説明

蛍光試薬を用いた血管を観察する法

【課題】 蛍光試薬を用いた新規な実験用小動物の血管の可視化又は造影方法を提供すること。
【解決手段】 本発明の実験用小動物の血管を観察する方法は、実験用小動物の血管内へ血管から漏出する性質を有する蛍光試薬を投与する過程と、実験用小動物に励起光を照射して蛍光像を取得する過程とを含み、血管内へ投与された蛍光試薬が血管の外部へ漏出した後の実験用小動物の少なくとも一部の蛍光像に於いて血管の周囲の輝度よりも相対的に低くなった血管の像が取得されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、実験用小動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ウサギ等)の成体、胚のin vivoでの蛍光イメージング方法に係り、より詳細には、蛍光試薬を用いて実験用小動物の血管を可視化又は造影する方法に係る(本明細書に於いて、「造影」とは、像のコントラストを良くして観察し易くすることを言うものとする。)。
【背景技術】
【0002】
医学的、薬学的又は生物学的研究の分野に於いて、実験用小動物の血管をin vivoにて可視化し、血管の構造及び機能を観測する動物モデル実験が種々の態様にて実施されている。よく知られているように、血管は、発生段階の胚に於いて、或いは、(成体の)がんや炎症などの疾患部位に於いて新生され、栄養や酸素の供給経路となる。従って、実験用小動物に於いて血管を可視化し、その成長・消滅等の挙動を観測することにより、血管新生、動物の発生或いはがんの増殖・転移のメカニズムの解明に於いて有用な情報が得られることが期待される。また、新薬開発に於いて、がんに於ける血管新生を阻害する阻害剤は、抗がん剤として機能することが期待され、従って、実験用小動物の血管の可視化及びこれによる血管の構造及び機能の観測は、抗がん剤等の新薬の評価を行うために用いることができる。
【0003】
実験用小動物の血管をin vivoにて可視化する方法としては、種々提案されているところ、特に、蛍光試薬の光を用いた蛍光イメージング技術による方法は、比較的簡便に、また、比較的高解像度にて試料の内部を観察できる点で有利である。蛍光イメージング法を用いて、実際、実験用小動物の内部に於いて血管系を可視化又は造影して画像化し、微小血管構造までに至る血管の形状、太さ、分岐数などの計測、血管の漏出の程度などの血管機能の観測に用いられている。そのような蛍光イメージングによる血管の可視化の例として、例えば、非特許文献1、2に於いては、血管中に蛍光試薬(トレーサー分子)を投与し、血管中に滞留する蛍光試薬を光らせることにより血管を可視化し、血管形成が観測されることが報告されている(血管のみを光らせる方法)。また、非特許文献3に於いては、実験用小動物にGFP遺伝子が導入された腫瘍を移植し、かかる移植された腫瘍細胞が蛍光を発するのに対して腫瘍細胞に於いて形成される血管が光を発しないことにより、血管が影となることを利用して、血管の像を観察できることを報告している(血管のみを暗くさせる方法)。更に、観察用試料としてGFP遺伝子が導入され体全体が蛍光を発する一方で血管のみが暗くなるよう調製された実験用小動物を用い、血管形成を観察する方法も考えられ得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ルーニグ(Leunig, Michael)他6名 キャンサーリサーチ(Cancer Research) 52, 6553-6560 1992年12月1日
【0005】
【非特許文献2】ボルグストルム(Borgstrom,P)他 キャンサーリサーチ(Cancer Research) 56, 4032-4039 1996年
【0006】
【非特許文献3】ヤン(Yang, Meng)他8名 PNAS Vol.98 2616-2621 2001年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の、実験用小動物の血管中に蛍光試薬を導入し血管のみを光らせてイメージングする方法の場合、血中に投与された蛍光試薬の多くが時間と伴に血管外に漏出してしまい、従って、血管の周囲の輝度(バックグラウンド)が上がりS/N比(コントラスト)が低減してしまうという不具合がある。また、一旦、S/N比が低減してしまった個体で再び高いS/N比で血管を観察するためには、その個体から血管外に拡散した蛍光試薬が排除された後(クリアランスされた後)に、再度蛍光試薬を血管中に導入するといった過程が必要となり、かかる蛍光試薬のクリアランスには、一般に数日間を要する。その場合、例えば、1日毎に血管の変化を継続して観察するといったことが困難となる。一方、GFP遺伝子などを用いて腫瘍細胞又は実験用小動物を光らせ、血管のみを暗くしてイメージングする方法の場合、一旦、遺伝子を細胞や動物に導入し、血管の周囲が蛍光を発する試料を調製してしまえば、試料は恒常的に蛍光を発するので、上記の如きS/N比の低減や投与された蛍光試薬のクリアランスに関わる不具合は生じない。しかしながら、かかる方法では、遺伝子導入技術を要するなど、やや特別な処理過程及び処理設備が必要となり、従って、利用可能な実験用小動物、細胞種及び実施可能な環境が高度に制限される。更に、蛍光を発する腫瘍細胞を移植して、その周囲に形成される血管を観察する手法では、その腫瘍細胞に於ける血管形成しか観測することができない(腫瘍の周囲の血管形成は観測できない)。
【0008】
かくして、本発明の一つの課題は、上記の如き従来の技術に於ける不具合や実施可能な環境の制限の生じない新規な血管の可視化又は造影方法を提供することである。
【0009】
また、本発明のもう一つの課題は、上記の如きする血管の可視化又は造影方法であって、観察試料(実験用小動物)を選ばず、且つ、同一個体の血管の構造及び形成又は新生の経時的な観察を比較的簡便に実施することのできる方法を提供することである
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、蛍光イメージングを用いた実験用小動物の血管を観察する方法に於いて、血管中に、血管外へ容易に漏出する蛍光試薬を投与し、漏出した蛍光試薬により血管の周囲を光らせ、これにより、血管の像のコントラストを良くする、即ち、血管の可視化又は造影をする方法が提供される。
【0011】
本発明の一つの態様によれば、本発明の実験用小動物の血管を観察する方法は、実験用小動物の血管内へ該血管から漏出する性質を有する蛍光試薬を投与する過程と、実験用小動物に励起光を照射して実験用小動物の少なくとも一部の蛍光像を取得する過程とを含み、血管内へ投与された蛍光試薬が血管の外部へ漏出した後の実験用小動物の少なくとも一部の蛍光像に於いて血管の周囲の輝度よりも相対的に低くなった血管の像が取得されることを特徴とする。
【0012】
本発明の方法に於いて、上記の記載から明らかな如く、実験用小動物の血管内へ投与される蛍光試薬として、血管から漏出する性質を有する蛍光物質が採用される。かかる蛍光試薬が実験用小動物の血管内へ投与されると、血流に乗って血管系内を流通すると伴に、血管の外部に漏出していき、これにより、血管の周囲から動物全体が蛍光試薬により標識された状態となる。そこで、実験用小動物の少なくとも一部に対して励起光を照射すると、血管の外部領域に広がった蛍光試薬が蛍光を発し、血管の外部領域が明るく見えることとなる。一方、血管内については、そこに流通する血液の光透過性が血管周囲に比べて低いために(血液、特に赤血球が光を吸収するためである)、蛍光試薬からの蛍光が発せられず、結局、血管がその周囲に比べて暗く見えることとなる。かくして、励起光が照射された観察領域に於いては血管の内部のみが周囲に比べて相対的に暗くなるため、蛍光像に於いて、血管の像のコントラストが良くなり、その構造が良好に観測できるようになる。
【0013】
かかる方法によれば、(少なくとも血管の像の撮影のためには)所謂遺伝子導入技術は、何ら必要とされないので、遺伝子導入技術を要する場合に比して、利用可能な実験用小動物、細胞種及び実施可能な環境は、広範囲となることが期待される。また、血管のみを光らせる方法の場合でS/N比の低減の原因となった時間の経過に伴なう蛍光試薬の血管からの漏出をむしろ利用して、血管の像のコントラストを上げるよう構成されているので、血管のみを光らせる方法に於けるS/N比の低減に関わる不具合は問題とならない。更に、同一個体の血管の構造や形成を経時的に観測する場合に於いて、血管の外部に漏出した蛍光試薬がクリアランスされて、血管の像のコントラストが低下するときには、新たに血管中に蛍光試薬を投与することにより、再び、すぐに、血管の像のコントラストを上げることが可能となる(血管のみを光らせる方法に於いて、血管の像のコントラストが良くするために蛍光試薬を追加する場合には、血管外部の蛍光試薬のクリアランスが為されるまで待機する必要があったが、本発明の方法によれば、そのような待機は必要ないことは理解されるべきである。)。かくして、上記の本発明の構成によれば、観察試料(実験用小動物)を選ばず、且つ、同一個体の血管の構造及び形成又は新生の経時的な観察を比較的簡便に実施することが可能となる。
【0014】
上記の本発明の構成に於いて、血管内へ投与される蛍光試薬は、個々の観測の目的に合致する限り(例えば、観測対象に有意な悪影響を与えない限り)、原理的には、血管内への投与後、血管系内を流通する間に蛍光を発する能力を保持したまま血管外へ漏出又は拡散する性質を有する物質であれば、任意のものであってよい。そのような蛍光試薬としては、具体的には、比較的分子量の小さい蛍光分子であってよく、実施の形態の欄に記載されている如く、アクリジンオレンジ(Acridine Orange)、FITC(フルオレセインイソチオシアネート)などが有利に用いられる。なお、血管の外部を標識する蛍光試薬と励起波長域又は蛍光波長域の異なる別の蛍光試薬を同時に用いて、血管の像とも任意の別のパラメータが観測されるようにすることもできることは理解されるべきである。
【0015】
また、上記の方法により得られた血管が相対的に暗く写った蛍光像、即ち、蛍光試薬が血管の外部へ漏出した後の血管の像に基づいて、任意の手法の画像処理等を用いて、血管の直径、分岐数又は面積が測定されるようになっていてよい。或いは、実験用小動物に励起光を照射して実験用小動物の少なくとも一部の蛍光観察を行う過程が蛍光試薬の実験用小動物の血管内への投与後から実行され、蛍光試薬の実験用小動物の血管内への投与後からの血管の外部の蛍光強度が計測され、血管の外部の蛍光強度の経時変化に基づいて蛍光試薬の血管からの漏出のし易さが決定されるようになっていてもよい。蛍光試薬の血管からの漏出のし易さは、例えば、血管の周囲の蛍光強度の増大の速さ、蛍光試薬の拡散領域の面積又は体積の増大速度などを指標にして決定されてよい。また、かかる蛍光試薬の血管からの漏出のし易さの観測に於いては、分子量の異なる幾つかの種類の蛍光試薬を用いて、それらの血管からの漏出のし易さが比較されてもよい。
【発明の効果】
【0016】
上記の本発明の方法は、血管に投与された蛍光試薬が血流に乗って実験用小動物の全身に行き渡るという点、血管に投与された蛍光試薬が一般には血管から漏出していくという点、そして、血液の光吸収が強く、従って、その光透過性が相対的に低く、血管自体は、蛍光試薬が存在していても発せられる蛍光の強度が低いという点に着目し、従前の如く血管に滞留しやすい蛍光試薬を用いるのではなく、血管から漏出し易い蛍光試薬を用い、血管内部そのものを染色するのではなく、血管外部を染色し、蛍光像に於いて、相対的に暗くなったコントラストの良い血管の像を得ようとするものである。特記されるべきことは、本発明の方法では、従前の血管を明るく光らせる方法の不具合の原因となった血管に投与された蛍光試薬が一般には血管から漏出していくという現象を逆に利用して、良好なコントラストの像を得るようになっている点であり、これにより、既に述べた如く、従来の血管を光らせる方法では困難であった血管の構造又は形成の継続的な観測が容易に達成されることとなる。また、本発明の方法は、観測のための操作に於いては、蛍光試薬を実験用小動物に投与し、その蛍光観察をするだけであり、所謂遺伝子導入技術は要さない。かくして、本発明によれば、従前に比して、より簡便に、種々の態様にて、或いは、広範囲にて、血管の構造又は形成の観測を含む実験が実施できるようになることが期待される。
【0017】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1(A)は、本発明による方法に於ける手順の流れの概略図であり、図1(B)は、試料の蛍光像を撮影するための蛍光イメージング装置20の概略構成を模式的に表したものである。
【図2】図2は、アクリジンオレンジが静脈投与されたマウスの、投与直後及び投与10分後の耳の表面の蛍光顕微鏡像である。像は、レーザー走査型蛍光顕微鏡により、10倍の対物レンズを用いて撮影された。投与10分後の像に於いて、輝度の高い領域が拡大している様子が観察される(輝度の低い略円形の領域は、毛包であると思われる。)。
【図3】図3は、アクリジンオレンジの投与の前後に於けるマウス(腹部)全体と、腫瘍部位に於ける顕微鏡像である。a、bは、投与前のマウスの腹部の明視野像と蛍光像であり、c、dは、投与後約一時間経過した後のマウスの腹部の明視野像と蛍光像である。e、fは、c、dのマウスの後脚部の付け根に移植された腫瘍の表面の明視野像と蛍光像である。a〜dは、0.14倍の対物レンズ、e〜fは、1.6倍の対物レンズを用いて撮影された。スケールバーは、a〜dに於いて20mm、e〜fに於いて2mmである。
【図4】図4は、それぞれ、腫瘍の移植から10日、13日、15日及び18日経過したときの、アクリジンオレンジが投与されたマウスの腹部(左列)と腫瘍表面(右列)の蛍光像である。a〜dは、0.14倍の対物レンズ、e〜fは、1.6倍の対物レンズを用いて撮影された。蛍光像の撮影は、いずれも、蛍光試薬の投与後約一時間経過した後に行われた。スケールバーは、左列に於いて20mm、右列に於いて2mmである。
【図5】図5(A)は、図4の腫瘍表面の蛍光像の輝度を二値化した画像(上段)と、二値化された画像に於ける血管の領域の面積の変化を示すグラフ図(下段)である。図5(B)は、図4の腫瘍表面の蛍光像における血管の像の幅を計測した部位を矢印A〜Cにて示した蛍光像(上段)と、矢印A〜Cに於ける血管の像の幅の変化を示すグラフ図(下段)である。
【図6】図6(A)は、レーザー走査型蛍光顕微鏡により、10倍の対物レンズを用いて撮影された、FITCが静脈投与されたマウスの投与直後及び投与10分後の耳の表面の蛍光顕微鏡像である。図6(B)は、0.14倍の対物レンズを用いて撮影された、FITCの投与前と投与後(約5分)に於けるマウス(腹部)全体の蛍光像と、投与後の蛍光像に於いて観察された血管のトレース図である。投与後の蛍光像に於いて、略円形の輝度の高い領域は、膀胱である。
【図7】図7(A)は、蛍光試薬として、分子量3,000のFITC−デキストランが静脈投与されたマウスの、蛍光試薬投与直後及び投与10分後の耳の表面の蛍光顕微鏡像(左、中)と、投与後(約5分)のマウス(腹部)全体の蛍光像(右上段)である。血管トレース図(右下段)は、マウス(腹部)全体の蛍光像に於いて観察された血管の像をトレースしたものである。図7(B)は、蛍光試薬として、分子量2,000,000のFITC−デキストランが静脈投与されたマウスの、蛍光試薬投与直後及び投与10分後の耳の表面の蛍光顕微鏡像(左、中)と、投与後(約5分)のマウス(腹部)全体の蛍光像(右)である(この場合、血管の像は、明瞭に観察できなかった。)。(A)、(B)に於いて、耳の表面の蛍光顕微鏡像は、10倍の対物レンズを用いてレーザー走査型蛍光顕微鏡により撮影され、マウス(腹部)全体の蛍光像は、0.14倍の対物レンズを用いて撮影された。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。
【0020】
観察方法の概要
本発明による実験用小動物の血管の観察する方法は、マウス、ラット、モルモット、ウサギ等の実験用小動物の個体、胚などの生きた生物試料に於ける血管の構造及び形成過程の観察を含む任意の観測又は計測の一部として実行されてよい。例えば、本発明の方法は、胚に於ける血管新生、成体に於ける腫瘍の成長・増殖・転移・死滅に於ける血管新生又は消滅のメカニズムを解明するため、或いは、任意の薬剤の検査又は評価の情報を得るための、腫瘍細胞を移植された実験用小動物に検査されるべき薬剤を与えて移植された腫瘍細胞の成長、増殖、転移又は死滅の過程を観測することにより薬剤の作用を評価するといったモデル実験に於いて、腫瘍近傍の血管の新生若しくはその阻害又は消滅の過程の観察又は計測をする場合に採用されてよい。これらの場合、本発明の方法により得られた血管の像から更に、血管の直径、分岐数、面積が経時的に計測され、血管の新生若しくはその阻害又は消滅が判定され或いは考察されることとなる。
【0021】
観察の手順
本実施形態に於ける実験用小動物の血管の観察方法では、端的に述べれば、図1(A)に示されている如く、実験用小動物へ蛍光試薬を投与する過程(S1)、実験用小動物の血管から蛍光試薬を漏出させる過程(S2)、漏出した蛍光試薬からの蛍光によって造影された血管の像を取得する過程(S3)が実行される。蛍光観察により得られた画像から、血管の(画像上に於ける)面積、直径、分岐数等が測定され(S4)、それらの結果から血管の新生若しくはその阻害又は消滅の過程が評価されてよい。また、実験用小動物への蛍光試薬の投与後に蛍光試薬が血管から漏出する過程を観察し(タイムラプス観察−S2a)、血管内外の蛍光強度の時間変化を計測することによって、血管の漏出のし易さ(透過性)を評価することも可能である(S2b)。更に、血管像の面積、形態と血管の透過性とを関連付けることにより、血管の機能を評価することも可能となる(S5)。以下、本実施形態の手順について詳細に説明する。
【0022】
(i)試料について
実験用小動物は、既に触れた如く、この分野で通常使用されているマウス、ラット、モルモット、ウサギ等の生きた成体又は胚などの生物試料であってよい。特に、任意の腫瘍細胞が任意の部位に公知の態様にて移植された生物試料が用いられてもよい。生物試料に投与される蛍光試薬は、「発明の開示」の欄にて記載されている如く、血管内に投与された後、蛍光を発する能力を保持したまま、血管外に漏出する性質を有する任意の蛍光試薬であってよく、そのような蛍光試薬として、例えば、アクリジンオレンジ、FITC、FITC−デキストラン等が用いられてよい。ただし、FITC−デキストランについては、本発明の発明者の実験により、分子量が比較的小さいもの、例えば、3000程度までのものが使用されるべきである(分子量が2000000のものでは、血管から漏出しにくいことが、本発明の発明者の実験により明らかになった。)。これらの蛍光試薬は、公知の態様にて、溶液に溶解され、静脈注射により、実験用小動物へ投与されてよい。
【0023】
(ii)観察装置について
蛍光観察を行うための装置は、公知の任意の蛍光イメージング装置であってよい(図1(B))。蛍光イメージング装置20は、例えば、顕微鏡で得られる像を光検出装置又はCCDカメラ26により撮影するよう構成された公知の任意の形式のイメージング装置(例えば、オリンパス社OV110、IV110など)であってよい。かかるイメージング装置20に於いて、顕微鏡は、通常の形式の蛍光顕微鏡であってよく(レーザー走査型蛍光顕微鏡であってもよい。)、そこに於いて、光源24からの励起光又は照明光Iexがダイクロイックミラー28に於いて反射され、対物レンズ系22により試料10の観察部位に集光される。そして、観察部位に於ける蛍光試薬から発せられる蛍光Iemが対物レンズ系22により集光され、ダイクロイックミラー28を透過して、光検出装置又はCCDカメラ26の受光面(図示せず)に於いて試料の蛍光像が形成される。なお、光源24に励起光の光路及び試料から光検出装置又はCCDカメラへの検出光の光路には、それぞれ、特定の波長を選択的に透過するフィルター24a、26aが配置される。また、光源24と光検出装置又はCCDカメラ26の作動は、コントローラ30により制御され、光検出装置又はCCDカメラ26で取得された画像は、通常の態様にてコントローラにより処理されて画像記録装置(図示せず)に記録され、画像は、モニター30aにて表示されるようになっていてよい。更に、コントローラは、取得された画像に於ける輝度値(この場合には、蛍光強度)を取得し、輝度値が任意の画像処理等の演算処理に利用できるよう構成されたものであってよい。なお、上記の構成に於いて、励起光は、対物レンズ系22を通して試料10に照射されるのではなく、図中、点線にて示されている如く、光ファイバ24bを通して試料10の観察部位に照射されるようになっていてもよい(その場合、ダイクロイックミラー28は、必要なくなる。)
【0024】
(iii)蛍光観察について
上記の装置を用いて蛍光試薬が投与された生物試料を観察する際には、所望の領域が対物レンズの視野に入るように、試料10が蛍光イメージング装置の試料台10aに配置され、励起光が照射され、光検出装置又はCCDカメラ26により蛍光像が撮影される。かかる蛍光像に於いては、既に触れた通り、血管の周囲から蛍光が発せられ、血管の輝度のみが周囲に比して低くなり、これにより、血管の像が把握されることとなる。実験によれば、上記の如き蛍光イメージング装置を用いた蛍光観察に於いて、静脈注射により蛍光試薬を実験用小動物へ投与した直後から、実験用小動物の血管以外の領域から蛍光が徐々に発せられるようになり、血管の像が暗い筋として観察されることが確認された(図3参照)。また、一旦投与した蛍光試薬は、日数が経過する毎に、徐々にクリアランスされ、血管像のコントラストが低下するが、その度に、繰り返し、蛍光試薬を投与することにより、血管像のコントラストが高い状態が維持される。
【0025】
かくして、撮影された蛍光像は、画像処理装置に於いて画像データとして取り込まれ、バックグラウンド補正、シェーディング補正等の公知の画像補正処理が施される。そして、得られた蛍光像から、後に例示される実施例の如く、血管の直径、分岐数、面積が計測されてよい。
【0026】
なお、血管の漏出のし易さが観測される場合には、静脈注射により蛍光試薬を生物試料へ投与した直後から、その蛍光像が経時的に撮影される。そして、得られた蛍光画像に於いて、血管の周囲の蛍光強度の高い領域の輝度値又は輝度値の高い領域の面積が経時的に計測されるようになっていてよい。
【0027】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0028】
本実施例に於いては、腫瘍細胞が移植されたヌードマウスに蛍光試薬としてアクリジンオレンジを静脈投与し、個体全体の血管及び腫瘍細胞とその近傍に形成された血管をそれらの周囲を相対的に明るくすることにより可視化した。操作処理過程は、以下の通りとした。
【0029】
1.試料の準備として、ヌードマウス(BALB/c S1c-nu/nu 日本エスエルシー株式会社)の大腿部の腹側付け根の皮下に、Hela細胞5×10個を移植し、1〜2週間通常の態様にて飼育した。
2.1のヌードマウスの蛍光観察に際しては、まず、ヌードマウスに気化麻酔(イソフランを使用)により麻酔をかけた後、ヌードマウスに対して1mg/mlのアクリジンオレンジ(A8097 シグマ−アルドリッチ(Sigma-Aldrich)社)の溶液100μlを静脈投与した。[アクリジンオレンジの投与直後、アクリジンオレンジがマウスの血管を循環していることが確認された。]
3.投与から約1時間後、蛍光イメージング装置OV110(オリンパス社)を用いて、マウスの全体及び腫瘍部位の蛍光観察を行った。その際、光源としてキセノンランプを用い、励起光としては、波長460〜490nmの光を用い、光検出装置又はCCDカメラに於ける検出波長帯域は、510nm以上とした。マウス個体の全体の撮影に於いては、低倍(0.14倍)の対物レンズを用い、腫瘍部位の撮影に於いては、高倍の対物レンズ(1.6倍)を用いた。なお、蛍光による観察及び撮影と伴に明視野による観察及び撮影も行った。また、血管中に投与された蛍光試薬が血管外へ漏出する過程を詳細に観察するべく、レーザー走査型蛍光顕微鏡を装備した蛍光イメージング装置IV110(オリンパス社)にて、10倍の対物レンズを用いて、マウスの耳の表面の蛍光観察を行った。(使用したマウスは、観察後麻酔が切れた時点で、覚醒して通常の活動に戻る。)
4.更に、同一個体に於いて、血管新生・成長の経過を観察するために、上で使用したマウス個体に於いて、2〜3日おきに、上記2.及び3.の処理を実行し、マウスの全体及び腫瘍部位の蛍光像(及び明視野像)を得た。
5.かくして得られた腫瘍部位の蛍光像から、画像処理ソフトImageJ(NIH)を用いて、血管の直径、分岐数、血管の占める領域の面積を計測した。これらの計測に於いては、得られた蛍光像からバックグラウンドが減算され、しかる後、二値化された画像を生成し、かかる二値化された画像に於いて、血管の直径、分岐数、血管の占める領域の面積をそれぞれ求めた。
【0030】
図2は、アクリジンオレンジの投与の直後と投与から10分後のマウスの耳の表面の蛍光顕微鏡像を示している。図から理解される如く、アクリジンオレンジの投与直後に於いては、血管自体の輝度が高くなったが、時間の経過と伴に、血管の周囲の輝度が高くなる一方で相対的に血管内の輝度が低くなり、血管の像が造影されることが明らかになった。これは、血管内に流通されたアクリジンオレンジが、血管外へ漏出し、血管の周囲の組織へ拡散したためであると考えられる。特に、血液は、血管外の組織よりも光の透過性が低いので、蛍光試薬が血管外に拡散したときには、血管内に存在していたときよりも明るくなり、血管の像のコントラストが高くなる。
【0031】
図3は、上記の手順により観察されたアクリジンオレンジの投与前と投与後(約1時間後)に於けるマウス(腹部)全体と、腫瘍部位に於ける蛍光像及び明視野像を示している。図から理解される如く、アクリジンオレンジの投与前の蛍光像では、マウスの体全体の輝度は、低かったのに対し、アクリジンオレンジの投与後では、マウスの体全体が蛍光を発するようになり、その蛍光像では、腹部全体に於いては、主要な血管に相当する領域、腫瘍部位に於いては、微小血管に相当する領域に、それぞれ、輝度が周囲よりも相対的に低減した網目状の領域が観察された。かかる網目状の領域は、カラー画像で観察すると、赤褐色を呈しており、血管の像であると考えられる。かくして、実験用小動物の血管内に蛍光試薬としてアクリジンオレンジを投与すると、かかる蛍光試薬は、血流によって動物の全域に広がると伴に、血管からその周辺へ漏出し、その結果、血管の像とその周囲の像とのコントラストが高くなり、血管の構造が観察できるようになったことが示された。
【0032】
図4は、更に、同一のマウス個体に於ける、腫瘍細胞の移植後10〜18日の間の腹部全域(左列)及び腫瘍部位(右列)の蛍光像である(図3の個体と同一である。)。これらの像を参照すると、特に、腫瘍部位の像に於いて、時間の経過とともに輝度の低い網目状構造、即ち、血管の像が成長又は発達していく様子が理解される。
【0033】
そこで、上記の図4の腫瘍部位の蛍光像に於いて観察される血管の成長過程を定量的に確認するために、観察されている領域内の血管像(輝度の低い網目状領域)の占める面積の時間変化(図5(A))と、血管像の幾つかの部分の直径の時間変化(図5B)を計測した。なお、血管像の占める面積の算出に於いては、図4に示されている腫瘍部位の蛍光像から、バックグラウンドを減算し、しかる後に二値化して得られた画像(図5(A)上段)に於いて、影の存在している画素の総数を面積とした。また、血管の直径については、蛍光像上で計測される(図5B上段に於いて矢印A〜Cにて示されている部位の)血管像の幅を血管の直径とした。
【0034】
図5(A)下段及び図5(B)下段を参照して明らかな如く、図4の例示の腫瘍部位の蛍光像に於いて観察される血管の像の占める面積及び血管の直径の双方とも増大した。このことは、血管が時間とともに新生され、或いは、成長・発達したことによると考えられる。かくして、本発明の方法によれば、血管構造の可視化又は造影とともに、かかる血管構造の新生・成長過程が観測できることが示された。なお、図示していないが、血管の成長過程の程度の指標として、蛍光像上に於いて、血管の像の分岐数がカウントされてもよい。(血管内を明るくする手法で上記と同様の実験をする場合には、血管内の輝度が日数の経過と伴に低下し、コントラストの良い血管の像を取得することはできない。)
【実施例2】
【0035】
本実施例に於いては、蛍光試薬の血管からの漏出のし易さによって、血管の像の造影の程度に差異があるか否かを確かめるために、蛍光試薬として、FITC(分子量301.81)、分子量3,000及び分子量2,000,000のFITC−デキストランを、それぞれ、ヌードマウスに静脈投与し、実施例1と同様に蛍光観察を行った。マウスへの蛍光試薬の投与及び蛍光観察の操作処理過程は、実施例1と同様とした。静脈投与される蛍光試薬の濃度及び量は、FITCについては、0.2mg/mlにて100μl、FITC−デキストランについては、5mg/mlにて100μlとした。
【0036】
図6(A)は、蛍光試薬としてFITCが投与されたマウスの蛍光試薬の投与直後と投与10分後の耳の表面の蛍光像を示している。FITCを投与した場合も、アクリジンオレンジの場合と同様に、血管自体の輝度が高くなったが、時間の経過と伴に、血管の周囲の輝度が高くなる一方で相対的に血管の輝度が低くなり、血管の像が造影されることが明らかになった。また、図6(B)は、FITCが投与されたマウスの投与前と投与後の腹部全体の蛍光像を示している。同図を参照すると、アクリジンオレンジの場合と同様に、FITCの投与前では、動物の体の自家蛍光のみであるために、全体に輝度が低いが、FITCの投与後では、動物の体全体からより強く蛍光が発せられると共に、輝度が周囲よりも相対的に低減した網目状の領域が観察された。かかる網目状の領域は、カラー画像で観察すると、赤褐色を呈しており、血管の像であると考えられる。かくして、アクリジンオレンジの場合と同様に、実験用小動物の血管内にFITCを投与すると、かかる蛍光試薬は、動物の全域に広がると伴に、血管から漏出し、その結果、血管の像のコントラストが高くなり、血管の構造が観察できるようになったことが示された。
【0037】
更に、既に触れた如く、上記と同様の実験を、蛍光試薬として、分子量の大きなFITC−デキストランを用いて行った場合、図7(A)に示されている如く、分子量3,000のFITC−デキストランの場合には、アクリジンオレンジ、FITCの場合と同様に、投与直後は、血管自体の輝度が高くなったが、時間の経過と伴に、血管内の蛍光試薬が、血管外へ漏出し、血管の周囲の組織へ拡散されて血管の周囲の輝度が高くなる一方で相対的に血管の輝度が低くなることが観察された。そして、投与後、腹部の全体像に於いて、血管トレース図の如く、血管の像を捉えることが可能であった。しかしながら、図7(B)に示されている如く、分子量2,000,000のFITC−デキストランの場合には、投与直後に血管自体の輝度が高くなった後、時間が経過しても、血管の輝度が高いままで、血管の周囲の輝度が高くならず、投与後、腹部の全体像に於いては、血管の像を把握することはできなかった。FITC、分子量3,000のFITC−デキストラン、分子量2,000,000のFITC−デキストランは、分子量が大きくなるほど、血管から漏出しにくくなると考えられる。従って、上記の蛍光像の観察結果は、動物に投与される蛍光試薬として、血管内から血管外に漏出し易い蛍光物質を用いることにより、コントラストの良い血管の像を得ることができることを示している。
【0038】
かくして、上記の実施例から、実験用小動物の血管内へ血管から漏出する性質を有する蛍光試薬を投与すると、かかる蛍光試薬が血管外に漏出し、これにより、血管外の組織・細胞からの蛍光による輝度が高くなり、相対的に血管内の輝度が低くなるので、コントラスト良く、血管の像を捉えることができることが示された。
【0039】
以上の説明は、本発明の実施の形態に関連してなされているが、当業者にとつて多くの修正及び変更が容易に可能であり、本発明は、上記に例示された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の概念から逸脱することなく種々の方法に適用されることは明らかであろう。
【0040】
例えば、上記の実施例に於いては、特定の分子量の蛍光試薬を用いて、短時間で観察実験を行っているが、蛍光試薬の分子量や特性を変更し、或いは、投与後の観察時期を種々変更しながら、腫瘍や炎症に於ける血管からの漏出の観察或いは解析が行われてよい。また、本発明による血管の造影と共に、血管造影のための蛍光試薬と励起又は蛍光波長が異なる蛍光試薬を用いることによる血管に関わる因子の可視化が行われ、血管の構造とそれに関わる因子との相互関係が観察或いは解析されるようになっていてよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【符号の説明】
【0041】
10…試料(実験用小動物(マウス))
20…蛍光イメージング装置
22…対物レンズ系
24…光源
24a…励起光用フィルター
26…CCDカメラ(光検出装置)
26a…検出光用フィルター
30…コントローラ
30a…モニター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
実験用小動物の血管を観察する方法であって、
前記実験用小動物の血管内へ前記血管から漏出する性質を有する蛍光試薬を投与する過程と、
前記実験用小動物に励起光を照射して前記実験用小動物の少なくとも一部の蛍光像を取得する過程と
を含み、前記血管内へ投与された前記蛍光試薬が前記血管の外部へ漏出した後の前記実験用小動物の少なくとも一部の蛍光像に於いて前記血管の周囲の輝度よりも相対的に低くなった前記血管の像が取得されることを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1の方法であって、前記血管内へ投与された前記蛍光試薬が前記血管の外部へ漏出した後の前記血管の像に基づいて前記血管の直径、分岐数又は面積を測定する過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2の方法であって、前記実験用小動物に励起光を照射して前記実験用小動物の少なくとも一部の蛍光観察を行う過程が前記蛍光試薬の前記実験用小動物の血管内への投与後から実行され、前記蛍光試薬の前記実験用小動物の血管内への投与後からの前記血管の外部の蛍光強度が計測され、前記血管の外部の蛍光強度の経時変化に基づいて前記蛍光試薬の血管からの漏出のし易さが決定されることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−217065(P2010−217065A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−65548(P2009−65548)
【出願日】平成21年3月18日(2009.3.18)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】