説明

荷電粒子ビーム反射装置と電子顕微鏡

【課題】非対称な高次の収差を発生させずに色収差,球面収差を補正することのできる荷電粒子ビーム反射装置と電子顕微鏡を提供する。
【解決手段】直線光軸上10Aに所定間隔を隔てて配置されるとともに、電子銃11から直線光軸上10Aに沿って放射された荷電粒子ビームを通過させる通過穴21a,22aを有し、印加電圧に応じて荷電粒子ビームを反射させたり、通過穴21a,22aを通過させたりする機能を有する少なくとも2つの静電ミラー21,22と、この2つの静電ミラー21,22に印加する電圧を制御する制御装置30とを備え、この制御装置30は、反射機能を与える反射電圧を静電ミラー21,22にそれぞれ所定のタイミングで印加し、電子銃11からの荷電粒子ビームを静電ミラー21,22の間で複数回反射させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、色収差および球面収差を補正することのできる荷電粒子ビーム反射装置と電子顕微鏡とに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、電子線の波長は、加速度電圧が例えば200kVで0.024Åであり、電子顕微鏡の分解能を波長のオーダーまで高めることは理論的には可能であるが、現状の電子顕微鏡の分解能は1.9Åにとどまっている。これは、色収差と球面収差の補正が実現していないためである。
【0003】
しかし、静電ミラーを使用することで色収差および球面収差を補正することが知られている。
【0004】
従来、この静電ミラーを使用して色収差および球面収差の補正を図った電子顕微鏡が知られている(特許文献1参照)。
【0005】
かかる電子顕微鏡は、結像系の一部に、電子ビームを90度偏向させるビーム偏向器を配置し、このビーム偏向器によって偏向された電子ビームを反射させる静電ミラーを設け、この静電ミラーで反射された電子ビームをビーム偏向器が再度90度偏向させてもとの光軸に戻すようにしたものである。
【特許文献1】特開平5−205687号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このような電子顕微鏡にあっては、ビーム偏光器で電子ビームを90度偏向させて静電ミラーに入射させ、この静電ミラーで反射した電子ビームをさらにビーム偏光器で90度偏向させてもとの光軸に戻しているが、このビーム偏光器は、電子ビームを90度曲げる際の電界・磁界が回転対称ではなく、さらに電子ビームを90度曲げる際の電界・磁界のフリンジング効果の影響により非対称な高次の収差が発生し易いという問題があった。
【0007】
特に、フリンジングの影響を正確にシミュレーション通りに制御することは難しく、高次の収差を制御して分解能を波長のオーダーまで高めることは難しい。
【0008】
この発明の目的は、フリンジングの影響による高次の収差を発生させずに色収差および球面収差を補正することのできる荷電粒子ビーム反射装置と、この荷電粒子ビーム反射装置を備えた電子顕微鏡を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1の発明は、直線光軸上に所定間隔を隔てて配置されるとともに、荷電粒子ビーム源から前記直線光軸上に沿って放射された荷電粒子ビームを通過させる通過穴を有し、印加電圧に応じて前記荷電粒子ビームを反射させたり、前記通過穴を通過させたりする機能を有する少なくとも2つの静電ミラーと、
この2つの静電ミラーに印加する電圧を制御する電圧制御部とを備え、
この電圧制御部は、反射機能を与える反射電圧を少なくとも2つの静電ミラーのそれぞれに所定のタイミングで印加して、前記荷電粒子ビーム源からの荷電粒子ビームを少なくとも2つの静電ミラーの間で複数回反射させることをことを特徴とする。
【0010】
請求項4の発明は、請求項1ないし請求項3のいずれか1つに記載の荷電粒子ビーム反射装置を備えた電子顕微鏡であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
この発明によれば、荷電粒子ビームを通過させる通過穴を有し、印加電圧に応じて前記荷電粒子ビームを反射させたり、前記通過穴を通過させたりする機能を有する少なくとも第1,第2静電ミラーを備えているので、フリンジングの影響による高次の収差を発生させずに独立に色収差および球面収差を補正することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、この発明に係る荷電粒子ビーム反射装置を備えた電子顕微鏡の実施の形態である実施例を図面に基づいて説明する。
【実施例】
【0013】
[第1実施例]
図1は走査型の電子顕微鏡10を示すものである。この電子顕微鏡10は、荷電粒子ビームである電子ビームを直線光軸10A上に沿って放射する電子銃(荷電粒子ビーム源)11と、この放射された電子ビームを収束する第1収束レンズ12と、第2収束レンズ13と、試料18に向けて電子ビームを照射する対物レンズ14と、第2収束レンズ13と対物レンズ14との間に設けられた荷電粒子ビーム反射器20と、この荷電粒子ビーム反射器20と対物レンズ14との間に設けられ且つ電子ビームを走査するための偏光器15,16と、資料18と対物レンズ14との間に設けられた二次電子検出器17等とを備えている。
【0014】
電子銃11は、例えば1〜3kVの加速電圧で電子ビームを放射するものである。
【0015】
荷電粒子ビーム反射器20は、互いに所定距離隔てて直線光軸10A上に配置された第1,第2静電ミラー21,22を有している。
【0016】
第1静電ミラー21は、電子銃11側に配置された第1電極21Aと、この第1電極21Aの電位より低い電位となる電圧が印加される第2電極21Bと、第1,第2電極21A,21Bに形成され且つ直線光軸10A上に沿って放射された荷電粒子ビームを通過させる通過穴21aとを有している。同様に、第2静電ミラー22は、第1電極22Aと、この第1電極22Aの電位より低い電位となる電圧が印加される第2電極22Bと、第1,第2電極22A,22Bに形成され且つ直線光軸10A上に沿って放射された荷電粒子ビームを通過させる通過穴22aとを有し、第1,第2静電ミラー21,22の第2電極21B,22Bは互いに相対向している。なお、第1電極21A,22Aはアースしてもよい。
【0017】
そして、第1,第2静電ミラー21,22の印加電圧は制御装置30によって制御され、この制御装置30と荷電粒子ビーム反射器20とで荷電粒子ビーム反射装置が構成される。
[動 作]
次に、上記のように構成される電子顕微鏡10の動作を図2に示すタイムチャートに基づいて説明する。
【0018】
電子銃11から直線光軸10A上に沿って荷電粒子である電子ビームが放射され、この電子ビームが第1,第2収束レンズ12,13を通過して荷電粒子ビーム反射器20の第1静電ミラー21に到達する以前(第1タイミング)に、制御装置30は、第1静電ミラー21に加速電圧値より大きさ(絶対値)が小さい通過電圧V1Tを印加して、電子ビームを第1静電ミラー21の通過穴21aを通過させる。
【0019】
第1静電ミラー21の通過穴21aを通過した電子ビームが第2静電ミラー22に到達する以前(第2タイミング)に、制御装置30は、第2静電ミラー22に加速電圧値より大きさ(絶対値)が大きい反射電圧V2Rを印加して、電子ビームを第2静電ミラー22で反射させる。
【0020】
第2静電ミラー22で反射された電子ビームが第1静電ミラー21に到達する以前(第3タイミング)に、制御装置30は、第1静電ミラー21に加速電圧値より大きさ(絶対値)が大きい反射電圧V1Rを印加して、電子ビームを第1静電ミラー21で反射させる。
【0021】
第1静電ミラー21で反射された電子ビームが第2静電ミラー22に到達する以前(第4タイミング)に、制御装置30は、第2静電ミラー22に加速電圧値より大きさ(絶対値)が小さい通過電圧V2Tを印加して、電子ビームを第2静電ミラー22の通過穴22aを通過させる。
【0022】
これら一連の動作を繰り返すことにより、荷電粒子ビーム反射器20から電子ビームが所定周期毎にパルスP状に射出されていく。
【0023】
ここで、図2に示す時間t1は、電子ビームが第1静電ミラー21を通過してから第2静電ミラー22へ到達する時間に、時間t2は電子ビームが第2静電ミラー22で反射されてから第1静電ミラー21へ到達する時間に、時間t3は電子ビームが第1静電ミラー21で反射されてから第2静電ミラー22へ到達する時間に相当している。時間t1〜t3は、第1,第2静電ミラー21,22間の距離と、この第1,第2静電ミラー21,22間を通過する電子のエネルギーにより変わってくる。なお、t1〜t3の時間のオーダーは例えばピコ秒またはナノ秒である。
【0024】
図2に示すタイムチャートでは、時間t1と時間t2との間に第1静電ミラー21へ通過電圧V1Tが印加され、時間t2と時間t3との間に第2静電ミラー22へ反射電圧V2Rが印加されているが、連続的に印加せずにパルス状(断続的)に印加してもよい。
【0025】
偏向器15,16の印加電圧は、荷電粒子ビーム反射器20電子ビーム(パルスP)が射出されるタイミングおよびそのパルスP幅に合わせて制御され、その電子ビームは対物レンズ14を介して試料18を照射しながら走査していく。すなわち、パルスP幅と水平走査期間とを一致させ、パルスPとパルスPとの間の期間T1をその水平走査のブランキング期間に合わせることにより、電子ビームを効率良く試料18上を走査させることができる。
【0026】
ところで、荷電粒子ビーム反射器20内では、電子ビームが第1静電ミラー21と第2静電ミラー22との間で反射されるだけであるから、ミラーの特徴である回転対称系を維持し、しかもフリンジングの影響による高次の収差を発生させずに、第1,第2静電ミラー21,22の反射によって対物レンズ14等で発生する色収差および球面収差を補正することができる。
【0027】
色収差は、速度が大きい電子ほど静電ミラーの領域に到達して反射されるまでの移動時間が長くなり、静電ミラーによる作用を強く受けることにより補正することができる。
【0028】
また、球面収差に関しては、電子レンズの場合、光軸外の方がレンズアクションが強く正の球面収差が生じるが、静電ミラーの場合、光軸に近い方がレンズアクションが強く負の球面収差が生じるので、電子レンズの球面収差を静電ミラーで補正することができる。
【0029】
この第1実施例では、電子ビームを第1,第2静電ミラー21,22で1回づつ反射させているが、複数回反射させるようにしてもよい。
[第2実施例]
図3は荷電粒子ビーム反射装置を設けた透過型の電子顕微鏡50を示したものであり、この電子顕微鏡50は、荷電粒子ビームである電子ビームを直線光軸50A上に沿って放射する電子銃51と、この放射された電子ビームを収束する第1収束レンズ52および第2集束レンズ57と、対物レンズ53と、中間レンズ56と、投影レンズ54と、蛍光板55と、対物レンズ53と中間レンズ56との間に設けられた荷電粒子ビーム反射器20等とを備えている。なお、蛍光板55は、CCD検出器でもよい。
【0030】
図3では、対物レンズ53と中間レンズ56との間に静電ミラー補正系である荷電粒子ビーム反射器20を配置しているが、中間レンズ56と投影レンズ54との間に配置してもよい。
【0031】
また、第1実施例と同様に、ブランキング期間がある場合は、2つのパルス間の期間をブランキング期間に合わせるように設定することにより、電子ビームを効率よく試料18に照射することができる。
【0032】
この電子顕微鏡50も第1実施例と同様にフリンジングの影響による高次の収差を発生させずに、対物レンズ53の色収差および球面収差を補正することができる。
[第3実施例]
図4は他の例の荷電粒子ビーム反射器120の構成を示したものである。
【0033】
この荷電粒子ビーム反射器120は、第1,第2静電ミラー21,22の外周囲に、全体を負の電位にして、静電ミラー系の内部を通過する電子の速度を減速させる減速器123(図1,図3参照)を配置したものである。減速器123の前後には電子ビームを通過させる通過穴121aを有するアース電極121と、電子ビームを通過させる通過穴122aを有するアース電極122とが配置されている。
【0034】
減速器123には、電子銃11,51の加速電圧とほぼ等しい一定の電圧V3を印加させて、ミラー系全体を加速電圧とほぼ等しい電位にするとよい。このようにすることにより、第1,第2静電ミラー21,22の反射作用をより低い電圧で実現することができ、第1,第2静電ミラー21,22による電子ビームの反射や通過の高速処理が可能となる。
【0035】
上記実施例ではいずれも二段の静電ミラーを用いた例を示したが、これに限らず、3段以上の静電ミラーを使用して電子ビームを3回以上反射させる構成にしてもよい。
【0036】
また、第1,第2静電ミラー21,22は、電極が1つの場合の例を示したが、複数の電極を有する静電ミラーであってもよい。また、磁場が重畳されるように構成された電極を用いてもよい。
【0037】
荷電粒子ビーム反射器20は、図1または図3に示す部分に限らず、基本的にどの部分に組み込んでもよいが、補正の効果が最もよいところ、すなわち対物レンズに最も近いところに組み込むのがよい。
【0038】
なお、収差を補正する装置として多極子(例えば6極子)を用いる装置が知られているが、本発明の荷電粒子ビーム反射装置は、6極子と組み合わせて用いてもよい。多極子に用いる系による色収差補正に関しては、球面収差補正により1桁以上高い、厳しい精度が要求される。そこで、本発明の荷電粒子ビーム反射装置で色収差を補正し、多極子を用いる系で球面収差を補正するなど、2種類の補正装置を組み合わせて用いてもよい。
【0039】
上記実施例では、荷電粒子として電子線を用いる例を示したが、陽子線やイオンビームなどにも適用できる。陽子線のようなプラスの電荷を帯びた荷電粒子ビームを用いる際は、第1,第2静電ミラー21,22の第2電極21B,22Bの電位をプラスにし、第1電極21A,22Aの電位より高くする必要がある。
【0040】
上記実施例では、いずれも走査型や透過型の電子顕微鏡に組み込む荷電粒子ビーム反射装置について説明したが、これに限らず、荷電粒子ビームを用いた半導体製造・検査装置、電子線露光装置、イオン注入装置などに組み込むことも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】この発明に係る電子顕微鏡の第1実施例の構成を示した説明図である。
【図2】図1に示す荷電粒子ビーム反射器の動作を示したタイムチャートである。
【図3】第2実施例の電子顕微鏡の構成を示した説明図である。
【図4】第3実施例の電子顕微鏡の構成を示した説明図である。
【符号の説明】
【0042】
10 電子顕微鏡
10A 直線光軸
11 電子銃(荷電粒子ビーム源)
21 第1静電ミラー
21a 通過穴
22 第2静電ミラー
22a 通過穴
30 制御装置(電圧制御部)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直線光軸上に所定間隔を隔てて配置されるとともに、荷電粒子ビーム源から前記直線光軸上に沿って放射された荷電粒子ビームを通過させる通過穴を有し、印加電圧に応じて前記荷電粒子ビームを反射させたり、前記通過穴を通過させたりする機能を有する少なくとも2つの静電ミラーと、
この2つの静電ミラーに印加する電圧を制御する電圧制御部とを備え、
この電圧制御部は、反射機能を与える反射電圧を少なくとも2つの静電ミラーのそれぞれに所定のタイミングで印加して、前記荷電粒子ビーム源からの荷電粒子ビームを少なくとも2つの静電ミラーの間で複数回反射させることをことを特徴とする荷電粒子ビーム反射装置。
【請求項2】
前記荷電粒子ビーム源側に配置された静電ミラーが第1静電ミラーとされ、
この第1静電ミラーに対向する静電ミラーが第2静電ミラーとされ、
前記電圧制御部は、前記第1静電ミラーに通過機能を与える通過用電圧を第1タイミングで印加し、第2静電ミラーに反射機能を与える第2反射用電圧を第2タイミングで印加し、第1静電ミラーに反射機能を与える第1反射用電圧を第3タイミングで印加するように構成され、
前記第2タイミングは、前記第1静電ミラーに第1タイミングで印加された通過用電圧によって第1静電ミラーの通過穴を通過した荷電粒子ビームが第2静電ミラーに到達する以前に設定され、
前記第3タイミングは、前記第2静電ミラーで反射された荷電粒子ビームが第1静電ミラーに到達する以前に設定され、
前記荷電粒子ビーム源からの荷電粒子ビームを第1静電ミラーと第2静電ミラーとの間で複数回反射させることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子ビーム反射装置。
【請求項3】
前記静電ミラーの外周囲に、荷電粒子ビームを減速させる減速器を設けたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載の荷電粒子ビーム反射装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1つに記載の荷電粒子ビーム反射装置を備えたことを特徴とする電子顕微鏡。
【請求項5】
前記電子顕微鏡は、静電ミラーの通過穴を通過して前記荷電粒子ビーム反射装置から放射される荷電粒子ビームのパルス間の期間と、ブランキング期間とを合わせるように設定されていることを特徴とする請求項4に記載の電子顕微鏡。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−94020(P2009−94020A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−266053(P2007−266053)
【出願日】平成19年10月12日(2007.10.12)
【出願人】(000220343)株式会社トプコン (904)
【Fターム(参考)】