説明

荷電粒子加速装置

【課題】ダイポールモードの共振安定性を向上させるとともに、製造容易な加速管を提供する。
【解決手段】アイリスを設けたディスクを設けることによって複数のセルを結合した、ディスクロード型加速管において、アイリスの形状をレーストラック形状(2つの半円を直線でつないだ形状)などの扁平な形状とする。これにより、2つのダイポールモードの縮退が解け、サプレッサーなどの追加のアイリスを設けなくても、ビーム偏向方向が安定した荷電粒子加速が可能となる。また、単一のアイリスを設ければよいだけなので、製造も容易となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子加速装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスクロード型ダイポール加速管は、電子ビームの進行方向プロファイル測定や軌道分離のためにビームを偏向させる高周波デフレクターとして用いられている。このようなディスクロード型ダイポール加速管では、円形アイリスをディスクに設けることによってセル(加速空洞)間を結合し、エネルギー伝搬と位相速度の遅延を生じさせている。そして、この加速管を高周波デフレクターとして機能させるためには、ダイポール共振モードを加速管内に励起させて利用する。
【0003】
ここで、円形アイリスを有する完全軸対象のディスクロード型加速管内では、2つのダイポールモードが縮退(同一化)してしまい、電磁場の向きが確定せず、加速方向の不定性が回避できない。
【0004】
そのため従来は、図4に示すように、セル間結合用のアイリス以外に「サプレッサー」と呼ばれる縮退分離専用アイリスを設けていた。縮退分離用アイリスによって軸対称を破る構造とすることで、この構造に合うように非対称な磁場分布が発生して、モードの向きを固定することができる。
【非特許文献1】H.Hahn, "Deflecting Mode in Circular Iris-Loaded Waveguides", The Review of Scientific Instruments, 34-10, pp.1094-1100, October 1963.
【非特許文献2】O.H.Altenmuller et al., "INVESTIGATIONS OF TRAVELING-WAVE SEPARATORS FOR THE STANFORD TWO-MILE LINEAR ACCELERATOR", SLAC-PUB-17, September 1963.
【非特許文献3】H.G.Hereward et al., "DISC-LOADED DEFLECTING WAVEGUIDE", CERN 63-33, October 1963.
【非特許文献4】Pierre M. Lapostolle, Albert L. Septier ed., ”Linear Accelerators”, North Holland Publishing Company, 1970.
【非特許文献5】R. B. Neal ed., ”The Stanford Two-Mile Accelerator”, W. A. Benjamin. inc, 1968.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、加速効率を上げるためにCバンド(4〜8GHz)やXバンド(8〜12GHz)等の高周波帯域で加速管を製作する場合、加速管本体が小さくなるため、サプレッサーの精密加工が困難であるという問題が生じていた。
【0006】
本発明はこのような問題点を考慮してなされたものであり、加速管内でダイポールモードの共振安定性を向上させるとともに、加速管製造を容易にすることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る荷電粒子加速装置は、複数の加速空洞の間に、アイリスを備えるディスクを設けることで、これら複数の加速空洞を結合した荷電粒子加速装置であって、アイリスの形状が、扁平な形状であることを特徴とする。
【0008】
より具体的には、アイリスの形状は、直交する2つの軸のそれぞれに対して軸対称であ
って、扁平な形状であることが好適である。このような形状の例としては、2つの半円部と、これら2つの半円部を接続する2つの平行な直線部からなるレーストラック形状を挙げることができる。
【0009】
このようにアイリスの形状を扁平にすることで、長軸方向に平行な磁場が隣接するセルに漏れやすくなり、磁場の存在可能領域が広げられる。そして、その影響を大きく受けるモード(長軸に平行な磁場を持つモード)と、不感モード(長軸に直交する磁場を持つモード)とに分離することができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る荷電粒子加速装置によれば、従来の加速管で採用されているようなサプレッサーを設けずに、単一のアイリスのみによってダイポールモードの縮退を解き、ビームの偏向方向が安定した荷電粒子加速が可能となる。また、加速管の構造を簡素化できるため、高い周波数領域でも加速管の製造が容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本実施形態に係る加速管では、複数セルを持つディスクロード型ダイポール加速管において、レーストラック型アイリスでセル間結合を行う。以下では、図面を参照して、本実施形態に係る加速管の構造と動作について説明する。
【0012】
〈加速管構成〉
図1に、例として7セル構成のレーストラック型アイリスを持つディスクロード型加速管の断面図を示す。なお、セルの数については必要に応じて変えれば良い。図に示すように、本加速管は、セルと呼ばれる円筒状の小室(加速空洞)C1〜C7を備えており、各セルはディスクD1〜D6で結合されている。各ディスクD1〜D6の中央には、レーストラック形状のアイリス(孔部)A1〜A6が設けられている。また、B1は高周波の投入口であり、B2は高周波の排出口である。また、E1は荷電粒子群(バンチ)の入射ポートであり、E2はバンチの射出ポートを表す。
【0013】
図2に、レーストラック型アイリスの詳細な形状を示す。図2に示すように、レーストラック形状とは、対向する2つの半円部R1,R2と、これらの半円部を接続する2つの平行な直線部L1,L2とから構成される形状である。半円部の半径や直線部の長さは、運転に採用する遷移位相や、必要な群速度、加速電圧などから決定される。
【0014】
より具体的には、以下の手順によって、レーストラック型アイリスのサイズを調整することができる。
(1)まず、ビーム通過に必要な開口(半円部の半径)を設定する。
(2)次に、必要な群速度、加速電圧を得るように直線部の長さを調整する。ここで、群速度は加速管への高周波充満時間を規定するものである。
(3)上記(2)の直線部の調整で必要な性能が得られない場合には、遷移位相(セル長)を変える。
このようにして、使用する高周波源や使用目的(例えば、加速電圧が低くても開口部の広いものや、高周波の充填時間が短いものなど)に応じたレーストラック型アイリスを得ることができる。
【0015】
なお、アイリスの形状は、ビーム偏向面およびその直交面に関して対称であり、それぞれの面における断面形状が異なるような形状であれば、上記のレーストラック形状に限られずどのような形状であっても良い。ディスク面(図2のxy平面)上で考えると、直交する2つの軸のそれぞれに対して線対称であって、これらの軸上での長さが異なるような形状と表現することもできる。したがって、例えば、楕円、長方形、菱形などの形状も採
用可能である。もっとも、製作の容易性や、運転時の熱応力の大きさ等を考慮すると、レーストラック形状とすることが好ましい。
【0016】
〈加速管動作〉
次に、本実施形態における加速管の動作について説明する。
【0017】
まず、投入口B1から高周波をセルC1に投入し、レーストラック型アイリスA1〜A6を介して、セルC2〜C7に高周波を伝搬させる。この時、投入高周波の周波数を加速管内で共振する固有姿態(モード)の周波数に合わせれば、そのモード固有の電磁場分布がセルC1〜C7に励起される。投入高周波の周波数を、加速管ダイポールモードの周波数に設定すれば、図のxy平面内に向きを持つ電磁場(横方向電磁場)がセルC1〜C7に現れる。このように投入口B1から投入された高周波は、固有の電磁場分布を各セルに発生させながらセルC1からセルC7を通過し、排出口B2から外部へ抜けていく。
【0018】
高周波の投入でセルC1〜C7に横方向電磁場が発生している間に、バンチを入射ポートE1からz方向に入射し、セルC7からC1およびアイリスA6からA1を通過させて、出射ポートE2から出射する。アイリスA1〜A6を設けたディスクD1〜D6は高周波に遅延作用を及ぼすので、アイリスの形状およびセルのz方向長さを適切な値に設定しておくことによって、バンチのセル通過時間とセル内の励起電磁場の位相変化時間を同期させることが可能となる。
【0019】
セル内電磁場に同期したバンチは、セルC1〜C7を通過する際に、加算的に横方向の力を受けて加速されていく。入射時の位相値を選択する(入射タイミングを変える)ことにより、バンチに対して横方向の重心移動やピッチ動作、あるいはその両方を与えることができる。重心移動はバンチの軌道分離に用いられ、ピッチ動作はバンチの進行方向(z方向)プロファイルを観測するために用いられる。
【0020】
一般に、図1のような複数のセルから構成される加速管(マルチセル加速管)は各セルの電磁場姿態が同じでも、隣り合うセル間で位相差を持つ共振を起こす。隣接セル間の位相差(遷移位相)が異なると、加速管としての共振周波数も異なり、パスバンドと呼ばれる加速管固有の共振周波数領域を形成する。マルチセル加速管を動作させるためには、使用する高周波の周波数がこのパスバンド内の値でなければならない。
【0021】
アイリスA1〜A6は、図2に示すようにx方向に長くy方向に短い扁平な形をしているため、長軸方向(x方向)に平行な磁場の方が隣のセルに漏れやすくなり、磁場の存在可能性を広げる作用を持つ。これによりダイポールモードに摂動が与えられ、縮退が解かれる。そして、x,yの2方向にダイポールモードが分裂する。
【0022】
分裂したダイポールモードは異なる共振周波数を持つようになるので、必要な方向(y方向)へ確実に偏向したダイポールモードのみを励起して使用することが可能となる。図3に例として本発明方式のCバンド加速管におけるパスバンドのシミュレーション結果を表す。
【0023】
y方向モードのパスバンドのみ広帯域化させることが可能であるため、不要な寄生モードとなっているx方向モードと混合することなく遷移位相がπ/2以上の任意のモードを加速モードとして使用可能となる。また、x方向モードに依存することなくy方向モードの群速度を高めることができるため、従来の加速管では群速度が小さく不安定共振となる遷移位相の大きいモード(5π/6モード等)の使用も可能となる。
【0024】
このようにレーストラック型アイリスを導入したダイポール加速管によって安定した荷
電粒子加速が可能となる。
【0025】
〈本実施形態の作用/効果〉
単一のアイリスでセル結合とダイポールモードの分離を行うため、ディスクの加工が簡素である。そのため、本体が小さくなり、加速効率の良いCバンドやXバンド等の高い周波数領域の加速管に対しても製作が容易となる。サプレッサーを設ける従来の手法では、ディスクに複数のアイリスを精密加工する必要があり、CバンドやXバンドの小型加速管では加工精度やディスク強度等の観点から製作が困難になると予測される。また、遷移位相の大きいモードも使用可能になるため、z方向長さが長いセルで製作できるので、部品数や接合部位の減少による製造コストの削減に寄与する。
【0026】
本発明によって高加速勾配でビームを安定に変更させる小型加速管が製造できるようになるため、設置スペースの制限が緩和され、多くの加速器施設で高精度のビーム診断や飛行時間法解析が可能となる。また、小型高周波デフレクターは多くの機器に組み込むことが可能となる。さらに、荷電粒子ビームを短距離で振り分けできるようになるだけでなく、その振り分け角度も可変となるため、荷電粒子ビームを用いた加工機器や医療機器の効率化や応用範囲の拡大に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は本実施形態に係るディスクロード型マルチセルダイポール加速管の断面斜視図である。
【図2】図2は本実施形態においてディスクに設けられたレーストラック型アイリスの形状を示す図である。
【図3】図3は本実施形態に係るマルチセルダイポール加速管における遷移位相とパスバンドの関係を示すシミュレーション結果を示すグラフである。
【図4】図4は従来技術に係る縮退分離用アイリスを設けたディスクを示す図である。
【符号の説明】
【0028】
A1−A6 アイリス
B1 高周波投入口
B2 高周波排出口
C1−C7 セル
D1−D6 ディスク
E1 バンチ入射ポート
E2 バンチ出射ポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の加速空洞の間に、アイリスを備えるディスクを設けることによって、前記複数の加速空洞を結合した荷電粒子加速装置であって、
前記アイリスの形状が、扁平な形状であることを特徴とする荷電粒子加速装置。
【請求項2】
前記アイリスの形状が、2つの半円部と、該2つの半円部を接続する2つの平行な直線部からなる、レーストラック形状であることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子加速装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−3554(P2010−3554A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−161781(P2008−161781)
【出願日】平成20年6月20日(2008.6.20)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】