説明

蛍光分子内包型カーボンナノチューブ

【課題】
周囲環境によって破壊されることなく、かつ蛍光分子が蛍光発光し得る状態で、安定に保持できるキャリアを見いだし、該キャリアに蛍光分子を保持させた汎用性のある分子プローブを提供する。
【解決手段】
蛍光分子を保持するキャリアとしてカーボンナノチューブを用い、該カーボンナノチューブ内に蛍光分子を内包させ、蛍光プローブを得る。該蛍光プローブは、周囲環境の溶液のイオン強度、pH、温度等によってキャリアが破壊されることなく、極めて安定である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光分子を内包したカーボンナノチューブからなる蛍光プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光分子を利用した分子プローブを開発する場合、より汎用性を高めるため、プローブ分子とキャリアとを別々に製作し、それを組み合わせて用いるという戦略が存在する。これまでそのようなキャリアとしてよく用いられていたのはリポソームであるが、リポソームは、両親媒性分子の親水性基が水分子側に配向するとともに該両親媒性分子の疎水性基同士が凝集して、全体として脂質2重層膜を形成したものであり、分子間相互作用により構成されているため、細胞内の環境の変化によって壊れやすいなどの問題があった。一方、従来からカーボンナノチューブに様々な分子を内包させる試みが行われており、スクアリリウム色素を内包させたカーボンナノチューブも知られており(特許文献1)、このカーボンナノチューブは600〜800nm波長の光で励起され、1600nm波長の蛍光を発するが、内包されたスクアリリウム色素が吸収した励起エネルギーのカーボンナノチューブへのエネルギー転移によるもので、蛍光発光しているのはカーボンナノチューブであり、スクアリリウム色素ではなく、また、使用できる色素はスクアリリウム色素に限定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−321059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術の現状に鑑み、本発明の課題は、周囲環境によって破壊されることなく、かつ蛍光分子が蛍光発光し得る状態で、安定に保持できるキャリアを見いだし、該キャリアに蛍光分子を保持させた汎用性のある分子プローブを提供することにあり、これを用いて、例えば生体内における疾患部位の検出、薬剤送達の確認等を正確かつ効率的に行うことにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記課題を解決するため鋭意研究の結果、蛍光分子を保持するキャリアとしてカーボンナノチューブを用い、該カーボンナノチューブ内に蛍光分子を内包させた場合、周囲環境の溶液のイオン強度、pH、温度等によってキャリアが破壊されることなく、極めて安定に蛍光分子を保持でき、しかも、内包させた蛍光色素が特定の分子配置をとる場合、蛍光発光能が消失しないことを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)蛍光分子が、蛍光発光能を保持した状態でカーボンナノチューブに内包されていることを特徴とする蛍光プローブ。
(2)内包された蛍光分子がπ共役芳香環を有し、該芳香環平面がカーボンナノチューブ内壁の長手方向軸線と直交あるいは該芳香環平面の傾きが直交状態に対し45度以下の角度になるように配置されているか、または該芳香環平面がカーボンナノチューブ内壁の長手方向軸線に対し平行に位置する場合は、該芳香環平面とカーボンナノチューブ長手方向壁の距離が0.3 nm以上離れて配置されていることを特徴とする、上記(1)に記載の蛍光プローブ。
(3)蛍光分子が複数種内包されていることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載の蛍光プローブ。
(4)さらに、造影剤が内包されていることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の蛍光プローブ。
(5)造影剤がMRI造影剤、PET造影剤であることを特徴とする上記(4)に記載の蛍光プローブ。
(6)カーボンナノチューブ外壁表面が組織あるいは細胞に対するターゲッティング機能を有する分子により化学修飾されていることを特徴とする、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の蛍光プローブ。
(7)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の蛍光プローブからなることを特徴とする診断材料。
【発明の効果】
【0007】
本発明の蛍光分子内包カーボンナノチューブからなる蛍光プローブは、カーボンナノチューブ自体が強固な炭素―炭素共有結合で構成されているので周囲環境によって破壊されることなく、極めて安定で、かつ蛍光分子が蛍光発光し得る状態で長期間保持可能である。このような本発明の蛍光プローブは、従来のリポソームをキャリアとして用いる蛍光プローブと比較して、例えば、酸性度の高い溶液中でも消光されず、極めて安定した状態で内包した蛍光分子由来の蛍光を検出できる。また、本発明の分子プローブは、カーボンナノチューブに複数種の蛍光分子を内包することができ、この場合には、それぞれの蛍光波長を検出することができる。波長によって細胞組織への光透過性が異なるため、複数種の蛍光分子内包カーボンナノチューブを用いれば深度の異なる細胞組織からの情報を独立に得ることができる。
【0008】
さらに、1種以上の蛍光分子とともにさらにMRI造影剤、PET造影剤等の他の診断材料も内包させることができ、これによれば、MRI、PET等の非侵襲的な診断と、外科治療時の診断を同時に行うことも可能となる。
一方、本発明の蛍光プローブは、カーボンチューブ外壁に標的指向性分子による化学修飾をすることもできる。これによれば、例えば癌等の疾患組織あるいは細胞の検出あるいはその位置等を正確に知ることが可能となる。
したがって、本発明の蛍光プローブは、診断および外科治療等の分野において有用な手段となり得る。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】コロネン内包SWCNTの透過型電子顕微鏡図(上)、及びコロネンの分子構造(左下)と合成されたコロネン内包SWCNTの模式図(右下)である。
【図2】本発明の蛍光分子内包カーボンナノチューブが貪食細胞に取り込まれ、その蛍光の検出により蛍光プローブとして機能することを示す共焦点顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の蛍光プローブは、キャリアとしてカーボンナノチューブを使用し、該カーボンナノチューブに蛍光分子を内包させたものである。
現在まで、様々なカーボンナノチューブが知られているが、本願発明において好ましいカーボンナノチューブとしては、例えば、両端が開管した単層カーボンナノチューブで、その直径が1nmから2nm程度のものが挙げられる。
本発明において、内包された蛍光分子はカーボンナノチューブ内において、以下に示す特定の分子配置で存在し、そのため、カーボンナノチューブ内にあっても蛍光発光能を保持しており、光エネルギーの励起により、蛍光発光することができる。
【0011】
一般に蛍光分子はπ共役芳香環を有するが、内包された蛍光分子は、その芳香環平面がカーボンナノチューブ内壁の長手方向軸線に対しほぼ直交している状態で配置されていることが好ましく、より具体的には、上記芳香環平面がカーボンナノチューブ内壁の長手方向軸線に対し直交あるいは完全に直交でなくとも該芳香環平面の傾きが直交状態に対し45度以下の角度になるように配置されていることが好ましい。
また、上記芳香環平面が、カーボンナノチューブ長手方向軸線に対し平行で配置される場合に該芳香環平面とカーボンナノチューブ長手方向壁との距離が0.3nm以上離れている必要がある。
このような分子配置でカーボンナノチューブに内包される蛍光分子としては、例えばコロネン、ペリレン、ピレン等が挙げられるが、従来使用されなかった水不溶性の蛍光物質も使用できる。
【0012】
このような本願発明の蛍光プローブの作製法は、例えば、以下に示す工程からなる。
蛍光分子および両端が開管したカーボンナノチューブを、真空減圧下で、蛍光分子が蒸気となる処理温度を保持することで、蛍光プローブを作製する。処理容器としては、表面が蛍光分子およびカーボンナノチューブと反応しない非反応性のもの、例えば、ガラス管等を用いることができる。また、真空減圧下とは典型的には10-3〜10-4Pa程度である。処理温度は、蛍光分子が気体として安定に存在する温度範囲であり、対象とする蛍光分子によって異なる。具体的には、蛍光分子の気化温度を下限とし、分解温度を上限とする温度範囲と考えることができる。上記温度範囲では、蛍光分子は蒸気となり、開管しているカーボンナノチューブ開口部より、内部に取り込まれる。なお、処理時間は典型的には24時間程度である。これによって、本願発明の蛍光プローブを得ることができる。
【0013】
また、熱安定性が低い蛍光分子を内包させる場合には、蛍光分子及び開管カーボンナノチューブを溶剤の存在下に共存させることによっても、作製することができる。その場合、蛍光分子及び開管カーボンナノチューブを溶剤の存在下に窒素雰囲気下で一定時間還流下に置く方法や、蛍光分子及び開管カーボンナノチューブを、溶媒中に浸した状態で静置する方法がある。
また、本発明においては、上記作成法において2種以上の蛍光分子を同時に蒸発あるいは溶剤中に溶解させることにより、あるいは上記作製法を2種以上の蛍光分子について連続的に行うことで、複数種の蛍光分子が内包されたカーボンナノチューブを得ることができる。後者の場合、最初の分子内包の過程で、処理温度や処理時間を最適化することによって、次に内包させる分子のための余地を確保する必要がある。
【0014】
カーボンナノチューブに内包された複数種の蛍光分子は、それぞれの蛍光波長が異なり、波長によって細胞組織への光透過性が異なるため、例えば、複数種の蛍光分子内包カーボンナノチューブを用いれば深度の異なる細胞組織からの情報を独立に得ることができる。
このような蛍光分子を内包したカーボンナノチューブは、それ自体蛍光プローブとして用いることができるほか、さらに以下に示す造影剤を内包した蛍光プローブあるいは組織、細胞に対する標的指向性分子で化学修飾した蛍光プローブを作成するための中間原料としても使用できる。また、有機発光材料としての使用も可能である。
【0015】
本発明の蛍光分子内包カーボンナノチューブは、さらに造影剤を内包することができ、このような造影剤としては、ガドリニウム内包フラーレン等のMRI造影剤あるいは、Na125I等のPET造影剤等が挙げられる。また、当該分子プローブは、上記2種類以上の蛍光分子を内包したカーボンナノチューブ作製法と同様の方法で作製することができる。
【0016】
上記蛍光分子に加え造影剤を内包したカーボンナノチューブは、例えば、以下のように用いられる。
MRIやPET等の診断では、カーボンナノチューブに内包した造影剤により疾患部を非侵襲的検出、特定でき、その後の外科手術においては、カーボンナノチューブに内包した蛍光分子からの蛍光を検出して切除範囲を容易に決定することができる。
また、本発明においては、上記蛍光物質内包カーボンナノチューブあるいはさらに造影剤を内包するカーボンナノチューブの外壁には標的指向性分子を結合させる化学修飾を施すことができる。
【0017】
標的指向性分子としては、例えば、ガン等の疾患組織あるいは細胞において特異的に発現する種々のマーカータンパク質あるいはペプチドの場合、これらに対する抗体や例えば葉酸、トランスフェリン結合型ペプチド、あるいは該マーカー物質が糖鎖の場合、該糖鎖と結合性を有するレクチン等の蛋白質等が挙げられる。
これら標的指向性物質のカーボンナノチューブ外壁への修飾は以下のように行うことができる。
カーボンナノチューブ分散溶液において、カーボンナノチューブを分散させている分散剤を、カーボンナノチューブに親和性のあるポリマー、例えばポリエチレングリコール誘導体等に蛋白質あるいはペプチド、糖鎖、レクチン等の標的指向性分子を結合させて、標的指向性ポリマーに置換する。または、カーボンナノチューブ外壁に直接標的指向性ポリマーを結合する。これらによってカーボンナノチューブに標的指向性分子が結合される。
【0018】
このように修飾されたカーボンナノチューブは、例えば生体内に投与された場合、標的指向性分子が標的とする疾患組織、細胞に集積される。このように集積されたカーボンナノチューブ中の蛍光分子はレーザー光等の光エネルギー照射により励起して蛍光発光する。該発光した蛍光は例えば、蛍光顕微鏡を用いてイメージングすることができ、これにより疾患部位の位置を検出することができるとともに、蛍光強度によってその疾患程度も知ることができる。
【0019】
以下に実施例を示すが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
実施例1
1)蛍光プローブの作製
精製処理を施したカーボンナノチューブ(株式会社名城ナノカーボン社製APJ)1mgを空気中で500℃で30分加熱し、その両端を開管した。処理したカーボンナノチューブを蛍光分子であるコロネン1mgとともに石英管中に入れ、管内を約1×10-4Paまで真空引きし、封じ切った。そして450℃、24時間の熱処理をおこなった。作製されたコロネン内包カーボンナノチューブは、ナノチューブ外壁に付着している余分なコロネンを除くため、トルエンによる洗浄を施し、さらに真空条件下300℃で加熱処理をおこなった。
作製したコロネン内包カーボンナノチューブを透過型電子顕微鏡(TEM)で観測したところ、図1に示すように、各コロネン分子平面とカーボンナノチューブ壁が直交するような配列構造をもって内包されていることが分かった。
【0021】
2)細胞を用いた蛍光検出実験
上記1)で作製したコロネン内包カーボンナノチューブを細胞毒性が比較的低いポリエチレングリコール誘導体(1,2-Distearoyl-phosphatidylethanolamine-methyl-polyethyleneglycol conjugate-5000(DSPE-mPEG,Mw 5000))を分散剤として水溶化させるため、以下のような操作を行った。まず、約1mgのコロネン内包カーボンナノチューブを約20mlの1重量%ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム(SDBS)水溶液中に浸し、超音波破砕機によって分散させた。得られた分散液を171000gで2.5時間超遠心処理し、半透明な上澄み液(約10ml)を得た。この上澄み液1mlあたり、1mgのDSPE-mPEGを加え、3分間バス型超音波洗浄機にかけ、DSPE-mPEGを完全に溶解させた。その後、分子量3500以下の分子を通過させる透析膜に入れ、5日間透析作業をおこなった。この透析作業によってSDBSをDSPE-mPEGに置き換えた。
【0022】
コロネン内包カーボンナノチューブDSPE-mPEG水溶液(200μl)をRPMI1640培養液中に培養したネズミ由来貪食細胞(2ml)に添加し、24時間培養した。培養後、余分な培地を洗い流し、リソソームをリソソームマーカー(Lysotracker Red)によって染色した。細胞観察には共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss LSM 5 Pascal)を使用した。
結果を図2に示す。図2中、左下の写真中、緑のスポットは該本発明の蛍光プローブ(コロネン内包カーボンナノチューブ)からの蛍光を示し、右下の写真中、赤いマーカーは貪食細胞中の染色したリソソームを示している。右上の写真は、左下の写真と右下の写真を重ねて表示した結果を示す。これによれば、緑のスポットが赤いマーカーと重なる(右上の写真中の黄色のスポット)ことから、本発明の蛍光プローブは貪食細胞の貪食作用によって細胞内に取り込まれており、蛍光プローブとして機能していることが確認できた。なお、左上の写真は蛍光観察及び染色前の貪食細胞の写真である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光分子が、蛍光発光能を保持した状態でカーボンナノチューブに内包されていることを特徴とする蛍光プローブ。
【請求項2】
内包された蛍光分子がπ共役芳香環を有し、該芳香環平面がカーボンナノチューブ内壁の長手方向軸線と直交あるいは該芳香環平面の傾きが直交状態に対し45度以下の角度になるように配置されているか、または該芳香環平面がカーボンナノチューブ内壁の長手方向軸線に対し平行に位置する場合は、該芳香環平面とカーボンナノチューブ長手方向壁の距離が0.3nm以上離れて配置されていることを特徴とする、請求項1に記載の蛍光プローブ。
【請求項3】
蛍光分子が複数種内包されていることを特徴とする、上記請求項1または2に記載の蛍光プローブ。
【請求項4】
さらに、造影剤が内包されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の蛍光プローブ。
【請求項5】
造影剤がMRI造影剤、PET造影剤であることを特徴とする請求項4に記載の蛍光プローブ。
【請求項6】
カーボンナノチューブ外壁表面が組織あるいは細胞に対するターゲッティング機能を有する分子により化学修飾されていることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の蛍光プローブ。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の蛍光プローブからなることを特徴とする診断材料。












【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−32358(P2012−32358A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174289(P2010−174289)
【出願日】平成22年8月3日(2010.8.3)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人科学技術振興機構委託研究「分子内包によるカーボンナノチューブ機能材料の創製」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】