説明

膜電極接合体、燃料電池、および、膜電極接合体の製造方法

【課題】本発明は、電解質膜と触媒電極層との間の界面抵抗を抑制して発電効率の向上を図ることを目的とする。
【解決手段】膜電極接合体は、電解質膜と、電解質膜に隣接して配置されアイオノマーを含む触媒電極層と、を備え、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーとの差が40kJ/mol以下であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜電極接合体、燃料電池、および、膜電極接合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、固体高分子型燃料電池等の燃料電池には、高分子電解質膜(以下、単に「電解質膜」とも呼ぶ)の両面にそれぞれ、触媒電極層(以下、単に「電極」あるいは「触媒層」とも呼ぶ)を接合させた膜電極接合体が用いられている。
【0003】
この膜電極接合体において、電解質膜と触媒電極層との間の界面抵抗により発電の効率性が低下する問題があった。この問題を解決するために電解質膜のSP値(溶解パラメータ)と触媒電極層のSP値との差を所定値以内とすることにより界面抵抗を小さくする技術が知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−302612号公報
【特許文献2】特開2008−53011号公報
【特許文献3】特開2008−147001号公報
【特許文献4】特開2008−153175号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記技術によって、電解質膜と触媒電極層との間の界面抵抗を小さくすることができても、電解質膜のSP値と触媒電極層のSP値との差を所定値以内とするために、電解質膜や触媒電極層に用いることのできる材料が限定され、例えば、電解質膜に必要なガス遮断性と触媒電極層に必要なガス透過性の両立が困難になるなどの不具合が生じる虞があった。このように、電解質膜と触媒電極層との間の界面抵抗を抑制して発電の効率性の向上を図る技術についてはなお改善の余地があった。
【0006】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、電解質膜と触媒電極層との間の界面抵抗を抑制して発電効率の向上を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題の少なくとも一部を解決するために、本願発明は、以下の態様または適用例として実現することが可能である。
【0008】
[適用例1]
膜電極接合体であって、
電解質膜と、
前記電解質膜に隣接して配置され、アイオノマーを含む触媒電極層と、を備え、
前記電解質膜の吸着エンタルピーと前記アイオノマーの吸着エンタルピーとの差が40kJ/mol以下であることを特徴とする膜電極接合体。
【0009】
この構成によれば、電解質膜の吸着エンタルピーと触媒電極層に含まれるアイオノマーの吸着エンタルピーの差を40kJ/mol以下とすることにより、電解質膜と触媒電極層との間の界面抵抗を抑制して発電効率の向上を図ることができる。
【0010】
[適用例2]
適用例1に記載の膜電極接合体において、
前記電解質膜は、炭化水素系樹脂により形成され、
前記アイオノマーは、フッ素系樹脂である、膜電極接合体。
【0011】
この構成によれば、触媒電極層に含まれるアイオノマーと電解質膜とで樹脂の性質が異なるため、発電効率の向上を図ることができる。
【0012】
[適用例3]
燃料電池であって、
適用例1または適用例2に記載の膜電極接合体を備える燃料電池。
【0013】
この構成によれば、電解質膜と触媒電極層とを備える燃料電池において、電解質膜の吸着エンタルピーと触媒電極層に含まれるアイオノマーの吸着エンタルピーの差を40kJ/mol以下とすることにより、電解質膜と触媒電極層との間の界面抵抗を抑制して発電効率の向上を図ることができる。
【0014】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、電解質膜と触媒電極層との接合方法、膜電極接合体の製造方法、および、燃料電池の製造方法、等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第1実施例における燃料電池の概略構成を説明するための説明図である。
【図2】触媒電極層と電解質膜付近の概略構成を説明するための説明図である。
【図3】電解質膜の内部構成を模式的に示した説明図である。
【図4】親水部の重量分率と吸着エンタルピーとの関係を例示した説明図である。
【図5】吸着エンタルピーと含水量との関係を例示した説明図である。
【図6】第1試験における試験結果を説明するための説明図である。
【図7】第2試験における試験結果を説明するための説明図である。
【図8】測定対象物の含水量と相対湿度との関係を示した説明図である。
【図9】含水量ごとの蒸気圧と温度との関係を示した説明図である。
【図10】水移動抵抗の測定方法を模式的に示した説明図である。
【図11】水移動界面抵抗の算出方法を説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態を実施例に基づいて説明する。
【0017】
A.第1実施例:
A−1.燃料電池の構成:
図1は、第1実施例における燃料電池の概略構成を説明するための説明図である。第1実施例における燃料電池100は、固体高分子型燃料電池であり、複数の単セル140が積層されたスタック構造を有している。単セル140は、燃料電池100における発電を行う単位モジュールであり、水素ガスと空気に含まれる酸素との電気化学反応により発電を行う。各単セル140は、電解質膜212の各面に触媒電極層であるアノード214およびカソード215が形成された膜電極接合体(MEAとも呼ばれる)210を一部に含む発電体200を、一対のセパレータ(アノード側セパレータ300およびカソード側セパレータ400)によって挟持した構成を有している。発電体200は、アノード214の外側に配置されたアノード側拡散層226と、カソード215の外側に配置されたカソード側拡散層227と、を含んでいる。アノード側拡散層226およびカソード側拡散層227は、MEA210を両側から挟むように配置され、それぞれ反応ガスとしての水素ガスもしくは空気を拡散させつつアノード214やカソード215に供給する。
【0018】
電解質膜212、カソード215、および、アノード214の詳細については、図2、図3を用いて後述する。アノード側拡散層226およびカソード側拡散層227は、ガス透過性および電子伝導性を有する部材によって構成されており、例えば、カーボンクロスやカーボンペーパなどの多孔質カーボン製部材により形成することができる。
【0019】
アノード側セパレータ300およびカソード側セパレータ400は、ガス透過性および電子伝導性を有する部材によって構成されており、例えば、カーボンを圧縮してガス不透過とした緻密質カーボン等のカーボン製部材や、プレス成形したステンレス鋼などの金属部材によって形成することができる。アノード側セパレータ300およびカソード側セパレータ400は、表面にガスや液体が流通する流路を形成するための凹凸形状を有している。アノード側セパレータ300は、アノード側拡散層226との間に、アノード供給ガスやアノード排ガスが流通するアノードガス流路AGCを形成する。カソード側セパレータ400は、カソード側拡散層227との間に、カソード供給ガスやカソード排ガスが流通するカソードガス流路CGCを形成する。
【0020】
図2は、触媒電極層と電解質膜付近の概略構成を説明するための説明図である。電解質膜212は、図2に示すように、ポリマー骨格に芳香環を持ち、官能基としてスルホン酸基を備える炭化水素系樹脂材料により形成された固体高分子膜であり、湿潤状態において良好なプロトン導電性を有する。この炭化水素系樹脂材料は、電解質膜の骨格部を構成する疎水部Pbと、官能基を含む親水部Plとを含んでいる。
【0021】
カソード215およびアノード214は、例えば、電気化学反応を進行する触媒金属(例えば白金)caを担持した触媒金属触媒担持カーボン粒子scと、プロトン伝導性を有し、ポリマー骨格にフッ素原子を持つアイオノマー(例えばフッ素系樹脂)elを含んで構成されている。具体的には、触媒金属触媒担持カーボン粒子scおよびアイオノマーelを含有する電極ペーストを作製し、この電極ペーストを、電解質膜212上に塗布し、乾燥・固着させることにより形成することができる。
【0022】
本実施例に係る燃料電池100は、電解質膜212の吸着エンタルピー(kJ/mol)と、カソード215やアノード214に含まれるアイオノマーel(以後、単に「アイオノマーel」とも呼ぶ)の吸着エンタルピーとの差ΔH(kJ/mol)が小さいことを特徴としている。具体的には、電解質膜212とアイオノマーelのそれぞれの含水量λが同じ状態において、それぞれの吸着エンタルピーの差ΔHが、40kJ/mol以下となるように形成されている。なお、ここでの含水量λとは、電解質膜212やアイオノマーに含まれているスルホン酸基当たりの水分子数を示している。
【0023】
吸着エンタルピーは、水が電解質膜212やアイオノマーelに吸着する際に必要なエネルギーをいう。以下では、電解質膜212の吸着エンタルピーについてより具体的に説明する。
【0024】
図3は、電解質膜の内部構成を模式的に示した説明図である。電解質膜212は、炭化水素系樹脂材料により構成されているため、内部には、スルホン酸基が内側になるようにして疎水部Pbと親水部Plにより形成されるクラスターcluを複数含んでいる。電解質膜212の吸着エンタルピーは、電解質膜212が含水してクラスターcluを膨潤させるのに要する仕事量に相当する。従って、電解質膜212の親水部Plの重量分率(%)を上げると疎水部Pbによる骨格部の拘束力が弱くなるため、吸着エンタルピーを低下させることができる。具体例について図4を用いて説明する。
【0025】
図4は、親水部の重量分率と吸着エンタルピーとの関係を例示した説明図である。図4に示すように、親水部Plの重量分率が42%である第1の電解質膜の吸着エンタルピーは、含水量λが1のとき140kJ/molであり、親水部Plの重量分率が75%である第2の電解質膜の吸着エンタルピーは、含水量λが1のとき100kJ/molであった。すなわち、親水部Plの重量分率が上がると、吸着エンタルピーが低下することがわかる。なお、電解質膜212の吸着エンタルピーを変化させる他の方法としては、膜骨格の剛直性を変化させる方法や、スルホン酸基を局所的に集中させる方法等がある。
【0026】
A−2.試験例:
(第1試験)
第1試験では、図4で示した2種類の電解質膜とアイオノマーelとを用いて、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーとの差ΔHと、電解質膜とアイオノマーとの間の水移動界面抵抗(s/cm)との関係について調べた。本実施例において採用した吸着エンタルピーの測定方法、および、水移動界面抵抗の測定方法については、後に別途詳述する。
【0027】
はじめに、図4で示した2種類の電解質膜のそれぞれの吸着エンタルピーとアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHをそれぞれ算出した。図5は、吸着エンタルピーと含水量との関係を例示した説明図である。図5に示したグラフの縦軸は、電解質膜およびアイオノマーの吸着エンタルピー(kJ/mol)を示し、横軸は、電解質膜およびアイオノマーの含水量λを示している。図5に示すように、2種類の電解質膜およびアイオノマーelの吸着エンタルピーは、含水量λが大きいとき(例えば、λ=2〜4程度)には、それぞれ同程度の値となり、含水量λが小さくなるほど上昇することがわかる。このとき、第1の電解質膜の吸着エンタルピーの上昇率は、アイオノマーelの吸着エンタルピーの上昇率より大きく、第2の電解質膜の吸着エンタルピーの上昇率は、アイオノマーelの吸着エンタルピーの上昇率よりも小さくなることがわかる。よって、含水量λが最も低い0.5のときに、2種類の電解質膜のそれぞれ吸着エンタルピーとアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHがそれぞれ最大になることがわかる。
【0028】
具体的には、含水量λが0.5のとき、第1の電解質膜の吸着エンタルピーは、250kJ/mol程度であり、アイオノマーelの吸着エンタルピーは、150kJ/mol程度であり、第1の電解質膜の吸着エンタルピーは、110kJ/mol程度であった。このことから、第1の電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHの最大値は、100kJ/mol程度であり、第2の電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHの最大値は、40kJ/mol程度となった。
【0029】
すなわち、ここでは、第2の電解質膜は、アイオノマーelと吸着エンタルピーの差ΔHが40kJ/mol以下となるため、本実施例の電解質膜212に該当する。また、第2の電解質膜とアイオノマーelとの組み合わせは、本実施例の電解質膜212とアノード214の組み合わせ、もしくは、電解質膜212とカソード215の組み合わせに該当する。一方、第1の電解質膜は、アイオノマーelと吸着エンタルピーの差ΔHが40kJ/molより大きくなるため、本実施例の電解質膜212に該当しない。しかし、第1の電解質膜や第2の電解質膜などの電解質膜が本実施例の電解質膜212に該当するか否かは、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーとの相対的な差により決定されるため、例えば、アイオノマーelの吸着エンタルピーが、220kJ/mol程度であった場合には、第1の電解質膜が本実施例の電解質膜212に該当する。一方、第2の電解質膜は、電解質膜212に該当しなくなる。
【0030】
続いて、本実施例の燃料電池100の一部と同様の構成となるように、アイオノマーelを含む触媒電極層と第2の電解質膜(電解質膜212)とを接合させた部材を実施例として用意し、また、アイオノマーelを含む触媒電極層と第1の電解質膜とを接合させた部材を比較例として用意した。この実施例と比較例の2つの部材に対して相対湿度を変化させて、電解質膜とアイオノマーとの間の水移動界面抵抗(以後、単に「水移動界面抵抗」とも呼ぶ)をそれぞれ測定した。
【0031】
図6は、第1試験における試験結果を説明するための説明図である。図6には、実施例と比較例のそれぞれについて、水移動界面抵抗と相対湿度との関係が示されている。図6に示したグラフの縦軸は、電解質膜とアイオノマーとの間の水移動界面抵抗(s/cm)を示し、横軸は、相対湿度を示している。図6に示すように、実施例では、相対湿度に関係なく水移動界面抵抗が0.3s/cm以下となった。一方、比較例では、相対湿度が低下するほど水移動界面抵抗が上昇し、相対湿度が0.1(10%)のときには、水移動界面抵抗が3.0s/cm程度となった。このことから、本実施例の構成、すなわち、電解質膜212の吸着エンタルピーとアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHを40kJ/mol以下とすることにより、電解質膜とアイオノマーとの間の水移動界面抵抗を低減できることがわかる。
【0032】
水移動界面抵抗が低減した要因としては、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーとの差ΔHが小さくなると、電解質膜およびアイオノマーに包含される水のSP値(溶解パラメータ、Solubility Parameter)の差が小さくなるためであると考えられる。具体的には、δ:水のSP値、H:吸着エンタルピー、Vm:モル体積とすると、水のSP値と吸着エンタルピーとは以下の式(1)の関係が成り立つ。
δ=√{(H−RT)/Vm} ・・・(1)
【0033】
上記式(1)から、電解質膜およびアイオノマーに包含される水のSP値は、それぞれの吸着エンタルピーから算出できることがわかる。一般的に、SP値が近い液体同士は、化学的な親和性が強いため、水の吸着エンタルピーが近い部材同士の界面では、それぞれの部材に包含される水のSP値が近くなり、部材間の界面抵抗が減少する。反対に、それぞれの部材に包含される水のSP値の差が大きいと、混合に要するエネルギーが大きくなるため、部材間の界面抵抗が大きくなる。これらのことから、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーとの差ΔHが小さくなると、水移動界面抵抗が減少すると考えられる。なお、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーは、それぞれ40.8kJ/molに近い値となる方がより望ましい。純水が気相から液相に変化する際のエンタルピー変化量が40.8kJ/molであり、吸着エンタルピーとして最も小さい値であるためです。
【0034】
(第2試験)
第2試験では、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーとの差ΔHと、燃料電池の発電性能との関係について調べた。第2試験では、アイオノマーelを含む触媒電極層と第2の電解質膜(電解質膜212)とを接合させたMEAを備える燃料電池を実施例として用意し、また、アイオノマーelを含む触媒電極層と第1の電解質膜とを接合させたMEAを備える燃料電池を比較例として用意した。この実施例と比較例の2つの燃料電池について、電解質膜を流れる電流の電流密度(A/cm)を1.6A/cmに維持した状態で発電性能の比較をおこなった。
【0035】
図7は、第2試験における試験結果を説明するための説明図である。図7には、実施例と比較例のそれぞれの燃料電池の温度特性が示されている。図7に示したグラフの縦軸は、セル電圧(V)および抵抗(mohm/cm)を示し、横軸は、セル温度(℃)を示している。図7に示すように、実施例は、高温域から低温域までの全体において、比較例よりもセル電圧が高く、比較例よりも発電性能が高いことがわかる。特に高温域では、比較例と比べるとセル電圧の降下が始まる温度が高温側に移動し、セル温度の上昇によるセル電圧の降下が抑制されることがわかる。このことから、本実施例に係る燃料電池のように、電解質膜の吸着エンタルピーとアイオノマーの吸着エンタルピーとの差ΔHが小さくすることで、特に高温時における発電効率が向上することがわかる。
【0036】
A−3.吸着エンタルピーの測定方法:
ここでは、本実施例で採用した吸着エンタルピーの測定方法について説明する。はじめに、吸着エンタルピーを測定する電解質膜やアイオノマーel(以後、単に「測定対象物」とも呼ぶ)の含水量λと相対湿度との関連性を調べるため、温度T(℃)と蒸気圧P(kPa)をそれぞれ変化させた状態において測定対象物の含水量λを求めた。
【0037】
図8は、測定対象物の含水量と相対湿度との関係を示した説明図である。図8に示したグラフの縦軸は、含水量λを示し、横軸は、蒸気圧P(kPa)を示している。本実施例では、60℃、80℃、95℃の3通りの温度Tにおける測定対象物の含水量λと蒸気圧Pとの関係をプロットした。なお、温度Tについては、60℃、80℃、95℃の3通りに限定されず、これ以外の温度を採用してもよい。また、必ずしも温度Tを3通りとする必要はなく、温度Tは、2通り以上であればよい。
【0038】
図8の破線で示すように、測定対象物の含水量λが所定値となるときの温度Tと蒸気圧Pとの組み合わせをそれぞれ取得する。ここでは、含水量λが、λ=8、λ=5、λ=3となる温度Tと蒸気圧Pとの組み合わせをそれぞれ取得した。取得した温度Tと蒸気圧Pとの組み合わせを蒸気圧と温度との関係を示すグラフにプロットし、プロットした点を含水量λごとに結ぶことにより図9を作成することができる。
【0039】
図9は、含水量ごとの蒸気圧と温度との関係を示した説明図である。図9に示したグラフの縦軸は、蒸気圧Pの対数値を示し、横軸は、温度T(K)の逆数を1000倍した値を示している。図9に示されている含水量λごとの線分の傾きから、各含水量λにおける測定対象物の吸着エンタルピーを測定することができる。例えば、含水量λが、λ=8のときの温度Tと蒸気圧Pとの組み合わせをプロットした点を結ぶ線分の傾きから、含水量λが、λ=8のときの測定対象物の吸着エンタルピーを測定することができる。これは、以下の理由による。クラウジウスクラペイロン式によれば、Pm:温度Tm時の蒸気圧、ΔH:吸着エンタルピー、R:気体定数として式(2)が成り立つ。
ln(P/Pm)=−(ΔH/R){(1/T)−(1/Tm)} ・・・(2)
【0040】
すなわち、式(2)の左辺に示されたln(P/Pm)は、図9の縦軸に相当し、式(2)の右辺の一部に示された{(1/T)−(1/Tm)}は、図9の横軸に相当する。よって、式(2)の右辺の−(ΔH/R)は、図9に示された線分の傾きに相当する。このことから、図9に示された含水量λごとの線分の傾きを算出することにより、各含水量λにおける測定対象物の吸着エンタルピーを算出することができる。
【0041】
A−4.水移動界面抵抗の測定方法:
ここでは、本実施例で採用した水移動界面抵抗の測定方法について説明する。図10は、水移動抵抗の測定方法を模式的に示した説明図である。図10に示すように、MEA21のアノード214もしくはカソード215の一方から他方に加湿されたガスを送ることにより、アノード214とカソード215との間に加湿差を生じさせる。この状態において、アノード側とカソード側のそれぞれに設けられている露点計により、湿度の高い側から低い側への水移動量を測定することにより、アノード214もしくはカソード215の一方から他方に水が移動する際の水移動抵抗Ral(s/cm)を算出することができる。
【0042】
この水移動抵抗Ralには、触媒電極層と電解質膜との間の水移動界面抵抗Rbfのみではなく、触媒電極層自体の水移動抵抗である触媒電極層水移動抵抗Rca、および、電解質膜自体の水移動抵抗である電解質膜水移動抵抗Relが含まれている。よって、以下では、上記により算出された水移動抵抗Ralから、触媒電極層と電解質膜との間の水移動界面抵抗Rbfを算出する方法について説明する。
【0043】
図11は、水移動界面抵抗の算出方法を説明するための説明図である。はじめに、電解質膜の厚さのみが異なる複数のMEAを用意する。本実施例では、電解質膜の厚さTHがTH=tのMEAであるMEA1と、TH=2tのMEAであるMEA2と、TH=3tのMEAであるMEA3の3つのMEAを用意した。図10に示した方法により、MEA1〜3のそれぞれについて水移動抵抗Ralを算出する。MEA1〜3の水移動抵抗Ralは、図11に示すように、縦軸を水移動抵抗Ral、横軸を電解質膜の厚みとしたグラフにおいて、それぞれP1、P2、P3となる。このP1〜P3を結んだ直線と、縦軸との交点P0は、水移動界面抵抗Rbfと触媒電極層水移動抵抗Rcaとの和に相当する。
【0044】
続いて、MEA1〜3に用いられている触媒電極層の2倍の厚さを有する触媒電極層LCEを用意し、この触媒電極層LCEについて図10に示した方法により、水移動抵抗Ralを算出する。触媒電極層LCEの水移動抵抗Ralは、触媒電極層水移動抵抗Rcaのみであるため、図11においてPnとなる。よって、上記したP0とPnとの差から水移動界面抵抗Rbfを算出することができる。
【0045】
以上説明したように、本実施例のMEA210によれば、電解質膜212の吸着エンタルピーと、アノード214もしくはカソード215に含まれているアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHが40kJ/mol以下となるように形成されているため、電解質膜と触媒電極層との間の水移動界面抵抗を抑制して発電効率の向上を図ることができる。
【0046】
具体的には、MEA210において、電解質膜212の吸着エンタルピーと、アイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHを40kJ/mol以下とすることにより、図6に示すように、相対湿度に関係なく水移動界面抵抗を低減させることができる。また、燃料電池において、電解質膜212の吸着エンタルピーと、アイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHが40kJ/mol以とすることにより、図7に示すように、高温域から低温域までの全体において発電性能が向上させることができる。特に高温域では、セル温度の上昇によるセル電圧の降下を抑制することができる。
【0047】
従来から、電解質膜は、ガス透過性が低い方が望ましく、触媒電極層に含まれるアイオノマーは、ガス透過性が高い方が望ましいことが知られている。そのため、電解質膜とアイオノマーは異なる材料により形成することが望ましかった。しかし、電解質膜とアイオノマーとを別材料により形成すると、電解質膜とアイオノマーとの界面において水移動抵抗が増大し、特に高温無加湿運転時において発電効率が低下する問題があった。一方、MEAにおいて、電解質膜のSP値と触媒電極層のSP値との差を所定値以内とすることにより界面抵抗を小さくする技術が知られている。しかし、電解質膜のSP値と触媒電極層のSP値とを近い値とするためには、電解質膜と触媒電極層を同種材料により形成することが必要となり、上述したように、電解質膜のガス遮断性とアイオノマーのガス透過性を両立させることが困難であった。
【0048】
本実施例に係るMEAは、本願発明者らによって、電解質膜とアイオノマーは、ガス透過性が異なるように形成された場合であっても、水が吸着する際の吸着エンタルピーが近い場合には、界面抵抗が低減されることが見出されたことによりなされた発明である。実施例に係るMEAによれば、電解質膜と触媒電極層との間の水移動界面抵抗を抑制しつつ、電解質膜のガス遮断性と、触媒電極層に含まれるアイオノマーのガス透過性を確保することができるため、発電効率の向上を図ることができる。
【0049】
また、本実施例の燃料電池100によれば、高温域におけるセル電圧の降下が抑制されるため、燃料電池100を含む燃料電池システムにおいて、燃料電池100に供給されるガスを加湿するための加湿器を備えなくてもよく、システム全体のコストを抑制することができる。また、本実施例の燃料電池100によれば、フッ素系樹脂材料に比べて低コストの炭化水素系樹脂材料により電解質膜を形成することができるため、燃料電池100のコストを抑制することができる。
【0050】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0051】
B1.変形例1:
本実施例では、親水部Plの重量分率が75%である第2の電解質膜が、本実施例の電解質膜212に該当すると説明したが、電解質膜212の親水部Plの重量分率は、必ずしも75%に限定されるわけではない。すなわち、電解質膜212の親水部Plの重量分率は、電解質膜212の吸着エンタルピーとアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHが40kJ/mol以下となるように設定されるものであり、アイオノマーelの吸着エンタルピーに応じて適宜決定される。
【0052】
B2.変形例2:
本実施例では、MEA210は、電解質膜212とアイオノマーelのそれぞれの含水量λが同じ状態において、それぞれの吸着エンタルピーの差ΔHが、40kJ/mol以下となるように形成されていると説明したが、電解質膜212とアイオノマーelのそれぞれの吸着エンタルピーの差ΔHは、より小さい方がより発電効率の向上を図ることができ、より望ましい。一方、電解質膜212とアイオノマーelのそれぞれの吸着エンタルピーの差ΔHが40kJ/molより大きい場合に、電解質膜と触媒電極層との間の水移動界面抵抗が抑制されず、発電効率の向上を図ることができないわけではない。電解質膜212とアイオノマーelのそれぞれの吸着エンタルピーの差ΔHが大きくなるほど、発電効率の向上の程度が小さくなる。
【0053】
B3.変形例3:
本実施例では、電解質膜212は、炭化水素系樹脂により形成されているものとして説明したが、電解質膜212は、炭化水素系樹脂に限定されず、フッ素系樹脂材料により形成されていてもよい。また、本実施例では、アノード214およびカソード215に含まれるアイオノマーelは、フッ素系樹脂であると説明したが、アイオノマーelはフッ素系樹脂に限ることなく、例えば、炭化水素系樹脂であってもよい。
【0054】
B4.変形例4:
本実施例では、電解質膜212の吸着エンタルピーと、カソード215やアノード214に含まれるアイオノマーelの吸着エンタルピーとの差ΔHが40kJ/mol以下となるように形成されていると説明したが、アノード214に含まれるアイオノマーelとカソード215に含まれるアイオノマーelの少なくとも一方の吸着エンタルピーが電解質膜212の吸着エンタルピーと差ΔHが40kJ/mol以下であればよい。
【0055】
B5.変形例5:
本発明は、種々の態様で実現することが可能であり、例えば、電解質膜と触媒電極層との接合方法、膜電極接合体の製造方法、および、燃料電池の製造方法、等の形態で実現することができる。
【符号の説明】
【0056】
100…燃料電池
140…単セル
200…発電体
210…MEA
212…電解質膜
214…アノード
215…カソード
226…アノード側拡散層
227…カソード側拡散層
300…アノード側セパレータ
400…カソード側セパレータ
AGC…アノードガス流路
CGC…カソードガス流路
el…アイオノマー
ca…触媒金属
sc…触媒金属触媒担持カーボン粒子
clu…クラスター
Ral…水移動抵抗
Rca…触媒電極層水移動抵抗
Rbf…水移動界面抵抗
Rel…電解質膜水移動抵抗

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜電極接合体であって、
電解質膜と、
前記電解質膜に隣接して配置され、アイオノマーを含む触媒電極層と、を備え、
前記電解質膜の吸着エンタルピーと前記アイオノマーの吸着エンタルピーとの差が40kJ/mol以下であることを特徴とする膜電極接合体。
【請求項2】
請求項1に記載の膜電極接合体において、
前記電解質膜は、炭化水素系樹脂により形成され、
前記アイオノマーは、フッ素系樹脂である、膜電極接合体。
【請求項3】
燃料電池であって、
請求項1または請求項2に記載の膜電極接合体を備える燃料電池。
【請求項4】
電解質膜と触媒電極層とを含む膜電極接合体の製造方法であって、
アイオノマー含む電極ペーストと、前記アイオノマーとの吸着エンタルピーの差が40kJ/mol以下の電解質膜と、を用意する工程と、
前記電極ペーストを前記電解質膜に塗布することにより、前記電解質膜の少なくとも一方の面に前記触媒電極層を形成する工程と、を備える膜電極接合体の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2012−64429(P2012−64429A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−207567(P2010−207567)
【出願日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】