説明

血小板凝集能測定用試薬の製造方法

【課題】血小板凝集能を測定するための血小板凝集能測定用試薬を希釈操作なしで簡便かつ定量的に検体に添加することが出来、かつ安定性に優れた血小板凝集能測定用試薬の製造方法を提供することにある。
【解決手段】
血小板凝集惹起物質であるADPあるいはコラーゲン溶液に糖および/またはゼラチンを含有させた溶液を、繊維集束体に含浸させ、この含浸繊維集束体を検体に添加することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多血小板血漿(以下、PRPという)あるいは血液(以下、全血という)検体の血小板凝集能を測定するための血小板凝集能測定用試薬の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血小板凝集能検査は、各種の先天性及び後天性血小板異常、出血性疾患や血栓・塞栓症の病体把握や識別のみならず狭心症、心筋梗塞、脳梗塞などの症例において、抗血小板剤療法のモニタリング、治療効果の評価等に広く利用されている。
【0003】
血小板凝集能検査は、PRPあるいは全血の検体に凝集を惹起させる試薬、例えば、アデノシン−5’−二リン酸ナトリウム(以下、ADPという)、エピネフリン、コラーゲン、アラキドン酸等を添加し、血小板の凝集にともなって変化する検体の吸光度を測定する方法が、主に用いられて来た。
【0004】
上記血小板凝集能測定試薬のうち、ADPまたはコラーゲンが、血小板凝集能が高く高感度測定が可能なことから、特に賞揚されている。
【0005】
しかしながら、ADPまたはコラーゲン等の試薬の1検体当りの添加量は、数μgあるいは数μMと極めて少量であるため、直接試薬を天秤で秤量して検体に添加する方法は、ごく微量の秤量だけに操作が煩雑である上、秤量誤差が大きいという問題があるため、比較的高濃度の試薬を精製水、生理食塩水あるいはバッファー等で希釈したものを、使用時にさらに前記の溶液で目的の濃度まで希釈後、検体に添加する方法が採用されていた。
【0006】
血小板凝集能測定検査では、数種類の異なった濃度の凝集惹起試薬を調製する必要があり、前記の希釈操作は煩雑で時間がかかり、かつ希釈誤差の発生する頻度も高くなる。さらに、酵素であるADPあるいは蛋白質であるコラーゲン試薬は、検体添加の濃度まで希釈した場合、希釈試薬は、時間とともに凝集活性は著しく低下するので、検査で残った試薬は廃棄せざるを得ないのが現状であった。
【0007】
上記のように、従来法の試薬では操作が煩雑である上、経済的にも問題があった。
【0008】
微量試薬を液体に添加する方法として、繊維集束体に試薬を含浸・乾燥させたものを液体に添加し、繊維集束体に含浸させた試薬を液体に溶出させる方法が提案されている(特開平6−343851)。
【0009】
上記提案法は、微量試薬を液体に添加する方法としては、定量性に優れ、かつ操作が簡便であるというメリットがある。しかしながら、上記提案法を血小板凝集能検査に適用する場合、下記の問題があった。
【0010】
ADPあるいはコラーゲンを含浸させた繊維集束体をPRPあるいは全血検体に添加し、検体中にADPあるいはコラーゲンを溶出させる場合、検体の粘度が高いため、これらの試薬の繊維集束体からの溶出速度が遅く、かつ溶出量にもバラツキがあり(すなわち、定量的溶出のバラツキ)、再現性のある凝集能のデータが得られにくかった。
【0011】
また、ADP含浸繊維集束体の場合、まず凍結乾燥ADPを精製水に溶解させ、その溶液を繊維集束体に含浸させた後、繊維集束体を乾燥する方法で製造する。酵素であるADPはこの溶解および乾燥工程を経ることにより、凝集活性が低下しやすくなり、乾燥したADP含浸繊維集束体の凝集活性安定性が低いという問題があった。また、コラーゲン含浸繊維集束体の場合、コラーゲン懸濁液を精製水、生理食塩水あるいはバッファーで希釈したものを繊維集束体に含浸させた後、繊維集束体を乾燥させる方法で製造する。コラーゲンの血小板凝集活性は、コラーゲン懸濁液中に存在するフリーのコラーゲン原繊維に依るものであり、コラーゲン含浸繊維集束体の乾燥過程で、コラーゲン原繊維の一部がポリマー化し凝集活性が低下してしまう。
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、血小板凝集能を測定するための血小板凝集能測定用試薬を、希釈操作を省略した簡便な操作で定量的に試薬を検体に添加することが出来、さらに試薬安定性に優れた血小板凝集能測定用試薬の製造方法を提供することにある。
【課題を解決しようとする手段】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、血小板凝集惹起物質であるADPあるいはコラーゲン溶液に、糖および/またはゼラチンを含有させた溶液を繊維集束体に含浸後乾燥し、この繊維集束体を検体に添加することにより、ADPあるいはコラーゲンを定量的に検体に溶出させることが出来、さらにこの繊維集束体に含浸させた血小板凝集能測定用試薬の安定性に優れていることを見出した。
【0014】
請求項1記載の本発明は、ADPまたはコラーゲンからなる血小板凝集惹起物質にゼラチンおよび/または糖を添加した溶液を、軸方向に溶液を吸い上げる複数の毛細管通路を有する合成樹脂集束体に含浸させた後、真空乾燥することにより、安定性の改善された血小板凝集試薬の製造方法である。
【0015】
請求項2記載の本発明は、糖が、グルコース、ガラクトース、サッカロース、ラクロース、トレハロース、マンニトール、ソルビトールからなる群より選ばれた1種または2種以上であることを特徴とする請求項1に記載の血小板凝集試薬の製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
上述したように本発明は、血小板凝集惹起物質であるADPあるいはコラーゲン溶液に糖および/またはゼラチンを含有させた溶液を繊維集束体に含浸後、真空乾燥させた繊維集束体に添加することにより、ADPあるいはコラーゲンを定量的に検体に添加することが出来、さらに繊維集束体に含浸された凝集惹起試薬の安定性に優れた試薬の製造方法を提供することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための最良の形態を詳細に説明する。
【0018】
本発明は、ADPまたはコラーゲンからなる血小板凝集惹起物質にゼラチンおよび/または糖を添加した溶液を、軸方向に溶液を吸い上げる複数の毛細管通路を有する合成樹脂集束体に含浸させた後、真空乾燥することにより、安定性の改善された血小板凝集試薬の製造方法である。
【0019】
本発明の繊維集束体は合成樹脂からなり、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリウレタン等が用いられる。
【0020】
糖は、グルコース、ガラクトース、フルクトース、サッカロース、ラクロース、トレハロース、マンニトール、ソルビトールから1種または2種以上が好ましい。特に、トレハロースは繊維集束体に含浸させたADPまたはコラーゲンの安定性向上ならびに検体中でのADPまたはコラーゲンの繊維集束体からの溶出速度を著しく向上させるので、特に好ましい。
【0021】
糖および/またはゼラチンの添加量は、ADPまたはコラーゲンの溶液に対し、0.1から10%、特に1から5%が特に好ましい。0.1%以下であるとADPまたはコラーゲンの安定性が劣り、かつADPまたはコラーゲンの検体中での繊維集束体からの溶出速度が遅いので好ましくない。10%以上では、保存安定性および溶出速度の向上は認められないので好ましくない。
【0022】
ADPまたはコラーゲンからなる血小板凝集惹起物質にゼラチンおよび/または糖を添加した溶液を含浸した繊維集束体は、風乾、加熱乾燥、真空乾燥などで乾燥させることが出来るが真空乾燥が短時間で乾燥が出来、かつADPまたはコラーゲンの活性低下が最小限に抑えられるので好ましい。
【0023】
以上の方法で作製されたADPまたはコラーゲン含浸繊維集束体は、血小板凝集能測定装置の検体用キュベットに直接添加することにより、検体中で繊維集束体からADPまたはコラーゲンが溶出し、検体の血小板凝集能が測定される。血小板凝集能測定装置によっては、繊維集束体が検体用キュベット中の攪拌スターラーの動作を妨害する場合があるが、この場合は、ADPまたはコラーゲン含浸繊維集束体を精製水、生理食塩水またはバッファー溶液等に添加し、これらの溶液にADPまたはコラーゲンを溶出させ、この溶出溶液の一定量を検体に添加する方法を採用することも出来る。
【0024】
以下に、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0025】
(実施例1)
(1)ADP溶液の調製
ADP水溶液濃度が80μM/mlの溶液1mlに、ゼラチン0.01gおよびトレハロース0.01gを添加した後、攪拌・溶解した。
【0026】
(2)ADP含浸繊維集束体の作製
5mlのガラス製試験管に、直径2.5mm、長さ3mmのポリエステル製繊維集束体1本を入れ、(1)で調製したADP溶液10μlをピペットで採取し、繊維集束体入り試験管に添加した。このADP含浸繊維集束体を真空乾燥して溶液を完全除去した。
【0027】
(3)血小板凝集能測定
透過光検出方式の血小板凝集能測定装置SSRエンジニアリング(株)製MCMへマトレーサー313Mおよび細口吸引圧検知方式の全血血小板凝集能測定装置SSRエンジニアリング(株)製WBA−Carnaを用いて、(2)で作製したADP含浸繊維集束体1本を夫々血小板凝集能測定装置の血漿検体200μlおよび全血血小板凝集能測定装置の全血検体200μlが入ったキュベットに添加し、凝集能を測定した。その結果を、凝集能曲線とし図1および2に示した。
【0028】
(比較例1)
ADP含浸繊維集束体の調製において、ゼラチンおよびトレハロースを添加しない以外は、実施例1と同様にして、凝集能曲線を得、図1に示した。
【0029】
図1の結果から明らかなように、本発明(実施例1)の方法は、比較例1(ゼラチンおよびトレハロースを添加しない試薬)の方法に比べ、凝集能が高くかつ凝集の開始時間が短いことが判る。
【0030】
(実施例2)
(1)コラーゲン溶液の調製
コラーゲン濃度が40μg/mlの溶液1mlに、ゼラチン0.01gおよびトレハロース0.01gを添加・攪拌した。
【0031】
(2)コラーゲン含浸繊維集束体の作製
5mlのガラス製試験管に、直径2.5mm、長さ3mmのポリエステル製繊維集束体1本を入れ、(1)で調製したコラーゲン溶液10μlをピペットで採取し、繊維集束体入り試験管に添加した。このコラーゲン含浸繊維集束体を真空乾燥して溶液を完全に除去した。
【0032】
(3)血小板凝集能測定
実施例1と同様の方法で凝集能曲線を得、その結果を図2に示した。
【0033】
(比較例2)
コラーゲン含浸繊維集束体調製において、ゼラチンおよびトレハロースを添加しない以外は、実施例1と同様の方法で凝集能曲線を得、その結果を図2に示した。
【0034】
図2に結果から明らかなように、本発明(実施例2)の方法は、比較例2(ゼラチンおよびトレハロースを添加しない試薬)の方法に比べ、凝集能が高くかつ凝集の開始時間が短いことが判る。
【0035】
(実施例3)
(1)ADP溶液の調製
ADP水溶液濃度が80μM/mlの溶液1mlに、ゼラチン0.04gおよびトレハロース0.01gを添加・攪拌した。
【0036】
(2)ADP含浸繊維集束体の作製
5mlのガラス製試験管に、直径2.5mm、長さ3mmのポリエステル製繊維集束体1本を入れ、(1)で調製したADP溶液10μlをピペットで採取し、繊維集束体入り試験管に添加した。このADP含浸繊維集束体を真空乾燥して溶液を完全に除去した。
【0037】
(3)血小板凝集能測定
(2)で作製したADP含浸繊維集束体を3ヶ月冷蔵庫(4℃)保存したものを、実施例1と同様の方法で凝集能曲線を得、その結果を図3に示す。
【0038】
(比較例3)
ADP含浸繊維集束体調製において、ゼラチンおよびトレハロースを添加しない以外は、実施例3と同様にして作製したADP含浸繊維集束体を、3ヶ月冷蔵庫(4℃)保存したものを、実施例1と同様の方法で凝集能曲線を得、その結果を図3に示した。本発明の方法は、凝集能活性の低下は全く認められないのに対し、ゼラチンおよび糖を添加しない方法は、凝集能活性が著しく低下していることが判る。
【0039】
(実施例4)
(1)コラーゲン溶液の調製
コラーゲン濃度が40μg/mlの溶液1mlに、ゼラチン0.04gおよびトレハロース0.01gを添加・攪拌した。
【0040】
(2)コラーゲン含浸繊維集束体の作製
5mlのガラス製試験管に、直径2.5mm、長さ3mmのポリエステル製繊維集束体1本を入れ、(1)で調製したコラーゲン溶液10μlをピペットで採取し、繊維集束体入り試験管に添加した。このコラーゲン含浸繊維集束体を真空乾燥して溶液を完全に除去した。
【0041】
(3)血小板凝集能測定
(2)で作製したコラーゲン含浸繊維集束体を3ヶ月冷蔵庫(4℃)保存したものを、実施例1と同様の方法で凝集能曲線を得、その結果を図4に示した。
【0042】
(比較例4)
コラーゲン含浸繊維集束体調製において、ゼラチンおよびトレハロースを添加しない以外は、実施例4と同様にして作製したコラーゲン含浸繊維集束体を、3ヶ月冷蔵庫(4℃)保存したものを、実施例1と同様な方法で凝集能曲線を得、その結果図4に示した。本発明の方法は、凝集能活性の低下は全く認められないのに対し、ゼラチンおよび糖を添加しない方法は、凝集能活性が著しく低下していることが判る。
【発明の効果】
【0043】
以上述べたように、本発明の血小板凝集試薬液繊維集束体に含浸させて検体へ添加する方法は、操作が簡便でかつ経済的であり、さらに凝集試薬含浸繊維集束体の保存安定性および検体中での凝集惹起試薬の溶出性に優れたものである。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】実施例1および比較例1における凝集能曲線
【図2】実施例1および比較例2における凝集能曲線
【図3】実施例1および比較例3における凝集能曲線
【図4】実施例1および比較例4における凝集能曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ADP又はコラーゲンからなる血小板凝集惹起物質にゼラチンおよび/又は糖を添加した溶液を、軸方向に溶液を吸い上げる複数の毛細管通路を有する合成樹脂集束帯に含浸させた後、真空乾燥することにより、安定性の改善された血小板凝集試薬の製造方法。
【請求項2】
糖が、グルコース、ガラクトース、フルクトース、サッカロース、ラクロース、トレハロース、マンニトール、ソルビトールからなる群より選ばれた1種又は2種以上であることを特徴とする請求項1に記載の血小板凝集試薬の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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