説明

血中スモールデンス低比重リポタンパク質低下剤

【課題】 低比重リポタンパク質(LDL)を減少させずに、血中スモールデンス低比重リポタンパク質(small dense LDL)を低下させる血中スモールデンス低比重リポタンパク質低下剤に関する。本発明は、動脈硬化の予防または改善、広くはメタボリックシンドロームを改善に有用な医薬品、食品などとして広く利用される。
【解決手段】炭素数20〜36の高級脂肪族アルコールを有効成分とする血中スモールデンス低比重リポタンパク質低下剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血中スモールデンス低比重リポタンパク質(small dense 低比重リポタンパク質)低下剤に関する。詳しくは、低比重リポタンパク質(LDL)の総量を減少させずに、血中スモールデンス低比重リポタンパク質を低下させる血中スモールデンス低比重リポタンパク質低下剤に関する。本発明は、動脈硬化の予防または改善、広くはメタボリックシンドロームの改善に有用な医薬品、食品などとして広く利用されるものである。
【背景技術】
【0002】
現在、日本人の死因の第一位は癌である。しかし、血管系の疾患である、第二位の心臓疾患、第三位の脳疾患を合計すると第一位の癌に迫りつつある。これらの最大の原因はメタボリックシンドームが引き金となり、動脈硬化を起因することによる。
このメタボリックシンドロームとは、肥満症や高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣に起因する病態が2つ以上合併した状態である。肥満、特に内臓に脂肪が蓄積した肥満(内臓脂肪型肥満)がその発症に深く関わっているというコンセンサスが得られつつある。「メタボリックシンドローム」という概念は、動脈硬化による循環器病(心筋梗塞、狭心症、脳梗塞、閉塞性動脈硬化症など)を予防するための指標とすることを目的として確立された。動脈硬化は、ある程度進行しないと、病変として現れ難い症状であり、その発症にはメタボリックシンドロームが深く関与している。
最近の研究では、メタボリックシンドロームに関連して、血中のLDL分画にある、スモールデンス低比重リポタンパク質(以降、スモールデンスLDLと記載する。)が動脈効果発症に大きな影響を与えるということが明らかになってきた。動脈疾患患者において、低比重リポタンパク質(LDL)値は正常でありながら、スモールデンスLDLが多いことが報告され、LDLの質的異常が動脈疾患と強く関連していることが示唆されて注目されている(非特許文献1)。
【0003】
スモールデンスLDLは、粒径25.5nm以下のLDLである。このような小型のLDLは、LDL受容体との結合親和力に劣り,血中滞在時間が長くなる。この結果、血管内皮細胞と長時間接触することになる。また、小型化したことで本来持つべき、酸化を防ぐためのビタミンEやユビキノール10が乏しく、活性酸素による酸化を非常に受けやすくなる。加えて粒子サイズが小さいことから、血管内皮細胞の間隙などを通り動脈壁へ浸透しやすくなる。つまり、スモールデンスLDLは動脈硬化の原因物質である酸化LDLの前駆物質になりやすく、血管壁に入り込み炎症を進展させる強力な動脈硬化惹起性物質と考えられている。
【0004】
スモールデンスLDLはLDLの一形態であることから、これを低下させるには、その構成成分であるコレステロールの生合成を阻害するスタチン系薬剤の使用が考えられる。
1994〜98年における、4000−9000人の患者を対象にしたスタチン系薬剤の2重盲検法による大規模調査では(非特許文献2〜6)、5年前後の長期間にスタチン系薬剤を投与した結果、LDL量の指標である血中LDL―コレステロ−ル値が25〜35%減少し、心筋梗塞の発病が23〜34%、全死亡率は10〜30%にそれぞれ低下し、それらの効果が証明されている。
しかし、このような方法で、血中のLDL量を下げることは、血中の総コレステロール量を下げることになり、その副作用が知られている。
第一に、うつ病傾向が現れてくる。例えば、65歳以上の男性195人にうつ状態を点数化して調べた結果では、血中の総コレステロール値の中程度、低い群では4年後にうつ状態が進行していた。コレステロールの高い群ではむしろうつ状態の改善傾向が見られた。(非特許文献7)
次に、血中の総コレステロール量が低下して来ると癌が増加するという報告が幾つかなされている。免疫細胞の細胞膜もコレステロールから形成されており、キラーT細胞、NK細胞などのリンパ球やマクロファージも細胞としての機能低下を招き、癌になりやすいと言われている。具体的には癌とコレステロール値に関する国内外の論文を解析した結果、LDL−コレステロール値が低いほど、癌の発症率や死亡率が高くなることが報告されている(非特許文献8)。
【非特許文献1】木庭新治 他、日本心臓病学会誌、Vol.36 No.6 371−78 (2000)
【非特許文献2】Scandinavian Simvastatin Survival Study Group、Lancet、1994、344、1383− 1389.
【非特許文献3】Sacks FM 他、N Engl J Med、1996、335、1001−1009.
【非特許文献4】The Long−Term Intervention with Pravastatin in Ischaemic Disease (LIPID) Study Group、N Engl J Med、1988、339、1349−1357
【非特許文献5】Shepherd J他、N Engl J Med、1995、333: 1301−1307.
【非特許文献6】Downs,JR 他、JAMA、1998、 279: 1615−1622.
【非特許文献7】Shibata H 他、J Epidemiol、1999、Aug;9(4):261−7.
【非特許文献8】玉腰暁子 他、日本公衆衛生学会誌 vol.41 No.5 393−403.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように、コレステロール生合成阻害剤を使用すると、血中のLDL量を低下できるが、長期間の使用において副作用の危険性がある。
したがって、メタボリックシンドームを引き金とする動脈硬化を予防するには、血中のLDL量を一定の範囲に維持し、コレステロールなどの代謝を正常に保ちながら、スモールデンスLDL量のみを低下させることが重要である。
このことから、現在では、健常人においても、メタボリックシンドームの予防、進行を防止するために、動脈硬化惹起性物質であるスモールデンスLDLを低下させLDLを質的に改善する医薬品や食品が強く求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記の問題点に鑑みて鋭意検討した結果、炭素数20〜36の高級脂肪族アルコールが、血中のLDLの総量を減少させることなくスモールデンスLDLを低下できることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、炭素数20〜36の高級脂肪族アルコールを有効成分とする血中スモールデンスLDL低下剤である。
【発明の効果】
【0007】
本発明の高級脂肪族アルコールを有効成分する血中スモールデンスLDL低下剤によれば、血中のLDLの総量を減少させることなく、スモールデンスLDLを低下することができる。したがって、副作用の心配なく使用できる。メタボリックシンドローム、特に動脈硬化の形成の予防または改善に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明に使用する高級脂肪族アルコールは、天然ワックスより分離精製される。天然ワックスとしては、炭素数20〜36の高級脂肪族アルコールを構成成分とする天然ワックスであれば特に限定されない。例えば、動物、植物、微生物由来のワックスが挙げられる。好ましくは、長鎖アルコールの含有率が高いワックスが挙げられる。このようなワックスとして挙げられるのが、米糠ワックス(ライスワックス)、砂糖黍ワックス、カルナウバワックス、カンデリラワックス、ホホバ油、木ロウなどの植物起源のワックスやビーズワックス(蜜蝋)、マッコウ鯨油、羊毛脂などの動物起源のワックスなどである。これらより少なくとも1種類を用いることができ、高級脂肪族アルコール(C20〜36)を多く含む、米糠ワックス(ライスワックス)、砂糖黍ワックス、カルナウバワックス、カンデリラワックス、ホホバ油、木ロウ、蜜蝋などが特に好ましい。
【0009】
更に、米糠ワックスや砂糖黍ワックスは、米油の搾油後の残渣、砂糖生産時の残渣として大量にかつ安価に入手することが可能なために特に好ましい。従って、本発明で得られる高級脂肪族アルコールとしては、前記のワックスを分解して得られるもので、通常炭素数20〜36の1価及び2価の飽和アルコールが挙げられる。具体的には、例えば、エイコサノール(C20:炭素数を示す。以降、同じ)、ドコサノール(C22)、テトラコサノール(C24)、ヘキサコサノール(C26)、オクタコサノール(C28)、ノナコサノール(C29)、トリアコンタノール(C30)、メリシルアルコール(C31)、ドトリアコンタノール(C32)、セロメリシルアルコール(C33)、テトラトリアコンタノール(C34)、ヘプタトリアコンタノール(C35)、ヘキサトリアコンタノール(C36)、エイコサン1,2−ジオール、ドコサン1,2−ジオール、テトラコサン1,2−ジオール、ドコサン1,3−ジオール、トリコサン1,3−ジオール、テトラコサン1,3−ジオールなどが挙げられる。
【0010】
これらは、精製し純品として使用できるし、また、これを混合して使用することができる。天然由来の高級アルコール混合物は、そのままで本発明に使用できるので、実施に適している。天然由来の高級アルコール混合物の組成を下表に示した。
【0011】
【表1】

【0012】
かかる高級脂肪族アルコールは、天然ワックスの加水分解物により得ることができる。反応方法は、アルカリ触媒等を用いた化学反応法、リパーゼ等の油脂加水分解酵素を用いた生化学反応法の何れでも良い。分解生成物である高級脂肪族アルコールの一般的な精製方法は、ヘキサン、アセトン、エタノール等の有機溶媒、または、中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT油)等の食品素材を用いて抽出する方法が挙げられる。本発明にかかる高級脂肪族アルコールの抽出は何れの方法でも良い。また、高級脂肪族アルコール分子内の水酸基に、一度、エチル基、メチル基等を修飾し、蒸留により分離した後、修飾基を除去する方法もあるが、本発明にかかる高級脂肪族アルコールは、何れの方法で得られたものでも良い。
【0013】
本発明の血中スモールデンスLDL低下剤は、かかる高級脂肪族アルコールを有効成分とするものである。本発明の血中スモールデンスLDL低下剤は、医薬品または飲食物とすることが好ましい。
本発明の血中スモールデンスLDL低下剤において、高級脂肪族アルコールは平均粒径が1〜150μmの粉末状であることが好ましい。平均粒径が150μmを超えると経口による吸収効率が悪くなる。
【0014】
医薬品としては経口投与剤が好ましい。経口投与剤とする場合には、その形態に特に制限は無く、例えば散剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、打錠剤等の固形製剤、水剤、懸濁剤、乳剤等の液剤等が挙げられる。これらの医薬品は、高級脂肪族アルコールの他に、必要に応じて医薬品の形態に応じて一般に用いられる、賦形剤、崩壊剤、結合剤、潤沢剤、界面活性剤、アルコール類、水、水溶性高分子、甘味料、矯味剤、酸味剤等を添加し、常法に従って製造することができる。
【0015】
飲食物としては、例えば特定の機能を発揮して健康増進を図る健康食品が挙げられる。具体的には、高級脂肪族アルコールを配合した調理油、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、ドレッシング類、マヨネーズ、合成クリーム類、可溶化液、水剤、懸濁剤、乳剤等の液剤、チョコレートやフライスナック等の菓子類が挙げられる。かかる飲食物は、上記の高級アルコール脂肪族アルコールの他に、飲食物の種類に応じて一般に用いられる食品原料を添加し、常法に従って製造することができる。
【0016】
本発明の血中スモールデンスLDL低下剤を医薬品として用いる場合は、高級アルコールの含有量は30〜90%質量%が好ましい。飲食物として用いる場合は、0.001〜80質量%が好ましい。
投与量は、高級脂肪族アルコールの効果を有効に発現させるために、成人1人当たり、高級脂肪族アルコールとして、1mg〜10g、好ましくは5mg〜1gを1日1〜数回に分けて投与することが好ましい。
【実施例】
【0017】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。
実施例1−1
健常者20名に対して20mg/日で表2の組成の米糠由来高級アルコールを4週間(28日間)摂取させ、本発明の血中スモールデンスLDL低下剤の効果を確認した。摂取方法は、1粒200mgの錠剤(高級アルコール5質量%、乳糖85質量%、セルロース10質量%;1粒当たり高級アルコール10mg配合)を1日2粒摂取した。上記の被験者は、試験前、試験後の計2回採血を行い、血中のスモールデンスLDL量を測定した。
スモールデンスLDL量の測定は、採血した血液を粒子サイズに依存した分離能を有するカラムを装着した、液体クロマトグラフィーで、複数クラスのリポプロテインを分離し、粒子径23nm付近のサイズのLDLを分画した。このLDL画分が、スモールデンスLDL画分である。得られたスモールデンスLDLはコレステロール定量試薬によって紫外可視検出器で測定を行い、スモールデンスLDL中のコレステロール量を定量した。(特願2004−264051号公報、Arterioscler Thromb Vasc Biol. 25 578−584 2005 参照)。表3及び4に結果を示す。
【0018】
実験1−2
実施例1−1において、採取した血清から酵素を用いて直接法によってLDL量(コレステロール量)の測定を行った。結果を表5に示す。
また、採取した血清から、アポプロテインB量を測定した。LDLでは1粒子あたり1molのアポプロテインBが存在し、血漿中のアポプロテインBの95%はLDL粒子に結合しているため、血漿中の総アポプロテインBが血中のLDL粒子数の指標となりえる。第一化学薬品(株)製ELISAキット(アポBオート・N第一)を使用してアポプロテインB量の定量を行った。表6に結果を示す。
【0019】
【表2】

【0020】
【表3】

【0021】
【表4】

【0022】
【表5】

【0023】
【表6】

【0024】
表3及び4より、本願発明の高級アルコールを有効成分とする血中スモールデンスLDL低下剤を摂取することで、血中のスモールデンスLDL量を低下できることが明らかになった。試験前に比べて試験後の数値が10%以上下がった被験者は20名中10名で全体の50%であった。
一方、表5、表6より、本願発明の高級アルコールを有効成分とする血中スモールデンスLDL低下剤を摂取することで、血液中のLDL量に変化は見られないことが明らかになった。このことは、血中のLDL−コレステロール量及びLDL量の指標となるアポプロテインB量に変化が認められないことから確認される。
以上の結果から、本願発明の高級アルコールを有効成分とする血中スモールデンスLDL低下剤は、血中のLDLの総量を減少させず、これを適切に維持しながら、LDLの質的変化をもたらし、スモールデンスLDL量のみを低下できることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数20〜36の高級脂肪族アルコールを有効成分とする血中スモールデンス低比重リポタンパク質低下剤。

【公開番号】特開2008−88078(P2008−88078A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−268612(P2006−268612)
【出願日】平成18年9月29日(2006.9.29)
【出願人】(000004341)日油株式会社 (896)
【Fターム(参考)】