腹膜癒着防止用医薬組成物
【課題】腹膜癒着を軽減し、術後の腹膜癒着および腹膜透析に関連した腹膜癒着を予防および治療するための腹膜癒着抑制用医薬組成物の提供。
【解決手段】グアニリルシクラーゼA受容体を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を有効成分として含有する、腹膜癒着抑制用医薬組成物。該グアニリルシクラーゼA受容体を活性化する物質としては、心房性ナトリウム利尿ペプチド又は脳性ナトリウム利尿ペプチドであることが好ましい。
【解決手段】グアニリルシクラーゼA受容体を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を有効成分として含有する、腹膜癒着抑制用医薬組成物。該グアニリルシクラーゼA受容体を活性化する物質としては、心房性ナトリウム利尿ペプチド又は脳性ナトリウム利尿ペプチドであることが好ましい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質を有効成分とする腹膜癒着防止用医薬組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
外科手術後の創傷部治癒に伴う腸管や臓器の癒着は、癒着性イレウスや疼痛、再開腹手術、不妊などの合併症や、再手術が必要となった時に操作が困難となるなど様々な問題を引き起こす。重症の場合には、入院期間の延長や再手術が必要になる場合がある。また、腹痛、便秘などのために患者のQOLを損なうという問題もある。開腹術では90%以上が術後に癒着を起こすと報告されている(非特許文献1:Menzies D, Ellis H, Ann R Coll Surg Engl. 72:60-63, 1990)。
【0003】
癒着防止のために現在とられている措置は、組織面との間に一時的物理的隔離を設けること、及び、腹腔鏡手術などを用いて腹膜の切開範囲を減少させることである。
前者の例として、生体吸収性の膜を手術部位に貼付することにより術後癒着が約半数に減少したことが報告されている(非特許文献2:Becker JM et al., J Am Coll Surg. 183:297-306, 1996)。しかし、術後の癒着は未だ十分に抑制されてはいない。また、膜を貼付する方法は、予め癒着が予測される場所に貼付するため、予測以外の部位、及び貼付部位以外の癒着を抑制することはできず、一旦組織に付着するとはがすのが困難であり、かつ破れやすいことや、腸管内腔側には貼付しにくいなどの短所がある。
【0004】
高分子物質を中心とした創面被覆作用を有するもの、例えば、コンドロイチン硫酸ナトリウム(特許文献1:特許2953702号公報)、高分子デキストラン(特許文献2:特開平8-157378号公報)、およびキトサン(特許文献3:特開平10-502663号公報)等の高分子多糖体もまた組織癒着防止効果があることが知られているが、いずれも粘性が高く操作性が悪い。すなわち、粘度が高いために薬液注入チューブおよびカテーテル内での薬液の移動が非常に遅いために、強制的に注入しなければならない、あるいは十分には腹腔内に注入できないなどの不利な点を有する。
【0005】
一方、後者の腹腔鏡手術は、侵襲が少ないという利点をもつことから手術件数が増加しているが、腹腔鏡手術では生体吸収性の膜の貼付が困難であるという難点がある。
【0006】
癒着の中でも腹膜癒着は、腹膜透析時にもしばしばみられ、腸閉塞のような致命的な合併症を惹起するリスクが高くなる。このため、腹膜透析の維持が不可能となり、血液透析に変更する事態になることも多い(非特許文献3:村上礼一他, 日消外会誌 38:533-538,2005)。
【0007】
そこで、腹膜癒着を予防または治療できる療法の確立は、腹膜透析だけによる長期治療を可能とし、近年増加の一途をたどっている透析患者のQOL改善に役立つ。また、外科手術後の癒着性イレウスの減少が期待でき、疼痛軽減、術後患者のQOL改善や医療経済面でも有用である。
【0008】
従って、特に重症化した癒着や腸管内腔側などの癒着部位に対して何らかの薬物療法が切望されているが、癒着の予防や治療に有効な薬剤は開発されておらず、腹膜透析時の癒着を抑制しうる薬剤も存在しない。特に、経口的又は非経口的に薬剤を全身投与することによって、簡便かつ効率的に癒着を予防又は治療できる薬剤は知られていない。
【0009】
術後に癒着が形成される原因としては、手術の侵襲による臓器表面の損傷、感染や縫合糸等に対する異物反応などが挙げられる。腹膜透析時においても、腹膜炎の発症などが癒着の原因になる。癒着はこうした組織傷害の結果生じる炎症反応やフリーラジカルによる組織傷害を修復する過程で線維素(フィブリン)が析出して形成されると考えられており、腹膜フィブリン形成とフィブリン溶解が重要な役割を果たす中心的な共通経路が提唱されている。最近、癒着における炎症反応においては、マクロファージのTNFαシグナルは関係せず、Natural Killer T(NKT)細胞が産生するIFNγ系が関与することが報告された(非特許文献4:Kosaka H et al., Nat Med. 14:437-441, 2008)。
【0010】
上記のメカニズムから、抗炎症作用、またはフィブリン溶解作用を有する物質が癒着の防止に有用であろうと推察されてきた。しかし、非ステロイド性消炎薬やステロイドが癒着を抑制しなかったことから(非特許文献5:Buckenmaier CC III et al., Am Surg. 65:274-278, 1999)、抗炎症作用を持つ化合物がすべて癒着を抑制しうるものではない。
【0011】
ところで、ナトリウム利尿ペプチド(NP)システムは、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、及びCタイプナトリウム利尿ペプチド(CNP)の3つのリガンドと、グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)、グアニリルシクラーゼB受容体(GC-B)、及びクリアランス受容体(C-receptor)の3つの受容体から構成される。ANPとBNPは心臓より分泌される循環ホルモンであり、両者はGC-Aに結合し、cGMPをセカンドメッセンジャーとして、利尿作用、血管拡張作用などの生理活性を発現する(非特許文献6:Rosenzweig A, Seidman CE, Ann Rev Biochem. 60:229-255, 1991)。また、ナトリウム利尿ペプチドは、体液の恒常性の制御や血圧の調節に重要な役割を果たすと報告されているが(非特許文献7:Ogawa Y et al., J Clin Invest. 93:1911-1921, 1994)、心臓血管系以外の様々な組織での発現とその生理活性も知られている(非特許文献8:Komatsu Y et al., Endocrinology 129:1104-1106, 1991;非特許文献9:Chinkers M, Garbers DL, Ann Rev Biochem. 60:553-575, 1991)。
【0012】
ANPは、心臓より分泌されるペプチドホルモンである。ヒトおよびモデル動物において、心肥大および心不全の重症度に伴い、血中ANP濃度が上昇することが知られており、心不全の病態に代償的に作用すると考えられている。実際に心不全患者においてANP投与により血管拡張作用および利尿作用が発現し、心臓の前負荷及び後負荷が軽減され、血行動態改善効果が認められている(非特許文献10:Suzuki T et al., Cardiovasc Res. 51:489-494, 2001)。また、急性心不全薬として既に臨床上用いられている。
【0013】
BNPは、脳から見出されたホルモンであるが、脳よりも主に心臓から分泌され、血管拡張作用、利尿作用を有し、体液量や血圧の調整に重要な役割を果たしているホルモンである。健常人における血漿中BNP濃度は極めて低いが、心不全患者では重症度に応じて増加する(非特許文献11:Mukoyama M et al., J Clin Invest. 87:1402-1412, 1991)。血中BNPは無症候性心不全において既に高値を示し、重症度に応じて著明に増加するため心不全機能評価法として重要であり、BNPの測定は心不全の病態の把握に重要な意義を有する(非特許文献10:Suzuki T et al., Cardiovasc Res. 51:489-494, 2001)。BNPもまた、アメリカ合衆国などで既に急性心不全治療薬として認可されている。ANP及びBNPは血管拡張作用や利尿作用を有することから、急性心不全における前負荷及び後負荷の軽減に有用であるが、主な副作用として低血圧が報告されている(非特許文献12:Suwa M et al., Circ J. 69:283-290, 2005;非特許文献13:VMAC investigators, JAMA 287:1531-1540, 2002)。
【0014】
ナトリウム利尿ペプチドは心臓や腎臓において線維化抑制作用を有し(非特許文献14:Calderone A et al., J Clin Invest. 101:812-818, 1998;非特許文献15:Suganami T et al., J Am Soc Nephrol. 12:2652-2663, 2001)、ヒトANPの持続静脈内投与が、腹膜擦過により作製した腹膜線維化を抑制することが知られている(特許文献4:国際公開WO 2008/140125)。また、長期にわたり腹膜透析を行う場合、腹膜の線維化、硬化が進行し、び漫性の腹膜肥厚化、そして癒着によるイレウス症状を呈すると言われている(非特許文献3:村上礼一他、日消外会誌 38:533-538,2005)。しかし、腹膜癒着のモデル動物において、IL−6中和抗体(非特許文献16:Saba AA et al., Am Surg. 62:569-572, 1996)や血小板活性化因子抑制薬であるlexipafant(非特許文献17:Ozgun H et al., J Surg Res. 103:141-145, 2002)は、癒着を抑制したが、線維化には影響しなかった。また、臨床で癒着防止剤として使用されているセプラフィルム(登録商標)は癒着を抑制するが、組織修復過程、すなわち線維化には影響しないと報告されている(非特許文献18:Medina M et al., J Invest Surg. 8:179-186, 1995)。したがって、線維化と癒着の病態やメカニズムは同一ではないと考えられ、線維化を阻害する物質が必ずしも癒着を抑制するとはいえない。
【0015】
一方、ANPがフィブリン溶解に働く可能性については、ANPが培養血管内皮細胞においてプラスミノーゲン活性化抑制因子(PAI-1)の産生を阻害したとの報告もあるが(非特許文献19:Pawlowska Z et al., Cell Mol Biol Lett. 7:1153-1157, 2002)、生体において、ANPやBNPが凝固線溶系バランスを変え、癒着の形成に関与するフィブリンの溶解作用を示したとする報告はない。
【0016】
また、ANPがマクロファージからのTNFα産生を抑制することが知られているが(非特許文献20:Kiemer AK, Hartung T, Vollmar AM, J Immunol. 165:175-181, 2000)、癒着の形成に強く関与するNKT細胞に対する作用に関する報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特許2953702号公報
【特許文献2】特開平8-157378号公報
【特許文献3】特開平10-502663号公報
【特許文献4】国際公開WO 2008/140125
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Menzies D, Ellis H, Ann R Coll Surg Engl. 72:60-63, 1990
【非特許文献2】Becker JM et al., J Am Coll Surg. 183:297-306, 1996
【非特許文献3】村上礼一他, 日消外会誌 38:533-538,2005
【非特許文献4】Kosaka H et al., Nat Med. 14:437-441, 2008
【非特許文献5】Buckenmaier CC III et al., Am Surg. 65:274-278, 1999
【非特許文献6】Rosenzweig A, Seidman CE, Ann Rev Biochem. 60:229-255, 1991
【非特許文献7】Ogawa Y et al., J Clin Invest. 93:1911-1921, 1994
【非特許文献8】Komatsu Y et al., Endocrinology 129:1104-1106, 1991
【非特許文献9】Chinkers M, Garbers DL, Ann Rev Biochem. 60:553-575, 1991
【非特許文献10】Suzuki T et al., Cardiovasc Res. 51:489-494, 2001
【非特許文献11】Mukoyama M et al., J Clin Invest. 87:1402-1412, 1991
【非特許文献12】Suwa M et al., Circ J. 69:283-290, 2005
【非特許文献13】VMAC investigators, JAMA 287:1531-1540, 2002
【非特許文献14】Calderone A et al., J Clin Invest. 101:812-818, 1998
【非特許文献15】Suganami T et al., J Am Soc Nephrol. 12:2652-2663, 2001
【非特許文献16】Saba AA et al., Am Surg. 62:569-572, 1996
【非特許文献17】Ozgun H et al., J Surg Res. 103:141-145, 2002
【非特許文献18】Medina M et al., J Invest Surg. 8:179-186, 1995
【非特許文献19】Pawlowska Z et al., Cell Mol Biol Lett. 7:1153-1157, 2002
【非特許文献20】Kiemer AK, Hartung T, Vollmar AM, J Immunol. 165:175-181, 2000
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
以上のような状況に鑑み、本発明は、腹膜癒着を軽減し、術後の腹膜癒着および腹膜透析に関連した腹膜癒着を予防および治療するための技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
腹膜癒着の動物モデルを作製し、腹膜癒着を抑制する作用を有する物質の候補としてグアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質を投与して、その効果を検討したところ、腹膜癒着を抑制する効果を見出し、発明を完成するに至った。
【0021】
即ち、本発明は以下の事項に関する。
(1) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を有効成分として含有する、腹膜癒着抑制用医薬組成物。
(2) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、上記(1)に記載の組成物。
(3) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、上記(2)に記載の組成物。
(4) 腹膜に局所投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の組成物。
(5) ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与するため、又は、シート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与するための、上記(4)に記載の組成物。
(6) 手術による操作を加えた部位又は腹膜透析液の接触する部位に局所投与するための、上記(5)に記載の組成物。
(7) 全身投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の組成物。
(8) 血中に投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の組成物。
(9) 皮下投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の組成物。
(10) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を有効成分として1日あたり0.1μg/kg〜100mg/kg投与するための、上記(2)又は(3)に記載の組成物。
(11) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を個体に投与することを含む、腹膜癒着を抑制する方法。
(12) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、上記(11)に記載の方法。
(13) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、上記(12)に記載の方法。
(14) 腹膜に局所投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか一項に記載の方法。
(15) ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与すること又はシート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与することを含む、上記(14)に記載の方法。
(16) 手術による操作を加えた部位又は腹膜透析液の接触する部位に局所投与することを含む、上記(15)に記載の方法。
(17) 全身投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか1項に記載の方法。(18) 血中に投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか1項に記載の方法。
(19) 皮下投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか1項に記載の方法。
(20) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を有効成分として1日あたり0.1μg/kg〜100mg/kg投与する、上記(12)または(13)に記載の方法。
(21) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩の、腹膜癒着抑制用医薬組成物の製造のための使用。
(22) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、上記(21)に記載の使用。
(23) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、上記(22)に記載の使用。
(24) 腹膜に局所投与するための、上記(21)〜(23)のいずれか一項に記載の使用。
(25) 前記医薬組成物が、ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与される、又は、シート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与される、上記(24)に記載の使用。
(26) 手術による操作を加えた部位又は腹膜透析液の接触する部位に局所投与される、上記(25)に記載の使用。
(27) 前記医薬組成物が全身投与される、上記(21)〜(23)のいずれか1項に記載の使用。(28) 前記医薬組成物が血中に投与される、上記(21)〜(23)のいずれか1項に記載の使用。
(29) 前記医薬組成物が皮下投与される、上記(21)〜(23)のいずれか1項に記載の使用。
(30) 前記医薬組成物が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を1日あたり0.1μg/kg〜100mg/kg投与するための組成物である、上記(22)または(23)に記載の使用。
本発明の有効成分は、点滴などの皮下投与などにより全身性に投与することで簡便に適用することができる。また、腹腔内投与でも有効であることから、全身性の血圧低下の副作用を起こすことなく、腹膜癒着を抑制することが期待される。ANPまたはBNPのようなペプチド性化合物を有効成分とする場合、コンドロイチン硫酸ナトリウムのような高分子物質と異なり、粘性が低いため、容易に腹腔内の広範な部位や腸管内腔側にも適用できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば腹膜癒着を抑制することができ、本発明は、例えば術後または腹膜透析中の腹膜に作用してその癒着を抑制するという格別な効果を奏するものである。腹膜癒着の抑制により、腹膜透析だけによる長期治療を可能として年増加の一途をたどっている透析患者のQOLを改善し、また、外科手術後の癒着性イレウスの減少、疼痛軽減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、ヒビテン投与マウスにおける癒着の惹起とANPの効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖)、ANP投与群(ヒビテン-ANP)、各1例の開腹時を示す。グラフは、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例の癒着スコアの平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・ブドウ糖群;#:P<0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【図2】図2は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対するANPの効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・ブドウ糖群。#:P<0.05;##:P<0.01 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【図3】図3は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対するANPの効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・ブドウ糖群。
【図4】図4は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤とANPの効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖)、ANP投与群(ヒビテン-ANP)、各1例の腹膜組織標本のCD3免疫染色像を示す。グラフは、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【図5】図5は、BNP過剰発現マウス(BNP-Tg)、及び野生型マウスにおけるヒビテン誘発癒着に対する作用を示す図である。写真は、野生型マウス-コントロール群(PBS-野生型)、野生型マウス-癒着惹起群(ヒビテン-野生型)、BNP-Tg-コントロール群(PBS-BNP-Tg)、BNP-Tg癒着惹起群(ヒビテン-BNP-Tg)各1例の開腹時を示す。グラフは、PBS-野生型 7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、ヒビテン-BNP-Tg 16例の癒着スコアの平均値±標準誤差を示す。**:P<0.01 vs. PBS・野生型マウス群。##:P<0.01 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図6】図6は、野生型マウス、及びBNP-Tgマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、及びヒビテン-BNP-Tg 16例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05,**: P<0.01 vs. PBS・野生型群。#:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型群。
【図7】図7は、野生型マウス、及びBNP-Tgマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、及びヒビテン-BNP-Tg 16例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。**:P<0.01 vs. PBS・野生型群。
【図8】図8は、野生型マウス、及びBNP-Tgマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤を示す図である。写真は、コントロール野生型マウス(PBS-野生型)、癒着惹起野生型マウス(ヒビテン-野生型)、コントロールBNP-Tgマウス(PBS-BNP-Tg)、癒着惹起BNP-Tgマウス(ヒビテン-BNP-Tg)、各1例のCD3免疫染色像を示す。グラフは、PBS-野生型 7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、及びヒビテン-BNP-Tg 16例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図9】図9は、GC-Aノックアウトマウス(GC-A KO)、及び野生型マウスにおけるヒビテン誘発癒着に対する作用を示す図である。写真は、野生型マウス-コントロール群(PBS-野生型)、野生型マウス-癒着惹起群(ヒビテン-野生型)、GC-A-KO-コントロール群(PBS-GC-A-KO)、GC-A KO癒着惹起群(ヒビテン-GC-A KO)各1例の開腹時を示す。グラフは、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例の癒着スコアの平均値±標準誤差を示す。**:P<0.01 vs. PBS・野生型マウス群。#:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図10】図10は、野生型マウス、及びGC-A KOマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・野生型群。#:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型群。
【図11】図11は、野生型マウス、及びGC-A KOマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05;**:P<0.01 vs. PBS・野生型群。
【図12】図12は、野生型マウス、及びGC-A KOマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤を示す図である。写真は、コントロール野生型マウス(PBS-野生型)、癒着惹起野生型マウス(ヒビテン-野生型)、コントロールGC-A KOマウス(PBS-GC-A KO)、癒着惹起BNP-Tgマウス(ヒビテン-GC-A KO)、各1例のCD3免疫染色像を示す。グラフは、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。**:P<0.01 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図13】図13は、ヒビテン投与野生型マウスにおける癒着の惹起とANPの持続皮下投与の効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖SC群)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖 SC群)、癒着惹起皮下ANP投与群(ヒビテン-ANP SC群)、各1例の開腹時を示す。グラフはPBS-ブドウ糖SC 5例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、およびヒビテン-ANP SC群 7例の癒着スコアの平均値±標準誤差を示す。*:P < 0.05 vs. PBS・ブドウ糖SC群;#:P < 0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖SC群。
【図14】図14は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対する皮下ANP投与の効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 SC 5例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、及びヒビテン-ANP SC群 7例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05; **:P<0.01 vs. PBS・ブドウ糖 SC群。##:P<0.01 vs. ヒビテン・ブドウ糖SC群。
【図15】図15は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対する皮下ANP投与の効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 SC 7例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、及びヒビテン-ANP SC群 7例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05;**:P<0.01 vs. PBS・ブドウ糖群。
【図16】図16は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤と皮下ANP投与の効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖SC)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖SC)、ANP投与群(ヒビテン-ANP SC)、各1例の腹膜組織標本のCD3染色像を示す。グラフは、PBS-ブドウ糖 SC 5例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、及びヒビテン-ANP SC群 7例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【発明を実施するための形態】
【0024】
腹膜癒着の動物モデルを作製し、腹膜癒着を抑制する作用を有する物質の候補としてANPを腹腔内持続投与してその効果を検討したところ、ANPが腹膜癒着を抑制する効果を有することを初めて見出した。また、慢性的にBNPを過剰発現した動物、及びナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを欠損した動物に腹膜癒着を惹起したところ、それぞれ野生型マウスに比べて腹膜癒着の抑制、及び悪化を見出した。用いた腹膜癒着モデルは、0.1%ヒビテン溶液を週に3回、4週間、合計12回腹腔内投与することにより、慢性的に腹膜に炎症性の傷害が進展し、腹膜癒着を生じるものであり、腹膜透析時の慢性腹膜炎により惹起される癒着に対する動物モデルである。
【0025】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質は、グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質であればよいが、ペプチド性化合物が好ましい。具体的には、ナトリウム利尿ペプチドなどが挙げられ、例えば、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)及び脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が好ましく、なかでも心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)が好ましい。
【0026】
本発明におけるANPとしては、28個のアミノ酸よりなるヒト由来ANP(SLRRSSCFGG RMDRIGAQSG LGCNSFRY:SEQ ID NO: 1)、ラット由来ANP(SLRRSSCFGG RIDRIGAQSG LGCNSFRY:SEQ ID NO: 3)など、ナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を有するものを用いることができる。本発明に係る有効成分のこれらのペプチドは、GC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を発揮するため、少なくとも当該ANPのリング構造(例えば、ヒトANPのアミノ酸配列の場合には、SEQ ID NO: 1の7位Cysと23位Cysとに基づくジスルフィド結合の形成に基づくリング構造)とリング構造に続くC末端部とを有するペプチド(すなわち、ヒトANPの場合にはSEQ ID NO: 1の7-28位に相当するSEQ ID NO: 2)であればよい。その様な構造的特徴を有するペプチドとしては、例えば、SEQ ID NO: 1に記載するANPそのもの、またはその部分アミノ酸配列を有するペプチドであって上記ヒトANPの7-28位のアミノ酸からなるペプチドを内包するペプチド、例えば上記ヒトANPの7-28位のアミノ酸からなるペプチド(SEQ ID NO: 2)そのもの、を挙げることができる。
【0027】
本発明におけるBNPとしては、32個のアミノ酸よりなるヒト由来BNP(SPKMVQGSGC FGRKMDRISS SSGLGCKVLR RH:SEQ ID NO: 4)、ブタ由来BNP(SPKTMRDSGC FGRRLDRIGS LSGLGCNVLR RY:SEQ ID NO: 6)、ラット由来BNP(SQDSAFRIQE RLRNSKMAHS SSCFGQKIDR IGAVSRLGCD GLRLF:SEQ ID NO: 7)など、ナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を有するものを用いることができる。本発明に係る有効成分のこれらのペプチドは、GC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を発揮するため、少なくとも当該BNPのリング構造(例えば、ヒトBNPのアミノ酸配列の場合には、SEQ ID NO: 4の10位Cysと26位Cysとに基づくジスルフィド結合の形成に基づくリング構造)とリング構造に続くC末端部とを有するペプチド(すなわち、ヒトBNPの場合にはSEQ ID NO: 4の10-32位に相当するSEQ ID NO: 5)であればよい。その様な構造的特徴を有するペプチドとしては、例えば、SEQ ID NO: 4に記載するBNPそのもの、またはその部分アミノ酸配列を有するペプチドであって上記ヒトBNPの10-32位のアミノ酸からなるペプチドを内包するペプチド、例えば上記ヒトBNPの10-32位のアミノ酸からなるペプチド(SEQ ID NO: 5)そのもの、を挙げることができる。
【0028】
更に、本発明に係るナトリウム利尿ペプチドとしては、天然から純粋に単離・精製されたもの、または化学合成法もしくは遺伝子組換え法により製造されたものであってもよく、例えば上記物質(ANP等)に係るアミノ酸配列に基づき、当業者であれば適宜公知の方法により、当該配列中のアミノ酸残基を少なくとも一つ以上、例えば一つ又は数個のアミノ酸を欠失、置換、付加及び/又は挿入等の修飾を施すことにより得ることができ、何れかの方法により得られた物質がGC-Aに作用してcGMP産生を亢進し得る物質であれば何れも用いることができる。
【0029】
得られた物質がGC-Aに作用してcGMP産生を亢進し得るか否かについては、当業者であれば従来の方法により容易に測定を実施することができる。具体的には、GC-A(Chinkers M et al., Nature 338; 78-83, 1989)を強制発現させた培養細胞に物質を添加し、cGMP産生能を評価することで可能である。
【0030】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質は、上述したナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を有する物質の薬学的に許容される塩(例えば、ナトリウム利尿ペプチドの薬学的に許容される塩が好ましい。)であってもよい。すなわち、本発明においては、上述した物質の、無機酸、例えば塩酸、硫酸、リン酸、または有機酸、例えばギ酸、酢酸、酪酸、コハク酸、クエン酸等の酸付加塩を、有効成分として使用することもできる。あるいは、本発明においては、上述した物質の、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム等の金属塩、有機塩基による塩の形態を有効成分として使用することもできる。また、本発明に係る医薬組成物は、その有効成分に係る物質の遊離形としても、またはその医薬的に許容し得る塩であってもよい。
【0031】
本発明の上述した組成物を個体(患者)に投与することにより、腹膜へのT細胞の浸潤、炎症性サイトカイン遺伝子の発現を、いずれも有意に抑制し、その結果、腹膜癒着を抑制することができる。このことから、腹膜透析により惹起される腹膜癒着や、開腹手術後の腹膜癒着を治療又は予防することも可能になる。
【0032】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質またはその薬理学的に許容し得る塩は、公知の薬理学的に許容し得る担体、賦形剤、希釈剤などと混合して医薬に一般に使用されている投与方法、即ち経口投与方法、または静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、若しくは腹腔内投与等の非経口投与方法によって個体(患者)に投与するのが好ましい。さらに、治療対象となる部位が腹膜であることから、腹膜透析液に混合して腹膜内に投与することや、シート状または噴霧状の材質を用いて、腹膜局所に投与することもできる。
【0033】
有効成分がペプチド性物質の場合、消化管内で分解を受けにくい製剤、例えば活性成分であるペプチドをリボゾーム中に包容したマイクロカプセル剤として経口投与することも可能である。また、直腸、鼻内、舌下などの消化管以外の粘膜から吸収せしめる投与方法も可能である。この場合は坐剤、点鼻スプレー、舌下錠、といった形態で個体(患者)に投与することができる。
【0034】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質の投与量は、疾患の種類、個体(患者)の年齢、体重、症状の程度および投与経路などによっても異なるが、一般的に1日当り0.1μg/kg〜100mg/kg の範囲で投与することができ、0.5μg/kg〜50 mg/kgで投与するのが好ましく、更に1μg/kg〜1 mg/kgで投与するのが好ましい。
【0035】
本発明に係る医薬組成物の投与頻度は、使用する有効成分、投与経路、および処置する特定の疾患に依存しても変動する。例えばナトリウム利尿ペプチドを経口投与する場合、一日当たり4回以下の投与回数で処方することが好ましく、また非経口投与、例えば静脈内や腹腔内投与する場合にはインフュージョンポンプを利用して持続的に投与することが好ましい。更に、本発明において好ましい投与形態の例としては、例えば、静脈内投与により持続的に投与する場合、開腹手術後、または腹膜透析時において腹膜炎等が生じた時から数日間(例えば3 〜 7日間)に0.001 〜 0.5 μg/kg/min (例えば、0.025 μg/kg/min)で投与することがあげられ、この場合の1日当りの投与量の範囲は 1.44 〜720 μg/kg (例えば、36 μg/kg)となる。ナトリウム利尿ペプチドを同様の投与量で腹腔内に持続投与することや、ブドウ糖液、電解質液または腹膜透析液に混合して投与することも好ましい。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
本実施例においては、定量的PCR法および免疫組織化学法を以下の手順によりおこなった。
<定量的PCR法>
本発明において、RNA発現の解析は以下の工程により実施した。マウスの壁側腹膜を含む前腹直筋を約30mgの重量となるように切離し、2mlチューブに入れすばやく液体窒素中で凍結した。凍結したサンプルはRNeasy Fibrous Tissue Mini Kit (QIAGEN、Valencia, CA, USA)を用いて、製造者のプロトコールに従って、全RNAを抽出した。全RNAの濃度は吸光度計を用いて測定し、全RNA 1μgをHigh Capacity cDNA Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems)を用いて、製造者のプロトコールに従って、相補的DNAを作製した。5 ngの相補的DNAを用いて、製造者のプロトコールに従って、Real-time PCR7300およびStepOnePlusシステムを用いて定量的PCRを行った。下記のフォワードプライマー(F)およびリバースプライマー(R)、ならびに蛍光色素(FAM)およびクエンチャー(TAMRA)を有するプローブ(P)を用いた。GAPDHのプライマー、プローブセットはTaqMan Rodent GAPDH Control Reagents (Applied Biosystems)を用いた。
マウスinterleukin-1β(IL-1β)遺伝子
F(SEQ ID NO: 8):5’-TAACCTGCTGGTGTGTGACGTT-3’
R(SEQ ID NO: 9):5’-GACAGCACGAGGCTTTTTTGT-3’
P(SEQ ID NO:10):5’-FAM-AGACAACTGCACTACAGGCTCCGAGATGA-TAMRA-3’
マウスtumor necrosis factor-α (TNF-α)遺伝子
F(SEQ ID NO:11):5’-AAGGCTGCCCCGACTACG-3’
R(SEQ ID NO:12):5’-AGGTTGACTTTCTCCTGGTATGAG-3’
P(SEQ ID NO:13):5’-FAM-CTCCTCACCCACACCGTCAGCCGA-TAMRA-3’
マウスplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)遺伝子
F(SEQ ID NO:14):5’-AAGGTCAGGATCGAGGTAAACG-3’
R(SEQ ID NO:15):5’-GCCGAACCACAAAGAGAAAGG-3’
P(SEQ ID NO:16):5’-FAM-AGCGGCACAGTGGCGTCTTCCTCC-TAMRA-3’
マウスtissue plasminogen activator (tPA)遺伝子
F(SEQ ID NO:17):5’-CTGACTGGACAGAGTGTGAGC-3’
R(SEQ ID NO:18):5’-GACGTGAGCCTCCTTCAGC-3’
P(SEQ ID NO:19):5’-FAM-CGGCAAGCATGAGGCATCGTCTCC-TAMRA-3’
マウスtransforming growth factor-β1 (TGF-β1)遺伝子
F(SEQ ID NO:20):5’-GACGTCACTGGAGTTGTACGG-3’
R(SEQ ID NO:21):5’-GCTGAATCGAAAGCCCTGT-3’
P(SEQ ID NO:22):5’-FAM-AGTGGCTGAACCAAGGAGACGGAA-TAMRA-3’
マウスfibronectin遺伝子
F(SEQ ID NO:23):5’-ATCATTTCATGCCAACCAGTT-3'
R(SEQ ID NO:24):5'-TCGCACTGGTAGAAGTTCCA-3'
P(SEQ ID NO:25):5'-FAM-CCGACGAAGAGCCCTTACAGTTCCA-TAMRA-3'
<免疫組織化学法>
本発明において、免疫組織化学法は以下の工程により実施した。マウスの壁側腹膜を含む前腹直筋を1 mm厚に薄切し4度の4%パラフォルムアルデヒド溶液で24時間固定し、パラフィン包埋を行った。4μm厚のパラフィン切片をスーパーフロストスライドガラス(松浪硝子工業株式会社、大阪、日本)上に貼付し、脱パラフィン化した後、1.5% H2O2溶液で15分処理した。抗原賦活化として、マイクロウェーブ処理を5分3回行い、PBSにて洗浄した後、10%正常ヤギ血清を30分反応させ、ウサギ抗ヒトCD3抗体(DAKO社、東京、日本)を1:100の希釈倍率で反応させた。PBSで洗浄した後、ペルオキシダーゼ-ヤギ抗ウサギ抗体(Jackson ImmunoResearch社)を1:100の希釈倍率で反応させた後、3,3’-diaminobenzidine tetrahydrochloride (DAKO)にて発色させた。ヘマトキシリン染色を行い、封入した。
【実施例1】
【0037】
<実験材料および方法>
1.腹膜癒着モデルの作製と薬物の投与
実験には、平均体重23.68gの27匹のC57BL/6Jマウス(日本クレア、東京、日本)を用いた。85%の0.01Mリン酸緩衝バッファー(PBS)と15%のエタノール(ナカライテスク、京都、日本)の混合液に、5%ヒビテン液(5%グルコン酸クロルヘキシジン:大日本住友製薬株式会社、大阪、日本)を50倍希釈となるように添加し、0.1%ヒビテン溶液を作製した。
0.1%ヒビテン溶液0.3mlを27Gy針と1mlの注射筒を用いて週に3回、4週間、合計12回腹腔内投与することにより、腹膜癒着を惹起した(Ishii Y et al., Nephrol Dial Transplant. 16:1262-1266, 2001)。10匹は投与開始と同時にヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(human ANP:アスビオファーマ株式会社、東京、日本)を持続腹腔内投与した。具体的には、human ANP 8.4mgを5%ブドウ糖液1mlに溶解し、浸透圧ミニポンプ(2004モデル、ALZET Osmotic Pumps Inc., Cupertino, CA, USA)に充填し、ポンプを腹腔内に留置することにより、1.5・g/kg/min(0.25・l/hr)の濃度で28日間持続腹腔内投与した(ヒビテン−ANPマウス群)。10匹は対照群として、0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週に3回、4週間、合計12回腹腔内投与し、5%ブドウ糖液のみを浸透圧ミニポンプ2004モデルにて投与した(ヒビテン−ブドウ糖マウス群)。他の7匹は正常コントロールとして、0.3 mLのPBSを週3回、4週間、合計12回腹腔内投与し、浸透圧ミニポンプで5%ブドウ糖液を投与した(PBS−ブドウ糖マウス群)。血漿hANP濃度は、アプロチニン含有EDTA採血により血漿を分離し、発光酵素免疫測定法(CLEIA:chemiluminesent enzyme immunoassay)を用いて測定した。評価は、株式会社エスアールエルにておこなった。
【0038】
2.癒着の評価方法
0.1%ヒビテン液もしくはPBS投与28日後に、腹膜の癒着および臓器間の癒着をスコア化
して評価した。スコア化は、非特許文献4の記載にしたがい、以下の基準によりおこなった。
0:全く癒着を認めない
1:1カ所の薄い癒着
2:2カ所以上の薄い癒着
3:部分的な厚い癒着
4:2カ所以上の厚い癒着
5:非常に厚い癒着
<実験結果>
本実施例において、ヒビテン−ANPマウス群の血漿中hANP濃度は78.5±26.6 pg/mlで、内因性レベルの数倍程度に上昇した一方、対照のヒビテン−ブドウ糖マウス群とPBS−ブドウ糖マウス群では、血漿hANP濃度はアッセイの感度以下(10 pg/ml以下)であった。図1から明らかなように、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群(癒着スコア:3.4±0.40)は、PBS―ブドウ糖液マウス群(癒着スコア:0.0±0.00)に比して、腹膜の癒着が高度であった。また、ヒビテン−ANPマウス群(癒着スコア:1.6±0.68)は、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群に比して、癒着の軽減が認められた。
さらに、各群の腹膜組織標本を用いて、炎症性サイトカインであるinterleukin-1β(IL-1β)遺伝子、tumor necrosis factor-α(TNF-α)遺伝子のmRNA発現をglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)遺伝子を内因性コントロールとしてリアルタイムPCR法にて検討した(Applied Biosystems、東京、日本)。図2に示すように、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群のIL-1β遺伝子/GAPDH遺伝子発現比は、PBS−ブドウ糖液群に比して10.0倍に亢進しており、ヒビテン−ANPマウス群では、その発現亢進が74%抑制された。また、TNF-α遺伝子/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−ブドウ糖マウス群においてPBS―ブドウ糖マウス群に比して25.0倍発現亢進を認め、ヒビテン−ANP投与群でその発現亢進が70%抑制された。
【0039】
次に、線溶系に関連するplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)、tissue plasminogen activator(tPA)の遺伝子発現をリアルタイムPCR法で検討した。図3に示すように、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群のPAI-1/GAPDH遺伝子発現比は、PBS−ブドウ糖液群に比して3.8倍に亢進した。ヒビテン−ANPマウス群とヒビテン−ブドウ糖液群のPAI-1/GAPDH遺伝子発現比に有意差は認められなかった。また、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群のtPA/GAPDH遺伝子発現比は、PBS−ブドウ糖液群に比して1.7倍に亢進した。ヒビテン−ANPマウス群とヒビテン−ブドウ糖液マウス群のtPA/GAPDH遺伝子発現比に有意差は認められなかった。この結果は、PAI-1、tPA遺伝子発現以外の腹膜癒着に関連する因子がヒビテン−BNP-Tgマウスの癒着抑制作用に寄与する可能性を示している。
次に、T細胞の腹膜組織への浸潤をCD3免疫染色法により検討した。明らかな血管内の細胞を除いた腹膜中皮下組織におけるCD3陽性細胞数と全細胞数を計測し、CD3陽性細胞率を計算した。図4に示すように、PBS−ブドウ糖マウス群においては、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群(5.0±0.51%)に対し、ヒビテン−ANPマウス群(3.5±0.4%)では有意にCD3陽性細胞浸潤が抑制された。この結果によりANP投与はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を抑制したことを示唆している。
【実施例2】
【0040】
<実験材料および方法>
Serum amyloid component P(SAP)プロモーターを用いて肝臓でマウス脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を過剰発現するマウス(BNPトランスジェニックマウス:非特許文献7に基づいて作製)と野生型マウスとの間でのヒビテンによる腹膜癒着に及ぼす差について検討した。BNPはANPと同様にグアニリルシクラーゼAに結合し、cGMPを介して生理活性を発揮する。BNPトランスジェニックマウスは野生型マウスに比べて、BNPの血中濃度が136.7倍に上昇しているとの報告がある(Chusho H et al., Endocrinology 141:3807-3813, 2000)。
平均体重27.2gの16匹のBNPトランスジェニックマウスに0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週3回、4週間腹腔内投与し、腹膜癒着を惹起した(ヒビテン−BNP-Tgマウス群)。対照としては、平均体重27.8gの17匹の同腹の野生型マウスに0.1%ヒビテン溶液を同量投与した(ヒビテン−野生型マウス群)。正常コントロールとして、平均体重27.5gの7匹のBNP−Tgマウス(PBS−BNP-Tg マウス群)と平均体重26.9gの7匹の同腹の野生型マウス(PBS−野生型マウス群)にPBS 0.3mlを週3回4週間腹腔内投与した。
<実験結果>
図5に示すように、ヒビテン−野生型マウス群(癒着スコア:3.6±0.16)では、PBS―野生型マウス群(癒着スコア:0.0±0.00)に比して腹膜の癒着が高度であった。一方、ヒビテン−BNP-Tgマウス群(癒着スコア:2.3±0.13)は、ヒビテン−野生型マウス群に比して癒着の軽減が認められた。
IL-1β、TNF-α、PAI-1、tPA、GAPDH遺伝子のmRNA発現をリアルタイムPCR法で検討した。図6に示すように、IL-1β/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−野生型マウス群ではPBS−野生型マウス群に比して5.9倍に発現が亢進しており、ヒビテン−BNP-Tgマウス群では発現が65%抑制された。同様に、TNF-α/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−野生型マウス群ではPBS−野生型マウス群に比して8.2倍に発現が亢進しており、ヒビテン−BNP-Tgマウス群では50%抑制されていた。
また、図7に示すように、PAI-1/GAPDH遺伝子発現比とtPA/GAPDH遺伝子発現比は、野生型マウス群、BNP-Tgマウス群ともヒビテン投与群で発現が亢進したが(それぞれ6.7±2.2倍、3.3±0.92倍)、ヒビテン-野生型マウス群とヒビテンーBNP-Tgマウス群で差を認めなかった。この結果は、PAI-1, tPA遺伝子発現以外の腹膜癒着に関連する因子がヒビテン−BNP-Tgマウスにおいて存在する可能性を示している。
次に、T細胞の腹膜への浸潤をCD3免疫染色法で検討した。明らかな血管内の細胞を除
いた腹膜中皮下組織におけるCD3陽性細胞数と全細胞数を計測し、CD3陽性細胞率を計算した。図8に示すように、PBS投与マウスにおいては、野生型群、BNP-Tgマウス群の両者において、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−野生型マウス群においては、7.9±1.4%であるのに対し、ヒビテン−BNP-Tgマウス群では、3.4±1.1%であり、有意にCD3陽性細胞浸潤が抑制された。この結果により血中BNPの慢性過剰状態はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を抑制し、癒着を抑制した可能性が示唆された。
【実施例3】
【0041】
<実験材料および方法>
ANPおよびBNPの受容体であるグアニリルシクラーゼAの遺伝子を欠損させたマウス(GC-Aノックアウトマウス:Lopez MJ, et al. Nature 378:65-68, 1995に基づいて作製)と野生型マウスにおけるヒビテンによる腹膜癒着に及ぼす差について検討した。GC-AノックアウトマウスではANPおよびBNPのGC-Aを介する生理活性が欠損している。
平均体重28.0gの9匹のGC-Aノックアウトマウスに0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週3回4週間投与し、腹膜癒着を惹起した(ヒビテン−GC-A−KOマウス群)。対照としては平均体重27.6gの8匹の同腹の野生型マウスにヒビテンを同量投与した(ヒビテン野生型マウス群)。癒着非惹起群として、平均体重28.2gの5匹のGC-A−KOマウス(PBS-GC-A−KOマウス群)と平均体重28.6gの6匹の同腹の野生型マウス(PBS-野生型マウス群)にPBS 0.3mlを週3回4週間腹腔内投与した。
<実験結果>
図9に示すように、ヒビテン−野生型マウス群(癒着スコア:2.8±0.20)は、PBS―野生型マウス群(癒着スコア:0.0±0.00)に比して腹膜の癒着が高度であった。一方、ヒビテン−GC-A―KOマウス群(癒着スコア:3.8±0.40)では、ヒビテン−野生型マウス群に比して癒着の増悪が認められた。
IL-1β、TNF-α、tPA、PAI-1、GAPDH遺伝子のmRNA発現をリアルタイムPCR法で検討した。図10に示すように、IL-1β/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−GC-A−KOマウス群(10.1±3.2)ではヒビテン−野生型マウス群(5.1±2.1)に比べて上昇した。TNF-α/GAPDH遺伝子比も同様に、ヒビテン−GC-A−KOマウス群(35.3±9.1)ではヒビテン−野生型マウス群(13.8±4.5)に比して増加した。
また、図11に示すように、PAI-1/GAPDH遺伝子とtPA/GAPDH遺伝子は、いずれもヒビテン投与群で発現が亢進していたが、ヒビテン−野生型マウス群とヒビテン−GC-A−KOマウス群で差を認めなかった。
次に、T細胞の腹膜への浸潤をCD3免疫染色を用いて検討した。図12に示すように、PBS投与マウスにおいては、野生型マウス群、BNP-Tgマウス群の両者において、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−野生型マウス群では1.3±0.068%であるのに対し、ヒビテン−GC-A-KOマウス群では3.6±1.2 %であり、有意にCD3陽性細胞浸潤が増加していた。この結果によりナトリウム利尿ペプチドANPとBNPの受容体であるGC-A−KOマウス群ではGC-Aの欠損はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を増強している可能性が示唆された。
【実施例4】
【0042】
<実験材料および方法>
ANPの皮下投与による癒着軽減効果について検討した。平均体重23.5gの7匹の野生型マウスに、浸透圧ミニポンプを用いてヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(human ANP)を持続皮下投与(1.5 μg/kg/min)し、その1日後より0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週3回4週間(合計11回)投与し、腹膜癒着を惹起した(ヒビテン−ANP SC群)。対照としては平均体重23.5gの7匹の野生型マウスに、5%ブドウ糖液を含有した浸透圧ミニポンプを皮下に埋没し、ヒビテンを同量投与した(ヒビテン−ブドウ糖 SC群)。癒着非惹起群として、平均体重23.7gの5匹の野生型マウスに5%ブドウ糖液を含有した浸透圧ミニポンプを皮下に埋没し、PBS 0.3mlを週3回4週間腹腔内投与した。
<実験結果>
ANP皮下投与マウスの平均血漿ANP濃度は17.2 ± 10.6 pg/mlであった。ANP非投与群では、感度以下(5pg/ml以下)であった。
図13に示すように、ヒビテン−ブドウ糖 SC群(癒着スコア:2.1 ±0.14)は、PBS―ブドウ糖 SC群(癒着スコア:0.0 ± 0.00)に比して腹膜の癒着が高度であった。一方、ヒビテン−ANP SC群(癒着スコア:1.3 ±0.19)では、ヒビテン−ブドウ糖 SC群に比して癒着の軽減が認められた。
IL-1β、TNF-α、tPA、PAI-1、GAPDH遺伝子のmRNA発現をリアルタイムPCR法で検討した。図14に示すように、IL-1β/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−ANP SC群(10.3±4,3)ではヒビテン−ブドウ糖 SC群(25.3±2.5)に比べて低下した。TNF-α/GAPDH遺伝子比も同様に、ヒビテン−ANP SC群(13.1±3.1)ではヒビテン−ANP SC群(28.6±4.1)に比して低下した。
また、図15に示すように、PAI-1/GAPDH遺伝子とtPA/GAPDH遺伝子は、いずれもヒビテン投与群で発現が亢進していたが、ヒビテン−ブドウ糖SC群とヒビテン−ANP SC群で差を認めなかった。
次に、T細胞の腹膜への浸潤をCD3免疫染色を用いて検討した。図16に示すように、PBS―ブドウ糖 SCマウスにおいては、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−ブドウ糖 SC群では34.7±4.1%であるのに対し、ヒビテン−ANP SCでは19.9±4.1 %であり、有意にCD3陽性細胞浸潤が減少していた。この結果によりナトリウム利尿ペプチドANPの皮下投与はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を抑制している可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、癒着を抑制することができる。腹膜癒着を防止することで、再手術や再入院のリスクを防御し、術後からの速やかな回復が可能となる。また、有効成分の腹腔内投与でも有効であることから、全身性の降圧副作用リスクなしに癒着を防止することが可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質を有効成分とする腹膜癒着防止用医薬組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
外科手術後の創傷部治癒に伴う腸管や臓器の癒着は、癒着性イレウスや疼痛、再開腹手術、不妊などの合併症や、再手術が必要となった時に操作が困難となるなど様々な問題を引き起こす。重症の場合には、入院期間の延長や再手術が必要になる場合がある。また、腹痛、便秘などのために患者のQOLを損なうという問題もある。開腹術では90%以上が術後に癒着を起こすと報告されている(非特許文献1:Menzies D, Ellis H, Ann R Coll Surg Engl. 72:60-63, 1990)。
【0003】
癒着防止のために現在とられている措置は、組織面との間に一時的物理的隔離を設けること、及び、腹腔鏡手術などを用いて腹膜の切開範囲を減少させることである。
前者の例として、生体吸収性の膜を手術部位に貼付することにより術後癒着が約半数に減少したことが報告されている(非特許文献2:Becker JM et al., J Am Coll Surg. 183:297-306, 1996)。しかし、術後の癒着は未だ十分に抑制されてはいない。また、膜を貼付する方法は、予め癒着が予測される場所に貼付するため、予測以外の部位、及び貼付部位以外の癒着を抑制することはできず、一旦組織に付着するとはがすのが困難であり、かつ破れやすいことや、腸管内腔側には貼付しにくいなどの短所がある。
【0004】
高分子物質を中心とした創面被覆作用を有するもの、例えば、コンドロイチン硫酸ナトリウム(特許文献1:特許2953702号公報)、高分子デキストラン(特許文献2:特開平8-157378号公報)、およびキトサン(特許文献3:特開平10-502663号公報)等の高分子多糖体もまた組織癒着防止効果があることが知られているが、いずれも粘性が高く操作性が悪い。すなわち、粘度が高いために薬液注入チューブおよびカテーテル内での薬液の移動が非常に遅いために、強制的に注入しなければならない、あるいは十分には腹腔内に注入できないなどの不利な点を有する。
【0005】
一方、後者の腹腔鏡手術は、侵襲が少ないという利点をもつことから手術件数が増加しているが、腹腔鏡手術では生体吸収性の膜の貼付が困難であるという難点がある。
【0006】
癒着の中でも腹膜癒着は、腹膜透析時にもしばしばみられ、腸閉塞のような致命的な合併症を惹起するリスクが高くなる。このため、腹膜透析の維持が不可能となり、血液透析に変更する事態になることも多い(非特許文献3:村上礼一他, 日消外会誌 38:533-538,2005)。
【0007】
そこで、腹膜癒着を予防または治療できる療法の確立は、腹膜透析だけによる長期治療を可能とし、近年増加の一途をたどっている透析患者のQOL改善に役立つ。また、外科手術後の癒着性イレウスの減少が期待でき、疼痛軽減、術後患者のQOL改善や医療経済面でも有用である。
【0008】
従って、特に重症化した癒着や腸管内腔側などの癒着部位に対して何らかの薬物療法が切望されているが、癒着の予防や治療に有効な薬剤は開発されておらず、腹膜透析時の癒着を抑制しうる薬剤も存在しない。特に、経口的又は非経口的に薬剤を全身投与することによって、簡便かつ効率的に癒着を予防又は治療できる薬剤は知られていない。
【0009】
術後に癒着が形成される原因としては、手術の侵襲による臓器表面の損傷、感染や縫合糸等に対する異物反応などが挙げられる。腹膜透析時においても、腹膜炎の発症などが癒着の原因になる。癒着はこうした組織傷害の結果生じる炎症反応やフリーラジカルによる組織傷害を修復する過程で線維素(フィブリン)が析出して形成されると考えられており、腹膜フィブリン形成とフィブリン溶解が重要な役割を果たす中心的な共通経路が提唱されている。最近、癒着における炎症反応においては、マクロファージのTNFαシグナルは関係せず、Natural Killer T(NKT)細胞が産生するIFNγ系が関与することが報告された(非特許文献4:Kosaka H et al., Nat Med. 14:437-441, 2008)。
【0010】
上記のメカニズムから、抗炎症作用、またはフィブリン溶解作用を有する物質が癒着の防止に有用であろうと推察されてきた。しかし、非ステロイド性消炎薬やステロイドが癒着を抑制しなかったことから(非特許文献5:Buckenmaier CC III et al., Am Surg. 65:274-278, 1999)、抗炎症作用を持つ化合物がすべて癒着を抑制しうるものではない。
【0011】
ところで、ナトリウム利尿ペプチド(NP)システムは、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、及びCタイプナトリウム利尿ペプチド(CNP)の3つのリガンドと、グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)、グアニリルシクラーゼB受容体(GC-B)、及びクリアランス受容体(C-receptor)の3つの受容体から構成される。ANPとBNPは心臓より分泌される循環ホルモンであり、両者はGC-Aに結合し、cGMPをセカンドメッセンジャーとして、利尿作用、血管拡張作用などの生理活性を発現する(非特許文献6:Rosenzweig A, Seidman CE, Ann Rev Biochem. 60:229-255, 1991)。また、ナトリウム利尿ペプチドは、体液の恒常性の制御や血圧の調節に重要な役割を果たすと報告されているが(非特許文献7:Ogawa Y et al., J Clin Invest. 93:1911-1921, 1994)、心臓血管系以外の様々な組織での発現とその生理活性も知られている(非特許文献8:Komatsu Y et al., Endocrinology 129:1104-1106, 1991;非特許文献9:Chinkers M, Garbers DL, Ann Rev Biochem. 60:553-575, 1991)。
【0012】
ANPは、心臓より分泌されるペプチドホルモンである。ヒトおよびモデル動物において、心肥大および心不全の重症度に伴い、血中ANP濃度が上昇することが知られており、心不全の病態に代償的に作用すると考えられている。実際に心不全患者においてANP投与により血管拡張作用および利尿作用が発現し、心臓の前負荷及び後負荷が軽減され、血行動態改善効果が認められている(非特許文献10:Suzuki T et al., Cardiovasc Res. 51:489-494, 2001)。また、急性心不全薬として既に臨床上用いられている。
【0013】
BNPは、脳から見出されたホルモンであるが、脳よりも主に心臓から分泌され、血管拡張作用、利尿作用を有し、体液量や血圧の調整に重要な役割を果たしているホルモンである。健常人における血漿中BNP濃度は極めて低いが、心不全患者では重症度に応じて増加する(非特許文献11:Mukoyama M et al., J Clin Invest. 87:1402-1412, 1991)。血中BNPは無症候性心不全において既に高値を示し、重症度に応じて著明に増加するため心不全機能評価法として重要であり、BNPの測定は心不全の病態の把握に重要な意義を有する(非特許文献10:Suzuki T et al., Cardiovasc Res. 51:489-494, 2001)。BNPもまた、アメリカ合衆国などで既に急性心不全治療薬として認可されている。ANP及びBNPは血管拡張作用や利尿作用を有することから、急性心不全における前負荷及び後負荷の軽減に有用であるが、主な副作用として低血圧が報告されている(非特許文献12:Suwa M et al., Circ J. 69:283-290, 2005;非特許文献13:VMAC investigators, JAMA 287:1531-1540, 2002)。
【0014】
ナトリウム利尿ペプチドは心臓や腎臓において線維化抑制作用を有し(非特許文献14:Calderone A et al., J Clin Invest. 101:812-818, 1998;非特許文献15:Suganami T et al., J Am Soc Nephrol. 12:2652-2663, 2001)、ヒトANPの持続静脈内投与が、腹膜擦過により作製した腹膜線維化を抑制することが知られている(特許文献4:国際公開WO 2008/140125)。また、長期にわたり腹膜透析を行う場合、腹膜の線維化、硬化が進行し、び漫性の腹膜肥厚化、そして癒着によるイレウス症状を呈すると言われている(非特許文献3:村上礼一他、日消外会誌 38:533-538,2005)。しかし、腹膜癒着のモデル動物において、IL−6中和抗体(非特許文献16:Saba AA et al., Am Surg. 62:569-572, 1996)や血小板活性化因子抑制薬であるlexipafant(非特許文献17:Ozgun H et al., J Surg Res. 103:141-145, 2002)は、癒着を抑制したが、線維化には影響しなかった。また、臨床で癒着防止剤として使用されているセプラフィルム(登録商標)は癒着を抑制するが、組織修復過程、すなわち線維化には影響しないと報告されている(非特許文献18:Medina M et al., J Invest Surg. 8:179-186, 1995)。したがって、線維化と癒着の病態やメカニズムは同一ではないと考えられ、線維化を阻害する物質が必ずしも癒着を抑制するとはいえない。
【0015】
一方、ANPがフィブリン溶解に働く可能性については、ANPが培養血管内皮細胞においてプラスミノーゲン活性化抑制因子(PAI-1)の産生を阻害したとの報告もあるが(非特許文献19:Pawlowska Z et al., Cell Mol Biol Lett. 7:1153-1157, 2002)、生体において、ANPやBNPが凝固線溶系バランスを変え、癒着の形成に関与するフィブリンの溶解作用を示したとする報告はない。
【0016】
また、ANPがマクロファージからのTNFα産生を抑制することが知られているが(非特許文献20:Kiemer AK, Hartung T, Vollmar AM, J Immunol. 165:175-181, 2000)、癒着の形成に強く関与するNKT細胞に対する作用に関する報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特許2953702号公報
【特許文献2】特開平8-157378号公報
【特許文献3】特開平10-502663号公報
【特許文献4】国際公開WO 2008/140125
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Menzies D, Ellis H, Ann R Coll Surg Engl. 72:60-63, 1990
【非特許文献2】Becker JM et al., J Am Coll Surg. 183:297-306, 1996
【非特許文献3】村上礼一他, 日消外会誌 38:533-538,2005
【非特許文献4】Kosaka H et al., Nat Med. 14:437-441, 2008
【非特許文献5】Buckenmaier CC III et al., Am Surg. 65:274-278, 1999
【非特許文献6】Rosenzweig A, Seidman CE, Ann Rev Biochem. 60:229-255, 1991
【非特許文献7】Ogawa Y et al., J Clin Invest. 93:1911-1921, 1994
【非特許文献8】Komatsu Y et al., Endocrinology 129:1104-1106, 1991
【非特許文献9】Chinkers M, Garbers DL, Ann Rev Biochem. 60:553-575, 1991
【非特許文献10】Suzuki T et al., Cardiovasc Res. 51:489-494, 2001
【非特許文献11】Mukoyama M et al., J Clin Invest. 87:1402-1412, 1991
【非特許文献12】Suwa M et al., Circ J. 69:283-290, 2005
【非特許文献13】VMAC investigators, JAMA 287:1531-1540, 2002
【非特許文献14】Calderone A et al., J Clin Invest. 101:812-818, 1998
【非特許文献15】Suganami T et al., J Am Soc Nephrol. 12:2652-2663, 2001
【非特許文献16】Saba AA et al., Am Surg. 62:569-572, 1996
【非特許文献17】Ozgun H et al., J Surg Res. 103:141-145, 2002
【非特許文献18】Medina M et al., J Invest Surg. 8:179-186, 1995
【非特許文献19】Pawlowska Z et al., Cell Mol Biol Lett. 7:1153-1157, 2002
【非特許文献20】Kiemer AK, Hartung T, Vollmar AM, J Immunol. 165:175-181, 2000
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
以上のような状況に鑑み、本発明は、腹膜癒着を軽減し、術後の腹膜癒着および腹膜透析に関連した腹膜癒着を予防および治療するための技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
腹膜癒着の動物モデルを作製し、腹膜癒着を抑制する作用を有する物質の候補としてグアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質を投与して、その効果を検討したところ、腹膜癒着を抑制する効果を見出し、発明を完成するに至った。
【0021】
即ち、本発明は以下の事項に関する。
(1) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を有効成分として含有する、腹膜癒着抑制用医薬組成物。
(2) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、上記(1)に記載の組成物。
(3) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、上記(2)に記載の組成物。
(4) 腹膜に局所投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の組成物。
(5) ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与するため、又は、シート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与するための、上記(4)に記載の組成物。
(6) 手術による操作を加えた部位又は腹膜透析液の接触する部位に局所投与するための、上記(5)に記載の組成物。
(7) 全身投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の組成物。
(8) 血中に投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の組成物。
(9) 皮下投与するための、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の組成物。
(10) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を有効成分として1日あたり0.1μg/kg〜100mg/kg投与するための、上記(2)又は(3)に記載の組成物。
(11) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を個体に投与することを含む、腹膜癒着を抑制する方法。
(12) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、上記(11)に記載の方法。
(13) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、上記(12)に記載の方法。
(14) 腹膜に局所投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか一項に記載の方法。
(15) ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与すること又はシート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与することを含む、上記(14)に記載の方法。
(16) 手術による操作を加えた部位又は腹膜透析液の接触する部位に局所投与することを含む、上記(15)に記載の方法。
(17) 全身投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか1項に記載の方法。(18) 血中に投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか1項に記載の方法。
(19) 皮下投与することを含む、上記(11)〜(13)のいずれか1項に記載の方法。
(20) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を有効成分として1日あたり0.1μg/kg〜100mg/kg投与する、上記(12)または(13)に記載の方法。
(21) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩の、腹膜癒着抑制用医薬組成物の製造のための使用。
(22) グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、上記(21)に記載の使用。
(23) 心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、上記(22)に記載の使用。
(24) 腹膜に局所投与するための、上記(21)〜(23)のいずれか一項に記載の使用。
(25) 前記医薬組成物が、ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与される、又は、シート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与される、上記(24)に記載の使用。
(26) 手術による操作を加えた部位又は腹膜透析液の接触する部位に局所投与される、上記(25)に記載の使用。
(27) 前記医薬組成物が全身投与される、上記(21)〜(23)のいずれか1項に記載の使用。(28) 前記医薬組成物が血中に投与される、上記(21)〜(23)のいずれか1項に記載の使用。
(29) 前記医薬組成物が皮下投与される、上記(21)〜(23)のいずれか1項に記載の使用。
(30) 前記医薬組成物が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を1日あたり0.1μg/kg〜100mg/kg投与するための組成物である、上記(22)または(23)に記載の使用。
本発明の有効成分は、点滴などの皮下投与などにより全身性に投与することで簡便に適用することができる。また、腹腔内投与でも有効であることから、全身性の血圧低下の副作用を起こすことなく、腹膜癒着を抑制することが期待される。ANPまたはBNPのようなペプチド性化合物を有効成分とする場合、コンドロイチン硫酸ナトリウムのような高分子物質と異なり、粘性が低いため、容易に腹腔内の広範な部位や腸管内腔側にも適用できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば腹膜癒着を抑制することができ、本発明は、例えば術後または腹膜透析中の腹膜に作用してその癒着を抑制するという格別な効果を奏するものである。腹膜癒着の抑制により、腹膜透析だけによる長期治療を可能として年増加の一途をたどっている透析患者のQOLを改善し、また、外科手術後の癒着性イレウスの減少、疼痛軽減が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、ヒビテン投与マウスにおける癒着の惹起とANPの効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖)、ANP投与群(ヒビテン-ANP)、各1例の開腹時を示す。グラフは、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例の癒着スコアの平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・ブドウ糖群;#:P<0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【図2】図2は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対するANPの効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・ブドウ糖群。#:P<0.05;##:P<0.01 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【図3】図3は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対するANPの効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・ブドウ糖群。
【図4】図4は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤とANPの効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖)、ANP投与群(ヒビテン-ANP)、各1例の腹膜組織標本のCD3免疫染色像を示す。グラフは、PBS-ブドウ糖 7例、ヒビテン-ブドウ糖 10例、及びヒビテン-ANP群 10例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【図5】図5は、BNP過剰発現マウス(BNP-Tg)、及び野生型マウスにおけるヒビテン誘発癒着に対する作用を示す図である。写真は、野生型マウス-コントロール群(PBS-野生型)、野生型マウス-癒着惹起群(ヒビテン-野生型)、BNP-Tg-コントロール群(PBS-BNP-Tg)、BNP-Tg癒着惹起群(ヒビテン-BNP-Tg)各1例の開腹時を示す。グラフは、PBS-野生型 7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、ヒビテン-BNP-Tg 16例の癒着スコアの平均値±標準誤差を示す。**:P<0.01 vs. PBS・野生型マウス群。##:P<0.01 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図6】図6は、野生型マウス、及びBNP-Tgマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、及びヒビテン-BNP-Tg 16例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05,**: P<0.01 vs. PBS・野生型群。#:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型群。
【図7】図7は、野生型マウス、及びBNP-Tgマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、及びヒビテン-BNP-Tg 16例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。**:P<0.01 vs. PBS・野生型群。
【図8】図8は、野生型マウス、及びBNP-Tgマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤を示す図である。写真は、コントロール野生型マウス(PBS-野生型)、癒着惹起野生型マウス(ヒビテン-野生型)、コントロールBNP-Tgマウス(PBS-BNP-Tg)、癒着惹起BNP-Tgマウス(ヒビテン-BNP-Tg)、各1例のCD3免疫染色像を示す。グラフは、PBS-野生型 7例、PBS-BNP-Tg 7例、ヒビテン-野生型 17例、及びヒビテン-BNP-Tg 16例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図9】図9は、GC-Aノックアウトマウス(GC-A KO)、及び野生型マウスにおけるヒビテン誘発癒着に対する作用を示す図である。写真は、野生型マウス-コントロール群(PBS-野生型)、野生型マウス-癒着惹起群(ヒビテン-野生型)、GC-A-KO-コントロール群(PBS-GC-A-KO)、GC-A KO癒着惹起群(ヒビテン-GC-A KO)各1例の開腹時を示す。グラフは、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例の癒着スコアの平均値±標準誤差を示す。**:P<0.01 vs. PBS・野生型マウス群。#:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図10】図10は、野生型マウス、及びGC-A KOマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. PBS・野生型群。#:P<0.05 vs. ヒビテン・野生型群。
【図11】図11は、野生型マウス、及びGC-A KOマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜組織のmRNA発現を示す図である。各値は、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例の中のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05;**:P<0.01 vs. PBS・野生型群。
【図12】図12は、野生型マウス、及びGC-A KOマウスにおけるヒビテン投与時の腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤を示す図である。写真は、コントロール野生型マウス(PBS-野生型)、癒着惹起野生型マウス(ヒビテン-野生型)、コントロールGC-A KOマウス(PBS-GC-A KO)、癒着惹起BNP-Tgマウス(ヒビテン-GC-A KO)、各1例のCD3免疫染色像を示す。グラフは、PBS-野生型 8例、PBS-GC-A KO 5例、ヒビテン-野生型 6例、及びヒビテン-GC-A KO 9例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。**:P<0.01 vs. ヒビテン・野生型マウス群。
【図13】図13は、ヒビテン投与野生型マウスにおける癒着の惹起とANPの持続皮下投与の効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖SC群)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖 SC群)、癒着惹起皮下ANP投与群(ヒビテン-ANP SC群)、各1例の開腹時を示す。グラフはPBS-ブドウ糖SC 5例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、およびヒビテン-ANP SC群 7例の癒着スコアの平均値±標準誤差を示す。*:P < 0.05 vs. PBS・ブドウ糖SC群;#:P < 0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖SC群。
【図14】図14は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対する皮下ANP投与の効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 SC 5例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、及びヒビテン-ANP SC群 7例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05; **:P<0.01 vs. PBS・ブドウ糖 SC群。##:P<0.01 vs. ヒビテン・ブドウ糖SC群。
【図15】図15は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜組織のmRNA発現とそれらに対する皮下ANP投与の効果を示す図である。各値は、PBS-ブドウ糖 SC 7例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、及びヒビテン-ANP SC群 7例のmRNA発現(GAPDH比)の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05;**:P<0.01 vs. PBS・ブドウ糖群。
【図16】図16は、ヒビテン投与マウスにおける腹膜中皮下組織へのCD3陽性細胞浸潤と皮下ANP投与の効果を示す図である。写真は、正常コントロール群(PBS-ブドウ糖SC)、癒着惹起群(ヒビテン-ブドウ糖SC)、ANP投与群(ヒビテン-ANP SC)、各1例の腹膜組織標本のCD3染色像を示す。グラフは、PBS-ブドウ糖 SC 5例、ヒビテン-ブドウ糖 SC 7例、及びヒビテン-ANP SC群 7例のCD3陽性細胞率の平均値±標準誤差を表す。*:P<0.05 vs. ヒビテン・ブドウ糖群。
【発明を実施するための形態】
【0024】
腹膜癒着の動物モデルを作製し、腹膜癒着を抑制する作用を有する物質の候補としてANPを腹腔内持続投与してその効果を検討したところ、ANPが腹膜癒着を抑制する効果を有することを初めて見出した。また、慢性的にBNPを過剰発現した動物、及びナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを欠損した動物に腹膜癒着を惹起したところ、それぞれ野生型マウスに比べて腹膜癒着の抑制、及び悪化を見出した。用いた腹膜癒着モデルは、0.1%ヒビテン溶液を週に3回、4週間、合計12回腹腔内投与することにより、慢性的に腹膜に炎症性の傷害が進展し、腹膜癒着を生じるものであり、腹膜透析時の慢性腹膜炎により惹起される癒着に対する動物モデルである。
【0025】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質は、グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質であればよいが、ペプチド性化合物が好ましい。具体的には、ナトリウム利尿ペプチドなどが挙げられ、例えば、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)及び脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が好ましく、なかでも心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)が好ましい。
【0026】
本発明におけるANPとしては、28個のアミノ酸よりなるヒト由来ANP(SLRRSSCFGG RMDRIGAQSG LGCNSFRY:SEQ ID NO: 1)、ラット由来ANP(SLRRSSCFGG RIDRIGAQSG LGCNSFRY:SEQ ID NO: 3)など、ナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を有するものを用いることができる。本発明に係る有効成分のこれらのペプチドは、GC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を発揮するため、少なくとも当該ANPのリング構造(例えば、ヒトANPのアミノ酸配列の場合には、SEQ ID NO: 1の7位Cysと23位Cysとに基づくジスルフィド結合の形成に基づくリング構造)とリング構造に続くC末端部とを有するペプチド(すなわち、ヒトANPの場合にはSEQ ID NO: 1の7-28位に相当するSEQ ID NO: 2)であればよい。その様な構造的特徴を有するペプチドとしては、例えば、SEQ ID NO: 1に記載するANPそのもの、またはその部分アミノ酸配列を有するペプチドであって上記ヒトANPの7-28位のアミノ酸からなるペプチドを内包するペプチド、例えば上記ヒトANPの7-28位のアミノ酸からなるペプチド(SEQ ID NO: 2)そのもの、を挙げることができる。
【0027】
本発明におけるBNPとしては、32個のアミノ酸よりなるヒト由来BNP(SPKMVQGSGC FGRKMDRISS SSGLGCKVLR RH:SEQ ID NO: 4)、ブタ由来BNP(SPKTMRDSGC FGRRLDRIGS LSGLGCNVLR RY:SEQ ID NO: 6)、ラット由来BNP(SQDSAFRIQE RLRNSKMAHS SSCFGQKIDR IGAVSRLGCD GLRLF:SEQ ID NO: 7)など、ナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を有するものを用いることができる。本発明に係る有効成分のこれらのペプチドは、GC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を発揮するため、少なくとも当該BNPのリング構造(例えば、ヒトBNPのアミノ酸配列の場合には、SEQ ID NO: 4の10位Cysと26位Cysとに基づくジスルフィド結合の形成に基づくリング構造)とリング構造に続くC末端部とを有するペプチド(すなわち、ヒトBNPの場合にはSEQ ID NO: 4の10-32位に相当するSEQ ID NO: 5)であればよい。その様な構造的特徴を有するペプチドとしては、例えば、SEQ ID NO: 4に記載するBNPそのもの、またはその部分アミノ酸配列を有するペプチドであって上記ヒトBNPの10-32位のアミノ酸からなるペプチドを内包するペプチド、例えば上記ヒトBNPの10-32位のアミノ酸からなるペプチド(SEQ ID NO: 5)そのもの、を挙げることができる。
【0028】
更に、本発明に係るナトリウム利尿ペプチドとしては、天然から純粋に単離・精製されたもの、または化学合成法もしくは遺伝子組換え法により製造されたものであってもよく、例えば上記物質(ANP等)に係るアミノ酸配列に基づき、当業者であれば適宜公知の方法により、当該配列中のアミノ酸残基を少なくとも一つ以上、例えば一つ又は数個のアミノ酸を欠失、置換、付加及び/又は挿入等の修飾を施すことにより得ることができ、何れかの方法により得られた物質がGC-Aに作用してcGMP産生を亢進し得る物質であれば何れも用いることができる。
【0029】
得られた物質がGC-Aに作用してcGMP産生を亢進し得るか否かについては、当業者であれば従来の方法により容易に測定を実施することができる。具体的には、GC-A(Chinkers M et al., Nature 338; 78-83, 1989)を強制発現させた培養細胞に物質を添加し、cGMP産生能を評価することで可能である。
【0030】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質は、上述したナトリウム利尿ペプチド受容体であるGC-Aを介してcGMP産生を亢進し得る特性を有する物質の薬学的に許容される塩(例えば、ナトリウム利尿ペプチドの薬学的に許容される塩が好ましい。)であってもよい。すなわち、本発明においては、上述した物質の、無機酸、例えば塩酸、硫酸、リン酸、または有機酸、例えばギ酸、酢酸、酪酸、コハク酸、クエン酸等の酸付加塩を、有効成分として使用することもできる。あるいは、本発明においては、上述した物質の、ナトリウム、カリウム、リチウム、カルシウム等の金属塩、有機塩基による塩の形態を有効成分として使用することもできる。また、本発明に係る医薬組成物は、その有効成分に係る物質の遊離形としても、またはその医薬的に許容し得る塩であってもよい。
【0031】
本発明の上述した組成物を個体(患者)に投与することにより、腹膜へのT細胞の浸潤、炎症性サイトカイン遺伝子の発現を、いずれも有意に抑制し、その結果、腹膜癒着を抑制することができる。このことから、腹膜透析により惹起される腹膜癒着や、開腹手術後の腹膜癒着を治療又は予防することも可能になる。
【0032】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質またはその薬理学的に許容し得る塩は、公知の薬理学的に許容し得る担体、賦形剤、希釈剤などと混合して医薬に一般に使用されている投与方法、即ち経口投与方法、または静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、若しくは腹腔内投与等の非経口投与方法によって個体(患者)に投与するのが好ましい。さらに、治療対象となる部位が腹膜であることから、腹膜透析液に混合して腹膜内に投与することや、シート状または噴霧状の材質を用いて、腹膜局所に投与することもできる。
【0033】
有効成分がペプチド性物質の場合、消化管内で分解を受けにくい製剤、例えば活性成分であるペプチドをリボゾーム中に包容したマイクロカプセル剤として経口投与することも可能である。また、直腸、鼻内、舌下などの消化管以外の粘膜から吸収せしめる投与方法も可能である。この場合は坐剤、点鼻スプレー、舌下錠、といった形態で個体(患者)に投与することができる。
【0034】
本発明に係る医薬組成物の有効成分として用い得る物質の投与量は、疾患の種類、個体(患者)の年齢、体重、症状の程度および投与経路などによっても異なるが、一般的に1日当り0.1μg/kg〜100mg/kg の範囲で投与することができ、0.5μg/kg〜50 mg/kgで投与するのが好ましく、更に1μg/kg〜1 mg/kgで投与するのが好ましい。
【0035】
本発明に係る医薬組成物の投与頻度は、使用する有効成分、投与経路、および処置する特定の疾患に依存しても変動する。例えばナトリウム利尿ペプチドを経口投与する場合、一日当たり4回以下の投与回数で処方することが好ましく、また非経口投与、例えば静脈内や腹腔内投与する場合にはインフュージョンポンプを利用して持続的に投与することが好ましい。更に、本発明において好ましい投与形態の例としては、例えば、静脈内投与により持続的に投与する場合、開腹手術後、または腹膜透析時において腹膜炎等が生じた時から数日間(例えば3 〜 7日間)に0.001 〜 0.5 μg/kg/min (例えば、0.025 μg/kg/min)で投与することがあげられ、この場合の1日当りの投与量の範囲は 1.44 〜720 μg/kg (例えば、36 μg/kg)となる。ナトリウム利尿ペプチドを同様の投与量で腹腔内に持続投与することや、ブドウ糖液、電解質液または腹膜透析液に混合して投与することも好ましい。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
本実施例においては、定量的PCR法および免疫組織化学法を以下の手順によりおこなった。
<定量的PCR法>
本発明において、RNA発現の解析は以下の工程により実施した。マウスの壁側腹膜を含む前腹直筋を約30mgの重量となるように切離し、2mlチューブに入れすばやく液体窒素中で凍結した。凍結したサンプルはRNeasy Fibrous Tissue Mini Kit (QIAGEN、Valencia, CA, USA)を用いて、製造者のプロトコールに従って、全RNAを抽出した。全RNAの濃度は吸光度計を用いて測定し、全RNA 1μgをHigh Capacity cDNA Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems)を用いて、製造者のプロトコールに従って、相補的DNAを作製した。5 ngの相補的DNAを用いて、製造者のプロトコールに従って、Real-time PCR7300およびStepOnePlusシステムを用いて定量的PCRを行った。下記のフォワードプライマー(F)およびリバースプライマー(R)、ならびに蛍光色素(FAM)およびクエンチャー(TAMRA)を有するプローブ(P)を用いた。GAPDHのプライマー、プローブセットはTaqMan Rodent GAPDH Control Reagents (Applied Biosystems)を用いた。
マウスinterleukin-1β(IL-1β)遺伝子
F(SEQ ID NO: 8):5’-TAACCTGCTGGTGTGTGACGTT-3’
R(SEQ ID NO: 9):5’-GACAGCACGAGGCTTTTTTGT-3’
P(SEQ ID NO:10):5’-FAM-AGACAACTGCACTACAGGCTCCGAGATGA-TAMRA-3’
マウスtumor necrosis factor-α (TNF-α)遺伝子
F(SEQ ID NO:11):5’-AAGGCTGCCCCGACTACG-3’
R(SEQ ID NO:12):5’-AGGTTGACTTTCTCCTGGTATGAG-3’
P(SEQ ID NO:13):5’-FAM-CTCCTCACCCACACCGTCAGCCGA-TAMRA-3’
マウスplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)遺伝子
F(SEQ ID NO:14):5’-AAGGTCAGGATCGAGGTAAACG-3’
R(SEQ ID NO:15):5’-GCCGAACCACAAAGAGAAAGG-3’
P(SEQ ID NO:16):5’-FAM-AGCGGCACAGTGGCGTCTTCCTCC-TAMRA-3’
マウスtissue plasminogen activator (tPA)遺伝子
F(SEQ ID NO:17):5’-CTGACTGGACAGAGTGTGAGC-3’
R(SEQ ID NO:18):5’-GACGTGAGCCTCCTTCAGC-3’
P(SEQ ID NO:19):5’-FAM-CGGCAAGCATGAGGCATCGTCTCC-TAMRA-3’
マウスtransforming growth factor-β1 (TGF-β1)遺伝子
F(SEQ ID NO:20):5’-GACGTCACTGGAGTTGTACGG-3’
R(SEQ ID NO:21):5’-GCTGAATCGAAAGCCCTGT-3’
P(SEQ ID NO:22):5’-FAM-AGTGGCTGAACCAAGGAGACGGAA-TAMRA-3’
マウスfibronectin遺伝子
F(SEQ ID NO:23):5’-ATCATTTCATGCCAACCAGTT-3'
R(SEQ ID NO:24):5'-TCGCACTGGTAGAAGTTCCA-3'
P(SEQ ID NO:25):5'-FAM-CCGACGAAGAGCCCTTACAGTTCCA-TAMRA-3'
<免疫組織化学法>
本発明において、免疫組織化学法は以下の工程により実施した。マウスの壁側腹膜を含む前腹直筋を1 mm厚に薄切し4度の4%パラフォルムアルデヒド溶液で24時間固定し、パラフィン包埋を行った。4μm厚のパラフィン切片をスーパーフロストスライドガラス(松浪硝子工業株式会社、大阪、日本)上に貼付し、脱パラフィン化した後、1.5% H2O2溶液で15分処理した。抗原賦活化として、マイクロウェーブ処理を5分3回行い、PBSにて洗浄した後、10%正常ヤギ血清を30分反応させ、ウサギ抗ヒトCD3抗体(DAKO社、東京、日本)を1:100の希釈倍率で反応させた。PBSで洗浄した後、ペルオキシダーゼ-ヤギ抗ウサギ抗体(Jackson ImmunoResearch社)を1:100の希釈倍率で反応させた後、3,3’-diaminobenzidine tetrahydrochloride (DAKO)にて発色させた。ヘマトキシリン染色を行い、封入した。
【実施例1】
【0037】
<実験材料および方法>
1.腹膜癒着モデルの作製と薬物の投与
実験には、平均体重23.68gの27匹のC57BL/6Jマウス(日本クレア、東京、日本)を用いた。85%の0.01Mリン酸緩衝バッファー(PBS)と15%のエタノール(ナカライテスク、京都、日本)の混合液に、5%ヒビテン液(5%グルコン酸クロルヘキシジン:大日本住友製薬株式会社、大阪、日本)を50倍希釈となるように添加し、0.1%ヒビテン溶液を作製した。
0.1%ヒビテン溶液0.3mlを27Gy針と1mlの注射筒を用いて週に3回、4週間、合計12回腹腔内投与することにより、腹膜癒着を惹起した(Ishii Y et al., Nephrol Dial Transplant. 16:1262-1266, 2001)。10匹は投与開始と同時にヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(human ANP:アスビオファーマ株式会社、東京、日本)を持続腹腔内投与した。具体的には、human ANP 8.4mgを5%ブドウ糖液1mlに溶解し、浸透圧ミニポンプ(2004モデル、ALZET Osmotic Pumps Inc., Cupertino, CA, USA)に充填し、ポンプを腹腔内に留置することにより、1.5・g/kg/min(0.25・l/hr)の濃度で28日間持続腹腔内投与した(ヒビテン−ANPマウス群)。10匹は対照群として、0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週に3回、4週間、合計12回腹腔内投与し、5%ブドウ糖液のみを浸透圧ミニポンプ2004モデルにて投与した(ヒビテン−ブドウ糖マウス群)。他の7匹は正常コントロールとして、0.3 mLのPBSを週3回、4週間、合計12回腹腔内投与し、浸透圧ミニポンプで5%ブドウ糖液を投与した(PBS−ブドウ糖マウス群)。血漿hANP濃度は、アプロチニン含有EDTA採血により血漿を分離し、発光酵素免疫測定法(CLEIA:chemiluminesent enzyme immunoassay)を用いて測定した。評価は、株式会社エスアールエルにておこなった。
【0038】
2.癒着の評価方法
0.1%ヒビテン液もしくはPBS投与28日後に、腹膜の癒着および臓器間の癒着をスコア化
して評価した。スコア化は、非特許文献4の記載にしたがい、以下の基準によりおこなった。
0:全く癒着を認めない
1:1カ所の薄い癒着
2:2カ所以上の薄い癒着
3:部分的な厚い癒着
4:2カ所以上の厚い癒着
5:非常に厚い癒着
<実験結果>
本実施例において、ヒビテン−ANPマウス群の血漿中hANP濃度は78.5±26.6 pg/mlで、内因性レベルの数倍程度に上昇した一方、対照のヒビテン−ブドウ糖マウス群とPBS−ブドウ糖マウス群では、血漿hANP濃度はアッセイの感度以下(10 pg/ml以下)であった。図1から明らかなように、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群(癒着スコア:3.4±0.40)は、PBS―ブドウ糖液マウス群(癒着スコア:0.0±0.00)に比して、腹膜の癒着が高度であった。また、ヒビテン−ANPマウス群(癒着スコア:1.6±0.68)は、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群に比して、癒着の軽減が認められた。
さらに、各群の腹膜組織標本を用いて、炎症性サイトカインであるinterleukin-1β(IL-1β)遺伝子、tumor necrosis factor-α(TNF-α)遺伝子のmRNA発現をglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)遺伝子を内因性コントロールとしてリアルタイムPCR法にて検討した(Applied Biosystems、東京、日本)。図2に示すように、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群のIL-1β遺伝子/GAPDH遺伝子発現比は、PBS−ブドウ糖液群に比して10.0倍に亢進しており、ヒビテン−ANPマウス群では、その発現亢進が74%抑制された。また、TNF-α遺伝子/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−ブドウ糖マウス群においてPBS―ブドウ糖マウス群に比して25.0倍発現亢進を認め、ヒビテン−ANP投与群でその発現亢進が70%抑制された。
【0039】
次に、線溶系に関連するplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)、tissue plasminogen activator(tPA)の遺伝子発現をリアルタイムPCR法で検討した。図3に示すように、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群のPAI-1/GAPDH遺伝子発現比は、PBS−ブドウ糖液群に比して3.8倍に亢進した。ヒビテン−ANPマウス群とヒビテン−ブドウ糖液群のPAI-1/GAPDH遺伝子発現比に有意差は認められなかった。また、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群のtPA/GAPDH遺伝子発現比は、PBS−ブドウ糖液群に比して1.7倍に亢進した。ヒビテン−ANPマウス群とヒビテン−ブドウ糖液マウス群のtPA/GAPDH遺伝子発現比に有意差は認められなかった。この結果は、PAI-1、tPA遺伝子発現以外の腹膜癒着に関連する因子がヒビテン−BNP-Tgマウスの癒着抑制作用に寄与する可能性を示している。
次に、T細胞の腹膜組織への浸潤をCD3免疫染色法により検討した。明らかな血管内の細胞を除いた腹膜中皮下組織におけるCD3陽性細胞数と全細胞数を計測し、CD3陽性細胞率を計算した。図4に示すように、PBS−ブドウ糖マウス群においては、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−ブドウ糖液マウス群(5.0±0.51%)に対し、ヒビテン−ANPマウス群(3.5±0.4%)では有意にCD3陽性細胞浸潤が抑制された。この結果によりANP投与はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を抑制したことを示唆している。
【実施例2】
【0040】
<実験材料および方法>
Serum amyloid component P(SAP)プロモーターを用いて肝臓でマウス脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)を過剰発現するマウス(BNPトランスジェニックマウス:非特許文献7に基づいて作製)と野生型マウスとの間でのヒビテンによる腹膜癒着に及ぼす差について検討した。BNPはANPと同様にグアニリルシクラーゼAに結合し、cGMPを介して生理活性を発揮する。BNPトランスジェニックマウスは野生型マウスに比べて、BNPの血中濃度が136.7倍に上昇しているとの報告がある(Chusho H et al., Endocrinology 141:3807-3813, 2000)。
平均体重27.2gの16匹のBNPトランスジェニックマウスに0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週3回、4週間腹腔内投与し、腹膜癒着を惹起した(ヒビテン−BNP-Tgマウス群)。対照としては、平均体重27.8gの17匹の同腹の野生型マウスに0.1%ヒビテン溶液を同量投与した(ヒビテン−野生型マウス群)。正常コントロールとして、平均体重27.5gの7匹のBNP−Tgマウス(PBS−BNP-Tg マウス群)と平均体重26.9gの7匹の同腹の野生型マウス(PBS−野生型マウス群)にPBS 0.3mlを週3回4週間腹腔内投与した。
<実験結果>
図5に示すように、ヒビテン−野生型マウス群(癒着スコア:3.6±0.16)では、PBS―野生型マウス群(癒着スコア:0.0±0.00)に比して腹膜の癒着が高度であった。一方、ヒビテン−BNP-Tgマウス群(癒着スコア:2.3±0.13)は、ヒビテン−野生型マウス群に比して癒着の軽減が認められた。
IL-1β、TNF-α、PAI-1、tPA、GAPDH遺伝子のmRNA発現をリアルタイムPCR法で検討した。図6に示すように、IL-1β/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−野生型マウス群ではPBS−野生型マウス群に比して5.9倍に発現が亢進しており、ヒビテン−BNP-Tgマウス群では発現が65%抑制された。同様に、TNF-α/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−野生型マウス群ではPBS−野生型マウス群に比して8.2倍に発現が亢進しており、ヒビテン−BNP-Tgマウス群では50%抑制されていた。
また、図7に示すように、PAI-1/GAPDH遺伝子発現比とtPA/GAPDH遺伝子発現比は、野生型マウス群、BNP-Tgマウス群ともヒビテン投与群で発現が亢進したが(それぞれ6.7±2.2倍、3.3±0.92倍)、ヒビテン-野生型マウス群とヒビテンーBNP-Tgマウス群で差を認めなかった。この結果は、PAI-1, tPA遺伝子発現以外の腹膜癒着に関連する因子がヒビテン−BNP-Tgマウスにおいて存在する可能性を示している。
次に、T細胞の腹膜への浸潤をCD3免疫染色法で検討した。明らかな血管内の細胞を除
いた腹膜中皮下組織におけるCD3陽性細胞数と全細胞数を計測し、CD3陽性細胞率を計算した。図8に示すように、PBS投与マウスにおいては、野生型群、BNP-Tgマウス群の両者において、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−野生型マウス群においては、7.9±1.4%であるのに対し、ヒビテン−BNP-Tgマウス群では、3.4±1.1%であり、有意にCD3陽性細胞浸潤が抑制された。この結果により血中BNPの慢性過剰状態はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を抑制し、癒着を抑制した可能性が示唆された。
【実施例3】
【0041】
<実験材料および方法>
ANPおよびBNPの受容体であるグアニリルシクラーゼAの遺伝子を欠損させたマウス(GC-Aノックアウトマウス:Lopez MJ, et al. Nature 378:65-68, 1995に基づいて作製)と野生型マウスにおけるヒビテンによる腹膜癒着に及ぼす差について検討した。GC-AノックアウトマウスではANPおよびBNPのGC-Aを介する生理活性が欠損している。
平均体重28.0gの9匹のGC-Aノックアウトマウスに0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週3回4週間投与し、腹膜癒着を惹起した(ヒビテン−GC-A−KOマウス群)。対照としては平均体重27.6gの8匹の同腹の野生型マウスにヒビテンを同量投与した(ヒビテン野生型マウス群)。癒着非惹起群として、平均体重28.2gの5匹のGC-A−KOマウス(PBS-GC-A−KOマウス群)と平均体重28.6gの6匹の同腹の野生型マウス(PBS-野生型マウス群)にPBS 0.3mlを週3回4週間腹腔内投与した。
<実験結果>
図9に示すように、ヒビテン−野生型マウス群(癒着スコア:2.8±0.20)は、PBS―野生型マウス群(癒着スコア:0.0±0.00)に比して腹膜の癒着が高度であった。一方、ヒビテン−GC-A―KOマウス群(癒着スコア:3.8±0.40)では、ヒビテン−野生型マウス群に比して癒着の増悪が認められた。
IL-1β、TNF-α、tPA、PAI-1、GAPDH遺伝子のmRNA発現をリアルタイムPCR法で検討した。図10に示すように、IL-1β/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−GC-A−KOマウス群(10.1±3.2)ではヒビテン−野生型マウス群(5.1±2.1)に比べて上昇した。TNF-α/GAPDH遺伝子比も同様に、ヒビテン−GC-A−KOマウス群(35.3±9.1)ではヒビテン−野生型マウス群(13.8±4.5)に比して増加した。
また、図11に示すように、PAI-1/GAPDH遺伝子とtPA/GAPDH遺伝子は、いずれもヒビテン投与群で発現が亢進していたが、ヒビテン−野生型マウス群とヒビテン−GC-A−KOマウス群で差を認めなかった。
次に、T細胞の腹膜への浸潤をCD3免疫染色を用いて検討した。図12に示すように、PBS投与マウスにおいては、野生型マウス群、BNP-Tgマウス群の両者において、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−野生型マウス群では1.3±0.068%であるのに対し、ヒビテン−GC-A-KOマウス群では3.6±1.2 %であり、有意にCD3陽性細胞浸潤が増加していた。この結果によりナトリウム利尿ペプチドANPとBNPの受容体であるGC-A−KOマウス群ではGC-Aの欠損はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を増強している可能性が示唆された。
【実施例4】
【0042】
<実験材料および方法>
ANPの皮下投与による癒着軽減効果について検討した。平均体重23.5gの7匹の野生型マウスに、浸透圧ミニポンプを用いてヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド(human ANP)を持続皮下投与(1.5 μg/kg/min)し、その1日後より0.1%ヒビテン溶液0.3mlを週3回4週間(合計11回)投与し、腹膜癒着を惹起した(ヒビテン−ANP SC群)。対照としては平均体重23.5gの7匹の野生型マウスに、5%ブドウ糖液を含有した浸透圧ミニポンプを皮下に埋没し、ヒビテンを同量投与した(ヒビテン−ブドウ糖 SC群)。癒着非惹起群として、平均体重23.7gの5匹の野生型マウスに5%ブドウ糖液を含有した浸透圧ミニポンプを皮下に埋没し、PBS 0.3mlを週3回4週間腹腔内投与した。
<実験結果>
ANP皮下投与マウスの平均血漿ANP濃度は17.2 ± 10.6 pg/mlであった。ANP非投与群では、感度以下(5pg/ml以下)であった。
図13に示すように、ヒビテン−ブドウ糖 SC群(癒着スコア:2.1 ±0.14)は、PBS―ブドウ糖 SC群(癒着スコア:0.0 ± 0.00)に比して腹膜の癒着が高度であった。一方、ヒビテン−ANP SC群(癒着スコア:1.3 ±0.19)では、ヒビテン−ブドウ糖 SC群に比して癒着の軽減が認められた。
IL-1β、TNF-α、tPA、PAI-1、GAPDH遺伝子のmRNA発現をリアルタイムPCR法で検討した。図14に示すように、IL-1β/GAPDH遺伝子発現比は、ヒビテン−ANP SC群(10.3±4,3)ではヒビテン−ブドウ糖 SC群(25.3±2.5)に比べて低下した。TNF-α/GAPDH遺伝子比も同様に、ヒビテン−ANP SC群(13.1±3.1)ではヒビテン−ANP SC群(28.6±4.1)に比して低下した。
また、図15に示すように、PAI-1/GAPDH遺伝子とtPA/GAPDH遺伝子は、いずれもヒビテン投与群で発現が亢進していたが、ヒビテン−ブドウ糖SC群とヒビテン−ANP SC群で差を認めなかった。
次に、T細胞の腹膜への浸潤をCD3免疫染色を用いて検討した。図16に示すように、PBS―ブドウ糖 SCマウスにおいては、CD3陽性細胞を認めなかった。CD3陽性細胞率は、ヒビテン−ブドウ糖 SC群では34.7±4.1%であるのに対し、ヒビテン−ANP SCでは19.9±4.1 %であり、有意にCD3陽性細胞浸潤が減少していた。この結果によりナトリウム利尿ペプチドANPの皮下投与はヒビテン刺激による腹膜癒着において、CD3陽性細胞であるT細胞の浸潤を抑制している可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によれば、癒着を抑制することができる。腹膜癒着を防止することで、再手術や再入院のリスクを防御し、術後からの速やかな回復が可能となる。また、有効成分の腹腔内投与でも有効であることから、全身性の降圧副作用リスクなしに癒着を防止することが可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を有効成分として含有する、腹膜癒着抑制用医薬組成物。
【請求項2】
グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
腹膜に局所投与するための、請求項1〜3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与するため、又は、シート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与するための、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
全身投与するための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
血中に投与するための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
皮下投与するための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項1】
グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質又は薬学的に許容されるその塩を有効成分として含有する、腹膜癒着抑制用医薬組成物。
【請求項2】
グアニリルシクラーゼA受容体(GC-A)を活性化する物質が、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)又は脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が、ヒト由来である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
腹膜に局所投与するための、請求項1〜3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
ブドウ糖液、電解質液若しくは腹膜透析液により腹膜に局所投与するため、又は、シート状若しくは噴霧状の材質を用いて腹膜に局所投与するための、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
全身投与するための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項7】
血中に投与するための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項8】
皮下投与するための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図7】
【図10】
【図11】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2011−207867(P2011−207867A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−49845(P2011−49845)
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(307010166)第一三共株式会社 (196)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月8日(2011.3.8)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(307010166)第一三共株式会社 (196)
【Fターム(参考)】
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