説明

蛍光検出装置

【課題】 連続的な酵素反応をFRETを用いてリアルタイムに単分子蛍光検出する場合,ドナーの波長シフトが,FRET効率を低下させたり,アクセプタ用検出チャネルへの漏れ込みシグナルの割合を変化させたりするため,検出精度が低下する
【解決手段】 ドナー光を含む波長範囲の光とそれ以外のアクセプタ光を含む波長範囲の光とを分離し、ドナーの光を含む波長範囲の光の強度変化に基づいて、アクセプタ光への漏れ込み信号を測定して補正をする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,光分析装置に関し,例えば,DNA,RNA,又はタンパク質,細胞等の生体関連物質に光を照射して光分析する光計測・分析装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来,励起光源から出力された励起光を透明なサンプル基板に照明し,蛍光1分子を計測する方法が開発されている。この方法は,サンプル基板表面に固定された生体関連物質を分析するために利用されている。
【0003】
エバネッセント照射は,サンプル基板内部で励起光を全反射させることにより,基板表面にエバネッセント場を形成する。エバネッセント場の励起体積は,基板表面近傍(約150nm)に限られるため,サンプル溶液内の水分子のラマン散乱などの背景光を下げることができる。背景光の低下により,基板表面に固定された蛍光1分子の微弱な蛍光を高感度に検出することができる。
【0004】
非特許文献1では,このエバネッセント照射検出方式を用いた単分子レベルのDNAシーケンシングを行っている。
【0005】
非特許文献2および特許文献1は,エバネッセント照射検出方式よりも励起体積のいっそうの低減が可能となるナノ開口エバネッセント照射検出方式によって,蛍光検出の感度を更に向上させる方法を示している。
【0006】
非特許文献3は,ナノ開口エバネッセント照射検出方式を用いて,4種の蛍光体で標識した4種dNTPを高濃度に溶液層に存在させた状態で,ナノ開口中に固定されたポリメラーゼ1分子による連続的な伸長反応をリアルタイムに検出する方法を示している。
【0007】
非特許文献8では,ナノ開口エバネッセント照射検出方式を用いて,tRNAがナノ開口中に固定されたリボソーム1分子に結合する様子(mRNAによるアミノ酸配列の翻訳の様子)をリアルタイムに観察している。用いた3種のtRNAには,3種の異なる蛍光体(Cy3,Cy5,Cy2)が標識されている。これら標識された蛍光体を1分子検出することでリボソームへの結合・解離現象をリアルタイムにモニターできる。上記文献では,同一のリボソームに複数のtRNAが結合する様子をリアルタイムに計測することに成功した。このように,ナノ開口エバネッセント照射検出方式は,DNAシーケンシングだけではなく,酵素と基質の結合・解離のような連続的におこる反応をリアルタイムにモニターする検出方法として用いることができる。
【0008】
特許文献2は,ナノ開口エバネッセント照射検出方式同様に励起体積を小さくして,リアルタイムDNAシーケンシングを行う方法(FRET検出方式)を示している。FRET(Fluorescence Resonance Energy Transfer)とは、ドナーとなる蛍光体と、アクセプタとなる蛍光体とを用い、ドナーが光により励起されることにより発生するエネルギーが、近傍におかれたアクセプタと呼ばれる特定の条件を満たす蛍光体へ移動することで、アクセプタ蛍光体を励起状態にさせる現象である。このFRETを用いた上記方式では、ドナーである半導体ナノ結晶(以下,Qdot)を結合したプライマ分子とターゲットDNA分子およびこの二本鎖DNAに結合したポリメラーゼの複合体をガラス基板上に固定する。アクセプタとなる4種の蛍光体を標識した4種のdNTPを溶液中に存在させる。ポリメラーゼがdNTPを取込む際,標識の蛍光分子はQdotの近傍(10nm以下)に滞在するため,蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)が起こり,アクセプタの蛍光シグナルが検出できる。一方,Qdot近傍以外に存在する蛍光体は励起されないので、その蛍光シグナルは検出されず,高濃度の標識dNTPを反応溶液中に存在させることができる。このような条件で進行する連続的な伸長反応(1分子リアルタイムDNAシーケンシング)は,上記複合体から発せられるアクセプタ蛍光シグナルの明滅を1分子蛍光検出することでモニターできる。
【0009】
特許文献3は,ドナーとして有機蛍光体をポリメラーゼに結合させて,同様にリアルタイムDNAシーケンシングする例を示している。
【0010】
非特許文献6では,FRET検出方式を用いて,ATP加水分解酵素1分子がATPを加水分解する様子をリアルタイムに観察している。ドナーはATP加水分解酵素の活性部位付近に標識されたQdotである。アクセプタはATPに修飾されたCy3蛍光体である。溶液中に浮遊するCy3-ATPがガラス表面に固定されたATP加水分解酵素に取込まれる際,FRETが発生する。上記取り込み反応は確率的かつ連続的に進行する。高濃度にCy3−ATPを溶液中に存在させた状態で,FRETを連続的に測定することで,1分子のATP加水分解酵素による連続的な酵素反応の様子をリアルタイムに観察することができる。
【0011】
非特許文献7は,FRETを利用して,ターゲットDNAの配列変異を高感度に検出する方法を示している。1本鎖のターゲットDNAと2本の1本鎖プローブDNAを混ぜてハイブリダイゼーションおよびライゲーション処理により二本鎖を形成させる。この状態で,プローブDNA側の両末端にはアクセプタとなるCy5とビオチンが修飾されている。上記二本鎖とドナーであるQdotを混合すると,Qdot表面を修飾しているストレプトアビジンがビオチンと結合して,Qdotと二本鎖の複合体を形成する。上記混合溶液を蛍光顕微鏡下で観察すれば,変異のないターゲットDNAは、二本鎖となって複合体を形成することで,QdotとCy5のFRETとして検出することができる。一方でターゲットDNAに変異がある場合,二本鎖が形成されないため,FRETは検出されない。したがって,FRET発生の有無によって,変異の有無を検出できる。上記バイオサンサは,従来のモレキュラービーコンを用いた変異検出に比べて高い感度を有する。
【0012】
このように,FRET検出方式は,1分子リアルタイムDNAシーケンシングやATP加水分解酵素のような連続的な酵素反応のモニターだけではなく,バイオセンサとして用いることができる。
【0013】
尚、非特許文献4は,タンパク(myosin subfragment-1)に結合した蛍光体(tetramethylrhodamine)がタンパクの構造変化の影響を受けて短波長シフトすることを報告している。また、非特許文献5は,Qdotが励起光を連続的に照射されることで,短波長シフトすることを報告している。上記報告では,グレーティングを用いて分光した1分子のQdotの発光シグナルが短波長シフトする様子をCCDで検出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】米国特許第6917726号公報
【特許文献2】特表2010-518862
【特許文献3】米国特許第2009/0275036
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】PNAS Vol.100, 3960-3964 (2003).
【非特許文献2】Science Vol.299, 682-686 (2003).
【非特許文献3】Science Vol.323, 133-138 (2009).
【非特許文献4】Biophys.J Vol.78, 1561-1569 (2000).
【非特許文献5】Chem.Commun. 1676-1678 (2009).
【非特許文献6】Small Vol.6, 346-50 (2010).
【非特許文献7】Nature Materials Vol.4, 826-831 (2005).
【非特許文献8】Nature Vol.464, 1012-1017 (2010).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
特許文献3に記載されているQdotをドナーとするリアルタイムDNAシーケンシングや特許文献3や非特許文献6のような、ドナーを酵素タンパクに結合させるFRET方式では、このような波長シフトが発生することが想定される。
【0017】
リアルタイムDNAシーケンシグでは,1分子のポリメラーゼが蛍光標識dNTPを取込まれるとき,標識蛍光体がポリメラーゼ(またはプライマ分子)に標識されたドナーに接近(約10nm以下)することでFRETが確認される。FRETが始まると,連続的に発光していたドナーの発光強度が一段階のステップ状に低下すると同時に,バックグランドレベルであったアクセプタの蛍光強度が一段階のステップ状に上昇する。FRETが終わる際(dNTPの取り込みが完了)は,アクセプタの蛍光強度が一段階ステップ状にバックグランドレベルに低下すると同時に,ドナーの発光は一段階のステップ状にFRET前と同程度の強度まで上昇する。FRETの際のドナーとアクセプタの蛍光シグナルは,上記のような逆相関変化(anti-correlated change)を示す特徴がある。ドナーの蛍光シグナルの低下率をFRET効率という。FRET効率が大きいほど,より多くのエネルギーがドナーからアクセプタに移動したと考えられる。FRET効率を決める要因として,ドナーの発光スペクトルとアクセプタの吸収スペクトルの重なり具合(重なり積分)がある。上記重なり積分が大きいほど,FRET効率は大きくなる。ドナーのスペクトルが短波長シフトすると,重なり積分が小さくなるため,FRET効率は低下する。FRET効率低下に起因するドナーシグナル変化の減少に気付かない場合,dNTP取り込みを確認できず,DNAシーケンシングにおける読み飛ばしが発生する。
【0018】
もう一つの問題として,ドナーの蛍光シグナルのアクセプタ用検出チャネルへの漏れ込み割合が変化することが考えられる。ドナーとアクセプタの蛍光シグナルは,それぞれ異なる検出チャネルで検出される。理想的には,ドナーの蛍光シグナルは,ドナー用の検出チャネルのみで検出され,アクセプタ用検出チャネルには漏れ込まない。しかしながら,ドナーとアクセプタの蛍光スペクトルには重なりがあるため,2つのシグナルを(ダイクロイックミラーやバンドパスフィルタを用いて)完全に分離することは困難である。したがって,漏れ込んだ蛍光シグナルを差し引かなければ,正しい蛍光シグナル変化を観察することはできない。特に,ドナーがQdotのようにアクセプタよりも数倍蛍光シグナルが大きい場合,アクセプタ用チャネルへのドナーの漏れ込みは深刻な問題となる。もし,ドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込み割合を予め計測することができれば,ドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルを計算することができる。しかしながら,ドナーが波長シフトする場合,漏れ込み割合が予め計測していた値から変化してしまうため,正しい漏れ込みシグナルを計算することができなくなる。上記の結果,アクセプタの正確な発光シグナル変化を確認することができなくなり(dNTP取り込みを確認できず),DNAシーケンシグにおける読み飛ばしが発生する。
【0019】
上記ではDNAシーケンシグを例にしたが,ドナーの波長シフトは,一般的なFRET方式を用いた連続的酵素反応のリアルタイム測定やバイオセンサにおける事象の見逃しを引き起こす。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決するため、本発明の代表的な蛍光検出装置の構成として、第1の蛍光体を備えた第1の生体分子が捕捉される基板と、基板に対し光を照射する光源と、光源からの光照射により励起される第1の蛍光体のエネルギーが移動することにより励起される第2の蛍光体を備えた第2の生体分子を基板に導入する手段と、第1の蛍光体の発光の極大波長を含む第1の波長範囲の光と、前記第1の波長範囲以外である第2の波長範囲の光とを分離する第1の分離部と、第1の波長範囲の光を検出する第1の検出器と、第2の波長範囲の光を検出する第2の検出器と、少なくとも第1,2の検出器のいずれかを制御する制御部と、第1の波長範囲の光の強度変化に基づいて、第2の検出器における第1の蛍光体の発光の漏れ込み信号を測定し、第2の検出器で検出される光の信号の補正をするデータ処理部とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
このように、第1の蛍光体の発光の極大波長を含むような第1の波長範囲の光の強度変化に基づいて補正を行うことにより、リアルタイム計測における波長シフトの問題を解決し、高精度な測定を行うことができる。
【0022】
ドナーの短波長シフトによるFRET効率低下を知ることができるため,読み飛ばしを知ることができる。著しいFRET効率の低下が見られる場合は,測定を中断することができる。これにより,無駄なデータ処理や取り込みを省くことができる。
【0023】
ドナーの短波長シフトによる,ドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルの変化をリアルタイムに計測することができるため,この漏れ込みシグナルをアクセプタ用チャネルのシグナルから引くことで,正しいアクセプタの発光シグナルを得ることができる。これにより,塩基の読み飛ばしを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明第1の実施例の構成図。
【図2】第1の実施例の基板構成図。
【図3】第1の実施例の(A)ダイクロイックミラー32a、(B)ダイクロイックミラー40、(C)ロングパスフィルタ36の波長特性図。
【図4】FRETを利用したリアルタイムDNAシーケンシングの説明図。
【図5】第1の実施例の(A)ドナー,アクセプタの蛍光スペクトル。(B)強度比の予想値
【図6】(A)伸長反応中の2次元センサ19aと19bの蛍光像の概念図。(B)矢印で示した対応格子点における2次元センサ19aと19bで検出される画素強度の時間変化の概念図。(C)アクセプタの蛍光シグナルから算出した強度比の時間変化。
【図7】(A)2次元センサ19cで検出されるドナーの画素強度の時間変化の概念図。(B)2次元センサ19aと19bで検出される画素強度の時間変化の概念図。(C)ドナーの漏れ光を含んだアクセプタの蛍光シグナルから算出した強度比の時間変化。
【図8】ロングパスフィルタ36の透過率50%の波長と上記波長を1nmずつ長波長方向にずらしたときのSq1/ Sq2の変化量の関係図。
【図9】(A)二次元センサ19cで得られるSq1とSq2の時間変化の概念図。(B)Sq1/Sq2とQdot605ピーク波長の関係図。(C)Sq1/Sq2とQdot605ピーク波長の時間変化の概念図。
【図10】(A)〜(C)第1の実施例におけるドナー分光部35の別の構成図。
【図11】(A)第1の実施例におけるアクセプタ用検出チャネルの別の構成図。(B)図1におけるダイクロイックミラー40の別の波長特性図。
【図12】本発明第2の実施例の構成図。
【図13】本発明第2の実施例のダイクロイックミラー32b,32c,32dの波長特性図。
【図14】(A)〜(C)本発明第3の実施例におけるドナー用検出チャネル周辺の構成図。
【図15】(A)本発明第3の実施例におけるドナー用検出チャネル周辺の構成図。(B)2次元センサカメラ604で検出される蛍光画像の概念図。(C)波長分散された蛍光輝点の画素強度パターンの概念図。
【図16】図1におけるフィルタユニット15の周辺図
【図17】本発明第5の実施例の構成図。
【図18】(A)2次元センサ19cで検出されるドナーの画素強度の時間変化の概念図。(B)2次元センサ19aで検出される画素強度の時間変化の概念図。(C)2次元センサ19bで検出される画素強度の時間変化の概念図。
【図19】(A)比率(St+Sr)/ Sqの時間変化の概念図。(B)Sr/Sqの時間変化の概念図。(C)St/Sqの時間変化の概念図。
【図20】アクセプタのみの蛍光シグナルSt (t), St (t)を取得するためのフローチャート。
【図21】(A)Srの時間変化の概念図。(B)Stの時間変化の概念図。(C)強度比の時間変化の概念図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下,図面に従って本発明の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0026】
試料核酸のポリメラーゼによる連続的な伸長反応の際に,ポリメラーゼに取り込まれるdNTPに標識された蛍光を1分子毎に検出することでリアルタイムに塩基配列を決定する装置および方法の例を説明する。連続的伸長反応は,基板表面に等間隔で捕捉された試料DNA断片1分子上で行われる。DNA断片上のポリメラーゼに修飾されたドナー(Qdot)からのネルギーがdNTPに修飾された蛍光体に移動する現象(FRET)を検出することでdNTPの取込みを確認する。上記装置は単分子蛍光検出を行うものであるため,測定に際しては,HEPAフィルタなどを介したクリーンルーム様の環境にて行うのが望ましい。
【0027】
(装置構成)
図1は,本発明の蛍光分析方法を使ったDNA検査装置の構成図である。装置は蛍光顕微鏡に類似する構成である。基板8に捕捉されたDNA分子の連続的な伸長反応を蛍光検出にて測定する。
【0028】
基板8は,図2に示すような構造をしている。基板8は少なくともその一部が透明材質でできており,材質としては合成石英などが使用できる。基板8には反応領域8aがある。反応領域8aは透明材質である。反応領域8aに試薬を含んだ溶液が接触する。
【0029】
反応領域8a内にDNAが捕捉される領域8ijが複数形成されている。領域8ijの個々の大きさは例えば直径100nm以下とする。領域8ijにはDNAを捕捉するための表面処理が施されているものを使うとよい。例えば,領域8ij表面にストレプトアビジンを固定することで,ビオチン化DNA断片をストレプトアビジンービオチン結合により捕捉することができる。例えば,領域8ij表面にポリTのオリゴヌクレオチドを固定することで,一端をポリA化処理したDNA断片をハイブリダイゼーションにより捕捉することができる。領域8ijを小さくすることで,領域内に捕捉できるDNA断片分子を1個になるようにすることができる。以後このような状態の基板を計測する。
【0030】
このような基板では,すべての領域8ijに単一分子のDNAが捕捉されている場合と一部の領域8ijにDNAが捕捉されている場合がある。一部のみDNAが捕捉されている場合は,残りの領域8ijには捕捉されておらず,空きの状態となる。領域8ijは,格子構造(2次元の格子構造)を形成するようにしてもよい。その場合、隣り合う領域8ijについては、例えば間隔dxは2マイクロメータ,間隔dyは2マイクロメータとする。このような,均等間隔の基板の作成法は,例えば特開2002-214142号公報に記載されている。なお,dx,dyは領域8ijより大きく,0.2〜10マイクロメータ以下,さらには0.5〜6マイクロメータ程度が好ましい。なお,格子構造は正方格子構造,長方格子構造,三角格子構造などにしてもよい。
【0031】
上記のような試料の配置をしている場合、基板の反応領域8aは1mm×1mmの大きさが考えられるが、反応領域8aは,それより大きくても良い。また,0.5mm×0.5mmの大きさの反応領域8aを,1次元または2次元に一定間隔で複数個並べてもよい。反応領域8aの並べ方は,長方形,丸型,三角形,六角形などでもよい。領域8ijに生体物質を捕捉するための官能基や金属構造体を配置してもよい。金属構造体は半導体プロセス(電子線描画,光リソグラフィー,ドライエッチング,ウェットエッチングなどの手法)により作製され得る。金属構造体の材質は,金,銀,アルミ,クロム,チタン,タングステン,白金等である。金属構造体の形状は,励起光の波長以下の大きさである。これを満たす限り,直方体,円錐,円柱,三角柱,一部が突起状のものを有する形状,あるいは,これらを2個または複数個近接して並べた形状,金属微粒子なども使用可能である。たとえば,直径10nmから100nm程度の大きさの金の膜状のドットを,dx,dyの間隔,1×1,1×2,1×32×32×4,3×5,3×6(マイクロメータ×マイクロメータ)の格子状に構築しても良い。大きさ20nm程度の蛋白などのリンカー分子を修飾したDNA断片を,上記リンカーを介して直径20nm程度の金のドットに結合すれば,確率的にその大きさからドットあたり1分子のDNA断片を格子状に捕捉することができる。
【0032】
DNAシーケンスをする例では、ポリメラーゼを修飾する蛍光体としてはQdotが挙げられる。そのほか、非特許文献1に記載のCy5のような有機蛍光体を用いることができる。また、dNTPの蛍光標識として種々の蛍光体を使うことができる。たとえば,Alexa633,Alexa660,Alexa700,Alexa750である。これら蛍光体を4種dNTPのリン酸基末端(γ位)にリンカーを介して標識することで連続的な伸長反応を蛍光検出するための蛍光標識dNTPを作成できる。上記蛍光修飾dNTPは,例えば,特許文献3に記載された方法によって作成される。
【0033】
用いる蛍光体として、ドナーとなる蛍光体が励起されることにより発生したエネルギーによって、アクセプタとなる蛍光体が共鳴励起されるような関係があればよい。また、励起光検出において基板からの発光を、ドナーと複数種のアクセプタとを分離して検出できるよう、例えばドナー光の発光波長がアクセプタ光の発光波長よりも短いような関係のものを選択するとよい。
【0034】
また、上記以外の蛍光体として,ドナーとアクセプタの役割を果たす2つの発色団が対になった蛍光体でもよい。このような蛍光体の例としては,BigDyeやDYEnamic ET Dyeがある。
【0035】
本実施例においては,Alexa633でdATPを,Alexa660でdTTPを,Alexa700でdGTPを,Alexa750でdCTPをそれぞれ蛍光標識した。
【0036】
続いて、エバネッセント光を用いた例を説明する。蛍光励起用のレーザ装置100(405nm:Qdot605励起用)からのレーザ光をλ/4波長板101を通して円偏光とする。ミラー103と5を介して全反射照明用の石英製プリズム7に図のように入射面に垂直に入射し,DNA分子を捕捉する基板8の裏側から照射する。石英製プリズム7と基板8はマッチングオイル(無蛍光グリセリン等)を介して接触させており,レーザ光はその界面で反射することなく,基板8に導入される。基板8表面は反応液(水)で覆われており,その界面でレーザ光は全反射し,エバネッセント照射となる。これにより,高いS/Nで蛍光測定が可能になる。ここでは、プリズム型エバネッセント照射を用いたが、対物型エバネッセント照射やナノ開口エバネッセント照射でも構わない。
【0037】
なお,基板の近傍には,温調器が配置されているが,図では省略した。また,通常観察のため,プリズム下部よりハロゲン照明,LED照明ができる構造としているが,図ではこれを省略している。
【0038】
続いて、アクセプタ等を含む試薬を導入する手段の例としてフローチャンバを用いた例を説明する。基板8の上部には,試薬などを流し,反応させるためのフローチャンバ9が構成されている。チャンバには試薬導入口12があり,分注ノズル26を有する分注ユニット25,試薬保管ユニット27,チップボックス28により,目的の試薬液の注入などを行う。試薬保管ユニット27には,試料液容器27a,dNTP誘導体溶液容器27b,27c,27d,27e(27c,d,eは予備)及び洗浄液容器27f等が用意される。チップボックス28内の分注チップを分注ノズル26に取り付け,適当な試薬液を吸引し,チャンバ導入口から基板の反応領域に導入する。廃液は廃液チューブ10を介して廃液容器11に排出される。これらは制御PC21により自動的に行われる。ここでは、プリズム型エバネッセント照射を用いたためチャンバを用いた流路構造を採用したが、対物型エバネッセント照射やナノ開口エバネッセント照射のように石英製プリズムを用いない場合はフローチャンバである必要はない。この場合、対物レンズと反対側の基板表面を開放し、ノズル等の送液手段により基板表面に直接試薬を導入する。この場合、導入した試薬が基板表面を広がって基板外にこぼれないように、基板表面をウェル構造にすることが望ましい。加えて、導入した試薬を均一に混合するために、上記ノズルで基板表面の試薬を攪拌することが望ましい。攪拌方法の例として、ノズルを物理的に動かす方法や基板表面の試薬を吸上げ・排出を繰り返す方法がある。
【0039】
フローチャンバ9は透明材で形成されている。フローチャンバ9を通過した蛍光13は,自動ピントあわせ装置29で制御される集光レンズ(対物レンズ)14で集められ,フィルタユニット15を透過する際に不必要な波長の光を除去される。フィルタユニット15を透過した蛍光はダイクロイックミラー32aで,ドナーの発光成分を反射させ,4種アクセプタの蛍光を透過させる。透過したアクセプタの蛍光は,ダイクロイックミラー40で,波長ごとに異なる比率で分割される。分割された蛍光は,補助フィルタ17a,17bを通り,その像を結像レンズ18a,18bで,2次元センサカメラ19a,19b(高感度冷却2次元CCDカメラ)に結像させ,検出する。
【0040】
一方,ダイクロイックミラー32aで反射したドナーの発光は,ドナー分光部35に入射する。ドナー分光部35内でドナーの発光成分のうち,ロングパスフィルタ36が挿入されている場合はその一部が,ロングパスフィルタが挿入されていない場合は全成分がドナー分光部35を透過し,結像レンズ18cによって,2次元センサカメラ19cに結像される。ロングパスフィルタ36の挿入周期は,2次元センサカメラ19cのフレーム周期と同一にするとよい。ロングパスフィルタ36の挿入タイミングは,制御PC21によって制御され,2次元センサカメラ19cの露光タイミングと同期している。したがって,2次元センサカメラ19cが取得するフレームf枚目の画像がロングパスフィルタ36を透過した発光成分の発光像であれば,フレームf+1枚目の画像は,ロングパスフィルタ36を透過しない発光(すなわちダイクロイックミラー32aで反射したドナーの全発光成分)の発光像となる。このような操作により,ロングパスフィルタ36を透過した場合と透過しなかった場合の2つの発光は、混ざることなく、異なる発光画像として交互に検出される。
【0041】
カメラのフレーム周期の設定,蛍光画像の取り込みタイミングなどの制御は,2次元センサカメラコントローラ20a,20b,20cを介して制御PC21が行う。2次元センサカメラ19cのフレーム周期は,2次元センサカメラ19aおよび19bの2倍とした。なお,フィルタユニット15には,レーザ光除去用のロングパスフィルタ(488nm以上を透過),検出する波長帯を透過させるショートパスフィルタフィルタ(850nm以下を透過)を組み合わせて用いる。
【0042】
ダイクロイックミラー32aの波長特性を図3(A)に,ダイクロイックミラー40の波長特性を図3(B)に,ロングパスフィルタ36の波長特性を図3(C)に示す。本発明の図で示すダイクロイックミラー40の特性は,45度に入射したときの透過率である。後述するが,図3(B)に示すダイクロイックミラー40の特性は,所定のアクセプタ蛍光体4種がそれぞれ異なる比率で透過するように設計している。これにより上記比率(強度比)の違いによって,アクセプタの蛍光体種(すなわち塩基種)を同定することができる。
【0043】
上記装置は,調整などのため,透過光観察用鏡筒16とTVカメラ23とモニター24を備えており,ハロゲン照明などで基板8の状態をリアルタイムで観察できるようになっている。
【0044】
図2においては,基板8に位置きめマーカ30,31が刻印されていることが示されている。マーカ30,31は領域8ijの並びと平行に配置され,その間隔が規定されている。そこで,透過照明での観測でマーカを検出することで,領域8ijの位置を計算することができる。
【0045】
本実施例で使用する2次元センサカメラとして,CCDエリアセンサを使用することができる。ここでは、種々の画素サイズ,画素数のCCDエリアセンサを使うことができる。たとえば,画素サイズが7.4×7.4マイクロメータで,画素数2048×2048画素の冷却CCDカメラを使用することができる。CCDエリアセンサの他,C-MOSエリアセンサなどの撮像カメラなどを使うことができる。CCDエリアセンサにも,構造によって,背面照射型,正面照射型があり,どちらも使用できる。また,素子内部に信号の増倍機能を有する電子増倍型CCDカメラなども高感度化に有効である。また,センサは冷却型が望ましく,−20℃程度以下にすることで,センサの持つダークノイズを低減でき,測定の精度を高めることができる。
【0046】
反応領域8aからの蛍光像を一度に検出してもいいし,分割することもできる。この場合,基板の位置を移動させるためのX-Y移動機構部をステージ下部に配置し,制御PCで照射位置への移動,光照射,蛍光像検出を制御する。本例ではX-Y移動機構部を図示していない。
【0047】
このように、エバネッセント光を用いた上記のような装置構成の例を説明したが、ドナーとアクセプタを利用した試料の蛍光検出ができれば、これに限られない。
【0048】
(反応の工程)
段階的伸長反応の工程の例を、上記装置構成を利用した場合を使って説明する。
【0049】
(1)ストレプトアビジンを加えたバッファを導入口12よりチャンバに導入して,ストレプトアビジンを金属構造体(格子上に配置)に捕捉されているビオチンに結合させる。ビオチン−アビジン複合体を形成させる。ターゲットであるビオチン修飾一本鎖鋳型DNAと大過剰のビオチンを加えたバッファをチャンバへ導入して,前記鋳型DNAを金属構造体に捕捉させる。捕捉後に,チャンバ内の余剰な鋳型DNAおよびビオチンを洗浄用バッファで洗い流す。
【0050】
(2)プライマとドナー(ここではQdot605)が修飾されたThermo Sequenaseポリメラーゼを含んだThermo Sequenase Reactionバッファを導入口12よりチャンバへ導入して,鋳型DNA-プライマ-ポリメラーゼ複合体を形成させる。
【0051】
(3)複合体形成後,レーザ装置100からレーザ光を照射し,格子状に並んだドナーの輝点を2次元センサカメラ19cで確認する。ドナーの輝点が確認できた格子点を,鋳型DNA-プライマ-ポリメラーゼ複合体が固定された格子点と判断する。
【0052】
(4)異なる4種の蛍光体でリン酸γ位を標識された4種のdNTPを含むThermo Sequenase Reactionバッファを導入口12よりチャンバへ導入して,伸長反応を開始する。鋳型DNA−プライマ複合体にdNTPが取込まれると,アクセプタである標識蛍光体とポリメラーゼに修飾されたドナーが近接する(10nm以下)。このときFRETが発生してアクセプタからの蛍光が発せられる。dNTPの取込みが終了すると,リン酸γ位が切れて蛍光体のみが溶液中に放出される。このとき,鋳型DNA−プライマ複合体は,次のdNTPを取込める状態となるので,伸長反応は連続的に進むことができる(図4)。
【0053】
ポリメラーゼの活性が低下したり,ドナーの波長シフト等の影響によりFRET(伸長反応)が確認できなくなったりした場合は,チャンバの温度を90度まで上げ,プライマおよびポリメラーゼを鋳型DNAから解離させる。その後,洗浄バッファをチャンバへ導入し,解離したプライマおよびポリメラーゼを洗い流す。その後,(2)−(4)の工程を繰り返すことで,同じ鋳型DNAの配列を複数回解読することができる。複数回解読することで,解読精度を高めることができる。例えば,1塩基を1回解読する精度が95%であれば,同じ塩基を3回解読することで,その塩基は99.99%の精度で解読されたことになる。
【0054】
本システムは,反応領域8aの複数の領域8ijからの発光を同時に検出できるため、領域8ijにそれぞれ異なる鋳型DNAを捕捉する場合,複数の異なる鋳型DNA−プライマ複合体に取込まれたdNTPの塩基種を,つまり複数の鋳型DNAの配列を同時に決定できる。
【0055】
(蛍光検出と蛍光体識別)
基板上に捕捉された上記蛍光体の蛍光を検出して蛍光体(つまり塩基)の種類を識別する方法を説明する。
【0056】
図5(A)は,各蛍光体の蛍光スペクトルを,図5(B)は,本実施例のフィルタユニット15,ダイクロイックミラー32a,40,補助フィルタ17a,17bの通過後の,2次元センサカメラ19a,19bに到達する蛍光シグナルの強度比の設計値である。ここで,強度比は,2次元センサカメラ19aで検出される単分子の蛍光強度をSr,2次元センサカメラ19bで検出される蛍光シグナルをStとして,
【0057】
【数1】

【0058】
によって定義される。蛍光シグナルは,ドナーおよびアクセプタが発光しているときの輝点の画素強度から発光していないとき(背景光のみ)の画素強度を引いた値である。ダイクロイックミラー40の透過率特性は,図3(B)に示すようななだらかな勾配を持つことで,図5(B)に示すような,蛍光体種によって異なる強度比に分離することができる。本実施例では,強度比の違いに基づいて蛍光体種(すなわち塩基種)を識別した。
【0059】
ダイクロイックミラー40の透過率特性は,アクセプタ(Alexa633, Alexa660, Alexa700, Alexa750)の蛍光スペクトルと各フィルタの透過スペクトルを用いて,図5(B)となるように設計した。ここで,ドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルは無視できる程小さいと仮定したため,ドナー(Qdo605)の漏れ込み成分は強度比に加味されていない。補助フィルタ17aと17bには上記ドナーとアクセプタの発光領域で透過率100%のものを使用した。
【0060】
次に,連続的な伸長反応から得られる蛍光シグナル変化から,塩基配列を決定する方法を説明する。図6(A)に伸長反応中の2次元センサ19aと19bの蛍光像の概念図を示す。格子状にならんだ鋳型DNA-プライマ-ポリメラーゼ複合体の格子点上では,伸長反応が確率的に起こるため,任意の時間に輝点が観察される格子点の位置はランダムである。格子点毎に輝点の蛍光シグナルがばらつくのは,蛍光体種によって強度比が異なること,蛍光体本来の蛍光シグナルが種類によって異なることが主要因である。矢印で示した輝点は,対応する格子点(同一の格子点)から発せられた蛍光輝点である。図6(B)は,上記矢印で示した対応格子点における2次元センサ19aと19bで検出される画素強度の時間変化の概念図である。ポリメラーゼが標識dNTPの取込みを開始するのに同期してFRETによるアクセプタ蛍光が上昇し,取り込みが終了するとアクセプタ蛍光が減少する。図示していないが,ドナーの画素強度は,アクセプタに対して逆相関変化(anti-correlated change)を示す。標識dNTPの取り込み(FRETの発生)は,スパイク状の蛍光シグナルの逆相関変化によって知ることができる。図6(C)は,FRETが発生したときのアクセプタの蛍光シグナルから算出した強度比の時間変化である。このように,各スパイク状の蛍光シグナル変化は,4種類の値を示す強度比に変換され,強度比の予想値(図5(B))との相関から,取込まれたdNTPの種類を識別することができる。dNTPの識別を連続的に行うことで,ある格子点における鋳型DNAの塩基配列を決定することができる。ここで,ドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナル量を無視できると仮定した。
【0061】
しかし,図3(A)と図5(A)から推測されるように、ドナーとアクセプタの蛍光スペクトルには重なりがあるため、2つを完全に分離することは難しい。特に、ドナーであるQdot605の蛍光シグナルが,アクセプタの数倍大きい場合,ドナーの発光シグナルの一部はアクセプタ用チャネルに漏れこむという問題がある。そこで,以下では,ドナーの蛍光シグナルが漏れ込んだ場合のdNTPの識別方法を示す。
【0062】
ダイクロイックミラー32aの特性が図3(A)の場合,ドナーであるQdot605の全蛍光シグナルの10%は,アクセプタ用チャネルへ漏れこむ。漏れ込んだシグナルは,図3(B)の透過率特性に従った割合で分割されて,2次元センサカメラ19a,19bで検出される。ここで仮に、ドナーの蛍光シグナルは,アクセプタ蛍光強度に対して約10倍大きく,FRET効率は約70%とする。図7(A)-1は,上記のような仮定のもと,図7(A)-2に示すように,図1の構成からドナー分光部35を取り除いた構成でドナーの蛍光シグナルを検出したときの画素強度変化を示す。このとき,図6(B)のように変化するアクセプタの蛍光シグナルは,ドナーから漏れ込んだ蛍光シグナルが重なることで,図7(B)のようになる。図7(C)は,図7(B)の蛍光シグナルを基に算出した強度比の時間変化である。ドナーから漏れ込んだ蛍光シグナルが重なることで,強度比が4種の明確な値を示さないため,塩基種の識別が困難になる。この問題を解決するには,ドナーから漏れ込んだ蛍光シグナルを差し引いて,図6(B)のようなアクセプタのみの蛍光シグナル時間変化を復元する必要がある。2次元センサカメラ19cで検出されるドナー蛍光シグナルSq(t)とアクセプタ用検出チャネルへの漏れ込み割合αとの関係が事前に分っていれば,Sq(t)×αとして漏れ込み蛍光シグナルを計算できる。しかしながら,実際にはドナーの蛍光波長は,測定中にシフトするため,上記αは時間変化する可能性がある。そこで,以下では,蛍光計測中(伸長反応中)にリアルタイムに漏れ込み割合をモニターする方法を示す。
【0063】
(リアルタイムにドナーの波長シフトをモニターする方法)
ドナー分光部35は,リアルタイムにドナーのスペクトルをモニターするための分光部である。ここでは、分光部においてロングパスフィルタ36を用いた場合を示す。ダイクロイックミラー32aを反射してドナー分光部35へ入射するドナーの発光成分のうち,ロングパスフィルタ36が挿入されている場合はその一部が,ロングパスフィルタが挿入されていない場合は全成分がドナー分光部35を透過し,結像レンズ18cによって,2次元センサカメラ19cに結像される。ロングパスフィルタ36の挿入周期は,2次元センサカメラ19cのフレーム周期と同一とする。ロングパスフィルタ36の挿入タイミングは,制御PC21によって制御され,2次元センサカメラ19cの露光タイミングと同期している。したがって,2次元センサカメラ19cで連続的に取得された蛍光画像は,ロングパスフィルタ36が挿入されている場合と挿入されていない場合の発光画像が交互に並んだものである。ロングパスフィルタ36の波長特性は,ピーク波長603nmのスペクトルをもつQdot605に対して,その50%透過率の波長が603nmになるように設計されている(図3(C))。Qdot605の蛍光シグナルは,このような波長特性をもつロングパスフィルタ36によって50%が透過する。ロングパスフィルタ36を透過して2次元センサカメラ19cで検出される蛍光シグナルをSq1,透過せず検出される蛍光シグナルをSq2とすれば,Sq1のSq2に対する比率(Sq1/ Sq2)は0.5となる。もし,Sq1/ Sqが0.5よりも増加したり減少したりすれば,Qdot605の波長シフトを知ることができる。
【0064】
ロングパスフィルタ36は,Qdot605の波長シフトに対して,Sq1/ Sq2が大きく変化するように設計されている。図8は,ロングパスフィルタ36の透過率50%の波長と上記波長を1nmずつ長波長方向にずらしたときのSq1/ Sq2の変化量の関係図である。上記変化量は,図5(A)のQdot605の発光スペクトルと所定の波長で透過率50%となるロングパスフィルタ36のスペクトルのコンボリューション値と所定の波長に対して長波長方向に1nmずらしたロングパスフィルタのスペクトルで同様に求めたコンボリューション値の差分である。図8から分るように,603nm付近でもっともSq1/ Sq2の変化量が大きい。したがって,603nm付近にロングパスフィルタ36の透過率が50%となるように設計することで,Qdot605の波長シフトを感度良く測定することができる。なお,本実施例では,ダイクロイックミラー32eの透過率が50%となる波長を603nmとしたが,この値からずれても波長シフトをモニターできる。
【0065】
図9(A)は,二次元センサ19cで得られるSq1とSq2の時間変化を示す。300フレーム以降Sq1が減少することから短波長シフトしていることがわかる。より定量的にシフト量を求めるために,以下のように解析した。
【0066】
まず,ダイクロイックミラー32a(図3(A)),ロングパスフィルタ36(図3(C))のスペクトルに対して,Qdot605(図5(A))のスペクトルを波長方向にシフトさせて,Sq1/Sq2とQdot605ピーク波長の関係を求めた(図9(B))。次に,図9(A)の隣り合うフレームで見出される同一Qdot605輝点のSq1とSq2からSq1/Sq2を算出した。算出したSq1/Sq2を,図9(B)の関係からQdot605のピーク波長に変換した。図9(C)は,このようにして求めた,Sq1/Sq2とQdot605ピーク波長の時間変化を示している。Sq1/Sq2は,図9(A)の連続する2フレームの値から算出されるので,Sq1/ Sq2とQdot605ピーク波長のデータ点は2フレーム間隔にプロットされている。したがって,Qdot605の波長シフトの時間分解能は,2次元センサカメラ19cのフレーム間隔の半分となる。本実施例では,2次元センサカメラ19aと19bのフレーム間隔を10msとしたので,同等の時間分解能で波長シフトをモニターするために,2次元センサカメラ19cのフレームレートを5msとしたが,これより早くても遅くても構わない。
【0067】
以上の操作により,FRET効率が低下やドナーの蛍光シグナルばらつきの要因となる波長シフトをリアルタイムにモニターすることができる。また,上記操作では,波長の相対的シフト量だけではなく,ドナーのピーク波長を得ることができるため,ドナーとして異なる物質が混入した場合,これを知ることができる。
【0068】
(リアルタイムにドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込み率を算出する方法)
以下,ドナーの測定波長をもとに,ドナーの漏れ込み蛍光シグナルを求め,アクセプタ用チャネルで検出される蛍光シグナルから上記漏れ込み蛍光シグナルを差し引くことで,アクセプタのみの蛍光シグナルを求める方法を記す。
【0069】
(1)測定したピーク波長から,ドナーのスペクトルI(λ,t)を求める(tは時間またはフレーム,λは波長)。
【0070】
I(λ,t)は,予め測定しておいたドナーの参照蛍光スペクトルを,そのピーク波長が上記方法で測定した値となるように波長方向に平行移動させて求めた。
【0071】
ただし,以下のように全積分値が1となるように規格化されている。
【0072】
【数2】

【0073】
(2)上記I(λ,t)のうち,ロングパスフィルタ36で透過される発光成分の割合P1(t)(数3)を求める。
【0074】
【数3】

【0075】
ここで,F(λ)は,ロングパスフィルタ36の透過率スペクトル,Dq(λ)は,ダイクロイックミラー32aの透過率スペクトルである。ダイクロイックミラー32aに入射するドナーの蛍光シグナルSq0(t)のうち,割合P1(t)の蛍光シグナルがSq1(t)に相当する。したがって,Sq0(t)は以下の式で求まる。
【0076】
【数4】

【0077】
(3)Sq0(t)のうち,ダイクロイックミラー32aを透過後,ダイクロイックミラー40で反射して,2次元センサカメラ19aへ入射するドナーの蛍光シグナルSqr(t)およびダイクロイックミラー40で透過して2次元センサカメラ19bへ入射するドナーの蛍光シグナルSqt(t)はそれぞれ以下の式で求められる。
【0078】
【数5】

【0079】
【数6】

【0080】
より求まる。ここで,Dq(λ)はダイクロイックミラー40の透過率スペクトルである。
【0081】
(4)ドナーの漏れ込みシグナルを差し引いたアクセプタのみの蛍光シグナルは,
【0082】
【数7】

【0083】
【数8】

【0084】
により求められる。ここで,Sr(t)と St(t)は,2次元センサカメラ19aと2次元センサカメラ19bで検出される(ドナーの漏れ込みを含んだ)蛍光シグナルである。したがって,Sr(t)と St(t)と数5と数6を上記二式に代入することで,強度比St’(t)/(Sr’(t)+ St’(t))を求めることができる。この強度比は,アクセプタのみの蛍光シグナルから算出しているので,強度比の予想値(図5(B))を参照することで,塩基種を識別することができる。
【0085】
ステップ(2)では,2次元センサカメラ19cで取得したSq1に着目したが,Sq2を用いて同様の解析方法によりSq0(t)を求めることができる。また,Sq1とSq2からそれぞれSq0(t)を求め,2つの値の平均をSq0(t)とすることもできる。
【0086】
ドナー分光部35は,図1に示した構成のほか,図10のような構成でも構わない。図10(A)では,ドナー分光部35に入射したドナーの発光はダイクロイックミラー32eで2つの成分に分けられ,ミラー33aと33bでそれぞれ反射したのち,ダイクロイックミラー32fで再び同一光路に融合し,結像レンズ18cによって,2次元センサカメラ19cに結像される。ダイクロイックミラー32eで分けられた2つの光路上には,シャッター34aと34bが配置されている。図示していないが,上記2つのシャッターは制御PC21に接続および制御され, 2次元センサカメラ19cのフレーム周期と同一の周期で交互に光路を遮断する。したがって,2次元センサカメラ19cが取得するフレームf枚目の画像がダイクロイックミラー32eを透過した光路の発光像であれば,フレームf+1枚目の画像は,ダイクロイックミラー32eを反射した光路の発光像となる。ダイクロイックミラー32eには,図3(C)と同様の透過率特性をもつものを用いることができる。ダイクロイックミラーについては、32eが例えば603nm以上を透過するような透過率特性をもたせるようにしている場合、32fは, 603nm以下を透過するような透過率特性を持たせる。
【0087】
図10(B)の構成は,シャッター34a,34bを用いる代わりにミラー33cを用いる以外,(A)と同じである。この構成では,図示していないがミラー33cは制御PC21に接続および制御され, 2次元センサカメラ19cのフレーム周期と同一の周期で光路に挿入される。ミラー33cが挿入される場合,ダイクロイックミラー32eを透過した発光のみが2次元センサカメラ19cで検出され,ミラー33cが光路から外されると,ダイクロイックミラー32eを透過した発光のみが2次元センサカメラ19cで検出される。
【0088】
図10(C)の構成は,図1のロングパスフィルタ36の代わりに,バンドパスフィルタ37a,37bを用いた。バンドパスフィルタ37a,37bは,図10(A)のシャッター同様に,制御PC21に接続および制御され,ドナーの発光はバンドパスフィルタ37aまたは37bを透過する発光が交互に2次元センサカメラ19cで取得される。バンドパスフィルタで透過させる2つの波長帯域は,ロングパスフィルタ36同様,ドナーの波長シフトに対して,Sq1(t)と Sq2(t)の比が大きく変化するように設計される。バンドパスフィルタの代わりに,ロングパスフィルタ,ショートパスフィルタを用いることができる。
【0089】
図10のいずれの構成においても,2次元センサカメラ19cは2種類の異なる波長帯域から抽出したドナーの蛍光シグナルを交互に取得する。それぞれの蛍光シグナルをSq1(t)と Sq2(t)とすれば,上記の方法を用いて,リアルタイムにドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルを差し引き,アクセプタ蛍光シグナルの強度比から塩基配列を決定することができる。
【0090】
以上の例では,ドナーの発光がアクセプタの発光よりも十分強いと仮定したため,アクセプタのドナー用チャネルへの漏れ光の影響を加味しなかった。アクセプタの漏れ光が大きいために,ドナーの波長シフトおよび漏れ光解析の誤差が無視できないほど大きい場合は,補助フィルタ17cにアクセプタの発光成分を除く,ショートパスフィルタやバンドパスフィルタを挿入することで,これを回避することができる。
【0091】
なお,使用できるドナーとアクセプタの蛍光体は本実施例に示すものに限らず,所定の励起光を使い,異なる蛍光特性を有する蛍光体の組み合わせであれば同様に使用できる。一般には,蛍光極大波長が異なる種類の組み合わせであればよい。
【0092】
また,アクセプタ用チャネルの2次元センサカメラは2つである必要はなく,図11(A)のように1個でもよい。この場合,分割された像を同じ2次元センサカメラに結像させる際,ミラー401,402,403で光路を調節して,画像を横にずらして2つの像が重ならないようにすればよい。
【0093】
本例では,4種の蛍光体であるが,識別対象に合わせて3種でも,また5種,6種以上の組み合わせも構わない。
【0094】
本例では,ダイクロイックミラー40として,指定の波長範囲において,透過率が,実質的にほぼ0からほぼ100%まで単調に増加する特性を有する2色性ミラーを使用するが,ほぼ10からほぼ80%まで単調に増加する特性であってもよい。また使用する複数の蛍光体の蛍光極大波長ごとに透過率・反射率が異なる特性の分割ミラーであってもよい。たとえば,蛍光極大波長ごとに階段状に変化する特性であったり,図11(B)のように減少と増加を併せ持つ特性であったりしてもよい。対象とする複数の蛍光体の蛍光極大波長または最大ピークを示す波長ごとに異なる比率に分割できる効能を有していればよい。
【0095】
また,石英製プリズム7に対してレーザ光をその入射面に垂直つまり入射角度0度で入射している。これにより,基板とプリズムを一体化して移動させても,対物レンズ観察視野からレーザ照射位置がずれないため,基板とプリズムを一体化することができ,プリズムと基板とのカップリング方式を種々選ぶことが可能になる。オイルカップリングのほか,光学接着も可能になり,装置構成を容易に選ぶことができる。
【0096】
本実施例では,プリズムを用いた全反射照明により,蛍光体を励起させたが,プリズムを用いない対物レンズ型全反射照明や落射照明でも構わない。
【0097】
格子点の領域(スポット,格子点の領域)の大きさは100nm径以下,または,隣接する最短の格子点間隔の1/3以下が好ましい。これにより,光学的に解像しやすくなり,識別が容易になる。格子点位置の捕捉のための領域を10nm〜30nm程度にすれば,単一分子の捕捉に有効である。
【0098】
本例では,一定間隔の格子状に捕捉領域を配置する基板を使用する。格子状に配置することで,透過像と反射像内の相対応する輝点の識別が容易になる。格子状に捕捉領域を配置する基板を使わない場合にも本実施例は対応できる。分子をランダムに分散させて捕捉する場合など,捕捉位置が,ランダムに分散する場合は,複数の2次元センサカメラ画像を比較して,パターン解析または基準マーカを参照して,対応する輝点を判定すればよい。
【0099】
本例では,FRETを利用したリアルタイムDNAシーケンシングにおける塩基種識別精度向上を目的として,図1の構成を用いた。その他の利用例としては, APT加水分解反応のようなリアルタイム測定精度の向上やFRETを用いたバイオセンサの測定精度を向上させる目的に使用することができる。その場合,用いるドナーとアクセプタの種類や数に合わせて,用いるフィルタや検出チャネルの数を変更するようにする。
【実施例2】
【0100】
本実施例の構成を図12に示す。ダイクロイックミラー32aを透過後の蛍光を4つのアクセプタ用チャネル(2次元センサカメラ19d,19e,19f,19g)で検出する構成以外は,実施例1と同等である。ドナー分光部35には,図10(A)で示した構成を用いたが,実施例1で示したそのほかの構成でも構わない。
【0101】
ダイクロイックミラー32aを透過したアクセプタの蛍光のうち,短波長の第1と第2アクセプタの蛍光成分はダイクロイクミラー32bで反射し,第3と第4のアクセプタの蛍光成分は透過する(4種のアクセプタを,蛍光波長が短い順に,第1,第2,第3,第4アクセプタとする。)。第1と第2のアクセプタ蛍光のうち,第1アクセプタの蛍光はダイクロイックミラー32cで反射し,第2アクセプタの蛍光は透過し,それぞれ補助フィルタ17d,17eを透過し,結像レンズ18d,18eによって,2次元センサカメラ19d,19e(高感度冷却2次元CCDカメラ)に結像される。一方,第3と第4のアクセプタ蛍光のうち,第3アクセプタの蛍光はダイクロイックミラー32dで反射し,第4アクセプタの蛍光は透過し,同様にそれぞれ2次元センサカメラ19f,19gに結像される。図13はダイクロイックミラー32b,32c,32dの波長特性を示す。上記ダイクロイックミラーは,ドナーとしてQdot605を,アクセプタとして,発光波長の短い蛍光体から順に,Alexa633,Alexa660,Alexa700,Alexa750を用いた場合に適している(図13のグレーのスペクトルは上記ドナーと4種アクセプタ蛍光体の発光スペクトルを示す。)。他のドナーとアクセプタを用いる場合は,それらの発光スペクトルに合わせた波長特性に変更することが望ましい。
【0102】
本実施例の構成を用いて,リアルタイムにドナーの波長シフトをモニターしたり,アクセプタ用チャネルへの漏れ込みを除いたりする方法は,実施例1に記載の方法を用いることができる。
【0103】
本実施例の効果は,実施例1で示したようなリアルタイムDNAシーケンシングに用いることができる他に,2つのアクセプタが同一の格子点で同時に発光するようなリアルタイム計測に用いることができることである。例えば,同じリボソームに2つのtRNAが同時に結合するような現象を検出することができる。この場合,リボソームにドナーを結合し,複数種のtRNAに異なるアクセプタを結合して,実施例1同様にリアルタイムFRET計測を行えば良い。
【0104】
本実施例では,アクセプタの蛍光シグナルを波長帯域によって4つに分けている。そのため,ドナーの漏れ込み蛍光シグナルは,主に2次元センサカメラ19dに入射するので,長波長帯域のシグナルを検出する2次元センサカメラ19e,19f,19gには殆ど影響しない。したがって,漏れ込みを除く作業を2次元センサカメラ19dの蛍光シグナルについて行うだけでよいので,解析作業を簡便にすることができる。
【実施例3】
【0105】
本実施例のドナー用検出チャネル周辺の構成を図14(A)〜(C)に示す。2つの光路に分けたドナーの蛍光シグナルを2つの検出チャネルで検出することを特徴とする。このような構成にすることで,分割された2つのドナー蛍光シグナルを1つの検出チャネルで検出するための光路切り替え素子(シャッターやミラー)を不要とする効果がある。シャッターを用いる場合のように,時間分解能を確保するために,露光時間を短くする必要がないので,ドナーの蛍光シグナルを高感度に検出できる効果がある。2つの検出チャネルで取得した蛍光シグナルをSq1(t)と Sq2(t)とすれば,実施例1の方法を用いて,リアルタイムにドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルを差し引き,アクセプタ蛍光シグナルの強度比から塩基配列を決定することができる。図14では,ドナー蛍光シグナルがダイクロイックミラー32aで反射した後の光路および検出チャネル周辺の構成を記入しているが,そのほかの構成は図1と同じである。
【0106】
図14(A)では,ダイクロイックミラー32aを反射したドナーの蛍光は,ドナー分光部35を構成するダイクロイックミラー501で2つの成分に分けられ,補助フィルタ502aまたは502bを透過して,結像レンズ503aまたは503bによって2次元センサカメラ504aまたは504b上に結像する。2次元センサカメラ504aと504bは,2次元センサカメラコントローラ505aと505bを介して制御PC21によって同期した蛍光像を取得する。ダイクロイックミラー501の波長特性は,実施例1で示したロングパスフィルタ36と同じ方法で設計する。すなわち実施例1と同様に,ドナーをQdot605,アクセプタをAlexa633,Alexa660,Alexa700,Alexa750とすれば,図3(C)で示す透過率特性のダイクロイックミラーを用いることができる。
【0107】
図14(B)は,ドナー分光部35にハーフミラー508,バンドパスフィルタ506a,506bを用いる以外は図14(A)と同様の構成を示している。バンドパスフィルタで透過させる波長帯域は,ロングパスフィルタ36同様,ドナーの波長シフトに対して,Sq1(t)と Sq2(t)の比が大きく変化するように設計される。バンドパスフィルタの代わりに,ロングパスフィルタ,ショートパスフィルタを用いることができる。ハーフミラー508は,ドナーの蛍光シグナルを全波長帯域で50%反射させ,50%透過させる。ハーフミラー508は,ダイクロイックミラーでも構わない。
【0108】
図14(C)は,ダイクロイックミラー501で分割したドナーの蛍光をミラー507a,507b,507cで光路を調節することで,結像レンズ503で結像された2つの像が重ならないように2次元センサカメラ504cで検出する構成を示している。2次元センサカメラは,2次元センサカメラコントローラ505cを介して制御PC21で他のアクセプタ用チャネルと同期して蛍光画像を取得する。蛍光画像は,図11(A)に示すように,分割された蛍光像が並んだ状態で取得される。
【実施例4】
【0109】
本実施例のドナー用検出チャネル周辺の構成を図15(A)に示す。図では,ドナー蛍光シグナルがダイクロイックミラー32aで反射した後の光路および検出チャネル周辺の構成を記入しているが,そのほかの構成は図1と同じである。
【0110】
ダイクロイックミラー32aを反射したドナーの蛍光は補助フィルタ602を透過した後,分散プリズム601で分散した後,結像レンズ603で結像されて2次元センサカメラ604で検出される。2次元センサカメラは,2次元センサカメラコントローラ605を介して制御PC21で他のアクセプタ用チャネルと同期して蛍光画像を取得する。蛍光画像は,図15(B)に示すように,波長分散方向に横長の蛍光輝点が並んだ状態で取得される。図15(C)は波長分散された蛍光輝点の画素強度パターンを示す。このパターンがドナーの蛍光スペクトルを与える。図15(B)のような格子状ではなく,ドナーが反応領域8a上にランダムに固定された場合,得られる蛍光スペクトルはピクセルと波長の対応関係が分らないため,絶対的な蛍光スペクトルを得ることができない。しかし,図15(B)のように格子状にドナーを並べることで,ピクセルと波長の対応関係を知ることができる。非波長方向に並んだ複数のドナーについて,画素強度パターンの画素番号と波長の対応一致する(ここで,波長分散方向と画素のX軸,非波長分散方向と画素のY軸が平行になるように蛍光画像が取得されていると仮定した)。非波長方向にならんだ複数のドナーの画素強度パターンから平均パターンを取得して,蛍光光度計等で予め取得したドナーの蛍光スペクトルをフィッティングさせれば,X方向の画素位置と波長の対応を知ることができる。すなわち,絶対的な蛍光スペクトルを取得することができる。したがって,各ドナー輝点の画素強度パターンから実施例1蛍光スペクトルI(λ,t)を,画素強度からダイクロイックミラー32aに入射するドナーの蛍光シグナルSq0(t)を算出することができる。I(λ,t)と Sq0(t)が求まると,実施例1の方法に従って,リアルタイムにドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルを差し引くことができるので,これにより得られるアクセプタのみの蛍光シグナルの強度比から塩基配列を決定することができる。
【0111】
上記以外に画素強度パターンの画素と波長の対応関係を求める方法として,ドナーを捕捉する領域8ijに金属構造体を用いる方法がある。金属構造体は,レーザ装置100のレーザ光の照射下で,レーザ光を散乱して輝点として検出できる。実施例1ではフィルタユニットでこの散乱光を除いたが,この散乱光を画素強度パターンの画素位置と波長の対応関係を求めるための波長基準とすることができる。
【0112】
図16は図1におけるフィルタユニット15の周辺図である。本実施例では,フィルタユニット15にフィルタコントローラ701を設ける。フィルタコントローラ701は,制御PC21によって,フィルタユニット15のフィルタ挿入動作を制御する。FRET測定前,フィルタコントローラ701により,フィルタユニット15内のレーザの散乱光を除くロングパスフィルタが外される。これにより,格子点状の金属構造体で散乱したレーザ光の散乱光が2次元センサカメラ604で輝点として観察される。この散乱光の波長成分はレーザ光の波長が圧倒的に強い,輝点のピークを示す画素位置がレーザの波長となる。例えば,実施例1同様にレーザ装置100に405nmで発信するレーザを用いたとすれば,散乱光の輝点ピークを示す画素位置は405nmに対応する。このように,金属構造体のレーザ散乱光を利用することで画素位置と波長の対応関係を知ることができる。FRET測定時は,上記散乱光がバックグランドとなる可能性があるため,フィルタコントローラ701により散乱光を除くロングパスフィルタを挿入する。
【0113】
本実施例における分散素子として,図15(A)では分散プリズム601を用いたが,グレーティングを用いても構わない。
【実施例5】
【0114】
本実施例では,ドナー分光部35を用いることなく,リアルタイムにドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルを差し引き,アクセプタ蛍光シグナルの強度比から塩基配列を決定する方法を示す。図17に示した本実施例の構成は,ドナー分光部35を用いない以外は図1と同じである。本実施例における,ドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込みシグナルは,2次元センサカメラ19a,19b,19cの蛍光シグナルを基に算出される。
【0115】
図18(A)〜(C)に,リアルタイムDNAシーケンシングを行ったときに得られる蛍光シグナルの時間変化の概念図を示す。実施例1と同様に,ドナーにQdot605,アクセプタにAlexa633,Alexa660,Alexa700,Alexa750を用いた。図18(A)は2次元センサカメラ19c の画素強度変化である。Qdot605は,140フレーム前後から連続的に短波長シフトするため,シグナルのベースラインが徐々に増加している。一方,ドナーの漏れ光が大きい2次元センサカメラ19aのシグナルは,短波長シフトの影響を強く受けるので,140フレーム以降で徐々に減少している。これは短波長シフトとともに2次元センサカメラ19aへのドナー漏れ光が小さくなっていくためである。2次元センサカメラ19bへのドナーの漏れ光は少ないので,蛍光シグナルへの影響は殆どない。図18(A)のドナーの蛍光シグナル変化において,シグナルが減少しているフレームでは,FRETが発生している。図18(B)および(C)において,これらFRETが発生しているフレームでは,蛍光シグナルにアクセプタとドナーの蛍光が混ざっている。一方,FRETが起こっていないフレームでは,漏れ込んだドナーのみの蛍光シグナルとなる。本実施例では,FRETが起こっていないフレームを用いて,アクセプタ用チャネルへのドナーの漏れ込み率を算出する。さらに,算出した漏れ込み率を基にFRETが起こっているときの漏れ込み率を予測することで,FRETが起こっているときのドナーの漏れ込み蛍光シグナルを求める。
【0116】
FRETが発生していないフレームは,ドナーの蛍光シグナル変化(図18(A))に閾値THDを設けて,THD以上の蛍光シグナルを示すフレームとして選別され得る。しかし,Qdotのようにシグナルが時間方向にばらつくドナーの場合,上記方法だけではFRETが発生していないフレームを精度良く検出することはできない。そこで,図19(A)に示すように,ドナーが漏れ込んでいるアクセプタ用の全チャネルの蛍光シグナルの合計(図18の場合,St+Srに相当する。Stは2次元センサカメラ19bで検出された蛍光シグナル,Srは2次元センサカメラ19aで検出された蛍光シグナルである。)とドナー用チャネル(2次元センサカメラ19c)の蛍光シグナルSqの比率((St+Sr)/ Sq)を指標とする。比率は,ドナーのシグナルばらつきに影響されないため,より精度よくFRET発生を検出することができる。
【0117】
比率(St+Sr)/ Sqに閾値THrを設けて,THr以下のフレームをFRETが発生してないフレームとする。ここでは,閾値を用いたが,FRETの発生が1フレーム以内に完了することを利用して,1段階で比率が大きく変化するフレームをFRETの発生開始・終了としても良い。例えば,比率(St+Sr)/ Sqをフレーム数(または時間)に関して微分した微分値が,FRETが開始したフレームでは突出した負の値,FRETが終了したフレームでは突出した正の値,となることからFRET発生フレームを判断してもよい。
【0118】
図19(B)(C)にSt/SqとSr/Sqの時間変化を示す。上記の方法により検出したFRET未発生フレームを黒いドット,FRET発生フレームをグレーの線にして,両者を区別した。FRET発生中のドナーのアクセプタ用チャネルへの漏れ込み率St/Sq,Sr/Sqを,FRET発生前後の漏れ込み率の平均として求めた。例えば,フレームf1〜f2でFRETが発生した場合,FRET発生時の漏れ込み率は,St(f1-1)/Sq(f1-1)とSt(f2+1)/Sq(f2+1)の平均値として求めることができる(ここでSk(k=t,r,q)はフレ-ム数fi(iは自然数)の関数)。したがって,フレームf3(f1<f3<f2)における,ドナーのアクセプタ用チャネル(二次元センサカメラ19b)への漏れ込み蛍光シグナルSqt(f3)は,
【0119】
【数9】

【0120】
となるので,2次元センサカメラ19bで検出されるフレームf3での,アクセプタのみの蛍光シグナルSt(f3)は,数9を代入して
【0121】
【数10】

【0122】
として求めることができる。
【0123】
図20は,以上の過程を記したフローチャートである。図では,FRET発生有無を閾値THrのみで行っているが,ドナーの蛍光シグナルの閾値THDと組み合わせても良い。図では,FEET発生時の漏れ込み率を,FRET発生前後2フレームの漏れ込み率の平均としたが,FRET発生前後2フレーム以上を用いて平均を算出しても良い。一般的には,算出に用いるフレーム数を増やしたほうが,ノイズの影響を抑えることができる。
【0124】
図21(A)(B)に,図20の方法を用いて,図18に示す2次元センサ19a,19b,19cで取得した蛍光シグナルの時間変化からFRET発生時のアクセプタのみの蛍光シグナルSr (fi), St (fi)を算出した結果を示す。さらに,図21(C)に,求めたSr (fi), St (fi)から算出した強度比の時間変化を示す。強度比は4つに分離された値を示す。これら4つの値を,図5(B)に示す強度比の参照値と比較して,蛍光体種(塩基種)を同定することができる。
【0125】
本実施例では,ドナー分光部を用いないため,装置を簡便にする効果がある。
【符号の説明】
【0126】
5…ミラー、7…プリズム、8…基板、8a…反応領域、8ij…DNAが捕捉される領域、9…フローチャンバ、10…廃液チューブ、11…廃液容器、12…試薬導入口、13…蛍光、14…対物レンズ、15…フィルタユニット、16…透過光観察用鏡筒、17…補助フィルタ、18,407…結像レンズ、19…2次元センサカメラ、20…2次元センサカメラコントローラ、21…制御PC、22…モニタ、23…TVカメラ、24…モニタ、25…分注ユニット、26…分注ノズル、27…試薬保管ユニット、28…チップボックス、29…自動ピント合わせ装置、30…位置決めマーカ、31…位置決めマーカ、32…ダイクロイックミラー、33…ミラー、34…シャッター、35…ドナー分光部、36…ロングパスフィルタ、37…バンドパスフィルタ、40…ダイクロイックミラー、100…レーザ、101…λ/4波長板、103,401,402,403…ミラー、408,604…2次元センサカメラ,501…ダイクロイックミラー,502…補助フィルタ,503…結像レンズ,504…2次元センサカメラ,505,605…2次元センサカメラコントローラ,506…バンドパスフィルタ,507…ミラー,508…ハーフミラー,601…分散プリズム,603…結増レンズ,604…2次元センサカメラ,701…フィルタコントローラ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の蛍光体を備えた第1の生体分子が捕捉される基板と、
前記基板に対し光を照射する光源と、
前記光源からの光照射により励起される前記第1の蛍光体のエネルギーが移動することにより励起される第2の蛍光体を備えた第2の生体分子を前記基板に導入する手段と、
前記第1の蛍光体の発光の極大波長を含む第1の波長範囲の光と、前記第1の波長範囲以外である第2の波長範囲の光とを分離する第1の分離部と、
前記第1の波長範囲の光を検出する第1の検出器と、
前記第2の波長範囲の光を検出する第2の検出器と、
少なくとも前記第1,2の検出器のいずれかを制御する制御部と、
前記第1の波長範囲の光の強度変化に基づいて、前記第2の検出器における前記第1の蛍光体の励起光の漏れ込み信号を測定し、前記第2の検出器で検出される光の信号を補正するデータ処理部とを有することを特徴とする蛍光検出装置。
【請求項2】
前記第1の分離部と前記第1の検出器との間に設けられ、前記第1の波長範囲の光のうち特定の波長範囲の光とそれ以外に分離する第2の分離部を有し、前記データ処理部は、前記第1の検出器で検出される異なる波長範囲の光信号の強度比の変化に基づいて、前記第2の検出器における前記第1の蛍光体の励起光の漏れ込み信号を測定し、前記第2の検出器で検出される光の信号の補正をすることを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項3】
前記第2の分離部は、前記制御部により挿入/非挿入状態の制御をされるフィルタ、ミラー又は光を遮るシャッタを備えることを特徴とする請求項2記載の蛍光検出装置。
【請求項4】
前記制御部は、前記第1の検出器の検出タイミングと、前記第2の分離部の前記フィルタ、ミラー又は光を遮るシャッタの制御タイミングとを同期させることを特徴とする請求項3記載の蛍光検出装置。
【請求項5】
前記第2の分離部は、50%透過率の波長が、前記第1の蛍光体の発光の極大波長付近であり,前記波長以上の前記第1の蛍光体の発光を反射または透過させるような特性を有し、前記制御部により、周期的に挿入/非挿入状態の制御がされるフィルタを有し、前記データ処理部は、前記フィルタが非挿入のときの第1の信号に対する前記フィルタが挿入のときの第2の信号の割合の変化に基づいて、前記第2の検出器における前記第1の蛍光体の励起光の漏れ込み信号を測定し、前記第2の検出器で検出される光の信号の補正をすることを特徴とする請求項2記載の蛍光検出装置。
【請求項6】
前記第1の検出器は、前記第2の分離部により分離された光をそれぞれ検出する複数の検出器であることを特徴とする請求項2記載の蛍光検出装置。
【請求項7】
前記第2の分離部と前記第1の検出器との間に、前記第2の分離部で分離され異なる光路を有する光が重ならないように第1の検出器に結像させるミラーを備えることを特徴とする請求項2記載の蛍光検出装置。
【請求項8】
前記第2の分離部は分散プリズム又はグレーティングであり、前記第2の分離部からの光を重ならないように第1の検出器に結像させる結像レンズを備えることを特徴とする請求項2記載の蛍光検出装置。
【請求項9】
前記第1の分離部と前記第2の検出器との間に設けられ、異なる波長帯域の光をそれぞれ異なる比率の蛍光強度に分離する第3の分離部とを有することを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項10】
前記第3の分離部は、透過率又は反射率が単調に上昇する特性を有する2色性ミラーであることを特徴とする請求項9記載の蛍光検出装置。
【請求項11】
前記第1の生体分子は一本鎖核酸であって、プライマーと前記第1の蛍光体が結合されたポリメラーゼとを備えており、前記第2の生体分子は、前記第2の蛍光体としてそれぞれ異なる蛍光体を備えたdNTPであること特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項12】
前記dNTPは、リン酸γ位が前記第2の蛍光体で修飾されていることを特徴とする請求項11記載の蛍光検出装置。
【請求項13】
前記第1の生体分子及び前記第2の生体分子は相補的な配列を有する一本鎖核酸であることを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項14】
前記第2の生体分子は異なる複数の生体分子であって、前記第2の蛍光体としてそれぞれ異なる発光極大波長を有する複数の蛍光体を備えており、前記第1の分離部と前記第2の検出器との間に、前記複数の蛍光体のそれぞれの発光極大波長の間を分離するフィルタを備え、前記第1の検出器として、フィルタにより分離された光を検出する複数の検出器を備えることを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項15】
前記第1の生体分子は2種類以上の基質と結合し得る酵素あり、前記第2の生体分子は複数種の前記酵素の基質ことを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項16】
前記データ処理部は、前記第2の検出器における前記第1の蛍光体の励起光の漏れ込み信号を、前記第1の蛍光体のエネルギーの前記第2の蛍光体への移転が起こっていない時間の検出信号に基づいて測定することを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項17】
前記基板は、第1の蛍光体を備えた複数の第1の生体分子が0.2マイクロメートル以上の間隔で捕捉されていることを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項18】
前記第1の生体分子の複数が、前記基板の上に格子状に並んでいることを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。

【図1】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図14】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図11】
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【図13】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−145344(P2012−145344A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1601(P2011−1601)
【出願日】平成23年1月7日(2011.1.7)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】