説明

葉面散布型の硝酸低減剤

【課題】植物の可食部位における硝酸濃度を効果的に低下させ、同時に、この低硝酸濃度状態をより長時間維持させる葉面散布型の硝酸低減剤を提供する。
【解決手段】ユズ果皮成分やタンニン誘導体など植物の生育抑制剤に、細胞内の代謝を活性化させる所謂育成促進剤としてマグネシウム塩や糖蜜発酵液を所定量組み合わせてなる葉面散布型の硝酸低減剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の生育を抑制する物質に、細胞内代謝を促進する物質を組合せる事を技術思想とした葉面散布型の硝酸低減剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ほとんどの植物は、根から窒素源として硝酸を吸引し、葉から空気中の二酸化炭素を取り込む。根から吸い込まれた硝酸は、亜硝酸、アンモニアと代謝され、光合成で二酸化炭素を基に得られた糖由来の炭素源と結合する。即ち、植物は、「空気中からの炭素」と、「土壌からの窒素」を結合させ、生命活動に不可欠なアミノ酸「炭素と窒素の化合物」を得ている。このため、植物の健全な生育には、常時、一定濃度の硝酸が体液中に存在しなければならず、硝酸濃度をゼロにはできない。
【0003】
食用植物に残留する硝酸イオンは、その量が多ければ、ヒトにとっては食味が優れないだけでなく、バクテリアなどにより亜硝酸に還元されるとニトロソ系の発がん剤となり、さらに、ヘム鉄と結び付きチアノーゼ症状を引き起こす。また、微生物の増殖にとっても活用されるため、収穫後の野菜の腐敗が速い。これにも関わらず、農作物の効果的な増収のために多肥栽培が実施され、高濃度の残留硝酸を含む野菜が市場に流通しているのが実状である。食の安心を求める市場からは、農作物中の残留硝酸を可能な限り低くする事が切実に求められている。実際、EUでは葉野菜に含まれる硝酸濃度の許容基準値が定められている。
【0004】
植物体内の硝酸濃度を低減させる技術として文献Aが報告されている。このうち2005年8月までの特許文献1から特許文献14については、本発明者(石川)が、特許文献17の「背景技術」の項目で分類している。これらに加え、2005年9月から2007年1月期に公開された硝酸低減に関する技術は、特許文献15〜特許文献17である。特許文献15は、希土類金属イオン錯体水溶液の葉面散布が硝酸低減に効果があることを新しく示しているが、希土類金属イオンの人体への影響は言及されていない。特許文献16は、特許文献2、特許文献3、特許文献9および特許文献17の葉面散布剤と同じくマグネシウムイオンを活用した硝酸低減技術である。これらの中で、葉面散布での硝酸低減技術に限ると水耕栽培用の特許文献13と特許文献14は除外できる。
【0005】
文献Aの各々は、硝酸低減のために、異なる手法が用いられている。しかし、それらの拠り所とする技術思想は、共通している。文献A(特許文献12〜14を除く)の全ては、根から取り込まれた硝酸のアミノ酸への代謝を活性化させ、効率的に硝酸を減らす共通の技術戦略を持つ。このとらえ方は、植物の生育促進剤に関する文献Bからも支持される。文献Bでは、海藻、糖由来の有機酸、タンパク質の加水分解生成物、非α−アミノ酸が、植物の代謝活性化に利用されている。これらの物質は全て、文献Aで、生育促進効果を持つ母剤として活用されている。換言すると、文献A(特許文献12〜14を除く)は、「植物の生育促進剤+α」の方法論で硝酸低減を実施している。
【0006】
この植物の生育促進効剤を開発母体とする方法論は、硝酸低減に加えて、増収と、生成する豊富なアミノ酸含量による品質(味など)の向上をもたらす長所がある。しかし、硝酸低減については、避けることができない限界点を持ち、改良点が残っている。
【0007】
特許文献3の図2に示されているように、生育代謝活性剤の植物体内への浸透で窒素代謝が活発化し、硝酸値は一時的に低下する。しかし、代謝により不足した硝酸濃度を補うために根を通じ再び硝酸が土壌から吸い込まれて、体内硝酸値が再上昇する。代謝活性化により低下した養分が必ず補われて、元の状態まで、もしくはそれ以上に回復してしまう現象は、生命活動を継続している以上避けることができない。
【0008】
植物体内での代謝による硝酸の減少を「作用D」とし、根からの硝酸吸収を「作用U」とする。健全な植物は、体内での硝酸消費と、根からの硝酸供給の均衡がとれた「作用D≒作用U」の状態で生育している。体内の硝酸濃度を低下させるには、この均衡を崩し「作用D>作用U」状態にしなければならない。硝酸低減剤の葉面散布直後で、有効成分濃度が高い状態にある葉の中では、一時的に「作用D>作用U」状態となり低硝酸状態を得ることが可能である。しかし、時間経過につれ薬効が薄れ、また、根の生長が促され、作用Uが無視できなくなり、「作用D<作用U」状態と逆転する。最終的には、「作用D≒作用U」の均衡がとれた状態に戻る。即ち、植物の生育促進剤を母体とした硝酸低減効果は、「作用D>作用U」状態が維持される初期期間に限られる。これが本質的な欠点である。低硝酸状態の限られた期間内に、農作物生産者は、根を切断、または、培地から引き抜き、収穫する必要に迫られる。
【0009】
植物体内での硝酸の物質収支の均衡を崩し「作用D>作用U」状態を作り出す事が、硝酸低減剤の設計には不可欠であると本発明者は考えた。この状態を作り出すには、「作用Dを強化する」事と、「作用Uを弱める」事が有効な手段となる。
【0010】
文献Aの硝酸低減剤のほとんどは、「作用D」の強化を狙った技術思想に分類される。根からの硝酸供給「作用U」制御を意識した発想は、特許文献17を除いて全く存在しない。特許文献17は、低硝酸状態の長時間化を課題としている。解決の鍵は、根からの水分移動の調整により、硝酸水溶液の根からの取り込み「作用U」を制限しようとする技術思想にある。具体的には、葉からの水分蒸散を抑制し、根からの肥料水溶液の吸引量を低下させるために、グリセリンなどの飲食可能な保湿剤を、強力な生育促進剤と組み合わせている。実際に、この方法で、低硝酸状態の長時間化を達成している。繰り返しになるが、これまでに開発された全ての硝酸低減剤中の生育促進剤は、作用Dの強化を屋台骨として設計されている。
【0011】
植物体内の代謝を活発化し、生育を促進させると、必ず、根からの養分再吸収が時間差を伴って生じる。これとは逆に、植物体内の生育を意図的に抑制すると、代謝量が減少するため、根からの養分吸収量も自然に低下させる事ができよう。増収と硝酸低減を同時に狙う場合は、「生育促進剤」を主軸にした方法論にならざるを得ない。しかし、増収効果を求めず、硝酸低減のみを目的とする場合は、「生育抑制効果」を主軸にした「作用D>作用U」状態の設計が可能になろう。
【0012】
植物の矮化剤、生長調整剤、発芽抑制剤、生合成阻害剤、伸長抑制剤などは、植物の生育を抑制する。これらの中には食材由来で、人体には有害でない化合物も含まれる。文献Cは、植物の生育抑制剤についてまとめている。生育抑制剤としての技術を述べた文献Cは、硝酸低減剤としての発案は全く見あたらない。上述したように、生育を抑制する事は、根からの肥料の吸い込み(作用U)制限とも関係し、硝酸低減のための鍵になるかもしれないと本発明では考えた。しかし、特許文献C群は、生育抑制剤としての開発と利用に限定されており、硝酸低減などその周辺技術まで視ていない。「生長抑制剤」に着目した硝酸低減剤の開発が、全く実施されていないのは、恐らく、植物の生育に毒を与えるとする負の印象が強いためでもあろう。
【0013】
これらの事実をまとめると、従来の硝酸低減剤は、作用Dの強化に軸足を置いた「生育促進剤+α」形で開発され、作用Uの制限を追求する「生育抑制剤+α」の開発思想では全く実施されていないと結論できる。
【0014】
文献Cで多く活用されているアブシジン酸誘導体は、植物の生長停止ホルモンである。また、アブシジン酸の気孔を閉じる作用が蒸散抑制となり、切り花などの日持ち向上に使用されている。アブシジン酸は全ての植物に含まれるが、ユズなどの柑橘果皮には多く含まれている事が文献Cの非特許文献1と非特許文献2で示されている。実際、ユズ果皮の使用により、いくつかの植物の発芽、伸長が抑制される事が報告されており、本発明でもユズ果皮による生育抑制を確認した。
ワインの渋味のもとでもあるタンニン型のポリフェノール誘導体も植物の生育を抑制する事が非特許文献3で示されている。樹皮中のタンニン誘導体に着目した雑草生育抑制剤として特許文献36と特許文献37に報告されている。これらのタンニンは、水溶性であり、タンパク質、アルカロイド、金属イオンと強く結合し、還元(抗酸化)性を持つ。これらの特性が生育抑制効果と相関していると考えられる。酸化防止剤として食品添加に利用されている没食子酸(gallic acid, 3,4,5-trihydroxybenzoic acid)は、加水分解性タンニンの基本骨格を成すものであり、実際、タンニン類の合成原料として使用されている。
【0015】
上記した関係文献は次のとうりである。
文献A.硝酸低減に関連した特許文献:特許文献1〜特許文献17。
文献B.植物の生育促進に関連した特許文献18〜特許文献27。
文献C.植物の生育抑制に関連した文献:特許文献28〜特許文献37、非特許文献1〜非特許文献3。
【特許文献1】特開2003-146786号公報(糖蜜発酵有機酸、炭素源としての有機酸)
【特許文献2】特開2006-36684号公報(特許文献A1+マグネシウムイオン)
【特許文献3】特願2005-088449号公報(特許文献A2+ペプチド態窒素)
【特許文献4】特許第2793583号公報(褐藻成分)
【特許文献5】特開2000-26183号公報(紅藻、緑藻成分)
【特許文献6】特開平10-218713号公報(Mo、キトサン)
【特許文献7】特開2003-180165号公報(Mo、アミノ酸、核酸)
【特許文献8】特開2003-146786号公報(チタン)
【特許文献9】特開2001-2517号公報(蜂蜜と海水を含む天然塩)
【特許文献10】United States Patent 5,489,572(非α-アミノ酸、5-aminolevulinic acid)
【特許文献11】特許公開2001-190154号公報(酢酸類の活用)
【特許文献12】特許公開平10-218713号公報(アンモニアイオンによる亜硝酸分解)
【特許文献13】特許公開平10-290638号公報(硝酸態窒素を含まない養液栽培)
【特許文献14】特許公開平11-69920号公報(硝酸態窒素を含まない養液栽培)
【特許文献15】特開2006-109719号公報(希土類金属錯体)
【特許文献16】特開2006-109719号公報(にがり)
【特許文献17】特願2005-253392号公報(特許文献A3+保湿剤+GABA/Met)
【特許文献18】特許公開2006-176435号公報(海藻成分の多孔質体担持)
【特許文献19】特許公開2006-121975号公報(黒酢)
【特許文献20】特許公開2005-15438号公報(メチオニン、トリプトファン、糖転流促進剤)
【特許文献21】特許公開2003-160391号公報(動物性繊維を硫酸で加水分解 方法)
【特許文献22】特許公開2003-12389号公報(ゼラチン、ニカワのペプチド類、アミノ酸)
【特許文献23】特許公開2003-73210号公報(大豆粕分解物またはメチオニン)
【特許文献24】特許公表2003-525202号公報(GABA、カゼイン、GLU)、
【特許文献25】特許公表2003-12389号公報(GABA、カゼイン、GLU)
【特許文献26】特許公開2003-12389号公報(GABA、GLU)
【特許文献27】特許公開平7-10670号公報(米糠エキスに黒砂糖で発酵、製造とその製品)
【特許文献28】特許公開2004-149479号公報(サツマイモ茎葉とインドール化合物と矮化剤)
【特許文献29】特許公開2005-281187(菌色素の発芽抑制剤)
【特許文献30】特許公開2003-335607号公報(アブシジン酸とジャスモン酸による生育調整)
【特許文献31】特許公開平7-242590号公報(アブシジン酸誘導体による生育調整)
【特許文献32】特許公開平9-309804号公報(アブシジン酸と天然多糖類による生長調節)
【特許文献33】特許公開平8-81453号公報(エポキシシクロヘキサン誘導体の生長調節)
【特許文献34】特許公開平5-58803号公報(アブシジン酸による切花保存)
【特許文献35】特許公開平8-9811号公報(生育抑制剤による苗の長期保存)皮のタンニン型フェノール誘導体による植物の生育抑制)
【特許文献36】特許公開2005-232111号公報(杉、檜の樹皮成分による雑草の生育抑制)
【特許文献37】特許公開平6-298620号公報(木皮による雑草の生育抑制)
【非特許文献1】H. K-Noguchiら, Phytochemistry, 2001, 61, 849-853(ユズのアブシジン酸と生育抑制)
【非特許文献2】S. Fujiharaら, Plant Growth Regulation, 2003, 39, 223-233(柑橘果皮と生育抑制)
【非特許文献3】吉留竜仁ら、愛媛環境研年報, 2003, 6, 55-60
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上述した知見を踏まえ、本発明では、植物用の生育抑制剤を主軸にした、硝酸低減剤の開発を目的とした。具体的には、まず、(1) 「生育抑制剤」による生育の緩慢化を、根からの養分吸収の制限につなげる。この、根から硝酸が吸引されにくい状態で、(2) 体内に残存する硝酸濃度を二つ目の鍵物質(細胞内代謝を促進剤)により低減させる方法での硝酸低減剤の開発を課題とした。即ち、本発明は、強力な生育抑制剤の作用に、細胞内代謝促進剤の持つ硝酸低減効果を、有機的に相乗させ初めて発現するものである。「生育抑制剤+α」の設計指針で表される本発明の課題は、これまでの硝酸低減剤の開発方法とは正反対であり、これまでに全く無かった斬新な技術思想である。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の特徴とする技術条件は、次の(1)〜(13)のとおりである。
(1).発明1(生育抑制剤+生育促進剤)
植物の生育抑制剤としてアブシジン酸誘導体、抗酸化性のタンニン誘導体、没食子酸とその誘導体の一種以上と、植物の生育促進剤としてマグネシウム塩と糖蜜発酵液の一種以上とを混合した葉面散布型の硝酸低減剤。
(2).発明2(没食子酸+マグネシウム塩+液体媒体)
前記生育抑制剤としての没食子酸と、前記生育促進剤としてのマグネシウム塩が、5.5 : 0.6 〜 5.5:1.3(質量比)の比率で液体媒体に配合されてなる葉面散布型の硝酸低減剤。
(3).発明3(没食子酸+糖蜜発酵水溶液)
前記生育抑制剤としての没食子酸(固体)が、前記生育促進剤としての糖蜜発酵水溶液に66g/L〜 133g/Lの比率で混合されてなる葉面散布型の硝酸低減剤。
(4).発明4(柑橘抽出物+糖蜜発酵水溶液)
前記生育抑制剤としての柑橘抽出物が、前記生育促進剤としての糖蜜発酵水溶液に飽和近くの濃度で溶解してなる葉面散布型の硝酸低減剤。
(5).発明5(柑橘抽出物の水溶液+マグネシウム塩)
前記生育促進剤としてのマグネシウム塩が、前記生育抑制剤としての柑橘抽出物水溶液に溶解してなる葉面散布型の硝酸低減剤。
(6).発明6(没食子酸+マグネシウム塩+柑橘果皮水溶液)
前記液体媒体として柑橘果皮の抽出成分の飽和溶解水溶液を用いてなる発明2に記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
(7).発明7(没食子酸+マグネシウム塩)
前記液体媒体として純水を用いてなる発明2に記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
(8).発明8(没食子酸+マグネシウム塩+糖蜜発酵水溶液)
前記液体媒体として糖類の発酵水溶液を用いてなる発明2に記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
(9).発明9
前記糖蜜発酵水溶液として水溶性タンパク質を含む糖類水溶液の発酵液を用いてなる発明3および発明4および発明8のいずれか一つに記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
(10).発明10
前記柑橘果皮の抽出成分の飽和溶解水溶液としてユズ、カボス、甘夏の果皮からの抽出成分の飽和溶解水溶液を用いてなる発明4および発明5および発明6のいずれか一つに記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
(11).発明11
柑橘果皮の代わりに生育抑制機能を持つアブシジン酸、もしくはその誘導体を含有してなる発明10に記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
(12).発明12
マグネシウム塩の陰イオンとしてカルボキシレートを含有してなる発明2、発明5、発明6、発明7、発明8に記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
(13).発明13
マグネシウム塩として酢酸マグネシウムを含有してなる発明2から発明12に記載の葉面散布型の硝酸低減剤。
【発明の効果】
【0018】
本発明の葉面散布型の硝酸削減剤は、出荷直前の大きさまで育てる農産物の葉(換金作物として生育をそれ以上促進させる必要が無い状態)の硝酸濃度を、一回の葉面散布処理により、2割から7割低減させうる。この低硝酸状態は、2−6日間維持できる。この2−6日といった時間は、農作物生産者にとり十分な有効収穫作業期間である。本発明は、農作物生産現場とって、極めて優しく効果的な葉面散布型の硝酸低減剤の提供効果を持つ。また、柑橘果皮や、抗酸化剤としての機能も合わせ持つタンニン誘導体は、いずれも、ヒトが飲食可能な物質であり、植物体内に残存しても健康には問題ない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の葉面散布型の硝酸削減剤において、使用する植物の生育抑制剤は、矮化作用、生長調整作用、発芽抑制作用、生合成阻害作用、伸長抑制作用を引き起こす化合物と、その化合物を含む素材物質を意味する。これらは、枯らせないが、樹勢を低下させる物質であって、決して生育禁止作用により生命活動を停止させる程の強力な生育毒性は持たない物質である。具体的な植物の生長調節化合物として、アブシジン酸(abscissic acid)誘導体、アンシミドール(ancymidol)誘導体、イナベンフィド(inabenfide)誘導体、ウニコナゾール(uniconazole)誘導体、コリンクロライド(choline chloride)誘導体、抗酸化性のタンニン(ポリフェノール)誘導体、没食子酸とその誘導体、インドール誘導体、桂皮酸誘導体等を例示することができる。また、これらを含む天然素材として、カボスやユズや甘夏などの柑橘果皮、特に、ユズ果皮(アブシジン酸誘導体とフラボノイド型ポリフェノール誘導体)、お茶の葉(タンニン類としての抗酸化物質カテキン類ピロガロール誘導体)、ゼンマイ類やブドウ類の渋味成分(タンニン類)、杉や檜樹皮のポリフェノール誘導体(タンニン類)、タバコの葉(ニコチン誘導体)、サツマイモの茎葉(インドール誘導体および桂皮酸誘導体)などを例示できる。本発明の植物の生育抑制物質は、根からの養分の再吸収を抑える事が可能になる程度の生長抑制作用を有し、同時に、食用可能であれば、これらに限定されない。
【0020】
本発明の葉面散布型の硝酸削減剤において、使用する生育促進剤即ち細胞内の代謝を促進させる物質は、硝酸の代謝能力を持ち、同時に、上述した生育抑制物質がもたらす根からの養分再吸収特性を凌駕しない物質を意味する。
具体的な生育促進剤として、代謝回路の活性化に不可欠なクエン酸(C3植物)やリンゴ酸(C4植物)等のカルボン酸を含む有機酸、低分子の糖誘導体(総炭素数3〜12程度)、高分子の糖誘導体(アルギン酸誘導体、キチン−キトサン誘導体、水溶性セルロース誘導体等)、マグネシウム塩、モリブデン塩、チタン塩、オーキシンやサイトカインやジベレリンなどの生長促進ホルモン、α-アミノ酸類とそのペプチド類、GABA(4-アミノブタン酸)やBABA(3-アミノブタン酸)やAABA(2-アミノブタン酸)等の非α-アミノ酸誘導体などを例示できる。これら代謝促進機能剤を含有する素材として、黒糖や果糖や蜂蜜や糖蜜など糖加工品製品、海藻とその発酵液、大豆や肉や魚や乳や皮などのタンパク質素材とそれらの発酵物、海洋水、ミネラルを溶解した天然水や天然岩塩などを例示できる。しかし、「作用D>作用U」状態を維持できて、同時に、硝酸低減能を持つ物質であれば、本発明の細胞内代謝促進剤は、これらに限定されない。
【0021】
以上に掲げた物質の中で、本発明にとり好ましい生育抑制剤は、明確な植物生長抑制効果を示す、完熟した黄化ユズ果皮の抽出液(非特許文献1、非特許文献2)、もしくは、没食子酸とその誘導体である。一方、本発明にとり好ましい生育促進剤は、マグネシウム塩と糖蜜発酵液のいずれか一つ以上である。
【0022】
糖蜜の発酵液にはペプチドやアミノ酸が添加されていても構わない。糖蜜発酵液にペプチドおよびアミノ酸を加える場合、精製された化学試薬品を利用できる。また、特許文献3に記載されているように、糖蜜の発酵時に、卵類、乳類、血液由来物質、豆乳類など水に分散もしくは溶解するタンパク質を共存させ、酵母によりペプチドおよびアミノ酸まで加水分解させても構わない。発酵の際、使用される糖類としては、廃糖蜜がコスト面から優れているが、精製した砂糖、黒砂糖、蜂蜜、果糖、乳糖など食品用の糖が好ましい。もちろん、化学試薬レベルにまで精製したグルコース、マルトース、スクロースも使用できる。マグネシウム塩は、酢酸マグネシウムやアミノ酸マグネシウム錯体塩が好ましいが、苦汁や硫酸マグネシウムなどその他のマグネシウム塩でも構わない。
【0023】
タンニンに分類される没食子酸の代わりに、マーガリンなどの食品保存料として使用されている親油化した没食子酸誘導体を使用できる。また、没食子酸の抗酸化活性を生み出す共役ポリフェノール骨格をもった誘導体、例えば、お茶のカテキンや柑橘のフラボノイド誘導体も使用できる。
【0024】
ユズ果皮抽出物、没食子酸や被膜剤などによる生育抑制効果により、農作物の商品価値を低下させては意味が無い。このため、作物毎に生育抑制剤の適切な上限濃度を設定する事が好ましい。細胞内の硝酸代謝機能のマグネシウム塩や糖蜜の発酵液の濃度設定は、生育抑制剤による根からの養分再吸収の抑制効果を妨げない範囲で、高濃度にする事が好ましい。
【0025】
ユズ果皮抽出物、没食子酸(生育抑制物質)とマグネシウム塩、糖蜜発酵液(生育促進物質)の組合せは、以下の八通りが存在する。これらの組合せの散布剤による硝酸低減効果を、表1から表7にまとめている。
(生育抑制物質)−(生育促進物質)
(1)(ユズ)−(マグネシウム塩):可能な組合せ、表2と表3
(2)(ユズ)−(糖蜜発酵液):可能な組合せ、表4
(3)(ユズ)−(マグネシウム塩+糖蜜発酵液):好ましくない組合せ、表4
(4)(没食子酸)−(マグネシウム塩):可能な組合せ、表1
(5)(没食子酸)−(糖蜜発酵液):可能な組合せ、表1
(6)(没食子酸)−(糖蜜発酵液+マグネシウム塩):可能な組合せ、表1

この各組合せ例の中で硝酸低減能力の面で好ましい順は、(2)≒(4)、(5)である。これ以外にも、(ユズ+没食子酸)と(マグネシウム塩)、(ユズ+没食子酸)と(マグネシウム塩+糖蜜発酵液)などもあるが、没食子酸の溶解性の低さから(項目
【0026】
)実施していない。
【0027】
葉面散布時には、硝酸低減剤を任意の濃度に水で希釈して使用する。このため生育活性成分と生育抑制成分の混合により成り立つ硝酸低減剤の製造では、二つの成分間の混合比率が一定であれば、絶対的な濃度は濃くても、薄くても全く問題にならない。本発明の硝酸低減剤の生育活性成分と生育抑制成分との最適混合比率を次に述べる。
A.柑橘果皮抽出成分を生育抑制剤として含む場合:
柑橘果皮抽出物が飽和した酢酸水溶液に対して、マグネシウム塩を飽和溶解させる。酢酸マグネシウムの場合、マグネシウムイオンの濃度が4±1wt./wt.%になる。この柑橘果皮抽出物が飽和した糖蜜発酵水溶液は、そのまま硝酸低減剤とする。
B.没食子酸を生育抑制剤として含む場合:
没食子酸30-150gを純水水溶液1Lに混合した懸濁液に、マグネシウム塩を飽和溶解させる。酢酸マグネシウムの場合、マグネシウムイオンの濃度が4±1重量%になる。また、没食子酸30-150gを糖蜜発酵液1Lに混合した懸濁液をそのまま硝酸低減剤とする。さらに、後者の懸濁液にマグネシウム塩を飽和溶解させる。酢酸マグネシウムの場合、マグネシウムイオンの濃度が4±1wt./wt.%になる。
さらに、このようにして製造して得た葉面散布剤において、植物に散布する際の希釈程度は、通常は水で50〜1500倍に希釈し、より好ましくは水で100〜500倍に希釈すれば後述の所期の各種効果が確実に得られるものである。
【実施例1】
【0028】
以下、本発明の実施例1を説明する。尚、本実施例において、成分の割合、混合手順、操作手順は、適時入れ替えと変量可能である。
【0029】
1.硝酸低減剤の製造
柑橘果皮を生育抑制剤として使用する硝酸低減剤は、(1)柑橘果皮成分の飽和溶解水溶液に、粉末のマグネシウム塩を飽和溶解させる方法と、(2)糖蜜の発酵水溶液に柑橘果皮抽出物を溶解させて得る。
没食子酸を生育抑制剤として使用する硝酸低減剤は、(1)マグネシウム塩の飽和水溶液に粉末の没食子酸を溶解させるか、(2)糖蜜の発酵水溶液に粉末の没食子酸を懸濁させるか、(3)マグネシウム塩が飽和溶解した糖蜜の発酵水溶液に粉末の没食子酸を溶解させて得る。以下に具体例を示して説明する。
(A) 柑橘果皮成分を飽和濃度で含む水溶液の製造
果皮成分の水溶液は、完熟ユズ果皮、完熟カボス果皮、完熟甘夏果皮を原料とし、全て同じ方法で調整した。ユズ果皮を例に説明する。完熟黄化した生ユズ(2005年12月大分県北地域産)の果皮を十分に脱水乾燥させる。乾燥ユズ果皮のメタノールによる抽出を、ソックスレー固液連続抽出器を利用して行う。抽出溶液から、メタノールを減圧留去する。留去後の残渣は、柑橘の種類によらず、水飴状態の柑橘系の芳香を持つ酸性の液体となる。この水飴状の抽出原液は、遮光下、冷暗所に保存する。また、生長停止ホルモンであるアブシジン酸の含有は、図1に示すように、HPLC分析により確認した。
柑橘果皮の水飴状抽出原液は、水への溶解度が限られている。また、葉面散布剤として使用するには弱酸性水溶液とする必要がある。このため、水飴状抽出原液をアルカリ性条件下で加熱処理し、酢酸水溶液で酸性化後、不溶物を室温で濾過する。
具体的には、水飴状の柑橘抽出原液 100 g に、水酸化マグネシウム 60 g と純水 1 L(リットル以下同じ)を加える。この懸濁液を加熱し、20分間煮沸した。この煮沸後の懸濁液に、20度の食酢 1.6 Lを加え、弱酸性である事を確認する。室温まで放冷後、不溶物を濾過により除去する事により、柑橘果皮抽出成分の飽和溶解水溶液 2.6 Lを得る。この 2.6 L中に137gの酢酸マグネシウムが存在することになる。この操作の中で、水酸化マグネシウムの代わりに水酸化カルシウム(消石灰)を使用する事も可能である。
糖蜜発酵水溶液(水溶性タンパク質由来発酵化合物が含まれていても、含まれていなくても良い)は既に有機酸のために弱酸性である。このため、柑橘果皮抽出物を糖蜜発酵水溶液に溶解させる場合は、上記の溶解のさせ方と異なる。糖蜜発酵水溶液1L対して、柑橘抽出物を70-80g混合、懸濁させる。この懸濁液を煮沸し、90度以上に20分から30分保つ。この過程は、酸性の発酵液による溶解度向上である。加熱処理後、室温まで冷却して、不溶物を濾過により分別し、濾過液を柑橘果皮抽出物の飽和溶解液とする。

(B) 糖蜜発酵液の製造
卵白18Lを激しい撹拌で室温で水に溶解させ、60Lの水溶液とした。均一溶解が困難な場合には、加熱により殺菌処理した海水(イオン強度が高い水)を室温で1Lほど添加し溶解させる。卵白の代わりに脱脂粉乳を使用する場合、4.6kgの粉乳を温水に撹拌しながら溶解させ60Lの水溶液とする。これら水溶液と廃糖蜜液(炭素28wt%、比重1.39、Brix度82%)40Lを混合し、十分に撹拌して100Lのタンパク質と糖蜜の混合水溶液を得る。これに種菌液を1Lほど混合し、外気の流入を遮断した上で、恒温相中で33℃前後に撹拌する事無く静置する。一週間に一度の割合で撹拌を兼ねた空気吹き込みを実施し、糖度計による糖度を追跡する。糖度が、一定値に収束するまで、静置を続ける。仕込み後、1−2週間は、発酵に基づく激しい二酸化炭素の発泡が認められ、その後、上記の条件で数ヶ月発酵を継続させると「醤油」臭の黒色水溶液が得られる。発酵度合いを屈折率型糖度計で追跡した場合、卵白の場合は、仕込み直後 41.0±0.5 Brix %の糖度が、次第に減少し、30.5±0.5Brix %で一定値を示すようになる。この発酵液2.75Lに対し、20度の食用酢250mLを混合する。

(C) 硝酸低減剤
C-1. (A) の操作で得た柑橘果皮抽出成分の飽和溶解水溶液 1.0 Lに、粉末の酢酸マグネシウム550gを溶解させ、柑橘果皮成分−マグネシウム型の硝酸低減剤 1.4 L を得る。この硝酸低減剤1L中には、27gの柑橘抽出物と434gの酢酸マグネシウムが含まれる事になる。なお、マグネシウム塩は、酢酸以外の陰イオンであっても良い。以下では、酢酸マグネシウムの例を示す。
C-2. (B) の操作で得た糖蜜発酵液 1.0 Lに、粉末の没食子酸 75 g を懸濁させて硝酸低減剤を得る。
C-3. (B) の操作で得た糖蜜発酵液 1.0 Lに酢酸マグネシウム550gを溶解させ、1.4 L の液を得る。この酢酸マグネシウムが溶解した糖蜜発酵液 1.0 Lに没食子酸 37g〜150g を溶解させて硝酸低減剤を得る。この硝酸低減剤液には、393gの酢酸マグネシウムと37g〜150gの没食子酸が含まれることになる。
C-4. 純水 1.0 Lに酢酸マグネシウム550gを溶解させ、1.4 L の液を得る。この酢酸マグネシウム水溶液 1.0 Lに没食子酸 75g〜150g を溶解させて硝酸低減剤を得る。この硝酸低減剤液には、393gの酢酸マグネシウムと 75g〜150gの没食子酸が含まれることになる。
【0030】
これらの硝酸低減剤は、水で100倍から500倍に希釈して植物の葉面に散布処理した。散布頻度は、収穫直前の1回とした。
【0031】
2.農作物評価方法
同じ散布剤の葉面散布処理を実施しても、温度、日照、水分で硝酸含有量は異なってくる。このため、測定対象とした農作物を同一の条件(温度、日照、水分)で複数固体生育させ散布試験に用いた。本例の葉面散布剤を用いる区(散布区)と用いない区(対照区)を同数用意した。試験は、西南暖地(大分市と佐伯市)で実施した。試験対象の植物は、夏場の試験の場合、高温に強いピーマンの葉とし、秋から冬にかけてはほうれん草を選択した。
【0032】
硝酸値を分析する対象のピーマンの葉とほうれん草は、水などの媒体を一切添加する事なく、作物そのものをすり鉢で十分に破砕後、水溶液と不溶繊維物を濾紙で圧搾下濾別し、濾過液を蒸留水で20から50倍の体積比に希釈して硝酸イオンの分析を行った。硝酸イオンは、呈色法を活用したRQフレックス(メルク社製)を用い標準液で補正後に定量した。ピーマンでは実でなく葉を分析した。ピーマンの葉の採取は、生長点を基準にして同じ生育度合いにある葉を20葉集めた。ほうれん草の場合、株全体を分析するのではなく勢いのある外葉を異なる20株から、無作為に一株から1葉もぎ取った。ピーマンの葉も、ほうれん草の葉も、その20葉を一緒にして一つの野菜汁試料とした。表1から表6の硝酸値は、散布直前の硝酸値を100とした相対値で示している。散布直前の硝酸の絶対値を括弧内にppm単位で表記している。
【0033】
硝酸低減剤の散布は、葉の朝露が消えた午前中に実施した。農作物のサンプリング時間は、早朝一番を基本として、必要があれば日没直前も行った。サンプリング時刻は固定した。ピーマンの葉の分析では、葉柄を除き葉部位のみを分析した。ほうれん草の場合は、葉柄と葉部位とを一緒にして分析した。
【0034】
ぼかし肥料 1000 kg / 10 aを元肥として投与した露地圃場に、ピーマン(品種:京みどり)を、畝幅1m、株間1mの間隔で、雨水避けのため黒色のビニールでマルチングし、2006年 4/25 に定植した。投与した元肥は、N(26 kg / 10 a)、P(31 kg / 10 a)、K(20 kg / 10 a)に相当する。さらに、7/16に、元肥と同じぼかし肥料 600 kg / 10 a を追肥した。
ユズ果皮抽出物の成分分析を、HPLC液体クロマトグラフィーにより吸光度検出で実施した。図1は、そのクロマトグラムである。同一条件の標品アブシジン酸の保持時間15分と比較することにより、ユズ果皮抽出物中のアブシジン酸の存在を確認した。この分析条件は、次の通りである:逆相カラム COSMOSIL 5C18-PAQ, 4.6 mm×250 mm, 移動相 20 mM Phosphoric Acid 水 / メタノール(55/45 v/v), 1.0 mL/min, 30 ℃, 検出 UV 210 nm。糖エステル誘導体ではないアブシジン酸を、保持時間 15.1 分に、抽出物 1.0 g当たり、0.56 mg/gの濃度で確認した。標品単独のアブシジン酸の他にナリンギン、ヘスペリジンなどのフラボノイド、クエン酸、ビタミンCなどの有機酸の含有が確認される。これらの同定は、標品との比較から行った。上記のアブシジン酸の含有量は、標品の検量線作成から求めた値である。

3.没食子酸を生育抑制剤とした硝酸低減剤の効果
表1には、残暑時期のピーマン葉の表裏両面に、没食子酸を生育抑制剤とした散布剤を吹き付け、五日間にわたり葉の硝酸値を分析した結果をまとめている。
【0035】
【表1】


代謝促進剤としてマグネシウム塩、糖蜜の発酵液、マグネシウム塩が溶解した糖蜜の発酵液の三種類を、没食子酸と組み合わしている。三つの散布区全てで、葉の硝酸値が最大四割から五割低下するが、硝酸値の再上昇の点で異なる。「マグネシウム塩+没食子酸」の組合せでは、散布五日後であっても硝酸値の再上昇は認められず、散布直前の約半分の硝酸濃度を維持している。これに対して、「糖蜜発酵液+没食子酸」の組合せでは、散布後、三日目で硝酸値が初期値から約四割低減して最低値を示し、五日目には再上昇に転じている。「糖蜜発酵液+マグネシウム塩+没食子酸」の組合せでは、散布後、二日目で最低の硝酸値を示し、三日目以降では再上昇している。マグネシウム塩<糖蜜の発酵液<マグネシウム塩+糖蜜の発酵液の順で早く硝酸値の再上昇が生じる。
代謝促進剤の機能が強すぎると、没食子酸と云う生育抑制剤を共存させていても、根からの硝酸再吸収を防ぐ事ができない事が判る。表1のピーマンの葉の実験では、「糖蜜発酵液+没食子酸」の組合せの硝酸低減剤が最も望ましい性能である。しかし、硝酸の再吸収の度合いは、植物の種類や品種、栽培方法、季節や条件によっても異なる。このため、「糖蜜発酵液+没食子酸」の組合せが唯一最も最適な選択にはなり得ず、硝酸低減能力が強すぎで、農作物としての商品価値が低下しすぎるほど硝酸値を低下させてしまう事もある。表1の結果は、没食子酸と云う生育抑制剤の存在下で、根からの硝酸再吸収の度合いを、複数の代謝促進剤の組合せで制御できる点に意味がある。

4.ユズを生育抑制剤とした硝酸低減剤の効果
表2と表3は、盛夏時期のピーマン葉の表裏両面に、ユズを生育抑制剤とした散布剤を吹き付け、葉の硝酸値を分析した結果をまとめている。
【0036】
【表2】

【0037】
【表3】


表1では散布剤の希釈濃度が500倍、表2では希釈濃度が250倍と異なり、また、同じ日の実験ではないため同じ散布剤の系でも硝酸の絶対値は異なるが、傾向は矛盾しない。
生育促進剤として糖蜜発酵液を散布すると、散布翌日において既に硝酸の再吸収が生じている(表2)。また、生育抑制剤のユズ単独系では、体内の硝酸を代謝低減する作用に乏しく、硝酸の低減は散布から三日間で認められない(表3)。これらに対して、生育抑制剤としてのユズに代謝促進剤としてのマグネシウム塩を混合した系では、散布により約六割硝酸値が低下している。表2と表3から、ユズ抽出液とマグネシウム塩の組合せは、硝酸低減に効果的であると結論できる。
【0038】
表3の結果を踏まえて、糖蜜発酵液を生育促進剤として、ユズ果皮成分(生育抑制剤)と組み合わせた場合を、冬場(2006/11月と12月、大分県佐伯市)のほうれん草に対して評価した。表4にその結果をまとめている。
【0039】
【表4】

12月散布試験の場合、対照区のほうれん草は、試験期間中で大きな硝酸値の変動はない。これに対して、ユズ果皮成分に糖蜜発酵液を加えた系では、時と共に硝酸値が大きく減少する。特に、水溶性アミノ酸やペプチドに富む糖蜜発酵液2では、散布四日後には75%近くの低減が認められる。同じ硝酸低減の有効性が、11月散布の「ユズ+糖蜜発酵液2」試験区でも認められた。これらの事実から、ユズ果皮成分と糖蜜発酵液の組み合わせは硝酸低減に対して有効な事が判る。さらに、11月散布試験で、生育促進剤として「糖蜜発酵液2とマグネシウム塩」を組み合わせたところ、硝酸低減の効率が低下した。糖蜜発酵液単独、マグネシウム塩単独よりも、両者を合わせた場合は、その生育促進効果が、ユズの生育抑制効果に対して、強化されすぎる事が判る。
【0040】
表2から表4の結果は、没食子酸の系と同様に、ユズもマグネシウム塩か糖蜜発酵液のどちらか片方と混合する事で、硝酸低減能を持つ事を示している。マグネシウム塩と糖蜜発酵液の双方を、同時に、生育抑制剤のユズや没食子酸と混合するのは硝酸低減効果に対しては好ましくない事も判る。
【0041】
表4は、ピーマンの葉に限らず、ほうれん草の硝酸値に対しても硝酸低減が認められた事を意味する。作物が異なっても同じ挙動が出る事が判る。

5.ユズ以外の柑橘果皮成分の効果
上述したように、ユズ抽出液とマグネシウム塩と組み合わせは硝酸低減能力を持つ。
表5では、ユズ以外の柑橘としてカボス果皮と甘夏果皮の成分とマグネシウム塩との組合せを残暑期のピーマンの葉で評価した。
【0042】
【表5】

カボス果皮成分とマグネシウム塩の組合せは、ユズのそれらとほぼ同じ硝酸低減の特性を示し、三割から四割の硝酸値の低減能であり、少なくとも散布後三日間の低硝酸状態は誤差範囲内で一定している。一方、甘夏果皮成分とマグネシウム塩の組合せは、散布翌日に七割程度も硝酸値を低減するが、二日目、三日目と硝酸値が再上昇していく欠点を持つ。表5の結果は、ユズ果皮に限らず、他の柑橘果皮成分も低硝酸化資材として活用できる事を意味している。

6.没食子酸の濃度効果
没食子酸を生育抑制剤とする硝酸低減について表6にまとめている。表6の中の「Mg」は、酢酸マグネシウムを550g/Lの濃度で含有している事を意味する。
【0043】
【表6】

秋口10月、ピーマンの葉の硝酸値を散布から四日間追跡している。没食子酸単独の葉面散布処理では、散布から二日後、四日後で葉汁の硝酸値が低減していない。一方、マグネシウム塩、もしくは、糖蜜発酵液と没食子酸を組み合わせる事で、散布後二日目に硝酸値の低減が認められ、四日目には硝酸値が再上昇に転じている。この硝酸低減については、表1と矛盾しない。没食子酸の濃度を、30g/450mLから、その倍の60g/450mL幅を持たせている。没食子酸の室温純水に対する溶解度は高くなく、11g/1Lなので、上記の濃度では均一溶解せず、懸濁分散液の状態である。濃度の増加効果が、硝酸低減の大きさや、その期間の長さに影響すると予測したが、実際には30g/450mL以下で十分な効果が認められる。没食子酸の溶解度の低さが、製品化にとっては不利な因子であろう。
【0044】
7.好ましい散布剤の使用方法
根からの硝酸の再吸収を制限するために、本発明では、生育抑制剤を活用している。このため、栄養生長と生育生長と繰り返しながら長期間にわたり採取を継続するキュウリ、トマト、ピーマンなど実野菜への使用は避けた方が良い。
本発明のデータはピーマンの葉の硝酸値も追跡しているが、これは実を収穫する事を考えていないためである。実際、ユズ果皮抽出液の散布により、ピーマンの樹勢は、肉眼で視認できるほど確実に低下した。実の収量も悪かった。実野菜の硝酸値は、元々低いため低硝酸化が不必要である。
本発明の硝酸低減剤は、市場に出荷する直前の葉野菜に一回散布する事が望ましい。本発明は増収効果を求めない、硝酸低減のみを追求した葉面散布型の硝酸低減剤である。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の野菜の硝酸低減剤に関して多くの特許申請や特許があり、いくつかの商品が市場で販売されている。しかし、どの商品も散布後の効果発現に対して、圃場や作物毎に、良かったり悪かったりの繰り返しである。根からの硝酸再吸収がその原因の一つである。本発明は、この点のリスクを低減した葉面散布型の硝酸低減剤である。確実な食の安全、安心を求める農作物生産者と流通業者が必要としている技術であるため、本発明は、農業資材市場産業で広く利用される。また、産業廃棄物として処理に困っていた柑橘果皮が、農業資材として有効活用できる産業市場を開拓できる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】アブシジン酸の存在を保持時間15分に示すユズ果皮抽出物のHPLC液体クロマトグラム。
【符号の説明】
【0047】
a 有機酸類
b フラボノイド類
c アブシジン酸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の生育抑制剤としてアブシジン酸誘導体、抗酸化性のタンニン誘導体、没食子酸とその誘導体の一種以上と、植物の生育促進剤としてマグネシウム塩と糖蜜発酵液の一種以上とを混合した葉面散布型の硝酸低減剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−184454(P2008−184454A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−21084(P2007−21084)
【出願日】平成19年1月31日(2007.1.31)
【出願人】(304028726)国立大学法人 大分大学 (181)
【出願人】(506131123)ファームテック株式会社 (3)
【Fターム(参考)】