとする。
【0022】
本発明の別の態様は次に、本発明による抗体を作製する方法であって、哺乳動物、好ましくはウサギを、本発明による腸球菌の細胞壁成分で、又は本発明による医薬組成物で、好ましくは本発明によるワクチンで免疫付与することを含む、本発明による抗体を作製する方法に関する。各方法は当業者にとって既知であり、現行の技術水準において開示される。
【0023】
本発明の更に別の態様は次に、本発明による抗体を作製する方法であって、モノクローナル抗体として上記抗体を作製するハイブリドーマ細胞を生成することを含む、又は宿主細胞における上記抗体の組換えによる作製を含む、本発明による抗体を作製する方法に関する。各方法は当業者にとって既知であり、現行の技術水準において開示される。
【0024】
本発明の更に別の重要な態様は次に、抗原としての上記抗原に特異的な抗体の作製における本発明による腸球菌抗原の使用に関する。
【0025】
本発明の別の態様は次に、薬学的に許容可能な担体及び/又は賦形剤とともに、少なくとも1つの本発明による腸球菌抗原、及び/又は少なくとも1つの本発明による抗体を含む医薬組成物に関する。
【0026】
式Iによる細胞壁成分、すなわちWTAを含む本発明による医薬組成物が特に好ましい。
【0027】
ワクチン、特に腸球菌、特に抗生物質耐性の腸球菌、例えばVRE株、好ましくは大便連鎖球菌のVRE株により引き起こされる感染症に対するワクチンとして配合される本発明による医薬組成物が更に好ましい。上記式Iによる細胞壁成分が複合糖質ワクチン中に存在する本発明による医薬組成物が最も好ましい。本発明によるWTA(本明細書に記載のように、抗原単独として又は抽出物若しくは細菌中に存在する)は、能動免疫化又は受動免疫化のいずれかのための腸球菌ワクチンに使用されるのが好ましい。
【0028】
このため本発明によれば、脊椎動物における腸球菌感染症の予防のための医薬組成物、特にワクチンであって、上記医薬組成物が、任意で薬学的に許容可能な担体、アジュバント及び/又は希釈剤とともに少なくとも1つの新規の本発明による腸球菌抗原を含む、脊椎動物における腸球菌感染症の予防のための医薬組成物、特にワクチンが提供される。
【0029】
典型的には、ワクチンは、本発明の腸球菌抗原を含む、少なくとも1つの腸球菌株、好ましくは大便連鎖球菌の生無傷細胞又は死無傷細胞を含み得る。より典型的には、ワクチンは、腸球菌抗原(単数又は複数)を含むような少なくとも1つの上記腸球菌株からの細胞溶解物を含む。更により典型的には、ワクチンは腸球菌抗原の粗混合物、又は少なくとも1つの上記腸球菌株、好ましくは大便連鎖球菌からの精製した腸球菌抗原(単数又は複数)を含む。更により典型的には、ワクチンは、少なくとも1つの上記腸球菌株の腸球菌抗原として細胞壁画分及び関連のタンパク質を含む。ワクチンは成分のうちの1つの組合せを含み得る。本発明による腸球菌抗原を含む複合糖質ワクチンが最も好ましい。別の態様は、包含される腸球菌抗原が少なくとも一部化学合成により作製された医薬組成物又はワクチンに関する。腸球菌抗原を含有する選択細菌画分を精製する方法は当業者にとって既知であり、本明細書で更に説明される。
【0030】
典型的には、脊椎動物は単胃動物、草食動物若しくは反芻動物又はヒトの被験体である。更により典型的には、脊椎動物はヒト、非ヒト霊長類、ネズミ、ウシ、ヒツジ、ウマ、ブタ、ヤギ、ウサギ、トリ、ネコ及びイヌからなる群から選択される。より典型的には、脊椎動物は、ヒト、ヒツジ、ラクダ、ブタ、ウシ、ウマ又はイヌからなる群から選択される。
【0031】
医薬組成物を筋肉内経路、皮下経路、局所経路又は他の非経口経路を介した投与のために配合することができる。概して、本発明の微生物は片利共生の性質を有する。このため経口投与は一般的には効果的なワクチン接種経路ではなく、結果として筋肉内経路、皮下経路、局所経路又は他の非経口経路を介した投与が好ましい。ワクチンには、単独で又は組み合わせて使用される、サイトカイン、例えばG−CSF、GM−CSF、インターロイキン又は腫瘍壊死因子αも含まれ得る。
【0032】
医薬組成物にはアジュバントも含まれ得る。より典型的には、アジュバントは、フロイント完全/不完全アジュバント、モンタニド(Montanide)マクロールアジュバント、リン酸緩衝生理食塩水及びマンナンオイルエマルション、サポニン(QuiLA)デキストラン(硫酸デキストラン、DEAE−デキストラン)、アルミニウム化合物(Imject Alum)、N−アセチルグルコサミニル(acetylglucosaminyl)−N−アセチルムラミル−L−アラニル−D−イソグルタミン(Gerbuアジュバント)からなる群から選択される。より典型的には、アジュバントはVaccineの1995, vol 13, p 1203、1993 vol 11 p 293、及び1992 vol 10 p 427(これらの開示は参照により本明細書に援用される)に記載のような群から選択される。
【0033】
そのため本発明の更に別の重要な態様は、疾患、例えば細菌感染症、特に院内感染菌血症での感染、心内膜炎、尿路感染症、手術創感染症、及び異物による感染症等の腸球菌感染症の治療における使用のための本発明による腸球菌の細胞壁成分(腸球菌抗原)、本発明による抗体、又は本発明による医薬組成物に関する。
【0034】
そのため本発明の更に別の重要な態様は、細菌感染症に対する治療のため、又は細菌感染症、特に院内感染菌血症での感染、心内膜炎、尿路感染症、手術創感染症、及び異物による感染症等の腸球菌感染症、特にVRE株等の抗生物質耐性の腸球菌、例えば大便連鎖球菌により引き起こされる腸球菌感染症に対する薬剤の調製のための本発明による腸球菌の細胞壁成分、本発明による抗体、又は本発明による医薬組成物(すなわち腸球菌抗原)の使用に関する。
【0035】
本発明の更に別の好ましい実施の形態によれば、脊椎動物において本発明の腸球菌抗原を含む少なくとも1つの腸球菌株に対する免疫応答を誘導する方法であって、上記脊椎動物に、免疫学的に有効な量の本発明によるワクチン又は本発明による医薬組成物を投与することを含む、脊椎動物において本発明の腸球菌抗原を含む少なくとも1つの腸球菌株に対する免疫応答を誘導する方法が提供される。
【0036】
本発明の更に別の好ましい実施の形態によれば、脊椎動物において細菌感染症を治療又は予防する方法であって、上記脊椎動物に、治療的に有効な量の本発明による腸球菌の細胞壁成分、本発明による抗体、又は本発明による医薬組成物を投与することを含む、脊椎動物において細菌感染症を治療又は予防する方法が提供される。
【0037】
上記細菌感染症が、院内感染菌血症での感染、心内膜炎、尿路感染症、手術創感染症、及び異物による感染症等の腸球菌感染症であり、特に(inparticular)VRE株等の抗生物質耐性腸球菌、特に大便連鎖球菌により引き起こされる、本発明による方法が好ましい。
【0038】
これより本発明を添付の図面を参照して以下の好ましいが非限定的な実施例において更に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】大便連鎖球菌から単離された莢膜多糖類のH NMRスペクトルを示す図である:a)2型株、b)5型株。文字は図2に示されるような糖質残基を表し、アラビア数字は各残基におけるプロトンの数を表す。
【図2】大便連鎖球菌の2型株から単離された莢膜多糖類の反復単位の化学構造を示す図である。5型株から単離された莢膜多糖類はβ−D−GalfのC−5位のO−アセチル基を欠いた類似性の高い構造を有していた。
【図3】大便連鎖球菌12030株から単離されたリポテイコ酸のH NMRスペクトルを示す図である。文字はコージビオース(図4)におけるグリセロール残基及びグルコース残基を表し、アラビア数字は各残基のプロトンの数を表す。アラニンで置換されたグルコース残基に属するプロトンのピークは約4.4ppm及び4.65ppmに見られる。
【図4】大便連鎖球菌の12030株から単離されたリポテイコ酸の様々な反復単位の化学構造を示す図である。
【図5】大便連鎖球菌から単離されるような本発明による壁テイコ酸(WTA)のH NMRスペクトルを示す図である。文字は糖残基(図6)を表す。
【図6】本発明による大便連鎖球菌から単離されたWTAの反復単位の化学構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0040】
莢膜多糖類
大便連鎖球菌の2型株及び5型株由来の莢膜多糖類(Maekawa S., Yoshioka M., and Kumamoto Y. Microbiol Immunol. 1992,36, 671-81)を、リゾチーム及びムタノリシンによるペプチドグリカンの酵素処理により得た。夾雑核酸及び夾雑タンパク質をRNAse、DNAse及びプロテイナーゼKを用いた消化により取り除いた。材料をセファクリルS−400上でのゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)により分画し、大きい分子量の材料をセファロースQカラムに適用し、NaClでの線形勾配により溶出した。単離された多糖類を糖分析、一次元(H及び13C)及び二次元等核H−H(COSY、TOCSY及びNOESY)、及び異核H−13C(HMQC、HMQC−TOCSY及びHMBC)磁気共鳴分光分析(NMR)により研究した。全ての1Dスペクトル及び2Dスペクトルを、BrukerのDRX Avance 600MHz分光計を用いて記録した。
【0041】
2型株由来の莢膜多糖類のH NMRスペクトル(図1a)は、2つのアノマーシグナルを示し(残基A、[H1,H2<2Hz];残基B、[H1,H2=7.8Hz])、これら2つのシグナルはそれぞれ、β−D−Galf及びβ−D−Glcpと同定された。加えてd5.4で広域シグナルが同定され、これはC−5位でのO−アセチル基による置換によりβ−D−GalfのプロトンH−5に割り当てられた。さらに、δ1.3での二重線は乳酸(LA)残基に属するメチル基と認識された。反復単位における残基の配列はNOESY及びHMBCの実験により確定した。
【0042】
大便連鎖球菌の5型株から単離された莢膜多糖類では、D−GalfのC−5にO−アセチル基を欠いていた(図2)。
【0043】
これにより本発明は大便連鎖球菌における2つの新規の莢膜多糖類の存在を明らかにした。
【0044】
リポテイコ酸
大便連鎖球菌の12030株由来のリポテイコ酸(Hufnagel, M., Hancock, L. E., Koch, S., Theilacker, C, Gilmore, M.S. and Huebner, J. J. Clin. Microbiol. 2004, 42, 2548-57)を、ガラスビーズを用いた細菌細胞の破壊、その後のn−ブタノールによる抽出により得た。相分配の後、水相を凍結乾燥し、クロマトグラフィ開始バッファー中で再懸濁した。疎水性相互作用クロマトグラフィ(HIC)をオクチル−セファロース上で行った。およそ50%のPrOHを溶出するリン含有画分をプールし、溶出液が完全に蒸発するまで繰り返し凍結乾燥した。
【0045】
大便連鎖球菌の12030株由来のリポテイコ酸のH NMRスペクトル(図3)は、2つのアノマーシグナルを示し、これら2つのシグナルはそれぞれ、C−2位で置換されているグルコース残基及び末端グルコース残基と同定された。加えて、δ5.4でのシグナルはグリセロール残基のプロトンH−2に割り当てられた。このプロトンの強い反遮蔽は、C−2位でのアラニン残基による置換により引き起こされる。δ1.6での二重線はアラニン残基に属するメチル基として認識された。さらに脂肪酸で特徴的なシグナルが同定された。
【0046】
NMRの結果により、Wicken and Baddiley(Wicken, A. J. andBaddley, J. Biochem J. 1963, 87, 54-62)により提唱されたリポテイコ酸の構造の幾つか、すなわち1,3−ポリ(グリセロールホスフェート)及びグリセロール残基のC−2位においてアラニンで置換された1,3−ポリ(グリセロールホスフェート)、又はコージビオースが確認された(図4)。加えて、アラニンによる置換がコージビオース残基における両方のグルコースのC−6位に局在しており(図4)、これにより腸球菌における新規のリポテイコ酸構造が確定した。
【0047】
壁テイコ酸(WTA)
本発明によるWTAを大便連鎖球菌の細菌細胞壁から単離した。多糖類の混合物を分画し(and)、GPC(セファクリルS−200)及びアニオン交換クロマトグラフィ(セファロースQ)により精製した。
【0048】
組成分析により、WTAの主構成要素としてGlc、Gal、GlcNAc、GalNAc及びリビトールが同定された。WTAのH NMRスペクトルはアノマー領域において5つの主ピークを示した(図5)。31P NMRスペクトルは1つのシグナルを示し、このシグナルはリビトールとGalpとを架橋させるホスフェート基に割り当てられた(H、31P HMQC NMR実験)。
【0049】
大便連鎖球菌の本発明によるWTAの反復単位における残基の配列を図6に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸球菌の細胞壁成分であって、
【化1】

及びその誘導体、並びにそれらの薬学的に許容可能な塩からなる群から選択される、腸球菌の細胞壁成分。
【請求項2】
請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分を特異的に認識する抗体若しくはモノクローナル抗体、又はその抗原断片。
【請求項3】
薬学的に許容可能な担体及び/又は賦形剤とともに、少なくとも1つの請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分、及び/又は少なくとも1つの請求項2に記載の抗体を含む医薬組成物。
【請求項4】
式Iによる細胞壁成分を含む、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
ワクチンとして配合される、請求項3又は4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記式Iによる細胞壁成分が複合糖質ワクチン中に存在する、請求項3〜5のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
疾患の治療における使用のための、請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分、請求項2に記載の抗体、又は請求項3〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分を作製する方法であって、前記腸球菌の細胞壁成分を細菌画分から単離することを含む、又は前記抗原を少なくとも一部、化学合成により合成することを含む、請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分を作製する方法。
【請求項9】
請求項2に記載の抗体を作製する方法であって、哺乳動物又はウサギを、請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分で、又は請求項3〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物若しくは請求項5若しくは6に記載のワクチンで免疫付与することを含む、請求項2に記載の抗体を作製する方法。
【請求項10】
請求項2に記載の抗体を作製する方法であって、モノクローナル抗体として前記抗体を作製するハイブリドーマ細胞を生成することを含む、又は宿主細胞における前記抗体の組換えによる作製を含む、請求項2に記載の抗体を作製する方法。
【請求項11】
細菌感染症、又は院内感染菌血症での感染、心内膜炎、尿路感染症、手術創感染症、及び異物による感染症等の腸球菌感染症の治療のための請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分、請求項2に記載の抗体、又は請求項3〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物の使用。
【請求項12】
脊椎動物において少なくとも1つの腸球菌株に対する免疫応答を誘導する方法であって、前記脊椎動物に、免疫学的に有効な量の請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分、請求項2に記載の抗体、又は請求項3〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物を投与することを含む、脊椎動物において少なくとも1つの腸球菌株に対する免疫応答を誘導する方法。
【請求項13】
脊椎動物において細菌感染症を治療又は予防する方法であって、前記脊椎動物に、治療的に有効な量の請求項1に記載の腸球菌の細胞壁成分、請求項2に記載の抗体、又は請求項3〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物を投与することを含む、脊椎動物において細菌感染症を治療又は予防する方法。
【請求項14】
前記細菌感染症が、院内感染菌血症での感染、心内膜炎、尿路感染症、手術創感染症、及び異物による感染症等の腸球菌感染症であり、特にVRE株等の抗生物質耐性腸球菌、又は大便連鎖球菌により引き起こされる、請求項13に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2013−517308(P2013−517308A)
【公表日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−549250(P2012−549250)
【出願日】平成22年1月19日(2010.1.19)
【国際出願番号】PCT/EP2010/000285
【国際公開番号】WO2011/088843
【国際公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【出願人】(511268085)ウニベルシタットスクリニクム フライベルク (2)
【Fターム(参考)】