説明

薬物の心毒性評価方法

【課題】薬物による心電図におけるQT間隔延長の有無を高精度に判定し得るインビトロ評価系の提供。
【解決手段】心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニットをコードする遺伝子を発現する細胞を、蛋白質含有溶液中で被検物質と接触させ、カリウムイオンチャネルの阻害を評価することを特徴とする、QT間隔に及ぼす該物質の効果の検定方法;(1)被検物質の代わりに、1以上のQT間隔を延長する物質および1以上のQT間隔を延長しない物質をそれぞれ用いて請求項3記載の方法を実施し、(2)(a)QT間隔を延長しない物質のカリウムイオンチャネル阻害率の最大値を、QT間隔を延長する物質の基準値とし、および/または(b)QT間隔を延長する物質のカリウムイオンチャネル阻害率の最小値を、QT間隔を延長しない物質の基準値とすることを特徴とする、被検物質のQT間隔延長作用の有無を判定するための基準の決定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物の心毒性の評価方法に関する。より詳細には、本発明は、HERGを発現する細胞を、蛋白質含有溶液中で薬物と接触させることによる、薬物の催不整脈(心電図におけるQT間隔延長)作用のインビトロ評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋細胞は電気的に統合され、一定のリズムで休むことなく拍動を続けている。このリズムを司る電流は、金属中にあるような電子ではなく、生体ではNa+やK+のようなイオンである。心筋細胞にはこれらのイオンを特異的に通過させるチャネルが数多く存在し、不整脈の薬物治療のターゲットとなっている。
一方、近年の細胞電気生理学・分子生物学の発展に伴い、これらのチャネルの遺伝子異常が致死的不整脈(先天性QT延長症候群、Brugada症候群等)の原因となることが明らかにされてきている。さらに、医薬品との関連において、薬物がこれらのチャネルに作用して不整脈(特に心電図におけるQT間隔延長)を引き起こすことが注目されている。これは薬物誘発性QT延長症候群あるいは後天性QT延長症候群と呼ばれ、時にトルサドポアン型の心室頻拍や突然死といった重篤な副作用を誘発する場合があるため、安全性の高い医薬品開発にとっては、かかる副作用を精度よく検出することが重要である。国際的な医薬品承認審査資料のハーモナイゼーションのため組織された日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)において制定された「安全性薬理試験ガイドライン」においても心血管系作用の評価として「再分極と伝達異常に対する手法を含むin vivo、in vitroあるいはex vivoの評価も考慮すべきである」と記載されており、医薬品開発における電気生理学的手法を用いた催不整脈作用の検討の必要性は、今後ますます増大するものと考えられる。特に、創薬の初期段階において、化合物のQT延長作用の有無を迅速に予測し、安全性の高い化合物を効率よく選択するためには、より少量で多検体を短時間で評価し得るインビトロ評価系の構築が重要な課題である。
【0003】
ある薬物が心臓の電気活動に影響するか否かを判定するためには、実験動物における心電図測定や心筋細胞の活動電位測定が必要である。一方、QT延長の責任分子として最も重要な役割を担っているものとして、心筋細胞の遅延整流カリウムチャンネルの速い成分(IKr)を形成するサブユニット分子であるhuman ether-a-go-go-related gene(HERG)があり、薬物とこの分子との相互作用によるHERGチャネル阻害(K+の流出阻害)が直接的に心臓に副作用をもたらすことが明らかになっている。そのため、現在の創薬研究では、対象とする化合物のHERGチャネルに対する影響の有無を高感度に検出することが必須となっている。
【0004】
HERGチャネル阻害の試験方法としては、HERG発現細胞における、K+に類似のルビジウムイオン(Rb+)の流出を測定するルビジウム法、パッチクランプ法によりHERG電流を測定するパッチクランプ試験(例えば、非特許文献1および2参照)等がある。しかしながら、これらのインビトロ試験によるHERGチャネル阻害とイヌ心電図(ECG)試験によるQT延長の有無とが一致しない場合がしばしば認められ、その多くは、パッチクランプ法において阻害が強くQT延長のリスクがあると判定されたにもかかわらず、ECG試験においてそのような所見が得られない(即ち、偽陽性)というものである(例えば、特許文献1参照)。このように、パッチクランプ試験は、簡便でハイスループットスクリーニングが可能であるものの、その信頼性において問題があるため、薬物によるQT延長の評価系として標準的に利用されるには至っていない。
【特許文献1】国際公開第2004/067734号公報パンフレット(第17頁,第7〜10行)
【非特許文献1】「エキスパート・オピニオン・オン・ファーマコセラピー(Exp. Opin. Pharmacother.)」, 第1巻(第5号), pp. 947-973, 2000年
【非特許文献2】「日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)」, 第119巻(第6号), pp. 345-351, 2002年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、ECG試験によるQT延長測定の代替試験としての利用にたえ得る程度に信頼性の高い、薬物によるQT延長作用のインビトロ評価系を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく、まず、パッチクランプ試験とECG試験におけるHERGチャネルの置かれた環境を比較検討し、化合物の存在様式が、前者では緩衝液中であるのに対し、後者では血液中であるという相違点に着目した。化合物によっては溶解性あるいはフリー体濃度に大きな差が存在する場合があるものと考えられ、このような試験環境の差が、パッチクランプ試験における偽陽性判定を生む要因となっている可能性があるからである。そこで、本発明者らは、パッチクランプ試験において、細胞外液にタンパク質を添加することにより、その試験環境をECG試験のそれに近似させることを試みた。その結果、イヌECG試験においてQT延長陽性と判定された化合物では、タンパク質添加と非添加の間でHERG電流阻害率に差異は認められなかったのに対し、QT延長陰性と判定された化合物の中には、タンパク質添加によりHERG電流阻害率が顕著に減少するものが相当数認められた。また、タンパク質非添加の条件では、QT延長陽性化合物群と陰性化合物群とでは、HERG電流阻害率の数値範囲において顕著な差が認められなかったのに対し、タンパク質添加により、QT延長陰性化合物群のHERG電流阻害率のスペクトラムが下方に移動したため、阻害率がある値以上ではQT延長陰性化合物が認められず、他方、阻害率がある値より低い範囲では、QT延長陽性化合物が存在しないという結果が得られた。本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
[1] 心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニットをコードする遺伝子を発現する細胞を、蛋白質含有溶液中で被検物質と接触させ、カリウムイオンチャネルの阻害を評価することを特徴とする、QT間隔に及ぼす該物質の効果の検定方法;
[2] カリウムイオンチャネルの阻害を、カリウムイオン電流を指標として評価することを特徴とする、上記[1]記載の方法;
[3] 被検物質の存在下および非存在下における蛋白質含有溶液中での細胞のカリウムイオンチャネルの機能をそれぞれ評価し、両者を比較することを特徴とする、上記[1]記載の方法;
[4] 被検物質のQT間隔延長作用の有無を判定するための基準の決定方法であって、
(1)被検物質の代わりに、1以上のQT間隔を延長する物質および1以上のQT間隔を延長しない物質をそれぞれ用いて上記[3]記載の方法を実施し、
(2)(a)QT間隔を延長しない物質のカリウムイオンチャネル阻害率の最大値を、QT間隔を延長する物質の基準値とし、および/または(b)QT間隔を延長する物質のカリウムイオンチャネル阻害率の最小値を、QT間隔を延長しない物質の基準値とすることを特徴とする方法;
[5] 被検物質のカリウムイオンチャネル阻害率を、上記[4]記載の方法により得られる基準値と比較することを特徴とする、上記[3]記載の方法;
[6] 蛋白質含有および蛋白質不含溶液中で細胞を被検物質と接触させて、細胞のカリウムイオンチャネルの阻害をそれぞれ評価し、両者を比較することを特徴とする、上記[1]記載の方法;
[7] 遺伝子がヒト由来である上記[1]記載の方法;
[8] 細胞が脊椎動物由来である上記[1]記載の方法;
[9] 細胞が哺乳動物由来である上記[1]記載の方法;
[10] 細胞がヒト由来である上記[1]記載の方法;
[11] 蛋白質濃度が約0.5〜約1重量%である上記[1]記載の方法;および
[12] 蛋白質が血清または血清由来蛋白質である上記[1]記載の方法;
などを提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明のQT延長作用の検定方法は、従来のHERGチャネル阻害試験における問題点であった偽陽性化合物の出現頻度を顕著に低減することができる。従って、本発明は、ECG試験に代替し得る、より信頼性の高い薬物起因性QT延長作用のインビトロ評価系を提供するという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、哺乳動物における心電図のQT間隔に及ぼす薬物の効果を精度よく検定する方法を提供する。該方法は、心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニットをコードする遺伝子を発現する細胞を、蛋白質含有溶液中で被検物質と接触させ、カリウムイオン流出の阻害を評価することを特徴とする。
「心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニット」とは、ヒト心筋細胞の遅延整流K+チャンネルの速い成分(IKr)の孔を形成するサブユニット分子(HERG)と同一もしくは実質的に同一のタンパク質をいう。HERGは1159アミノ酸(GenBnak accession No. NP_000229;配列番号2)からなる6回膜貫通型の電位依存型K+チャネル構成タンパク質であり、短い2種のスプライスバリアント(GenBnak accession Nos. NP_742053, NP_742054;それぞれ配列番号4および6)が知られている。HERGと「実質的に同一のタンパク質」とは、配列番号2、4または6に示されるアミノ酸配列と約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上、特に好ましくは約95%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有し、且つ配列番号2、4または6に示されるアミノ酸配列を有する蛋白質と同質の活性(遅延整流K+チャネル活性)を有する蛋白質をいう。ここで「同質の活性」とは、活性が性質的に(例えば、生理学的に、または薬理学的に)同一であることをいい、量的には同等(例:0.5〜2倍)であることが好ましいが、異なっていてもよい。また、アミノ酸配列の相同性の条件を満たす限り、分子量などの他の量的要素が異なってもよい。
遅延整流K+チャネル活性は、自体公知の方法、例えば、後述のパッチクランプ法またはルビジウム法において、被検物質を添加しない条件下で測定することにより行うことができる。
【0010】
アミノ酸配列について、「相同性」とは、当該技術分野において公知の数学的アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列をアラインさせた場合の、最適なアラインメント(好ましくは、該アルゴリズムは最適なアラインメントのために配列の一方もしくは両方へのギャップの導入を考慮し得るものである)における、オーバーラップする全アミノ酸残基に対する同一アミノ酸および類似アミノ酸残基の割合(%)を意味する。「類似アミノ酸」とは物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば、芳香族アミノ酸(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸(Ser、Thr)、側鎖の小さいアミノ酸(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)などの同じグループに分類されるアミノ酸が挙げられる。このような類似アミノ酸による置換は蛋白質の表現型に変化をもたらさない(即ち、保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。保存的アミノ酸置換の具体例は当該技術分野で周知であり、種々の文献に記載されている(例えば、Bowieら,Science, 247: 1306-1310 (1990)を参照)。
本明細書におけるアミノ酸配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;マトリクス=BLOSUM62;フィルタリング=OFF)にて計算することができる。アミノ酸配列の相同性を決定するための他のアルゴリズムとしては、例えば、Karlinら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877 (1993)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはNBLASTおよびXBLASTプログラム(version 2.0)に組み込まれている(Altschulら, Nucleic Acids Res., 25: 3389-3402 (1997))]、Needlemanら, J. Mol. Biol., 48: 444-453 (1970)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のGAPプログラムに組み込まれている]、MyersおよびMiller, CABIOS, 4: 11-17 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはCGC配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラム(version 2.0)に組み込まれている]、Pearsonら, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 85: 2444-2448 (1988)に記載のアルゴリズム[該アルゴリズムはGCGソフトウェアパッケージ中のFASTAプログラムに組み込まれている]等が挙げられ、それらも同様に好ましく用いられ得る。
より好ましくは、配列番号2、4または6に示されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列とは、各配列番号に示されるアミノ酸配列とそれぞれ約70%以上、好ましくは約80%以上、より好ましくは約90%以上の同一性を有するアミノ酸配列である。
【0011】
かかる相同性を有する蛋白質としては、例えば、1)配列番号2、4または6に示されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1〜50個程度、より好ましくは1〜30個程度、さらに好ましくは1〜10個程度、特に好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が欠失したアミノ酸配列、2)配列番号2、4または6に示されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは1〜50個程度、より好ましくは1〜30個程度、さらに好ましくは1〜10個程度、特に好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が付加したアミノ酸配列、3)配列番号2、4または6に示されるアミノ酸配列に1または2個以上(好ましくは1〜50個程度、より好ましくは1〜30個程度、さらに好ましくは1〜10個程度、特に好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が挿入されたアミノ酸配列、4)配列番号2、4または6に示されるアミノ酸配列中の1または2個以上(好ましくは1〜50個程度、より好ましくは1〜30個程度、さらに好ましくは1〜10個程度、特に好ましくは数(1〜5)個)のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたアミノ酸配列、または5)それらを組み合わせたアミノ酸配列を含有する蛋白質などが含まれる。
上記のようにアミノ酸配列が挿入、欠失または置換されている場合、その挿入、欠失または置換の位置は特に限定されない。
【0012】
より具体的には、HERGタンパク質と実質的に同一のタンパク質としては、HERGのアレル変異体や、該遺伝子の非ヒト哺乳動物(例:サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット、マウス、ラット等)におけるオルソログ(ortholog)(例えば、GenBank accession No. NP_038597として登録されているマウスオルソログ(アミノ酸レベルでHERGと95.7%の同一性))などが該当する。
【0013】
「心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニットをコードする遺伝子」としては、上記「HERGと同一もしくは実質的に同一のタンパク質」をコードする核酸であれば特に制限されず、ゲノムDNA、ゲノムDNAライブラリー、哺乳動物(例えば、ヒト、ウシ、サル、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、モルモット、ラット、マウス、ウサギ、ハムスターなど)のあらゆる細胞[例えば、肝細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵β細胞、骨髄細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、杯細胞、内皮細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞、線維細胞、筋細胞、脂肪細胞、免疫細胞(例、マクロファージ、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞、肥満細胞、好中球、好塩基球、好酸球、単球)、巨核球、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞もしくは間質細胞、またはこれら細胞の前駆細胞、幹細胞もしくはガン細胞など]もしくはそれらの細胞が存在するあらゆる組織[例えば、脳、脳の各部位(例、嗅球、扁桃核、大脳基底球、海馬、視床、視床下部、大脳皮質、延髄、小脳)、脊髄、下垂体、胃、膵臓、腎臓、肝臓、生殖腺、甲状腺、胆嚢、骨髄、副腎、皮膚、肺、消化管(例、大腸、小腸)、血管、心臓、胸腺、脾臓、顎下腺、末梢血、前立腺、睾丸、卵巣、胎盤、子宮、骨、関節、脂肪組織(例、褐色脂肪組織、白色脂肪組織)、骨格筋など]、好ましくは心筋細胞、プルキンエ線維、乳頭筋、心筋片、灌流心筋、全心臓などに由来するcDNA、あるいは合成DNAなどが挙げられる。HERGと同一もしくは実質的に同一のタンパク質をコードするゲノムDNAおよびcDNAは、上記した細胞・組織より調製したゲノムDNA画分および全RNAもしくはmRNA画分をそれぞれ鋳型として用い、Polymerase Chain Reaction(以下、「PCR法」と略称する)およびReverse Transcriptase-PCR(以下、「RT−PCR法」と略称する)によって直接増幅することもできる。あるいは、HERGと同一もしくは実質的に同一のタンパク質をコードするゲノムDNAおよびcDNAは、上記した細胞・組織より調製したゲノムDNAおよび全RNAもしくはmRNAの断片を適当なベクター中に挿入して調製されるゲノムDNAライブラリーおよびcDNAライブラリーから、コロニーもしくはプラークハイブリダイゼーション法またはPCR法などにより、それぞれクローニングすることもできる。ライブラリーに使用するベクターは、バクテリオファージ、プラスミド、コスミド、ファージミドなどいずれであってもよい。
【0014】
HERGをコードするDNAとしては、例えば、配列番号1、3または5に示される塩基配列を含有するDNA、または配列番号1、3または5に示される塩基配列とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含有し、前記したHERGと実質的に同質の活性(遅延整流K+チャネル活性)を有する蛋白質をコードするDNAなどが挙げられる。
配列番号1、3または5に示される塩基配列とハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNAとしては、例えば、配列番号1、3または5に示される塩基配列と約60%以上、好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約80%以上、特に好ましくは約90%以上の相同性を有する塩基配列を含有するDNAなどが用いられる。
本明細書における塩基配列の相同性は、相同性計算アルゴリズムNCBI BLAST(National Center for Biotechnology Information Basic Local Alignment Search Tool)を用い、以下の条件(期待値=10;ギャップを許す;フィルタリング=ON;マッチスコア=1;ミスマッチスコア=-3)にて計算することができる。塩基配列の相同性を決定するための他のアルゴリズムとしては、上記したアミノ酸配列の相同性計算アルゴリズムが同様に好ましく例示される。
【0015】
ハイブリダイゼーションは、自体公知の方法あるいはそれに準じる方法、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning)第2版(J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press, 1989)に記載の方法などに従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、ハイブリダイゼーションは、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。ハイブリダイゼーションは、好ましくは、ハイストリンジェントな条件に従って行なうことができる。
ハイストリンジェントな条件としては、例えば、ナトリウム塩濃度が約19〜約40mM、好ましくは約19〜約20mMで、温度が約50〜約70℃、好ましくは約60〜約65℃の条件等が挙げられる。特に、ナトリウム塩濃度が約19mMで温度が約65℃の場合が好ましい。
HERGをコードするDNAは、好ましくは配列番号1、3または5に示される塩基配列で示されるヒトHERG蛋白質をコードする塩基配列を含有するDNA(GenBank accession Nos. NM_000238, NM_172056, NM_172057)、あるいは他の哺乳動物におけるそのオルソログ(例えば、GenBank accession No. NM_013569として登録されているマウスオルソログ等)である。
【0016】
HERGをコードするDNAは、HERGをコードする塩基配列の一部分を有する合成DNAプライマーを用いてPCR法によって増幅するか、または適当な発現ベクターに組み込んだDNAを、HERG蛋白質の一部あるいは全領域をコードするDNA断片もしくは合成DNAを標識したものとハイブリダイゼーションすることによってクローニングすることができる。ハイブリダイゼーションは、例えば、モレキュラー・クローニング(Molecular Cloning)第2版(前述)に記載の方法などに従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、ハイブリダイゼーションは、該ライブラリーに添付された使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。
【0017】
DNAの塩基配列は、公知のキット、例えば、MutanTM-super Express Km(宝酒造(株))、MutanTM-K(宝酒造(株))等を用いて、ODA-LA PCR法、Gapped duplex法、Kunkel法等の自体公知の方法あるいはそれらに準じる方法に従って変換することができる。
【0018】
クローン化されたDNAは、目的によりそのまま、または所望により制限酵素で消化するか、リンカーを付加した後に、使用することができる。該DNAはその5’末端側に翻訳開始コドンとしてのATGを有し、また3’末端側には翻訳終止コドンとしてのTAA、TGAまたはTAGを有していてもよい。これらの翻訳開始コドンや翻訳終止コドンは、適当な合成DNAアダプターを用いて付加することができる。
【0019】
「心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニットをコードする遺伝子を発現する細胞」は、上記HERGと同一もしくは実質的に同一のタンパク質をコードする遺伝子を発現する細胞(遊離の細胞であっても、組織、器官などの多細胞標本であってもよい;本明細書ではこれらを包括して単に「細胞」という場合がある)であれば特に制限はなく、該遺伝子を内在的に発現する細胞、あるいは該遺伝子を外部から導入され、発現する細胞のいずれであってもよい。後者の場合、宿主細胞はHERGと同一もしくは実質的に同一のタンパク質を内因的に発現していてもよい。発現する遺伝子が由来する動物は、本発明の検定方法に供される化合物を投与され得る動物と同一であることが好ましく、例えば、ヒトに対する医薬化合物(医薬候補化合物)によるQT延長作用を検定する場合は、該細胞はHERG遺伝子を発現するものであることが好ましい。
【0020】
好ましくは、「心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニットをコードする遺伝子を発現する細胞」は、該遺伝子を外部より導入され、発現する形質転換体である。例えば、HERG遺伝子を発現する細胞の場合、以下のようにして調製することができる。
まず、上記HERGをコードするDNAを含む発現ベクターを、例えば、HERGをコードするDNAから目的とするDNA断片を切り出し、該DNA断片を適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に連結することにより製造することができる。発現ベクターとしては、動物細胞発現プラスミド(例:pA1-11、pXT1、pRc/CMV、pRc/RSV、pcDNAI/Neo);λファージなどのバクテリオファージ;レトロウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルスなどの動物ウイルスベクターなどが用いられる。プロモーターとしては、遺伝子の発現に用いる宿主に対応して適切なプロモーターであればいかなるものでもよい。例えば、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。
発現ベクターとしては、上記の他に、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、SV40複製起点(以下、SV40 oriと略称する場合がある)などを含有しているものを用いることができる。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子(以下、dhfrと略称する場合がある、メソトレキセート(MTX)耐性)、アンピシリン耐性遺伝子(以下、amprと略称する場合がある)、ネオマイシン耐性遺伝子(以下、neorと略称する場合がある、G418耐性)等が挙げられる。特に、dhfr遺伝子欠損チャイニーズハムスター細胞を用い、dhfr遺伝子を選択マーカーとして使用する場合、チミジンを含まない培地によって目的遺伝子を選択することもできる。
【0021】
上記したHERGをコードするDNAを含む発現ベクターで宿主を形質転換することにより、HERG発現細胞を製造することができる。
宿主としては、脊椎動物細胞、好ましくは哺乳動物細胞、例えば、HEK293細胞、HeLa細胞、ヒトFL細胞、サルCOS-7細胞、サルVero細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞(以下、CHO細胞と略記)、dhfr遺伝子欠損CHO細胞(以下、CHO(dhfr-)細胞と略記)、マウスL細胞,マウスAtT-20細胞、マウスミエローマ細胞,ラットGH3細胞などが用いられる。
【0022】
形質転換は、リン酸カルシウム共沈殿法、PEG法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リポフェクション法などにより行うことができる。例えば、細胞工学別冊8 新細胞工学実験プロトコール,263-267 (1995)(秀潤社発行)、ヴィロロジー(Virology),52巻,456 (1973)、上記非特許文献2などに記載の方法を用いることができる。
【0023】
また、別の好ましい宿主として、アフリカツメガエルの卵母細胞が挙げられる。該細胞は比較的大型で扱いやすいだけでなく、mRNAからタンパク質への翻訳に必要な細胞因子が豊富に蓄積されているので、インビトロ転写系で合成したHERG cRNAを導入することにより、HERGを該細胞で発現させることができる。cRNAは、上記したHERGをコードするDNAをT3、T7、SP6等のプロモーターを含む発現ベクターに挿入し、RNAポリメラーゼ等を含む市販のインビトロ転写系を用いて、常法に従って合成することが出来る。卵母細胞へのcRNAの導入は、マイクロインジェクション法を用いて行うことが出来る。これらの方法の具体的な態様については、例えば、上記非特許文献2等に記載されている。
【0024】
本発明の検定方法は、上記のようにして得られる細胞(以下、発現する遺伝子の由来に拘わらず「HERG発現細胞」と総称する場合がある)を、タンパク質含有溶液中で被検物質と接触させ、K+チャネルの阻害を評価することにより行われる。該溶液としては、通常のパッチクランプ試験において細胞外液として用いられる各種緩衝液、例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液などが挙げられるが、それらに限定されるものではない。また、該溶液中には各種の無機もしくは有機化合物(例えば、NaCl、KCl、MgCl2、CaCl2、グルコース、デキストロースなど)を所望により添加することもできる。
該溶液中に添加されるタンパク質は、その種類に特に制限はなく、あらゆる種類のタンパク質を用いることができるが、例えば、ヒト血清、ウシ胎児血清等の未精製または部分精製の哺乳動物血清由来タンパク質混合物、ヒト血清アルブミン、ウシ血清アルブミン、α−フェトプロテイン等の哺乳動物由来血清アルブミンもしくはその等価物、αグロブリン、βグロブリン、γグロブリン等の哺乳動物由来血清グロブリンもしくはその等価物等の単一の精製された血清由来タンパク質等が挙げられる。被検物質の存在環境をECG試験のそれに近似させるという観点からは、血清もしくはそれ由来のタンパク質を使用することが好ましいが、それらに限定されず、他のタンパク質も同様に好ましく使用され得る。
添加するタンパク質の濃度としては、細胞を含まないタンパク質含有溶液中の濃度として約0.1〜約5重量%、好ましくは約0.2〜約2重量%、より好ましくは約0.5〜約1重量%である。例えば、タンパク質として血清を用いる場合、約5〜約30重量%、好ましくは約10〜約20重量%の濃度で使用されるが、血清中の総タンパク質濃度は約6.5〜約8.5重量%であるといわれているので、タンパク質濃度としては、約0.3〜約2.5重量%、好ましくは約0.5〜約1重量%となる。
【0025】
被検物質の添加濃度は特に制限されないが、予想される最大治療血漿中濃度を含み、且つそれを超えるような範囲に設定し、漸進的に濃度を上昇させて行うことが望ましい。
【0026】
K+チャネルの阻害は、従来HERGチャネル阻害のインビトロ評価系として用いられている任意の手法を用いて評価することができる。例えば、パッチクランプ試験においては、HERG電流を検出することにより、一方、ルビジウム法による試験においては、標識されたRb+の移動を検出・比較することにより、評価することができる。
【0027】
パッチクランプ法によるHERG電流(K+電流)阻害試験の具体的な態様については、後記実施例において詳述する。また、当該方法の詳細は、上記非特許文献1および2にも記載されている。一方、ルビジウム法の具体的な態様については、例えば、Analytical Biochemistry 272, 149-155(1999)等に詳細に記載されている。
【0028】
本発明の検定方法は、第一の態様において、被検物質の存在下および非存在下における蛋白質含有溶液中でのHERG発現細胞のK+チャネル機能をそれぞれ評価し、両者を比較することを特徴とする。前述の通り、既知QT延長陽性化合物群では、タンパク質添加と非添加との間でK+チャネルの阻害率に有意な差異が認められないのに対し、既知QT延長陰性化合物群の中には、タンパク質添加によりK+チャネルの阻害率が顕著に減少するものが数多く認められる。その結果、タンパク質非添加の条件では、QT延長陽性化合物群と陰性化合物群との間で、K+チャネルの阻害率の数値範囲に顕著な差は認められないが、タンパク質を添加した条件では、QT延長陰性化合物群のK+チャネルの阻害率の数値範囲が下方に移動するので、阻害率がある値以上(便宜的に「(+)エリア」という。以下、同様)ではQT延長陰性化合物が存在せず、他方、阻害率がある値より低い範囲((−)エリア)では、QT延長陽性化合物が存在しないという分布が得られる。このことは、創薬の初期段階においては、(+)エリアおよび(−)エリアにプロットされた化合物については、イヌ等の実験動物によるECG試験を省略して次のステージに進むことができる可能性があることを意味しており、それによる時間・労力・コスト削減に大いに寄与することから、きわめて有用である。
したがって、本発明はまた、(1)1以上の既知QT延長陽性化合物および1以上の既知QT延長陰性化合物をそれぞれ用いて、化合物の存在下および非存在下における蛋白質含有溶液中での細胞のK+チャネル機能をそれぞれ評価し、(2)(a)QT延長陰性化合物群のK+チャネル阻害率の最大値を、QT延長陰性の基準値とし、および/または(b)QT延長陽性化合物群のK+チャネル阻害率の最小値を、QT延長陽性の基準値とすることを特徴とする、被検物質のQT間隔延長作用の有無を判定するための基準の決定方法を提供する。ある化合物のK+チャネル阻害率は、化合物濃度、タンパク質添加濃度その他の条件により変動するので、一定の基準値を設定することは現実的ではないが、例えば、後記実施例1(化合物濃度10μM、タンパク質濃度20w/w% FCS(BSA換算で約1w/w%))の条件下では、QT延長陽性の基準値を80%、QT延長陰性の基準値を50%と決定することができる。
【0029】
本発明はまた、HERG発現細胞を、被検物質の存在下および非存在下に蛋白質含有溶液と接触させ、該被検物質の存在下および非存在下における細胞のK+チャネル機能をそれぞれ評価し、上記方法により決定された基準値に基づいて、該被検物質のQT間隔延長作用の有無を判定することを特徴とする検定方法を提供する。例えば、後記実施例1(被検物質濃度10μM、タンパク質濃度20w/w% FCS(BSA換算で約1w/w%))の条件下では、被検物質添加によるK+チャネル阻害率が80%以上であればQT延長陽性、50%以上80%未満であればQT延長要注意、50%未満であればQT延長陰性と判定することができる。
【0030】
本発明の検定方法は、第二の態様において、蛋白質含有および蛋白質不含溶液中でHERG発現細胞を被検物質と接触させて、細胞のK+チャネルの阻害をそれぞれ評価し、両者を比較することを特徴とする。前述の通り、既知QT延長陽性化合物群では、タンパク質添加と非添加との間でK+チャネル阻害率に有意な差異が認められないのに対し、既知QT延長陰性化合物群の中には、タンパク質添加によりK+チャネル阻害率が顕著に減少するものが数多く認められる。その結果、QT延長陽性化合物群と陰性化合物群との間で、蛋白質添加時と非添加時におけるK+チャネル阻害率の差(Δ%値)の範囲に顕著な差が認められる。即ち、QT延長陽性化合物群では、阻害率変化はある値より低い範囲に収束するのに対して、陰性化合物群では、当該数値を超えてより広い範囲の阻害率変化を示す。例えば、後記実施例1(被検物質濃度10μM、タンパク質濃度20w/w% FCS(BSA換算で約1w/w%))の条件下では、FCS非添加時と添加時とのHERG電流阻害率の差(Δ%)は、QT延長陽性化合物群では0〜30%であるのに対し、陰性化合物群では0〜90%である。従って、当該条件下で、被検物質を蛋白質含有および蛋白質不含溶液中でHERG発現細胞と接触させた場合に、HERG電流阻害率の変化が30%以上であればQT延長陰性の可能性が高いと判定することができる。
尚、蛋白質添加濃度が比較的低く、蛋白質添加に起因するK+チャネルの阻害が無視できる場合には、被検物質非存在下における細胞のK+チャネル機能の測定を省略して、被検物質存在下における蛋白質含有および蛋白質不含溶液中での細胞のK+チャネルの測定値の差を、被検物質によるK+チャネルの阻害変化として評価することができる。
【0031】
本明細書において、塩基やアミノ酸などを略号で表示する場合、IUPAC−IUB Commission on Biochemical Nomenclature による略号あるいは当該分野における慣用略号に基づくものであり、その例を下記する。またアミノ酸に関し光学異性体があり得る場合は、特に明示しなければL体を示すものとする。
DNA :デオキシリボ核酸
cDNA :相補的デオキシリボ核酸
A :アデニン
T :チミン
G :グアニン
C :シトシン
RNA :リボ核酸
mRNA :メッセンジャーリボ核酸
dATP :デオキシアデノシン三リン酸
dTTP :デオキシチミジン三リン酸
dGTP :デオキシグアノシン三リン酸
dCTP :デオキシシチジン三リン酸
ATP :アデノシン三リン酸
EDTA :エチレンジアミン四酢酸
SDS :ドデシル硫酸ナトリウム
Gly :グリシン
Ala :アラニン
Val :バリン
Leu :ロイシン
Ile :イソロイシン
Ser :セリン
Thr :スレオニン
Cys :システイン
Met :メチオニン
Glu :グルタミン酸
Asp :アスパラギン酸
Lys :リジン
Arg :アルギニン
His :ヒスチジン
Phe :フェニルアラニン
Tyr :チロシン
Trp :トリプトファン
Pro :プロリン
Asn :アスパラギン
Gln :グルタミン
pGlu :ピログルタミン酸
Sec :セレノシステイン(selenocysteine)
【0032】
本明細書の配列表の配列番号は、以下の配列を示す。
[配列番号1]
HERG mRNAのスプライスバリアント1(1159アミノ酸をコードする)に対応するcDNAのコード領域(CDS)の塩基配列を示す。
[配列番号2]
HERG mRNAのスプライスバリアント1にコードされる1159アミノ酸からなるポリペプチドのアミノ酸配列を示す。
[配列番号3]
HERG mRNAのスプライスバリアント2(888アミノ酸をコードする)に対応するcDNAのコード領域(CDS)の塩基配列を示す。
[配列番号4]
HERG mRNAのスプライスバリアント2にコードされる888アミノ酸からなるポリペプチドのアミノ酸配列を示す。
[配列番号5]
HERG mRNAのスプライスバリアント3(819アミノ酸をコードする)に対応するcDNAのコード領域(CDS)の塩基配列を示す。
[配列番号6]
HERG mRNAのスプライスバリアント3にコードされる819アミノ酸からなるポリペプチドのアミノ酸配列を示す。
【実施例】
【0033】
以下に実施例等を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、これらは単なる例示であって本発明の範囲を何ら限定するものではない。
尚、以下の実験において用いたMEM培地、MEM非必須アミノ酸溶液、ピルビン酸ナトリウム溶液、G418硫酸塩溶液(ジェネティシン)はInvitrogen社(Carlsbad, CA)から購入した。ウシ血清アルブミン(BSA、Fatty Acid Free)は和光純薬(Osaka, Japan)の製品を用いた。牛胎児血清(FCS)はTrau Scientific Ltd.(Melborune, Australia)の製品を用いた。HERG電流阻害の検討に用いたシサプリドおよびE-4031は和光純薬の製品を、化合物1〜45は武田薬品工業株式会社内で製造されたものをそれぞれ用いた。その他の試薬は和光純薬の製品を用いた。
HERG発現細胞HERG.T.HEKは Wisconsin ALUMNI Research Foundationより入手した。
HERG.T.HEKは、10% FCS、1mM MEM非必須アミノ酸、1mM ピルビン酸ナトリウム、500μg/ml ジェネティシンを含むMEM培地を用いて37℃、5% CO2存在下で維持・継代した。
パッチクランプ法によるHERG電流測定は、特にことわらない限り、以下の通り実施した。80〜90% コンフルエントの細胞をトリプシン処理により回収し、IVF dish(Falcon, Franklin Lakes, NJ)に播いた。2〜3時間後、細胞外液(137mM NaCl、4mM KCl、1mM MgCl2、1.8mM CaCl2、10mM HEPES、11mM dextrose:pH7.4 )で潅流しながら、電極内液(7mM NaCl、130mM KCl、1mM MgCl2、5mM HEPES、5mM EGTA、5mM ATP-Na:pH7.2)を満たしたガラス電極(抵抗値1-2 MΩ)を細胞に接着させ、パッチクランプアンプAXOPATCH 200B(Axon instruments, Foster City, CA)を用いてwhole-cell configurationの形成並びに電位固定プロトコールによる刺激を行った(holding potential -75mV、一次電圧10mV:0.5sec、二次電圧-40mV:0.5sec、刺激頻度0.067Hz)。予備刺激を与え、電流波形が安定した時点でHERG電流値(peak tail current)を計測した。
タンパク添加および薬剤添加時におけるHERG電流測定時には、まず細胞外液で細胞を潅流し、波形が安定した後にBSAもしくはFCSおよび/または薬剤を含む細胞外液で、低濃度から順に潅流した。それぞれの潅流条件での電流波形が安定した時点でHERG電流を測定した。
【0034】
参考例1 パッチクランプ試験におけるHERG電流に及ぼす蛋白質添加の影響
0.25、0.5、1% BSAあるいは5、10、20% FCSを細胞外液に添加した際のHERG発現細胞におけるHERG電流を測定し、タンパク非添加時のHERG電流値と比較した。その結果、BSAあるいはFCSの添加により電流値は濃度依存的に低下する傾向がみられ、1% BSA、20% FCSを添加した場合には、それぞれ14、15%の電流値の低下がみられた(表1)。しかし、いずれの条件でもリーク電流は少なく、電流値は安定しており、測定上の問題はないことが確認された。
【0035】
【表1】

【0036】
参考例2 既知QT延長陽性化合物のHERG電流阻害に及ぼす蛋白質添加の影響
シサプリドおよびE-4031によるHERG電流阻害に対する細胞外液中へのBSAあるいはFCS添加の影響について検討した。
BSAおよびFCSともに添加したタンパク濃度依存的に薬剤によるHERG電流阻害率の低下が認められた。1% BSAあるいは20% FCS添加時には、タンパク非添加時に比較してシサプリド、E-4031ともに20%程度のHERG電流阻害率の低下が認められた。しかし、添加したタンパクの種類・濃度にかかわらず、シサプリドあるいはE-4031の濃度依存的なHERG電流阻害が認められた(図1)。また、薬剤によるHERG電流阻害率に与える影響については、BSAとFCSの間に差は認められなかった。
【0037】
実施例1 蛋白質添加による各種化合物のHERG電流阻害率の変化
イヌECG試験においてQT間隔延長作用の有無が明らかとなっている45種類の化合物について、20% FCS添加時及び非添加時のHERG電流阻害率を測定した。その結果を表2、図2および図3に示した。
【0038】
【表2】

【0039】
QT延長陽性(QT(+))化合物に比べ、QT延長陰性(QT(-))化合物においてFCS添加によりHERG電流阻害がより減弱する傾向がみられた。特に化合物13、14、15、16、25、26、37、42および44においては、FCS添加によりHERG電流阻害がほとんど認められなくなった(表2)。QT(+)化合物とQT(-)化合物のHERG電流阻害率を、FCS非添加時(図2A)と20% FCS添加時(図2B)でそれぞれプロットすると、FCS非添加ではQT(-)化合物群の中にも80%以上の阻害率を示す化合物が存在し、真陽性と偽陽性とを判別できないが、20% FCS添加ではQT(-)化合物群の阻害率分布が下方にシフトし、阻害率の最大値が約80%となったため、阻害率80%以上の化合物はQT延長陽性の可能性が高いとの判定が可能となった。一方、QT(+)化合物群の阻害率の最小値はFCSの添加・非添加にかかわらず約50%であり、いずれの場合でも阻害率50%未満の化合物はQT延長陰性の可能性が高いと判定できるが、FCS添加により阻害率50%未満の化合物が倍増し、偽陽性の出現頻度が顕著に減少した。
また、FCS添加によるHERG電流阻害率の低下をΔ阻害率で表した場合、QT(+)化合物ではΔ阻害率は0〜30%であったのに対し、QT(-)化合物では0〜90%であり、阻害率が大きく変化するものが多かった(図3)。
【0040】
実施例2 添加蛋白質の種差がHERG電流阻害率に与える影響についての検討
実施例1では、入手がしやすいこと、安価であることから、添加蛋白質としてウシ胎児血清(FCS)を用いてきた。しかし、添加蛋白質の種差によりHERG阻害率が影響を受ける可能性が考えられるため、in vitro HERG電流阻害試験結果からヒトにおけるQT延長の予測を行う場合、HERG電流阻害率に対する添加蛋白質の種差の影響を確認しておく必要がある。そこで、添加蛋白質としてヒト血清(HS)を用いた時のHERG電流阻害率とFCS添加時のHERG電流阻害率とを比較した。その結果、FCS添加時におけるHERG電流阻害率が50%未満あるいは70%以上の化合物では、FCS添加時におけるHERG電流阻害率とHS添加時におけるHERG電流阻害率との間にほぼ正の相関関係が認められたが、50-70%の化合物ではHS添加時のHERG電流阻害率には相関性は得られなかった(図4)。しかし、20% FCS添加時のHERG電流阻害率50-80%の化合物については、in vivoでのQT延長の可能性は+/-と判定されることから、添加蛋白質の種差によってin vivoでのQT延長予測が大きく変わることはないと思われた。この結果からin vivo QT延長の予測精度向上には添加蛋白質の種類によらず蛋白質添加自体が重要であることが示唆された。
【0041】
実施例3 化合物の添加蛋白質への結合率がHERG電流阻害率に与える影響についての検討
蛋白質添加パッチクランプ試験における偽陽性化合物の減少は、化合物の添加蛋白質への結合が原因の一つと考えられる。そこで、化合物のHSあるいはFCSへの結合率と、蛋白質非添加時と蛋白質添加時のHERG電流阻害率の変化(ΔHERG電流阻害率)との関連を検討した。FCS(図5A)、HS(図5B)ともΔHERG電流阻害率が20%以上の化合物は蛋白質への結合率が80%以上であった。これらの結果から、蛋白質への結合率が高い化合物では必ずしもHERG阻害率が軽減するとは限らないが、蛋白質添加によりHERG電流阻害率が軽減した化合物は蛋白質への結合率が高いことがわかった。つまり、蛋白質添加によるHERG電流阻害率の軽減は化合物の蛋白質への結合が原因の一つであることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明のQT延長作用の検定方法は、従来のHERGチャネル阻害試験に比べて信頼性が顕著に向上しており、少なくとも部分的には、実験動物を用いたECG試験を代替することができる。従って、特に創薬の初期段階における化合物の心毒性スクリーニングにおいて、開発コストの削減・開発期間の短縮化などを可能にする点で、きわめて有用な方法である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】シサプリドおよびE-4031によるHERG電流阻害に及ぼすBSAおよびFCSの影響を示す図である。0、0.25、0.5、1% BSA(AおよびC)あるいは0、5、10、20% FCS(BおよびD)存在下におけるシサプリド(AおよびB)あるいはE-4031(CおよびD)によるHERG電流阻害率を調べた。縦軸は薬剤非添加時に対するHERG電流阻害率を示す(n=2〜3の平均値)。
【図2】計45種のQT延長陽性(QT(+))およびQT延長陰性(QT(-))化合物(10μM)についての、FCS非添加時(A)あるいは20% FCS添加時(B)における、化合物によるHERG電流阻害率を示す図である。阻害率(%)は化合物非添加時のHERG電流値を100%とし、それに対する%値で表している(n=2〜3の平均)。
【図3】計45種のQT延長陽性(QT(+))およびQT延長陰性(QT(-))化合物(10μM)についてのHERG電流阻害率の、FCS添加による変化(Δ%値)を示す図である。20% FCS添加時のHERG阻害率とFCS非添加時のHERG阻害率の差を求め、その差をΔ%値とした(n=2-3の平均)。
【図4】種々の化合物についてのFCS添加時とHS添加時とにおけるHERG電流阻害率の相関性を示す図である。
【図5】種々の化合物についての、FCS添加(A)およびHS添加(B)によるHERG電流阻害率変化(ΔHERG電流阻害率)と化合物の蛋白質への結合率との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心筋細胞の遅延整流カリウムイオンチャネルのαサブユニットをコードする遺伝子を発現する細胞を、蛋白質含有溶液中で被検物質と接触させ、カリウムイオンチャネルの阻害を評価することを特徴とする、QT間隔に及ぼす該物質の効果の検定方法。
【請求項2】
カリウムイオンチャネルの阻害を、カリウムイオン電流を指標として評価することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
被検物質の存在下および非存在下における蛋白質含有溶液中での細胞のカリウムイオンチャネルの機能をそれぞれ評価し、両者を比較することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項4】
被検物質のQT間隔延長作用の有無を判定するための基準の決定方法であって、
(1)被検物質の代わりに、1以上のQT間隔を延長する物質および1以上のQT間隔を延長しない物質をそれぞれ用いて請求項3記載の方法を実施し、
(2)(a)QT間隔を延長しない物質のカリウムイオンチャネル阻害率の最大値を、QT間隔を延長する物質の基準値とし、および/または(b)QT間隔を延長する物質のカリウムイオンチャネル阻害率の最小値を、QT間隔を延長しない物質の基準値とすることを特徴とする方法。
【請求項5】
被検物質のカリウムイオンチャネル阻害率を、請求項4記載の方法により得られる基準値と比較することを特徴とする、請求項3記載の方法。
【請求項6】
蛋白質含有および蛋白質不含溶液中で細胞を被検物質と接触させて、細胞のカリウムイオンチャネルの阻害をそれぞれ評価し、両者を比較することを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項7】
遺伝子がヒト由来である請求項1記載の方法。
【請求項8】
細胞が脊椎動物由来である請求項1記載の方法。
【請求項9】
細胞が哺乳動物由来である請求項1記載の方法。
【請求項10】
細胞がヒト由来である請求項1記載の方法。
【請求項11】
蛋白質濃度が約0.5〜約1重量%である請求項1記載の方法。
【請求項12】
蛋白質が血清または血清由来蛋白質である請求項1記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−311859(P2006−311859A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−106440(P2006−106440)
【出願日】平成18年4月7日(2006.4.7)
【出願人】(000002934)武田薬品工業株式会社 (396)
【Fターム(参考)】