説明

薬剤送達システムのシミュレーション方法、シミュレーション装置、シミュレーションプログラム

【課題】薬剤送達システムに利用される薬剤の効能を簡易に調べることができる薬剤送達システムのシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びシミュレーションプログラムを提供すること。
【解決手段】薬剤送達システムのシミュレーション方法において、血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における薬剤の速度を算出し(S106)、薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と血漿層中に存在する薬剤の量とに基づいて癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出し(S108)、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値と薬剤の投与量とに基づいて、薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する(S110)。所定のパラメータを変化させた値毎に上記算出を行ってもよい。所定のパラメータを変化させた値毎に算出した到達確率のうち、当該到達確率が最大となる所定のパラメータの値を決定してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤送達システムのシミュレーション方法、シミュレーション装置、シミュレーションプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、患部のみを治療する内科治療法として、薬剤送達システム、いわゆるドラッグ・デリバリー・システム(DDS)と呼ばれる治療法がある。この薬剤送達システムは、生体内部の患部のみに薬剤を直接送達させることにより、副作用の少ない効率的な内科治療を目指すものである。
【0003】
その一つとして、近年、癌の治療薬として、粒子径がナノレベルのナノ粒子からなる薬剤が開発されてきている(例えば、非特許文献1)。この癌の治療薬としてのナノ薬剤は、例えば、血管に投与し、血管中を移動させ、患部(癌細胞)へ到達させるものであり注目されている。
【0004】
【非特許文献1】Ruth Duncan,;Polymer conjugates as anticancer nanomedicines, Nature Reviews Cancer, 6, 688-701(2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、薬剤の粒径や投与量、生体個別の特徴、癌細胞の特徴等によって、薬剤の効能が異なり、薬剤の効能を調べるためには、実験を繰り返し行うしかなく、膨大な時間と費用が掛かっているのが現状である。
【0006】
そこで、本発明の課題は、薬剤送達システムに利用される薬剤の効能を簡易に調べることができる薬剤送達システムのシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びシミュレーションプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題は以下の手段により解決することができる。即ち、
請求項1に係る発明は、
血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における前記薬剤の速度を算出する第1工程と、
算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と前記血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出する第2工程と、
前記癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値と薬剤の投与量とに基づいて、前記薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する第3工程と、
を有することを特徴とする薬剤送達システムのシミュレーション方法
である。
【0008】
請求項1に係る発明では、薬剤送達システムを数理的にモデル化することで、血管の血漿層中での薬剤の速度を算出する。次に、血漿層中に存在する薬剤の量から薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞により吸引され、癌細胞に入り込む量の期待値を算出する。そして、この癌細胞に入り込む量の期待値によって、薬剤の投与量からどの程度、癌細胞へ到達する到達確率を算出する。従って、この到達確率は、向浸透停留効果によって、どの程度、薬剤が癌細胞へ到達するかを示しており、薬剤送達システムに利用される薬剤の効能を簡易に調べることができる。
【0009】
請求項2に係る発明は、
所定のパラメータを変化させた値毎に前記第1工程から第3工程までを行うことを特徴とする請求項1に記載の薬剤送達システムのシミュレーション方法である。
【0010】
請求項2に係る発明では、所定のパラメータを変化させたときの癌細胞へ到達する到達確率の変化をシミュレーションすることが可能となる。
【0011】
請求項3に係る発明は、
前記所定のパラメータを変化させた値毎に算出した到達確率のうち、当該到達確率が最大となる前記所定のパラメータの値を決定する第4工程をさらに有することを特徴とする請求項2に記載の薬剤送達システムのシミュレーション方法である。
【0012】
請求項3に係る発明では、所定のパラメータの値が変化する範囲において、薬剤の効能が最大で発揮される所定のパラメータの値を知ることができる。
【0013】
請求項4に係る発明は、
前記所定のパラメータが、前記薬剤の半径であることを特徴とする請求項2に記載の薬剤送達システムのシミュレーション方法である。
【0014】
請求項4に係る発明では、前記薬剤の半径を変化させたときの癌細胞へ到達する到達確率の変化をシミュレーションすることができ、例えば、効能が最大で発揮する薬剤の半径を知ることができる。
【0015】
請求項5に係る発明は、
血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における前記薬剤の速度を算出する速度算出手段と、
速度算出手段で算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と前記血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出する期待値算出手段と、
期待値算出手段により算出された前記癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値と前記薬剤の投与量とに基づいて、前記薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する到達確率算出手段と、
を有することを特徴とする薬剤送達システムのシミュレーション装置である。
【0016】
請求項5に係る発明では、上記請求項1に係る発明で説明した如く、薬剤送達システムに利用される薬剤の効能を簡易に調べることができる。
【0017】
請求項6に係る発明は、
コンピュータに、
血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における前記薬剤の速度を算出する第1ステップと、
算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と前記血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出する第2ステップと、
前記癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値と薬剤の投与量とに基づいて、前記薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する第3ステップと、
を少なくとも実行させることを特徴とする薬剤送達システムのシミュレーションプログラムである。
【0018】
請求項6に係る発明では、上記請求項1に係る発明で説明した如く、薬剤送達システムに利用される薬剤の効能を簡易に調べることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、薬剤送達システムに利用される薬剤の効能を簡易に調べることができる薬剤送達システムのシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びシミュレーションプログラムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施形態の一例について詳細に説明する。
【0021】
図1は、本実施形態に係る薬剤送達システムのシミュレーション装置の概略構成を示すブロック図である。
【0022】
本実施形態に係る薬剤送達システムのシミュレーション装置は、図1に示すように、例えば、算出(演算)及び各種の制御を行うCPU(Central Processing Unit)10と、CPU10の算出(演算)及び制御プログラムを記憶したROM(Read Only Memory)12と、作業エリアを備えたRAM(Random Access Memory)14、各種プログラムや各種データファイル等を記憶するハードディスクドライブ(HDD)16と、入出力インターフェース(I/F)18とがバス20によって接続されて構成されている。本実施形態では、シミュレーションを行うためのプログラムは、ROM12に格納されているが、これに限定されず、HDD16、RAM14に格納されてもよい。
【0023】
また、入出力インターフェース18は、ディスプレイ等の表示装置22及びキーボードやマウス等の入力装置24が接続されており、シミュレーション結果を表示装置22に表示したり、オペレータが入力装置24からコマンドやシミュレーションに関する各種情報(パラメータ)を入力することが可能となっている。
【0024】
図2は、薬剤送達システムのシミュレーションを行うための処理ルーチンを示すフローチャートである。この処理は、プログラムを起動するためのコマンド入力により開始され、上記シミュレーション装置のCPU10により実行される。
【0025】
オペレータの操作により、コマンドが入力されると、プログラムが起動し、ステップS100に進み、シミュレーションに関する情報をオペレータが入力するための入力画面を表示装置22に表示する。この入力画面には、オペレータにより、所定範囲、所定間隔でパラメータを変化させ、その変化させた値毎にシミュレーションを実行させるための変数パラメータ(所定のパラメータ)の情報(種類、範囲、変化間)の入力と、変数パラメータ以外で値を一定としたシミュレーションに関する固定パラメータの情報(パラメータ値)の入力をさせるための画面である。
【0026】
ステップS102で、オペレータにより、変数パラメータの情報(種類、範囲、変化間隔)と変数パラメータ以外のシミュレーションに関する固定パラメータの情報(値)とが入力とされた否かが判断される。この判断は、入力が行われるまで繰り返し行われる。そして、ステップS102で入力されたと判断された場合には、入力された変数パラメータの情報(種類、範囲(変数パラメータ値Xの初期値XMIN、上限値XMAX)、変化間隔△X)と、変数パラメータ以外のシミュレーションに関するパラメータの情報(値)とを取得し、例えばHDD16に記憶してステップS104に進む。加えて、この取得を行うと共に、変数パラメータ値Xを初期値XMINにリセットする。なお、これら情報は、HDD16に限られず、RAM14に記憶させることもできる。以下、情報の記憶については同様である。
【0027】
ここで、変数パラメータは、上述のように所定範囲、所定間隔でパラメータを変化させ、その変化させた値毎にシミュレーション、即ち下記薬剤速度算出処理、薬剤量入込期待値算出処理、薬剤到達確率算出処理を実行させ、得られた当該変数パラメータの値毎の薬剤到達確率を比較することで、最適な変数パラメータの値を見出すことができるものである。
【0028】
変数パラメータの種類としては、例えば、薬剤に関する情報(例えば、薬剤の半径、薬剤の投与量等)、生体に関する情報(例えば、薬剤投与部位から癌細胞までの長さ、血管の半径、血漿層の厚み、血漿の粘度等)等が挙げられる。
【0029】
例えば、薬剤に関する情報を変数パラメータとする場合、例えば、生体個別に応じた効能が最大で得られる薬剤に関する情報を決定することができるし、生体に関する情報を変数パラメータとする場合、薬剤個別に応じた効能が最大で得られる生体に関する情報を決定することができる。
【0030】
変数パラメータの情報、及び変数パラメータ以外のシミュレーションに関するパラメータの情報(値)(以下、これらを「パラメータの情報」と称することがある)は、下記薬剤速度算出処理、薬剤量入込期待値算出処理、薬剤到達確率算出処理に必要なパラメータであり、上記薬剤に関する情報、生体に関する情報、その他情報(例えば、ノイズ(ホワイトノイズ他)、ノイズの強度等)が挙げられる。なお、本実施形態では、全ての算出処理前に、オペレータにより各パラメータ情報を入力させ取得する形態を説明しているが、これに限られず、例えば、各算出処理前に、各算出処理に必要なパラメータ情報を取得するようにしてもよい。
【0031】
また、変数パラメータ以外のシミュレーションに関するパラメータの情報(値)は、全てをオペレータの操作(入力)によって取得する必要はなく、一部の情報(例えば、生体個別で差が少ない生体に関する情報や、その他情報等)を予めHDD16に記憶させておき、各算出処理時に読み出し、算出処理を実行させるようにしてもよい。
【0032】
また、上記生体に関する情報に関しては、例えば、予め身長、体重、年齢などによってグループ分けをして、当該グループに対応した生体に関する情報をHDD16に予め記憶させておき、オペレータの操作(入力)では、身長、体重、年齢等の身体情報を入力させてその身体情報を取得し、当該身体情報に応じた生体に関する情報を各算出処理時に読み出して、各算出処理を実行させるようにしてもよい。
【0033】
次に、ステップS106では、血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における前記薬剤の速度を算出する処理(薬剤速度算出処理)を実行する。この処理では、算出に必要なパラメータの情報をHDD16から読み出し、必要なパラメータの情報に基づいて、上記血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式により薬剤の速度を算出する。そして、薬剤の速度をHDD16に記憶して、薬剤速度算出処理が終了し、ステップS108に進む。
【0034】
ここで、図3に示すように、末端血管の中では、シグマ現象と呼ばれる赤血球が軸集中する現象ことが知られており(レオロジー入門、岡小天、工業調査会、1970)、血管壁のそばには血漿だけの層(血漿層)ができる。一方、癌細胞は、増殖するために、栄養を吸収するための補給路として新生血管を毛細血管から直角に分かれるように形成する。このため、末端血管から直角に分かれた癌細胞の新生血管には血漿だけが流れ込み、向浸透停留効果(EPR効果)で癌細胞に集積(吸引)されることとなる。この新生血管は癌細胞が血管内に侵入し、他の臓器へと移動してコロニーを形成する。図3中、50は薬剤(薬剤粒子)、52は血管、54は赤血球、56は血漿層、58は癌細胞、60は新生血管、62はリンパ管を示す。
【0035】
このように、薬剤送達システムでは、薬剤が血管に近い血漿層に存在しなければ、新生血管には血漿だけが流れ込み、向浸透停留効果(EPR効果)で癌細胞に集積(吸引)されない。このため、薬剤の血漿層中の動きを見積もる必要があるが、これは多体問題であり,完全にミクロレベルでの相互作用を取り入れた力学を解析的に解くのは困難である。
【0036】
そこで、血流そのものでなく、血流中の薬剤の動きを解析、具体的には例えば、血漿を液体で近似し,薬剤に働く力は平均場によるものとし、その動きを確率過程(ホワイトノイズ等の下での力学)と考える。これに基づき、血漿層中における薬剤の動き(即ち、薬剤にかかる力)をモデル化する(図4参照)。このモデル化した微分方程式の一例を下記式(1)に示す。
【0037】
【数1】

【0038】
ここで、式(1)において、薬剤に係る場の力は、例えば、他の薬剤粒子からの相互作用、血漿との相互作用、血管壁との衝突などを考慮し、この多体相互作用を近似する方法(平均場近似等)を用いて決定する。例えば、薬剤に係る場の力は、どの粒子も同等で、各粒子に作用する力はその粒子の場所に依らず一定であるとする。
【0039】
ノイズ(ホワイトノイズなど)、及びノイズの強さは、例えば、病状、血管内状態などを考慮して決定する。なお、ノイズは、数学的に定められるものであり、その強さはガンの種類によって現象的に決まるものである。
【0040】
そして、上記(1)で示される微分方程式を解くと、上記血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式が導き出される。
【0041】
次に、ステップS108では、算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と前記血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出する処理(薬剤量入込期待値算出処理)を実行する。この処理では、算出に必要なパラメータの情報(上記薬剤の速度も含む)をHDD16から読み出し、必要なパラメータの情報に基づいて、算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と血漿層中に存在する前記薬剤の量とを算出し、当該吸引率と血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値(平均値)を算出する。そして、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値をHDD16に記憶して、薬剤量入込期待値算出処理が終了し、ステップS110に進む。
【0042】
ここで、薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率は、例えば、次式に基づいて算出される。なお、算出に必要なパラメータの情報は、下記式(2)における各パラメータを示す。
【0043】
【数2】

【0044】
上記式(2)は次に示すことを意味する数式である。式(2)は、向浸透停留効果(EPR効果)を数理的にモデル化し(図4参照)、末端血管から癌細胞の新生血管には薬剤が流れ込み、向浸透停留効果(EPR効果)で癌細胞に集積(吸引)され得る割合を示す式である。
【0045】
この向浸透停留効果(EPR:効果:Enhanced Permeability and Retention Effect of macromolecules and lipids)とは、前田浩(熊本大学大学院医学研究科)らが提唱している効果である。そして、向浸透性(Enhanced Permeability)とは、癌組織にある新生血管が、正常組織の血管に比べて物質透過性が高いため、分子サイズの大きな高分子化合物を多く透過・移行させる性質を示している。一方、向停留性(Retention)とは、癌組織ではリンパ管による高分子化合物の回収機構が不完全なため、高分子化合物がん組織内に滞留し易い性質を示している。
【0046】
式(2)において、癌細胞から定まる定数は臨床的な実験から決定されるものである。
【0047】
また、1[L,L+ε]は、特性関数であり、薬剤粒子が範囲LとL+
の間にある場合は値“1”をとり、その他の場合は“0”をとるという関数である。
【0048】
さらに、式(3)において、薬剤が癌組織にEPR効果により集積(吸引)される条件(薬剤が癌細胞に到達するための条件)として、下記式(3)が挙げられ、式(3)において、ある正のTが存在した場合、式(4)が導き出される。
【0049】
【数3】

【0050】
そして、上記式(4)におけるTをTとしたとき、薬剤の速度が式(4)を満たす薬剤に対しては、上記式(2)は下記式(2−1)として算出し、薬剤の速度が式(4)を満たない薬剤に対しては、上記式(2)は下記式(2−2)として算出する。
【数4】

【0051】
一方、血漿層中に存在する前記薬剤の量は、例えば、下記式(5)に基づいて算出する。なお、算出に必要なパラメータの情報は、下記式における各パラメータを示す。
【0052】
【数5】

【0053】
上記式(5)は、投与した薬剤のうち、血管の直径DBTと血漿層の厚みDeffとに基づき(図3参照)、血漿層中に存在する薬剤の量を示す式である。
【0054】
そして、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値(平均値)は、例えば、下記式(6)に基づいて算出する。
【0055】
【数6】

【0056】
上記(6)は、前記血漿層中に存在する前記薬剤の量のうち、向浸透停留効果を考慮した癌細胞により吸引されて癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を示しており、当該式(7)によって癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値が算出される。
【0057】
次に、ステップS110では、癌細胞へ到達する薬剤の量の期待値と薬剤の投与量とに基づいて、薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する処理(薬剤量到達確率算出処理)を実行する。この処理では、算出に必要なパラメータの情報(薬剤の量の期待値含む)をHDD16から読み出し、必要なパラメータの情報に基づいて、薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する。そして、薬剤が癌細胞へ到達する到達確率をHDD16に記憶して、薬剤量到達確率算出処理が終了し、ステップS112に進む。
【0058】
ここで、薬剤が癌細胞へ到達する到達確率は、例えば、下記式(7)に基づき算出する。
【0059】
【数7】

【0060】
上記(7)は、投与した薬剤のうち、EPR効果によって癌細胞へ入り込んで集積(吸引)された割合を示しており、この式に基づき到達確率が算出される。
【0061】
次に、ステップS112では、上記各算出処理に読み出した変数パラメータXが上限値XMAXよりも大きいか否かを判断する。この判断が肯定されると、ステップS116に進む。否定されると、ステップS114に進み、変数パラメータXが「変数パラメータX+△X」にカウントアップされ、カウントアップした変数パラメータXを読み出し、各算出処理を実行する。
【0062】
このように、変数パラメータ値Xが上限値XMAXとなるまで、変数パラメータXに対して変化間隔△Xをプラスするようにカウントアップされ、ステップS106〜ステップS112をルーチン処理し、各変数パラメータ値X毎の到達確率を算出する。
【0063】
そして、次に、ステップS116では、変数パラメータの値毎に算出された薬剤が癌細胞へ到達する到達確率のうち、最大となる変数パラメータの値を決定する処理を行う。この処理では、変数パラメータの値毎に算出された薬剤が癌細胞へ到達する到達確率をHDD16から読み出し、各到達確率を比較し、最大となる到達確率となる変数パラメータの値を決定する。そして、決定した変数パラメータの値をHDD16に記憶して、決定処理を終了し、ステップS118に進む。
【0064】
次に、ステップS118では、シミュレーション結果を表示装置22に表示する処理を行う。この処理では、変数パラメータの値毎に算出された薬剤が癌細胞へ到達する到達確率、決定した最大となる到達確率となる変数パラメータの値を表示する。例えば、変数パラメータの値毎に算出された薬剤が癌細胞へ到達する到達確率の表示は、X軸を変数パラメータの値、Y軸を変数パラメータの値毎に対応する薬剤が癌細胞へ到達する到達確率としたグラフ(棒グラフ、折れ線グラフ)等の図形表示することが挙げられる。また、決定した最大となる到達確率となる変数パラメータの値の表示は、上記到達確率の表示として示す図形中において該当するパラメータの値における到達確率の表示を他の表示とは異なるように表示(異色表示、異形表示)することが挙げられる。無論、到達確率の表示とは、別途に決定した最大となる到達確率となる変数パラメータの値の表示してもよい。
【0065】
そして、薬剤送達システムのシミュレーションを終了する。
【0066】
以上説明した通り、本実施形態では、薬剤送達システムを数理的にモデル化した数式に基づき、薬剤速度算出処理、薬剤量入込期待値算出処理、薬剤到達確率算出処理を行い、薬剤の到達確率、即ち薬剤が癌細胞へ集積される割合をシミュレーションすることができ、薬剤送達システムに利用される薬剤の効能を簡易に調べることができる。
【0067】
また、本実施形態では、上記各算出処理を、所定範囲を所定間隔で変化せた変数パラメータ値毎に実行してシミュレーションを行っている。このため、変数パラメータを変化させたときの癌細胞へ到達する到達確率の変化をシミュレーションすることが可能となる。これと共に、変数パラメータの値が変化する範囲において、効能が最大で発揮される変数パラメータの値を知ることができる。従って、薬剤が最も効率よく、EPR効果によって癌細胞に到達(集積)するかを見積もることができる。
【0068】
なお、本実施形態では、上記各算出処理で利用した各式は、一例であり、これに限定されるわけではない。例えば、上記例示した以外のパラメータ(例えば新生血管への穴の分布、薬剤の粒子間力、体内循環による薬剤の減衰、血流中のたんぱく質との衝突)を考慮し、薬剤送達システムを数理的にモデル化して数式化し、これにより上記各算出処理を行ってもよい。
【0069】
以下、本実施形態に従った薬剤送達システムのシミュレーション結果の一例を示す。
【0070】
−シミュレーション1−
下記変数パラメータ及び固定パラメータの情報を入力し、本実施形態に従った薬剤送達システムのシミュレーションを行った。
・変数パラメータ:種類:薬剤の半径D、範囲:50nm〜200nm、変化間隔:10nm、
・変数パラメータ以外の固定パラメータは、以下の通りである。
【0071】
【数8】

【0072】
このシミュレーション結果を図5に示す。このシミュレーション結果より、上記固定パラメータの条件下では、最適な効能を持つ薬剤の半径(変数パラメータ)が存在し、これを特定できることがわかる。
【0073】
−シミュレーション2〜3−
固定パラメータの情報として、癌細胞の大きさ(直径)εをε=2.0×10−6、ε=3.0×10−6とそれぞれ入力し、シミュレーション1と同様にして、本実施形態に従った薬剤送達システムのシミュレーションを行った。
【0074】
これらのシミュレーション結果を図6及び図7にそれぞれ示す。シミュレーション1の結果も含め、これらのシミュレーション結果から、癌細胞の大きさ(直径)に応じて、最適な効能を持つ薬剤の半径(変数パラメータ)が異なり、これらを特定できることがわかる。
【0075】
−シミュレーション4〜5−
固定パラメータの情報として、癌細胞から定まる定数λ[s/m]をλ=0.5×10、ε=0.25×10とそれぞれ入力し、シミュレーション1と同様にして、本実施形態に従った薬剤送達システムのシミュレーションを行った。
【0076】
これらのシミュレーション結果を図8及び図9にそれぞれ示す。シミュレーション1の結果も含め、これらのシミュレーション結果から、癌細胞から定まる定数(癌細胞の種類;新生血管の幅等)に応じて、最適な効能を持つ薬剤の半径(変数パラメータ)が異なり、これらを特定できることがわかる。
【0077】
以上示したシミュレーション結果から、本実施形態では、様々な生体と薬剤との条件を取り入れて、数理的にモデル化してシミュレーションを行うため、色々な癌細胞に対応した薬剤の特定(例えば径や投与量)、色々な生体に対応した薬剤の特定(径や投与量)を決定することが可能であることがわかる。
【0078】
なお、本実施形態に利用され得る薬剤(薬剤粒子)を、以下、列挙する。無論、これ薬剤粒子に限られるわけではなく、一例に過ぎない。
・Ruth Duncan,;Polymer conjugates as anticancer nanomedicines, Nature Reviews Cancer, 6, 688-701(2006).
・T. Konno, H. Maeda, K. Iwai, S. Tashiro, S. Maki, T. Morinaga, M.
Mochinaga, T. Hiraoka, I. Yokoyama, Eur. J. Cancer Clin. Oncol., 19, 1053-1065(1983)
・Y. Matsumura & H. Maeda, Cancer Research, 46,6387-6392(1986).
・H. Maeda, Y. Matsumura, Crit. Rev. Ther. Drug Carrier Syst. 6,
193-210(1989).
・H. Maeda,Advanced Drug Delivery Reviews, 6, 181-202(1991).
・H. Maeda, J. Controlled Release, 19, 315-324 (1992).
・H. Maeda, L.W.Seymour, Y. Miyamoto, Bioconjugate Chem. 3, 357-362 (1999)
・H. Maeda, J. Wu, T. Sawa, Y. Matsumura, K. Hori, J. Controlled Release,
65, 271-284 (2000)
・H. Maeda, T. Sawa, T. Konno, J. Controlled Release, 74, 47-61 (2001).
・N.K. Ibrahim, N. Desai, S. Kegha, P.S. Shiong, R.L. Theriault, E. Rivera,
B.Esmaeli, S.E. Ring, A. Bedikian, G.N. Hortobagyi, J.A.Ellerhorst, Clinical Cancer Research, 8, 1038-1044(2002).
・N.K.Ibrahim, B.Samuels, R. Page, S. Doval, K.M. Patel, S.C.Rao, M.K. Nair, P.Bhar, N.Desai, G.N. Hortobagyi, J. Clinical Oncology, 23,6019-6026.
・C.Bertucci, S. Cimitan, A. Riva, P. Morazzori, J. Pharmaceutical and Biomedical Analysis, 43, 81-87(2006)
・J.P. Micha, B.H.Golostein, C.L.Birk, M.A. Rettenmaier, J.V. Brown, Gynecologic Oncology, 100, 437-438(2006).
・P.G. Rose, J.A. Blessing, S. Lele and O. Abulafia, Gynecologic
Oncology, 102, 210-213(2006).
・V. Frenkel, A. Etherington, M.Greene, J. Quijano, J. Xie, F. Hunter, S. Dromi, K.C.P.Li, Academic Radiology, 13,469-479(2006).
【0079】
また、本実施形態は、限定的に解釈されるものではなく、本発明の要件を満足する範囲内で実現可能であることは、言うまでもない
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】実施形態に係る薬剤送達システムのシミュレーション装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】薬剤送達システムのシミュレーションを行うための処理ルーチンを示すフローチャートである。
【図3】薬剤送達システムを説明するための概念図である。
【図4】薬剤送達システムのシミュレーションを説明するため概念図である。
【図5】シミュレーション1の結果を示す棒グラフである。
【図6】シミュレーション2の結果を示す棒グラフである。
【図7】シミュレーション3の結果を示す棒グラフである。
【図8】シミュレーション4の結果を示す棒グラフである。
【図9】シミュレーション5の結果を示す棒グラフである。
【符号の説明】
【0081】
10 CPU
12 ROM
14 RAM
16 HDD
18 入出力インターフェース
20 バス
22 表示装置
24 入力装置
50 薬剤
52 血管
54 赤血球
56 血漿層
58 癌細胞
60 新生血管
62 リンパ管を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における前記薬剤の速度を算出する第1工程と、
算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と前記血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出する第2工程と、
前記癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値と薬剤の投与量とに基づいて、前記薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する第3工程と、
を有することを特徴とする薬剤送達システムのシミュレーション方法。
【請求項2】
所定のパラメータを変化させた値毎に前記第1工程から第3工程までを行うことを特徴とする請求項1に記載の薬剤送達システムのシミュレーション方法。
【請求項3】
前記所定のパラメータを変化させた値毎に算出した到達確率のうち、当該到達確率が最大となる前記所定のパラメータの値を決定する第4工程をさらに有することを特徴とする請求項2に記載の薬剤送達システムのシミュレーション方法。
【請求項4】
前記所定のパラメータが、前記薬剤の半径であることを特徴とする請求項2に記載の薬剤送達システムのシミュレーション方法。
【請求項5】
血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における前記薬剤の速度を算出する速度算出手段と、
速度算出手段で算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と前記血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出する期待値算出手段と、
期待値算出手段により算出された前記癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値と前記薬剤の投与量とに基づいて、前記薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する到達確率算出手段と、
を有することを特徴とする薬剤送達システムのシミュレーション装置。
【請求項6】
コンピュータに、
血管の血漿層中における薬剤にかかる力をモデル化した数式に基づいて、当該血漿層中における前記薬剤の速度を算出する第1ステップと、
算出された前記薬剤の速度のときの向浸透停留効果を考慮した癌細胞の吸引率と前記血漿層中に存在する前記薬剤の量とに基づいて、癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値を算出する第2ステップと、
前記癌細胞に入り込む薬剤の量の期待値と薬剤の投与量とに基づいて、前記薬剤が癌細胞へ到達する到達確率を算出する第3ステップと、
を少なくとも実行させることを特徴とする薬剤送達システムのシミュレーションプログラム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2008−201689(P2008−201689A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−37037(P2007−37037)
【出願日】平成19年2月16日(2007.2.16)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】