説明

血中酸化ストレスマーカーの測定法

【課題】生体試料中の還元型の低分子チオールと酸化型の低分子チオールを同時に正確に分別定量する方法の提供。
【解決手段】生体試料を除タンパク処理し、除タンパク処理試料から第1の部分及び第2の部分を同量ずつ採取し、第1の部分の還元型低分子チオールを蛍光標識し、第2の部分の低分子チオールを還元剤を用いて還元処理した後に還元型低分子チオールを蛍光標識し、蛍光標識された第1の部分の低分子チオール及び第2部分の低分子チオールをHPLCを用いて分析し、第1の部分の分析値及び第2の部分の分析値より、還元型低分子チオールと酸化型低分子チオール濃度を算出する、生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の酸化ストレスの測定方法に関するものである。さらに詳細には、本発明は、マーカーとして生体中の低分子チオールの酸化型と還元型の比を用いる酸化ストレスの測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタボリックシンドロームをはじめ、生活習慣病の進展に伴い、種々の動脈硬化性変化が進行する。その進展には体内の酸化ストレスが重要な役割を演じていると考えられている。酸化ストレスは生体内で生成する活性酸素群(ROS)の酸化損傷力と生体内の抗酸化システムの抗酸化ポテンシャルとの差として定義されている。ROSは、本来、エネルギー生産、侵入異物攻撃、不要な細胞の処理、細胞情報伝達などに際して生産される有用なものであるが、生体内の抗酸化システムで捕捉しきれない余剰なROSが生じる場合、生体の構造や機能を担っている脂質、蛋白質・酵素や、遺伝情報を担う遺伝子DNAを酸化し損傷を与え、生体の構造や機能を乱す。その結果、動脈硬化、心筋梗塞、糖尿病、癌などの病気を引き起こし、老化が早まる。
【0003】
その根拠は疫学的な、あるいは動物実験からの知見に基づいている。これまでに、血清中のグルタチオンペルオキシダーゼ活性やスーパーオキサイドディスムターセ(SOD)活性、さらに化学発光物質などが酸化ストレス指標として測定されてきた。しかし、これらの指標はin vivoにおける酸化ストレスを反映しているとは言えず、直接的な酸化ストレスを表すものではない。
【0004】
低分子チオールの一種であるグルタチオンはグルタチオンペルオキシダーゼの基質であり、グルタチオンペルオキシダーゼが酸化ストレスの化学的実体のひとつである過酸化物を還元して消去する際に、グルタチオンが酸化され酸化型となることが知られている。酸化型グルタチオンはグルタチオン還元酵素により還元型に戻される。このように低分子チオールの酸化型-還元型は循環しており、一定の平衡状態にあるが、過酸化物の増大とともに平衡が崩れ、酸化型比率が増大すると推察されている。
【0005】
グルタチオンペルオキシダーゼ活性の高低は、低分子チオール酸化還元サイクルの平衡状態においては酸化型-還元型比とは無関係であり、酵素活性を測定しても平衡の偏りは厳密には解析できないという問題点が存在する。
【0006】
一方、血液等の生体試料中の低分子チオールを測定する試みが報告されている(非特許文献1〜3等を参照)。該方法は低分子チオールの酸化型及び還元型を測定しようとするものである。
【0007】
しかしながら、該方法においては、還元型チオールのみの検量線を作成し、還元型チオール及び酸化型チオールを測定しており、また、サンプル処理過程において、還元型チオールが酸化型チオールに変換してしまい、必ずしも生体試料中の低分子チオールの酸化型と還元型を正確に測定することはできなかった。
【0008】
また、チオールの酸化型及び還元型の変換と酸化ストレスとの関連性については知られていなかった。
【0009】
【非特許文献1】TOYOOKA et al., Journal of Chromatography, 282(1983)495-500
【非特許文献2】TOYOOKA et al., Analytica Chimica Acta, 205(1988)29-41
【非特許文献3】TOYOOKA et al., BIOMEDICAL CHROMATOGRPHY, VOL.3, No.4, 1989,pp.166-172
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、生体試料中の低分子チオールの還元型-酸化型の比を酸化ストレスの指標として利用し、生体試料中の還元型の低分子チオールと酸化型の低分子チオールを同時に正確に分別定量する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、酸化ストレスの化学的実体の一つである過酸化物の増大を知るためには、それを反映している低分子チオールの酸化型-還元型比の分析が有効であると考えた。すなわち、従来測定されているグルタチオンペルオキシダーゼ活性より、低分子チオールの酸化型-還元型比が酸化ストレスの指標としては妥当性が高いと考えた。さらに、酸化ストレス増大は局所的に起こる場合もあるが、全身を循環する血液中の低分子チオールの酸化型-還元型比を分析することにより、局所の平衡の偏りも検知し得ると考えた。
【0012】
そこで本発明者らは酸化ストレスを表すマーカーとして低分子チオールに着目し、より簡便でより正確な酸化状態を示す測定法の確立を試みた。
【0013】
従来、低分子チオールの酸化型-還元型分別定量法は標準試料や、対照実験が可能な動物実験では行われていた。しかし生体試料中の低分子チオールは非常に不安定であり、対照試料が得られない臨床材料を試料とした分析結果は、低い信頼性しか期待できず、報告は少なかった。従って、低分子チオールの分析意義も推察の域を出なかった。
【0014】
本発明においては、生体試料中の低分子チオールの不安定性は試料中の酵素によることから、採血後短時間で低温除タンパク操作を行うことで、一定の分析精度を得ることが可能となった。さらに、除タンパク操作に用いる除タンパク剤、生体試料中の酸化型の低分子チオールの還元に用いる還元剤として、低分子チオールを安定に保ち得るものを選択した。さらに、酸化型は還元して還元型とし、還元型、酸化型双方とも還元型として分析する際に、酸化型、還元型それぞれの検量線を作成し利用することで、酸化型の還元反応の収率を補正した。
【0015】
このようにして確立した方法を用いて、いくつかの還元型、酸化型標準混合試料を分析した結果、良好な正確さが証明され、本発明を完成させるに至った。
【0016】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量し、低分子チオールの酸化型と還元型の存在比をマーカーとして用いる生体の酸化ストレスの測定方法。
[2] 生体試料中の低分子チオールがシステイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインからなる群から選択される少なくとも1種である[1]の生体の酸化ストレスの測定方法。
[3] 生体試料が血液、血清及び血漿からなる群から選択される[1]又は[2]の生体の酸化ストレスの測定方法。
[4] 生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型の分別定量がHPLCを用いて行なわれる[1]〜[3]のいずれかの生体の酸化ストレスの測定方法。
[5] 生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法であって、生体試料を除タンパク処理し、除タンパク処理試料から第1の部分及び第2の部分を同量ずつ採取し、第1の部分の還元型低分子チオールを蛍光標識し、第2の部分の低分子チオールを還元剤を用いて還元処理した後に還元型低分子チオールを蛍光標識し、蛍光標識された第1の部分の低分子チオール及び第2の部分の低分子チオールをHPLCを用いて分析し、第1の部分の分析値及び第2の部分の分析値より、還元型低分子チオールと酸化型低分子チオール濃度を算出する、生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【0017】
[6] 生体試料中の低分子チオールがシステイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインからなる群から選択される少なくとも1種である[5]の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
[7] 生体試料の除タンパク処理がスルホサリチル酸を用いて行なわれる[5]又は[6]の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
[8] 生体から生体試料を採取した後、1分以内に0〜4℃に冷却する、[5]〜[7]のいずれかの生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
[9] 除タンパクした生体試料の第2の部分の還元処理が、中性pHで作用する水可溶性の還元剤を用いて行なわれる、[5]〜[8]のいずれかの生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
[10] 中性pHで作用する水可溶性の還元剤が、TCEP, Neutral pHである[9]の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【0018】
[11] 生体試料中の還元型低分子チオール及び酸化型低分子チオールの定量が、還元型低分子チオール標準品を用いて作成された検量線及び酸化型低分子チオール標準品を還元剤で還元処理して得られた還元型低分子チオール標準品を用いて作成された検量線の2つの検量線を用いて行なわれる、[5]〜[10]のいずれかの生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
[12] 生体試料中の還元型低分子チオール及び酸化型低分子チオールの定量が、以下の工程を含む方法で行なわれる[11]の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法:
(i) 還元型低分子チオール標準品及び酸化型低分子チオール標準品を還元剤処理して還元した標準品をHPLCで分析し、該標準品のHPLCクロマトグラムピーク面積を内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化し、2つの検量線を作成する工程;
(ii) (i)のHPLC分析の結果より、還元剤効力率を、式0.5/(SHx/SSx)により求める工程、ここでSHxは還元型低分子チオール標準品の特定の濃度における正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積を表わし、SSxは酸化型低分子チオール標準品を還元剤により還元処理した標準品の特定の濃度における正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積を表わす;
(iii)(a) 生体試料の第1の部分の還元型低分子チオールを蛍光標識して得られた試料をHPLC分析して得られ、内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積より、(i)の還元型低分子チオール標準品を用いて作成した検量線に基づき、前記第1の部分の還元型低分子チオール濃度を求め、
(b) (ii)で求めた還元剤効力率、(iii)(a)の生体試料の第1の部分の還元型低分子チオールを蛍光標識して得られた試料をHPLC分析して得られ、内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積、並びに生体試料の第2の部分の低分子チオールを還元剤を用いて還元処理した後に還元型低分子チオールを蛍光標識して得られた試料をHPLC分析して得られ、内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積より、式 (還元型+酸化型)分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積-(還元剤効力率×還元型分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積)により、生体試料中の酸化型低分子チオールの正規化HPLCクロマトグラムピーク面積に相当する補正値を求め、該補正値より、(i)の酸化型低分子チオール標準品を還元剤処理して還元した標準品を用いて作成した検量線に基づき、前記第2の部分の酸化型低分子チオール濃度を求める工程。
【0019】
[13] [5]〜[12]のいずれかの生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法により得られた定量値より低分子チオールの酸化型と還元型の存在比を算出し、該存在比より生体の酸化ストレスを測定する、[1]〜[4]のいずれかの生体の酸化ストレスの測定方法。
[14] 少なくともスルホサリチル酸である除タンパク剤、TCEP, Neutral pHである還元剤を含む生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量するためのキット。
[15] さらに、還元型及び酸化型低分子チオール標準品、低分子チオールを蛍光標識するための蛍光物質を含む、[14]の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量するためのキット。
[16] 低分子チオールがシステイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインからなる群から選択される少なくとも1種である[14]又は[15]の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量するためのキット。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法により、ヒト臨床材料を試料として、一定の精度で、各低分子チオールの還元型と酸化型との分別定量が可能となった。これまでに数症例の分析の結果、酸化ストレスが重要な役割を演じているとされる狭心症において、当初期待されていたように、グルタチオンの酸化型の比率が変化していることが明らかとなった。このことから、酸化型チオールの比率の変化、例えば上昇が酸化ストレス増加の一指標と成り得ることが示唆され、本発明の臨床診断上の特有な効果が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
低分子チオールとは、SH基を有する分子量数百程度の化合物であり、本発明の酸化ストレスの指標に用いる低分子チオールとしては、生体内に存在する低分子チオールであるシステイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインが好ましい。図1にそれぞれの化合物の構造式を示す。一度の測定で、複数の低分子チオールを測定してもよい。例えば、システイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインの1種、2種、3種又は4種を一度に測定してもよい。システイン及びホモシステインの酸化型はそれぞれ、シスチン及びホモシスチンと呼ぶ。
【0022】
本願発明の方法においては、低分子チオールの酸化型と還元型を分別定量し、酸化型と還元型の比を算出して酸化ストレスの指標とする。低分子チオールの還元型はチオール基が還元された状態、すなわち-SHとして存在し、酸化型はチオール基が酸化され、低分子チオール2分子がS-S結合により結合したダイマーとして存在する(図2)。
【0023】
低分子チオールの定量は、還元型の低分子チオールのSH基に蛍光物質を結合させ、低分子チオール化合物と蛍光物質の複合体を蛍光により定量する(図3)。
【0024】
酸化型の低分子チオールには、そのままでは蛍光物質を結合させることはできないので、酸化型の低分子チオールを還元し、還元型低分子チオールに変換させ、上記の蛍光物質を結合させて定量すればよい。この際、酸化型チオールの還元率が100%の場合、酸化型の低分子チオールのダイマーから2分子の還元型低分子チオールが生成するので、濃度は2倍に計測される(図4)。
【0025】
本発明の方法において、生体試料中の酸化型の低分子チオールと還元型の低分子チオールの分別定量をすることができる。生体試料は限定されないが、全血液、血清、血漿が好ましい。
【0026】
血液を採取する際、血液中に存在している還元型の低分子チオールの酸化を防止するために、採血管をあらかじめ冷却して用いる。また、この際血液凝固防止のためにEDTA(エチレンジアミン四酢酸)を添加することが好ましい。血液凝固防止のためには、一般的にはヘパリン等も用いられるが、ヘパリンを用いた場合、還元型の低分子チオールが酸化型に変換してしまう可能性が高いため、EDTAを用いる必要がある。また、EDTAを添加することにより、還元型の低分子チオールを酸化し得る酵素の補酵素を阻害することができるので、還元型の低分子チオールの酸化型への変換を防止することもできる。
【0027】
血清又は血漿を用いる場合、遠心分離により血清又は血漿を分離するが、この際も冷却下、好ましくは0℃で行い、また還元型の低分子チオールの酸化を防ぐため、遠心分離時間は短い方がよい。遠心分離時の温度が高く、また遠心分離の時間が長いと、試料中の還元型低分子チオールが酸化型に変換してしまう。例えば、血漿分離の場合、1900Gで5分以下、好ましくは3分以下の時間、遠心分離を行なう。また、生体試料は用時に採取し調製する必要がある。これは、例えば、血漿の状態で-80℃保存すると試料中の還元型低分子チオールが酸化型低分子チオールに変換してしまうからである。
【0028】
この際、所定の濃度の還元型の低分子チオール又は酸化型の低分子チオールを含む標準サンプルを調製してもよい。この場合、還元型の低分子チオール標準サンプルはあらかじめ濃厚溶液を調製し凍結保存しておくことができる。例えば-80℃で保存しておき、用時に希釈して用いることができる。一方、酸化型の低分子チオールは、その都度用時調製する必要がある。酸化型低分子チオールは、4℃以下の低温保存又は凍結保存により一部が析出してしまい、正確な測定が困難になってしまうので、用時調製が必要である。
【0029】
低分子チオールの測定の前に、夾雑タンパク質及び生体試料中の低分子チオールを酸化し得る酵素を除去するために生体試料を除タンパク処理する。除タンパクは、酸を試料に添加し、タンパク質を変性させ、変性したタンパク質をフィルター処理又は遠心分離により除くことにより達成することができる。除タンパクにはpHが極端に低くないものが好ましく、例えばスルホサリチル酸(SSA)が挙げられる。スルホサリチル酸は、トリクロロ酢酸(TCA)等のタンパク質変性除去剤に比べ、SH基の保持率が高いので望ましい。この際、生体試料の低分子チオールを酸化し得る酵素の活性を低下させるため、生体試料及び除タンパク剤を0〜4℃に氷冷して用いる。用いる除タンパク剤の濃度は、1〜5%、好ましくは2〜5%、さらに好ましくは2〜3%、特に好ましくは2.5%である。
【0030】
生体試料採取後、除タンパク処理を行なうまでの時間は、5分以内、好ましくは3分以内、さらに好ましくは1分以内である。
【0031】
生体試料に除タンパク剤を添加後、さらに内部標準物質を添加する。内部標準物質としては、生体内に存在しないか又は極微量しか存在しない低分子チオールを用いる。例えばN-Acetyl-L-cysteineを用いることができ、HPLCの分析測定に用いられる溶液に生体試料中に含まれる低分子チオールに近似した濃度になるように添加すればよい。例えば、数μM〜数十μM添加すればよい。
【0032】
内部標準物質を添加後、混合し遠心分離により変性したタンパク質を除去し、上清を測定に用いる。
【0033】
本発明の方法においては、除タンパク処理した生体試料を保存した場合、酸化型低分子チオールが還元されてしまい、正確に測定することができない。そこで、保存することなく、低分子チオール分子の測定を行なう。
【0034】
測定の際には、除タンパク処理したサンプルから同量の一定量の第1の部分と第2の部分を取り、第1の部分を用いて還元型の低分子チオールを測定する。この際、上記のように第1の部分に含まれる還元型の低分子チオールを蛍光物質で標識する。採取する一定量には、限定はないが、例えば5〜100μl、好ましくは10〜50μl取ればよい。
【0035】
また、第2の部分を用いて還元型及び酸化型の両方の低分子チオールを測定する。サンプル中には、還元型の低分子チオールと酸化型の低分子チオールの両方が含まれているが、酸化型の低分子チオールを還元型の低分子チオールに変換させ、蛍光物質で標識し、測定すればよい。
【0036】
第1の部分を用いた測定により、サンプル中に存在していた還元型の低分子チオールを定量することができ、第2の部分を用いた測定により、サンプル中に存在していた還元型の低分子チオールと酸化型の低分子チオールを定量することができる。第2の部分の定量値から第1の部分の定量値を減じることにより酸化型の低分子チオールの量を算出することができる。
【0037】
本発明において、第1の部分を用いた測定を「還元型処理法」と呼び、第2の部分を用いた測定を「(還元型+酸化型)処理法」と呼ぶ。また、「還元型処理法」により処理したサンプルを還元型処理サンプル、「(還元型+酸化型)処理法」により処理したサンプルを(還元型+酸化型)処理サンプルと呼ぶ。
【0038】
従来、ジスルフィド結合の還元にはアルカリ性で作用するトリブチルホスフィン(TBP)等が用いられており、還元処理の際に反応液をアルカリ性にするためにNaOHを添加していたが、NaOHはチオール構造を分解してしまうという問題があった。また、トリブチルホスフィンは、水に不溶であり、空気酸化を受けやすいという欠点もあった。本発明では、このような欠点のない、中性で作用し得る水に可溶な還元剤を用いる。このような還元剤として例えば、TCEP(Tris[2-carboxyethyl]phosphine)が挙げられる。TCEPとしては、TCEP, Hydrochloride、TCEP, Neutral pHがあるが、TCEP, Neutral pHが好ましい。また、TCEPをポリアクリルアミドゲルに固定化したTCEP, Immobilizedを用いることもできる。還元剤の濃度は、1〜5%、好ましくは2〜5%、さらに好ましくは2〜3%、特に好ましくは2.5%である。
【0039】
除タンパク後、次いでサンプルの第1の部分及び還元処理した第2の部分中の還元型の低分子チオールを蛍光物質で標識する。
【0040】
低分子チオールの定量は、還元型の低分子チオールのSH基にマレイミド基又はアリールハライド基を有する蛍光物質を結合させ、低分子チオール化合物と蛍光物質の複合体を蛍光により定量する(図3)。アリールハライド基を有する蛍光物質として、SBD-F(4-Fluoro-7-sulfobenzofurazan, ammonium salt)、ABD-F(4-Fluoro-7-sulfamoylbenzofurazan)等が挙げられ、マレイミド基を有する蛍光物質として、NAM(N-(9-Acridinyl)maleimide)、DBPM等が挙げられる。ただし、チオール基とのカップリング反応により低分子チオールを蛍光標識し得る標識物質ならば、いずれの物質も用いることができ、上記の物質に限定されない。反応時の蛍光物質の濃度は、好ましくは8〜15mM、さらに好ましくは9〜11mM、特に好ましくは10mMであり、これは予測される生体試料中の低分子チオール濃度に適合させた濃度である。
【0041】
蛍光物質で低分子チオールを標識した後、HPLCで低分子チオールを分析する。
HPLCカラムとしては、例えばSODカラムを用い、アセトニトリルとリン酸溶液のグラジエント溶出により低分子チオールを分離することができる。溶出条件は、例えば移動層Aを0.15M リン酸、移動層Bを100%アセトニトリルとした場合、0-20分 2% B、20.1-25分 4% B、25.1-27分 15% B、27.1-30分 15% B、30.1-45分 2% Bのような分配にして、グラジエントを細かく設定することにより、ピークの分離を良好にすることができる。
検出器は蛍光検出器を用いて励起波長約380nm、蛍光波長約510nmで測定すればよい。
【0042】
図5に本願発明の方法のスキームの一例を示す。図5に記載の条件は一例であり、これに限定されるものではない。図5に示すように、試料の第1の部分に対して蛍光物質を結合させHPLC分析する方法を「還元型分析法」と呼び、試料の第2の部分に対して還元剤で還元処理し、蛍光物質を結合させてHPLC分析する方法を「(還元型+酸化型)分析法」と呼ぶ。還元型分析法では、生体試料中の還元型低分子チオールがそのまま定量され、(還元型+酸化型)分析法では、生体試料中の酸化型低分子チオールが還元され、還元型に変換するため、生体試料中の還元型と酸化型の両方の低分子チオールが定量される。
【0043】
HPLCにより低分子チオールを分析する場合、測定ごとに還元型低分子チオール及び酸化型低分子チオールの検量線を作成し、該検量線に基づいて定量値を校正する。これは、標準サンプルとして使用する還元型低分子チオール試薬の中に酸化型低分子チオールが混入しており、又は酸化型低分子チオール試薬の中に還元型低分子チオールが混入している可能性があるからである。また、一連の工程中で、還元剤処理による酸化型低分子チオールから還元型低分子チオール試薬への変換の他に、望まない酸化型低分子チオールと還元型低分子チオールの相互変換が起こっている可能性があるからである。さらに、還元剤による酸化型低分子チオールから還元型低分子チオールへの変換効率、すなわち還元剤の効力率は実験ごとに変動する可能性が高い。このような、酸化型低分子チオールと還元型低分子チオールの相互変換による不純物の混入による測定値の変動を校正し、さらに還元剤の効力の変動による測定値の変動を校正するために、測定ごとに検量線を作成する。
【0044】
検量線の作成及び定量値の校正は例えば以下のようにして行なう。
(1)測定対象となる低分子チオールの酸化型標準品と還元型標準品を準備する。この際、測定対象である低分子チオールが複数の場合は、複数の低分子チオールを混合した標準品を準備すればよい。本発明において、還元型標準品をSH標準品と呼び、酸化型標準品をSS標準品と呼ぶ。さらに、複数の低分子チオールを混合した標準品をMix標準品と呼ぶ。従って、複数の還元型低分子チオールを混合した標準品をSH Mix標準品と呼び、複数の酸化型低分子チオールを混合した標準品をSS Mix標準品と呼ぶ。これらは、市販のものを用いればよい。低分子チオール酸化型及び還元型は、段階希釈し、複数の濃度の標準品サンプルを調製する。
【0045】
(2)還元型標準品サンプル及び酸化型標準品サンプルから第1の部分及び第2の部分として同量の一定量を取り、第1の部分については、上記の蛍光物質で標識する(還元型分析法)。また、第2の部分については、上記の還元剤で還元した後、蛍光物質で標識する((還元型+酸化型)分析法)。この際、標準サンプルにも上記の内部標準物質を添加する。このとき、還元型標準品サンプルの第1の部分を蛍光物質で標識したサンプルをSH 還元型分析法標準品サンプル(複数の低分子チオールを含む場合は、SH Mix還元型分析法標準品サンプル)と呼び、酸化型標準品サンプルの第2の部分を還元剤で処理し、蛍光物質で標識したサンプルをSS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプル(複数の低分子チオールを含む場合は、SS Mix(還元型+酸化型)分析法標準品サンプル)と呼ぶ。
一連の処理は、生体試料と同じ方法で並行して行なう。
【0046】
(3)(2)で得られたSH 還元型分析法標準品サンプル及びSS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルをHPLCにより分析する。HPLC分析により、クロマトグラムの各ピークのピーク面積(HPLCクロマトグラムピーク面積)が得られる。内部標準のピーク面積に基づいてSH 還元型分析法標準品サンプル及びSS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルのHPLCクロマトグラムピーク面積を正規化する。正規化はサンプルのHPLCクロマトグラムピーク面積を内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積で除すればよい。ピーク面積に基づいて正規化した値を正規化HPLCクロマトグラムピーク面積と呼ぶ。
【0047】
(4)このようにして、正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて、横軸に標準品サンプルの濃度、縦軸に正規化HPLCクロマトグラムピーク面積をプロットした検量線が得られる。
【0048】
(5)次いで、SH還元型分析法標準品サンプル及びSS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルの検量線に基づいて還元剤の還元効率を導く。還元効率は、検量線の特定の濃度の一点、例えば10μMの点の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて導くことができる。この際、複数の点に基づいてHPLCクロマトグラムピーク面積を得て平均してもよい。
【0049】
例えば、標準サンプルの特定の濃度XMに対して以下の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積SHx及びSSxが得られたとする。
SH還元型分析法標準品サンプル(10μM):SHx
SS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプル(10μM):SSx
【0050】
この場合、0.5/(SHx/SSx)=SHx/2SSxが還元剤効力率となる。ここで、SSx/SHxを2で割るのは、酸化型低分子チオール1Mを完全に還元することにより還元型低分子チオール2Mが生成するからである。前記式中、SHx/SSxは還元剤の効力係数を表わし、効力係数が0.5のとき、還元剤処理によりすべての酸化型低分子チオールが還元されたことを示し、還元剤効力率、効力係数が0.625のとき、還元剤処理により80%の酸化型低分子チオールが還元されたことを示す。
【0051】
(6)次いで、定量しようとする生体試料を還元処理したものの正規化HPLCクロマトグラムピーク面積と(還元型+酸化型)処理したものの正規化HPLCクロマトグラムピーク面積と還元剤効力率に基づいて、生体試料サンプルの酸化型の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積に相当する補正値を得る。補正式は、(還元型+酸化型)分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積-(還元剤効力率×還元型分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積)で表わされる。この場合の補正値を酸化型換算値と呼ぶ。
【0052】
生体試料の還元処理したものの正規化HPLCクロマトグラムピーク面積に対して標準品のSH 還元型分析法標準品サンプルの検量線に基づいて、生体試料サンプル中の還元型低分子チオールの濃度が算出される。また、生体試料中の上記酸化型の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積に相当する補正値に対して標準品のSS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルの検量線に基づいて、生体試料中の酸化型低分子チオールの濃度が算出される。このとき、y=mxhで表わされる(m及びhは係数)検量線の回帰式を作成しておき、該式より求めればよい。
【0053】
さらに、具体例により生体試料中の還元型及び酸化型低分子チオールの算出方法について説明する。
【0054】
標準品として、システイン(還元型)標準品(シグマアルドリッチ社)及びシスチン(酸化型)標準品(SIGMA社)を用いた。
【0055】
試料としては、生体試料(ヒト血漿) 2検体を用いた。
【0056】
還元型の検量線作成のためにシステイン標準品(10μM及び50μM)をSBD-Fで標識し(SH還元型分析法標準品サンプル)、HPLCで分析した。
【0057】
酸化型の検量線作成のためにシスチン標準品(10μM及び50μM)をTCEP, neutral pHで還元処理し(SS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプル)、SBD-Fで標識し、HPLCで分析した。
【0058】
また、生体試料をSBD-Fで標識し(SH還元型分析法生体試料サンプル)、HPLCで分析した。さらに、該サンプルをTCEP, neutral pHで還元処理し(SS(還元型+酸化型)分析法生体試料サンプル)、SBD-Fで標識し、HPLCで分析した。この際、標準品及び生体試料のいずれにも、内部標準としてN-Acetyl-L-cysteineを添加した。また、同時にコントロールサンプルを用いてもよい(SH還元型分析法コントロールサンプル及びSS(還元型+酸化型)分析法コントロールサンプル)。
【0059】
各標準品サンプルのHPLCクロマトグラムピーク面積を内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積で割り、正規化HPLCクロマトグラムピーク面積を算出した。各々の正規化HPLCクロマトグラム面積は以下のとおりであった。
【0060】
サンプル 正規化HPLCクロマトグラム面積
標準品サンプル
SH還元型分析法標準品サンプル(10μM) 0.1265
(50μM) 0.6598
SS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプル (10μM) 0.2778
(50μM) 1.662
【0061】
生体試料1
SH還元型分析法生体試料サンプル 0.2175
SS(還元型+酸化型)分析法生体試料サンプル 2.461
【0062】
生体試料2
SH還元型分析法生体試料サンプル 0.5874
SS(還元型+酸化型)分析法生体試料サンプル 3.581
【0063】
なお、生体試料におけるHPLCのローデータ(HPLCクロマトグラム面積)は、以下のとおりであり、各々のHPLCクロマトグラム面積を内部標準のクロマトグラム面積で割って上記の正規化HPLCクロマトグラム面積を求めた。
【0064】
生体試料1 HPLCクロマトグラム面積
SH還元型分析法生体試料サンプル 4.189×103
内部標準 1.930×104

SS(還元型+酸化型)分析法生体試料サンプル 4.373×103
内部標準 1.777×104
【0065】
生体試料2
SH還元型分析法生体試料サンプル 7.199×103
内部標準 1.226×104

SS(還元型+酸化型)分析法生体試料サンプル 5.350×104
内部標準 1.494×104
【0066】
標準品サンプルの正規化HPLC面積値に基づいて検量線を作成した。検量線は、SH還元型分析法標準品サンプルについてのものと、SS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルについてのものの2つを作成した。図6にSH還元型分析法標準品サンプルの検量線を、図7にSS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルの検量線を示す。回帰式はそれぞれy=0.0119x1.0265、y=0.0215x1.1115であった。
【0067】
還元剤効力率を10μMにおける正規化HPLCクロマトグラム面積を採用して求めた。
計算式0.5/(SH還元型分析法標準品サンプルの正規化HPLCクロマトグラム面積/SS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルの正規化HPLCクロマトグラム面積)(%)より求め、0.5/(0.1264/0.2778)=1.099という還元剤効力率が得られた。
【0068】
次いで、生体試料中低分子チオールの算出を行なった。
(A)生体試料中還元型低分子チオールの算出
図6の検量線に基づいて濃度を求めた。すなわち、y=0.0119x1.0265で表わされる回帰式を用いて、SH還元型分析法生体試料サンプルの正規化HPLCクロマトグラム面積に対応する濃度を求めた。
【0069】
生体試料1 y=0.2175
回帰式 y=0.0119x1.0265より、x=16.95(μM)が求められた。
【0070】
生体試料2 y=0.5874
回帰式 y=0.0119x1.0265より、x=44.63(μM)が求められた。
【0071】
(B)生体試料中酸化型低分子チオールの算出
式 (還元型+酸化型)分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積-(還元剤効力率×還元型分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積)により生体試料サンプルの酸化型の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積に相当する補正値(酸化型換算値)を得た。さらに、この酸化型換算値を用いて図7の検量線に基づいて濃度を求めた。すなち、y=0.0215x1.1115で表わされる回帰式を用いて、酸化型換算値に対応する濃度を求めた。
【0072】
生体試料1の酸化型換算値は、2.461-(1.099×0.2175)=2.222 = yであった。該酸化型換算値を回帰式 y=0.0119x1.0265に適用して、濃度x=64.90(μM)が求められた。
【0073】
生体試料2の酸化型換算値は、3.581-(1.099×0.5874)=2.936 = yであった。該酸化型換算値を回帰式 y=0.0119x1.0265に適用して、濃度x=83.38(μM)が求められた。
【0074】
還元型/酸化型比は、生体試料1で0.261、生体試料2で0.535であった。
【0075】
本発明の方法により低分子チオールの還元型と酸化型の分別定量を行うことができ、得られた定量値から酸化型と還元型の比を得て、該比を酸化ストレス増加の指標とすることができる。酸化ストレスが増加している場合、生体内の低分チオールの動向が変化し、酸化型の低分子チオールと還元型の低分子チオールの比率が酸化ストレスを受けていない場合から変化する。すなわち、被験体における酸化型の低分子チオールと還元型の低分子チオールの比率の変動は酸化ストレスの変化を示す。また、被験体において酸化型の低分子チオールと還元型の低分子チオールの比率が酸化ストレスを受けていない正常人から有意に上昇又は低下した場合、該被検体が酸化ストレスが増加したことを示し得る。
【0076】
酸化ストレスの上昇は、動脈硬化、心筋梗塞、糖尿病、癌等の疾患を引き起こしえるので、酸化ストレスの評価を行なうことにより、これらの疾患の罹患リスクを判定することが可能である。
【実施例】
【0077】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0078】
実施例1 低分子チオール測定方法
生体試料中の低分子チオールの測定には以下の試薬等を用いた。
標準品として用いるL-シスチン(酸化型システイン)、DL-ホモシステイン、DL-ホモシスチン、システニルグリシン(Cys-Gly)、酸化型(oxidized)Cys-Gly、GSH(還元型グルタチオン)、GSSG(酸化型グルタチオン)、N-アセチル-L-システイン(N-Acetyl-L-cysteine)、ホウ酸ナトリウム、スルホサリチル酸はSIGMAから購入した。標準品として用いるL-システインはシグマアルドリッチから購入した。リン酸、アセトニトリル、塩酸は和光純薬工業から購入した。2Na-EDTA、SBD-Fは同仁化学から購入した。TCEP, neutral pHはPIERCEから購入した。
HPLCは島津製作所製を使用した。カラムはThermo HK30103-154630を使用した。
【0079】
測定は以下の方法で行なった。
各標準品試薬は5mM EDTA・2Naで調製し、酸化型標準品については用時調製を原則とした。生体試料サンプルは、血液を冷却EDTA採血管に採取し、即時1900g、0℃で3分間遠心分離して血漿を得ることにより調製した。その後すぐに次の工程に移行した。
【0080】
生体試料中の低分子チオールの測定
500μlのサンプル又は標準品に600μlの冷却2.5%スルホサリチル酸(SSA) in 5mM 2Na-EDTA (final)、内部標準物質として250μM N-アセチル-L-システイン in 0.1M ホウ酸ナトリウム(pH9.3 2Na-EDTA)を添加した後、ボルテクスをかけ、13200rpm、4℃で15分間遠心分離して上清を得た。上清について一部は還元処理法、一部は(還元型+酸化型)処理法により処理した。還元処理法は25μlの上清に10μlの0.1M ホウ酸ナトリウム(pH9.3 2Na-EDTA)、50μlの10mM SBD-F in 0.1M ホウ酸ナトリウム(pH9.3 2Na-EDTA)を添加することにより開始した。60℃の水浴で30分間インキュベーションした後、氷中で冷やした。25μlの2μM 塩酸と1mlの0.1M ホウ酸ナトリウム(pH9.3 2Na-EDTA)を加えてHPLC測定用検体とした。(還元型+酸化型)処理法は25μlの上清に10μlの2.5% TCEP, neutral pH、50μlの10mM SBD-F in 0.1M ホウ酸ナトリウム(pH9.3 2Na-EDTA)を添加して開始した。60℃の水浴で30分間インキュベーションした後、氷中で冷やした。25μlの2μM 塩酸と1mlの0.1M ホウ酸ナトリウム(pH9.3 2Na-EDTA)を加えてHPLC測定用検体とした。
図5に生体試料を採取し、HPLC測定用検体を調製するまでのスキームを示す。
【0081】
HPLCの測定条件は以下のとおりであった。
20μlのHPLC検体をSODカラムに流速1ml/min、カラム温度40℃の条件で流し、excitation 380nm、emission 510nmで計測した。移動層Aは0.15M リン酸、移動層Bは100%アセトニトリルであり、その分配は以下の通りであった。0-20分 2% B、20.1-25分 4% B、25.1-27分 15% B、27.1-30分 15% B、30.1-45分 2% B。
【0082】
生体試料中の低分子チオール濃度は、還元型低分子チオール標準品と酸化型低分子チオール標準品の検量線に基づき以下のように算出し、定量値を得た。
【0083】
生体試料サンプルの測定の度に、並行して還元型、酸化型の低分子チオール標準品の両方についても同様の処理を行い、HPLC分析によりそれぞれの検量線を描いた。この際、内部標準を用い、還元型、酸化型の低分子チオール標準品HPLCのクロマトグラムピーク面積を内部標準のクロマトグラムピーク面積で割ることにより標準品のHPLCクロマトグラムピーク面積の正規化を行った(正規化クロマトグラムピーク面積)。検量線上の任意の1点(XμM)から還元剤の効力率を式0.5/(SH XμM還元型分析法により得られた値/SS XμM (還元型+酸化型)分析法により得られた値により導き出した。HPLCで得られた生体試料の(還元型+酸化型)分析法により得られた値から生体試料の酸化型換算値を式(還元型+酸化型)分析法で得られた値−(還元型効力率×還元型分析法により得られた値)により算出した。検体の還元型分析法により得られた値を還元型標準品を用いて作成した検量線と計算された酸化型換算値は酸化型標準品を還元した標準品を用いて作成した検量線よりそれぞれの低分子チオール値を得た。
【0084】
実施例2 酸化ストレスモデルマウスを用いた酸化型及び還元型低分子チオールの測定
6週齢のSlc:ddYマウス(株式会社三協ラボより入手)を4日間予備飼育後、実験に供した。水及び餌ともに自由摂取とし、飼育室の温度は23±1℃、明期は6:30a.m.〜7:00p.m.に設定し検討を行なった。
【0085】
予備飼育期間の後、酸化ストレスモデルにはストレプトゾトシン(STZ) in 0.1M クエン酸緩衝液、200mg/kgを腹腔内注射した。11日後に酸化ストレスモデルの血糖値が上昇しているのを確認した後(簡易血糖測定器アドバンテージを使用)、眼底採血及び頸椎脱臼後心臓採血により血清を採取した。また実験期間中には随時体重と飲水量の測定を行った。
【0086】
酸化ストレスモデルマウス及びストレプトゾトシンを投与しないコントロールマウスの血清中の酸化型及び還元型システイン、酸化型及び還元型グルタチオンを実施例1に記載の方法により測定した。マウスは酸化ストレスモデル群及びコントロール群それぞれ5匹用いた。
表1に11日目における血糖値を示す。
【0087】
【表1】

【0088】
血糖値の上昇は、酸化ストレスが上昇していることを示し、STZ投与群で酸化ストレスが上昇していることが示された。
【0089】
図8及び図9に実験期間中のマウスの体重変動及び飲水量を示す。ここで、体重はマウスの健康状態の指標となり、飲水量はマウスのSTZによるダメージを示す指標となる。酸化ストレスが生体に及ぼす種々の悪影響の結果、体重や飲水量に変化が出てくるので酸化ストレスの二次的な指標として体重や飲水量を測定した。
【0090】
図10に、STZを投与した酸化ストレスモデルマウス及びコントロールマウスにおける還元型システイン/酸化型システイン比を示す。また、図11に、還元型グルタチオン/酸化型グルタチオン比を示す。
【0091】
図に示すように、STZを投与した酸化ストレスモデルマウスとコントロールマウスで還元型低分子チオール/酸化型低分子チオール比に差があり、酸化ストレスモデルマウスで、比が高く、還元型低分子チオールが増加していた。
【0092】
実施例3 狭心症患者及び正常人における低分子チオールの測定
狭心症患者20名と健常人20名のシステイン、ホモシステイン及びグルタチオンの酸化型、還元型の両方をHPLCによって測定し、各々の比の平均値と分布を各群で比較することにより、動脈硬化進展と低分子チオールの酸化型と還元型の比との関連につき検討した。狭心症は動脈硬化の末期症状として発現し、狭心症は患者が過去又は現在において酸化ストレスにさらされたことを示している。
【0093】
対象として、冠動脈狭窄を伴う狭心症のために慶應義塾大学病院循環器内科に入院中の患者20名及び健常人20名を用いた。
【0094】
対象となる者には十分に研究の趣旨を説明し、文書による同意を得た上で、2ccの血液を採取し(テルモ;ベノジェクト真空採血管を使用)、血漿を分離し、実施例1に記載の方法で低分子チオールの測定を行った。
【0095】
図12にシステイン、図13にシステニルグリシン、図14にグルタチオンの結果を示す。
【0096】
図に示すように、いずれの低分子チオールについても、狭心症患者で健常人に比較して、還元型/酸化型比が小さかった。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明により、ヒトの酸化ストレスを測定・評価することができ、酸化ストレスの増大により引き起こされる障害・疾患の罹患のリスク等を判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】システイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインの構造式を示す図である。
【図2】低分子チオールの還元型と酸化型の構造を示す図である。
【図3】低分子チオールの測定原理を示す図である。
【図4】酸化型の低分子チオールの測定原理を示す図である。
【図5】低分子チオールの測定方法を示す図である。
【図6】SH還元型分析法標準品サンプルの検量線の一例を示す図である。
【図7】SS(還元型+酸化型)分析法標準品サンプルの検量線の一例を示す図である。
【図8】マウス生体内の低分子チオールの還元型/酸化型比検討実験における酸化ストレスモデルマウス及びコントロールマウスの体重変動を示す図である。
【図9】マウス生体内の低分子チオールの還元型/酸化型比検討実験における酸化ストレスモデルマウス及びコントロールマウスの飲水量を示す図である。
【図10】マウス生体内の低分子チオールの還元型/酸化型比検討実験における酸化ストレスモデルマウス及びコントロールマウスにおける還元型システイン/酸化型システイン比を示す図である。
【図11】マウス生体内の低分子チオールの還元型/酸化型比検討実験における酸化ストレスモデルマウス及びコントロールマウスにおける還元型グルタチオン/酸化型グルタチオン比を示す図である。
【図12】狭心症患者及び正常人における還元型システイン/酸化型システイン比を示す図である。
【図13】狭心症患者及び正常人における還元型システニルグリシン/酸化型システニルグリシン比を示す図である。
【図14】狭心症患者及び正常人における還元型グルタチオン/酸化型グルタチオン比を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量し、低分子チオールの酸化型と還元型の存在比をマーカーとして用いる生体の酸化ストレスの測定方法。
【請求項2】
生体試料中の低分子チオールがシステイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインからなる群から選択される少なくとも1種である請求項1記載の生体の酸化ストレスの測定方法。
【請求項3】
生体試料が血液、血清及び血漿からなる群から選択される請求項1又は2に記載の生体の酸化ストレスの測定方法。
【請求項4】
生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型の分別定量がHPLCを用いて行なわれる請求項1〜3のいずれか1項に記載の生体の酸化ストレスの測定方法。
【請求項5】
生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法であって、生体試料を除タンパク処理し、除タンパク処理試料から第1の部分及び第2の部分を同量ずつ採取し、第1の部分の還元型低分子チオールを蛍光標識し、第2の部分の低分子チオールを還元剤を用いて還元処理した後に還元型低分子チオールを蛍光標識し、蛍光標識された第1の部分の低分子チオール及び第2の部分の低分子チオールをHPLCを用いて分析し、第1の部分の分析値及び第2の部分の分析値より、還元型低分子チオールと酸化型低分子チオール濃度を算出する、生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【請求項6】
生体試料中の低分子チオールがシステイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインからなる群から選択される少なくとも1種である請求項5記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【請求項7】
生体試料の除タンパク処理がスルホサリチル酸を用いて行なわれる請求項5又は6に記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【請求項8】
生体から生体試料を採取した後、1分以内に0〜4℃に冷却する、請求項5〜7のいずれか1項に記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【請求項9】
除タンパクした生体試料の第2の部分の還元処理が、中性pHで作用する水可溶性の還元剤を用いて行なわれる、請求項5〜8のいずれか1項に記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【請求項10】
中性pHで作用する水可溶性の還元剤が、TCEP, Neutral pHである請求項9記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【請求項11】
生体試料中の還元型低分子チオール及び酸化型低分子チオールの定量が、還元型低分子チオール標準品を用いて作成された検量線及び酸化型低分子チオール標準品を還元剤で還元処理して得られた還元型低分子チオール標準品を用いて作成された検量線の2つの検量線を用いて行なわれる、請求項5〜10のいずれか1項に記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法。
【請求項12】
生体試料中の還元型低分子チオール及び酸化型低分子チオールの定量が、以下の工程を含む方法で行なわれる請求項11記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法:
(i) 還元型低分子チオール標準品及び酸化型低分子チオール標準品を還元剤処理して還元した標準品をHPLCで分析し、該標準品のHPLCクロマトグラムピーク面積を内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化し、2つの検量線を作成する工程;
(ii) (i)のHPLC分析の結果より、還元剤効力率を、式0.5/(SHx/SSx)により求める工程、ここでSHxは還元型低分子チオール標準品の特定の濃度における正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積を表わし、SSxは酸化型低分子チオール標準品を還元剤により還元処理した標準品の前記特定の濃度における正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積を表わす;
(iii)(a) 生体試料の第1の部分の還元型低分子チオールを蛍光標識して得られた試料をHPLC分析して得られ、内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積より、(i)の還元型低分子チオール標準品を用いて作成した検量線に基づき、前記第1の部分の還元型低分子チオール濃度を求め、
(b) (ii)で求めた還元剤効力率、(iii)(a)の生体試料の第1の部分の還元型低分子チオールを蛍光標識して得られた試料をHPLC分析して得られ、内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積、並びに生体試料の第2の部分の低分子チオールを還元剤を用いて還元処理した後に還元型低分子チオールを蛍光標識して得られた試料をHPLC分析して得られ、内部標準のHPLCクロマトグラムピーク面積に基づいて正規化したHPLCクロマトグラムピーク面積より、式 (還元型+酸化型)分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積-(還元剤効力率×還元型分析法で処理した試料の正規化HPLCクロマトグラムピーク面積)により、生体試料中の酸化型低分子チオールの正規化HPLCクロマトグラムピーク面積に相当する補正値を求め、該補正値より、(i)の酸化型低分子チオール標準品を還元剤処理して還元した標準品を用いて作成した検量線に基づき、前記第2の部分の酸化型低分子チオール濃度を求める工程。
【請求項13】
請求項5〜12のいずれか1項に記載の生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量する方法により得られた定量値より低分子チオールの酸化型と還元型の存在比を算出し、該存在比より生体の酸化ストレスを測定する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の生体の酸化ストレスの測定方法。
【請求項14】
少なくともスルホサリチル酸である除タンパク剤、TCEP, Neutral pHである還元剤を含む生体試料中の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量するためのキット。
【請求項15】
さらに、還元型及び酸化型低分子チオール標準品、低分子チオールを蛍光標識するための蛍光物質を含む、請求項14記載の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量するためのキット。
【請求項16】
低分子チオールがシステイン、システニルグリシン、グルタチオン及びホモシステインからなる群から選択される少なくとも1種である請求項14又は15に記載の低分子チオールの還元型及び酸化型を分別定量するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−185364(P2008−185364A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−16874(P2007−16874)
【出願日】平成19年1月26日(2007.1.26)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】