説明

薬学的に活性な物質を細胞特異的に濃縮するためのタンパク質ベースのナノ粒子形態の支持システム

本発明は、反応性基により結合した構造を持つ、少なくとも1種の薬学的に活性な物質の、細胞特異的な細胞内濃縮のための、タンパク質ベースの形態の支持システムに関する。前記構造はナノ粒子の細胞特異的付着と細胞による取り込みとを可能にする。本発明はまた、前記システムを製造する方法にも関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬学的に活性な物質のための担体システムであって、薬学的に活性な物質の細胞特異的な濃縮に適し、タンパク質ベースの、好ましくはゼラチンおよび/または血清アルブミンベースの、特にヒト血清アルブミン(HSA)ベースのアビジン修飾ナノ粒子の形態で存在し、これにビオチン化抗体が安定したアビジン−ビオチン複合体を形成することにより結合し、そこで薬学的に活性な物質のナノ粒子への追加的な結合が組み込み(incorporation)もしくは吸着によってだけでなく、共有結合的に、またはアビジン−ビオチン系を介した複合体形成により起こり得る、前記担体システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ナノ粒子とは、大きさが10〜1000nmの、人工的なもしくは天然の高分子物質の粒子であり、これに医薬物質もしくは他の生物学的に活性な物質が共有結合的、イオン結合的または吸着的に結合しうるものであり、あるいはこの中に前記物質が組み込まれうるものである。
EP1 392 255は、ヒト血清アルブミンベースのナノ粒子であって、これにアポリポタンパク質Eが共有結合的に、もしくはアビジン/ビオチン系を介して結合しており、血液脳関門の通過を可能にしたものを開示している。
【0003】
しかしながら、EP1 392 255で記述されたように、薬学的に活性な物質または治療に効果的な医薬物質の濃縮を特定の組織または器官において達成するだけでなく、特定の細胞においてさえも加えて達成することが、薬物療法の特別な目的である。
【0004】
修飾を受けていないナノ粒子は受動的「薬剤標的化」を可能にし、これは、ナノ粒子が血管内投与に引き続き、単核大食細胞系(MPS)の細胞により取り込まれることにより特徴付けられる。かかるナノ粒子の濃縮は循環単球内だけでなく、肝臓、脾臓、骨髄のマクロファージ内で観察できる。受動的「薬剤標的化」は、修飾されたナノ粒子の援助による、主としてアクセス不可能な体の部位もしくは細胞系にさえおける、活性物質の標的化された濃縮を目的とする積極的「薬剤標的化」と区別される。この目的のためには、非標的細胞との非特異的な相互作用を最小化する親水性の表面構造を有するナノ粒子を用い、これらにナノ粒子の細胞特異的な濃縮を可能とするリガンドを設けることが必要である。かかるリガンドは「薬剤標的化リガンド」とも呼ばれる。細胞特異的なナノ粒子を医薬物質の担体として用いることにより、薬理学的に活性な物質を標的細胞内で制御された条件下で濃縮したり、あるいは薬理学的に活性な物質を特異的に体内の作用部位へと運搬することが可能となる。医薬物質のほとんどは、適した医薬形態なしにはこの目的を達成せず、せいぜい活性物質自体の物理化学的特質による細胞内濃縮もしくは体内分布を示す程度である。適用した活性物質の一部分のみが所望の目的地に到達し、一方残りの部分は好ましからざる副作用や毒性作用の原因となる。したがって、細胞特異的なナノ粒子は活性物質の望ましからざる副作用と毒性を減少させるのに貢献する。
【0005】
初期の試行においては、ヒドロキシエチルメタクリレート、メタクリル酸およびメチルメタクリレートの共重合により調製された親水性のラテックス粒子が使われた。ウサギγ−グロブリンに対する抗体をこれらの粒子に結合させた。非修飾の粒子と比較すると、抗体により修飾された製剤はリンパ球に対するウサギ由来の抗血清と前培養したリンパ球に結合することが観察された。
【0006】
引き続いて、リンパ球と赤血球との磁気的分離を実行するために、イオン酸化物を付加的に結合させたポリアクリレートベースの対応する粒子システムを使用した。
【0007】
この基礎的な研究に基づき、その後、モノクローナル抗CD3抗体をC7スペーサー構造を介してポリアクリレート粒子に結合させ、これらを細胞培養条件下で観察した。しかしながら、これらの研究の問題点は、細胞の小集団との関連付け、そしてその結果、観察された微粒子と対応する小集団との関連付けが、顕微鏡下で完全に視覚的に実行されたものであり、したがって疑いなしに行うことができなかったことである。
【0008】
モノクローナル抗体の、ポリヘキシルシアノアクリレートナノ粒子の表面への吸着結合が同様に検討された。一方では、抗体の粒子表面への効果的な吸着を観察でき、他方ではさらなる血清成分の添加により粒子表面からの抗体の競合的置換が起きた。この限りにおいて、リガンドの吸着結合は生物系における細胞特異的な薬剤の標的化には適していない。
【0009】
前記の細胞特異的ナノ粒子システムのさらなる不利な点は、これらが、ラテックスやポリアクリル樹脂などの生物学的に分解不可能な高分子材料をベースにしているということである。
【0010】
抗体の、血清アルブミンベースのナノ粒子表面へのタンパク質化学的な結合の初期の試行がなされてきた。これらの試行において、抗体はアルブミンおよび抗体の第1級アミノ基を介して、グルタルアルデヒド反応により結合した。リガンドとして、Lewis肺がんに対するモノクローナル抗体、ならびに比較として、非特異的IgG抗体が用いられた。遊離型の特異抗体は、細胞培養条件下と試験動物への血管内投与後の両方において、標的細胞における明らかな濃縮を示したにも関わらず、ナノ粒子との結合後では、粒子の非常に低い濃縮がin vivo条件下の腫瘍において検出されたにすぎなかった。適用されたナノ粒子の主要な部分は肝臓と腎臓において見受けられた。非特異的なIgG抗体と結合したナノ粒子は、腫瘍組織内において少しの濃縮も示さなかった。選択された実験条件下においては、したがって、ヒト血清アルブミンをベースにした結合したナノ粒子の低い特異性しか達成することができなかった。この粒子システムの大部分は受動的薬剤標的化に典型的な非特異的な体内分布を示した。しかしながら、用いられた結合ナノ粒子は、抗体の結合に関しては不十分にしか特徴付けされなかったので、特異性の欠如が不十分な抗体の結合により起こったのかどうかは不明瞭なままである。いずれにしろ、非標的細胞の同時的な回避を伴う、特異的かつ受容体媒介性のナノ粒子の取り込みに関する証拠はこれまで得られていない。
【発明の開示】
【0011】
よって本発明の目的は、前述のナノ粒子の不利な点を持たないが、薬学的に活性な物質を選択された標的細胞において特異的に濃縮可能にするために、生体系に使用された際でも高い細胞特異性を示し、生物学的に分解可能な材料をベースにしたナノ粒子を提供することであった。
【0012】
驚くべきことに、前記目的は、アビジン修飾されたタンパク質ベースのナノ粒子の形態の担体システムであって、これにビオチン化された抗体が安定なアビジン−ビオチン複合体を形成することにより結合した担体システムによって達成された。好ましくはヒト血清アルブミンがタンパク質として用いられる。これらの修飾されたナノ粒子において、薬学的に活性な物質のナノ粒子へのさらなる結合が、共有結合的に、アビジン−ビオチン系を介した複合体形成により、ならびに組み込みもしくは吸着により生じ得る。
【0013】
図1は、アビジン−ビオチン複合体により結合した抗体を有する、ゼラチンもしくはヒト血清アルブミン(HSA)をベースにするアビジン修飾したナノ粒子の構造を示す。
【0014】
図2は、FACS解析で決定した、さまざまな乳がん細胞株における、抗体(トラスツズマブ)修飾されたゼラチンAナノ粒子の細胞取り込みを示した棒グラフである。抗体修飾されたナノ粒子は、それぞれの場合において同様の培養条件下で非修飾ナノ粒子と比較した。未処理の細胞を対照とした。
【0015】
本発明のナノ粒子を調製するために、水性ゼラチン溶液が二重脱溶媒和(double desolvation)処理によりナノ粒子に変換され、後者が引き続いて架橋により安定化された。これらのナノ粒子の表面に配置された官能基(アミノ基、カルボキシル基、ヒドロキシル基)は、適切な試薬により反応性のチオール基に変換することができる。官能性タンパク質(functional protein)は、これらのチオール基修飾したナノ粒子に、アミノ基とフリーのチオール基の両方に反応性のある二官能性スペーサー分子により結合しうる。これらの官能性タンパク質は、特に、アビジン誘導体もしくは細胞特異的抗体を含む。
【0016】
後述の細胞培養試験のためのナノ粒子を調製する際には、粒子表面の第1級アミノ基は2−イミノチオランと反応し、その結果フリーのチオール基が粒子表面に誘導される。アビジン誘導体のNeutrAvidin(商標)は二官能性スペーサーのスルフォ−MBS(m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスルフォスクシンイミドエステル)により活性化され、この活性化中間段階のカラムクロマトグラフィー精製ののちに、チオール化したゼラチン粒子がそこに添加される。このアビジン修飾ナノ粒子の中間生成物はアビジン−ビオチン複合体形成を介して結合しうるさまざまな種類のビオチン化した物質の万能(universal)担体システムである。
【0017】
抗体、好ましくはモノクローナル抗体の結合のためには、抗体はビオチン化した形のものを購入するか、これらをNHSビオチン(N−ヒドロキシスクシンイミドビオチン)による変換によりビオチン化し、アビジン修飾したナノ粒子をそこに加える。その結果、ゼラチンをベースにした抗体修飾したナノ粒子が前記のアビジン−ビオチン複合体形成を介して得られる(図1)。しかしながら、対応する抗体修飾されたナノ粒子はまた、血清アルブミン、好ましくはヒト血清アルブミンをベースにして調製することもできる。
【0018】
本発明はしたがって、少なくとも1種の薬学的に活性な物質の、細胞特異的な細胞内濃縮のための担体システムを含み、該担体システムはタンパク質ベースのナノ粒子の形態で存在し、反応性基により結合する構造を含み、該構造はナノ粒子の細胞特異的な結合と細胞内取り込みとを可能にする。ゼラチンおよび/または血清アルブミン、特に好ましくはヒト血清アルブミンが、ベースとなるタンパク質として好ましく考慮される。反応性基は好ましくはアミノ基、チオール基、カルボキシル基もしくはアビジン誘導体であり、結合した構造は抗体、特に好ましくはモノクローナル抗体である。
【0019】
本発明は、吸着、組み込み、または共有結合もしくは複合体形成結合(complexing bond)により、該担体システムもしくはナノ粒子に反応性基により結合した、少なくとも1種の薬学的に活性な物質を追加的に含む、対応する担体システムも包含する。
【0020】
本発明はさらに、薬学的に活性な物質を特定細胞へ、もしくはその内部へ濃縮するための医薬の製造のための本発明による担体システムの使用を包含する。
【0021】
本発明はさらに、タンパク質ベースのナノ粒子の形態の、少なくとも1種の薬学的に活性な物質の細胞特異的な濃縮のための担体システムを製造する、下記の工程:
− タンパク質水溶液を脱溶媒和する工程、
− 脱溶媒和によって形成されるナノ粒子を架橋することにより安定化させる工程、
− 安定化したナノ粒子の表面の官能基を部分的に反応性のチオール基に変換する工程、
− 官能性タンパク質、好ましくはアビジンを、二官能性スペーサー分子により共有結合的に付着させる工程、
− 必要に応じて、抗体をビオチン化させる工程、
− アビジン修飾したナノ粒子に、ビオチン化した抗体を負荷する工程、
− アビジン修飾したナノ粒子に、ビオチン化した、薬学的にもしくは生物学的に活性な物質を負荷する工程、
を含む方法を包含する。
【0022】
本発明の方法に関して、ゼラチンおよび/または血清アルブミン、特にヒト由来の血清アルブミンの使用が特に好ましい。
【0023】
好ましくは、脱溶媒和は、攪拌およびタンパク質用の水混和性非溶媒の添加により、または塩析により行う。タンパク質用の水混和性非溶媒は、エタノール、メタノール、イソプロパノールおよびアセトンを含む群から好ましく選択される。
【0024】
ナノ粒子を安定化させるために、熱処理または二官能性アルデヒド、特にグルタルアルデヒドもしくはホルムアルデヒドが好ましく用いられる。
【0025】
チオール基修飾剤としては、2−イミノチオラン、1−エチル−3−(3−ジメチル−アミノプロピル)カルボジイミドとシステインとの組み合わせ、または1−エチル−3−(3−ヂメチルアミノプロピル)カルボジイミドとジチオトレイトールのみならずシスタミン二塩化物との組み合わせを含む群から選択される物質を用いるのが好ましい。
【0026】
二官能性スペーサー分子としては、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスルフォスクシンイミドエステル、スルフォスクシンイミジル−4−[N−マレイミド−メチル]シクロヘキサン−1−カルボキシレート、スルフォスクシンイミジル−2−[m−アジド−o−ニトロベンザミド]−エチル−1,3’ジチオプロピオネート、ジメチル−3,3’−ジチオビスプロピオンイミデート−ジヒドロクロライドおよび3,3’−ジチオビス[スルフォスクシンイミジルプロピオネート]を含む群から選択される物質を用いるのが好ましい。
【0027】

タンパク質ナノ粒子を調製するため、500mgのゼラチンAを10.0mlの精製水中に加温しながら溶解し、10.0mlのアセトンを加えることにより沈殿させて沈澱物とした。沈殿したゼラチンを分離し、加温しながら10.0mlの水に再溶解し、溶液のpH値を2.5に調節した。30mlのアセトンを滴加すること(脱溶媒和処理)により、この溶液中からナノ粒子を得た。
【0028】
ナノ粒子を、625μlの8%グルタルアルデヒドを加え、一晩攪拌して安定化させた。ナノ粒子は、2.0mlのアリコートで、5サイクルの遠心と超音波処理による再分散とによって精製した。粒子表面のチオール化には、pH8.5のトリス緩衝液中の30mgの2−イミノチオラン(トラウト試薬)溶液2.5mlを1.0mlのナノ粒子の懸濁液(20mg/ml)に加え、これを24時間攪拌した。チオール化に引き続き、前述した精製を繰り返し行った。
【0029】
アビジン誘導体のFITC−NeutrAvidin(商標)はチオール化したナノ粒子と二官能性スペーサーであるスルフォ−MBS(m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスルフォスクシンイミドエステル)を介して結合させた。アビジン誘導体を活性化するために、0.75mgのスルフォ−MBSを500μlのpH7.0のPBS緩衝液中の2.5mgFITC−NeutrAvidin(商標)溶液に加え、これを室温で1時間攪拌した。活性化したFITC−NeutrAvidin(商標)からの未反応スルフォ−MBSの分離は、サイズ排除クロマトグラフィーにより行った。NeutrAvidin(商標)が280nmでの分光光度検出により検出された分画を混合し、チオール化したナノ粒子の懸濁液をそこに加え、これを12時間室温で攪拌した。今や共有結合的にFITC−NeutrAvidin(商標)修飾されたナノ粒子のさらなる精製は前記のように実施した。粒子精製で得られた上清は非結合NeutrAvidin(商標)について光度的に(photometrically)検査し、共有結合したNeutrAvidin(商標)の割合をそこから計算した。アビジン分子当たりのビオチン結合部位の数として表される、結合したNeutrAvidin(商標)の官能性は、ビオチン−4−フルオロセインの滴定実験により決定した。アビジン分子中に理論的に存在する4つのビオチン結合部位のうち2.4が、ナノ粒子との結合後にも官能的に利用可能であるということが示された。抗体での負荷には、500μlのビオチン化した抗体(25μg/ml)を150μlのNeutrAvidin(商標)修飾ナノ粒子(20mg/ml)に加え、引き続いて10℃で90分間インキュベートした。
【0030】
インキュベーションののち、粒子を再び遠心と再分散により精製した。得られた粒子の上清をウエスタンブロット解析により非結合抗体について検査した。用いた抗体のうち80%超が粒子システムに結合して存在していることが示された。
【0031】
前記の粒子システムにより、異なる細胞培養試験において、抗体により認識される表面抗原を担持する標的細胞における細胞特異的な粒子の濃縮が検出された。以下に挙げる細胞培養モデルを使用した。
1.表面抗原であるCD3を有するリンパ球性の標的細胞(Jurkat T細胞)
ナノ粒子にはビオチン化した抗CD3抗体を負荷した。
2.HER2表面抗原を発現したヒト乳がん細胞系(SK−Br−3細胞、MCF−7細胞、BT474細胞)
ナノ粒子には、あらかじめビオチン化した、認可された抗体トラスツズマブ(Herceptin(登録商標))を負荷した。
【0032】
培養細胞を100〜1000μg/mlの濃度のナノ粒子システムと共にインキュベートし、4時間のインキュベート時間ののち、結合していないナノ粒子を細胞を洗浄することにより分離した。ナノ粒子の取り込みに関して、細胞を共焦点顕微鏡検査(CLSM)だけでなくフローサイトメトリー(FACS)でも検査した。
【0033】
リンパ球細胞におけるビオチン化抗CD3抗体修飾ナノ粒子の細胞特異的取り込みを検査するため、Jurkat−T細胞を1穴あたり1×10細胞の密度で24穴マイクロタイタープレート上に撒き、RPMI培地で培養した。培地には10%(vol/vol)のウシ胎児血清(FCS)、2%のL−グルタミンおよび1%のペニシリン/ストレプトマイシンを添加した。抗体で修飾したナノ粒子を細胞と共に1000μg/mlの濃度で4時間の期間インキュベートした。T細胞受容体を介した特異的な細胞取り込みを示すために、種々の対照実験を実施した。一方で、特異的抗CD3抗体のかわりに非特異的IgG抗体を負荷したナノ粒子を使用した。さらに、1×10個の細胞あたり2.5μgの遊離IgGもしくは抗CD3抗体と共に30分間プレインキュベートしたJurkat T細胞での実験も実施した。この期間のちに、抗CD3抗体を負荷したナノ粒子を添加した。他方で、CD3表面抗原を持たないMCF−7細胞を用いて比較実験を実施した。細胞による取り込みは、フローサイトメトリーにより定量的に、また共焦点顕微鏡検査により定性的に評価した。
【0034】
ビオチン化抗HER2抗体修飾ナノ粒子の乳がん細胞における細胞特異的取り込みの実験のために、HER−2を過剰発現した細胞(BT474およびSK−Br−3)を、それぞれ2×10および1×10の密度で24穴マイクロタイタープレート上に撒き、それぞれRPMI培地およびMcCoy’s 5A中で培養した。BT474の培地には20%(vol/vol)のウシ胎児血清(FCS)、2%のL−グルタミン、1%のペニシリン/ストレプトマイシンおよび100Uのインスリンを添加した。SK−Br−3の培地には10%(vol/vol)のウシ胎児血清(FCS)、2%のL−グルタミンおよび1%のペニシリン/ストレプトマイシンを添加した。抗体修飾したナノ粒子は細胞と共に100μg/mlの濃度で3時間インキュベートした。HER2受容体を介した特異的細胞取り込みを示すため、種々の比較実験を実施した。一方で、特異抗体を負荷していないナノ粒子を使用した。他方で、MDF−7細胞(正常なHER2発現)を用いて実験がなされた。さらに、2×10個の細胞あたり2.5μg/mlの遊離抗HER2抗体(トラスツズマブ)とともに30分間プレインキュベートしたSK−Br−3細胞で対照実験を実行した。この期間のちに、抗HER2抗体を負荷したナノ粒子を添加した。細胞による取り込みは、フローサイトメトリーにより定量的に、また共焦点顕微鏡検査により定性的にも評価した。
【0035】
結果
リンパ球性標的細胞(Jurkat T細胞)
FACSとCLSMの両方により、細胞特異的抗CD3抗体で修飾された形で用いたナノ粒子が細胞によって取り込まれたことが示された。粒子を添加する前に細胞を遊離特異抗体で処理した場合、細胞による取り込みを回避することができた。しかしながら、遊離非特異IgG抗体での前処置は、粒子の取り込みにいかなる影響も示さなかった。特異的抗CD3抗体のかわりに非特異IgG抗体でナノ粒子を修飾しても、同様に、標的細胞における取り込みは起こらなかった。CD3表面抗原を持たない乳がん細胞(MCF−7細胞)を用いてさらに対照実験を行った。これらの対照実験において、ナノ粒子製剤の取り込みは選択されたいかなる条件下においても見られなかった。
【0036】
ヒト乳がん細胞株(SK−Br−3細胞、MCF−7細胞、BT474細胞)
用いた細胞は、程度は異なるが、抗体修飾したナノ粒子の細胞による取り込みのための攻撃点として使用されるHER2表面抗原の発現を示した。細胞における発現は、ナノ粒子とのインキュベーションに先だってウエスタンブロット解析により決定した(表1)。
【表1】

表1: ウエスタンブロット解析により決定した種々の腫瘍細胞のHER2表面抗原の発現。発現は「正常に発現されている」MCF−7細胞の値に対して計算した。
【0037】
CLSM同様FACSにより、細胞特異的抗体トラスツズマブで修飾した形で使われたナノ粒子が細胞により取り込まれたことが示された(図2)。特異的ナノ粒子の細胞による取り込みは、細胞を粒子の添加の前に遊離特異抗体で処理した場合に回避できた。ビオチン化した抗体で修飾した形態で使用されなかった同じバッチのナノ粒子は、選択された条件下において低い細胞内濃縮しか示さなかった。抗体修飾したナノ粒子の細胞による取り込みの程度は、HER2表面抗原の発現の程度と相関させることができた。
【0038】
前述の細胞培養実験の結果により、ゼラチンをベースとする抗体修飾ナノ粒子が、標的細胞における特異的濃縮を可能にすることが明確に示された。比較可能な条件下で、粒子システムは該当する標的細胞にのみ取り込まれたが、対照細胞には取り込まれなかった。遊離特異抗体とのプレインキュベーションにより、粒子取り込みが受容体媒介性のエンドサイトーシスの過程を介して起こることが明らかに示された。したがって、開発したナノ粒子薬剤担体システムは、医薬物質を特異的に病的細胞に運搬する可能性を、これらの標的細胞の表面特性が健康な細胞と異なるという条件において提供するものである。
【0039】
本発明によるゼラチンをベースにした抗体修飾したナノ粒子によって、良好に特徴付けられた粒子担体システムであって、該担体システムの表面に担持された機能的薬剤標的化リガンドにより、細胞特異的な取り込みおよび濃縮を、吸着、組み込み、または共有結合もしくは複合体形成結合によって該担体システムに結合しているような薬学的に活性な物質についてさえも可能にする担体システムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】アビジン−ビオチン複合体により結合した抗体を有する、ゼラチンもしくはヒト血清アルブミン(HSA)をベースにするアビジン修飾したナノ粒子の構造を示した図である。
【図2】FACS解析で決定した、様々な乳がん細胞系における、抗体(トラスツズマブ)修飾されたゼラチンAナノ粒子の細胞による取り込みを示した棒グラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種の薬学的に活性な物質の細胞特異的な細胞内濃縮のための担体システムであって、該担体システムが、タンパク質をベースとする、好ましくはゼラチンおよび/または血清アルブミンをベースとする、特に好ましくはヒト血清アルブミンをベースとするナノ粒子の形態で存在し、かつ、反応性基により結合した構造を有し、該構造が、ナノ粒子の細胞特異的付着と細胞による取り込みとを可能にすることを特徴とする、前記担体システム。
【請求項2】
反応性基がアミノ、チオール、カルボキシル基、またはアビジン誘導体であることを特徴とする、請求項1に記載の担体システム。
【請求項3】
結合した構造が抗体であることを特徴とする、請求項1または2に記載の担体システム。
【請求項4】
抗体がモノクローナル抗体であることを特徴とする、請求項3に記載の担体システム。
【請求項5】
吸着、組み込み、または共有結合もしくは複合体形成結合により反応性基を用いて担体システムに結合した薬学的に活性な物質を追加的に含むことを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の担体システム。
【請求項6】
薬学的に活性な物質の、特定細胞への、または特定細胞における濃縮のための医薬の製造のための、請求項1〜5のいずれかに記載の担体システムの使用。
【請求項7】
少なくとも1種の薬学的に活性な物質の細胞特異的濃縮のための、タンパク質ベースのナノ粒子の形態の担体システムの製造方法であって、以下の工程:
− タンパク質水溶液を脱溶媒和する工程、
− 脱溶媒和によって形成されたナノ粒子を架橋により安定化する工程、
− 安定化されたナノ粒子の表面の官能基の一部を、反応性チオール基に変換する工程、
− 官能性タンパク質、好ましくはアビジンを、二官能性スペーサー分子を用いて共有結合的に付着させる工程、
− 必要に応じて、抗体をビオチン化する工程、
− アビジン修飾ナノ粒子に、ビオチン化した抗体を負荷する工程、
− アビジン修飾ナノ粒子に、ビオチン化した、薬学的もしくは生物学的に活性な物質を負荷する工程、
を含む、前記方法。
【請求項8】
タンパク質のベースが、ゼラチンおよび/または血清アルブミン、好ましくはヒト血清アルブミンであることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
脱溶媒和が、攪拌とタンパク質に対する水混和性の非溶媒の添加とにより、または塩析により行われることを特徴とする、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
タンパク質に対する水混和性の非溶媒が、エタノール、メタノール、イソプロパノールおよびアセトンを含む群から選択されることを特徴とする、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
熱処理、または、二官能性アルデヒドもしくはホルムアルデヒドが、ナノ粒子の安定化に用いられることを特徴とする、請求項7〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
グルタルアルデヒドが二官能性アルデヒドとして用いられることを特徴とする、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
チオール基修飾剤として、2−イミノチオラン、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドとシステインとの組み合わせ、または1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミドとジトレイトールのみならずシスタミニウム二塩化物との組み合わせを含む群から選択される物質が用いられることを特徴とする、請求項7〜12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
二官能性スペーサー分子として、m−マレイミドベンゾイル−N−ヒドロキシスルフォスクシンイミドエステル、スルフォスクシンイミジル−4−[N−マレイミド−メチル]シクロヘキサン−1−カルボキシレート、スルフォスクシンイミジル−2−[m−アジド−o−ニトロベンザミド]−エチル−1,3’ジチオプロピオネート、ジメチル−3,3’−ジチオビスプロピオンイミデート−ジヒドロクロライド、3,3’−ジチオビス[スルフォスクシンイミジルプロピオネート]を含む群から選択される物質が用いられることを特徴とする、請求項7〜13のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公表番号】特表2007−527881(P2007−527881A)
【公表日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−502234(P2007−502234)
【出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【国際出願番号】PCT/EP2005/002185
【国際公開番号】WO2005/089797
【国際公開日】平成17年9月29日(2005.9.29)
【出願人】(300005035)エルテーエス ローマン テラピー−ジステーメ アーゲー (128)
【Fターム(参考)】