説明

藍の染色方法

【課題】水分さえあれば、新たな酵素源を必要とすることなく、行いたい時に行いたい場所で藍の叩き染めや藍の生葉染めを行うことができる藍の染色方法を提供する。
【解決手段】刈り取った藍の生葉を凍結乾燥させ、染色を行う時点で凍結乾燥させた生葉を被染色物に叩き付けるか、水を加えて粉砕することで得られる染液を用いて行うものである。藍の生葉を凍結乾燥させると、生葉から水分が除去されることで加水分解酵素が機能しなくなり、インジカンからインドキシルヘの変換が抑えられること、しかしながら、当該酵素は失活しておらず、染色を行う時点で凍結乾燥させた生葉に水分を与えることにより、当該酵素を機能させてインジカンをインドキシルに変換できること、従って、水分さえあれば、新たな酵素源を必要とすることなく、行いたい時に行いたい場所で藍の叩き染めや藍の生葉染めを行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いつでもどこでもできる藍の染色方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本人にとって馴染みが深い藍染めにおける藍色色素はインジゴである。インジゴは藍の葉の中でその前駆体としての無色の配糖体であるインジカン(インドキシル−β−グルコシッド)として存在する。藍の葉が切断や害虫などにより何らかの損傷を受けると、インジカンはクロロプラストにある加水分解酵素(β−グルコシダーゼ)の作用を受け、グルコースが切断されることで不安定なインドキシルに変換される。この不安定なインドキシルの非酵素的な酸化的カップリング(二分子結合)反応によって生成する物質がインジゴである。藍染めは刈り取った生葉を乾燥させることで生葉に含まれているインジカンをインジゴに変換して行う染色方法である。但し、インジゴは水に不溶であるため、還元剤を用いて水に可溶なロイコインジゴに変換して被染色物に染み込ませ、被染色物上でロイコインジゴを空気に晒して酸化させてインジゴに変換することで染め上げる。
以上の藍染めとは異なる染色方法として藍の叩き染めや藍の生葉染めがある。これらはインドキシルを用いて染色を行う方法であり、藍の叩き染めの場合は生葉を被染色物に叩き付けることにより、藍の生葉染めの場合は生葉を水を加えて粉砕することで得られる染液を用いることにより、インドキシルを被染色物に染み込ませ、被染色物上でインドキシルを酸化的カップリング反応によってインジゴに変換することで染め上げる。藍の叩き染めや藍の生葉染めは、還元剤を必要としない、藍染めとは異なる色(例えばスカイブルー)に染め上げることができるといった特徴を有する。しかしながら、藍の叩き染めや藍の生葉染めで用いるインドキシルは上記の通り不安定な物質であるため、生葉に含まれるインドキシルは生葉を刈り取ってからわずか数時間でインジゴに変換されてしまうことから、藍の叩き染めや藍の生葉染めは生葉を刈り取った直後でしか行うことができないという制約がある。この制約を解消するための方法として、非特許文献1では、インドキシルからインジゴへの変換を抑えるため、刈り取った生葉を電子レンジで加熱処理することで生葉に含まれる加水分解酵素を失活させ、インジカンからインドキシルヘの変換を抑える方法が提案されている。
【非特許文献1】牛田智、川崎充代、「インジカンを保持した状態での藍の葉の保存とその染色への利用」、日本家政学会誌、52巻、1号、75−79ページ(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、非特許文献1に記載の方法は、藍の生葉に含まれる加水分解酵素を失活させてしまうものであるので、後で染色を行おうとしても当該酵素はもはや機能しないことから、酵素源として生葉や加水分解酵素を新たに加えなければ、インジカンをインドキシルに変換することができないという不便さがあった。
そこで本発明は、いつでもどこでもできる藍の染色方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、藍の生葉を凍結乾燥させると、生葉から水分が除去されることで加水分解酵素が機能しなくなり、インジカンからインドキシルヘの変換が抑えられること、しかしながら、当該酵素は失活しておらず、染色を行う時点で凍結乾燥させた生葉に水分を与えることにより、当該酵素を機能させてインジカンをインドキシルに変換できること、従って、水分さえあれば、新たな酵素源を必要とすることなく、行いたい時に行いたい場所で藍の叩き染めや藍の生葉染めを行うことができることを見出した。
【0005】
上記の知見に基づいてなされた本発明の藍の染色方法は、請求項1記載の通り、刈り取った藍の生葉を凍結乾燥させ、染色を行う時点で凍結乾燥させた生葉を被染色物に叩き付けるか、水を加えて粉砕することで得られる染液を用いて行うものである。
また、請求項2記載の染色方法は、請求項1記載の染色方法において、藍の生葉を刈り取ってから6時間以内に生葉を凍結乾燥させるものである。
また、請求項3記載の染色方法は、請求項1または2記載の染色方法において、染色を行う時点が藍の生葉を刈り取ってから1週間以上後であるものである。
また、本発明の凍結乾燥させた藍の生葉は、請求項4記載の通り、請求項1記載の藍の染色方法を行うためのものである。
また、本発明の藍の生葉に含まれるインジカンがインジゴに変換されるのを抑える方法は、請求項5記載の通り、刈り取った藍の生葉を凍結乾燥させることによるものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、いつでもどこでもできる藍の染色方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の藍の染色方法は、刈り取った藍の生葉を凍結乾燥させ、染色を行う時点で凍結乾燥させた生葉を被染色物に叩き付けるか、水を加えて粉砕することで得られる染液を用いて行うものである。本発明の藍の染色方法において、刈り取った藍の生葉の凍結乾燥は、例えば、藍の生葉を刈り取ってから6時間以内、望ましくは3時間以内、より望ましくは1時間以内に刈り取った生葉を冷凍庫に入れ、−25〜−5℃で3〜7日間かけて凍結させた後、凍結乾燥機を用いて1〜5日間かけて乾燥させることにより行えばよい。このような条件で凍結乾燥を行うことにより、生葉に含まれる加水分解酵素を機能させないことで(但し失活はしていない)インジカンを効果的に保持することができる。その後、染色を行う時点で凍結乾燥させた生葉に水分を与えれば、例えば、染色を行う時点が藍の生葉を刈り取ってから1週間以上後であっても、加水分解酵素が機能してインジカンに作用するので、インジカンをインドキシルに変換して染色を行うことができる。藍の叩き染めの場合、凍結乾燥させた生葉に与える水分は空気中の水分で充分である。藍の生葉染めの場合、凍結乾燥させた生葉に加える水の量は、例えば、凍結乾燥前の生葉1gに対して5〜15mLである。用いる水の温度は10〜50℃が望ましい。温度が高すぎると、凍結乾燥させた生葉に含まれる加水分解酵素が失活してしまうおそれがある一方、温度が低すぎると、インジカンからインドキシルへの変換効率が悪くなるおそれがある。また、染色に用いる染液は、例えば、凍結乾燥させた生葉に水を加えた後、これをミキサーにかけて生葉を粉砕し、得られた粉砕物をガーゼで濾過することにより調製することができるが、用いる水の温度が低すぎると、水へのインドキシルの抽出効率が悪くなるおそれがある。なお、染色を行うまでの凍結乾燥させた生葉の保存方法は、水分と遮断した状態が維持できる方法であれば特段制限されるものではなく、室温での保存の他、冷蔵庫内や冷凍庫内での保存、真空パックによる保存など、どのような方法であってもよい。
【0008】
藍の叩き染めを行う手順は、藍の生葉を刈り取った直後に行う藍の叩き染めにおいて採用される慣用的な手順と同じであってよく、例えば、被染色物の上に凍結乾燥させた生葉を置き、その上から金槌で葉を叩いてインドキシルを含む葉の汁を被染色物に染み込ませた後、葉を取り除いて所定の時間(例えば6時間〜2日間)おいておくことで空気に晒せばよい。また、藍の生葉染めを行う手順も、藍の生葉を刈り取った直後に行う藍の生葉染めにおいて採用される慣用的な手順と同じであってよく、例えば、被染色物を上記のようにして調製した染液に所定の時間(例えば10〜30分間)浸漬した後、染液から取り出し、絞って空気に晒すという操作を1〜10回行えばよい。
【0009】
なお、本発明の藍の染色方法を行うために用いることができる藍の生葉は、アイ(タデ科)、リュウキュウアイ(キツネノマゴ科)、アイカズラ(カガイモ科)など、藍の生葉を刈り取った直後に行う藍の叩き染めや藍の生葉染めに用いることができる植物として知られている植物の生葉であればいずれの生葉であってもよい。被染色物は、藍の生葉を刈り取った直後に行う藍の叩き染めや藍の生葉染めの対象となるものとして知られているもの(例えば絹や羊毛や木綿を用いた織布・不織布・生地など)であれば特段制限されるものではない。
【実施例】
【0010】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0011】
実施例1:藍の生葉染め
(実験方法)
(1)刈り取ってすぐのタデ科のアイ(タデアイ)の生葉50gを1Lのナス型フラスコに入れた。
(2)このナス型フラスコを冷凍庫(−20〜−15℃)に4日間入れて生葉を凍結させた。
(3)次に凍結させた生葉を凍結乾燥機で3日間乾燥させた。その後、凍結乾燥させた生葉が入ったナス型フラスコにゴム栓をして室温、冷蔵庫、冷凍庫でそれぞれ1〜3ヶ月間保存した。なお、いずれの場合も、凍結乾燥させた生葉の保存による変色は皆無乃至はわずかであり、保存後の凍結乾燥させた生葉には刈り取った直後の生葉とほぼ同量のインジカンが含まれていた(液体クロマトグラフィーを用いた分析による)。
(4)所定の保存期間経過後、凍結乾燥させた生葉をナス型フラスコから取り出し、すぐに500mLの水(20℃)を加えてミキサーで20秒間粉砕し、得られた粉砕物をガーゼで濾して染液を調製した。
(5)染液に20cm×20cmに切った絹布(JIS染色堅牢度試験用絹14目付)を20分間浸漬した後、染液から取り出して絞り、さらに10分間染液に浸漬した後に染液から取り出して絞る操作を2回繰り返し、最後に水洗いをして自然乾燥させた。
【0012】
(実験結果)
表1に保存方法と保存期間の違いによる染色結果(布の色)の違いを示す。表1から明らかなように、どのような保存方法を採用した場合でも、長期間にわたって藍の生葉染めができることがわかった。
【0013】
【表1】

【0014】
実施例2:藍の叩き染め
実施例1の(実験方法)と同様の方法で刈り取ってすぐのタデ科のアイ(タデアイ)の生葉を凍結乾燥させた後、室温で1ヶ月間保存した。この凍結乾燥させた生葉を絹布の上に置き、透明のビニールシートを被せ、その上から金槌で葉を叩いた。絹布の裏面から葉の汁の染み込み具合を確認した後、絹布から葉を取り除き、1日おいておくことで、絹布を葉の形をした藍鼠色に染め上げることができた。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明は、いつでもどこでもできる藍の染色方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
刈り取った藍の生葉を凍結乾燥させ、染色を行う時点で凍結乾燥させた生葉を被染色物に叩き付けるか、水を加えて粉砕することで得られる染液を用いて行う藍の染色方法。
【請求項2】
藍の生葉を刈り取ってから6時間以内に生葉を凍結乾燥させる請求項1記載の染色方法。
【請求項3】
染色を行う時点が藍の生葉を刈り取ってから1週間以上後である請求項1または2記載の染色方法。
【請求項4】
請求項1記載の藍の染色方法を行うための凍結乾燥させた藍の生葉。
【請求項5】
刈り取った藍の生葉を凍結乾燥させることによる藍の生葉に含まれるインジカンがインジゴに変換されるのを抑える方法。

【公開番号】特開2008−240162(P2008−240162A)
【公開日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−77725(P2007−77725)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年9月24日 社団法人日本化学会東北支部らの主催の「平成18年度 化学教育研究協議会東北大会」において文書をもって発表
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】