説明

芝生の雪腐病の予防方法

【課題】低コストで労力がかからず、しかも環境汚染の恐れがない芝生の雪腐病の予防方法を提供する。
【解決手段】芝生の雪腐病に対する薬剤(以下抗菌剤という)を含ませた被覆材を冬季積雪前の時期に、芝生の上に展設する。好ましくは、抗菌剤が、単数種又は複数種の雪腐病菌に対する天敵微生物(拮抗性糸状菌を含む)及び/又は天敵微生物に由来する有効成分薬剤を含む。また好ましくは、被覆材は多孔性のシートであって、通気性、通水性、及び抗菌剤の徐放性を備える。また好ましくは、被覆材は保温性と生分解性を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は芝生の雪腐病予防に係り、詳細には低コストで労力がかからず、しかも環境汚染の恐れがない芝生の雪腐病の予防方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
雪腐病は積雪地帯に限って発生する病気で、原因となる病原菌の違いによって、(1)雪腐大粒菌核病、(2)雪腐黒色小粒菌核病、(3)雪腐褐色小粒菌核病、(4)紅色雪腐病、(5)褐色雪腐病、などがある。
【0003】
これらの病原菌の被害を受けた芝草は、融雪後薄茶色から白色化した枯死芝となるが、病原菌自身は菌核を形成して生き残る。
例えば上記(1)〜(3)の場合には枯死芝の表面にケシ粒大からネズミの糞大の褐色又は黒色の菌核を形成して生き残る。
これらの菌核は、春から秋にかけて休眠し、晩秋〜初冬に発芽して胞子を飛散し、芝草に付着し、積雪下の温度0〜10℃という条件下で芝草を再び枯死させながら増殖する。
【0004】
これらの雪腐病菌の防除剤としては、当初は、8−ヒドロキシキノリン銅などを有効成分として用いた有機銅剤、3′−イソプロポキシ−2−メチルベンズアニリドを主成分とするメプロニル剤、3−ヒドロキシ−5−メチルイソキサゾールを主成分とするヒドロキシイソキサゾール剤などの農薬が用いられていた。その後、個別の雪腐病原菌を標的とする農薬が種々開発された。
【0005】
これらの農薬の使用により雪腐病は一応防除できるが、(a)根雪前の胞子飛散にタイミングを合わせて限られた時間に農薬散布作業をするには大変な労苦を伴なうという問題があった。
【0006】
さらに、(b)これらの農薬散布は環境汚染、人体や家畜への悪影響、耐性菌の出現、コストの上昇などの問題があった。
特に有機銅系以外の農薬は、(b)の問題を軽減するため速分解性にしてあり、しかもそれをなるべく限定散布しなければならず、そのため(a)の問題がますます悪化する傾向があった。
【0007】
そこで各種の天敵微生物を用いた芝生雪腐病の予防法が開発された。天敵微生物としては例えば、雪腐病原菌を溶菌し成長を抑える拮抗性を備える糸状菌が発見、同定されており、特許文献1〜4には各々、「フミコーラ属」「ティフラ・ファリコーザ」「シュードモナス・フルオレッセンスA−11」「フザリウム属」の糸状菌が開示されている。
さらに最近の研究では、上記各種のすべて又は特定の雪腐菌に対して有効な糸状菌の追求、これらの糸状菌の有効性を向上できる補助薬剤(特定の糸状菌に適した栄養剤など)の追求、そして、これらの糸状菌が産生する有効成分の単離、化学構造の同定の追及がなされている。
【0008】
これらの技術により(b)の問題はほぼ解決されたが、(a)の問題は緩和されたとはいえ残っている。
即ち、これらの天敵微生物あるいはそれに由来する薬剤は、一般に雪腐菌が積雪下の芝草上で成長し始める時に雪腐菌に近接していると有効であるので、積雪前の限られた期間に散布するだけでは必ずしも有効ではなく、強いて有効性を上げるため大量に散布するとコスト高になる上に必要な時期・場所に必要な量が残存できるとは限らなかった。
【0009】
【特許文献1】再表96/028977(国際公開WO96/28977)号公報
【特許文献2】特開平05−286819号公報
【特許文献3】特開平07−289242号公報
【特許文献4】特開平08−092022号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、上記のような芝生の雪腐病予防における諸問題を解決するためになされたものであり、低コストで労力がかからず、しかも環境汚染の恐れが芝生の雪腐病の予防方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1による芝生の雪腐病の予防方法は、芝生の雪腐病に対する薬剤(以下抗菌剤という)を被覆材に含ませ、前記抗菌剤を含ませた被覆材を冬季積雪前の時期に、芝生の上に展設することを特徴とする。
【0012】
また請求項2に記載の発明は、請求項1に係り、前記抗菌剤が、単数種又は複数種の雪腐病菌に対する天敵微生物(拮抗性糸状菌を含む)及び/又は前記天敵微生物に由来する有効成分薬剤を含むことを特徴とする。
【0013】
また、請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に係り、前記被覆材は多孔性のシートであって、通気性、通水性、及び抗菌剤の徐放性を備えることを特徴とする。
【0014】
また、請求項4に記載の発明は、請求項1又は3に係り、前記被覆材は保温性と生分解性を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の請求項1に記載する芝生の雪腐病の予防方法では、多孔性のシートである被覆材に抗菌剤を含ませたものを用意しておき、冬季積雪前の時期に芝生の上に展設する作業と、春季融雪後に被覆材を巻取り回収する作業を各々1回だけ行えばよいので、予防作業の労苦が軽減できる。
【0016】
本発明の請求項2に記載する芝生の雪腐病の予防方法では、抗菌剤が単数種又は複数種の雪腐病菌に対する天敵微生物(拮抗性糸状菌を含む)を含むので、有機銅などを含む農薬と異なり、環境汚染、人体や家畜への悪影響がなく、耐性菌の出現しにくい抗菌剤を使うことができる。
【0017】
本発明の請求項3に記載する芝生の雪腐病の予防方法では、被覆材は多孔質であって、通気性、通水性、及び抗菌剤の徐放性を備えるので、最小限の量の抗菌剤を被覆材に含ませておくだけで抗菌剤は積雪下で被覆材から徐々に放出(徐放)されて芝草面に到達し、雪腐菌が芝草面で発芽していると、これを殺菌してしまうことができる。
【0018】
本発明の請求項4に記載する芝生の雪腐病の予防方法では、被覆材は保温性を備えるので、厳冬期でも芝草の凍死を抑え、抗菌剤の活性を保つことができ、また生分解性を備えるので、春季融雪後の被覆材の回収を省略することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係る実施の形態と効果を、図面を参照して具体的に説明する。
図1、2は各々第1、第2の実施例に係る模式図である。
【実施例1】
【0020】
図1は本発明による第1の実施例を示すポット試験を示す模式図である。
2003年10月5日、帯広畜産大学地域共同研究センター内において、直径20cm、深さ20cmのポット10を9個用意し、各々に砂質土20を入れて芝草(ベントグラス種)30を植栽し、ポット試験を実施した。
【0021】
ポット試験にあたっては、予め雪腐病発生地から採取した病菌(雪腐黒色小粒菌)を培養した。
培養方法としては、容積500mlの三角フラスコに適量の燕麦粒を入れてオートクレーブした培地に病菌を接種し、10℃で2ヶ月間培養して多数の菌核を形成させた。
この菌核だけを取り出して風乾した後、1ポットあたり10mg程度の菌核を芝草30の株元に接種した。
培地は中国農試式イモチ病菌胞子多量形成法に準じてオートミール培地を用いた。
【0022】
その後、9個のポットのうち、試験ポット6個を3個づつに分けて各々、本発明による下記の2種類の被覆材A、Bの切片サンプル40で被覆し、残る対照ポット3個には何も被覆しなかった。
被覆材A: 厚さ0.5mm、網目0.2mmの寒冷紗からなる被覆材に、抗菌剤として酸化チタン、銀、銅からなる金属イオンを含む水系樹脂をコーティングし乾燥させることにより、抗菌剤を含ませたものである。
被覆材B: 厚さ0.5mm、網目0.01mmの不織布を、上記被覆材Aの場合と同様にコーティングし乾燥させる処理により抗菌剤を含ませたものである。
これら9個のポットを約6ヶ月間そのまま野外に放置し、冬季の積雪を除去することなく自然のままに放置した。
【0023】
2004年4月25日に融雪後の芝草の雪腐菌による感染状態を観察した。
対照ポット3個の芝草はすべて雪腐病菌に感染しており、平均枯死率は85%に及んだ。
他方、試験ポットでの平均枯死率は、被覆材A、B各々に対して、5%、12%であり、本発明の効果は明らかであった。
【実施例2】
【0024】
図2は本発明による第2の実施例を示す実地試験を示す模式図である。
2003年10月1日、帯広Rゴルフ場内のナセリにおいて、実地試験を開始した。
【0025】
即ち、ナセリに縦10m、横3mの区画を3区画設けて各々区画X、Y、Zとし、区画Xを本発明による被覆材Aで被覆し、区画Zを本発明による被覆材Bで被覆し、区画Yを何も被覆せず対照区とした。
このナセリは例年雪腐病が発生する場所にあるので、各区画とも特に病菌を接種せず、被覆の前後ともに雪腐病菌(の胞子)が自然に飛来するのに任せた。
これらの区画を約6ヶ月間そのまま野外に放置し、11月〜翌年3月に数十回の降雪があったがすべての積雪を除去することなく自然のままに放置した。
【0026】
2004年4月1日に融雪後の芝草の雪腐菌による感染状態を観察した。
区画Y(対照区画)の芝草は全面的に雪腐病菌に感染し、罹病面積は約90%以上であり、その殆どが枯死していた。対照区の芝草はすべて雪腐病菌に感染しており、平均枯死率は85%に及んだ。
他方、区画X、Yの罹病率は各々、8%、23%という結果が得られ、実地試験でも十分な効果が認められた。
【実施例3】
【0027】
2005年10月1日、実施例2と同じ帯広Rゴルフ場内のナセリにおいて、実地試験を開始した。
ナセリに全体で縦20m、横5mの区画を設け、これをさらに15個の小区画に分割し、内10を試験区画、2を対照区画とした。小区画の寸法は試験材料などの関係で必ずしも等分されていない。
このナセリは例年雪腐病が発生する場所にあるので、各区画とも特に病菌を接種せず、被覆の前後ともに雪腐病菌(の胞子)が自然に飛来するのに任せた。
【0028】
[1] 同年10月21日、全ての試験区画に「低温サッチ分解剤」を10倍に希釈して、1m当たり1.0リットル(原体当たり0.000001g/m)散布した。
[2] 同年10月26日、全ての試験区画に「亜燐酸肥料」を133倍に希釈して350cc/m散布した。
[3] 同年11月17日、試験区2ケ所、対照区1ケ所において、病菌検査のため芝草表面から菌サンプルを採取し、培養に供した。
雪腐病菌は国内では上記のように主として(1)〜(5)の5種類に分類されているが、培養サンプルからは雪腐褐色小粒菌(核)、雪腐黒色小粒菌(核)、紅色雪腐病菌の3種類の雪腐病菌が観察された。これは、本ゴルフ場における管理者の日常の観察と一致する。
【0029】
[4] 同年11月17日、下記の5種類の被覆材C〜Gで、各々特定の試験区画を被覆した。
被覆材C: 寒冷紗に銀、チタン、銅イオンを含浸させて樹脂コートした被覆材(寒冷紗K)
被覆材D: 寒冷紗に銀、チタンイオンを含浸させて樹脂コートした被覆材(寒冷紗A)
被覆材E: 不織布に銀、チタンイオンを含浸させて樹脂コートした被覆材(不織布A)
被覆材F: 芝草保護用に使用されている通気性のある塩ビシートに銀、チタン、銅イオンを含浸させて樹脂コートした被覆材(グリーンシート)
被覆材G: 細目魚網に銀、チタン、銅イオンを含浸させて樹脂コートした被覆材(細目魚網)
被覆した試験区画名を被覆材C〜Gに合わせてC−1〜G−1とし、被覆しなかった試験区画名を各々に隣接する被覆した試験区画名に合わせてC−2〜G−2とした
【0030】
[5] 翌2005年1月25日、積雪期の病菌検査のため、上記[3]と同様にサンプルを採取して、培養に供した。
上記[3]と同様の3種類の雪腐菌の存在が確認された。
[6] なお、本ゴルフ場では、試験区画とナセリにおいても、日常のコース管理に合わせて年間に刈込163回、施肥(粒状)10回、目砂(細目砂)1回、等の作業を行っている。
しかし、上記の試験期間中は、すべての積雪を除去することなく自然のままに放置し、融雪を迎えた。
【0031】
[7] 同年4月25日、融雪後に、試験結果の判定を実施した。
判定に当たっては複数の判定員が目視観察によって病班をI型、II型に分けて判定し、試験区画の面積を100として病班のある面積の%で罹病率とした。
ここで、I型は軽度の発病で早期回復の見込める病班であり、病気の進度によって、ごく軽症のものから重症のII型に近いものまで幅がある。
また、II型は重度の発病で早期回復の見込めない病班であり、病気の進度によって重症のものから枯死しているものまで幅がある。
さらに、罹病率が0〜9%の区画を○、10〜60%のものを△、60%以上のものを×で示し、I型の総合判定とした。
II型については、羅病率が0〜9%の区画を○、10〜15%のものを△、15%以上のものを×で示し、II型の総合判定とした。
【0032】
判定結果の詳細を表1に示す。
【表1】

【0033】
表1に示すとおり、総合判定でI型、II型共に○となった試験区画はC−1、D−1、E−1、F−1、G−1、であり、これは5種類の被覆材のいずれでも一定の良好な効果があることを意味する。
なかでもE−1、F−1、G−1は羅病率が0%であり、最も成績が良好であった。
【0034】
根雪前の10月に行ったサッチ分解剤及び亜燐酸肥料の散布(上記[1]及び[2])の効力については、表1において、C−2〜G−2の成績を対照区画1、2の成績と比較して考察する。
C−2〜G−2においては、II型(重度)の罹病率が若干抑制される傾向にあるがバラツキが大きく、I型(軽度)の罹病率はかえって増大する傾向にある。
即ち、後で適切な被覆材を施行せずに[1]及び[2]だけを単独で施行しても効力は少ないといえる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】第1の実施例に係るポット試験を示す模式図である。
【図2】第2の実施例に係る実地試験を示す模式図である。
【符号の説明】
【0036】
10 ポット
20 砂質土
30 芝草
40 被覆材の切片サンプル
X、Y、Z 区画
C−1、D−1、E−1、F−1、G−1 区画
C−2、D−2、E−2、F−2、G−2 区画
A、B 被覆材
C、D、E、F、G 被覆材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芝生の雪腐病に対する薬剤(以下抗菌剤という)を被覆材に含ませ、前記抗菌剤を含ませた被覆材を冬季積雪前の時期に、芝生の上に展設することを特徴とする芝生の雪腐病の予防方法。
【請求項2】
前記抗菌剤が、単数種又は複数種の雪腐病菌に対する天敵微生物(拮抗性糸状菌を含む)及び/又は前記天敵微生物に由来する有効成分薬剤を含むことを特徴とする請求項1に記載の芝生の雪腐病の予防方法。
【請求項3】
前記被覆材は多孔性のシートであって、通気性、通水性、及び抗菌剤の徐放性を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の芝生の雪腐病の予防方法。
【請求項4】
前記被覆材は保温性と生分解性を備えることを特徴とする請求項1又は3に記載の芝生の雪腐病の予防方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−77027(P2007−77027A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−262830(P2005−262830)
【出願日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(505342852)有限会社生物環境研究所 (1)
【Fターム(参考)】