説明

荷電粒子線装置の光軸調整方法

【課題】試料に対してビームを傾斜しても分解能低下の少ない荷電粒子線装置を提供する。
【解決手段】複数のレンズ6,7に対して一次ビーム4の軌道を軸外に通し、その軸外軌道を制御することにより、ビーム傾斜時に対物レンズ7で発生する収差を他のレンズ6の収差でキャンセルする手段を備え、対物レンズを含む複数のレンズの励磁を同時に変調する手段を設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線やイオン線等の荷電粒子線を用いる荷電粒子線装置に係り、特に、試料上で荷電粒子線を傾斜した場合にも分解能の劣化を抑えて高分解能像を得るのに好適な荷電粒子線装置、及びその光軸調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
走査電子顕微鏡に代表される荷電粒子線装置では、細く集束された荷電粒子線を試料上で走査して試料から所望の情報(例えば試料像)を得る。このような荷電粒子線装置では、年々高分解能化が進むと同時に、近年では試料に対して荷電粒子線を傾斜させて試料の傾斜像を得ることが必要とされている。
【0003】
試料に対して荷電粒子線を傾斜して照射するために、対物レンズの軸外における荷電粒子ビームの振り戻し作用を利用する方法がある。例えば、実開昭55−48610号公報及び特開平2-33843号公報に、荷電粒子線を対物レンズの軸外に入射させて、対物レンズの集束作用(振り戻し作用)を利用する方法が開示されている。また、特開2000-348658号公報には、荷電粒子線を対物レンズの集束磁界内で互いに逆向きに偏向させる2段の偏向手段を設け、荷電粒子線を対物レンズ軸外で傾斜したときに発生する軸外色収差を補正する技術が開示されている。特開2001-15055号公報には、荷電粒子線を対物レンズの軸外に通すための偏向手段を対物レンズよりも電子源側に設け、対物レンズの軸外で発生する色収差(軸外色収差)を対物レンズよりも電子源側に設けたウィーンフィルタで補正することにより、荷電粒子線を傾斜したときの分解能劣化を低減する技術が開示されている。さらに、WO 01/33603には、光軸と直交する任意の2次元方向に直交電磁界を発生させるウィーンフィルタを対物レンズよりも電子源側の光軸上に配置して、任意方向の軸外色収差を補正する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】実開昭55−48610号公報
【特許文献2】特開平2-33843号公報
【特許文献3】特開2000-348658号公報
【特許文献4】特開2001-15055号公報
【特許文献5】WO 01/33603
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来技術は、いずれも対物レンズの軸外におけるビームの振り戻し作用を利用してビームを試料に対して傾斜させるものであるが、対物レンズを含む複数の集束レンズの軸外で発生する収差を互いにキャンセルさせるには、非点補正器の調整と光軸調整を繰り返して、得られる画像が最もシャープになるように光軸を追い込む操作が必要であった。しかし、この操作はかなりの熟練を必要とするため、より単純で簡単な軸調整法や軸調整機能が望まれていた。
【0006】
本発明の目的は、熟練者を必要としない単純な軸調整法及び軸調整機能により、高角度なビーム傾斜で容易に高分解能像が得られる荷電粒子線装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、対物レンズの軸外で発生する収差の補正に寄与する全ての光学要素(補正レンズなど)の制御量を所定の量だけ同時に変化させる手段を設けた。この手段で光軸調整が容易になる原理を、図2を用いて説明する。
【0008】
図2は、対物レンズ7の軸外で発生する収差と逆向きの収差をコンデンサレンズ6の軸外で発生させて、分解能劣化を抑えたビーム傾斜を実現する方法の説明図である。高分解能なビーム条件を実現するには、対物レンズの軸外で発生するコマ収差と軸外色収差を同時に補正することが必要であり、このときの光軸調整は、対物レンズとコンデンサレンズの複合作用としてコマ収差と軸外色収差が0になる条件を見つける操作に対応する。また、軸外色収差が0になるときにコマ収差も同時に0にする条件は、予め計算で求めたコンデンサレンズ6の集束点が最適位置になるようにコンデンサレンズ6の励磁電流を設定すれば実現できる。図2の例では、コンデンサレンズ6の物点と像点(集束点)に偏向器51,52を配置してビームを偏向し、一次荷電粒子線4が各レンズの軸外を通過するようにしている。
【0009】
軸外色収差が0ということは、エネルギーの違いによってビーム中心軌道の試料上での位置が変化しないことを意味する。図2において、一次荷電粒子のエネルギーがViのビーム中心軌道は、コンデンサレンズ6の集束点においてP1の位置に到達する。しかし、エネルギーがVi+ΔVのビーム中心軌道は、荷電粒子がコンデンサレンズの軸外を通過しているために、P1’の位置に移動する。この移動量(P1-P1’)は、対物レンズ7の光学倍率Mで縮小されて試料10上での位置変化:M×(P1-P1’)になる。対物レンズにおいても同様の現象が発生し、ΔVのエネルギー変化によりビーム中心軌道はP2からP2’に移動する。よって、
M×(P1-P1’)+(P2-P2’)=0 …(1)
となる光軸の条件が、軸外色収差を打ち消す条件(収差補正条件)になる。
【0010】
式(1)の条件を見つけるには、ビームのエネルギーを変化させる代わりに、レンズの励磁電流を変化させてもよい。対物レンズの励磁電流をIobj、励磁コイルの巻き数をNobj、加速電圧(ビームエネルギー)をViとすると、一次荷電粒子線へのレンズ作用(レンズの強さ:Ex)は
Ex=(Iobj×Nobj)/√Vi …(2)
で表される。いま、ビームのエネルギーをViからVi+ΔVに変化させたとすると、レンズの強さ(Ex)は、次のように変化する。
【0011】
Ex → Ex+ΔEx …(3)
ここで、ΔExは、式(2)の関係から次式で表される。
【0012】
ΔEx=−0.5×Ex×(ΔV/Vi) …(4)
励磁電流をIobjからIobj+ΔIobjに変化させて式(4)と同じ変化ΔExを作るには、励磁電流の変化量ΔIobjを
ΔIobj=-0.5×Iobj×(ΔV/Vi) …(5)
とすればよい。
【0013】
同様にして、コンデンサレンズの電流をIcとするとき、
ΔIc=-0.5×Ic×(ΔV/Vi) …(6)
とすれば、コンデンサレンズにおいて、ビームエネルギーをViからVi+ΔVに変化させたのと同じ励磁変化を作ることができる。
【0014】
よって、IobjとIcとを式(5)及び式(6)で示される値(ΔIobj,ΔIc)だけ同時に変化させると、ビームエネルギーをΔVだけ変化させたのと同じ状態が作られる。すなわち、IobjとIcとを、そこを通過するビームのエネルギーで決まる変化率(ΔI/I)で変化させることは、ビームエネルギーを変化させることと等価であることがわかる。対物レンズ部に加速電界や減速電界を印加する場合には、対物レンズ部を通過する電子の平均的なエネルギー(Vi)が変化するため、対物レンズの電流変化率とコンデンサレンズの電流変化率とは異なった値になる。いずれにしても、レンズを通過するビームエネルギーに応じて決められる電流変化率でレンズ電流をΔIobj,ΔIcだけ同時に変化させて、このときのビーム位置の変化(視野の移動)が最小になるように光軸を調整すれば、対物レンズとコンデンサレンズの複合作用としての軸外色収差が互いに打ち消す条件(収差補正条件)が実現できる。この操作は、像の動きを最小にする調整なので、人間の感覚的資質に依存する画質や分解能の変化を直接判定する従来技術の調整に比較して、非常に容易な調整になる。
【0015】
光軸調整のアライナー制御値(複素数表示、j:虚数単位)をWAL=XAL+j・YALとすると、アライナー制御値(WAL)とレンズ電流変化時の視野の動き(Δw)とは次の関係で表される。制御値XAL及びYALは、アライナーに流す電流値、より実際的には電流値を設定するDAC(Digital to analogue converter)に設定する数値である。
Δw=A×(C+D×WAL) …(7)
【0016】
ここで、Aは励磁電流の変化量で決まる係数、Cは初期の軸ずれ量、Dは電子光学系の動作条件やアライナーの位置に依存する係数であり、Aを除いていずれも複素数で与えられる。式(7)で表されるΔwとWALの関係を、簡単のため一次元モデルで示したのが図3である(実際にはそれぞれの軸がX成分とY成分を有する二次元になる)。図3において、レンズ電流変化時の視野の動き(Δw)が0となるアライナー動作点が目的動作点であり、これを図3に矢印で示した。例えば、現在のアライナー設定値をWAL1とし、このときの視野ずれ量をΔW1とする。次に、アライナー制御値を予め定めた量だけずらしたWAL2に設定したとする。このときの視野ずれをΔW2とする。これらの値から図3のグラフの傾き(アライナーの動作感度に対応する)が決まり、グラフが決定されるため、視野ずれ量が0となる目的動作点を決めることができる。なお、視野ずれ量はレンズ電流の異なる2枚の画像のずれ量になるので、画像相関などの画像処理手法によって、容易に検出することができる。すなわち、複数のアライナー設定値WALに対する視野の動き(Δw)を画像処理で検出することにより、式(7)の関係からΔw=0となるアライナーの制御条件WAL=−C/Dを計算することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、対物レンズの集束作用を利用したビーム傾斜を行った場合の軸調整を容易に行うことができるだけでなく、軸調整操作の高精度な自動化が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一例である走査電子顕微鏡の概略構成図。
【図2】ビームエネルギーが変化したときのビーム中心軌道の変化を表す軌道図。
【図3】アライナーの動作点と視野ずれ量の関係を表す図。
【図4】レンズの励磁電流が変化したときのビーム中心軌道の変化を表す軌道図。
【図5】軸外収差が補正される光軸を自動で検出する処理フロー。
【図6】対物レンズの軸外で発生した色収差をウィーンフィルタで補正する場合の、光学系構成要素の配置例とビーム軌道を表す図。
【図7】ウィーンフィルタで軸外色収差を補正するときの、軸外収差が補正される光軸を自動で検出する処理フロー。
【図8】対物レンズ内で一次ビームを多重偏向して、ビーム傾斜に伴って発生する色収差を補正するときのビーム軌道を表す図。
【図9】同一対物レンズ内で軸外色収差を補正するときの、軸外収差が補正される光軸を自動で検出する処理フロー。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を用いて本発明の実施の形態を説明する。
図1は、本発明の一例である走査電子顕微鏡の概略構成図である。陰極1と第一陽極2の間には、コンピュータ40で制御される高圧制御電源20により電圧が印加され、所定のエミッション電流で一次電子線4が陰極1から引き出される。陰極1と第二陽極3の間には、コンピュータ40で制御される高圧制御電源20により加速電圧が印加され、陰極1から放出された一次電子線4が加速されて後段のレンズ系に進行する。一次電子線4は、レンズ制御電源21で制御された集束レンズ5で集束され、絞り板8で一次電子線の不要な領域が除去された後に、レンズ制御電源22で制御された集束レンズ6、及び対物レンズ制御電源23で制御された対物レンズ7により、試料10に微小スポットとして集束される。対物レンズ7は、インレンズ方式、アウトレンズ方式、及びシュノーケル方式(セミインレンズ方式)など、種々の形態をとることができる。また、試料に負の電圧を印加して一次電子線を減速させるリターディング方式も可能である。さらに、各々のレンズは、複数の電極で構成される静電型レンズで構成してもよい。
【0020】
一次電子線4は、走査コイル制御電源24によって制御される走査コイル9で試料10上を二次元的に走査される。一次電子線の照射で試料10から発生した二次電子等の二次信号12は、対物レンズ7の上部に進行した後、二次信号分離用の直交電磁界発生装置11により、一次電子と分離されて二次信号検出器13に検出される。二次信号検出器13で検出された信号は、信号増幅器14で増幅された後、画像メモリ25に転送されて像表示装置26に試料像として表示される。
【0021】
走査コイル9と同じ位置に2段の偏向コイル51が配置されており、傾斜制御電源31によって対物レンズ7の物点が偏向支点となるように、対物レンズに入射する一次電子線4の位置を二次元的に制御できる。集束レンズ6の付近に非点補正コイル53が配置されており、ビーム傾斜条件に連動して非点補正電源33で制御される。集束レンズ6と絞り板8の間には2段の偏向コイル52が配置されており、集束レンズ6の物点が偏向の支点となるように、収差制御電源32によって集束レンズ6に入射する一次電子線4の位置を二次元的に制御できる。偏向コイル51には、対物レンズの物点が偏向支点となる一次電子線位置制御信号に加えて、一次電子線の試料上での照射位置を二次元的に制御できる制御信号も流すことができ、ビーム傾斜条件に連動して照射位置のずれを補正できる。偏向コイル51は上述のアライナーとしての機能も果たす。
【0022】
試料ステージ15は、少なくとも一次電子線と垂直な面内の2方向(X方向、Y方向)に試料10を移動することができる。入力装置42からは、画像の取り込み条件(走査速度、加速電圧など)やビーム傾斜条件(傾斜方向や傾斜角度)の指定、及び画像の出力や記憶装置41への保存などを指定することができる。
【0023】
〔実施例1〕
図1の構成を有する走査電子顕微鏡により、ビーム傾斜時に発生する軸外色収差を補正するための実施例について、その主要部分を抜粋した図4を用いて以下に詳細に説明する。
【0024】
ビーム傾斜角の設定条件に応じて、偏向コイル52により、集束レンズ6の物点が偏向支点となるように一次ビーム4を偏向して一次ビーム4を集束レンズ6の軸外に入射させる。集束レンズ6の軸外に入射した一次ビーム4は、集束レンズ6のレンズ作用により振り戻されてP1点に到達する。集束レンズ6の集束点には偏向コイル51が配置されており、偏向コイル51により、一次ビーム4は対物レンズ7の軸外に入射される。対物レンズ7の軸外に入射された一次ビームは、対物レンズのレンズ作用により振り戻されて、試料上に対して傾斜して入射する。偏向コイル51と52の制御量は、予め定められた関係でもってビーム傾斜角度に応じて設定され、理想的には対物レンズ7の軸外収差(色収差、コマ収差)が集束レンズ6の軸外収差でキャンセルされる。しかし、現実には、わずかな軸ずれや制御誤差等の要因により、対物レンズと集束レンズの軸外収差が完全にキャンセルされないため、本実施例では、次の軸調整段階へと進む。
【0025】
軸調整段階では、集束レンズ6と対物レンズ7の電流に、それぞれ振幅ΔIc,ΔIobjで同位相の同時変動(時間的に周期的な変化)を与える。なお、振幅ΔIcとΔIobjは次の関係を満たすように制御される。
(ΔIc/Ic)=(ΔIobj/Iobj) …(8)
【0026】
このレンズ電流の変動に同期してSEM像の視野が動く場合には、軸外収差の補正条件がずれていることを意味するため、SEM像の視野移動が最小になるように偏向コイル51を調整して、対物レンズへの一次ビーム入射位置を調整する。この操作で視野移動が最小になったときに、集束レンズ6と対物レンズ7の軸外収差が互いにキャンセルされて、ビームが試料に対して傾斜した状態で高分解能なSEM像が得られる。なお、試料に電圧を印加した場合のように、対物レンズ領域を通過中の一次ビームと集束レンズ領域を通過中の一次ビームのエネルギーが異なる場合には、式(8)の代わりに
(ΔIc/Ic)=k・(ΔIobj/Iobj) …(9)
を用いる。ここで、kは対物レンズ領域と集束レンズ領域におけるビームエネルギーの違いに依存する係数であり、予め計算や実験で決めることができる。
【0027】
〔実施例2〕
本実施例では、図1の構成を有する走査電子顕微鏡により、ビーム傾斜時に発生する軸外色収差を補正するための光軸条件を自動で調整する実施例について、図4及び図5を用いて詳細に説明する。
【0028】
試料に対するビームの傾斜角度に応じて、図4に示す偏向コイル52,51の制御条件が予め定められた関係により設定される。その後、光軸のずれを修正して集束レンズ6と対物レンズ7の軸外収差がそれぞれキャンセルする条件を作るために、図5の処理ステップS1〜S9を実行する。
【0029】
(i) S1
この処理では、式(9)に基づいて集束レンズと対物レンズの電流変化量(ΔIc,ΔIobj)を計算する。
(ii) S2〜S4
レンズ電流を変化させて取得した2枚の画像から、視野ずれ量(W1)を検出する。
【0030】
(iii) S5
アライナー(偏向コイル51)に予め定めた変化量A0を加えて、アライナー制御値を変化させる。
(iv) S6〜S7
S2〜S4の処理を繰り返して、制御値変更後のアライナーに対する2枚の画像の視野ずれ量(W2)を検出する。
【0031】
(v) S8
視野ずれ量W1、W2からアライナーの最適制御値を計算する。この計算は式(7)に基づいて行うことができる。すなわち、WAL=A0のときの視野ずれ量W1より、
W1=A×(C+D×A0) …(10)
の関係が得られる。次に、WAL=A0+ΔA1のときの視野ずれ量W1より、次式の関係が得られる。
W2=A×(C+D×(A0+ΔA1)) …(11)
【0032】
式(10)、(11)より、未知数C、Dを次のように解くことができる。
C=(1/A)・[W1−(A0/ΔA1)(W2−W1)] …(12)
D=(1/A)・(W2−W1)/ΔA1 …(13)
【0033】
アライナーの最適制御値は、式(7)においてΔw=0となる条件であり、
WAL=−C/D …(14)
で計算される。よって、アライナーの最適制御値(軸外収差が補正される条件)は、式(12)及び式(13)より、
WAL=−[W1−(A0/ΔA1)(W2−W1)]/[(W2−W1)/ΔA1] …(15)
として計算されるため、式(12)、式(13)に未知数Aが含まれていても、アライナーの最適制御値の算出ができる。
(vi) S9
式(15)によって算出されたアライナー制御値WALをアライナーに設定する。
【0034】
〔実施例3〕
対物レンズ7の軸外で発生する色収差をウィーンフィルタ70で補正して一次ビーム4を試料10上で傾斜するときの光軸調整法における本発明の実施例を、図6に示す。図6の実施例では、対物レンズ7に対する物点(ビームクロスオーバ点)が見かけ上の偏向支点になるように偏向コイル61と62を動作させて、一次ビーム4を対物レンズ7の軸外に入射させる。このとき、一次ビーム4は対物レンズ7の軸外で振り戻されて試料上の元の位置P2に到達するが、対物レンズの軸外で色収差を発生する。対物レンズ上部に配置したウィーンフィルタ70は、対物レンズ7の軸外で発生した色収差がちょうど補正されるように動作させる。色収差が補正される動作条件を調整するために、本実施例では、対物レンズの励磁電流と、ウィーンフィルタの電流または電圧を、予め定めた値だけ同時に変動させる。このとき、色収差が補正される条件以外では、パラメータの変動に対応して像の動きが発生する。この像の動きが最小になるように、偏向コイル61と62の偏向量、あるいは、ウィーンフィルタ70の動作条件を調整する。本実施例により対物レンズ7の軸外で発生する色収差が補正される原理を以下に説明する。
【0035】
ウィーンフィルタでは直交する電界と磁界を発生させて、その中を通過するエネルギーViの電子に対して電界と磁界とが互いに逆向きの偏向作用を与えてキャンセルするような強度を設定する。この条件を満たす電界と磁界の強さは、ウィーンフィルタの動作前後で同じ視野が得られるようにして容易に設定できる。このとき、電界と磁界によって発生する視野ずれ量をそれぞれrE,rBとすると、一次ビームが偏向されないウィーン条件は次式となる。
rE=rB …(16)
【0036】
一方、電界と磁界の偏向量(rE,rB)は、加速電圧をVi、電界を作る電圧をVE、磁界を作る励磁電流をIBとすると、次のようになる。
rE=KE・VE/Vi …(17)
rB=KB・IB/Vi1/2 …(18)
【0037】
ここで、KE,KBは、電極やコイルの形状、及びウィーンフィルタの配置などに依存する係数である。このように偏向量に対する加速電圧依存性の相違により、ウィーンフィルタを通過した電子ビームは、平均エネルギー(Vi)の電子は偏向されないが、エネルギーのばらつきΔVにより試料上で次式のエネルギー分散(色収差)Δrcが発生する。
Δr=0.5×rB×ΔV/Vi=0.5×rE×ΔV/Vi …(19)
【0038】
エネルギー分散の強さを像の動きとして検出するために、ビームの平均エネルギーをViからVi+ΔVに変化したのと等価な電流IBの変化ΔIBを求めると、集束レンズの場合と同様の考え方で次式が得られる。
ΔIB=−0.5×IB×(ΔV/Vi) …(20)
【0039】
すなわち、式(5)で計算されるΔIobjと式(20)で計算されるウィーンフィルタの励磁電流ΔIBを同時に変化させたときに像の移動がなければ、色収差が補正されたことを表す。一方、ウィーンフィルタの電圧VEを変化させても同じことが実現できる。ビームエネルギーの変化ΔVと等価な電圧変化ΔVEは、
ΔVE=−VE×(ΔV/Vi) …(21)
となるため、対物レンズの電流Iobjとウィーンフィルタの動作条件(電流、または電圧)を同時に変化させて、視野の動きが最小になるようにウィーンフィルタ70の強さ、あるいは、偏向コイル61,62の条件を決めることができる。また、図7の処理ステップS11〜S19を実行することにより、色収差補正条件を自動で演算することも可能である。
【0040】
(i) S11
この処理では、式(20)に基づいて対物レンズとウィーンフィルタの電流変化量(ΔIobj,ΔIB)を計算する。
(ii) S12〜S14
対物レンズ電流とウィーンフィルタ電流を同時に変化させて取得した2枚の画像から、視野ずれ量(W1)を検出する。
【0041】
(iii) S15
アライナーに予め定めた変化量A0を加えて、アライナー制御値を変化させる。
(iv) S16〜S17
S12〜S14の処理を繰り返して、制御値変更後のアライナーに対する2枚の画像の視野ずれ量(W2)を検出する。
【0042】
(v) S18
視野ずれ量W1,W2からアライナーの最適制御値を計算する。この計算は式(7)に基づいて行うことができる。すなわち、WAL=A0のときの視野ずれ量W1より、
W1=A×(C+D×A0) …(22)
の関係が得られる。次に、WAL=A0+ΔA1のときの視野ずれ量W1より、
W2=A×(C+D×(A0+ΔA1)) …(23)
の関係が得られる。式(22)、(23)より、未知数C、Dを次のように解くことができる。
C=(1/A)・[W1−(A0/ΔA1)(W2−W1)] …(24)
D=(1/A)・(W2−W1)/ΔA1 …(25)
【0043】
アライナーの最適制御値は、式(7)においてΔw=0となる条件であり、
WAL=−C/D …(26)
で計算される。よって、アライナーの最適制御値(軸外収差が補正される条件)は、式(24)及び式(25)より、
WAL=−[W1−(A0/ΔA1)(W2−W1)]/[(W2−W1)/ΔA1] …(27)
として計算されるため、式(24)、式(25)に未知数Aが含まれていても、アライナーの最適制御値の算出ができる。
【0044】
(vi) S19
式(27)によって算出されたアライナー制御値WALをアライナーに設定する。
なお、S1において、ウィーンフィルタの電流ΔIBの代わりに、式(21)のΔVEを用いても同じ結果が得られる。
【0045】
〔実施例4〕
図8に示す実施例では、対物レンズ上部に配置した偏向コイル61a,61bにより一次ビーム4をその集束軌道に沿うように離軸させて対物レンズ7に入射させる。対物レンズ7の磁界内に配置した偏向コイル62a,62bでは、軌道の向きを反転させて180°ずれた方向の集束軌道に沿って一次ビームを傾斜して試料に入射させる。このとき、偏向コイルのわずかな位置ずれにより色収差の補正誤差が発生する。本実施例では、この色収差の補正ずれによる分解能劣化を回避するために、以下の手順で調整を行なう。
【0046】
(1) 偏向コイル61a,61b,62a,62bに、ビーム傾斜角に応じて予め定めた偏向電流を設定する。
(2) 予め定められた振幅で、対物レンズ7の励磁電流を変化させて、励磁電流の変化に連動した像の動きを確認する。
(3) 対物レンズ7の励磁電流変化に連動した像の動きが最小になるように、偏向コイル61bの電流を調整する。
【0047】
本実施例の場合、ビーム傾斜に伴って発生する色収差は、全て対物レンズ7内で発生するため、対物レンズ7の励磁電流の変化で試料像の移動がなくなるような光軸の条件が、ビーム傾斜に伴う色収差が発生しない条件となる。なお、こうした条件を作るためのコイルは偏向コイル61bに限ることはなく、例えば、偏向コイル61bと62bの組み合わせや、これ以外の組み合わせでも実現することができる。いずれにしても、視野の移動を見ながら、これを最小にするような調整操作で色収差補正条件を実現できるため、調整を容易に行なうことができる。さらに、図9の処理ステップS21〜S29を実行することにより、色収差補正条件の光軸を自動で演算して設定することも可能である。
【0048】
(i) S21
この処理では、対物レンズ電流の設定値に対応して電流変化量(ΔIobj)を計算する。
(ii) S22〜S24
対物レンズ電流を変化させて取得した画像から、視野ずれ量(W1)を検出する。
(iii) S25
アライナー(例えば偏向コイル61b)に予め定めた変化量A0を加えて、アライナー制御値を変化させる。
【0049】
(iv) S26〜S27
S22〜S24の処理を繰り返して、制御値変更後のアライナーに対する視野ずれ量(W2)を検出する。
(v) S28
視野ずれ量W1,W2からアライナーの最適制御値を計算する。この計算は式(7)に基づいて行うことができる。すなわち、WAL=A0のときの視野ずれ量W1より、
W1=A×(C+D×A0) …(28)
の関係が得られる。次に、WAL=A0+ΔA1のときの視野ずれ量W1より、
W2=A×(C+D×(A0+ΔA1)) …(29)
の関係が得られる。
【0050】
式(28),(29)より、未知数C、Dを次のように解くことができる。
C=(1/A)・[W1−(A0/ΔA1)(W2−W1)] …(30)
D=(1/A)・(W2−W1)/ΔA1 …(31)
【0051】
アライナーの最適制御値は、式(7)においてΔw=0となる条件であり、
WAL=−C/D …(32)
で計算される。よって、アライナーの最適制御値(軸外収差が補正される条件)は、式(30)及び式(31)より、
WAL=−[W1−(A0/ΔA1)(W2−W1)]/[(W2−W1)/ΔA1] …(33)
として計算されるため、式(30)、式(31)に未知数Aが含まれていても、アライナーの最適制御値の算出ができる。
(vi) S29
式(33)によって算出されたアライナー制御値WALをアライナーに設定する。
【符号の説明】
【0052】
1…陰極、2…第一陽極、3…第二陽極、4…一次電子線、5…第一集束レンズ、6…第二集束レンズ、7…対物レンズ、8…絞り板、9…走査コイル、10…試料、11…二次信号分離用直交電磁界(E×B)発生器、12…二次信号、13…二次信号用検出器、14…信号増幅器、15…試料ステージ、20…高圧制御電源、21…第一集束レンズ制御電源、22…第二集束レンズ制御電源、23…対物レンズ制御電源、24…走査コイル制御電源、25…画像メモリ、26…像表示装置、31…ビーム傾斜角制御電源、32…収差制御電源、33…非点補正電源、40…コンピュータ、41…記憶装置、42…入力装置、51…ビーム傾斜角制御コイル、52…収差制御コイル、53…非点収差補正コイル、61,61a,62,62b…光軸調整用偏向コイル、70…ウィーンフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
荷電粒子源から放出された一次荷電粒子線を、対物レンズと、前記対物レンズよりも前記荷電粒子源側にあって一次荷電粒子線の光軸を調整するための少なくとも1段の偏向手段で構成される第1の光軸調整手段と、前記対物レンズの磁界内で一次荷電粒子線の光軸を調整する2段の偏向コイルで構成される第2、第3の光軸調整手段を備えた荷電粒子光学系を通して集束して試料上で走査すると共に、前記第1、第2、第3の光軸調整手段によって前記一次荷電粒子線を試料に傾斜して入射させ、一次荷電粒子線の走査によって試料から発生する信号粒子を検出して試料像を取得する荷電粒子線装置の光軸調整方法において、
前記対物レンズの励磁電流を変化させるステップと、
そのときに生じる試料像の移動量が最小になるように、前記第1、第2、第3の光軸調整手段のうち少なくともひとつの光軸調整手段の制御条件を決定するステップと、
を有することを特徴とする荷電粒子線装置の光軸調整方法。
【請求項2】
請求項1記載の荷電粒子線装置の光軸調整方法において、
前記第1、第2、第3の光軸調整手段のうち少なくともひとつの光軸調整手段の制御値として第1の制御値を設定して前記対物レンズの制御値を変化させて2枚の試料像を取得するステップと、
前記2枚の試料像間の第1のずれ量を求めるステップと、
前記第1の制御値を第2の制御値に変更し、前記対物レンズの制御値を変化させて2枚の試料像を取得するステップと、
前記2枚の試料像間の第2のずれ量を求めるステップと、
前記第1及び第2の制御値、並びに前記2枚の試料像間の前記第1及び第2のずれ量をもとに、前記対物レンズの制御値を変化させて得られる2枚の試料像間のずれ量が0になる前記第1、第2、第3の光軸調整手段のうち少なくともひとつの光軸調整手段の制御値を演算するステップと、
前記第1、第2、第3の光軸調整手段のうち少なくともひとつの光軸調整手段に前記演算された制御値を設定するステップと、
を有することを特徴とする荷電粒子線装置の光軸調整方法。

【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−135119(P2009−135119A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−69502(P2009−69502)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【分割の表示】特願2004−189442(P2004−189442)の分割
【原出願日】平成16年6月28日(2004.6.28)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】