説明

膜電極接合体およびそれを用いた燃料電池

【課題】電極からの触媒の溶出による燃料電池の劣化を抑制する技術を提供する。
【解決手段】燃料電池用の膜電極接合体10は、プロトン伝導性を有する高分子膜である電解質膜1と、触媒が担持されたアノード2およびカソード3とを備える。また膜電極接合体10には、カソード3と電解質膜1との間に、触媒がイオン化した触媒イオンが電解質膜へと溶出することを抑制する触媒溶出抑制層5が設けられている。触媒溶出抑制層5は、イオン交換基としてスルホン酸基を担持しており、そのスルホン酸基が、プロトンの移動を許容しつつ触媒イオンの移動を制限するイオンの移動経路を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、通常、発電体である膜電極接合体を備える。膜電極接合体は、プロトン伝導性を有する電解質膜と、電解質膜の両面に設けられた電極とを有し、電極には、電気化学反応を促進するための触媒が担持されている(下記特許文献1等)。ところで、電極の触媒の一部は、燃料電池を長期間使用した場合や、燃料電池の出力を急激に変動させた場合などに電解質膜中へと溶出してしまうことが知られている。電極の触媒が溶出してしまうと、燃料電池の性能低下の原因となる。また、電極から溶出した触媒が電解質膜中に析出すると、電解質膜中におけるラジカルの発生が促進され、電解質膜の劣化の原因ともなる。しかし、これまで、触媒の溶出による燃料電池の劣化を抑制することについて十分な工夫がなされてこなかったのが実情であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−147345号公報
【特許文献2】特開2010−232149号公報
【特許文献3】特開2007−165259号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、電極からの触媒の溶出による燃料電池の劣化を抑制する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0006】
[適用例1]
燃料電池用の膜電極接合体であって、プロトン伝導性を有する高分子膜である電解質膜と、前記電解質膜の両側に設けられ、電気化学反応を促進するための触媒が担持された第1と第2の電極と、少なくとも前記第1の電極と前記電解質膜との間に設けられ、前記触媒がイオン化した触媒イオンが前記電解質膜へと溶出することを抑制する触媒溶出抑制層と、を備え、前記触媒溶出抑制層は、イオン交換基を担持しており、前記イオン交換基が、プロトンの移動を許容しつつ前記触媒イオンの移動を制限するイオンの移動経路を形成する、膜電極接合体。
この膜電極接合体によれば、触媒溶出抑制層が、電解質膜から電極へのプロトンの移動を許容する一方で、電極から電解質膜への触媒の溶出を抑制する。従って、膜電極接合体におけるプロトン伝導性を確保しつつ、触媒の溶出による膜電極接合体の劣化を抑制することができる。
【0007】
[適用例2]
適用例1記載の膜電極接合体であって、前記イオン交換基は、水分子を水和する性質を有しており、水和した水分子によって、前記イオンの移動経路を形成する、膜電極接合体。
この膜電極接合体によれば、触媒溶出抑制層には、イオン交換基に水和した水分子によって、プロトンの移動を許容しつつ触媒イオンの移動を制限するイオンの経路が形成される。従って、膜電極接合体におけるプロトン伝導性を確保しつつ、触媒の溶出による膜電極接合体の劣化を抑制することができる。
【0008】
[適用例3]
適用例1または適用例2記載の膜電極接合体であって、前記触媒溶出抑制層は、導電性材料に前記イオン交換基を担持させた材料を含む、膜電極接合体。
この膜電極接合体によれば、導電性材料によって導電パスが形成されるとともに、イオン交換基によってプロトンの移動を許容しつつ触媒イオンの移動を制限するイオンの経路が形成される。
【0009】
[適用例4]
適用例1〜3のいずれか一つに記載の膜電極接合体であって、前記触媒溶出層は、担持体としてのカーボン、シリカ、又は、金属酸化物のいずれかに、前記イオン交換基としてのスルホン酸基を担持させた材料を含む、膜電極接合体。
この膜電極接合体によれば、触媒溶出抑制層に含まれるカーボン、シリカ、又は、金属酸化物のいずれかに担持されたスルホン酸基によって、プロトンの移動を許容しつつ触媒イオンの移動を制限するイオンの経路が形成される。
【0010】
[適用例5]
燃料電池であって、適用例1〜4のいずれか一つに記載の膜電極接合体を備える、燃料電池。
この燃料電池によれば、触媒溶出抑制層によって電解質膜への触媒の溶出が抑制されているため、電解質膜の劣化や発電性能の劣化が抑制される。
【0011】
なお、本発明は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、膜電極接合体、その膜電極接合体を備えた燃料電池、その燃料電池を備えた燃料電池システム、その燃料電池システムを搭載した車両等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】膜電極接合体を備える燃料電池の構成を示す概略図。
【図2】触媒の溶出による電解質膜の劣化を説明するための模式図。
【図3】プロトンと白金イオンの水分子を介した移動のメカニズムを説明するための模式図。
【図4】膜電極接合体におけるプロトンの移動を説明するための模式図。
【図5】触媒溶出抑制層において白金イオンの移動が制限される原理を説明するための模式図。
【図6】本発明の発明者による実験結果を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
A.実施例:
図1は本発明の一実施例としての膜電極接合体を備える燃料電池の構成を示す概略図である。この燃料電池100は、反応ガスとして水素(燃料ガス)と酸素(酸化ガス)の供給を受けて発電する固体高分子型燃料電池である。燃料電池100は、複数の単セル110が積層されたスタック構造を有している。
【0014】
単セル110は、膜電極接合体10と、膜電極接合体10を狭持する2枚のセパレータ21,22とを備える。なお、各単セル110には、流体の漏洩を防止するとともに各セパレータ21,22の間の短絡を防止するための絶縁シール部や、反応ガスのためのマニホールド、冷媒のための流路などが形成されるが、その図示および説明は省略する。
【0015】
膜電極接合体10は、電解質膜1の外側に2つの電極2,3(以後、それぞれ「アノード2」および「カソード3」とも呼ぶ)が設けられた発電体である。なお、本実施例の膜電極接合体10では、電解質膜1とカソード3との間に、触媒溶出抑制層5が設けられている。電解質膜1は、プロトン伝導性を有する高分子の薄膜である。本実施例では、電解質膜1は、イオン交換基としてスルホン酸基を有するフッ素樹脂系のイオン交換膜によって構成される。
【0016】
アノード2は、触媒層2cと、ガス拡散層2gとを有する。触媒層2cは、電気化学反応を促進するための触媒が担持された層であり、電解質膜1の外表面に形成されている。本実施例の触媒層2cには、触媒として白金(Pt)が担持されている。触媒層2cは、水溶性溶媒または有機溶媒に触媒担持カーボンと、電解質膜1に含まれる電解質ポリマーと同種の電解質ポリマーと、を分散させた混合溶液(触媒インク)を塗布し、乾燥させることによって形成することができる。なお、触媒層2cは、予めフィルム基材の表面に形成された触媒担持膜を電解質膜1の表面に転写することにより形成されるものとしても良い。
【0017】
ガス拡散層2gは、水素を拡散させてアノード2の全体に行き渡らせるための層である。ガス拡散層2gは、導電性およびガス透過性・ガス拡散性を有する多孔質の繊維基材(例えば、炭素繊維や黒鉛繊維など)を、触媒層2cの上に重ねて配置し、ホットプレスすることにより形成することができる。
【0018】
カソード3は、触媒層3cとガス拡散層3gとを有する。カソード3における触媒層3cおよびガス拡散層3gの構成は、アノード2における触媒層2cとガス拡散層2gと同様であるため、その説明は省略する。なお、アノード2およびカソード3のガス拡散層2g,3gはそれぞれ省略されるものとしても良い。
【0019】
単セル110では、各電極2,3の外側に2枚のセパレータ21,22が配置されている。より具体的には、アノード2の外側には、アノードセパレータ21が配置され、カソード3の外側にはカソードセパレータ22が配置されている。各セパレータ21,22は、導電性を有するガス不透過の板状部材(例えば金属板)によって構成され、それぞれの電極2,3側の面には反応ガスのための流路溝23が、発電領域全体に渡って形成されている。
【0020】
各セパレータ21,22は、膜電極接合体10に反応ガスを供給するためのガス流路として機能するとともに、膜電極接合体10で発電された電気を集電する集電部材としても機能する。なお、各セパレータ21,22の流路溝23は省略されるものとしても良い。また、各セパレータ21,22と各ガス拡散層2g,3gとの間には、いわゆるエキスパンドメタルなどの導電性を有する流路部材が配置されるものとしても良い。
【0021】
ところで、アノード2やカソード3に担持された触媒は、燃料電池100の発電の際にイオン化し、触媒層2c,3cから溶出してしまう場合がある。触媒の溶出により、触媒層2c,3cにおける触媒の担持量が減少すると、燃料電池100の発電性能が低下してしまう。また、触媒層2c,3cから溶出した触媒が、電解質膜1中に析出した場合には、電解質膜1の劣化の原因となる。
【0022】
図2は、触媒の溶出による電解質膜の劣化を説明するための模式図である。図2には、参考例としての膜電極接合体10aの一部が模式的に図示されている。参考例の膜電極接合体10aは、触媒溶出抑制層5が設けられていない点以外は、本実施例の膜電極接合体10と同様な構成を有している。なお、図2では、2つの電極2,3のガス拡散層2g,3gについては、図示が省略されている。
【0023】
触媒層2c,3cにおいてイオン化した白金Ptは電解質膜1へと溶出する。なお、白金Ptのイオン化は、燃料電池100の出力電圧を短時間で著しく変化させた場合(例えば、各単セル110ごとの電圧を約1秒で約1.0Vから0Vへと変化させた場合)に促進される。また、白金Ptの溶出は、カソード3側において特に著しく発生する。
【0024】
電解質膜1中に白金Ptが析出すると、電解質膜1中では、白金Ptの触媒作用により、反応ガスとして膜電極接合体10aに供給された水素(H2)と酸素(O2)とが反応して過酸化水素水(H22)が生成されやすくなる。過酸化水素水は、ラジカル化して過酸化水素ラジカル(図中では、「・OH」または「・OOH」と表記)となり、電解質膜1を劣化させる原因となる。
【0025】
そこで、本実施例の膜電極接合体10(図1)には、カソード3の触媒層3cに担持された白金がイオン化して電解質膜1へと溶出することを抑制するための触媒溶出抑制層5が、電解質膜1とカソード3との間に設けられている。触媒溶出抑制層5は、イオン交換基を担持させた導電性材料を、電解質膜1の外表面に付着させることによって形成することができる。本実施例では、触媒溶出抑制層5は、イオン交換基としてのスルホン酸基を外表面に担持させたカーボン(以後、「スルホン酸基担持カーボン」とも呼ぶ)を、電解質膜1の外表面に付着させることにより形成されている。より具体的には、触媒溶出抑制層5は、以下のように形成される。
【0026】
(1)アニリンと亜硝酸イソアミルとを反応させることによって活性なジアゾニウム化合物を発生させる。
(2)上記ジアゾニウム化合物と炭素粒子とを混合することにより、炭素粒子表面にベンゼン環を導入する(アリール化反応)。
(3)上記炭素粒子を発煙硫酸によって処理することにより、炭素粒子表面のベンゼン環にスルホン酸基を導入し、スルホン酸基担持カーボンを作成する。
(4)水とエタノール水溶液の混合溶媒にスルホン酸基担持カーボンを分散させる。
(5)上記分散溶液を、スプレー法などによって電解質膜1の外表面に塗布・乾燥させて、触媒溶出抑制層5とする。
【0027】
燃料電池100の発電の際には、触媒溶出抑制層5では、カーボン表面のスルホン酸基に水和した水分子によって、プロトンの移動を許容しつつ触媒である白金がイオン化した白金イオンの移動を制限するイオンの移動経路が形成される。ここで、プロトンと白金イオンの水分子を介した移動のメカニズムを以下に説明する。
【0028】
図3(A),(B)は、プロトンと白金イオンの水分子を介した移動のメカニズムを説明するための模式図である。図3(A)には、複数の水分子(H2O)のモデルと、プロトン(H+)の移動を模式的に示す矢印とが図示されている。また、図3(B)には、n(nは自然数)価の陽イオンである白金イオン(Ptn+)の周りに水分子のモデルが吸着されている様子が図示されている。
【0029】
水分子では、酸素側に電子が引き寄せられているため、酸素原子がマイナスに帯電し、水素原子がプラスに帯電している。プロトンは、こうした水分子における電荷の偏りによって生じる水素結合を利用して、水分子間をホッピングして移動する(図3(A))。このプロトンの移動のメカニズムは、グロッサス機構、または、グロータス機構(Grotthuss Mechanism)とも呼ばれる。
【0030】
一方、白金イオンは、水分子のマイナス側に帯電している酸素原子を静電的に吸着する(図3(B))。そして、白金イオンは、その吸着した水分子に運ばれるように水分中を移動する。白金イオンのこのような移動のメカニズムは、ビークル機構(Vehicle Mechanism)とも呼ばれる。
【0031】
図4は、膜電極接合体10におけるプロトンの移動を説明するための模式図である。図4には、膜電極接合体10のカソード3側が模式的に図示されている。より具体的には、図4には、電解質膜1と、触媒溶出抑制層5と、カソード3の触媒層3cとが図示されている。また、図4には、膜電極接合体10中を移動するプロトン8の様子が段階的に図示されている。
【0032】
膜電極接合体10の発電中には、電解質膜1は湿潤状態となる。このとき、電解質膜1の内部には、電解質膜1に含まれる電解質ポリマー11によって水分子のクラスターが形成される。プロトン8は、その水分子のクラスターによって形成された経路13を、上述したグロッサス機構によって、アノード2側(紙面左側)からカソード3側(紙面右側)へと移動する。
【0033】
触媒溶出抑制層5は、前記したとおり、スルホン酸基担持カーボン51によって構成される。スルホン酸基担持カーボン51の周りには、スルホン酸基(SO3-)に水和した水分子が存在する。プロトン8は、その水分子によって形成される経路53を、グロッサス機構によってカソード3側へと移動する。
【0034】
触媒層3cは、白金担持カーボン31と、電解質ポリマー32とを有する。発電中の触媒層3cでは、電解質ポリマー32が、白金担持カーボン31の間において、水分子のクラスターを形成しており、プロトン8は、その水分子のクラスターによって形成される経路33を移動する。
【0035】
図5は、触媒溶出抑制層5において白金イオンの移動が制限される原理を説明するための模式図である。図5は、プロトン8に換えて、水分子を吸着した白金イオン9が模式的に図示されている点以外は、図4とほぼ同じである。ここで、触媒層3cでは、水分が電解質ポリマー32によって、比較的まとまった状態で多量に保持されている。これに対し、触媒溶出抑制層5の水分(水和水)は、炭素原子の50の間に少量で、かつ、分散された状態で保持されている。
【0036】
図3(B)で説明したように、白金イオン9は、多数の水分子を吸着した状態で移動する。そのため、白金イオン9は、比較的まとまって存在する多量の水分で形成される触媒層3cの経路33を移動することができるが、比較的少量の水和水によって形成される触媒溶出抑制層5の経路53を移動することは抑制される。即ち、触媒溶出抑制層5では、触媒層3cよりもイオンの移動の自由度が低い経路が水分子によって形成されているものと解釈することができる。
【0037】
このように、本実施例の燃料電池100に用いられている膜電極接合体10によれば、触媒溶出抑制層5によって、カソード3の触媒層3cから電解質膜1へと触媒である白金が溶出してしまうことを抑制することができる。また、本実施例の膜電極接合体10では、触媒溶出抑制層5がプロトンの移動を許容しているため、電解質膜1とカソード3との間に触媒溶出抑制層5を設けることによる発電性能の低下が抑制されている。
【0038】
図6(A)〜(C)は、本発明の発明者による実験結果を示す説明図である。本発明の発明者は、触媒溶出抑制層5を有する膜電極接合体10のサンプルAと、触媒溶出抑制層5を有さない膜電極接合体10aのサンプルBとを作成し、以下に説明する第1〜第3の実験を行った。
【0039】
膜電極接合体10のサンプルAおよび膜電極接合体10aのサンプルBはそれぞれ、以下のように作成した。
(1)サンプルA:
電解質膜1を準備し、電解質膜1の第1の面に、白金担持カーボンを電解質溶液(デュポン社製のDE2020)に分散させた触媒インクを塗布して、アノード2の触媒層2cを形成した。そして、電解質膜1の第2の面に、スルホン酸基担持カーボンを混ぜたエタノール水溶液を、スプレー法によって塗布し、触媒溶出抑制層5を形成した。カソード3の触媒層3cは、触媒溶出抑制層5の外表面に、アノード2の触媒層2cを作成するのに用いたのと同様な触媒インクを塗布することにより形成した。
(2)サンプルB:
膜電極接合体10aのサンプルBは、触媒溶出抑制層5を形成することなく、電解質膜1の第2の面に触媒インクを塗布してカソード3の触媒層3cを形成した点以外は、膜電極接合体10のサンプルと同様な方法によって作成した。
【0040】
図6(A)は、第1の実験の実験結果を示す表である。この第1の実験は、触媒溶出抑制層5による電解質膜1への白金の溶出抑制効果を検証するための実験である。第1の実験では、各サンプルA,Bを用いた燃料電池を構成し、運転温度を95℃とし、電流密度0.1A/cm2での出力と電極の開放とを周期的に繰り返す発電を約450時間継続して行った。そして、その発電の後に、各サンプルA,Bの電解質膜1を取り出し、電解質膜1に析出した白金の量を計測した。なお、電解質膜1に析出した白金の量は、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS;Inductively Coupled Plasma−Mass Spectrometry)によって測定した。
【0041】
図6(A)の表には、電解質膜1における白金の析出の度合いを示す値として、各サンプルA,Bの電解質膜1の質量Mm(単位はg)に対する電解質膜1に析出した白金の質量MPt(単位はμg)の比を示してある(MPt[μg]/Mm[g])。触媒溶出抑制層5を有するサンプルAでは、電解質膜1の質量に対する白金の析出量の比の値が、触媒溶出抑制層5を有しないサンプルBに対して半分以下となった。即ち、サンプルAでは、触媒溶出抑制層5によって、発電中の電解質膜1への白金の溶出が抑制されていた。
【0042】
図6(B)は、第2の実験の実験結果を示す表である。この第2の実験は、触媒溶出抑制層5による電解質膜1の保護効果を検証するための実験である。第2の実験では、各膜電極接合体10,10aのサンプルA,Bを用いた燃料電池に第1の実験と同様な条件での発電を行わせた後に、各サンプルA,Bの電解質膜1を取り出し、電解質膜1の数平均分子量(Mn)と重量平均分子量(Mw)とを計測した。
【0043】
ここで、「数平均分子量(Mn)」とは、各分子の分子量の総合計を、その分子数で除算した値である。また、「重量平均分子量(Mw)」とは、各分子の分子量に各分子の重量を乗算した値の総合計を、その全重量で除算した値である。数平均分子量(Mn)および重量平均分子量(Mw)は、クロマトグラフィー法(GPC;Gel Permeation Chromatography)によって計測した。
【0044】
図6(B)の表には、発電前に予め計測しておいた各サンプルA,Bにおける電解質膜1の数平均分子量及び重量平均分子量と、発電後に計測した各サンプルA,Bにおける電解質膜1の数平均分子量及び重量平均分子量とが示されている。なお、発電前の電解質膜1の数平均分子量と重量平均分子量とは、サンプルA,Bともに同じであった。
【0045】
また、図6(B)の表には、発電の前後における電解質膜の分子構造の変化の度合いを示す値として、各サンプルA,Bの分子量維持率を示してある(表中の括弧内の数値)。ここで、「分子量維持率」とは、発電前の数平均分子量に対する発電後の数平均分子の比率、または、発電前の重量平均分子量に対する発電前の重量平均分子量の比率である。
【0046】
発電の前後における数平均分子量および重量平均分子量の変化の度合いは、サンプルAの方がサンプルBよりも小さかった。即ち、触媒溶出抑制層5を有するサンプルAでは、発電による電解質膜1の分子構造の変化が抑制されており、サンプルAは、サンプルBよりも電解質膜1の保護性能が高いことが示された。
【0047】
図6(C)は、第3の実験の実験結果を示す棒グラフである。この第3の実験は、触媒溶出抑制層5による触媒層3cの劣化の抑制効果を検証するための実験である。第3の実験では、各膜電極接合体10,10aのサンプルA,Bを用いた燃料電池に第1の実験と同様な条件での発電を、360時間継続させた後に、各サンプルA,Bの触媒層3cにおける白金の表面積を計測した。なお、白金の表面積は、サイクリックボルタンメトリー(Cyclic Voltammetry)によって計測した。
【0048】
図6(C)の棒グラフは、各サンプルA,Bにおいて計測された触媒表面積維持率を示している。「触媒表面積維持率」とは、発電実施前の触媒層3cにおける白金表面積に対する発電実施後の触媒層3cにおける白金の表面積の比率である。ここで、電解質膜への触媒の溶出が抑制された場合であっても、触媒元素が凝集してしまい、触媒層における触媒の表面積が減少した場合には、膜電極接合体の発電性能が低下してしまう。
【0049】
この実験では、触媒溶出抑制層5を有するサンプルAにおいて、発電の前後での白金の表面積の変化が抑制されており、発電性能の低下が抑制されたことが示された。このように、白金の表面積の減少が抑制された理由は、触媒溶出抑制層5によって触媒層3cからの白金イオンの溶出が抑制されることにより、触媒層3cにおける白金のイオン濃度が高くなり、白金のイオン化による凝集が抑制されたためであると推察される。
【0050】
このように、本実施例の膜電極接合体10であれば、カソード3側に触媒溶出抑制層5が設けられていることにより、カソード3の触媒層3cから電解質膜1への白金の溶出が抑制される。従って、電解質膜1への白金の溶出に起因する電解質膜1の劣化が抑制されるとともに、燃料電池100の発電性能の劣化が抑制される。
【0051】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0052】
B1.変形例1:
上記実施例では、触媒溶出抑制層5は、電解質膜1とカソード3との間に設けられていた。しかし、触媒溶出抑制層5は、電解質膜1とカソード3との間に換えて、電解質膜1とアノード2との間に設けられるものとしても良い。また、触媒溶出抑制層5は、電解質膜1と2つの電極2,3のそれぞれの間に設けられるものとしても良い。
【0053】
B2.変形例2:
上記実施例では、触媒溶出抑制層5は、スルホン酸基担持カーボンによって構成されていた。しかし、触媒溶出抑制層5は、他の材料によって構成されるものとしても良い。触媒溶出層5は、水分子を水和する性質を有するイオン交換基を備え、水和した水分子によって、プロトンの移動を許容しつつ触媒イオンの移動を制限するイオンの移動経路を形成する材料を用いて構成することができる。
【0054】
例えば、触媒溶出抑制層5は、スルホン酸基をシリカに担持させた材料を用いて構成されるものとしても良い。また、触媒溶出抑制層5は、スルホン酸基を金属酸化物に担持させた材料を用いて構成されるものとしても良い。なお、担持体としての金属酸化物としては、酸化銅などの導電性を有するものでも良く、酸化チタンや酸化タングステンなどの導電性を有しないものでも良い。
【0055】
さらに、触媒溶出抑制層5は、以下のような材料によっても構成することができる。触媒溶出抑制層5は、例えば、イオン交換基としてリン酸基を有し、ほぼ無水の状態でプロトン伝導性を示す電解質材料によって構成されるものとしても良い。より具体的には、母材としての塩基性高分子内にリン酸基を含む強酸性溶液を含浸させた複合膜、例えば、PBI(ポリベンゾイミダゾール)/リン酸複合膜によって構成されるものとしても良い。
【0056】
また、触媒溶出抑制層5は、アニオン交換膜によって構成されるものとしても良い。アニオン交換膜は、イオン価の高い陽イオンほど透過させにくい性質を有しており、プロトンの透過は許容するが、比較的イオン化の高い白金イオンの透過は抑制する。従って、触媒溶出抑制層5をアニオン交換膜によって構成した場合でも、電極2,3と電解質膜1との間のプロトン伝導性を確保しつつ、電解質膜1への白金の溶出を抑制することができる。
【符号の説明】
【0057】
1…電解質膜
2…アノード
2c…触媒層
2g…ガス拡散層
3…カソード
3c…触媒層
3g…ガス拡散層
5…触媒溶出抑制層
8…プロトン
9…白金イオン
10,10a…膜電極接合体
11…電解質ポリマー
13…経路
21,22…セパレータ
23…流路溝
31…白金担持カーボン
32…電解質ポリマー
33…経路
51…スルホン酸基担持カーボン
53…経路
100…燃料電池
110…単セル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池用の膜電極接合体であって、
プロトン伝導性を有する高分子膜である電解質膜と、
前記電解質膜の両側に設けられ、電気化学反応を促進するための触媒が担持された第1と第2の電極と、
少なくとも前記第1の電極と前記電解質膜との間に設けられ、前記触媒がイオン化した触媒イオンが前記電解質膜へと溶出することを抑制する触媒溶出抑制層と、
を備え、
前記触媒溶出抑制層は、イオン交換基を担持しており、前記イオン交換基が、プロトンの移動を許容しつつ前記触媒イオンの移動を制限するイオンの移動経路を形成する、膜電極接合体。
【請求項2】
請求項1記載の膜電極接合体であって、
前記イオン交換基は、水分子を水和する性質を有しており、水和した水分子によって、前記イオンの移動経路を形成する、膜電極接合体。
【請求項3】
請求項1または請求項2記載の膜電極接合体であって、
前記触媒溶出抑制層は、導電性材料に前記イオン交換基を担持させた材料を含む、膜電極接合体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の膜電極接合体であって、
前記触媒溶出層は、担持体としてのカーボン、シリカ、又は、金属酸化物のいずれかに、前記イオン交換基としてのスルホン酸基を担持させた材料を含む、膜電極接合体。
【請求項5】
燃料電池であって、
請求項1〜4のいずれか一項に記載の膜電極接合体を備える、燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−199054(P2012−199054A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−62036(P2011−62036)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】