説明

薬剤送達用担体

【課題】中性付近のpHの分散媒においても良好な分散性を示し、生体に安全に投与し得る薬剤送達用担体を提供する。
【解決手段】二酸化チタン微粒子の表面に、生体適合性に優れた親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子をイオン結合させることにより、中性付近のpHの分散媒中で良好な分散性を示し、かつ生体に安全に投与できる薬剤送達用担体を得ることにより、上記の課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤送達用担体に関する。より詳細には、二酸化チタン微粒子と、該二酸化チタン微粒子の表面にイオン結合するカチオン性高分子とで複合化してなり、該カチオン性高分子が生体適合性親水性グラフト鎖を有する、生体に投与するための薬剤送達用担体に関する。また、本発明は、該担体を含む分散液および該担体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二酸化チタンは、分散媒中において紫外線または超音波を照射されると、活性酸素種を発生する性質を有することが知られている。また、二酸化チタン自体は、生体に対して毒性がほとんどないことも知られている。そのため、二酸化チタン微粒子を生体に投与し、その活性酸素種を発生する性質を利用して、生体内の癌細胞や腫瘍組織など破壊することが試みられてきた。
【0003】
しかしながら、二酸化チタンの等電点はpH6前後であるので、中性付近のpHの分散媒中では、二酸化チタン微粒子は凝集し、沈殿してしまうという問題がある。このため、二酸化チタン微粒子自体を、生体に投与することは困難であった。
【0004】
そのような二酸化チタン微粒子の分散性の不良を改善することを目的として、様々な方法がこれまでに研究および開発されてきた。例えば、WO2004/087577公報(特許文献1)は、二酸化チタン微粒子の表面に親水性高分子をエステル結合させることにより、二酸化チタン微粒子を分散媒中に安定に分散させる方法を開示している。
また、特開2006−257104号公報(特許文献2)は、二酸化チタン微粒子の表面に親水性の高分子アミンを結合させ、該表面を正に帯電させることにより、二酸化チタン微粒子を分散媒中に安定に分散させる方法を開示している。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の方法により得られる二酸化チタン微粒子は、中性付近のpHの分散媒中において良好な分散性を示すものの、該複合体を得るための製造工程が煩雑であった。また、特許文献2に記載の方法により得られる二酸化チタン微粒子も、中性付近のpHの分散媒中において良好な分散性を示す。しかしながら、該複合体は、その表面の正電荷により、癌細胞のみならず正常細胞とも相互作用を起こし得るので、生体への安全性の点で懸念が残る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2004/087577公報
【特許文献2】特開2006−257104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のような事情に鑑みて、本発明は、中性付近のpHの分散媒中においても良好な分散性を示し、生体に安全に投与し得る薬剤送達用担体を提供することを目的とする。また、該担体を含む分散液および該担体を簡便に製造する方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、中性付近のpHの分散媒中では、二酸化チタン微粒子の表面が負に帯電していることに着目した。そして、該二酸化チタン微粒子の表面に、生体適合性に優れた親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子をイオン結合させることにより、中性付近のpHの分散媒中で良好な分散性を示し、かつ生体に安全に投与できる薬剤送達用担体を得られることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0009】
よって、本発明は、二酸化チタン微粒子と、前記二酸化チタン微粒子の表面にイオン結合するカチオン性高分子とで複合化されてなり、前記カチオン性高分子が生体適合性親水性グラフト鎖を有する、生体に投与するための薬剤送達用担体を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、中性付近のpHの分散媒中においても良好な分散性を示し、また、生体適合性親水性グラフト鎖の存在により、生体に対して安全に投与できる薬物送達用担体を提供できる。また、本発明によれば、該薬物送達用担体を簡便に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の薬物送達用担体を示す模式図である。
【図2】pHの異なる分散媒中に二酸化チタン微粒子または本発明の薬物送達用担体を分散させた写真である。
【図3】塩濃度の異なる分散媒中に本発明の薬物送達用担体を分散させた写真である。
【図4】本発明の薬物送達用担体に超音波を照射した場合に発生する活性酸素種を間接的に測定したグラフである。
【図5】各担体の細胞に対する毒性を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の薬剤送達用担体は、二酸化チタン微粒子と、該二酸化チタン微粒子の表面にイオン結合するカチオン性高分子とで複合化されてなり、前記カチオン性高分子が生体適合性親水性グラフト鎖を有する。図1に、本発明の薬剤送達用担体の模式図を示す。
【0013】
本明細書において、「薬物送達用担体」とは、薬物、特に医薬化合物を担持し、生体に投与するための担体を意味する。また、薬剤学の分野において、ドラッグデリバリーシステム(DDS)として用いられる、生体の組織、器官または病変部位などの標的部位にのみ薬物を送達するための担体も、本発明の範囲に含まれる。
【0014】
本明細書において、「複合化」とは、二酸化チタン微粒子の表面に、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子がイオン結合している状態のみならず、該高分子により該微粒子の表面が被覆または修飾されている状態も意味する。
【0015】
本発明の薬物送達用担体中の二酸化チタン微粒子は、分散媒中において紫外線または超音波励起するもの、すなわち、紫外線または超音波の照射により活性酸素種を発生するものであれば、特に限定されない。また、二酸化チタンの結晶型としては、アナターゼ型、ルチル型およびブルッカイト型のいずれであってもよいが、例えば、紫外線に対する高い反応性を所望する場合は、アナターゼ型を選択することができる。
【0016】
二酸化チタン微粒子の体積平均粒径は、特に限定されないが、本発明の薬物送達用担体の生体の組織、器官または病変部位への蓄積を考慮すれば、1〜50nm、好ましくは5〜20nmである。なお、本発明の薬物送達用担体中の二酸化チタン粒子は、1つの粒子であってもよく、また、複数の粒子からなる塊であってもよい。
【0017】
本明細書において、「生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子」とは、カチオン性高分子に、生体適合性親水性グラフト鎖が結合したグラフト共重合体を意味する。
また、本明細書において、「生体適合性親水性グラフト鎖」(以下、単にグラフト鎖ともいう)とは、生体の組織および細胞に対して低毒性であり、かつ生体において免疫反応や血栓形成反応などを引き起こさない親水性高分子で構成されるグラフト鎖を意味する。そのような親水性高分子の生体適合性は、当業者に公知の方法または試験、例えば、該高分子の溶液を培養細胞に添加した後に、該細胞の生存数を計測すること、ELISA法により炎症性サイトカインなどの産生量を測定することなどによって確認することができる。
【0018】
上記のカチオン性高分子は、複数のアミノ基を有する高分子であれば、特に限定されないが、好ましくは、アミノ基を含む側鎖を複数有する水溶性高分子である。そのようなカチオン性高分子としては、例えば、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン、ポリビニルアミン、ポリビニルアミダゾール、またはカチオン性官能基を含む側鎖を有するポリアミノ酸、例えば、ポリリシン、ポリアルギニン、ポリヒスチジンなどが挙げられる。それらの中でも、ポリアリルアミンまたはポリリシンが好ましく、ポリアリルアミンがより好ましい。
【0019】
上記のカチオン性高分子の平均分子量は、特に限定されないが、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(以下、「GPC」という)により測定した数平均分子量が、1000〜100000、好ましくは、5000〜50000である。
また、本発明の薬物送達用担体において、カチオン性高分子と二酸化チタン微粒子との重量比(カチオン性高分子/二酸化チタン微粒子)は、好ましくは、0.5〜5.0であり、より好ましくは、1.0〜2.0である。
【0020】
上記のグラフト鎖に用い得る高分子としては、例えば、エチレングリコール、グルコース、アクリルアミド誘導体、または2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンなどのメタクリルアミド誘導体をモノマー単位として有する(共)重合体が挙げられ、好ましくは、ポリエチレングリコール、デキストランまたはポリメタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンであり、より好ましくは、ポリエチレングリコールである。
【0021】
上記のグラフト鎖の平均分子量は、特に限定されないが、例えば、GPCにより測定した数平均分子量が、1000〜20000、好ましくは2000〜10000である。
【0022】
上記のグラフト鎖を有するカチオン性高分子は、例えば、カチオン性高分子に生体適合性親水性高分子をグラフト共重合させる方法によって得ることができる。そのような方法は、特に限定されず、当業者に公知の方法から適宜選択することができるが、例えば、Grafting−to法、Grafting−from法、Macromonomer法などが挙げられる。
【0023】
カチオン性高分子に対する生体適合性親水性グラフト鎖の導入比率は、1〜80 %であり、好ましくは、10〜40 %である。
なお、本明細書において、「カチオン性高分子に対する生体適合性親水性グラフト鎖の導入比率」とは、1分子のカチオン性高分子を構成するモノマー単位のうち、生体適合性親水性グラフト鎖を結合しているモノマー単位の割合を百分率で示したものを意味する。
【0024】
上記のグラフト鎖を共有結合によりカチオン性高分子に結合させる場合は、カチオン性高分子のアミノ基が1つ失われることになる。そのため、1分子のカチオン性高分子において、グラフト鎖の数が過剰であると、二酸化チタン微粒子とのイオン結合に影響を与え得る。したがって、上記の場合では、カチオン性高分子に対するグラフト鎖の導入比率は、好ましくは1〜50%であり、より好ましくは、1〜40%である。
【0025】
グラフト鎖を有するカチオン性高分子は、そのアミノ基が有する正電荷により、負に帯電している二酸化チタン微粒子の表面にイオン結合することができる。両者のイオン結合は、当業者に公知の種々の分析方法により確認できる。
【0026】
また、高濃度の塩化ナトリウムを含むグラフト鎖を有するカチオン性高分子の水溶液と、二酸化チタン微粒子の酸性分散液とを混合した後、この混合液のpHを中性に調整すると、二酸化チタン微粒子が凝集して沈殿することからも、両者がイオン結合していることが示唆される。これは、高塩濃度の条件下では、多量のイオンの存在により、二酸化チタン微粒子とグラフト鎖を有するカチオン性高分子とのイオン結合が阻害されるからである。
【0027】
本発明の薬物送達用担体は、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の存在により、中性付近のpHの分散媒中においても二酸化チタン微粒子が凝集および沈殿せず、また、生体に対して安全に投与され得る。
【0028】
さらに、本発明の薬物送達用担体は、二酸化チタン微粒子を有するので、紫外線または超音波の照射により、上記の分散媒中で活性酸素種を発生することができる。そのような紫外線としては、200〜400 nm、好ましくは、240〜280 nmの波長の紫外線であり、また、超音波としては、10kHz〜3MHz、好ましくは、40kHz〜2MHzの超音波である。また、上記の二酸化チタン微粒子の励起には、超音波の方が紫外線よりも生体組織透過性が高いことから、超音波を用いることが好ましい。
【0029】
本発明の薬物送達用担体においては、生体適合性親水性グラフト鎖が医薬化合物を担持できる。また、本発明の薬物送達用担体をDDSの手段として用いる場合、担持される医薬化合物として、上記の二酸化チタン微粒子の紫外線または超音波励起によって、そのままの分子構造では生体内において所定の薬理活性を発現しない不活性型医薬化合物から、該薬理活性を発現する活性型医薬化合物へと分子構造が変換され得る医薬化合物(以下、「医薬化合物前駆体」ともいう)が好ましい。
【0030】
そのような医薬化合物前駆体としては、生体内で所定の薬理活性を発現しないようにするための修飾基が活性酸素種によって脱離または分解されることにより、該薬理活性を発現し得る医薬化合物前駆体あれば、特に限定されない。具体的には、医薬化合物前駆体は、例えば、上記の修飾基がエステル結合またはエーテル結合を介して医薬化合物に結合しているものが挙げられる。
【0031】
より具体的には、医薬化合物前駆体としては、例えば、テガフール、シンバスタチン、サラゾスルファピリジン、アシクロビル、インドメタシンファルネシル、オセルタミビル、カリソプロドール、エナラプリル、バラシクロビル、ホスアンプレナビル、レボドパ、クロラムフェニコールコハク酸エステル、シロシビン、コデイン、モルシドミン、パリペリドン、プリミドン、ジピベフリン、リスデキサンフェタミン、ドコサヘキサエン酸パクリタキセルなどが挙げられる。
【0032】
このような医薬化合物前駆体を担持した本発明の薬物送達用担体を生体に投与すれば、二酸化チタンの紫外線または超音波励起により、該生体の組織、器官または病変部位にのみ薬理活性を発現し得る。したがって、本発明の薬物輸送担体は、上記の医薬化合物の副作用を低減し得る。
【0033】
本発明の薬物送達用担体の体積平均粒径は、特に限定されないが、生体の組織、器官または病変部位への蓄積を考慮すれば、10〜400 nm、好ましくは50〜200 nmである。
【0034】
本発明の薬物送達用担体は、上記のとおり、中性付近のpHの分散媒中においても良好に分散し、生体に対して安全であるので、水、生理食塩水または生理学的に許容される緩衝液などの分散媒中に均一に分散させた、生体に投与するための分散液の形態とすることができる(以下、「本発明の分散液」という)。
【0035】
本発明の分散液の投与方法としては、注射(静脈内、動脈内、筋肉内、皮下、皮内、脊髄内、腹腔内など)、経口、局所塗布、点眼などのいずれであってもよいが、上記の医薬化合物前駆体が担持される場合は、生体の病変部位に本発明の薬物送達用担体を蓄積し得る投与方法が好ましい。例えば、病変部位が皮膚である場合、本発明の分散液を該部位に塗布することができる。
【0036】
本発明の分散液は、そのままの形態で生体に投与できるが、本発明の薬物送達用担体が担持する疎水性医薬化合物の種類、該生体が罹患している疾患または病変部位などを考慮して、本発明の分散液を含む製剤として、種々の剤形から適宜選択することもできる。
【0037】
本発明の分散液またはこれを含む製剤を生体に投与し、本発明の薬物送達用担体が生体の組織、器官または病変部位への蓄積された後、これらの部位へ紫外線または超音波を照射することにより、該担体から活性酸素種を発生させることができる。この場合において、紫外線または超音波の照射装置もしくは器具としては、紫外線または超音波を生体の表面および内部に照射することができるものであれば、特に限定されないが、例えば、紫外線を照射する場合は、紫外線ランプ、紫外線ファイバーを装着した内視鏡などを用いることができ、また、超音波を照射する場合は、超音波診断装置などを用いることができる。
【0038】
本発明の薬物送達用担体の製造方法(以下、「本発明の製造方法」という)は、
(1)二酸化チタン微粒子の酸性分散液と、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の溶液とを、pH2〜4で混合する工程と、
(2)前記工程(1)で得られた混合液のpHを7〜8に調整し、二酸化チタン微粒子と生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とを複合化させる工程と、
(3)前記工程(2)で得られた薬物送達用担体を精製する工程と
を含む。
上記の本発明の製造方法によれば、本発明の薬物送達用担体を簡便に得ることができる。
【0039】
本発明の製造方法に用いる二酸化チタン微粒子の酸性分散液は、二酸化チタン微粒子が、酸性の分散媒中に均一に分散された液であれば、特に限定されない。そのような酸性分散液としては、例えば、四塩化チタン水溶液または硫酸チタン水溶液を加熱し、加水分解して得られた含水二酸化チタンを、硝酸、塩酸などの無機酸により解膠したものを用いることができる。また、市販の酸性二酸化チタンゾルを用いてもよい。
【0040】
上記の二酸化チタン微粒子の酸性分散液の濃度は、特に限定されないが、該分散液に含まれる二酸化チタン微粒子の体積平均粒径が5 nmの場合、1〜50 mg/ml、好ましくは、5〜30 mg/mlである。
【0041】
本発明の製造方法に用いる生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の溶液は、該高分子を適切な水系溶媒で溶解した溶液である。そのような水系溶媒は、続く第2工程において該高分子と二酸化チタン微粒子との複合化(イオン結合)を妨げない塩濃度の水系溶媒であれば、特に限定されないが、例えば、水、生理食塩水などが挙げられる。
【0042】
上記の高分子の溶液の濃度は、特に限定されないが、カチオン性高分子と二酸化チタン微粒子との重量比(カチオン性高分子/二酸化チタン微粒子)が、0.5〜5.0、好ましくは、1.0〜2.0となる濃度であればよい。
【0043】
本発明の製造方法の第1工程においては、上記の二酸化チタン微粒子の酸性分散液と、上記の高分子の溶液とを、pH2〜4で混合して原料の混合液を得る。
なお、この工程においては、pH範囲を2〜4に保つために、混合前および/または混合中に、塩酸、硝酸などの酸を、上記の混合液中に適宜添加してもよい。また、この工程は、常温および常圧の条件下で行うことができるので、上記の混合液を加熱および/または加圧することを必要としない。
【0044】
次いで、本発明の製造方法の第2工程においては、上記の第1工程で得られた混合液のpHを7〜8に調整し、二酸化チタン微粒子と生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とを複合化させる。
【0045】
この工程においては、例えば、上記の混合液に、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリの固体または水溶液を適量添加して混合することにより、該混合液のpHを7〜8に調整することができる。これにより、混合液中の二酸化チタン微粒子の表面が負に帯電し、そして、グラフト鎖を有するカチオン性高分子がイオン結合を介して該微粒子と複合化し、本発明の薬物送達用担体が形成される。
【0046】
また、この工程において、上記の混合液のpH調整後に、さらに医薬化合物前駆体を添加して混合することにより、グラフト鎖が該前駆体を担持した本発明の薬物送達用担体を形成し得る。
【0047】
なお、第2工程は、常温および常圧の条件下で行うことができるので、pHの調整前後において、上記の混合液を加熱および/または加圧することを必要としない。
【0048】
そして、本発明の製造方法の第3工程においては、上記の第2工程で得られた薬物送達用担体を精製する。精製手段としては、該担体を、二酸化チタン微粒子と複合化されなかったグラフト鎖を有するカチオン性高分子から分離できるものであれば、特に限定されないが、例えば、透析法、限外ろ過法、ゲルろ過クロマトグラフィー法などが挙げられる。
【0049】
上記の精製手段のうち、透析法、限外ろ過法またはゲルろ過クロマトグラフィー法により精製した場合、薬物送達用担体は、水または緩衝液中に均一に分散している。この分散液から分散媒を、凍結乾燥、再沈殿法などの方法を用いて除去することにより、本発明の薬物送達用担体の粉体を得ることができる。
さらに、得られた粉体を、水、生理食塩水または生理学的に許容される緩衝液などの生体に投与可能な分散媒中に均一に分散させることにより、本発明の分散液を得ることができる。
【0050】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0051】
1.薬物送達用担体の製造
(1)ポリアリルアミン(PAA)の脱プロトン化
ポリアリルアミン塩酸塩(1 g)(数平均分子量15000;日東紡績株式会社)を1 M水酸化ナトリウム水溶液(16 ml)に加え、3時間撹拌してPAA溶液を得た。次いで、該溶液を透析膜Spectra/P Membrane(分子量分画2000;SPECTRUM社)に入れ、該溶液のpHが7〜8になるまで、純水中にて24時間透析を行った。その後、透析膜から内容液を回収し、これを凍結乾燥させて、脱プロトン化されたPAA(0.58 g)を得た。以下に、このPAAの1H NMR測定値を示す。
1H NMR (400 MHz, D2O) : d 1.22, 1.53 (s, -CH2CH-), 2.61 (s, -CH2NH2-)
【0052】
(2)ポリエチレングリコール(PEG)の活性化
アルゴン雰囲気下で、PEG(30 g)(数平均分子量2000;シグマアルドリッチ社)をTHF(400 ml)に溶解させて、PEG溶液を得た。また、アルゴン雰囲気下で、クロロギ酸(9.0 g)をTHF(20 ml)に溶解させて、クロロギ酸溶液を得た。上記のPEG溶液に、アルゴン雰囲気下でトリエチルアミン(9.4 g)を加え、さらに上記のクロロギ酸溶液を滴下した後、3日間静置した。その後、沈殿物をろ過し、得られたろ液から、溶媒を減圧留去させることにより濃縮し、クロロホルム(200 ml)に加えた後、飽和食塩水(600 ml)を用いて分液を3回行った。そして、クロロホルム層をジエチルエーテル(2000 ml)に滴下して、沈殿物を得た。この沈殿物を吸引ろ過し、ろ過物を真空条件下で乾燥させて白色固体を回収した。この固体をベンゼン(100 ml)に溶解させた後、凍結乾燥させて、再び白色固体(22.0 g)を得た。以下に、この固体の1H NMR測定値を示す。
1H NMR (400 MHz, CDCl3) : d 1.79 (s, THF), 3.38(s, -OCH3), 3.66 (t, -OCH2-), 4.44 (s, -CH2OCO-), 7.40 (t, -CHCNO2), 8.27 (t, -COOCCH-)
【0053】
(3)PEGグラフト鎖を有するPAA(PAA−g−PEG)の合成
塩化リチウム(265 mg)をメタノール(250 ml)に溶解させて、塩化リチウム溶液を得た。該溶液(110 ml)に、上記(1)で得たPAA(100 mg)を溶解させて、PAA溶液を得た。また、上記の塩化リチウム溶液(110 ml)に、上記(2)で得たPEG(535 mgまたは1070 mg)溶解させて、それぞれPEG溶液1および2を得た。
【0054】
次いで、上記のPAA溶液に、PEG溶液1を滴下した後、3日静置した。この溶液を透析膜Spectra/R Membrane(分子量分画15000;SPECTRUM社)に入れ、純水に対して48時間透析を行った。
【0055】
その後、透析膜から内容液を回収し、これに1 M HClを添加してpHを4.5に調整した。そして、この溶液を陽イオン交換カラム(SP Sepharose;アマシャム バイオサイエンス社製)に通した後、減圧蒸留によって溶媒を蒸発させ、さらに凍結乾燥を行ってPAA−g−PEG1の固体(490 mg)を得た。また、上記のPEG溶液1に代えて、PEG溶液2を用いて、同様にしてPAA−g−PEG2の固体(892 mg)を得た。ここで、PAA−g−PEG1および2における、PAAに対するPEGグラフト鎖の導入比率は、それぞれ20%および40%であった。
そして、得られた各PAA−g−PEGの分子量分布を、GPCにより測定した。その結果、PAA−g−PEG1および2の数平均分子量は、それぞれ79000および143000であった。以下に、各PAA−g−PEGの1H NMR測定値を示す。
【0056】
(PAA−g−PEG1)
1H NMR (400 MHz, CD3OD) : d 1.18, 1.50 (s, -CH2CH-), 2.57 (s, -CH2NH2-), ,3.71 (t, -OCH2-), 4.21 (s, -CHhNHCOO-),
(PAA−g−PEG2)
1H NMR (400 MHz, CD3OD) : d 1.19, 1.38 (s, -CH2CH-), 2.97 (s, -CH2NH2-), ,3.71 (t, -OCH2-), 4.24 (s, -CHhNHCOO-)
【0057】
(4)二酸化チタン微粒子とPAA−g−PEGとの複合化
室温および大気圧下において、二酸化チタンゾルSTS−100(2.0 ml、平均粒径5 nm、濃度25 mg/ml、pH1.5;石原産業株式会社)と、各濃度のPAA−g−PEG1水溶液(23.0 ml)を混合して、混合液を得た。なお、用いたPAA−g−PEG1水溶液の濃度は、以下の表1に示す。次いで、得られた混合液に、0.02M水酸化ナトリウム水溶液(5.0 ml)を滴下して、該混合液のpHを7〜8に調整し、薬物送達用担体(実施例1および2)を得た。
【0058】
また、上記のPAA−g−PEG1の水溶液に代えて、各濃度のPAA−g−PEG2の水溶液(23.0 ml)およびPAAの水溶液(23.0 ml)を用いて、同様にして、それぞれ薬物送達用担体(実施例3および4)ならびに比較用担体(比較例1および2)を得た。なお、混合前のPAA−g−PEG2およびPAAの水溶液の濃度は、以下の表1に示す。
【0059】
以下の表1に、二酸化チタン微粒子との重量比ならびに各担体の平均粒径を示す。なお、各担体の平均粒径は、動的光散乱法により測定した。また、平均粒径の測定は、各担体の分散液(2.0 ml)を凍結乾燥により粉体とし、これに水または生理食塩水(2.0 ml)を加えて再分散した分散液についても行った。
【0060】
【表1】

【0061】
2.中性のpHの分散媒における薬物送達用担体の分散性
上記の1.で用いた二酸化チタンゾルに純水を添加して、二酸化チタン微粒子の水分散液(pH2.5)を得た(図2の1)。この分散液に水酸化ナトリウム水溶液を加えてpHを7.4に調整すると、二酸化チタン微粒子が凝集して白濁を生じた(図2の2)。一方、上記の1.で得られた実施例1〜4ならびに比較例1および2の各担体は、pH7.4の分散媒中においても良好に分散していた。なお、図2の3に実施例2の薬物送達用担体の分散液を示す。
図2より、二酸化チタン微粒子のみでは、中性付近のpHの分散媒中において凝集するが、本発明の薬物送達用担体は、該分散媒中でも良好に分散できることが分かる。
【0062】
3.薬物送達用担体における二酸化チタン微粒子とグラフト鎖を有するカチオン性高分子とのイオン結合の確認
上記の実施例2の担体の製造において、二酸化チタンゾルと混合するPAA−g−PEG1溶液として、PAA−g−PEG1の水溶液(溶液Aという)を用いた場合と、PAA−g−PEG1を1M塩化トリウム水溶液に溶解させた溶液(溶液Bという)を用いた場合とを比較することにより、二酸化チタン微粒子とPAA−g−PEGとがイオン結合により複合化しているか否かを検討した。
各溶液と二酸化チタンゾルとを混合した後、24時間静置した。そして、各混合液に水酸化ナトリウム水溶液を加えて、pHを7.4に調整した。その結果、溶液Aを用いた場合は、担体は分散していたが、溶液Bを用いた場合は、二酸化チタン微粒子が凝集して白濁を生じた。この結果を図3に示す。
これは、高塩濃度ではPAA−g−PEGと二酸化チタン微粒子とのイオン性相互作用が遮蔽されることによる。したがって、本発明の薬物送達用担体においては、二酸化チタン微粒子とPAA−g−PEGとがイオン結合を介して複合化していることがわかる。
【0063】
4.薬物送達用担体の活性酸素種発生能の評価
アミノフェニルフルオレセインは、活性酸素種と反応することにより分解して、その蛍光強度が増加することが知られている。このアミノフェニルフルオレセインを用いて、本発明の薬物送達用担体の活性酸素種発生能を確認した。
実施例2および比較例2の各担体の水分散液(2991μl、二酸化チタン濃度4.0 mg/ml)のそれぞれに、アミノフェニルフルオレセインのDMF溶液(5 mmol/l;積水メディカル株式会社)を9μl添加した。そして、各分散液を撹拌しながら、遮光条件下で超音波(40 kHz;AS ONE社製、1 MHz;ネッパジーン社製)を照射した後、各分散液について485nmで励起したときの515nmでの蛍光強度を、マルチプレートリーダー(ARVO SX;パーキンエルマー社製)により測定した。この結果を図4に示す。
【0064】
実施例2の担体の水分散液において、超音波照射時間に依存した蛍光強度の増加が認められたことから、本発明の薬物送達用担体は、超音波照射により活性酸素種を発生できることがわかる。また、本発明の薬物送達用担体は、超音波の広い周波数範囲で活性酸素種発生能があることもわかる。
【0065】
5.薬物送達用担体の細胞に対する毒性の評価
本発明の薬物送達用担体の細胞に対する毒性の有無を、培養細胞を用いて確認した。
実施例2および4ならびに比較例2の各担体を生理食塩水に分散させて、それぞれ二酸化チタン濃度が4.0 mg/mlの分散液を得た。毒性試験用の細胞として、ヒト子宮頚癌細胞株HeLaを用いた。この細胞を、24ウェルプレート(NUNK社製)に5×104個/ウェルで播種し、10%ウシ胎仔血清を含むDMEM培地(日水製薬株式会社)中で、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。24時間の培養後、上記の各分散液を、1ウェルあたりの二酸化チタン終濃度を0.04 mg/mlとなるように添加して、さらに4時間培養した。そして、培地を除き、細胞を洗浄した後、10%ウシ胎仔血清を含むDMEM培地を加え、さらに24時間培養した。その後、MTT Cell Proliferation Assay Kit(フナコシ株式会社)を用いて、生細胞数を計測した。分散液を添加しなかった場合の生細胞数との比較により、細胞生存率を算出した。この結果を図5に示す。
【0066】
比較例2の担体の分散液を添加した場合では、細胞の生存率は50%以下に低下していた。したがって、カチオン性高分子のみと複合化した二酸化チタン微粒子では、生体に対して毒性を示すことがわかる。一方、実施例2および4の担体の分散液を添加した場合では、細胞の生存率はほとんど低下していなかった。これは、生体適合性に優れた親水性高分子であるPEGグラフト鎖により、カチオン性高分子の細胞毒性が低減されたためであると考えられる。これらの結果より、本発明の薬物送達用担体が生体に対して、安全に投与し得ることが示唆される。
【符号の説明】
【0067】
1 二酸化チタン微粒子
2 カチオン性高分子
3 生体適合性親水性グラフト鎖

【特許請求の範囲】
【請求項1】
二酸化チタン微粒子と、前記二酸化チタン微粒子の表面にイオン結合するカチオン性高分子とで複合化されてなり、前記カチオン性高分子が生体適合性親水性グラフト鎖を有する、生体に投与するための薬剤送達用担体。
【請求項2】
前記薬剤送達用担体において、生体適合性親水性グラフト鎖が医薬化合物前駆体を担持し、前記医薬化合物前駆体が、二酸化チタン微粒子の紫外線または超音波励起により医薬化合物に変換される、請求項1に記載の担体。
【請求項3】
前記薬剤送達用担体に含まれる二酸化チタン微粒子の体積平均粒径が、50〜300 nmである、請求項1または2に記載の担体。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の担体を含む、生体に投与するための分散液。
【請求項5】
(1)二酸化チタン微粒子の酸性分散液と、生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子の溶液とを、pH1〜4で混合する工程と、
(2)前記工程(1)で得られた混合液のpHを7〜8に調整し、二酸化チタン微粒子と生体適合性親水性グラフト鎖を有するカチオン性高分子とを複合化させる工程と、
(3)前記工程(2)で得られた薬物送達用担体を精製する工程と
を含む、生体に投与するための薬剤送達用担体の製造方法。

【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−105604(P2011−105604A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−258907(P2009−258907)
【出願日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】