説明

虚血性腸疾患抑制剤

【課題】
本発明は、副作用が少なくて、安全性が高く、長期間にわたって摂取することが可能である、虚血性腸疾患予防および/または治療効果のある医薬品および/または飲食品を提供することを目的とする。
【解決手段】
乳清タンパク質および/または乳清タンパク質加水分解物を有効成分とする虚血性腸疾患の予防および/または治療剤、または乳清タンパク質および/または乳清タンパク質加水分解物を含有し、虚血性腸疾患の予防および/または治療効果を有するものであることを特徴とし、虚血性腸疾患の予防および/または治療ために用いられるものである旨の表示を付した飲食品を提供する。
なし

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳清タンパク質および/または乳清タンパク質加水分解物を有効成分とする虚血性腸疾患の予防および/または治療剤、および/または飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血性腸炎は、血流の少ない状態(ショック)、主な動脈、小さな血管病変、静脈の閉塞、または腸閉塞によって起こる。それぞれのケースで、粘膜と粘膜下層が虚血の程度と期間に応じて損傷を受けている。この過程が炎症、粘膜の潰瘍を引き起こす。彎曲部は、血流が血管支配の分水線となっており、虚血性腸炎に特になりやすい(非特許文献1)。
【0003】
ショックの原因としては、1)外傷・手術・消化管出血に伴って循環血液量の喪失が増加することによる出血性ショック、 2)熱傷による血漿成分の大量喪失による熱傷性ショック、3)下痢・嘔吐・糖尿病性アシドーシスに伴って腎・皮膚から大量の水分・電解質が失われることによる脱水ショック、4)急性心筋梗塞・急性心筋炎・肺梗塞・心タンポナーデに伴って心臓の拍出力の急速な低下が起こることによる心原性ショック、5)敗血症を合併して起こる感染性ショック、6)脳損傷・外傷精神的緊張・脊髄損傷伴って血管運動反射性の低血圧・血管拡張・徐脈がおきることによる神経原性ショック、7)食事・薬物・血液製剤などによるアレルギー反応で肥満細胞からヒスタミンが遊離され血管拡張・喉頭浮腫・喘息様呼吸困難を伴うアナフィラキシーショックなどが挙げられる(非特許文献2)。
【0004】
上記のようなショックに伴って、腸管の粘液やタイトジャンクションなどの物理的バリア、IgAによる免疫学的バリアが経腸栄養の欠如によって破綻すると、バクテリアルトランスロケーションや全身の粘膜防御機構の低下をきたし全身の炎症反応増強や感染症増悪を招く。
【0005】
体内に侵入した病原体あるいは毒素によって、免疫系の細胞が活性化され様々な炎症性メディエーターが放出される。これらのメディエーターの働きによって、また神経・内分泌系の働きによって、炎症局所及び全身の代謝が亢進し、いわゆるhyper dynamic state(心拍出量増加、心拍数増加、末梢血管拡張)を呈し、免疫系の細胞はさらに活性化される。これらの反応は本来、感染時の生体反応として必要不可欠のもので、生体防御能を増強するのに役立つ。しかし、感染に伴う食欲不振と、エネルギー産生、末梢骨格筋崩壊、肝における糖新生及び脂肪分解の増加といったhyper metabolism、hyper catabolismの状態が続くことによって体組織が失われると、感染症の増悪、臓器不全を招来し不幸な転帰をたどることになる。
【0006】
大侵襲手術後の経腸栄養施行時にみられる合併症としては下痢、腹部膨満感、腹痛などの腹部症状が最も多く、軽度の腹部症状までも含めると約60%の患者が腹部症状を訴える。大侵襲手術では高サイトカイン血症となり、サイトカインの直接作用によって消化管粘膜細胞の脱落が起こり、経腸栄養時の腹部症状に関与していると考えられる。術後高サイトカイン血症期間の遷延した症例において、腹部症状の発現頻度が高いことが報告されている(非特許文献3)。
【0007】
近年、TNF-αやIL-6のような炎症性サイトカインは様々な疾患の低栄養に関与することが報告されている。特に血中IL-6は消化器疾患の進行とともに上昇し、血清CEAや血清CRPとよく相関することが知られている。血清CRPの上昇に伴う高サイトカイン血症は、安静時エネルギー消費を増やし、低栄養を惹起していると考えられている(非特許文献4)。
【0008】
IL-6はT・B 細胞、繊維芽細胞、血管内皮細胞、マクロファージなど多彩な細胞から産生される。IL-6は活動性クローン病炎症粘膜において、mRNA、タンパクの上昇、さらに、血清レベルでの上昇が報告されている。TNF-αがIL-6産生を誘導する作用を有することを考えると、消化管炎症での病態にTNF-αとIL-6が協調して深く係わっている可能性が考えられる(非特許文献5)。炎症性サイトカインの産生を調節することにより、虚血性腸疾患の予防および/または治療を含む様々な効果が期待できる。
【0009】
炎症性サイトカイン産生の制御を行う製剤や飲食品に関連する先行技術文献としては、ヒトTNF-αに結合するヒト抗体(特許文献1)、ヌクレオシドを有効成分としたサイトカインが関係する疾患治療法(特許文献2、特許文献3)などが開示されている。ヒトTNF-αに結合するヒト抗体はin vitroおよびin vivoでTNF-α活性を中和する作用は有するものの、虚血に伴う腸管の免疫担当細胞からのサイトカイン産生そのものを制御するものではなく、またこのようなヒトTNF-αに結合するヒト抗体では、複数回投与による中和抗体の出現がその効果を減弱させる問題点となる。
【0010】
虚血性腸疾患においては、その病態において低栄養状態を来すため、治療選択に際し、必ず「栄養療法」が考慮される。具体的には、その窒素源が抗原性を有するタンパク質ではなく、より抗原性を低下させたアミノ酸が主体である成分栄養剤が用いられる。しかし、成分栄養剤は一般栄養剤及び半消化態栄養剤に比べて浸透圧が高いので、下痢、腹部膨満感、腹痛などの腹部症状が出やすい。従って、腹部症状を呈する場合には、成分栄養剤の投与速度を遅くし、総投与量を減量してみることとなるが、投与カロリーが不足するという課題を抱えている。
【0011】
乳清タンパク質とは、乳を20℃でpH4.6にした際の可溶画分(乳清)に存在するタンパク画分であり、例えば牛乳の場合α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、血清アルブミン、免疫グロブリン、ラクトフェリン、トランスフェリン、プロテオースペプトン、β2-ミクログロブリン等が乳清タンパク質として含まれている(非特許文献6)。
【0012】
α-ラクトアルブミンは、乳清タンパク質の約25%をしめる分子量14,000の球状タンパク質である。タンパク質の構造解析によって、溶菌活性をもつリゾチームとの構造類似性が示されており、遺伝子構造も高い相同性をもつことがわかっている。(非特許文献6)また、α-ラクトアルブミンはカルシウム結合性タンパク質でもある。さらに、α-ラクトアルブミンはシスチン含量が高く、カゼイン画分のタンパク質にはシスチンが少ないので、α-ラクトアルブミンにはこれを補うという栄養的な魅力がある。また、α-ラクトアルブミンには、消化管運動調節作用(特許文献4)、小腸管傷害の予防又は修復促進作用(特許文献5)、抗潰瘍作用(非特許文献7)が知られている。
【0013】
β-ラクトグロブリンは、乳清タンパク質の約50%をしめる分子量18,000の球状タンパク質である。タンパク質の構造解析によって、血清中のビタミンA(レチノール)結合タンパク質と構造がよく似ていることが示されている(非特許文献6)。両者の遺伝子構造の解析でも顕著な類似性が認められ、両者は共通の起源をもつタンパク質と考えられる。β-ラクトグロブリンは、生体内で小腸へのビタミンAの運搬を担い、さらに小腸からのビタミンAの吸収はβ-ラクトグロブリンによって促進されることが示されている。近年、この吸収促進がβ-ラクトグロブリンに選択的な受容体を介していることが示された。また、β-ラクトグロブリンには、腸管透過抑制作用(特許文献6)、脂質代謝改善作用(特許文献7)、抗酸化作用(特許文献8)、メラニン産生抑制作用(特許文献9)が知られている。
【0014】
しかしながら、α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、あるいはそれらの加水分解物が、虚血性腸疾患予防および/または治療効果を有するという報告は皆無であった。
【0015】
α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリンあるいはこれらの分解物やペプチドについては、生体侵襲時の経口免疫栄養療法に有用である旨報告されているが、この作用はマクロファージにおけるリポ多糖刺激によるサイトカイン産生を抑制する効果を有するというものである(特許文献10)。他に、マクロファージにおけるリポ多糖刺激によるサイトカイン産生を抑制する効果(特許文献11)、消化管運動調節作用に基づく胃排泄能抑制効果や小腸輸送能抑制効果(特許文献4)、乳糖に起因した下痢症や小腸管傷害の予防及び修復促進効果(特許文献5)、水侵拘束ストレスによる胃潰瘍抑制作用(非特許文献7)、腸管でのアレルゲン物質などの透過を抑制を通じた食物アレルギーなどの予防及び治療効果(特許文献6)、脂質代謝改善作用(特許文献7)、抗酸化作用(特許文献8)、メラニン産生抑制作用(特許文献9)などが報告されているが、いずれにおいても虚血性腸疾患における腸管免疫系を制御する作用に基づく虚血性腸疾患予防および/または治療効果を開示しているものではない。
【特許文献1】特表2000-507810号公報
【特許文献2】特表2002-515892号公報
【特許文献3】特許第3479077号公報
【特許文献4】特開2004-231643号公報
【特許文献5】特許第3529770号公報
【特許文献6】特開平08-073375号公報
【特許文献7】特開平08-259461号公報
【特許文献8】特開2000-104064号公報
【特許文献9】特開平10-218755号公報
【特許文献10】特開2004-155751号公報
【特許文献11】特開2004-196707号公報
【非特許文献1】福島雅典編、「メルクマニュアル 第17版 日本語版」、日経BP社 第3節 消化器疾患(1999)
【非特許文献2】相川直樹、青木克憲編、「SIRS・ショック・MODS」、医学書院、pp.86-97、(2001)
【非特許文献3】井上善文、栄養療法の実施状況に関する全国アンケート調査結果報告(1)、静脈経腸栄養、19(1)、pp.41-53, (2004)
【非特許文献4】加藤昭彦、がん治療前における栄養状態と炎症反応の関連性について、日本病態栄養学会誌、7(2)、pp.113-117(2004)
【非特許文献5】Izumi H、Mechanism of production and release of tumor necrosis factor implicated in inflammatory diseases.、Folia Pharmacol Jpn、121(3)、 pp.163-173(2003)
【非特許文献6】山内邦男,横山健吉編、「ミルク総合辞典」、朝倉書店、 pp.33-38(1997)
【非特許文献7】Ushida Y, Shimokawa Y, Matsumoto H, Toida T, Hayasawa H、 Effects of Bovine α-Lactalbumin on Gastric Defense Mechanisms in Naive Rats.、 Biosci Biotech Biochem、67(3)、pp.577-583(2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
従来、虚血性腸疾患の一般的治療では、初期治療は輸液(点滴)を行い、さらに必要があると判断された場合には輸血を行って救命処置をする。出血が大量である場合には救命のために最小量の輸血を行うことがある。上部消化管の虚血性腸疾患に対する標準的な治療としては、初期治療と診断の後に内視鏡により出血を止める(内視鏡的止血術)のが第1選択である。下部消化管の虚血性腸疾患に対しては大半が禁食、輸液という保存的治療にて改善する。炎症の激しい症例にはステロイド治療が行われる。
【0017】
上記のように、大きな侵襲を受けた生体や消化管の安静が不可欠な病態では、輸液・輸血といった対症療法が主流である。また、炎症の激しい症例に用いられるステロイドは、肥満症、高血圧症、糖尿病、感染症などの副作用が出現したり、骨折しやすくなったり、精神状態が不安定になったりすることがあった。
【0018】
本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであって、副作用が少なくて、安全性が高く、長期間にわたって摂取することが可能であって、医薬品や飲食品に適用することができる虚血性腸疾患治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は早くから、ショックに起因した多臓器不全などの病態発生において、腸管での循環障害による炎症性サイトカインの産生や、粘膜バリア機能低下による腸内細菌のトランスロケーションが重要な役割を果たしていることに着目し、炎症性サイトカインの産生をコントロールすることによって、炎症反応の予防や症状の軽減を図ることを目的として鋭意研究を重ねた結果、乳清タンパク質であるα-ラクトアルブミン及び/又はβ-ラクトグロブリンに虚血性腸炎に起因する炎症性サイトカインの産生を顕著に抑制する効果を見いだし、本発明を完成するに至った。
【0020】
すなわち、本発明は、
[1]乳清タンパク質および/または乳清タンパク質加水分解物を有効成分とする虚血性腸疾患の予防および/または治療剤、
[2]乳清タンパク質および/または乳清タンパク質加水分解物を含有し、虚血性腸疾患の予防および/または治療効果を有するものであることを特徴とし、虚血性腸疾患の予防および/または治療のために用いられるものである旨の表示を付した飲食品、
[3]乳清タンパク質がα−ラクトアルブミンおよび/またはβ−ラクトグロブリンである前記[1]〜[2]のいずれか1つに記載の医薬品または飲食品、
[4]侵襲手術後患者用である前記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の医薬品または飲食品、
[5]低栄養を呈している虚血性腸疾患患者用である前記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の医薬品または飲食品、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明品の摂取により奏される効果は次の通りである。
(1)虚血性腸炎に起因する炎症性サイトカインの産生を抑制して、消化管炎症の予防および/または治療効果、及び全身性炎症反応の予防および/または治療効果を享受することができる。
(2)日常的に投与又は摂取することによって、充分な栄養管理が可能である。
(3)副作用が少なくて、安全性が高く、長期間にわたって摂取することが可能である。
(4)飲食品または医薬品に混合することが可能であり、従来の治療剤に比較して汎用性が高い。
(5)牛乳などの比較的安価な原料から得られ、大量生産が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の好ましい実施態様に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更できるものである。乳清タンパク質とは、乳を20℃でpH4.6にした際の可溶画分(乳清)に存在するタンパク画分であり、例えば牛乳の場合α-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、血清アルブミン、免疫グロブリン、ラクトフェリン、トランスフェリン、プロテオースペプトン、β2-ミクログロブリン等が乳清タンパク質として含まれている。乳清タンパク質としてはα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンが好ましく、これらは乳を20℃でpH4.6にした際の可溶画分に存在し、加熱により不溶化する性質を有する。これらのα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンのアミノ酸配列は、種によって異なる。ヨーロピアン・モレキュラー・バイオロジー・ラボラトリー(EMBL)のデータベースには、アミノ酸配列およびprotein_idが登録されている。例えば、牛乳に由来するα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンのprotein_idは、それぞれAAA30615.1及びCAA32835.1である。また、牛乳に由来するα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンのCAS No.は、9051-29-0及び9045-23-2である。牛乳中のα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンの含有量は産地、飼料などによって多少の差異はあるが、日本国内産牛乳では通常約1.2g/kg及び3.2g/kgである。また、人乳中のα-ラクトアルブミンの含有量は人種などによって多少の差異はあるが、通常1.6g/kgである。β-ラクトグロブリンは人乳中に検出されない。
【0023】
本発明のα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンを調製するには、ヒト、牛、羊、ヤギ等の動物由来の乳、乳清タンパク質等あるいはそれらの精製物として得ることができる。また、α-ラクトアルブミンやβ-ラクトグロブリンを含有するのであれば、植物や微生物に由来してもかまわない。また、公知の化学的合成、酵素や微生物を利用した合成等で得てもよい。
【0024】
本発明のα-ラクトアルブミン加水分解物及びβ-ラクトグロブリン加水分解物を調製するには、前記のα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンの調製物を酵素的もしくは化学的加水分解することによって製造することができる。また、公知の化学的合成、酵素や微生物を利用した合成等で得てもよい。
【0025】
α-ラクトアルブミン加水分解物及びβ-ラクトグロブリン加水分解物を酵素的に調製する方法としては、例えば後述する方法によって製造することが可能であるが、この方法に限定するものではなく、本発明品が調製できるのであれば、他の方法でもかまわない。
【0026】
まず、α-ラクトアルブミン又はβ-ラクトグロブリンを水又は温湯に分散し、溶解する。α-ラクトアルブミン又はβ-ラクトグロブリン溶液の濃度は別段制限はないが、あえて挙げるならタンパク質換算濃度で5〜15%前後の濃度範囲とするのが好ましい。α-ラクトアルブミン又はβ-ラクトグロブリン溶液のpHは特に限定しないが、酵素の至適pHまたはその付近に調整するのが好ましい。pHを調整するのであれば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウムや、塩酸、クエン酸、リン酸、酢酸、炭酸などのアルカリまたは酸を添加することができる。
次に、前記α-ラクトアルブミン溶液又はβ-ラクトグロブリン溶液に加水分解酵素を添加する。加水分解酵素は、タンパク質を加水分解する酵素であれば別段制限はない。食品グレードのタンパク質加水分解酵素(プロテアーゼ)は、エンド型およびエキソ型プロテアーゼおよびエキソ型ペプチダーゼ/エンド型プロテアーゼ複合酵素を含む。エンド型プロテアーゼは、例えば、AlcalaseR (Bacillus licheniformis 由来)、エスペラーゼ(B. lentus 由来)、NeutraseR (B. subtilis由来)、プロタメックス(バクテリア由来)、PTN6.0S(ブタ膵臓トリプシン)など、エキソ型ペプチダーゼ/エンド型プロテアーゼ複合酵素としては、例えばフレーバーザイム(Aspergillus oryzae 由来)などがあげられる(以上ノボ社)。他に、エンド型プロテアーゼとして、例えば、キモトリプシン(ノボ社、ベーリンガー社)、プロテアーゼN アマノ(Bacillus subtilis 由来、天野エンザイム)、ビオプラーゼ(Bacillus subtilis 由来、ナガセ産業)、パパインW−40 (天野エンザイム)、エクソ型プロテアーゼとして、豚あるいはウシ内臓由来のカルボキシペプチダーゼなどがあげられる。これらの酵素は限定的なものを意味しない。加水分解酵素は1種もしくは2種以上の酵素を組み合わせてもよい。組み合わせる場合には、それぞれの酵素反応は、同時でもよく、別々に行ってもよい。
次に、加水分解酵素を添加した溶液を、酵素の種類に応じて適当な温度に保持し、加水分解を開始する。酵素反応温度は特に限定しないが、酵素の至適温度またはその付近に調整するのが好ましい。加水分解反応時間は別段制限はなく、酵素反応後の平均分子量や分子量分布を評価しながら、好ましい反応時間とする。本発明においては、平均分子量は500〜3000が好ましく、さらに800〜1000が特に好ましい。また、分子量分布は300〜5000が好ましく、さらに500〜3000の間が特に好ましい。
酵素反応の停止は、加水分解中の酵素失活、すなわち化学的失活処理、加熱失活処理などにより行うことが出来る。
【0027】
このようにして得られたα-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン加水分解物、β-ラクトグロブリン加水分解物を含有する溶液は、そのまま使用することも可能であり、また、必要に応じて、この溶液を公知の方法により濃縮または希釈した溶液として使用することもできる。さらには、この濃縮液を公知の方法により乾燥物として使用することもできる。使用態様によって、これらを単一あるいは複数を組み合わせて使用することができる。
【0028】
本発明のα-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン加水分解物、β-ラクトグロブリン加水分解物は、侵襲による臓器不全予防のため、全身性炎症反応症候群の制御に有用な経口・経腸栄養剤の製造のための使用にも期待がもたれる。また、術前の栄養管理にも使用することができる。具体的には、手術、外傷、熱傷、急性膵炎、感染症、腹膜炎、悪性腫瘍などのための経口・経腸栄養剤である。
また、本発明のα-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン加水分解物、β-ラクトグロブリン加水分解物は、IL-6などの炎症性サイトカインが関与する疾患の治療、予防あるいは改善にも有効であることが期待される。IL-6などの炎症性サイトカインが関与する疾患とは、IL-6などの炎症性サイトカインの過剰産生により発症し、このような疾患としては、例えば、炎症性疾患(網膜症、腎症、神経障害、大血管障害等の糖尿病性合併症;慢性関節リウマチ、変形性関節炎、リウマチ様脊髄炎、痛風性関節炎、骨膜炎等の関節炎、;腰痛、;手術・外傷後の炎症;腫張の緩解;神経痛;咽頭炎;膀胱炎;肺炎;アトピー性皮膚炎;クローン病、潰瘍性大腸炎等の炎症性腸疾患;髄膜炎;炎症性眼疾患;肺炎;珪肺、肺サルコイドーシス、肺結核等の炎症性肺疾患等)、循環器系疾患(例、狭心症、心筋梗塞、うっ血性心不全、汎発生血管内凝固症候群)、喘息アレルギー疾患、慢性閉塞性肺疾患、全身性エリトマトーデス、クローン病、自己免疫性溶血性貧血、乾せん、神経変性疾患(例、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、エイズ脳症等)、中枢神経障害(例、脳出血および脳梗塞等の脳血管障害、頭部外傷、脊椎損傷、脳浮腫、多発性硬化症等)、毒血症(例、敗血症、敗血症ショック、内毒素ショック、グラム陰性菌敗血症、トキシンショック症候群)、アジソン病、クロイツフェルトーヤコブ病、ウイルス感染症(サイトロメガウイルス、インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス等のウイルス感染症)、移植時の拒絶反応、透析低血圧、骨粗鬆症などがあげられる。
【0029】
本実施形態において、虚血性腸疾患予防および/または治療作用を享受するための摂取量は、剤型、症状、体重などによって異なるため、特に限定されないが、あえて挙げるなら1日に体重1kg当たりタンパク質換算で30〜2000mgを摂取することができ、好ましくは1日に体重1kg当たりタンパク質換算で100〜1000mg、より好ましくは1日に体重1kg当たりタンパク質換算で200〜500mgを摂取することができる。
【0030】
本発明のα-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン加水分解物、β-ラクトグロブリン加水分解物は、医薬品又は飲食品いずれの形態でも利用することができる。例えば、医薬品として直接投与することにより、又は特定保健用食品等の特別用途食品や栄養機能食品として直接摂取することにより各種の虚血性腸炎治療及び/又は予防することが期待される。また、各種食品(牛乳、清涼飲料、発酵乳、ヨーグルト、チーズ、パン、ビスケット、クラッカー、ピッツァクラスト、調製粉乳、流動食、病者用食品、栄養食品等)に添加し、これを摂取してもよい。
本発明のα-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン加水分解物、β-ラクトグロブリン加水分解物を含有する食品には、水、タンパク質、糖質、脂質、ビタミン類、ミネラル類、有機酸、有機塩基、果汁、フレーバー類等を主成分として使用することができる。タンパク質としては、例えば全脂粉乳、脱脂粉乳、部分脱脂粉乳、カゼイン、ホエイ粉、ホエイタンパク質、ホエイタンパク質濃縮物、ホエイタンパク質分離物、α―カゼイン、β―カゼイン、κ−カゼイン、β―ラクトグロブリン、α―ラクトアルブミン、ラクトフェリン、大豆タンパク質、鶏卵タンパク質、肉タンパク質等の動植物性タンパク質、これらの分解物;バター、乳性ミネラル、クリーム、ホエイ、非タンパク態窒素、シアル酸、リン脂質、乳糖等の各種乳由来成分などが挙げられる。糖類、加工澱粉(テキストリンのほか、可溶性澱粉、ブリティッシュスターチ、酸化澱粉、澱粉エステル、澱粉エーテル等)、食物繊維などが挙げられる。脂質としては、例えば、ラード、魚油等、これらの分別油、水素添加油、エステル交換油等の動物性油脂;パーム油、サフラワー油、コーン油、ナタネ油、ヤシ油、これらの分別油、水素添加油、エステル交換油等の植物性油脂などが挙げられる。ビタミン類としては、例えば、ビタミンA、カロチン類、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンD群、ビタミンE、ビタミンK群、ビタミンP、ビタミンQ、ナイアシン、ニコチン酸、パントテン酸、ビオチン、イノシトール、コリン、葉酸などが挙げられ、ミネラル類としては、例えば、カルシウム、カリウム、マグネシウム、ナトリウム、銅、鉄、マンガン、亜鉛、セレンなどが挙げられる。有機酸としては、例えば、リンゴ酸、クエン酸、乳酸、酒石酸などが挙げられる。これらの成分は、2種以上を組み合わせて使用することができ、合成品及び/又はこれらを多く含む食品を用いてもよい。食品の形態としては、固体でも液体でもかまわない。またゲル状などであってもよい。
【0031】
本発明のα-ラクトアルブミン、β-ラクトグロブリン、α-ラクトアルブミン加水分解物、β-ラクトグロブリン加水分解物を医薬品として使用する場合には、種々の形態で投与することができる。その形態として、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等による経口投与を挙げることができる。これらの各種製剤は、常法に従って主剤に賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、矯臭剤、溶解補助剤、懸濁剤、コーティング剤などの医薬の製剤技術分野において通常使用し得る既知の補助剤を用いて製剤化することができる。
【実施例】
【0032】
以下、本発明について実施例を挙げて説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0033】
[実施例1](α-ラクトアルブミン加水分解物及びβ-ラクトグロブリンの加水分解物の製造方法)
市販のα-ラクトアルブミン(以降、αLAともいう:Davisco Foods International, Inc.)及びβ-ラクトグロブリン(以降、βLGともいう:Davisco Foods International, Inc.)5gをそれぞれ水50mlに溶解した。溶解液のpHを約7に調整後、トリプシン(和光純薬工業社製)を25mg添加して攪拌し、37℃の温浴に浸して5時間加水分解を行った。加水分解後、カットオフ値10,000の限外濾過膜による透過液を回収し、エバポレーターにて濃縮し、濃縮液を得た。こうして得られたα-ラクトアルブミン加水分解物及びβ-ラクトグロブリン加水分解物の平均分子量は約800、分子量分布は約500〜3000であった。
【0034】
[実施例2](乳清タンパク質の炎症性サイトカイン産生に対する効果)
本試験は、本発明の虚血性腸疾患予防および/または治療剤の有効成分であるα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンの炎症性サイトカイン産生に対する効果を評価するために行った。なお、虚血性腸疾患モデルは、Chenらの方法(Chen LW, Egan L, Li ZW, Greten FR, Kagnoff MF, Karin M、The two faces of IKK and NF-kappaB inhibition: prevention of systemic inflammation but increased local injury following intestinal ischemia-reperfusion. 、Nature Medicine, 9(5), pp.575-581(2003))を参考に作成し、炎症性サイトカイン産生抑制効果に基づいた効果として評価した。
【0035】
(1)試験動物
7週齢雄性SDラット(日本クレア社から購入)を無作為に5群(1群5匹)に分け、1週間予備飼育の後に使用した。
【0036】
(2)試料の調製
市販のα−ラクトアルブミン(以降、αLAともいう:Davisco Foods International, Inc.)及びβ-ラクトグロブリン(以降、βLGともいう:Davisco Foods International, Inc.)に生理食塩水を添加して各150mg/mlとなるように調製し、試験試料とした。対照試験用としてウシ血清アルブミン(以降、BSAともいう:Sigma-Aldorich Co.)およびカゼイン(カゼインナトリウム:Wako Pure Chemical Industries,Ltd.)を前記と同様に各150mg/mlとなるように調製し、対照試料とした。なお、陰性試料は生理食塩水とした。
【0037】
(3)試験方法
ラット(SD、雄性、7週齢、各群n=5)を用いて、上腸間膜動脈クランプ法によって腸管虚血再灌流モデルを作成した。経時採血のため、カルバミン酸エチル(1g/kg)皮下投与による外科麻酔下に、頸静脈にカテーテルを装着した。頸静脈カテーテルは、ヘパリン加生理食塩水を満たした状態で留置した。 さらに生理食塩水投与群(対照群)、βLG投与群、αLA投与群、カゼイン投与群、BSA投与群、手術手技のみを実施した群(Sham群)、の6群を設定し、各試験試料を300mg/kg(2ml/kg)ずつ十二指腸内投与した。試験試料投与1時間後、Sham群以外の群において、上腸管膜動脈をクランプすることによって45分虚血し、クランプを外して3時間再灌流する事で虚血再灌流を行った。再灌流開始から0, 1, 2, 3時間目に頸静脈カテーテルから約300μlずつ採血を行い、遠心分離(20,000×g、20分)により血清を得た。適度に希釈後、酵素免疫測定法(ラットサイトカインELISAシステム、IL-6/Amersham Biosciences)によりIL-6濃度を測定した。群ごとに5匹の値の平均値±標準偏差を求め、各群の試験結果とした。
【0038】
(4)試験結果
本試験の結果を図1に示す。βLG、αLAを虚血1時間前に十二指腸内投与した場合、いずれにおいても対照群と比べてIL-6の産生を抑制した。再灌流後3時間目のIL-6産生量について、陰性試料を対照としてMann-Whitney’s U-testで有意差検定した結果、βLGは有意水準5%で、αLAは有意水準1%で有意にIL-6の産生を抑制することが判明した。一方、対照試料であるカゼインおよびBSAを虚血1時間前に十二指腸内投与した場合、対照群と変わらず、Mann-Whitney’s U-testにおいて有意差は認められなかった。
【0039】
[実施例3](α-ラクトアルブミン加水分解物及びβ-ラクトグロブリンの加水分解物の炎症性サイトカイン産生に対する効果)
本試験は、本発明の虚血性腸疾患予防および/または治療剤の有効成分である、α-ラクトアルブミン加水分解物及びβ-ラクトグロブリン加水分解物の炎症性サイトカイン産生に対する効果を評価するために行った。なお、虚血性腸疾患モデルの作成および炎症性サイトカイン産生抑制効果の評価は実施例2と同様に行った。
【0040】
(1)試験動物
7週齢雄性SDラット(日本クレア社から購入)を無作為に5群(1群5匹)に分け、1週間予備飼育の後に使用した。
【0041】
(2)試料の調製
実施例1と同様にして製造したα-ラクトアルブミン加水分解物(以降、αLA-HPともいう)及びβ-ラクトグロブリン加水分解物(以降、βLG-HPともいう)に生理食塩水を添加して各150mg/mlとなるように調製し、試験試料とした。また、市販のαLA(Davisco Foods International, Inc.)及びβLG(Davisco Foods International, Inc.)を生理食塩水を用いて各150mg/mlとなるように調製し、比較試料とした。なお、陰性試料は生理食塩水とした。
【0042】
(3)試験方法
ラット(SD、雄性、7週齢、各群n=5)を用いて、上腸間膜動脈クランプ法によって腸管虚血再灌流モデルを作成した。経時採血のため、カルバミン酸エチル(1g/kg)皮下投与による外科麻酔下に、頸静脈にカテーテルを装着した。頸静脈カテーテルは、ヘパリン加生理食塩水を満たした状態で留置した。 さらに生理食塩水投与群(対照群)、βLG投与群、αLA投与群、βLG-HP投与群、αLA-HP投与群、の5群を設定し、各試験試料を300mg/kg(2ml/kg)ずつ十二指腸内投与した。試験試料投与1時間後、上腸管膜動脈をクランプすることによって45分虚血し、クランプを外して3時間再灌流する事で虚血再灌流を行った。再灌流開始から0, 1, 2, 3時間目に頸静脈カテーテルから約300μlずつ採血を行い、遠心分離(20,000×g、20分)により血清を得た。適度に希釈後、酵素免疫測定法(ラットサイトカインELISAシステム、IL-6/Amersham Biosciences)によりIL-6濃度を測定した。群ごとに5匹の値の平均値±標準偏差を求め、各群の試験結果とした。
【0043】
(4)試験結果
結果を図2に示す。αLA-HPおよびβLG-HPは、各々の未分解のタンパク質素材であるαLAおよびβLGと同等のIL-6産生抑制効果を示した。再灌流後3時間目のIL-6産生量について、陰性試料を対照としてMann-Whitney’s U-testで有意差検定した結果、βLG-HPは有意水準5%で、αLA-HPは有意水準1%で有意にIL-6の産生を抑制することが判明した。
【0044】
[実施例4](α-ラクトアルブミンの炎症性サイトカイン産生に対する有効量)
本試験は、本発明の虚血性腸疾患予防および/または治療剤の有効成分であるα-ラクトアルブミンの炎症性サイトカイン産生に対する有効量を評価するために行った。なお、虚血性腸疾患モデルの作成および炎症性サイトカイン産生抑制効果の評価は実施例2と同様に行った。
【0045】
(1)試験動物
7週齢雄性SDラット(日本クレア社から購入)を無作為に5群(1群5匹)に分け、1週間予備飼育の後に使用した。
【0046】
(2)試料の調製
市販のα−ラクトアルブミン(αLA:Davisco Foods International, Inc.)に生理食塩水を添加して15, 50, 150 mg/mLとなるように調製し、試験試料とした。なお、陰性試料は生理食塩水とした。
【0047】
(3)試験方法
ラット(SD、雄性、7週齢、各群n=5)を用いて、上腸間膜動脈クランプ法によって腸管虚血再灌流モデルを作成した。経時採血のため、カルバミン酸エチル(1g/kg)皮下投与による外科麻酔下に、頸静脈にカテーテルを装着した。頸静脈カテーテルは、ヘパリン加生理食塩水を満たした状態で留置した。 さらに生理食塩水投与群(対照群)、αLA30mg/kg投与群、αLA100mg/kg投与群、αLA300mg/kg投与群、の4群を設定し、αLAを30mg/kg, 100mg/kg, 300mg/kg(いずれも投与容量2ml/kg)ずつ十二指腸内投与した。試験試料投与1時間後、上腸管膜動脈をクランプすることによって45分虚血し、クランプを外して3時間再灌流する事で虚血再灌流を行った。再灌流開始から0, 1, 2, 3時間目に頸静脈カテーテルから約300μlずつ採血を行い、遠心分離(20,000×g、20分)により血清を得た。適度に希釈後、酵素免疫測定法(ラットサイトカインELISAシステム、IL-6/Amersham Biosciences)によりIL-6濃度を測定した。群ごとに5匹の値の平均値±標準偏差を求め、各群の試験結果とした。
【0048】
(4)試験結果
結果を図3に示す。陰性試料を対照としてMann-Whitney’s U-testによる解析処理を行ったところ、投与量が100mg/kg以上のときに有意なIL-6産生抑制効果が得られることが判明した。
【0049】
[実施例5] (α-ラクトアルブミンの炎症性サイトカイン産生に対する作用機序)
本試験は、本発明の虚血性腸疾患予防および/または治療剤の有効成分であるα-ラクトアルブミンの炎症性サイトカイン産生に対する作用機序を評価するために行った。具体的には、α-ラクトアルブミンによる抗炎症作用機構に、NO(一酸化窒素)によるNF-κB/IκB複合体の安定化が関与しているかの検証を行った。
【0050】
(1)試験動物
7週齢雄性SDラット(日本クレア社から購入)を無作為に5群(1群5匹)に分け、1週間予備飼育の後に使用した。
【0051】
(2)試料の調製
試験試料として市販のα-ラクトアルブミン(αLA:Davisco Foods International, Inc)、NO合成阻害薬としてNG-ニトロ-L-アルギニン-メチルエステル(以降、L-NAMEともいう:Wako Pure Chemical Industries,Ltd.)をそれぞれ生理食塩水に溶解して用いた。なお、陰性試料は生理食塩水とした。
【0052】
(3)試験方法
ラット(SD、雄性、7週齢、各群n=5)を用いて、上腸間膜動脈クランプ法によって腸管虚血再灌流モデルを作成した。経時採血のため、カルバミン酸エチル(1g/kg)皮下投与による外科麻酔下に、頸静脈にカテーテルを装着した。頸静脈カテーテルは、ヘパリン加生理食塩水を満たした状態で留置した。さらに生理食塩水投与群(対照群)、αLA 300mg/kg投与群、αLA 300mg/kg+L-NAME 1mg/kg投与群、L-NAME 1mg/kg投与群の4群を設定し、αLA 300mg/kg、αLA 300mg/kg+L-NAME 1mg/kg、L-NAME 1mg/kgを投与容量2ml/kgにて十二指腸内投与した。試験試料投与1時間後、上腸管膜動脈をクランプすることによって45分虚血し、クランプを外して3時間再灌流する事で虚血再灌流を行った。再灌流開始から0, 1, 2, 3時間目に頸静脈カテーテルから約300μlずつ採血を行い、遠心分離(20,000×g、20分)により血清を得た。適度に希釈後、酵素免疫測定法(ラットサイトカインELISAシステム、IL-6/Amersham Biosciences)によりIL-6濃度を測定した。群ごとに5匹の値の平均値±標準偏差を求め、各群の試験結果とした。
【0053】
(4)試験結果
本試験の結果は図4に示す通りである。αLAによる抗炎症作用は、L-NAMEにより部分的に消失した。ここで用いたL-NAME 1mg/kgは単独で無作用の用量である。NOはNF-κB/IκB複合体の安定化を促進し、また、IL-6などの炎症性サイトカインの転写領域へNF-κBの結合を阻害することが報告されている。(Stefano GB, Goumon Y, Bilfinger TV, Welters ID, Cadet P.、Basal nitric oxide limits immune, nervous and cardiovascular excitation: human endothelia express a mu opiate receptor.、Prog Neurobiol. Apr;60(6):513-30.、(2000))
これより、αLAの抗炎症効果には、NOを介した機構が一部関与していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明における有効成分であるα-ラクトアルブミン及びβ-ラクトグロブリンまたはそれらの加水分解物は、牛乳などの比較的安価な原料から大量生産が可能である。また、副作用が少なくて、安全性が高く、長期間にわたり摂取することが可能であるので、医薬品に混合したり、食品として摂取したりすることにより、虚血性腸炎に起因する炎症性サイトカインの産生を抑制して、消化管炎症予防および/または治療効果、及び全身性炎症反応予防および/または治療効果を享受することができる。加えて、日常的に投与又は摂取することによって、充分な栄養管理が可能となるので、術後侵襲患者や低栄養状態の患者に対する機能性食品などの製造などの用途に適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】β-ラクトグロブリン及びα-ラクトアルブミンの炎症性サイトカイン産生に対する抑制効果を示す図である。虚血性腸疾患モデルラットにβ-ラクトグロブリン又はα-ラクトアルブミンを前投与した時の経時的な血清IL-6濃度(ng/ml)の平均値±標準偏差(n=5)を示す。*:p<0.05(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test) 、**:p<0.01(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test)、#:p<0.05 (vs.カゼイン、Mann-Whitney’s U-test)、##:p<0.01(vs.カゼイン、Mann-Whitney’s U-test)。
【図2】α-ラクトアルブミン酵素加水分解物およびβ-ラクトグロブリン酵素加水分解物の炎症性サイトカイン産生に対する抑制効果を示す図である。虚血性腸疾患モデルラットにα-ラクトアルブミン酵素加水分解物又はβ-ラクトグロブリン酵素加水分解物を前投与した時の経時的な血清IL-6濃度(ng/ml)の平均値±標準偏差(n=5)を示す。*:p<0.05(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test) 、**:p<0.01(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test)。
【図3】α-ラクトアルブミンの炎症性サイトカイン産生に対する抑制効果の用量依存性を示す図である。虚血性腸疾患モデルラットに各用量のα-ラクトアルブミンを前投与した時の経時的な血清IL-6濃度(ng/ml)の平均値±標準偏差(n=5)を示す。*:p<0.05(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test) 、**:p<0.01(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test)。
【図4】α-ラクトアルブミンの炎症性サイトカイン産生に対する抑制効果の作用機序を示す図である。虚血性腸疾患モデルラットにα-ラクトアルブミン単独または、α-ラクトアルブミン単独とNO合成阻害薬(L-NAME)を併用して前投与した時の経時的な血清IL-6濃度(ng/ml)の平均値±標準偏差(n=5)を示す。*:p<0.05(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test) 、**:p<0.01(vs.対照、Mann-Whitney’s U-test)、#:p<0.05 (vs.カゼイン、Mann-Whitney’s U-test)、##:p<0.01(vs.カゼイン、Mann-Whitney’s U-test)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳清タンパク質および/または乳清タンパク質加水分解物を有効成分とする虚血性腸疾患の予防および/または治療剤。
【請求項2】
乳清タンパク質および/または乳清タンパク質加水分解物を含有し、虚血性腸疾患の予防および/または治療効果を有するものであることを特徴とし、虚血性腸疾患の予防および/または治療のために用いられるものである旨の表示を付した飲食品。
【請求項3】
乳清タンパク質がα−ラクトアルブミンおよび/またはβ−ラクトグロブリンである請求項1〜2のいずれか1項に記載の医薬品または飲食品。
【請求項4】
侵襲手術後患者用である請求項1〜3のいずれか1項に記載の医薬品または飲食品。
【請求項5】
低栄養を呈している虚血性腸疾患患者用である請求項1〜3のいずれか1項に記載の医薬品または飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−219458(P2006−219458A)
【公開日】平成18年8月24日(2006.8.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−36585(P2005−36585)
【出願日】平成17年2月14日(2005.2.14)
【出願人】(000006138)明治乳業株式会社 (265)
【Fターム(参考)】