説明

血液処理用の中空糸膜の製造方法

【課題】 高い膜性能を維持しつつ、リーク誤判定及び中空糸膜同士の固着を低減できる血液処理用の中空糸膜を得ることができる中空糸膜の製造方法を提供すること。
【解決手段】 血液処理用の中空糸膜の製造方法であって、中空糸膜は、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子とを含むものであり、ポリスルホン系樹脂及び分子量300,000以上の親水性高分子を含む紡糸原液と、分子量300,000以上の親水性高分子を0.1〜10質量%含む内部凝固液とを用い、2重環状ノズルの内側流路から内部凝固液を、2重環状ノズルの外側流路から紡糸原液を、それぞれ同時に流出させ、外部凝固液中で凝固させる工程を有することを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血液処理用の中空糸膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、中空糸膜技術の医学への応用が進歩している。例えば、慢性腎不全患者の血液透析療法に用いられる人工腎臓、患者の血漿を新鮮な凍結血漿やアルブミン溶液と置換する血漿交換療法に用いられる血漿分離器、あるいは、患者の血漿中の高分子量物質を除去する二重濾過血漿交換療法に用いられる血漿分画器等において、中空糸膜型血液処理器が多用されている。
【0003】
中空糸膜型血液処理器には、容器に液体が充填され、中空糸膜が液体で完全に満たされた状態の製品(以下、ウェット製品ということがある)と、容器に液体は満たされず、ドライ(中空糸膜が殆ど液体を含まない)状態、又はセミドライ(中空糸膜が液体で湿潤されているが、飽和抱液率以上は抱液していない)状態の製品(以下、「ドライ製品」ということがある)とがある。特に、ドライ製品は、寒冷地でも運搬中、保管中に凍結しにくく、製品自体が軽い等の利点を有している。
【0004】
中空糸膜型血液処理器に用いられる中空糸膜には、血液中の不要な物質が中空糸膜を介して血液中から除去され易く、かつ、血液中の必要な物質が中空糸膜を介して血液中から流出し難いといった高度な物質選択性能や、血液が中空糸膜の内壁面に付着し難いといった高度な生体適合性を有することが求められている。そこで、中空糸膜にこれらの性能(以下、まとめて「膜性能」という。)を付与するために、例えば、特許文献1〜3では、親水性高分子を含有するポリスルホン系樹脂を中空糸膜に採用することが検討されている。
【0005】
ところで、中空糸膜にピンホール(欠陥)が存在していると、中空糸膜を透過させたくない物質が漏れ出てしまうことがある。そのため、中空糸膜型血液処理器を組立てる過程では、中空糸膜のピンホールの有無を確認するためのリークテストを行う必要がある。
【0006】
例えば、中空糸膜の気体の透過性が低い場合には、中空糸膜に隔離されている一方の空間の側に気体の圧力をかけ、他方の側に気体が抜けていく速度を測定することにより、中空糸膜のピンホールの有無を判別できる。しかし、近年の透水性能の高い中空糸膜を使った中空糸膜型血液処理器の場合は、中空糸膜の気体透過性が非常に高いため、上記方法では、ピンホールの有無を判別することが困難である。
【0007】
そこで、透水性能が高く、気体透過性の高い中空糸膜のリークテストを行うために、中空糸膜を一旦液体で濡らし、ピンホールがなければ気体が殆ど透過しない状態にしたうえで、上記のリークテストを行う方法や(特許文献4)、中空糸膜を完全に液体中に浸けた状態で、中空糸膜の中空部を気体で加圧し、中空糸膜から気泡が出るか出ないかでピンホールの有無を検出する方法(特許文献5)が行われている。また、その他のリークテストとして、着色性粒子を含有するガスを中空糸膜の内側に加圧導入して、着色粒子の漏れを検出する中空糸膜モジュールのリーク検査方法(特許文献6)もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平6−296686号公報
【特許文献2】特開平7−289866号公報
【特許文献3】特開2005−329082号公報
【特許文献4】特開2005−238096号公報
【特許文献5】特開2003−190747号公報
【特許文献6】特開2009−183822号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、本発明者らが検討した結果、中空糸膜を液体で濡らしても、ピンホールの無い中空糸膜型血液処理器がリークテストでピンホール有りと誤って判定される(本明細書では、これを「リーク誤判定」と呼ぶ)場合があることが明らかとなった。このリーク誤判定がなされた血液処理器は、それ自体が正常であるにも関わらず廃棄されることとなり、生産効率を大きく低下させる原因となる。
【0010】
さらに、上記問題とは別に、中空糸膜を複数束ねて中空糸膜束を作製する際に、中空糸膜同士が固着すると、中空糸膜束自体を廃棄しなければならないという問題もあった。中空糸膜が固着すると、中空糸束の上端と下端において不揃いが生じてケース内に収容することが困難となったり、透析効率が低下したりするなどの問題が生じることがある。そのため、ごく一部の中空糸膜同士の固着であっても、固着していない他の多くの中空糸膜を廃棄する必要があり、上記と同様、生産効率を大きく低下させる原因となる。
【0011】
そこで本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、高い膜性能を維持しつつ、リーク誤判定及び中空糸膜同士の固着を低減できる血液処理用の中空糸膜を得ることができる中空糸膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明は、下記[1]〜[4]を提供する。
[1] 血液処理用の中空糸膜の製造方法であって、中空糸膜は、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子とを含むものであり、ポリスルホン系樹脂及び分子量300,000以上の親水性高分子を含む紡糸原液と、分子量300,000以上の親水性高分子を0.1〜10質量%含む内部凝固液とを用い、2重環状ノズルの内側流路から内部凝固液を、2重環状ノズルの外側流路から紡糸原液を、それぞれ同時に流出させて紡糸する工程を有する方法。
[2] 親水性高分子がポリビニルピロリドンである、上記[1]に記載の方法。
[3] 内部凝固液中の前記親水性高分子の含有率が、0.1〜1.0質量%である、上記[1]に記載の方法。
[4] 紡糸原液及び前記内部凝固液に含まれるポリビニルピロリドンの分子量が、300,000以上1,500,000以下である、上記[1]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高い膜性能を維持しつつ、リーク誤判定及び中空糸膜同士の固着を低減できる血液処理用の中空糸膜を得ることができる中空糸膜の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態に係る中空糸膜の製造方法のフローチャートである。
【図2】本実施形態に係る中空糸膜の製造方法を示す模式図である。
【図3】本実施形態に係る中空糸膜型血液処理器の模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、場合により図面を参照しつつ本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面中、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する。また、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0016】
<中空糸膜>
まず、本発明の好適な実施形態に係る製造方法により得ることができる中空糸膜について説明する。ここで、「中空糸膜」とは、その長さ方向に連通する中空を有する糸状に形成された膜である。この膜は、微細な孔を多数有していることにより物質を分離する性能を発揮し、糸の内側の中空の領域を通る液体と、外側を通る液体との間で物質の交換を行うことができる。
【0017】
本実施形態に係る中空糸膜は、親水性高分子とポリスルホン系樹脂とを含むものである。ポリスルホン系樹脂とは、スルホン結合(−SO−)を有する高分子化合物の総称であり、スルホン結合(−SO−)を含む高分子化合物であれば特に限定されるものではない。例えば、スルホン結合及び芳香族炭化水素基を含む構造単位を有するものが好ましく、下記(1)式又は(2)式で示される構造単位を有するポリスルホン系樹脂が広く市販されており入手も容易なため好ましい。なかでも、下記(1)式で表わされる構造単位を含むポリスルホン樹脂が好ましい。下記(1)式で表わされる構造単位を含むポリスルホン樹脂は、ソルベイ・アドバンスト・ポリマーズよりユーデルの商品名で、また、下記(2)式で表わされる構造をもつポリスルホン樹脂はバズフよりウルトラゾンの商品名で市販されている。なお、本実施形態に係るポリスルホン系樹脂には、スルホン結合を含む構造単位以外に、スルホン結合を有していない構造単位が一部含まれていてもよい。
【化1】


【化2】

【0018】
また、親水性高分子とは、水溶性の高分子材料である。例えば、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリプロピレングリコール等が例示でき、生体に対する刺激が少なく、安全なものが好ましい。安全性、取扱い性等の点からはポリビニルピロリドン及びポリエチレングリコールが好ましく、特にポリビニルピロリドンが好ましい。例えばアイ・エス・ピーから、プラスドンの商品名で各種の分子量のポリビニルピロリドンが市販されている。
【0019】
親水性高分子の分子量は、300,000以上である。このように大きい分子量の親水性高分子は、膜中への残留率が大きいため、後述するような特定の親水性高分子の含有割合の条件を満たす構造を有するものとなり易くなる。特に、親水性高分子がポリビニルピロリドンである場合、分子量は、300,000以上であると好適である。
【0020】
本実施形態に係る中空糸膜は、その内側と外側とを流れる液体の間で物質交換を行うものであり、所定の物質を選択して透過させる機能(選択透過性)を有する。ここで、選択透過性とは、例えば、液体中に含まれる高分子物質は透過させずに、水や小分子物質のみを透過させるような特性をいう。人工透析においては、血液中に含まれる体に必要なアルブミンなどのタンパク質は透過させず、体外へ排出したい老廃物等を含む水分は透過させる機能をいう。なお、中空糸膜は、その全体が選択透過性を有する材質からなるものである必要はなく、一部に選択透過性を発揮する「緻密層」を具備するものでもよい。緻密層としては、例えば、中空糸膜の内表面近傍に存在しており、外表面側よりも密な網目構造となっているものが挙げられる。また、中空糸膜は、外表面側に向けて網目構造の密度が減少していくグラディエント構造を有するものであってもよい。
【0021】
中空糸膜は、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率が2質量%以上10質量%以下であるものであると好ましい。ここで、「中空糸膜全体における親水性高分子の含有率」とは、膜を形成するポリスルホン系樹脂と親水性高分子の全質量に対する親水性高分子の質量の割合である。その測定方法としては、例えば、H−NMRによる測定結果を用いた方法が挙げられる。すなわち、H−NMRを用いた方法では、ポリスルホン系樹脂に特有な基のプロトンに由来するピークの強度と、親水性高分子に特有な基のプロトンに由来するピークの強度とから両化合物のモル比を求め、それに基づいて上記の含有率を算出することができる。
【0022】
例えば、ポリスルホン系樹脂が上記(1)式で表わされる構造単位を有するものであり、親水性高分子がポリビニルピロリドンである場合は、ポリスルホン系樹脂の構造単位中の1つのフェニレン基の水素原子、及びポリビニルピロリドンの構造単位中の水素原子に着目し、これらに帰属されるピークの強度(積分値)をそれぞれ算出する。ポリスルホン系樹脂を100モルとすると、フェニレン基の水素原子は4つであるので、それに由来するピークの強度を400としたときのポリビニルピロリドン由来のピークの強度が、ポリスルホン系樹脂を100モルとしたときのポリビニルピロリドンのモル数に対応する。これらの結果に基づいて、両化合物の質量比を算出することができ、その結果、上述した中空糸膜全体における親水性高分子の含有率が求められる。
【0023】
中空糸膜全体における親水性高分子の含有率が、2質量%未満であると、膜の疎水性が高くなり、血液中の蛋白質を吸着する量が増えてくるので、中空糸膜が目詰まりし易くなる傾向にある。一方、10質量%より大きいと、親水性高分子の溶出物が増える傾向にある。これらの観点から、より好ましいのは2質量%以上9質量%以下であり、さらに好ましいのは2質量%以上8質量%以下である。
【0024】
また、中空糸膜は、当該中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率が40質量%以上100質量%以下であるものであると好ましい。ここで、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率とは、中空糸膜の内側の最表層部(すなわち、血液が中空糸膜と接触する表面)での、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子の全質量に対する親水性高分子の質量の割合である。その測定方法としては、例えば、X線光量子スペクトル(X−ray photoelectron spectrosopy:XPS)による測定結果を用いた方法が挙げられる。すなわち、中空糸膜の内側の表面をXPSにより測定し、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子にそれぞれ特有な原子のピーク強度から当該表面における各原子の数の比を求め、それに基づいて得られる両化合物の質量比率から上記の存在率を算出することができる。
【0025】
具体的には、親水性高分子としてポリビニルピロリドンを用いた場合には、中空糸膜の内側の表面部での窒素原子数(ポリビニルピロリドン由来)と硫黄原子数(ポリスルホン系樹脂由来)とから求められる。例えば、ポリスルホン系樹脂が上記(1)式で表わされる構造単位からなるときには、下記(3)式により、中空糸膜の内部表面におけるポリビニルピロリドンの存在率を求めることができる。
【数1】

【0026】
膜の内部表面における親水性高分子の存在率が40質量%未満であると、上述したリーク誤判定が増加するおそれがある。なお、この存在率の上限は100質量%であるが、数値が大きいと、親水性高分子の溶出物が増える傾向がある。したがって、存在率は、好ましくは40質量%以上90質量%以下、さらに好ましくは40質量%以上80質量%以下である。
【0027】
さらに、中空糸膜は、上記の中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における前記親水性高分子の存在率の比が、8.0以上50以下であるものであると好適である。ここで、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率の比は、下記(4)式で求められる。
(中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率の比)=(中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率)/(中空糸膜全体における親水性高分子の含有率)…(4)
【0028】
この、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率の比の値が、8.0より小さい場合、膜の内部表面の親水性高分子が少ないので、リーク誤判定が多くなるか、または、膜中の親水性高分子が多過ぎて中空糸膜同士の固着が生じ易くなる傾向にある。また、血液からの溶質の透過性も下がるおそれがある。一方、50よりも大きいと、膜の内部表面の親水性高分子が多すぎて親水性高分子の溶出物が増えるか、膜全体に含まれる親水性高分子が少なく、蛋白吸着や目詰まりを起こし易くなる傾向にある。リーク判定の正確さ、中空糸膜同士の固着性の低さ、及び、血液からの溶質の透過性のバランスから、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率の比は、より好ましくは8.5以上45以下、さらに好ましくは10以上40以下である。
【0029】
<中空糸膜の製造方法>
次に、好適な実施形態に係る中空糸膜の製造方法について説明する。本実施形態に係る中空糸膜は、2重環状ノズルの内側流路から内部凝固液を、2重環状ノズルの外側流路から紡糸原液をそれぞれ同時に流出させて紡糸する工程(紡糸工程)を経て製造することができる。この工程において、紡糸原液として、ポリスルホン系樹脂及び分子量300,000以上の親水性高分子を含むものを用い、内部凝固液として、分子量300,000以上の親水性高分子を0.1〜10質量%含むものを用いる。
【0030】
より具体的には、中空糸膜(中空糸膜束)は、図1のフローチャートに示すように、紡糸原液調製工程、内部凝固液調製工程、紡糸工程、凝固工程、水洗工程、乾燥工程、巻取工程、及び製束・切断工程を有する方法によって製造することができる。
【0031】
以下、各工程について図2を参照しながら詳細に説明する。
【0032】
(紡糸原液調製工程)
ポリスルホン系樹脂と親水性高分子とを溶媒で溶解して、紡糸原液31を調製する。親水性高分子としては、分子量が300,000以上のものを用い、450,000以上のものを用いることが好ましく、800,000以上のものを用いることがより好ましい。親水性高分子の中でも、ポリビニルピロリドンを用いることが特に好ましい。溶媒としては、ジメチルアセトアミド(DMAc)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。
【0033】
紡糸原液31中の親水性高分子の含有量は、ポリスルホン系樹脂及び親水性高分子の全質量に対して1〜10質量%であると好ましく、2〜6質量%であるとより好ましい。こうすれば、良好な生体適合性を有する中空糸膜得られ易くなる傾向にある。
【0034】
(内部凝固液調製工程)
親水性高分子を溶媒と混合して、内部凝固液32を調製する。溶媒としては、紡糸原液に用いたのと同様のものを用いることができ、DMAcが好ましい。親水性高分子としては、分子量が300,000以上のものを用い、450,000以上のものを用いることが好ましく、800,000以上のものを用いることがより好ましい。親水性高分子の中でも、ポリビニルピロリドンを用いることが特に好ましい。
【0035】
内部凝固液中の親水性高分子の含有量は、0.01質量%〜10質量%であり、0.01質量%〜5.0質量%であると好ましく、0.05質量%〜2.0質量%であるとより好ましく、0.1質量%〜1.0質量%であるとさらに好ましい。
【0036】
内部凝固液中の親水性高分子の含有量をこのような範囲とすることで、上述したような、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率が2質量%以上10質量%以下であり、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率が40質量%以上100質量%以下であり、且つ、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における前記親水性高分子の存在率の比が8.0以上50以下であるという特定の条件を満たす中空糸膜が得られ易くなる。
【0037】
従来、中空糸膜における親水性高分子の含有割合の条件は、紡糸における各工程の条件を極めて厳密に設定しなければ調整し難い傾向にあった。ところが、本発明者らの検討の結果、内部凝固液として、上記特定量の親水性高分子を含むものを用いることで、驚くべきことに、その他の紡糸の条件をそれほど厳密に制御しなくても上述したような特定の条件を満たす中空糸膜が得られるようになることが判明した。
【0038】
なお、内部凝固液は、中空糸膜の内部の中空構造を形成するために、中空糸膜の製造過程で洗浄により除去されるが、親水性高分子は、洗浄によって極めて流出され易いものである。そのため、従来は、内部凝固液中の成分は、中空糸膜には全く影響しないと考えられていた。ところが、本発明者らの検討の結果、上述した特定の条件で内部凝固液に親水性高分子を含有させることによって、中空糸膜における親水性高分子の含有割合を調整することが可能となることが判明した。これは、内部凝固液から紡糸原液側に適量の親水性高分子が拡散する等の要因によると考えられるが、作用はこれに限定されない。
【0039】
ここで、従来、親水性高分子が洗浄によって流出し易かったという観点からは、通常であれば、内部凝固液に添加する親水性高分子としては、紡糸原液側への高い拡散速度を有する低分子量のものが良いと考えられる。その理由は、ノズル等からの吐出直後に、内部凝固液中の親水性高分子が紡糸原液側に速やかに拡散すれば、内部凝固液から紡糸原液への親水性高分子の拡散と、紡糸原液から内部凝固液への親水性高分子の拡散とが、十分な濃度平衡を形成した状態で凝固を行うことができ、その結果、中空糸膜の内部表面に親水性高分子を良好に付着させることができるからである。
【0040】
しかしながら、本発明者らの検討の結果、親水性高分子としては、上記のように予想される低分子量のものではなく、逆に、300,000以上という高分子量を有するものを用いた場合にこそ、上述した特定の親水性高分子の含有割合の条件を満たす中空糸膜が得られることを見出した。その理由は必ずしも明らかではないが、このように大きな分子量を有する親水性高分子は、紡糸原液との境界部分に多く留まることができることから、結果として、中空糸膜の内部表面に親水性高分子が高い滞留率で絡み合った状態が形成されるためであると推定される。
【0041】
また、内部凝固液中の親水性高分子の含有量を、上述したような(特に1質量%前後の)少量とすることによって、上述した特定の親水性高分子の含有割合の条件を満たす中空糸膜が得られ易くなることも驚くべきことである。中空糸膜の内部に親水性高分子を滞留させるためには、通常であれば、内部凝固液に多くの親水性高分子を含有させることが考えられる。これに対し、本実施形態のように、内部凝固液中の親水性高分子の含有量が少量であることが好ましい理由は必ずしも明らかではないが、親水性高分子を少量とすることで、中空糸膜の内部表面で親水性高分子が塊状構造をとらず、膜表面全体に均一に拡散されることが要因として考えられる。
【0042】
(紡糸工程)
2重の管構造を有する環状スリット口金33(2重環状ノズル)の外側の管(外側流路)から上記紡糸原液を吐出すると同時に、内部凝固液を内側の管(内側流路)から吐出して紡糸する。押し出された紡糸原液を、例えば、空気中において、5cmから1mの距離を走行させる。この押し出された紡糸原液は、後述する凝固浴34に浸漬される前に、充分に凝固していることが好ましい。なお、所望の膜厚及び内径を有する中空糸膜を得るには、紡糸原液31及び内部凝固液32の吐出量を適宜調製すればよい。
【0043】
(凝固工程)
環状スリット口金33より押し出された紡糸原液は、次いで、凝固浴34中に浸漬する。押し出された紡糸原液をより充分に凝固するとともに、内部凝固液を充分に溶出させる観点から、凝固浴には、40〜70℃の水を用いるとよい。押し出された紡糸原液の浸漬速度は10〜100m/分であることが好ましい。
【0044】
(水洗、乾燥、巻取工程)
凝固浴へ浸漬した後の中空糸膜30を、必要に応じて水洗浴35中で洗浄した後、例えば、内部の温度が100〜150℃に設定された乾燥機36内で乾燥し、巻取ローラ37にて巻取りを行う。中空糸膜の中空構造は、凝固工程や水洗工程において、水等により内部凝固液のみが溶出されることによって形成される。こうして得られた中空糸膜30は、未洗浄の残溶剤を除去するためにさらに温水等で洗浄してもよく、必要に応じてグリセリン等の孔径保持剤を付着させて乾燥することもできる。
【0045】
(製束、切断工程)
巻取工程後、得られた中空糸膜の束を切断する。このようにして複数の中空糸膜からなる中空糸膜束40を製造することができる。
【0046】
本実施形態に係る中空糸膜は、中空糸膜同士の固着が起こりにくいため、特に、複数の中空糸膜からなる中空糸膜束40を製束・切断する際に生じる、中空糸膜同士の固着による中空糸膜の不揃いを低減できる。これにより、中空糸膜束の廃棄が少なくなり、生産性が向上する。また、本実施形態に係る中空糸膜は、物質の透過選択性、生体適合性等の膜性能を高いレベルで有しているため、血液処理用中空糸膜として医療分野への高い貢献が期待できる。
【0047】
<中空糸膜型血液処理器>
続いて、上述した製造方法によって得られた中空糸膜(中空糸膜束)を備える中空糸型血液処理器の好適な実施形態について説明する。
【0048】
本実施形態の中空糸型血液処理器は、容器と、この容器内に挿入された複数の中空糸膜からなる中空糸膜束と、この中空糸膜束の両端部を容器の両端部にそれぞれ液密に固定する隔壁と、容器内の空間と連通する処理液流入口及び処理液流出口と、容器の両端部にそれぞれ取り付けられ中空糸膜の内部の空間と連通する血液流入口および血液流出口とを有しており、中空糸膜として、上述した実施形態のものを備えるものである。
【0049】
図3は、本実施形態に係る中空糸膜型血液処理器の模式断面図である。中空糸膜型血液処理器10は、筒状容器2の長手方向に沿って、複数の中空糸膜1からなる中空糸膜束が装填されている。当該中空糸膜束は、中空糸膜1の内側(第一の流路1a)と外側(第二の流路11)とを隔絶するように、その両端部が、樹脂3a、3b(隔壁)によって、筒状容器2の両端部に固定されている。なお、第二の流路11には、中空糸膜1の外側と筒状容器2の内部表面との間にできた空間のほか、複数の中空糸膜1の間の空間も含まれる。
【0050】
中空糸膜1の端面は開口しており、この開口部により、血液等の被処理液が矢印Fbの方向から空間8を経て第1の流路1a内へ流入することができる。そして、第一の流路1aを通過した血液等の被処理液は、他方の開口部から流出することができる。筒状容器2の両端部には、表面に中空糸膜1の開口部を有する樹脂3a,3bの端面に対向して、血液等の被処理液の流入及び流出口となる、ノズル6a,6bを備えたヘッダーキャップ7a,7bが設けられている。
【0051】
筒状容器2の両端部の側面には、透析液等の処理液の流入及び流出口となるポート2a,2bが設けられている。透析液等の処理液が、例えばポート2bより矢印Faの方向から流入すると、第二の流路11の内部を通過し、ポート2aから外部へ流出することができる。透析液等の処理液は、第二の流路11の内部を通過しながら、中空糸膜1を介して、第一の流路1aの内部を流れる血液等の被処理液から、例えば老廃物を除去することができる。
【0052】
なお、本実施形態に係る中空糸膜型血液処理器としては、例えば、血液透析器、血液透析濾過器、血液濾過器、持続血液透析濾過器、持続血液濾過器、血漿分離器、血漿成分分画器、血漿成分吸着器、ウイルス除去器、血液濃縮器、血漿濃縮器、腹水濾過器、腹水濃縮器等が挙げられ、中空糸膜のもつ濾過特性を利用した医療用具であれば本発明の血液処理器に含まれる。
【0053】
なお、後述するリークテスト方法の対象には、ドライ状態又はセミドライ状態の中空糸膜型血液処理器の両方が含まれる。本実施形態の中空糸膜は、リークテスト方法における誤判定を発生し難いことから、これらのドライ状態の製品に用いるのに特に好適である。
【0054】
<中空糸膜型血液処理器の製造方法>
次に、上記構成を有する中空糸型血液処理器の製造方法の一例について説明する。
【0055】
製膜された中空糸膜1を数千〜数万本ごとの束状にした上で、これを所定の中空糸膜の有効膜面積に設計されたプラスチック製の筒状容器2に装填し、その両端部をウレタン樹脂等(樹脂3a,3b)で接着固定した後、両端面を切断して中空糸膜の開口端を形成する。続いて、上記開口端から、コート溶液として、蒸留水を所定の速度で中空糸膜1内の第一の流路1aに注入し、エアーによりフラッシュ(吹き飛ばし)させた後、両端部にヘッダーキャップ7a,7bを取り付け、中空糸膜型血液処理器10を製造することができる。
【0056】
そして、得られた中空糸膜型血液処理器10にリーク試験を行った後、この血液処理器10を脱酸素剤とともに不透過性包装容器に収納し、一定時間静置する。不透過性包装容器内が無酸素状態となった後、包装容器に入った血液処理器に対して放射線を照射して滅菌する。照射する放射線としては、20〜50Gy程度のγ線を用いることができる。
【0057】
このように、中空糸膜型血液処理器10に対して放射線を照射することにより、「中空糸膜に含まれる親水性高分子の全質量中、水に可溶な親水性高分子の質量の割合」を1質量%以上10質量%以下とすることができる。これは、放射線を照射することによって、親水性高分子がポリスルホン系樹脂に対して半架橋された状態となるためであると考えられる。なお、半架橋された状態とは、親水性高分子の一方の末端のみがポリスルホン系樹脂と結合している状態であると考えられる。
【0058】
ここで、中空糸膜に含まれる親水性高分子の全質量中、水に可溶な親水性高分子の質量の割合は、以下のような方法で測定することができる。中空糸膜型血液処理器10の中空糸膜1の第一の流路1aに、注射用蒸留水を所定の流速で流し、その後、ノズル6bを閉塞させ、同じ流速で注射用蒸留水を中空糸膜1の第二の流路11に流し限外ろ過させて洗浄し、その後、中空糸膜型血液処理器10(モジュール)内の注射用蒸留水を、圧力をかけて排出する。次に、加温した注射用蒸留水を、中空糸膜1の第一の流路1aに所定の流速で所定時間だけ循環させ、循環後、モジュール内の注射用蒸留水を全て回収し、これを抽出液とする。液体クロマトグラフィーにて抽出液の親水性高分子の濃度を求めることができる。当該親水性高分子の濃度から、親水性高分子の絶対量を算出し、膜に含まれる親水性高分子の質量で除した値を水に可溶な親水性高分子の含有率とした。
【0059】
本実施形態に係る中空糸膜1は、中空糸膜に含まれる親水性高分子全質量における、水に可溶な親水性高分子の割合が著しく低減されているため、親水性高分子の溶出量が著しく抑制される。そのため、例えば、透析治療時に中空糸膜から脱落する親水性高分子が極めて少なく、極めて安定した性能を発揮し得る高い血液処理器を提供することができる。
【0060】
<中空糸膜型血液処理器の性能試験>
上述したように、中空糸型血液処理器は、リークテストでピンホール有りと判定されたり、中空糸膜同士の固着が生じていたりすると良好に使用することができないため、中空糸膜型血液処理器の製造時には、これらの不都合が生じているかどうかについて、幾つかのサンプルを抽出するなどして評価する必要がある。以下、これらの評価方法について説明する。
【0061】
[中空糸膜型血液処理器のリークテスト方法]
本実施形態の中空糸膜型血液処理器に適用できるリークテスト方法は、例えば水に代表される生体にとって無害な液体を中空糸膜にコートする工程と、コート後の中空糸膜の気体の透過性を測定するリークテスト工程とを有する。
【0062】
(中空糸膜にコートする工程)
中空糸膜にコートする液体は、水、エタノール等の生体にとって無害な、親水性の液体(コート液)であることが好ましい。これらの液体は、リークテスト後に、中空糸膜を乾燥させることによって除去するが、多少残存したとしても、中空糸膜を使用前に生理食塩液等で洗浄することによって容易に除去できる。
【0063】
上述のコート溶液を、中空糸膜、或いは、中空糸膜の内部表面近傍に形成された緻密層にコートする方法としては、例えば、上記コート溶液を、中空糸膜1の内側(第一の流路1a)に通液する方法を採用できる。この方法により、中空糸膜の少なくとも内部表面に、コート溶液が接触する。余剰な溶液は、気体等でフラッシュ(吹き飛ばし)したり、遠心力をかけて脱液したりすることにより除去できる。このような方法によって上述のコート溶液を中空糸膜に含浸させることにより、中空糸膜の気体透過性を大幅に低下させることができ、後述するリークテスト工程においてピンホールの有無を判別し易い状態となる。
【0064】
(気体の透過性を測定するリークテスト工程)
上述したように、中空糸膜、あるいは、中空糸膜の内部表面及び内部表面近傍に形成された緻密層にコート溶液をコートした後、リークテストを行う。リークテストでは、中空糸膜のピンホールの有無を判別する。例えば、中空糸膜に気体の圧力を加えて、中空糸膜を透過する気体の速度を計測し、それに基づいてピンホールの有無を判定する方法が例示できる。より具体的には、中空糸膜1の内部(第一の流路1a)に、一定の空気圧をかけてから加圧を止めて開口部を閉じ、中空糸膜1の内部の圧力降下を測定して、ピンホールの有無を調べる。圧力降下が通常の程度を超えて生じた場合は、ピンホールが存在しており、リークが発生していると判定できる。
【0065】
ところが、中空糸膜の気体の透過性が高い場合には、上述のコートを行ったとしても、中空糸膜の内部表面が十分にコートされていなかったりして圧力降下が生じ、これによってリーク誤判定が引き起こされる。そのため、従来は、気体の透過性が高い中空糸膜に対して正確なリークテストを行うことが困難であった。これに対し、上述した実施形態の製造方法により得られる中空糸膜は、まず、膜の内部表面における親水性高分子存在率が、40質量%以上100質量%以下となることから、膜の内部表面がコート溶液によって濡れ易くなっており、これによって中空糸膜の気体透過性を容易に低下させることができる。その結果、リーク誤判定を少なくすることが可能である。
【0066】
一方で、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率だけを規定しても、リークテストの結果を十分に安定させることは困難である。その原因は必ずしも明らかではないが、中空糸膜全体の親水性高分子の存在割合の偏りにより中空糸膜の収縮率に差が出て、膜表面の構造が変化したことに原因があると推定される。
【0067】
これに対し、上述した実施形態の製造方法により得られる中空糸膜は、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率を2質量%以上10質量%以下となり、さらに、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率の比が8.0以上50以下となることから、リークテストの結果が極めて安定するものとなる。つまり、上記実施形態の製造方法により得られる中空糸膜は、その内部表面における親水性高分子の存在率の条件に加えて、これらの条件を組み合わせて満たすことにより、一層リーク誤判定が少なく、再現性の良い結果が得られるものとなる。
【0068】
このように、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率が2質量%以上10質量%以下であり、膜の内部表面における親水性高分子存在率を40重量%以上100質量%以下であり、かつ中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率の比が8.0以上50以下である中空糸膜において、上記のような効果が得られる理由は、次のように推測される。すなわち、これらの条件を満たす場合、中空糸膜(あるいは中空糸膜の緻密層)の内部の表面状態(具体的には、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子の存在状態の斑、孔径斑や厚み斑等)が、コート溶液によってマスクされ易い状態となるためであると推察される。
【0069】
なお、リーク誤判定が発生する程度は、リーク誤判定の発生率(リーク誤検知率)によって評価することができ、リーク誤検知率は、例えば、下記の方法によって算出することができる。すなわち、複数の中空糸膜型血液処理器に対して、上述のリークテスト方法を行い、それらのうちでピンホール有りと判断された本数を算出する。その後、ピンホール有りと判断されたものに対し、再度、上記のリークテスト方法を実施する。この場合、一回目にピンホール有りと判断されたにもかかわらず、二回目にはピンホール無しと判断された場合がリーク誤判定となる。したがって、一回目にピンホール有りと判断されたサンプルの数に対する、リーク誤判定を生じたサンプルの数の割合が、リーク誤検知率となり、この数値が大きいほどリーク誤判定が生じ易いことを意味する。なお、二回目のリークテストに代えて、一回目にピンホール有りと判断されたものを水中に浸漬させ、中空糸膜型血液処理器に空気を封入し、中空糸膜からの泡の発生の有無を確認することにより、ピンホールの有無を確認してもよい。
【0070】
[中空糸膜型血液処理器の固着数の計測方法]
中空糸膜型血液処理器10における中空糸膜の固着数の計測は、例えば、約1万本の中空糸膜1からなる中空糸膜束をばらし、固着した中空糸膜を目視でカウントすることにより行うことができる。例えば、2本の中空糸膜同士が固着していた場合、固着本数は2本とカウントし、3本の中空糸膜が相互に固着していた場合、固着本数は3本とカウントする。また、複数個所で中空糸膜同士の固着が観察された場合、固着した各中空糸膜の本数をカウントした後、全てを合算した数を固着数とする。
【0071】
なお、固着の原因は、中空糸膜の外表面に存在する親水性高分糸の存在割合が高いことに原因があると考えられるので、外表面については親水性高分子の存在割合が小さいことが好ましい。しかしながら、従来、膜の外表面の親水性高分子の割合だけを調整するのは困難であるほか、中空糸膜の外表面は血液が接触せず、生体適合性には直接に影響は出ないことから、外表面の親水性高分子の存在割合だけを厳密に制御することは、製法上の過剰な負荷を避ける観点からもあまり望ましくない。
【0072】
これに対し、本発明者らが鋭意研究した結果、上述した実施形態の製造方法によれば、中空糸膜全体における親水性高分子の含有率が2質量%以上10質量%以下であり、膜の内部表面における親水性高分子存在率が40重量%以上100質量%以下であり、かつ中空糸膜全体における親水性高分子の含有率に対する、中空糸膜の内部表面における親水性高分子の存在率の比が8.0以上50以下であるという条件を満たす中空糸膜が得られ、このような中空糸膜によれば、膜の外表面の親水性高分子の割合だけを選択的に制御しなくても、中空糸膜同士の固着が著しく抑制され、さらに中空糸膜束のモジュールへの安定した収納が可能になることを見出した。
【0073】
上記のような特定の親水性高分子の存在割合の条件を満たす中空糸膜において中空糸膜同士の固着が抑制される理由は必ずしも明らかではないが、この条件を満たす中空糸膜の外表面構造は安定した表面構造を有しており、膜外表面に存在する親水性高分子が隣接する中空糸膜外表面と接着しにくい状態にあることが推定される。
【0074】
以上、本発明に係る血液処理用の中空糸膜の製造方法、及び、これにより得られる中空糸膜や、それを備える中空糸膜型血液処理器及びその製造方法の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明は、上述の本実施形態に限定されるものではない。
【実施例】
【0075】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0076】
(実施例1)
<中空糸膜の作製>
[紡糸原液調製工程]
上記(1)式で表されるポリスルホン系樹脂(以下、「PSF」と表す場合がある。:ソルベイ・アドバンスド・ポリマーズ社製、商品名;P−1700)17質量部、及び、ポリビニルピロリドン(以下、「PVP」と表す場合がある。:BASF社製、商品名;LUVITEC K−85、分子量1,100,000)4質量部を、ジメチルアセトアミド(以下、「DMAc」と表す場合がある。)79質量部に溶解させ、均一な紡糸原液を作製した。
【0077】
[内部凝固液調製工程]
42%DMAc水溶液に、親水性高分子であるPVP(BASF社製、商品名;LUVITEC K−85、分子量1,100,000)を0.01質量%添加し、内部凝固液を作製した。
【0078】
[紡糸工程]
環状スリット口金の外側流路から40℃に保持された紡糸原液を流し、それと同時に内側流路から内部凝固液を流すことにより、紡糸原液及び内部凝固液を環状スリット口金から吐出した。この際、乾燥工程後の中空糸膜の膜厚が35μm、内径が185μmとなるように、上述の紡糸原液及び内部凝固液の吐出量を調整した。
【0079】
[凝固、水洗、乾燥、巻取工程]
吐出した紡糸原液を、ノズルから約50cm下方に設けた60℃の水からなる凝固浴に浸漬し、30m/分の速度で凝固浴を通過させ、次いで水洗した後、乾燥機に導入し、160℃で乾燥させた。その後、クリンプを付与し、中空糸膜を巻き取った。
【0080】
[製束、切断工程]
巻き取った10000本の中空糸膜からなる束を、約30cmの間隔で切断し、中空糸膜束を作製した。
【0081】
(実施例2)
内部凝固液中のPVP濃度を0.1質量%にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を製膜した。
【0082】
(実施例3)
内部凝固液中のPVP濃度を0.5質量%にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を製膜した。
【0083】
(実施例4)
内部凝固液中のPVP濃度を1.0質量%にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を製膜した。
【0084】
(実施例5)
紡糸原液及び内部凝固液に添加する親水性高分子として、分子量450,000のPVP(BASF社製、商品名;LUVITEC K60)を用い、且つ、内部凝固液中のPVP濃度を10質量%にした以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を作成した。
【0085】
(比較例1)
内部凝固液中にPVPを含有させなかった以外は実施例1と同様にして中空糸膜を製膜した。
【0086】
(比較例2)
内部凝固液中のPVP濃度を15質量%にした以外は実施例1と同様にして中空糸膜を製膜した。
【0087】
(比較例3)
紡糸原液及び内部凝固液に添加する親水性高分子として、分子量50,000のPVP(BASF社製、商品名;LUVITEC K30)を用い、且つ、内部凝固液中のPVP濃度を0.5質量%にした以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を作成した。
【0088】
(比較例4)
紡糸原液に添加する親水性高分子として、分子量450,000のPVP(BASF社製、商品名;LUVITEC K60)を用い、内部凝固液に添加する親水性高分子として、分子量50,000のPVP(BASF社製、商品名;K30)を用い、且つ、内部凝固液中のPVP濃度を0.5質量%にした以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を作成した。
【0089】
(比較例5)
紡糸原液に添加する親水性高分子として、分子量50,000のPVP(BASF社製、商品名;LUVITEC K60)を用い、内部凝固液に添加する親水性高分子として、分子量50,000のPVP(BASF社製、商品名;LUVITEC K30)を用い、且つ、内部凝固液中のPVP濃度を11質量%にした以外は、実施例1と同様にして中空糸膜を作成した。
【0090】
<中空糸膜型血液処理器の作製及び評価>
実施例1〜5及び比較例1〜5で作製した中空糸膜を、それぞれ10000本巻き取った中空糸膜からなる束を、中空糸膜の有効膜面積が1.5mとなるように設計したプラスチック製筒状容器に装填し、その両端部をウレタン樹脂で接着固定し、両端面を切断して中空糸膜の開口端を形成した。
【0091】
上記開口端の一方から、コート溶液として、蒸留水60mLを、5mm/sの速度で中空糸膜内に注入し、0.3MPaのエアーで10秒間フラッシュさせた後、両端部に、血液流入口(ノズル)及び流出口(ノズル)を有するヘッダーキャップを取り付け、図3に示す構造を有する実施例1〜5、比較例1〜5の中空糸膜型血液処理器とした。得られた中空糸膜型血液処理器について、以下の評価を行った。得られた結果を表1及び2に示す。
[リークテスト]
リークテストにおいては、まず、コスモリーク試験機(株式会社コスモ計器製、製品名:COSMO AIR LEAK TESTER LS−1842)を用い、流出口を閉じた状態で、反対側の流入口から気体を封入し、中空糸膜の内側に250kPaの圧力をかけた。2.5秒経過後に流入口を閉じ、その後の3.5秒間の中空糸膜の内側の圧力変動(降下)を測定した。測定環境温度は25℃とした。そして、本判定においては、圧力降下が580Pa未満であれば、中空糸膜にはピンホールが無い、580Pa以上ならピンホール有りとする判断基準を用いた。この判断基準は、実施例・比較例で用いた中空糸膜について、血液中のヘモグロビンが漏れるか、漏れないかを確認しながら求めた実験値である。
【0092】
[リーク誤検知の判定]
(1)上記の中空糸膜型血液処理器10をそれぞれ100本用意し、上記リークテストと同様にしてリークテストを行なった。
(2)(1)においてピンホールありと判断された中空糸膜型血液処理器を、水が入れてある水槽中へ沈め、中空糸膜型血液処理器中に水を充填した。血液の流入口の一端を押さえ、もう一端から空気を送り込み、中空糸膜から泡が発生するかを目視で確認した。泡が発生したものをピンホールありと判断した。
(3)下記(5)式により、リーク誤検知率を計算した。
リーク誤検知率(%)= 100×{((1)においてピンホール有りと判断された本数)−((2)においてピンホール有りと判断された本数)} / ((1)においてピンホール有りと判断された本数)…(5)
なお、リーク誤検知の高低については、以下の基準で判断した。
(a)リーク誤検知率が低い:リーク誤検知率が1%以下である。
(b)リーク誤検知率が高い:リーク誤検知率が1%より高い。
【0093】
[中空糸膜の固着性の評価]
実施例1〜5、比較例1〜5で得られた各中空糸膜型血液処理器における10000本の中空糸膜からなる中空糸膜束をばらし、固着していた中空糸膜の数を目視で数えた。この際、例えば、2本の中空糸膜同士が固着していた場合、固着本数は2本とし、3本の中空糸膜が相互に固着していた場合、固着本数は3本とした。また、複数個所に中空糸膜同士の固着が観察された場合、固着した各中空糸膜の本数を数えた後、全てを合算した数を固着数とした。この固着数が10本未満であった場合を「固着性が低い」とし、10本以上であった場合を「固着性が高い」と判定した。
【0094】
【表1】

【0095】
【表2】

【0096】
実施例1〜5で得られた中空糸膜型血液処理器は、表1、2に示されるように、比較例1〜5に比して、リーク誤判定が生じ難く、また中空糸膜同士の固着も生じ難いものであることが判明した。
【0097】
以上の結果から明らかなように、本発明の血液処理用の中空糸膜の製造方法によれば、リーク誤判定が起こり難い中空糸膜及び中空糸膜型血液処理器が得られるので、高い生産効率を確保することができる。また、中空糸膜同士の固着が抑制されるので、中空糸膜同士が互いに固着して中空糸膜束の不揃いが生じることもなく、これによっても高い生産効率を確保することができる。
【符号の説明】
【0098】
1、30…中空糸膜、1a…第一の流路、2…筒状容器、2a,2b…ポート、3a,3b…封止樹脂、6a,6b…ノズル、7a,7b…ヘッダーキャップ、10…中空糸膜型血液処理器、11…第2の流路、Fa…処理液(血液)の流れ方向、Fb…被処理液(血液)の流れ方向、31…紡糸原液、32…内部凝固液、33…環状スリット口金、34…凝固浴、35…水洗浴、36…乾燥機、37…巻取ロール、40…中空糸膜束。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液処理用の中空糸膜の製造方法であって、
前記中空糸膜は、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子とを含むものであり、
前記ポリスルホン系樹脂及び分子量300,000以上の前記親水性高分子を含む紡糸原液と、分子量300,000以上の前記親水性高分子を0.1〜10質量%含む内部凝固液とを用い、
2重環状ノズルの内側流路から前記内部凝固液を、前記2重環状ノズルの外側流路から前記紡糸原液を、それぞれ同時に流出させて紡糸する工程を有する、ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記親水性高分子がポリビニルピロリドンであることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記内部凝固液中の前記親水性高分子の含有率が、0.1〜1.0質量%であることを特徴とする、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記紡糸原液及び前記内部凝固液に含まれる親水性高分子の分子量が、300,000以上1,500,000以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−19891(P2012−19891A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159040(P2010−159040)
【出願日】平成22年7月13日(2010.7.13)
【出願人】(000116806)旭化成クラレメディカル株式会社 (133)
【Fターム(参考)】