説明

船舶バラストタンク腐食試験方法

【課題】船舶のバラストタンクの上甲板裏の腐食を評価する腐食試験方法を提案することを目的とする。
【解決手段】 相対湿度75%以上の湿潤工程Aと,相対湿度75%未満の乾燥工程Bに試験体を設置し、交互に少なくとも30回以上前記湿潤工程と前記乾燥工程を繰り返す腐食試験サイクルにおいて,前記湿潤工程Aに前記試験体を設置する時間(At)と前記乾燥工程Bに前記試験体を設置する時間(Bt)の関係が,0.05≦Bt/At≦10であって,湿潤速度(Av)と乾燥速度(Bv)の関係が,0.1≦Bv/Av≦3.8であって,湿潤工程Aと乾燥工程Bの繰り返し回数が30回に1回以上の割合で,湿潤工程時に,NaCl水溶液,人工海水溶液または天然海水溶液のいずれか1つの溶液を,前記試験体に噴霧,浸漬,または溶液付与の手段で塩分を付与する船舶バラストタンク上甲板裏を評価する腐食試験方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭船、鉱石船、鉱炭兼用船、原油タンカー、LPG船、LNG船、ケミカルタンカー、コンテナ船、ばら積み船、木材専用船、チップ専用船、冷凍運搬船、自動車専用船、重量物船、RORO船、石灰石専用船、セメント専用船等の船舶に搭載されたバラストタンクの上甲板の裏側の腐食試験方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
船舶のバラストタンクは、積荷がない時に、海水を注入して船舶の安定航行を可能にする役目を担うものであるため、非常に厳しい腐食環境下におかれている。そのため、バラストタンクに用いられる鋼材の防食には、通常、エポキシ系樹脂塗料による防食塗膜の形成と電気防食とが併用されている。
【0003】
しかし、それらの防食対策を講じても、バラストタンクの最上部付近、特に上甲板の裏側は、海水の飛沫や、太陽光によって鋼板の温度が上昇するため、より厳しい腐食環境となり、激しい腐食を受ける。
【0004】
このような激しい腐食環境下にあるバラストタンクの防食塗膜の寿命は、一般に約10〜15年といわれており、船舶の寿命(20〜25年)の約半分である。従って、一回目の防食塗膜が寿命に達した後、船舶の寿命に達するまでの残りの約10年は、補修塗装を行うことよって、耐食性を維持しているのが実情である。そのため、補修塗装までの期間をできる限り延長し、補修塗装作業をできるだけ軽減できる耐食性に優れた鋼材の開発が望まれている。
【0005】
ところが、耐食性の優れた鋼材の開発のためには、バラストタンクの腐食を模擬した腐食試験方法を確立する必要があるが、現在のところ、そのための確立された試験方法は存在しない。
【0006】
例えば、特許文献1では、バラストタンクを模擬した腐食試験方法として、人工海水中浸漬1週間と相対湿度100%大気中1週間を1サイクルとする試験方法が開示されている。本試験法は、バラストタンクの船底部の腐食試験方法としては妥当であるが、乾燥工程に相当する試験がなされていないため、上甲板裏の腐食を模擬できないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−310141号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題を有利に解決するもので、船舶バラストタンクの上甲板の裏側の腐食を評価する腐食試験方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、船舶バラストタンクの上甲板裏の腐食を評価する腐食試験方法を提案するため、これまで実施されてこなかった実船バラストタンク上甲板裏の腐食環境を詳細に検討した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0010】
(1)相対湿度75%以上の湿潤工程Aと、相対湿度75%未満の乾燥工程Bに試験体を設置し、交互に前記湿潤工程と前記乾燥工程を繰り返す腐食試験サイクルにおいて、前記湿潤工程Aに前記試験体を設置する時間(At)と前記乾燥工程Bに前記試験体を設置する時間(Bt)の関係が、0.05≦Bt/At≦10であって、湿潤速度(Av)と乾燥速度(Bv)の関係が、0.1≦Bv/Av≦3.8であって、前記湿潤工程時に、NaCl水溶液、人工海水溶液または天然海水溶液のいずれか1つの溶液を、前記試験体に噴霧、浸漬、または溶液付与の手段で塩分を付与する船舶のバラストタンクの上甲板の裏側の腐食を評価する腐食試験方法。ここで、湿潤速度(Av)とは乾燥工程から湿潤工程に移行するときの相対湿度変化量を時間で割った値であり、乾燥速度(Bv)とは湿潤工程から乾燥工程に移行するときの相対湿度変化量を時間で割った値をいう。
具体的には、乾燥速度は、相対速度85%から最低湿度になるときの湿度差を時間で割った。また、湿潤速度は、最低湿度から相対速度85%になるときの湿度差を時間で割った。(2)上記(1)において、前記湿潤工程Aと前記乾燥工程Bの繰り返し回数が30回以上であり、30回に1回以上の割合で、前記湿潤工程時に、NaCl水溶液、人工海水溶液または天然海水溶液のいずれか1つの溶液を、前記試験体に噴霧、浸漬、または溶液付与の手段で塩分を付与する船舶のバラストタンクの上甲板の裏側の腐食を評価する腐食試験方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、船舶バラストタンクの上甲板の裏側の腐食を評価できる腐食試験を行うことができ、船舶用鋼材の開発の効率化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】ある年の実船舶のバラストタンク上甲板裏の温度および相対湿度を経時的に測定した結果を示す図。
【図2】本発明の腐食試験の相対湿度の経時変化を示す図の一例。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明を具体的に説明する。なお、本発明において、湿度は相対湿度のことであり、以下、RHとも記載する。
【0014】
腐食環境測定は、日本とオーストラリアを往来する船舶のバラストタンク上甲板の裏側に、温度センサーと湿度センサーを装着し、それらのデータを経時的に取得した。
【0015】
図1に結果の一例を示す。昼の12時頃に最高温度を示し、夜間になるにつれて温度が低下し、それにつれて湿度が上昇していることが分かる。また、夜間から昼の温度上昇に伴い、湿度が低下していることが分かる。本測定期間における最高湿度は、夜間に計測され100%を示した。また、最低湿度は昼間12時頃に計測され、約50%を示した。本結果より、実船バラストタンク上甲板裏は、乾湿繰返し環境であることが分かる。また、同時に計測したACMセンサー(Atmospheric Corrosion Monitor)による鋼板の濡れ状態の経時変化の結果と、同時にバラストタンクの上甲板の裏側に設置した試験片に形成された錆層中のCl検出結果より、鋼板には海水が付着していることを確認した。湿潤状態から乾燥状態への移行速度(乾燥速度;Bv)は、実船の結果よりRH5.4〜18.8%/h、乾燥状態から湿潤状態への移行速度(湿潤速度;Av)は実船の結果よりRH5.0〜50.0%/hであった。なお、乾燥速度は、RH85%から最低湿度になるときの湿度差を時間で割った。また、湿潤速度は、最低湿度からRH85%になるときの湿度差を時間で割った。また併せて、表1に示す鋼板を用いて実船のバラストタンク上甲板裏で暴露試験を行った。
【0016】
上記の実船バラストタンクの腐食環境測定結果より、腐食試験方法としては、海水を試験体に付与したうえで、湿潤工程と乾燥工程を交互に繰り返し、かつ乾燥速度/湿潤速度を適当な範囲の値とすることで目的とする結果となることがわかった。
以下に、本発明の腐食試験方法について、詳細に説明する。
なお、図2は、相対湿度の経時変化の一例を示したものである。図2中のAtは、湿潤工程の時間、Btは、乾燥工程の時間を示す。Avは、湿潤速度、Bvは、乾燥速度を示す。
(1)湿潤工程Aと乾燥工程Bの繰り返し回数:
湿潤工程Aと乾燥工程Bの繰り返し回数は、実船での繰り返し回数に相当し,この繰り返し回数が多いほど腐食が進むことを意味する。繰り返し回数は、評価する鋼種の耐食性レベルにあわせて選択すればよいが、各鋼種の耐食性の序列に差異が出るには、30回以上が好ましい。なお、730回を超えても各鋼種の耐食性の序列に差異が生じないので、730回以下が好ましい。
(2)湿潤工程Aと乾燥工程Bの繰り返し回数が30回に1回以上の割合で、湿潤工程時に塩分を付与:
湿潤工程Aと乾燥工程Bの繰り返し回数が30回に1回以上の割合で、湿潤工程時に塩分を付与としたのは、1回未満では、塩分を付与しないことになり、実船の腐食環境と異なるため、1回以上とした。なお、同一の湿潤工程時に2回以上あるいは連続して塩分を付与しても、それは1回の塩分付与とする。なお、湿潤工程と乾燥工程は、相対湿度による区分けが妥当であり、その閾値はNaClが潮解性を示し、濡れた状態になる相対湿度75%とした。
【0017】
(3)湿潤工程の時間(At)と乾燥工程の時間(Bt)の比率の範囲(0.05≦Bt/At≦10):
湿潤工程の時間(At)と乾燥工程の時間(Bt)の比率の範囲(0.05≦Bt/At≦10)は、後述する実船暴露試験と腐食試験の鋼種による耐食性序列が同じになることを主目的として、繰り返し実験を行い、下限値0.05および上限値10を見出したものである。
次に0.05≦Bt/At≦10に限定した理由を説明する。
Bt/Atの値が0.05よりも小さいと、湿潤時間の比率が長く、実船の耐食性序列と異なる状態になるため(すなわち、実船の腐食機構と異なる)、下限値を0.05とした。また、Bt/Atの値が10よりも大きいと、乾燥時間の比率が長くなり過ぎるため、腐食時間が短くなり、腐食促進の要素が少なくなるため、上限値を10とした。
【0018】
(4)試験用海水:
試験用海水としては、NaCl溶液、人工海水溶液、天然海水溶液のいずれを用いてもよく、その付与方法としては、噴霧、浸漬またはピペット等による溶液付与、その他の方法でもよい。ここで、NaCl溶液の濃度は2〜6mass%であり、人工海水溶液とは海水と同様の組成をもち、各成分の比率や濃度もこれに近似するように調製された塩類溶液をいう。
【0019】
天然海水溶液は塩分濃度(塩化ナトリウム、および塩化ナトリウム以外の塩化マグネシウム、塩化カリウム等を含む)で3.0〜4.0mass%の範囲のものとする。これらの付与方法とは試験体に塩分を付着させることをいう。
【0020】
(5)0.1≦Bv/Av≦3.8:
また、実船の結果より、湿潤速度(Av)と乾燥速度(Bv)の関係式として、 0.1≦Bv/Av≦3.8とした。
0.1≦Bv/Av≦3.8は、実船の環境測定より求めたもので、少なくとも、この範囲であると、実船の腐食機構とほぼ同じである。Bv/Avが0.1以上であると、実船の耐食性序列と一致し、3.8を超えるとこの序列と異なる結果となるからである。
【実施例】
【0021】
表1に示す成分組成の溶鋼を50kg真空溶解炉で溶製後、鋼塊とした。ついで、この鋼塊を加熱炉に装入して1150℃に加熱後、熱間圧延により30mm厚の鋼板とした。これらの鋼板の表面から深さ方向に2mmの位置が試験片の表面となるように、3mmt×50mmw×150mmLの試験片を採取し、その試験片の表面をショットブラストした。その後、試験片表面にタールエポキシ樹脂塗料(塗膜厚:約100μm)の単層皮膜を塗装した試験片を作成した。耐食性評価は、塗膜の上からカッターナイフで地鉄表面まで達するスクラッチ疵を一文字状に付与しておき、所定の腐食試験後に、スクラッチ疵の周囲に発生した塗膜膨れ面積により評価した。実船暴露試験は、実船バラストタンクの上甲板裏に、架台を介して、試験片のスクラッチ付与面が下向きになるように設置した。試験期間は2年間である。また、腐食試験は、表2に示す試験条件、試験期間で行った。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
表3に腐食試験後のスクラッチ疵の周囲に発生した塗膜膨れの面積測定結果を示す。実船暴露試験では、塗膜膨れ面積の序列は鋼板C>B>A>D>Eとなった。腐食試験の発明例1〜5においては、塗膜膨れ面積の序列は鋼板C>B>A>D>Eとなり、実船暴露試験の序列と同じであった。また、鋼板Aの膨れ面積を基準としたときの鋼板B、C、D、Eの膨れ面積の比率も、実船と腐食試験の発明例1〜5では、ほぼ同じ比率となった。このことから、本発明例の腐食試験条件は、実船バラストタンク上甲板裏の腐食試験方法として妥当であることが分かる。
【0025】
一方、腐食試験の比較例1では、塗膜膨れ面積の序列は、鋼板A>B>D>E>Cであり、比較例2では鋼板A>E>B>D>C、比較例3ではA>B>E>D>C、比較例4では鋼板B>A>C>D>E、比較例5ではC>A>B>E>D、比較例6ではB>A>C>D>Eとなり、実船の序列と違った結果となった。比較例1では常に浸漬状態であり、比較例2では常に湿潤状態であり、乾燥工程が入っていないため、実船の腐食環境を再現できておらず、耐食性(塗膜膨れ)序列が実船と異なった。比較例3および比較例4では乾燥工程が入っているが、乾燥工程B/湿潤工程Aの比率が、比較例3では小さすぎて、比較例4では大きすぎて、耐食性(塗膜膨れ)序列が実船と異なった。比較例5では、乾燥速度/湿潤速度の比率が小さすぎて、比較例6では、乾燥速度/湿潤速度の比率が大きすぎて、耐食性(塗膜膨れ)序列が実船の結果と異なり、腐食試験としては採用できない。
【0026】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対湿度75%以上の湿潤工程Aと、相対湿度75%未満の乾燥工程Bに試験体を設置し、交互に前記湿潤工程と前記乾燥工程を繰り返す腐食試験サイクルにおいて、前記湿潤工程Aに前記試験体を設置する時間(At)と前記乾燥工程Bに前記試験体を設置する時間(Bt)の関係が、0.05≦Bt/At≦10であって、湿潤速度(Av)と乾燥速度(Bv)の関係が、0.1≦Bv/Av≦3.8であって、前記湿潤工程時に、NaCl水溶液、人工海水溶液または天然海水溶液のいずれか1つの溶液を、前記試験体に噴霧、浸漬、または溶液付与の手段で塩分を付与する船舶のバラストタンクの上甲板の裏側の腐食を評価する腐食試験方法。
ここで、湿潤速度(Av)とは乾燥工程から湿潤工程に移行するときの相対湿度変化量を時間で割った値であり、乾燥速度(Bv)とは湿潤工程から乾燥工程に移行するときの相対湿度変化量を時間で割った値をいう。
【請求項2】
請求項1において、前記湿潤工程Aと前記乾燥工程Bの繰り返し回数が30回以上であり、30回に1回以上の割合で、前記湿潤工程時に、NaCl水溶液、人工海水溶液または天然海水溶液のいずれか1つの溶液を、前記試験体に噴霧、浸漬、または溶液付与の手段で塩分を付与する船舶のバラストタンクの上甲板の裏側の腐食を評価する腐食試験方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−64678(P2011−64678A)
【公開日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182673(P2010−182673)
【出願日】平成22年8月18日(2010.8.18)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】