説明

芳香族ケトンの製造方法

【課題】各種化学製品の原料として有用な芳香族ケトンを効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】芳香族化合物とカルボン酸をゼオライト触媒の存在下でマイクロ波を照射して反応させ、芳香族ケトンを製造する。触媒としては、Y型、ベータ型、モルデナイト型またはZSM−5型等のゼオライトを使用できる。また、ゼオライトとして、シリカ/アルミナ比が2〜400のものを使用することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族ケトンの効率的な製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
芳香族ケトンは基礎化学品として、医・農薬や電子材料等、各種化学製品の重要な原料として幅広く利用されている。その主要な製法としては、ルイス酸触媒を用いた芳香族化合物のフリーデル・クラフツ型反応が知られていた。芳香族化合物に対する反応剤としては、酸ハロゲン化物が一般に使用されていたが、その製法では腐食性が高いハロゲン化水素が副生するなどの問題点があった。
【0003】
一方、反応剤としてカルボン酸を用いた反応が近年報告されている(たとえば特許文献1〜3)。この製法の副生物は水のみで、製造装置等の腐食の問題はなく、また環境的にも有利な方法である。
しかしながら、反応速度が低いために一般に高温で長時間の加熱(たとえば250℃以上で10時間以上など)が必要で、目的の芳香族ケトンを短時間で収率よく製造することが難しいという問題点があり、芳香族ケトンをより効率よく製造できる実用的な製法が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−151155号公報
【特許文献2】特開平9−176080号公報
【特許文献3】特開平10−120613号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、芳香族ケトンを短時間で収率よく製造することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、カルボン酸と特定のゼオライト触媒がマイクロ波を吸収しやすい性質を有することを見いだすとともに、ゼオライト触媒存在下での芳香族化合物とカルボン酸との反応がマイクロ波照射により大きく加速され、芳香族ケトンが短時間で効率よく生成するという新規な事実を知見し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、この出願は以下の発明を提供するものである。
〈1〉下記一般式(I)
RH (I)
(式中、Rは1価の炭化水素環系または複素環系の芳香族有機基を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていても差し支えない。)
で表される芳香族化合物と、下記一般式(II)
R’COH (II)
(式中、R’は1価のアルキル基、アラルキル基またはアリール基を示す。)
で表されるカルボン酸を、ゼオライト触媒の存在下で、マイクロ波を照射して反応させることを特徴とする下記一般式(III)
RCOR’ (III)
(式中、RおよびR’は前記と同じ意味である。)
で表される芳香族ケトンの製造方法。
〈2〉ゼオライトとして、Y型、ベータ型、モルデナイト型またはZSM−5型のゼオライトを使用することを特徴とする〈1〉に記載の芳香族ケトンの製造方法。
〈3〉ゼオライトとして、シリカ/アルミナ比が2〜400のものを使用することを特徴とする〈1〉または〈2〉に記載の芳香族ケトンの製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の製造方法を用いることにより、従来の方法に比べより効率的に芳香族ケトンが得られるという利点がある。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の製造方法は、芳香族化合物とカルボン酸をゼオライト触媒の存在下でマイクロ波を照射して反応させることを特徴とする。
本発明において、原料として使用する芳香族化合物は、下記一般式(I)
RH (I)
(式中、Rは1価の炭化水素環系または複素環系の芳香族有機基を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていても差し支えない。)
で表される炭化水素環系または複素環系化合物のものである。
【0009】
一般式(I)において、Rが炭化水素環系の場合には、環内炭素数が好ましくは6〜22、より好ましくは6〜14である。それら炭化水素環系芳香族化合物の具体例としては、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、ピレン、ペリレン、ペンタセン等が挙げられる。
【0010】
また、Rが複素環系の場合には、ヘテロ原子は硫黄、酸素原子等であり、環内炭素数が好ましくは4〜12、より好ましくは4〜8である。それら複素環系芳香族化合物の具体例としては、チオフェン、ベンゾチオフェン、ジベンゾチオフェン、フラン、ベンゾフラン、ジベンゾフラン等が挙げられる。
【0011】
また、上記Rはその環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていてもよく、それらの基の具体例としては、メチル基、イソプロピル基、ヘキシル基等のようなアルキル基、メトキシ基、エトキシ基、イソプロポキシ基、ヘキシルオキシ基のようなアルコキシ基の他に、環上の2つの炭素原子を結合させる2価の基であるオキシエチレン基やオキシエチレンオキシ基等を挙げることができる。それらの基を有する化合物の具体例としては、トルエン、アニソール、エトキシベンゼン、ジヒドロベンゾフラン等が挙げられる。
【0012】
また、上記芳香族化合物と反応させるカルボン酸は、下記一般式(II)
R’COH (II)
(式中、R’はアルキル基、アラルキル基またはアリール基を示す。)
で表されるカルボン酸である。
【0013】
一般式(II)において、R’がアルキル基の場合、その炭素数は好ましくは1〜20、より好ましくは1〜16である。アルキル基の具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、1−メチルプロピル基、ペンチル基、1−メチルブチル基、ヘキシル基、1−メチルペンチル基、オクチル基、1−メチルヘプチル基、ノニル基、デシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基等が挙げられ、それらのアルキル基を有するカルボン酸の具体例としては、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、イソ吉草酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、ノナン酸、デカン酸等を挙げることができる。
【0014】
一般式(II)において、R’がアラルキルの場合、その炭素数は好ましくは7〜21、より好ましくは7〜15である。アラルキル基の具体例としては、ベンジル基、ナフチルメチル基、アントリルメチル基等が挙げられ、それらのアラルキル基を有するカルボン酸の具体例としては、フェニル酢酸、ナフチル酢酸、アントリル酢酸等を挙げることができる。
【0015】
一般式(II)において、R’がアリール基の場合、その炭素数は好ましくは6〜20、より好ましくは6〜16である。アリール基の具体例としては、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、フェナントレン基、ペリレン基等が挙げられ、それらのアリール基を有するカルボン酸の具体例としては、安息香酸、トルイル酸、4−メトキシ安息香酸、ナフトエ酸、アントラセンカルボン酸、フェナントレンカルボン酸、ペリレンカルボン酸等を挙げることができる。
【0016】
カルボン酸に対する芳香族化合物のモル比は任意に選ぶことができるが、カルボン酸に対する芳香族ケトンの収率を考慮すれば、通常0.5以上20以下である。
本発明によれば、上記一般式(I)の芳香族化合物と上記一般式(II)のカルボン酸との反応により、下記一般式(III)
RCOR’ (III)
で表される芳香族ケトンを製造できる。
一般式(III)中のRおよびR’は前記と同じ意味であり、それらの具体例としては上記一般式(I)および上記一般式(II)で例示したもの等を挙げることができる。
また、上記一般式(I)の芳香族化合物の芳香環が、反応性の異なる複数の反応点を有する場合、カルボン酸は、最も電子密度が高く立体障害が少ない環上炭素と優先的に反応する。たとえば、アルコキシ置換基を有するベンゼン環では、カルボン酸はアルコキシ基に対してパラ位の炭素と優先的に反応して、p−アシル化体を主生成物として与える。さらに、2,3−ジヒドロベンゾフランのような芳香族化合物では、アルコキシ基に対してパラ位の炭素とアルキル基に対してパラ位の炭素が存在するが、電子供与性がより高いと考えられるアルコキシ基に対してパラ位の炭素が優先的に反応する。
以上のように、本発明の反応は、求電子置換反応で一般的に見られる位置選択性を示すが、触媒の構造も位置選択性に大きく影響する。本発明で使用するゼオライト触媒は、規則性細孔に基づくすぐれた形状選択性を示すために、そのような位置選択的アシル化に対してとくに有利である。たとえば、一置換ベンゼンであるアニソールを原料に用いた場合には、立体障害が最も小さいp−アシル化生成物を他の位置異性体に対して、通常98%以上の選択率で製造することができる。
【0017】
本発明では、フリーデル・クラフツ型アシル化反応で使われる従来公知の各種のゼオライト系触媒を用いることができる。それらの具体例としては、プロトン性水素原子あるいは金属カチオン(アルミニウム、チタン、ガリウム、鉄、セリウム等)を有するゼオライト系触媒が挙げられる。ゼオライトとしては、Y型、ベータ型、モルデナイト型、ZSM−5型、SAPO型等の基本骨格を有するものが使用可能で、この中では、Y型、ベータ型、モルデナイト型およびZSM−5型が好ましく、Y型およびべータ型がより好ましい。これらゼオライトにおいて、プロトン型のものは、H−Y型、H−ベータ型、H−モルデナイト型、H−ZSM−5型等で表される。さらに、それらゼオライトのシリカ/アルミナ比については、反応条件に応じて各種の比を選択できるが、好ましくは2〜400であり、より好ましくは3〜300である。
【0018】
原料のカルボン酸に対する触媒量は任意に決めることができるが、重量比ではカルボン酸に対して、通常は0.0001〜10程度で、好ましくは0.001〜8程度、さらに好ましくは0.001〜6程度である。また、本発明では、反応系をより効率よく加熱するために、マイクロ波を吸収して発熱する加熱材(サセプター)を反応系に添加することができる。加熱材の種類としては、活性炭、黒鉛、炭化ケイ素、炭化チタン等、従来公知の各種のものを使用できる。また、先に記載した触媒と加熱材の粉末を混合して、セピオライト、ホルマイト等の適当なバインダーを利用して焼成加工した成形触媒を用いることもできる。
【0019】
本発明の反応は、反応温度や反応圧力に応じて、液相または気相状態で行うことができる。また、反応装置の形態としては、バッチ型、フロー型等、従来知られている各種形態で行うことができる。反応温度は、20℃以上、好ましくは20〜400℃、より好ましくは、20〜350℃である。さらに、反応圧力は、通常0.1〜100気圧で、好ましくは0.1〜80気圧、より好ましくは0.1〜60気圧である。反応時間は、反応温度、触媒量、反応装置の形態等に依存するが、1〜240分、好ましくは1〜180分、より好ましくは1〜120分程度である。
【0020】
また、反応を液相系で行う場合、溶媒の有無にかかわらず実施できるが、溶媒を用いる場合には、デカリン(デカヒドロナフタレン)、デカン等の炭化水素、クロロベンゼン、1,2−又は1,3−ジクロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素、ジブチルエーテル等のエーテル等、原料と反応するものを除いた各種の溶媒が使用可能で、2種以上混合して用いることもできる。また、反応を気相で行う場合には、窒素等の不活性ガスを混合して反応を行うこともできる。
【0021】
本発明の反応におけるマイクロ波の照射では、接触式または非接触式の温度センサーを備えた各種の市販装置等を使用できる。また、マイクロ波照射の出力、キャビティの種類(マルチモード、シングルモード)、照射の形態(連続的、断続的)等は、反応のスケールや種類等に応じて任意に決めることができる。マイクロ波の周波数としては、通常、0.3〜30GHzである。
【0022】
本発明の方法で生成した芳香族ケトンの精製は、蒸留、再結晶、カラムクロマトグラフィー等の有機化学上通常用いられる手段により容易に達せられる。
【実施例】
【0023】
次に、本発明を実施例および比較例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
アニソール(Ia) 12.0mmol、酪酸(IIa) 2.0mmol、H−Y型ゼオライト CBV760(ゼオリスト社製) 100mg、活性炭 50mgの混合物を反応管に入れ、放射温度計を備えたマイクロ波照射装置(CEM社製、Discover、シングルモード型)を用いて、攪拌しながら190℃で30分反応させた。生成物をガスクロマトグラフおよびガスクロマトグラフ質量分析計で分析した結果、1−ブチリル−4−メトキシベンゼン(IIIa)が63.0%の収率で生成したことがわかった(表1参照)。
【0024】
(実施例2〜69)
反応条件(触媒、原料、温度、時間等)を変えて、実施例1と同様に反応及び分析を行い、生成物の収率を測定した結果を表1に示す。
【0025】
【表1】



【0026】
(比較例1)
マイクロ波照射装置の代わりにオイルバス加熱装置を用いる他は実施例1と同様に反応および分析を行った結果、IIIaの収率は、26.6%であった。IIIaの収率を、実施例1で得られた値と比較すると、実施例1の方が2.37倍高いことがわかった(表2参照)。これらのことは、マイクロ波照射を用いた本発明の方法が、同じ反応温度・時間でのオイルバスによる通常加熱の方法に比べ、IIIaをより高い収率で効率的に製造できることを示している。
【0027】
(比較例2〜20)
比較例1と同様に、オイルバス加熱装置での反応及び分析を行った結果および実施例との比較を行った結果を表2に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
表2に基づいて、実施例と比較例の芳香族ケトンの製造を比較してみると、対応する実施例の収率の方が比較例に比べ最大で3.43倍大きく、マイクロ波照射を用いることにより、通常加熱を用いる方法に比べ、芳香族ケトンをより効率的に製造できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の方法により、各種化学製品の基本原料として有用な芳香族ケトンを、より効率的かつ安全に製造できるため、本発明の利用価値は高く、その工業的意義は多大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)
RH (I)
(式中、Rは1価の炭化水素環系または複素環系の芳香族有機基を示し、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていても差し支えない。)
で表される芳香族化合物と、下記一般式(II)
R’COH (II)
(式中、R’は1価のアルキル基、アラルキル基またはアリール基を示す。)
で表されるカルボン酸を、ゼオライト触媒の存在下で、マイクロ波を照射して反応させることを特徴とする下記一般式(III)
RCOR’ (III)
(式中、RおよびR’は前記と同じ意味である。)
で表される芳香族ケトンの製造方法。
【請求項2】
ゼオライトとして、Y型、ベータ型、モルデナイト型またはZSM−5型のゼオライトを使用することを特徴とする請求項1に記載の芳香族ケトンの製造方法。
【請求項3】
ゼオライトとして、シリカ/アルミナ比が2〜400のものを使用することを特徴とする請求項1または2に記載の芳香族ケトンの製造方法。

【公開番号】特開2010−235588(P2010−235588A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−41350(P2010−41350)
【出願日】平成22年2月26日(2010.2.26)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「革新的マイクロ反応場利用部材技術開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】