説明

蛍光標識を行うラベル化試薬、リガンドを表面にもつ基材の製造方法及びラベル化試薬を用いた測定方法

【課題】ラベル化を簡便にできるとともに、安定性の高いラベル化試薬の提供。
【解決手段】ラベル化部位が蛍光部位の蛍光発現を制御する過程において、蛍光部位の化学構造を変化させないようにすること。すなわち、発色団を含み蛍光を発現できる蛍光部位と、該蛍光部位に結合し、被標識化合物がもつレセプター構造に対して親和性が高いリガンド部位と、該蛍光部位に結合し、外部刺激による状態変化によって、該被標識化合物に結合でき且つ該蛍光部位の該発色団の化学構造を変化させずに蛍光発現を制御できるラベル化部位と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質などの被標識化合物の機能解析に好適に使用できるラベル化試薬、そのラベル化試薬を表面に結合させた基材の製造方法及びそのラベル化試薬を用いた測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、タンパク質の機能解析が重要な課題として行われている。タンパク質の機能を解析する上で、タンパク質の活性化部位の解析がその中心的役割を占めている。タンパク質の活性化部位を調べる手法の一つに、タンパク質(レセプター)の活性化部位に親和性の高いリガンド分子結合させ、相互作用を調べることが行われている(リガンド分子の探索)。また、その相互作用を調べるために、タンパク質の活性化部位を調べる手法の一つに、リガンド分子にラベル化部位を結合させた分子を用いるアフィニティーラベル化という手法がある。
【0003】
しかしながら、リガンドにラベル化部位を結合させただけであるラベル化試薬では、ラベル化されたタンパク質を検出することは困難であり、また、そもそも、ラベル化が成功したかどうかを判断することも困難であった。
【0004】
そこで望まれたのが、ラベル化試薬を更に、蛍光分子や放射性同位元素で標識する技術である。放射性同位元素で標識した場合では、ラベル化試薬中の元素を置き換えて合成すればよいため、試薬としては新たな分子を設計する必要はない。しかし、放射性を有するため、取り扱いに注意を有し、手軽に扱うことができないという問題点がある。
【0005】
蛍光分子を用いて標識した場合では、ラベル化試薬に新たに蛍光分子を組み込んだ分子設計をする必要があり、また、蛍光分子は一般に光に弱いため、分析中、蛍光強度が減少し分析を困難にするという問題がある。更に、ラベル化試薬自身の蛍光がバックグラウンドになって、分析を困難にするという問題があった。蛍光強度の減少は、ラベル化の中でも、タンパク質解析の手法の中で強力な威力を発揮する光ラベル化法(光照射によりラベル化部位を被標識化合物としてのタンパク質に結合させる方法)に蛍光分子を組み合わせた場合、速やかに蛍光が消失してしまうという問題があった。
【0006】
一方で、糖鎖をリガンド分子として認識するタンパクは、生命科学、医療の分野で非常に需要が高く付加価値があるが、それを簡便に分析する手法はまだ存在しない。特に、糖鎖部分の種類を変更してラベル化分子を構築するという一般的手法はない。
【0007】
従来技術としては、ナフタレン骨格にアジド基を直接結合させて導入したラベル化部位をもち、さらに糖を持っている化合物(下記化学構造式参照)が報告されている(非特許文献1)。この化合物は、化合物自身の蛍光は弱い上に、タンパク質へのラベル化により蛍光性を示すものである。
【0008】
【化1】

【非特許文献1】Koji Murano; Hisao Kamiya, Developmental and Comparative Immunology, Vol.16, pp.1-8, 1992
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献1に記載の化合物には、ラベル化により産出される蛍光性化合物並びにその蛍光が不安定であり、実用性に乏しいという問題があった。
【0010】
本発明は上記実情に鑑みなされたものであり、ラベル化を簡便に行うことができるとともに、ラベル化の進行と共に蛍光発現を制御でき、安定性の高いラベル化試薬を提供することを解決すべき課題とする。また、そのラベル化剤を用い、そのラベル化剤が有するリガンドを基材表面に結合する新規方法を提供する。更に、そのラベル化剤を用いた新規ラベル化方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する目的で本発明者らは鋭意検討を行った結果、化合物(3)が不安定な理由として、アジド基の状態変化により、ナフタレン骨格が変化することが原因であることを見いだした。
【0012】
すなわち、発色団としてのナフタレン骨格にアジド基を直接導入したため、ラベル化の進行によりナフタレン骨格の環拡大が生起した。その結果、発色団であるナフタレン骨格の構造が大きく変化し産出される蛍光性化合物並びにその蛍光は不安定となることがわかった。また、本質的にナフタレン骨格より誘導される非特許文献1に記載の化合物から生じる蛍光が不安定であったこともわかった。
【0013】
つまり、ラベル化部位が蛍光部位の蛍光発現を制御する過程において、蛍光部位の化学構造を変化させないようにすることで安定性の高い蛍光を発現させることができることを見いだした。更に、必要に応じて、蛍光部位として安定性の高いものを選択することで上記問題を解決できることを見いだした。
【0014】
(A−1)以上の知見に基づき完成した本発明のラベル化試薬は、発色団を含み蛍光を発現できる蛍光部位と、
該蛍光部位に結合し、被標識化合物がもつレセプター構造に対して親和性が高いリガンド部位と、
該蛍光部位に結合し、外部刺激による状態変化によって、該被標識化合物に結合でき且つ該蛍光部位の該発色団の化学構造を変化させずに蛍光発現を制御できるラベル化部位と、を有することを特徴とする。
【0015】
つまり、ラベル化部位には蛍光部位の蛍光発現性を制御する作用も付与しているが、蛍光部位の蛍光発現性を制御するに際し、蛍光部位の発色団の化学構造を変化させることなく蛍光発現を制御できる構造のものを採用することで、蛍光の安定性が向上している。
【0016】
なお、「発色団の化学構造を変化させない」とは発色団を構成する原子間の化学結合について、化学結合する原子の組み合わせが変化しないことを意味する。従って、基底状態−励起状態といった結合の相手方が変化しない電子状態の変化は含まない概念である。
【0017】
なお、前記リガンド部位の化学構造の一部ないし全部は、前記ラベル化部位の化学構造の一部ないし全部と重なる部分をもつものも採用できる。つまり、リガンド部位及びラベル化部位としては必ずしも別個の化学構造(原子団)とすることは必須ではなく、一部ないし全部が共通の構造から成り立ち且つ共有することもある。例えば、リガンド部位としての作用をもつ化学構造に後述するラベル化部位として採用できる構造を導入した構造が挙げられる。この場合にはリガンド部位及びラベル化部位が蛍光部位に対して、共通する一か所で化学結合する形態もとりうる。
【0018】
具体的に、好ましい構造をもつ本発明のラベル化試薬としては、下記一般式(1)にて表される化学構造をもつことを特徴とする。ここで、−A1−X及び−A2−Yは、1,3−ベンゾジオキソール骨格の4位〜7位のうちの任意のいずれか2つに結合されることを意味する。
【0019】
【化2】

【0020】
(一般式(1)中、−A1−Xは被標識化合物がもつレセプター構造に対して親和性が高いリガンド部位であり、;−A2−Yは外部刺激による状態変化によって、該被標識化合物に結合でき且つ−N=N−、−N=N=N、−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2及び−C(CH3)=CH2から選択される1以上の官能基を含む化学構造をもつラベル化部位であり;A1は炭素原子又は窒素原子を介してXを芳香環に結合する構造をもち;A2は炭素原子又は窒素原子を介してYを芳香環に結合する構造をもち;R1及びR2は独立して選択可能であり、水素、炭素数1〜4までのアルキル基、フェニル基及びナフチル基から選択される)。
【0021】
また、前記一般式(1)中のA1及びA2はそれぞれ独立して選択可能であり、−CO−、−NH−、−CONH−又は−NHCO−を含む化学構造が採用可能である。なお、前記一般式(1)の構造を特定して本発明ラベル化試薬に含まれる化学構造を決定するに当たり、A2及びYを厳密に区別する利益はあまりない。つまり、A2の部分は、外部刺激によって状態変化する部位であるラベル化部位における主要な原子団であるYの状態変化が蛍光部位の発色団の化学構造に影響を与えないようにするスペーサ的な作用を有する部位である。従って、A2にスペーサ的な作用を発揮できる最小限の構造が含まれる限り、他の部分(外部刺激による状態変化に直接関与する部位ではない部分)は、A2であってもYであってもいずれの構造中に含ませてもよい。つまり、Yの部位には外部刺激によって生起する状態変化に直接関与しない構造を含むこともある。また、A1とXとの間についても同様の理由により、厳密に区別されるものではない。
【0022】
特に、前記一般式(1)で表される化合物は下記一般式(2)で表される化合物が採用できる。
【0023】
【化3】

【0024】
一般式(1)及び(2)で表される化合物は、発色団としての1,3−ベンゾジオキソール骨格を有する化合物である。リガンド部位は、A1により1,3−ベンゾジオキソール骨格との間の距離を確保し且つ直接結合を回避でき、リガンド部位本来の物性(レセプター部位との親和性など)の変化を抑制できる。同様に、ラベル化部位は、A2により1,3−ベンゾジオキソール骨格との間の距離を確保し且つ直接結合を回避でき、ラベル化部位の状態変化により発色団への直接的な影響を抑制できる。
【0025】
(A−2)ここで、具体的に、前記ラベル化部位としては、−N=N−、−N=N=N、−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2及び−C(CH3)=CH2から選択される1以上の官能基を含み、炭素原子又は窒素原子を少なくとも1つ介して前記発色団に結合する化学構造をもつことが望ましい。そして、前記ラベル化部位として、−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2又は−C(CH3)=CH2を採用する場合には、前記発色団に直接結合させることができる。
【0026】
これらの官能基は、回転、振動エネルギーなどの蛍光以外のエネルギーとして、蛍光部位に吸収されたエネルギーを放出することで蛍光の発現を抑制するものであると推察できる。
【0027】
前記ラベル化部位としては、特に、
【0028】
【化4】

【0029】
(R3はアルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、ヒドロキシル基、ニトロ基、ハロゲン、フェニル基及びナフチル基から選択される官能基。更に、R3として導入される官能基の数は2以上であっても良く、それぞれ独立した構造をもっても良い。)、又は−C(CH3)=CH2であることがこれらラベル化部位の構造を導入できる試薬の入手性の観点から望ましい。
【0030】
前記ラベル化部位としては光反応性基をもち、その光反応性基の変化により前記状態変化が生起することが望ましい。光反応は制御性・簡便性に優れる。つまり、外部刺激としての光を加えるタイミングを容易に制御可能である。また、リガンド分子がレセプター分子に結合している状態で外部刺激としての光を加えることにより、リガンド部位がレセプター分子に結合していない状態においての非特異的なラベル化を減少させることができる。
【0031】
(A−3) ここで、前記リガンド部位は糖又は糖鎖をその構造中に有することが望ましい。糖又は糖鎖は生体内で重要な役割を担っており、糖及び糖鎖との相互作用を調べることは非常に重要だからである。また、これらの糖及び糖鎖は、一般式(1)などで表される化合物のように、蛍光部位の発色団と直接結合させない構造を採用することで、糖及び糖鎖本来の性質を発現させることができる。
【0032】
(B)上記課題を解決する本発明のリガンドを表面にもつ基材の製造方法は、前記リガンド部位に所望の化学構造をもつ請求項1〜10のいずれかに記載のラベル化試薬を調製する工程と、
前記ラベル化部位との間で反応・結合できる結合用官能基を表面にもつ基材と、前記ラベル化試薬とを混合する工程と、
前記外部刺激を付与し、前記ラベル化試薬の前記ラベル化部位を前記被標識化合物に代えて前記基材表面の前記結合用官能基と結合させる工程と、を有することを特徴とする。
【0033】
つまり、リガンド部位をガラスビーズなどで代表される基材の表面に結合させる場合に、 (i)リガンド部位を基材に結合させる工程、(ii)基材表面にリガンド部位が存在することを確認する工程、の少なくとも2つの工程を行う必要があった。また、基材表面にリガンド部位が存在することが明らかになっても、リガンド部位が基材表面に化学結合など必要な結合状態で存在しているかどうかについては確認が非常に煩雑であった。
【0034】
本発明方法では、前述のラベル化試薬の欄(A)にて説明したように、ラベル化部位の状態変化によって蛍光部位の蛍光発現を制御可能なことから、蛍光部位由来の蛍光発現を確認することで、リガンド部位が現実に基材表面に結合していることが確認できる。
【0035】
(C)上記課題を解決する本発明のラベル化試薬を用いた測定方法は、前述の(A)欄で説明したラベル化試薬のいずれかを前記被標識化合物を含む試験試料に添加する工程と、
前記外部刺激を加える工程と、
発現する蛍光強度の変化を測定することで前記レセプター構造の存在及び/又は量を検出する工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0036】
(A)本発明のラベル化試薬は、前記化学構造を有することから、被標識化合物に対してのラベル化が進行した際に安定して蛍光が発現する。従って、タンパク質、核酸などの被標識化合物に対して有用性の高いマーカーとして用いることができる。
【0037】
特に1,3−ベンゾジオキソール骨格といった光に対して安定な蛍光を発する蛍光骨格を発見したことから、更なる蛍光の安定性を獲得できた(請求項3)。
【0038】
また、ラベル化部位に好適に用いることができる官能基のうち、アジド基などの発色団に影響を与える官能基を直接、蛍光部位の発色団に結合しないことで、ラベル化の進行によって蛍光が発現することは阻害せずに、蛍光の安定性が低下することが抑制できた(請求項6)。
【0039】
さらに本発明のラベル化試薬において、リガンド部位を変更しても蛍光発現の本質的機構に影響を与えることが少ないので、種々の構造をもつリガンド部位を採用することが容易にできるという付随的な効果を発揮できる。同様に、ラベル化部位についても、他の部位との関係が比較的少ない(特にリガンド部位との関係は少なくすることが容易である)ので、他のラベル化部位(すなわち、ラベル化方法)を選択することができる。
【0040】
(B)本発明のリガンドを表面にもつ基材の製造方法は、簡便に基材表面にリガンド部位を導入することが可能であり、リガンド部位がもつレセプターとの親和性を利用した検査を簡便に行うことができる。
【0041】
(C)本発明のラベル化試薬を用いた測定方法は、(A)にて説明したように、被標識化合物に対するラベル化が容易に確認できる結果、タンパク質の機能解析を容易に行うことができるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
(A)ラベル化試薬
本発明のラベル化試薬は蛍光部位とリガンド部位とラベル化部位とを分子構造中に有する化合物である。リガンド部位及びラベル化部位はそれぞれ蛍光部位に結合している。本発明のラベル化試薬は自身が有するリガンド部位と被標識化合物との親和性を評価するために主に用いる試薬である。被標識化合物にはリガンド部位との親和性をもつレセプター構造をもつ。被標識化合物としては特に限定しないが、例えば、タンパク質、核酸、その他生体分子などが例示できる。
【0043】
(i) 蛍光部位は発色団を含み蛍光を発現できる化学構造をもつ。発色団としては一般的な定義が採用でき、例えば、>C=C<、>C=O、−N=N−、−N=O、ベンゼン環などが共役した原子団であり、1,3−ベンゾジオキソール骨格、ナフタレン骨格、アントラセン骨格、アクリジン骨格、クマリン骨格、アントラキノン骨格、キノリン骨格、クリセン骨格、コロネン骨格、スチルベン骨格、ピセン骨格、フェナントレン骨格、プテリジン骨格、イソアロキサジン骨格、フラボン骨格、フルオレン骨格、ペリレン骨格、ペロピレン骨格、ベンゾアントロン骨格、ポルフィリン骨格、ナフタセン骨格などからなる又は含む、蛍光を発する化合物における発色団が採用できる。これらの発色団単独で蛍光を発現できる場合には単独で用いることもできるし、適正な助色団(アミノ基、ハロゲン、OH基など)とともに蛍光部位を構成することもできる。
【0044】
ここで、蛍光部位としては1,3−ベンゾジオキソール骨格が好ましいものとして例示できる。1,3−ベンゾジオキソール骨格を有する蛍光物質(蛍光部位)は非常に安定して蛍光性を発現できる。例えば、従来、汎用されているフルオロセイン骨格を用いた本発明ラベル化試薬の蛍光強度が20分の1以下になる光照射条件下においても、1,3−ベンゾジオキソール骨格を用いた本発明ラベル化試薬では蛍光強度の強度変化が2%未満であるなど、外部からの光に対してほとんど変化しない特性を有しており非常に安定した蛍光を発現する。ここで、1,3−ベンゾジオキソール骨格の2位に(直鎖状、分枝状の)アルキル基、アルケニル基、フェニル基、ナフチル基が1又は2つ結合させることができる。そして、本発明ラベル化試薬として採用する場合には、4位〜7位のうちのいずれか2つを介してリガンド部位及びラベル化部位を結合することができる。また、4位〜7位のうちのいずれか1つを介してリガンド部位及びラベル化部位を結合することもできる。そして、リガンド部位は4位に結合させることが好ましい。リガンド部位を4位に結合した場合には、5位(オルト位)又は6位(パラ位)にラベル化部位を結合させることが好ましい。
【0045】
(ii) リガンド部位は被標識化合物がもつレセプター構造に対して親和性が高い化学構造をもつ。リガンド部位の化学構造は被標識化合物がもつレセプター構造に応じて適正な構造が選択されるか、又は、何らかの目的を持って対応する被標識化合物を探索するために任意の構造が選択される。
【0046】
具体的なリガンド部位の化学構造としては、糖、糖鎖、ポリヌクレオチド及びヌクレオシドなどの核酸、ポリペプチド、糖又は糖鎖で修飾されたポリペプチド、その他、レセプター構造に対応する構造、又は対応するレセプター構造を探索するために選択された構造など、どのような化学構造(有機、無機並びに有機及び無機のハイブリッドなども含む)であっても採用することができる。
【0047】
リガンド部位は蛍光部位と結合されているが、リガンド部位と蛍光部位との結合はリガンド部位のレセプター構造に親和性をもつ部位の電子状態及び立体構造に大きな影響を与えないように結合することが望ましい。具体的には、リガンド部位のレセプター構造に親和性をもつ部位と蛍光部位との間に何らかなスペーサ的な構造を介することが望ましい。つまり、リガンド部位としては、リガンド部位のレセプター構造に親和性をもつ部位が炭素原子又は窒素原子などを1以上介して結合されることが望ましい。例えば、リガンド部位のレセプター構造に親和性をもつ部位(糖鎖など)を、−CO−、−NH−、−CONH−又は−NHCO−を介して蛍光部位に結合させることが挙げられる。その他、エステル結合、ウレタン結合なども採用できる。これらの結合を実現するための具体的な方法としては特に限定されない。
【0048】
(iii) ラベル化部位は、外部刺激による状態変化によって、被標識化合物に結合でき且つ蛍光部位の該発色団の化学構造を変化させずに蛍光発現を制御できる化学構造をもつ。ここで「外部刺激による状態変化」とは、光照射、加熱、放射線照射、何らかの化合物の投与(本発明のラベル化試薬自身を被標識化合物を含む系に投与することも含む)、機械的操作などによってラベル化部位の化学構造の一部ないし全部に惹起される、化学結合状態の変化並びに電子状態の変化などが挙げられる。この状態変化によりラベル化部位は被標識化合物との間で結合を生じる。特に光照射による光反応を採用すること(すなわちラベル化部位が状態変化する機構を実現するために光反応性基を採用すること)が操作の簡便性、反応の特異性などの観点から好ましい。
【0049】
状態変化により蛍光部位の蛍光発現を制御する機構としては特に限定しないが、具体的には、状態変化前後において、蛍光発現のためのエネルギーを振動、回転エネルギーなどの熱エネルギーとして放出する量を変化することで蛍光発現の量を制御したり、蛍光波長をシフトさせたりすることで、蛍光の質(波長)を制御することで行う。
【0050】
例えば、ラベル化部位は、−N=N−、−N=N=N、−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2及び−C(CH3)=CH2から選択される1以上の官能基を含むような化学構造をもつものが例示できる。これらの官能基が存在する位置は特に限定しない。例えば、6つ程度の炭素元素を介してこれら官能基(たとえばアジド基)を蛍光団に結合させた場合であっても蛍光発現を抑制でき、更にアジド基の状態変化によって蛍光が発現した。
【0051】
これら例示した官能基のうち、−N=N−、−N=N=Nは、蛍光を安定して発現させるために、炭素原子又は窒素原子を少なくとも1つ介して蛍光部位の発色団に結合させることが望ましい。ここで、発色団との間に介在させられる構造としては、−CO−、−NH−、−CONH−又は−NHCO−並びにこれら構造を含む構造が例示できる。望ましくは−COPh−や−CO−アルキル鎖(分枝構造を含む)−の構造である。反対に、前述の官能基のうち、−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2又は−C(CH3)=CH2は、発色団に直接結合させても蛍光発現の安定性には大きな影響を与えない。
【0052】
具体的なラベル化部位の構造としては、
【0053】
【化5】

【0054】
(R3はアルキル基、アルケニル基、アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基など)、ヒドロキシル基、ニトロ基、ハロゲン(F、Cl、Brなど)、フェニル基及びナフチル基から選択される官能基。更に、R3として導入される官能基の数は2以上であっても良く、それぞれ独立した構造をもっても良い。)、又は−C(CH3)=CH2が好ましいものとして例示できる。
【0055】
(iv) リガンド部位とラベル化部位とはそれぞれの分子構造中の一部ないし全部が共通する化学構造をもつこともできる。例えば、1つの原子団がリガンド部位及びラベル化部位の双方の作用を発揮できる化学構造を採用する場合が挙げられる。また、独立したリガンド部位及びラベル化部位を何らかの橋かけ構造を介して蛍光部位に結合する場合が挙げられる。
【0056】
上述したようなラベル化部位を蛍光部位に結合させるための具体的な方法としては特に限定されない。
【0057】
(v) 蛍光部位、リガンド部位及びラベル化部位の間での好ましい関係(組み合わせ、相対位置など)について
前述の一般式(1)にて表される化学構造をもつラベル化試薬が好ましいとして例示できる。ここで、蛍光部位の発色団は1,3−ベンゾジオキソール骨格である。特に、R1をメチルとし、R2を水素原子、メチル基、又は分岐鎖アルキル(iso−プロピル基、iso−、sec−、tert−ブチル基など)、フェニル基又はナフチル基とすることが望ましい。
【0058】
そして、リガンド部位としての−A1−Xは4位〜7位のうちのいずれにでも結合させることができる。特に、4位に結合させることが好ましい。また、ラベル化部位としての−A2−Yについても4位〜7位のうちのいずれにでも結合させることができる。リガンド部位を4位に結合した場合には、5位(オルト位)又は6位(パラ位)に結合させることが好ましい。
【0059】
特に一般式(2)で示す構造が好ましい。一般式(2)では、リガンド部位としての−CONH−Xを4位に結合している。リガンド部位中のレセプター構造と特に親和性を発揮する原子団であるXを蛍光部位に結合させる目的で−CONH−構造を採用したことで、−X部分を蛍光部位に結合することが容易になる。結合の容易さの観点からはエステル結合などを採用しても同様であると考えられる。
【0060】
また、−CONH−Xを4位に結合させると、リガンド部位中の−NH−部分の水素が、1,3−ベンゾジオキソール骨格中の酸素原子であって空間上で隣接する部位に位置するものとの間で水素結合を生じる。そのために、−CONH−(ペプチド結合)が被標識化合物(特にタンパク質)との間で生じる非特異的な相互作用の発現を抑制できる。更に、蛍光発現の安定化に寄与できる。
【0061】
−CONH−Xを4位に結合した場合には、ラベル化部位としての−NH−Yを採用し、5位に結合することがより好ましい。−NH−Yを5位に結合させることで、−NH−Y中のNH部分の水素が隣接するリガンド部位中のCO部分の酸素との間で水素結合を生じ安定化に寄与する。更に、ラベル化部位としての−NH−Yは6位に結合することも同様に好ましい。
【0062】
−CONH−X及び−NH−Yを1,3−ベンゾジオキソール骨格に結合させた場合〔一般式(2)〕の分子内での水素結合の様子を推測したものを以下に示す。
【0063】
【化6】

【0064】
また、下記一般式(2a)に示すように、1,3−ベンゾジオキソール骨格に直接、リガンド部位及びラベル化部位の本質的部位(リガンド部位においては、レセプター構造と親和性をもつ本質的な部分であり糖及び糖鎖など;ラベル化部位においては外部刺激による状態変化が生起する部位であり−CH=CH2、−NCS、−NCO、−NO2又は−C(CH3)=CH2など蛍光部位の発色団に直接係合させることが可能なもの)を結合させた構造も例示できる。ここで、便宜的にX’及びY’と記載したが、本質的に前述のX及びYと同様の構造である。
【0065】
ここで、X’及びY’は、1,3−ベンゾジオキソール骨格の4位〜7位のうちのいずれか2つに結合される。リガンド部位としてのX’又は−A1−Xは4位〜7位のうちのいずれにでも結合させることができる。特に、4位に結合させることが好ましい。また、ラベル化部位としてのY’又は−A2−Yについても4位〜7位のうちのいずれにでも結合させることができる。リガンド部位を4位に結合した場合には、5位(オルト位)又は6位(パラ位)に結合させることが好ましい。
【0066】
【化7】

【0067】
(一般式(2a)中、X及びX’は被標識化合物がもつレセプター構造に対して親和性が高いリガンド部位であり、;Y及びY’は外部刺激による状態変化によって、該被標識化合物に結合でき且つ1,3−ベンゾジオキソール骨格からの蛍光発現を制御できる化学構造をもつラベル化部位であり;A1は炭素原子又は窒素原子を介してXを芳香環に結合する構造をもち;A2は炭素原子又は窒素原子を介してYを芳香環に結合する構造をもち;R1及びR2は独立して選択可能であり、水素、炭素数1〜4までのアルキル基、フェニル基及びナフチル基から選択される)。
【0068】
(B) リガンドを表面にもつ基材の製造方法
ここで、リガンドは基材表面に化学結合により固定・導入されている。リガンドを基材表面に導入するために、(A)にて説明した本発明のラベル化試薬(以下、「本発明ラベル化試薬」と称する)を用いる。
【0069】
基材は表面に結合性官能基を有すること以外は特に限定しない。結合性官能基は本発明ラベル化試薬中のラベル化部位と反応・結合できる性質をもつ。従って、結合性官能基はラベル化部位の化学構造によって適正な構造を選択する。例えば、アミノ基、OH基、カルボキシ基、カルボニル基、ビニル基、エポキシ基、エステル、エーテルなどが例示できる。基材としてはシリカゲルなどのセラミックス・無機ガラス、ポリスチレンなどの高分子化合物などが例示できる。基材の形態としては目的とする用途に応じて決定され、粒子状、粉末状、板状、多孔質状などが例示できる。基材の表面とは多孔質などのように細孔を有する場合における孔の内部も含む概念である。
【0070】
(i) ラベル化試薬を調製する工程
本工程はリガンド部位に所望の化学構造をもつ本発明ラベル化試薬を調製する工程である。リガンド部位に所望の化学構造をもつ本発明ラベル化試薬を得る方法は、リガンド部位の化学構造に応じて変化するので、ここですべてを具体的に記載することはしない。
【0071】
(ii) 基材と本発明ラベル化試薬とを混合する工程
本工程は基材と本発明ラベル化試薬とを適正な媒体中にて混合する工程である。
【0072】
(iii) 本発明ラベル化試薬を基材表面に結合させる工程
本工程は、外部刺激を付与し、本発明ラベル化試薬のラベル化部位を前述した被標識化合物に代えて基材表面の結合用官能基と結合させる工程である。ラベル化部位を基材表面の結合性官能基に結合させるためには被標識化合物が存在しない条件下で、(ii)にて調製した混合物に外部刺激を加えればよい。外部刺激としては前述のものが採用できる。例えば、光照射、加熱、混合などである。
【0073】
本発明ラベル化試薬はラベル化部位の状態変化(基材表面の結合性官能基との間での結合の生起)により、蛍光部位の蛍光発現性に影響を与えるので、本発明ラベル化試薬(すなわち、リガンド部位)が基材表面に結合したことが蛍光発現の変化により容易に判断できる。
【0074】
(C) 本発明ラベル化試薬を用いた測定方法
本測定方法は本発明ラベル化試薬を被標識化合物を含む試験試料に添加する工程と、外部刺激を加える工程と、蛍光強度を測定する工程とを有する。試験試料は適正な系(溶液状など)に調製した後、本発明ラベル化試薬を添加する。リガンド部位との間で相互作用を発揮する被標識化合物を含む試験試料の場合、本発明ラベル化試薬と被標識化合物との間で相互作用が生じて結合(水素結合、疎水結合、イオン的な結合など種類は問わない)が生じる。その後、外部刺激を与えることで、本発明ラベル化試薬のラベル化部位が状態変化を生じて被標識化合物との間で化学結合を生じる。外部刺激を加える前には被標識化合物と相互作用を生起しなかった本発明ラベル化試薬を除去することが望ましい。
【0075】
ラベル化部位の状態変化が生じた結果、蛍光部位の蛍光発現性が変化するので、蛍光強度を測定することで、ラベル化部位に生じた状態変化の量が判断できる。ラベル化部位の状態変化の量からラベル化部位が被標識化合物と結合した量、リガンド部位と被標識化合物との間に生じた相互作用の量が判断できる。
【実施例1】
【0076】
・ラクトース含有光ラベル化試薬の調製とその化合物を用いたタンパク質のラベル化及びラベル化されたタンパク質の検出
(1)2,2−ジメチル−1,3−ベンゾジオキソール−4−カルボン酸(以下「DMBカルボン酸」と称する)の合成
窒素気流下、3−メチルカテコール25gをアセトン300mLに溶解し、トリメチルシリルクロリド150mLを加えた後、60℃で8時間攪拌した。室温に戻した後、NaHCO3で中和を行い、ヘキサンで抽出、水で3回洗浄し、硫酸マグネシウム乾燥を行った。ろ過、濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=10:1)で精製を行い、アセタール体を得た(収量28.1g、収率85%)。
【0077】
アセタール体28gをピリジン:水=1:1溶液400mLに溶解した後、81gの過マンガン酸カリウムを少量ずつ添加し、75〜80℃で20時間反応させた。反応終了後、生成した二酸化マンガンをろ過により取り除き、濃縮後、水で3回共沸した。残渣を水に溶解後、1Nの塩酸を用いてpH=4に調整した。生成した沈殿物をろ過により集めた。得られた沈殿物をアセトン−水で再結晶を行い、DMBカルボン酸を得た(16.5g、収率50%)。
【0078】
(2)オルトニトロDMBカルボン酸の合成
窒素雰囲気下、DMBカルボン酸5gをアセトニトリル100mLに溶解した。その後、0℃でニトロ化試薬NO2BF4(0.5Mスルホラン溶液)を加えた。90分後、反応溶液に100mLの水を加え、クロロホルムで抽出後、飽和食塩水で3回洗浄した。硫酸マグネシウムで乾燥後、ろ過を行い、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール:酢酸=100:2:3)で精製し、オルトニトロカルボン酸(2.9g、収率48%)およびメタニトロカルボン酸(1.4g、収率23%)を得た。
【0079】
(3)ラクトース含有ラベル化試薬の合成
2,3,6,2’,3’,4’,6’−ヘプタ−O−アセチルアジドラクトシド(322mg)をメタノールに溶解し、Pd(OH)2/Cを用いて2時間、水素添加を行った。ろ過後、濃縮を行い、残渣をDMF2mLに溶解し、オルトニトロカルボン酸(118mg)、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)−カルボジイミド塩酸塩(EDC)(112mg)、HOBt(90mg)、トリエチルアミン(340μl)のDMF溶液3mLを滴下し、室温で8時間攪拌した。反応溶液を酢酸エチルで薄め、飽和食塩水と水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥した。ろ過後、濃縮、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=1:1)で精製し、アセチルラクトースDMB−5−ニトロ体(298mg、71%)を得た。
【0080】
アセチルラクトースDMB−5−ニトロ体56mgをメタノール中で水素添加を行い、アセチルラクトースDMB−5−アミノ体を得た。得られたアミノ体をDMF(0.3mL)に溶解し、4−アジド安息香酸52mg、O−(7−アザベンゾトリアゾール−1−イル)−1,1,3,3−テトラメチルウロニウムフェキサフルオロホスフェート(HATU)74mg、ジイソプロピルアミン37μLを加え、0℃で一晩攪拌した。反応溶液を酢酸エチルで薄め、0.5N塩酸、飽和重曹水、飽和食塩水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥した。ろ過後、濃縮、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=1:1)で精製しアセチルラクトースDMBフェニルアジドを得た(37.5mg、収率62%)。
【0081】
アセチルラクトースDMBフェニルアジド32.5mgとナトリウムメトキシド5mgをメタノールに溶解し2時間攪拌した。反応溶液を陰イオン交換樹脂(アンバーリスト15E)で中和後、ろ過、濃縮を行い、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロルム:メタノール=5:1)で精製し、ラクトース含有ラベル化試薬(ラクトースDMB−5−フェニルアジド:下記化学式(3))を得た(収量24mg、収率99%)。得られた化合物はNMR、MSにより構造を確認した。
【0082】
【化8】

【0083】
(4)ラクトース含有光ラベル化試薬の機能確認
得られたラクトース含有ラベル化試薬を0.1mMの濃度でPBSバッファーに溶解し、ジエチルアミンを添加して外部刺激としての光照射を行ったところ、経時的に蛍光強度の増大が観察された(図1)。これはラクトース含有ラベル化試薬中のアジド基(フェニルアジド基)がジエチルアミンと反応することで、抑制されていた1,3−ベンゾジオキソール骨格の蛍光が発現したことを示す。すなわち、蛍光部分の蛍光を消光させていたアジド基が外部刺激としての光照射により生起される反応により状態変化したことにより、蛍光部分本来の蛍光が観察されるようになったのである。なお、フェニルアジド基はジエチルアミンと反応することで環部分(フェニル部分)の構造も変化しているが、1,3−ベンゾジオキソール骨格にまでは影響を与えていない。
【0084】
このことより、本ラベル化試薬が、光ラベル化に使用できること及びそれに伴い、蛍光が発生するようになることを確認した。次に、リガンド部位としての糖部分の能力について調べた。FITCラベル化されたラクトースと結合するピーナッツレクチン(PNA)との結合において、結合定数Ka=1.0×103-1であり、比較対象であるアジドラクトシド(Ka=3.8×103)とほぼ同等の結合力を示した。一方で、本ラベル化試薬のラクトースと結合しないWGAレクチンに対する結合力は、Ka<102-1であり、アジドラクトシド(Ka<102-1)と同じく、ラクトースを認識しないレクチンに対して結合しないことを確認した。
【0085】
(5)ラクトース認識レクチンPNAに対するラクトース含有光ラベル化試薬を用いた光ラベル化
(A)過剰ラクトースを加えたことによる結合阻害試験
Mn2+とCa2+とを含む100μLのPBSバッファー溶液にPNA(2.5mg/mL)、ラクトース含有ラベル化試薬(1mM)を加え30分インキュベートした。その後、320nm以下の光をフィルターにより取り除いた光源を用いて、0℃で5時間光照射を行った。その後、反応溶液にアセトンを加え、レクチンを沈殿させた。沈殿をPBSバッファーに溶解させた後、SDS−PAGEで分析を行った。
【0086】
別サンプルとして、Mn2+とCa2+を含む100μLのPBSバッファー溶液にPNA(2.5mg/mL)、ラクトース含有ラベル化試薬(1mM)、さらに、ラクトースを30mg加え、上記と同じ処理を行い、SDS−PAGEで分析した。
【0087】
SDS−PAGEの結果は、CBB染色および、本ラクトース含有ラベル化試薬の蛍光標識部位による蛍光検出により解析した(図2)。その結果、CBBで観察されたタンパク質のバンドと同位置に、蛍光バンドが観察された。これにより、PNAレクチンを光ラベル化できたことが明らかとなった。また、過剰のラクトースを存在させた系においては、蛍光バンドがほとんど観察されなかったことから、このラベル化は、タンパク質の糖認識部位近方おいて特異的に起きていることが明らかとなった。
【0088】
(B)混合タンパク質系において目的タンパクの蛍光ラベル化試験
Mn2+とCa2+とを含む100μLのPBSバッファー溶液にラクトース認識レクチンPNA(1mg/mL)とNアセチルグルコサミン認識レクチンWGA(1mg/mL)およびラクトース含有ラベル化試薬(1mM)を加え、上記手法と同様の手順で光ラベル化を行った後、SDS−PAGEで分析した。
【0089】
その結果、ラクトース認識PNAレクチンについては、CBB染色によるタンパク質と同位置に蛍光が観察され、蛍光ラベル化されたことがわかった(図3)。一方で、ラクトースを認識しないWGAレクチンにおいては、CBB染色と同位置に蛍光が観察されず、ラベル化されなかった。このことは、本試薬を用いることで、複数のタンパク質が混在している中から、目的タンパクのみに蛍光性を付与し、目的タンパクを検出できることを示している。
【実施例2】
【0090】
・トリマンノース含有光ラベル化試薬の調製とその化合物を用いたタンパク質のラベル化およびラベルされた化タンパク質の単離
(1)トリマンノース含有光ラベル化試薬の合成
上記のラクトース含有光ラベル化試薬の合成と同様の手法で合成を行った。但し、出発物質として、上記2,3,6,2’,3’,4’,6’−ヘプタ−O−アセチルアジドラクトシドの代わりに、p−ニトロフェニル−2,6−ジ−O−アセチル−3,6−ジ−O−(2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−α−Dマンノピラノシド)−α−D−マンノピラノシド50mgを用いた。得られた化合物(トリマンノース含有光ラベル化試薬:下記化学式(4))はNMR、MSにより構造を確認した。
【0091】
【化9】

【0092】
(2)トリマンノース含有光ラベル化試薬の機能評価
蛍光ラベル化されたマンノース認識レクチンFITC−ConAを用いて、トリマンノース含有光ラベル化試薬の結合定数を求めたところ、4.7×105-1であった。また、上記ラクトース含有光ラベル化試薬と同様に、光照射により蛍光が回復することが確認でき、この試薬は光ラベル化に用いることができることが分かった。
【0093】
(3)トリマンノース含有光ラベル化試薬を用いたタンパク質のラベル化とラベル化タンパクの単離
Mn2+とCa2+を含む100μLのアセテートバッファー溶液(pH=5.0)にマンノース認識レクチンConA(0.05mM)とトリマンノース含有光ラベル化試薬(0.05mM)を溶解した。320nm以下の光をフィルターにより取り除いた光源を用いて、0℃で1時間光照射を行った。反応終了後、透析を行い、未反応のラベル化試薬を取り除いた後、デキストランを用いたアフィニティーカラムを行った。その結果、ConAの2つの結合部位に対し、2つラベル化された蛍光性タンパク質、および、1つラベル化された蛍光性タンパク質を単離することに成功した(図4)。
【実施例3】
【0094】
・マンノース含有光ラベル化試薬の調製とその化合物を用いたシリカゲル粒子のラベル化およびラベル化されたシリカゲル粒子(糖鎖蛍光ラベルシリカ粒子)によるマンノース結合タンパク質の検出
(1)マンノース含有光ラベル化試薬の合成
上記ラクトース含有光ラベル化試薬の合成と同様の手法で、マンノース含有光ラベル化試薬を合成した。ただし、出発物質として、上記2,3,6,2’,3’,4’,6’−ヘプタ−O−アセチルアジドラクトシドの代わりに、2−アミノエチル−2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−D−マンノピラノシド300mgを用いた。得られた化合物はNMR、MSにより構造を確認した。
【0095】
【化10】

【0096】
(2)マンノース含有光ラベル化試薬によるシリカゲル粒子のラベル化と機能評価
アミノ基コーティングシリカゲル粒子[LiChrosorbRNH2、MERCK製、粒径約10μm:基材としてのシリカゲル微粒子の表面に結合性官能基としてのアミノ基を有する]をアセトニトリルに懸濁し、マンノース含有光ラベル化試薬を加えて外部刺激としての400W Xe−ランプの光を1時間照射し、光ラベル化を行った。反応後、残ったアミノ基をグルタルアルデヒドでキャッピングし、糖鎖蛍光ラベルシリカ粒子を調製した(図5)。
【0097】
蛍光顕微鏡を用いて、糖鎖蛍光ラベルシリカ粒子を観察したところ、350nmの励起光を照射した時、シリカ粒子から水色の蛍光(450nm)が観察され、シリカ粒子が蛍光ラベル化されたこと、すなわち、シリカ粒子に対しマンノースが固定化されたことが分かった(図6)。
【0098】
この糖鎖蛍光ラベルシリカ粒子に蛍光ラベルされたマンノース認識レクチンFITC−ConAを加え、FITCを励起する490nmの光を照射したところ、シリカ粒子から緑色の蛍光が観察され、シリカ粒子に対しマンノース認識レクチンが結合することが明らかとなった。更に、マンノースと結合しない蛍光ラベルされたFITC−RCAレクチンをシリカ粒子に加えると、シリカ粒子から蛍光は観察されず、非特異的なタンパク質との結合は起きなかった。
【実施例4】
【0099】
・ラベル化部位にイソチオシアネートを持つ化学ラベル化試薬の調製と機能評価
(1)イソチオシアネートを有するラベル化剤の合成
2−アミノエチル−2,3,4,6−テトラ−O−アセチル−D−マンノピラノシド625mgをメタノールに溶解し、Pd(OH)2を加え、2時間、水素添加を行った。ろ過後、濃縮、ジクロロメタンに溶解し、実施例1の(2)で合成したメタニトロDMBカルボン酸153mg、EDC184mg、HOBt147mg、トリエチルアミン266μLを加え、室温で8時間攪拌した。酢酸エチルで希釈後、0.5Nの塩酸、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、水で洗浄し、硫酸マグネシウムで乾燥した。ろ過後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(トルエン:酢酸エチル=1:2)で精製しアセチルマンノース−DMB−6−NO2を642mg(収率70%)得た。
【0100】
アセチルマンノース−DMB−6−NO2(180mg)をメタノールに溶解し、触媒量のナトリウムメトキシドを加え、室温で2時間攪拌した。陰イオン交換樹脂で中和後、ろ過、濃縮を行い、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで精製しマンノース−DMB−6−NO2を128mg(収率98%)得た。
【0101】
マンノース−DMB−6−NO2(110mg)をメタノールに溶解し、Pd(OH)2を加え、2時間、水素添加を行った。ろ過後、ジ−2−ピリジルチオカルボネート69mgを加え、室温で攪拌した。反応後、濃縮、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=10:1)で精製し、イソチオシアネートを有する目的試薬(下記化学式(6))を調製した(89mg、78%)。
【0102】
【化11】

【0103】
(2)イソチオシアネートを持つマンノース含有化学ラベル化試薬の機能評価
イソチオシアネートを有するラベル化試薬をPBS緩衝液で2mMになるように溶解した。そこに、ConAを1mg/mLになるように加え、ラベル化を行った。ラベル化後、蛍光を測定したところ、蛍光波長が50nm長波長側にシフトし、蛍光強度が1.5倍になっていた。ラベル化タンパクを上記と同じ方法でSDS-PAGEで分析し、タンパクがラベル化されていることを確認した。
【実施例5】
【0104】
・ラクトース含有化学ラベル化試薬の調製と機能評価
(1)ラクトース含有化学ラベル化試薬の合成
実施例1(1)〜(2)と同様の方法で、1,3−ベンゾジオキソールの2位にtert−ブチル基及びメチル基が導入された2−tert−ブチル−2−メチル−1,3−ベンゾジオキソール−4−カルボン酸(以下「TBMBカルボン酸」と称する)及びメタニトロTBMBカルボン酸を合成した。ただし、出発物質として、アセトンの代わりにピナコリン(tert−ブチルメチルケトン)を用いた。
【0105】
メタニトロTBMBカルボン酸とp−ニトロフェニル2,3,6,2’,3’,4’,6’−ヘプタ−O−アセチル−β−ラクトシドを出発原料にして実施例1(3)と同様の方法でラクトース含有化学ラベル化試薬(下記化学式(7))を合成した。ただし、4−アジド安息香酸の代わりに4−ビニル安息香酸を用いた。
【0106】
【化12】

【0107】
(2) ラクトース含有化学ラベル化試薬の評価
メタノール中、1×10-8Mで蛍光を測定したところ、蛍光はほとんど存在しなかったが、末端のビニル基を水素添加で還元したところ、蛍光強度が20倍以上になった。また、DMSO中、重合開始剤としてAIBNを用いて、アクリルアミドと共重合を行ったところ重量平均分子量2.0×104のポリマーが得られ、Ex=350nm、Em=420nmの蛍光を持っていた。このように、末端のエチレン基が反応すると蛍光性を発現することが示された。
【0108】
実施例の結果より、本発明ラベル化試薬はリガンド部位としての糖及び糖鎖を蛍光部位に結合させてもリガント部位としての特異性を失うことなく作用を発揮することがわかった。また、ラベル化部位が被標識化合物に結合することで発現する蛍光は安定性が高いことがわかった。
【0109】
(参考試験)
1,3−ベンゾジオキソール骨格(2,2−ジメチル−1,3−ベンゾジオキソール)に対するラベル化部位としてのイソチオシアネート基(化合物6)及びアクリルアミド骨格(−NHCOCH=CH2)(化合物7)の作用を調べた。
【0110】
図7に示すように、2,2−ジメチル−1,3−ベンゾジオキソールの4位に−COOMe基を導入し、6位にイソチオシアネート基を導入した化合物6を0.1mMの濃度でアセトニトリルに溶解し、n−プロピルアミンを添加した後、室温で2時間攪拌した。その結果、イソチオシアネート基にn−プロピルアミンが反応し化合物9が生成した。前後の蛍光強度を比較すると、大きく蛍光強度が上がった。
【0111】
次いで、2,2−ジメチル−1,3−ベンゾジオキソールの4位に−COOMe基を導入し、5位にアクリルアミド骨格(−NHCOCH=CH2)を導入した化合物7を0.1mMの濃度でアセトニトリルに溶解し、N−アセチルシステインを添加した後、室温で2時間攪拌した。その結果、アクリルアミド部分にN−アセチルシステインが反応し化合物10が生成した。前後の蛍光強度を比較すると、化合物7がほとんど蛍光を発現していないのに対して、化合物10は大きく蛍光強度が上がったことが分かった。
【0112】
これら化合物9及び10の発する蛍光は非常に安定したものであった。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】実施例1におけるラクトース含有光ラベル化試薬の機能確認試験の結果。
【図2】実施例1におけるラクトース含有ラベル化試薬の蛍光標識部位による蛍光検出試験の結果。
【図3】実施例1におけるラクトース含有ラベル化試薬の混合タンパク質系において目的タンパクの蛍光ラベル化試験の結果。
【図4】実施例2におけるトリマンノース含有光ラベル化試薬を用いたタンパク質のラベル化とラベル化タンパクの単離試験の結果。
【図5】実施例3におけるマンノース含有光ラベル化試薬によるシリカゲル粒子のラベル化と機能評価試験の模式図。
【図6】実施例3におけるマンノース含有光ラベル化試薬によるシリカゲル粒子のラベル化と機能評価試験の結果。
【図7】参考試験の概略を示した図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発色団を含み蛍光を発現できる蛍光部位と、
該蛍光部位に結合し、被標識化合物がもつレセプター構造に対して親和性が高いリガンド部位と、
該蛍光部位に結合し、外部刺激による状態変化によって、該被標識化合物に結合でき且つ該蛍光部位の該発色団の化学構造を変化させずに蛍光発現を制御できるラベル化部位と、を有することを特徴とするラベル化試薬。
【請求項2】
前記リガンド部位の化学構造の一部ないし全部は、前記ラベル化部位の化学構造の一部ないし全部と重なる部分をもつ請求項1に記載のラベル化試薬。
【請求項3】
下記一般式(1)にて表される化学構造をもつことを特徴とするラベル化試薬。
【化1】

(一般式(1)中、−A1−Xは被標識化合物がもつレセプター構造に対して親和性が高いリガンド部位であり、;−A2−Yは外部刺激による状態変化によって、該被標識化合物に結合でき且つ−N=N−、−N=N=N、−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2及び−C(CH3)=CH2から選択される1以上の官能基を含む化学構造をもつラベル化部位であり;A1は炭素原子又は窒素原子を介してXを芳香環に結合する構造をもち;A2は炭素原子又は窒素原子を介してYを芳香環に結合する構造をもち;R1及びR2は独立して選択可能であり、水素、炭素数1〜4までのアルキル基、フェニル基及びナフチル基から選択される)
【請求項4】
前記一般式(1)中のA1及びA2はそれぞれ独立して選択可能であり、−CO−、−NH−、−CONH−又は−NHCO−を含む化学構造をもつ請求項3に記載のラベル化試薬。
【請求項5】
前記一般式(1)で表される化合物は下記一般式(2)で表される化合物である請求項4に記載のラベル化試薬。
【化2】

【請求項6】
前記ラベル化部位は−N=N−、−N=N=N、−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2及び−C(CH3)=CH2から選択される1以上の官能基を含み、
炭素原子又は窒素原子を少なくとも1つ介して前記発色団に結合する化学構造をもつ請求項1〜5のいずれかに記載のラベル化試薬。
【請求項7】
前記ラベル化部位は−CH=CH2、−CH=CH−、−NCS、−NCO、−NO2又は−C(CH3)=CH2であり、前記発色団に直接結合している請求項1又は2に記載のラベル化試薬。
【請求項8】
前記リガンド部位は糖又は糖鎖をその構造中に有する請求項1〜7のいずれかに記載のラベル化試薬。
【請求項9】
前記ラベル化部位は、
【化3】

(R3はアルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、ヒドロキシル基、ニトロ基、ハロゲン、フェニル基及びナフチル基から選択される官能基。更に、R3として導入される官能基の数は2以上であっても良く、それぞれ独立した構造をもっても良い。)、又は−C(CH3)=CH2である請求項1〜6及び8のいずれかに記載のラベル化試薬。
【請求項10】
前記ラベル化部位が光反応性基をもち、前記外部刺激は該光反応性基に対して前記状態変化が生起する波長の光の照射である請求項1〜9のいずれかに記載のラベル化試薬。
【請求項11】
前記リガンド部位に所望の化学構造をもつ請求項1〜10のいずれかに記載のラベル化試薬を調製する工程と、
前記ラベル化部位との間で反応・結合できる結合用官能基を表面にもつ基材と、前記ラベル化試薬とを混合する工程と、
前記外部刺激を付与し、前記ラベル化試薬の前記ラベル化部位を前記被標識化合物に代えて前記基材表面の前記結合用官能基と結合させる工程と、を有することを特徴とするリガンドを表面にもつ基材の製造方法。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれかに記載のラベル化試薬を前記被標識化合物を含む試験試料に添加する工程と、
前記外部刺激を加える工程と、
発現する蛍光強度の変化を測定することで前記レセプター構造の存在及び/又は量を検出する工程と、を有することを特徴とするラベル化試薬を用いた測定方法。


【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−145294(P2006−145294A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333566(P2004−333566)
【出願日】平成16年11月17日(2004.11.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月1日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 53巻2号」に発表
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(000219738)東海光学株式会社 (112)
【Fターム(参考)】