説明

血液流動性の評価方法および評価装置

【課題】簡単に感度良く血液の流動性を評価することのできる方法及び装置を提供すること。
【解決手段】被験者の被験部位100へ押し当て部材10を押し当て、被験部位100内の血液を被験部位の周辺に流出せしめ、そのときの被験部位100内の血液量の時間変化を光散乱を用いて計測し、その計測データから被験部位100の血液流動性を評価する、血液流動性の評価方法、好ましくは、弱い力で押し当て部材10を被験部位100に押し当て、光の吸収によって脈拍の計測データを取得し、脈拍の計測データの強度が極大となる相対位置を求める位置決め工程が先立つ前記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外部から簡単に血液の流動性(主に血液の粘性)を評価することのできる方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
血液の粘性を客観的に知ることで、健康維持に役立てたいという要望が最近では強い。しかし、血液の粘性を知るためには、一般的には採血して検査しなくてはならず、簡単には実施できない。
【0003】
従来、血液の粘性を知るためではないが、生体の末梢循環状態を客観的に測定することにより、心臓の機能や血圧、動脈の硬化状態などを評価する試みがなされている。特許文献1に記載のこの種の装置は、生体の所定部位を虚血させるために該所定部位を押圧する押圧装置と、押圧装置の押圧が解除されたときに生体の所定部位に対する血液の復帰量を光学的に検出する血液復帰量検出装置と、血液復帰量検出装置により検出された血液の復帰量の変化を所定の時間軸に沿って経時的にグラフ表示する血液復帰量表示手段と、を具備しており、虚血状態から復帰する際の血流の戻りの速さにより、機能の評価を行うようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−89808号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の技術のように、圧迫を解除したときの血流変化を測定する場合、圧迫解除時には全ての血管系に血液が一斉に充満することになるので、たとえ光の波長や光学素子の間隔を最適化したとしても、動脈系と毛細血管系の完全な区別が難しい。また心臓から送り出される血液の圧力、いわゆる血圧の影響を受け、血圧は刻々と変化するため校正は困難である。さらに血圧は心臓の鼓動に応じ脈動するので脈動成分を除去せねばならないが、除去は困難である。従って、血液の粘性評価のためには毛細血管系だけの血流データが欲しいにも拘わらず、計測したデータの中には動脈等の余計な情報が含まれてしまうため、感度の良い粘性評価を行うことは無理であった。
【0006】
本発明は、上記事情を考慮し、簡単に感度良く血液の流動性を評価することのできる方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らが鋭意検討した結果、以下のような本発明を完成した。
(1)被験者の被験部位へ押し当て部材を押し当て、被験部位内の血液を被験部位の周辺に流出せしめ、そのときの被験部位内の血液量の時間変化を光散乱を用いて計測し、その計測データから被験部位の血液流動性を評価する、血液流動性の評価方法。
(2)上記計測に先立ち以下の位置決め工程:
被験部位に対する押し当て部材の相対位置を移動させながら、被験部位内の血液を被験部位の周辺に流出せしめぬ程度の弱い力で押し当て部材を被験部位に押し当て、光の吸収によって脈拍の計測データを取得し、脈拍の計測データの強度が極大となる相対位置を最適な測定位置であると決める工程、を行う(1)記載の方法。
(3)上記被験部位または被験部位とは異なる脈拍測定部位で被験者の脈拍を計測し、該脈拍の計測データに基づいて上記押し当て部材の駆動を制御する(1)または(2)記載の方法。
(4)上記脈拍の計測データに基づいて上記押し当て部材の駆動開始時を決定する(3)記載の方法。
(5)被験部位とは異なる脈拍測定部位における脈拍の計測データを利用して、血液流動性を算出する際に脈拍による算出誤差を軽減する(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)被験者の被験部位への押し当てが可能な押し当て部材と、
押し当て部材を制御して駆動せしめる駆動制御装置と、
押し当て部材に組み込まれ被験部位に光を照射する発光素子と、
押し当て部材に組み込まれ被験部位内で散乱した光を検出する受光素子と、
受光素子の計測データから被験部位の血液量および血液流動性を算出する演算手段と、
上記血液量と血液流動性の少なくとも一方を表示する表示手段と、
を備える血液流動性評価装置。
(7)被験者の被験部位とは異なる脈拍測定部位で被験者の脈拍を測定する脈拍測定手段をさらに備え、脈拍測定手段の計測データに基づいて上記駆動制御装置が押し当て部材の駆動を制御するよう構成されている(6)記載の装置。
(8)上記演算手段が、脈拍測定手段の計測データを利用して血液量および血液流動性を算出する際に脈拍による算出誤差を軽減するよう構成されている、(7)記載の装置。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、簡便に血液の流動性を評価できる方法および装置が提供される。本発明によれば、押し当て部材には発光素子および受光素子を組み込んでいればよいので、押し当て部材の寸法を小さくすることが可能である。押し当て部材の寸法が小さいと、被験部位に押し当てる領域が小さくなるので、被験部位のうち測定領域をピンポイントに押し当てることが可能になり、測定領域の周辺領域の圧迫により生じうる測定誤差を軽減できる。
【0009】
本発明の好適態様によれば、脈拍測定と同期した血液流動性の評価も可能であり、脈拍による誤差を軽減することも可能である。また別の態様では、血液流動性評価に先立つ脈拍測定を利用して、被験部位と押し当て部材との相対位置の最適化を図ることもでき、血液流動性評価における精度向上に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明による血液流動性評価装置の一つの実施形態についてその概略構成を示すブロック図である
【図2】本発明の別の一態様の装置による測定の模式図である。
【図3】血液流動性評価のための測定データのモデルケースを表す図である。
【図4】血液流動性評価のための測定データのモデルケースを表す図である。
【図5】流れの変化が遅い場合の動脈モデルを表す図である。
【図6】静脈モデルの等価回路を表す図である。
【図7】静脈モデルの等価回路を表す図である。
【図8】毛細血管系モデルの等価回路を表す図である。
【図9】毛細血管系モデルの微分方程式の物理的意味を表す図である。
【図10】Q及び観測される受光強度Iを表す図である。
【図11】評価パラメータの意味を模式的に表す図である。
【図12】複数層を光が伝播する場合の受光強度についての説明図である。
【図13】圧印加後のヘモグロビン濃度の変化の様子を示す図である。
【図14】処理の流れを示す図である。
【図15】t2−t1の物理的意味を表す図である。
【図16】測定データのモデルケースを示す図である。
【図17】測定データのモデルケースを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら本発明を詳述する。しかし、本発明は図示された態様に限定されない。
【0012】
図1は本発明による血液流動性評価装置の一つの実施形態についてその概略構成を示すブロック図である。
この血液流動性評価装置1は、被験者の指先などの被験部位100に押し当てられる押し当て部材10を有する。押し当て部材10は、後述する押し当て装置21および押し当て装置駆動回路22などからなる駆動制御装置の制御によって被験者の被験部位100へと押し当てられたり、押し当てが解除されたりする。押し当て部材10には発光素子11と受光素子12とが組み込まれている。発光素子11は、押し当てられた被験部位100に照射する光を発する素子である。発光素子11から発せられた光は、被験部位100内で散乱して、受光素子12によって検出される。後述するように、発光素子11からの発光と受光素子12による計測データとの対比から被験部位100の血液量を算出することができる。そして、押し当て部材10による押し当ての程度・時間などのデータと前記血液量の経時変化から、被験部位100における血液流動性を評価することができる。この血液流動性評価装置1には、そのようにして血液量および血液流動性を算出する演算手段と、それらの少なくとも一方を表示する表示手段も備えられている。
【0013】
押し当て部材10は、それ自体が例えば一軸上を前後に動くことで皮膚などの被験部位100に押し当てられるよう構成されている。押し当て部材10の動きは、押し当て装置21、押し当て装置駆動回路22などにより、アクチュエータを電気的にコントロールすることなどによって制御される。図示された態様では、押し当て装置21および押し当て装置駆動回路22を以って駆動制御装置を構成している。
【0014】
押し当て部材10を被験部位100の所定位置に押し当てるために、被験部位(指等)を載せる所定の測定台(図示せず)などを用意しておくことが好ましい。その際、血流への影響を最小限にするため、測定台が被験部位100に圧迫を加えないように構成されていることが好ましい。押し当て部材10の被験部位100への精度のより高い位置決めについては、後述する。
【0015】
発光素子11は押し当て部材10に組み込まれている。発光素子11は発光素子駆動回路23によって駆動制御され、受光素子12の信号は、受光信号検出回路24を経て必要に応じて増幅回路等(図示せず)によって増幅された上で、CPU25に入力される。なお、発光素子11の数や受光素子12の個数は特に限定されるものではない。例えば、複数個の受光素子12を設け、各受光素子12からの複数の受光信号を平均化処理して、血液粘性の評価演算に役立ててもよい。そのようにして、測定位置等による誤差の影響を緩和できる。発光素子11は指の皮膚などといった被験部位100の表面に向けて光を照射し、受光素子12は被験部位100からの戻り光を受光するよう構成されている。
【0016】
発光素子11は、青またはそれに近い短波長の波長の光を発する材質で構成されることが好ましく、受光素子12としては、上述の光を受光することができる材質で構成される。
【0017】
図1の態様では、CPU25は、受光素子11の計測データから血液量を算出する。CPU25では、血液流動性(主に粘性)も算出する。血液流動性は、押し当て部材10が被験部位100への押し当てを開始してからの血液量の時間変化から求められる。算出のメカニズムについては後述する。CPU25は、さらに、発光素子駆動回路23、受光信号増幅回路24、血液粘性演算回路(図示せず)、表示器27の全てを駆動制御する。また、CPU25には操作スイッチ26から操作信号が入力される。
【0018】
次に、脈拍測定手段との併用について説明する。
図2は、本発明の別の一態様の装置による測定の模式図である。図示された態様では、人差し指の先を被験部位100として血液流動性を評価するためのユニット30と、薬指の脈拍測定のためのユニット31が存在する。この場合は人差し指が被験部位100であり、薬指が脈拍測定部位110であると評価される。ユニット30は、上述した押し当て部材、発光素子、受光素子を備える。ユニット30とユニット31とは上述した演算手段(図示せず)を介して後述するように連動して動作させることができる。
【0019】
脈拍測定手段の具体的構成は特に限定はない。一例として、上述した押し当て部材10、発光素子11および受光素子12を有するユニット30と同様のユニットが挙げられる。このユニットで脈拍を測定する態様は以下のとおりである。脈拍測定部位110を弱い力で押しながら光を照射してその散乱する光を検出することにより脈波を検出することができる。脈波を検出する場合の押し当て圧力は、押し当てた部位の血液がその周囲に流出しにくい程度の弱い圧力であり、具体的には、好ましくは30〜60mmHg程度である。こういった脈波の検出を利用した脈拍測定手段を本発明で用いることができる。
【0020】
上記のように、脈波の検出も、血液量の検出と同様に、光を用いることができるので、ユニット30において血液量を検出する際に、脈波による誤差を生じる可能性がある。例えば、押し当て部材10による押し当ての開始が、被験部位100の組織に脈拍によって血液が流入された直後かあるいは流入する直前かによって組織内の血液量が厳密には異なるから、誤差の原因となり得る。この誤差を解消または軽減するために、本発明の好適態様においては、脈拍測定部位110における脈拍の計測データを利用して、血液流動性を算出する際に脈拍による算出誤差を軽減することが提案される。
【0021】
また好ましくは、脈拍測定部位110における脈拍の計測データを用いて、血液流動性を評価するユニット30における押し付け部位10の駆動を制御する。例えば、脈拍を計測するユニット31において脈波を観察しつつ、被験部位100への血液の流入が最大となる時点あるいは最小となる時点を以って押し付けを開始するなどの方法が挙げられる。この場合、図2に示すように血液流動性評価のためのユニット30とは別のユニット31において脈拍を計測してもよいし、血液流動性評価と同じユニットにおいて最初は脈拍を計測して所定時に血液流動性の計測に切替えてもよい。血液流動性の評価前の被験部位100に力を加えないという点では、血液流動性評価のためのユニット30とは別のユニット31を設けて脈拍を計測することが好ましい。
【0022】
次に、脈拍測定を利用した、被験部位の位置決め精度向上策について説明する。
血液流動性の計測に先立ち、血液流動性の評価のためのユニット30において、押し当て部材10を上述した弱い力で被験部位100に押し当てて、光の吸収によって脈拍の計測データを取得する。このとき、押し当て部材10と被験部位100との位置関係が不適切であると検出する脈波成分が弱くなる。したがって、押し当て部材10と被験部位100との相対位置を動かしながら脈拍の計測データを計測し、その計測データが極大となる相対位置が血液流動性評価のために好ましい位置であるということができる。ヒトの指を被験部位とする場合、通常は、指先付近の5ミリ四方において脈拍の計測データが極大となる位置を求めることによって、好ましい測定位置を決定することができる。
【0023】
次に、血液の粘性測定の原理について述べる。
皮膚下の浅い位置には毛細血管があり、深い位置には動脈や静脈がある。皮膚に圧迫力が加わった場合、動脈や静脈は流路径が大きいので、血液が急速に他の部分へ流出してしまうが、毛細血管は流路径が小さく流路抵抗が大きいので、ゆっくりと血液が周囲へ流出する。また、毛細血管が圧迫された場合、血管流路が更に狭められるので、赤血球の集合化や変形能低下といった粘性の変化の影響で、さらに流出量が減っていくことになる。
【0024】
この血液流出の時間変化(速さ)は、血流抵抗(その一つの要素として血液の粘度がある)に依存する。そこで、本実施形態では、毛細血管内からの血液流出の時間変化を光学的に検出することにより、血流抵抗の一要素である粘性を推定することにしている。
【0025】
一般に、可視光は、生体内においてヘモグロビンやその他の生体構成物質の吸収が大きく、殆ど透過することができない。しかし、皮膚に圧力を印加することで毛細血管中から血液が流出すると、それに伴って血液(ヘモグロビン)が減り、圧印加前と比べ生体内での光の吸収が減少する。つまり、圧印加によって毛細血管中の血液が流出し、血液量(ヘモグロビン量)が少なくなるにつれて光が透過することになる。
【0026】
また、短波長の光は生体内を殆ど透過しない。つまり、生体に照射した短波長の光を観測することは、皮膚直下の毛細血管を伝播してきた光を観測することと考えられる。この原理を利用することによって、圧印加による毛細血管中の血液流出の様子を観測できることになり、そこから組織中におけるヘモグロビン濃度の変化を推定できることになる。
【0027】
この場合、発光素子11及び受光素子12は、皮膚下の毛細血管の血液量のみを検出し、動脈や細動脈の血液量は検出しないように設定してあるのが望ましい。このため、発光素子11と受光素子12の相互位置を近づけて、浅い部分の血流を高感度で検出できるようにすることが好ましい。また、照射する光の波長は、赤や赤外でもよいが、好ましくは、青またはそれに近い短波長である。
【0028】
これは、光の波長が長いほど、途中での散乱が少なく、光は深部にまで侵入する(動脈まで達する)が、光の波長が短いほど、深部には到達しない(動脈に達しない)で、浅い位置で戻って来るからである。つまり、発光素子11から発せられた光は、皮膚内に侵入し、内部で散乱を繰り返し、その一部が皮膚表面に戻ってくるが、その光の経路には血管があるので、戻り光は、血液による吸収を受ける。そこで、短波長の光を使用することにより、皮膚下の深い部分にある細動脈や動脈中の血液による光の吸収の影響を受けずに、浅い部分にある毛細血管中の血液による光の吸収作用だけを受けて、光が皮膚表面に戻ってくるようにしているものである。
【0029】
例えば、発光素子11として青色LEDを使用する場合、そこから好ましくは約3mm以内の距離に受光素子12としてフォトトランジスタを配置してある。
【0030】
次に測定方法について説明する。
測定時は、指先などの被験部位100の近傍に押し当て部材10を近づける。好ましくは、被験部位100を固定できるように型取った測定台(図示せず)などを用いる。操作スイッチ26の操作により、押し当て装置21および押し当て装置駆動回路22からなる駆動制御装置が作動して、押し当て部材10が被験部位100へ押し当たるように動き、所定の力で押し当てが継続する。
【0031】
この状態で、押し当て部材10に組み込まれた発光素子11と受光素子12によって光学的な測定が行われる。そして、時間経過に対する受光素子12からの信号が増幅されて血液粘性演算回路(CPU25)に入力され、ここで、受光光量(受光強度)の信号の時間変化率から、毛細血管内を流動する血液の性質(血流抵抗)を示すデータが演算される。このデータには毛細血管内の血液流動性や血液粘性を示す指標が含まれており、表示器27により表示される。
【0032】
例えば、原理的には、血液量が多いほど、光の吸収が大きく、受光光量が少さい。血液量が少ない場合にはその逆である。よって、さらに考察すると、受光光量が多いということは、光の吸収が少なく、血液量が少なく、押し当てで血が逃げやすい、すなわち粘度が低いことを意味し、受光光量が少ないということはその逆を意味する。
【0033】
本発明では、被験部位100の表面を押し当てたときの毛細血管内からの血液流出の時間変化に基づいて血流抵抗の評価を行う。毛細血管よりも更に深い位置にある動脈や静脈等の血流の影響を受けずに、感度良く血液の流動性(主に血液の粘性)を評価することができる。つまり、動脈や静脈は元々血管抵抗が毛細血管に比べて低く、押し当てた時には急速に血液が流出するので、それらの影響を受けずに、毛細血管系に残る血液の流出のみの測定が可能である。そして、その測定に基づいて精度良く血液の流動性(主に粘性)を評価することができる。特に皮膚下残存血液量の変化を、ヘモグロビンによる光の吸収を利用して外部から光学的に測定することによって、測定構造の簡略化が図れる。
【0034】
皮膚を押し当てる際の強さは、体内の最大血圧より高い圧力であることが望ましい。これは、体内で自然に行われている血液の循環を部分的に停止させ、押し当てられた部分にある血管内の血液を周囲に排出させる必要があるからである。しかし、指先や耳朶(指先でなく耳朶で測定することも可)等には太い動脈がなく、動脈は細動脈だけであり、細動脈内の血圧は動脈のそれよりも低いので、印加圧は必ずしも、予想される最大血圧より高くしないでもよく、そうすることで被験者の負担軽減を図ることができる。
【0035】
押し当ててからの血流観察の時間は、押し当て開始から概ね数秒以内であればよい。その間のデータが血液流動性の変化をよく反映しているからである。
【0036】
実際には、被験者により毛細血管の密度が異なっていたり、測定部位により血管密度が異なっていたりすることにより、測定誤差を生じる可能性がある。これを低減する手段として、1つの受光素子12の周囲にほぼ等間隔に多数の発光素子11を配置し、これら発光素子11の点灯を順次時間をずらして行うことにより、皮膚の異なるエリアでの測定を同時に行い平均化してもよい。
【0037】
図3および図4は、血液流動性評価のための測定データのモデルケースを表す。各図は受光光量の変化を示している。図3の測定データでは受光光量の波形の立ち上がり肩部の傾きが緩やかである。一方、図4の測定データでは、受光光量の波形の立ち上がり肩部の傾きが急である。これにより両者を比べた場合、図3の例は血液粘度が低く、図4の例は血液粘度が高いと評価できる。
【0038】
図3および図4の例で示したように、皮膚下の血液量に対応した受光光量の測定データにより血液粘性評価パラメータαを算出すると、そのパラメータに基づいて血液の粘性を客観的に評価することができる。なお、このαは、動脈収縮による毛細血管系の総血流量変化に依存しない値であり、以下にαの求め方について説明する。
【0039】
まず、血液粘性を数値評価する上でのパラメータを得るために、最初に血管系の電気回路モデルについて考えてみる。血管系を電気回路モデル化した場合、電圧Vが血管内圧Pに相当し、電流Iが血流量Sに相当する、と考えることができる。
【0040】
流れの変化が遅い場合の動脈モデルは、図5に示すようになる。
この場合の血流抵抗(血管抵抗)Rは式(1)
【数1】

血液リアクタンスLは式(2)
【数2】

血管系のキャパシタンス(血管内に蓄えられる血液量)Cは式(3)
【数3】

で表される。
【0041】
ここで、
ρ:血液の質量
μ:血液の粘性率
σ:血管壁のポアッソン比
R:血管の内径
E:血管壁のヤング率
である
【0042】
血流抵抗Rを示す(1)式は、血管の半径Rが大きいほど抵抗が小さく、血液の粘性が大きいほど抵抗が大きくなることを表している。一般に(1)式は血管抵抗と呼ばれているが、式中に血液の粘性μが含まれているように血液粘性に依存し、厳密には血液が流れるときに受ける抵抗の意味から、ここでは血流抵抗と呼ぶことにする。
【0043】
次に静脈系を考えてみる。
定常流が流れる静脈内には逆流を防ぐ静脈弁があるので、静脈弁をダイオードでモデル化することで、その電気等価回路は図6に示すようになる。このモデルには、組織圧の影響と、姿勢による重力の影響も要素として含めてある。ここで、Rは血流抵抗(血管抵抗)であり、次式(4)として表される。
【数4】

【0044】
次に毛細血管系を考えてみる。
毛細血管は内皮細胞1層でできている血管であり、動脈のように自ら収縮する筋組織を持たない。また静脈系のような理想ダイオードとしてモデル化できる静脈弁もないため、静脈モデルを変形した図7のような等価回路を毛細血管系のモデルとして考えることができる。その場合、(a)、(b)の2つのモデルが考えられるが、(a)は毛細血管系からの血液の流出時、(b)は流入時に用いる。
【0045】
図7において、血流抵抗(血管抵抗)Rは、静脈系の場合と同じであり、次式(5)である。
【数5】

ここで、毛細血管に蓄えられている血液量Qは、血管半径Rを用いて、次式(6)
【数6】

と近似できる。なお、nは対象としている毛細血管の本数であり、lは毛細血管の平均長さである。
【0046】
(6)式を(5)式に代入すると、(7)式
【数7】

となる。
ここで、血流抵抗は血液粘性μに比例すること、また、血流抵抗自体は血管中に蓄えられている総血液量に依存して変化していくことに注意する必要がある。つまり、血管に一定の外圧を加え、内部の血液が静脈系に流出していく場合を考えると、時間と共に減少する総血液量Qの大きさに応じて血流抵抗Rが増加し、これが流出血液量を抑える働きをする。
【0047】
次に圧力印加時の血液動態について考えてみる。
ここでは、動脈の最高血圧よりも高い圧力で押し当てた場合を考える。このとき、動脈に関しては動脈の低い血液抵抗を通じて(動脈の半径は毛細血管系の血管の半径に比べて充分に大きく、血流抵抗が小さい)内部の血液は急速に放出される。同様の現象は、静脈系に対しても起こり、圧の印加と共に静脈系の低い血流抵抗を通じて内部の血液は流れ出す。
【0048】
しかし、毛細血管に蓄えられた血液は、外部から加えられた圧力と等しい圧力を受け、静脈系に流れ出そうとするが、毛細血管系の高い血流抵抗により、この流出はゆっくりしたものになる。また、毛細血管中の血液の流出と共に、毛細血管系の半径Rが減少するため、血流抵抗は大きくなり〔上記(5)式を参照〕、流出は更にゆっくりしたものになる。このとき、等価電気回路は、静脈系の血流抵抗が毛細血管系に比べて充分に小さいと考えられるので、図8に示すようになる。
【0049】
ここで、C:毛細血管中の容量(ここに蓄えられている電荷Qが血液量に相当)
:血流抵抗〔(7)式参照〕
Pa:外部から加えた圧力勾配(単位はPa/m)、である。
【0050】
この毛細血管系から外部に流れ出す血流量(電流)Iは、式(8)で表される。
【数8】

ここで、I=dQ/dtを考慮すると、毛細血管系に蓄えられている血液量Qを満たす微分方程式として(9)式を得ることができる。即ち、毛細血管中の血液量Qが圧印加後に満たすべき微分方程式は、
【数9】

である。ただし、αは(10)式で表される。
【数10】

【0051】
この微分方程式の物理的意味を図示すると、図9のように表される。図9は、時刻T1で外部からの圧力Paを受けた場合、その圧力により血管内の血液の流出が起こり、それにより血管半径Rが減少し、血管半径の減少により血流抵抗Rの増大が起こり、結果的に単位時間当たりの血液流量(dQ/dt)の低下が起こることを示している。
【0052】
次に毛細血管中の血液量Qと受光強度IRの関係について考えてみる。
毛細血管中を通り、再度体表面に置かれた光検出器(受光素子)で観測される光の強度は(11)式
【数11】

となる。ここで、A、Aはそれぞれ、血液中での光の減衰と組織中での光の減衰を表す。また、Iは入射光の強度、Kは係数である。(11)式の時間変化を考えると、次の(12)式
【数12】

となる。血液による減衰と血液量の間に近似的に次の関係式(13)が成り立つものと考えると、
【数13】

受光強度と血液量の関係式として、次式(14)
【数14】

が得られる。
【0053】
上述した毛細血管中の血液量Qが満たす微分方程式(9)式は、解析的に解くことができる。まず、両辺をQで除算し、Qの微分をQ’とすると、次式(15)
【数15】

となる。この式は、次式(16)に変形でき、
【数16】

これにより、次式(17)
【数17】

が得られる。ここで、Cは積分定数であり、t=0のときの初期血流量をQとすれば、C=1/Qの関係がある。
【0054】
Q及びそのとき観測される受光強度Iを図10に示す。
αが関数形を決めるパラメータになるが、このαは、(10)式から分かるように、血液の粘性μの逆数に比例し、このことからパラメータαを、受光光量の測定データから推定することにより、血液の粘性が評価できることがわかる。
【0055】
次に、パラメータαの物理的意味について検討してみる。
押し当て部材10を被験部位100に押し当てたときの血液量の変化を表す運動方程式(9)式のパラメータαは、式(10)
【数18】

で与えられる。このパラメータは、(9)式の微分方程式でも明らかなように、「血液量Qの(圧印加による)減少の速さ」を表しているが、このパラメータを決める要因について列記してみる。
【0056】
1.血液の粘性μ:
粘性が大きく血液の流動性が失われると、αは小さくなる。一方、粘性が小さいほど(つまり血液の流動性が高いほど)αは大きくなる。
【0057】
2.n及びl
いま、毛細血管の圧印加前の総容量(総血液量)をQとすれば、次式(18)
【数19】

の関係であるので(ただし、Rは圧印加前の血管の半径)、次式(19)
【数20】

となる。n、lは、毛細血管内の血管の総延長に相当するパラメータであり、毛細血管系の総血液量には依存しない〔(19)式で、内径の項で除算していることからも分かる通り〕。つまり、圧を加える面積に依存したパラメータである。
【0058】
3.印加圧力Pa:
印加圧力が大きくなるとαが大きくなる。Paの影響を除くには、常に一定圧力を加えるか、αの代わりにPaで正規化した値、次式(20)
【数21】

を使えばよい。
【0059】
次に、圧を加えたときに観測される受光強度Iからのαの推定方法について考えてみる。
総血液量Qが(17)式で与えられ、その波形が図10で表されるとき、受光強度Iは、次式(21)で与えられる。
【数22】

ここで、IR,mは受光強度の最大値である。
【0060】
(21)式を時間で微分すると、次式(22)となり、
【数23】

微分値の時刻t=0における値は、次式(23)
【数24】

時刻t=1(sec)における値は、次式(24)
【数25】

となる。また、(22)式より、もしIR,m=1と規格化すれば、次式(25)
【数26】

となる。つまり、受光強度の最大値で規格化した時の初期の傾きに等しい。
【0061】
(25)式に示したように、αは受光強度の最大値が1に規格化されているときのt=0における微係数であるので、これは図11のように示すことができる。
ここで、直線y=αtがy=1となる時刻Tは、次式(26)
【数27】

となり、このTも血液血液粘性に関連するパラメータとなる。つまり、T(=αの逆数)は、初期血液流出速度(=α)が一定値で続くと仮定したときに全血液が流出する時間であり、このTはαの定義式を用いると、次式(27)
【数28】

と表される、血液粘性μに比例したパラメータである。
【0062】
また、時刻t=n(sec)のときの微分値を求めてみると、次式(28)
【数29】

となる。式(23)を考慮すると、(29)
【数30】

が得られる。
【0063】
この式(29)から理解できるように、受光強度の最大値IR,mが測定できなくても、初期微分値K及び任意の時刻t=nのときの微分値Knがわかれば、それらの値からαを求めることができ、そのαから血液の粘性を評価することができる。
【0064】
次に別の実施形態に係る血液の流動性評価方法について説明する。
この実施形態の血液の流動性評価方法は、前記受光素子12の受光強度データから、圧迫を加えられた部位の組織中におけるヘモグロビン濃度(組織全体を1としたときのヘモグロビン量の割合であり0から1の値をとる)を算出し、そのヘモグロビン濃度の時間変化に基づいて、血液の流動性を評価することを特徴としている。
【0065】
評価方法の一例としては、ヘモグロビン濃度が、前記圧迫を加える前より充分に小さな第1の所定値(例えば2%または1%)に減少した段階から、それより更に小さな第2の所定値(第1の所定値の半分の1%または0.5%)まで減少するのに要した時間T(=t2―t1)に基づいて、血液の流動性の一要素である血液の粘性を評価する。
【0066】
また、次の段階として、受光素子12の受光強度のデータより血液粘性評価パラメータを算出し、その血液粘性評価パラメータと前記ヘモグロビン濃度との関係を、血液粘性評価パラメータを縦軸にし、ヘモグロビン濃度を横軸にして、グラフで表示する。
【0067】
一般に、血液の粘性は、赤血球の変形能の低下や集合現象、ヘマトクリット値(赤血球の体積%)の上昇、白血球や血漿の粘弾性特性の変化等により上昇すると考えられている。また、血液は、ずり速度が大きくなると粘度が大きく低下する、いわゆるレオロジー的な性質を持っている。
【0068】
このような特性を持つ血液の毛細血管中のヘモグロビン濃度を定量的に計測することができれば、そこから血液の粘性を推定できると考えられる。人の皮膚表面には多数の毛細血管があり、これが皮膚細胞への直接的な血液循環をつかさどっている。この皮膚表面の毛細血管に血圧以上の圧を印加すると、毛細血管から血液が流出し、圧を印加された皮膚下における毛細血管中の血液量が徐々に減っていく。この毛細血管から血液が流出する現象は、圧の印加によって血管径が小さくなり、血液が押し出されることで起こる。
【0069】
しかし、毛細血管は管径が非常に小さいために、流出する血液量は限られ、他の圧を印加されていない血管系へゆっくりと流出していく。また、前述のように、血管径が微小になることで、赤血球の集合化や変形能低下といった粘性の変化が起こり、その影響によって、さらに圧迫時間の経過と共に毛細血管からの血液の流出量が減っていくことになる。つまり、逆に言えば、圧印加による毛細血管の血液の流出の過程を観測することで、血液の粘性を計測できることになる。
【0070】
血液の流出を皮膚外から光学的に計測することを考えた場合、可視光は生体内においてヘモグロビンやその他の生体構成物質による吸収が大きく、殆ど透過することができない。しかし、皮膚に圧を印加することで毛細血管中から血液が流出すると、それに伴って血液(ヘモグロビン)が減り、圧印加前と比べて生体内での光の吸収が減少する。つまり、圧印加によって毛細血管中の血液が流出し、血液量(ヘモグロビン量)が少なくなるにつれて、光が透過することになる。
【0071】
光の波長についてみると、短波長の光は生体内を殆ど透過しない。つまり、生体に照射した短波長の光を観測することは、皮膚直下の毛細血管を伝播してきた光を観測することと考えることができる。この原理を利用することによって、圧印加による毛細血管中の血液流出の様子を観測できることになり、そこからヘモグロビン濃度を計測できることになる。
【0072】
次にヘモグロビン濃度の定量化について検討してみる。
本来、入射光は、生体組織中で多重散乱しながら検出器に到達するが、ここでは簡単化のために、ある光路を通って検出器に到達するものと考える。ここで、この等価光路長をl(スモールエル)とする。また、この光路は、毛細血管の血液の有無によらず、常に一定であると考える。ランバート・ベールの法則によれば、血液中のヘモグロビンによる減衰は、下記(41)式
【数31】

で与えられる。
ここで、ε:光の波長によるヘモグロビンの吸光係数(単位:mm−1
c:組織中のヘモグロビン濃度(割合であり0〜1の値をとる無次元量)
である。
【0073】
生体組織での光の減衰をAとする。この減衰には、組織の減衰のほか、圧を充分長い時間印加した後でも組織に残存している血液成分による減衰も含まれる。また、検出器の検出効率をKとする。
【0074】
このとき、検出器の出力Iは、毛細血管系の血液の圧印加の有無により、(a)圧を加える直前(血液がある状態)での検出器出力IrBは、下記(42)式
【数32】

で与えられる。ここで、Iは光源−検出器間の直接伝播光(外光も含まれる)である。
【0075】
一方、(b)圧を加えてから充分に時間がたった後の(あるいは適当なバイアス推定法により充分時間がたった後の値を推定した)検出器出力IrTは、下記(43)式
【数33】

のように表すことができる。直接光Iが測定できたとすると、これを(42)、(43)式から減算した値は、以下の(44)および(45)で与えられる。
【数34】

(44)、(45)式の対数をとると、下記(46)および(47)式
【数35】

が与えられる。よって、下記(48)式を導出することができ、
【数36】

【0076】
これにより、等価光路長l、ヘモグロビンの吸光係数εを既知として、ヘモグロビン濃度cは、下記(49)式
【数37】

として求められる。
【0077】
例えば、圧印加直後から血液量の低下と共に組織中のヘモグロビン量は減少するが、任意の時点のヘモグロビン濃度がcになったとして、その時点での受光素子の受光強度をIrBiとすると、任意の時点でのヘモグロビン濃度cは、次式で推定される。ただし、ここでは、直接伝播光Iの影響はないとみなしている。下記(50)式は、
【数38】

ヘモグロビン濃度を測定する汎用的な式であり、光の伝播経路に沿うヘモグロビン濃度cが推定できる。
【0078】
一般には、光の煙波経路には表皮、真皮、皮下組織など、ヘモグロビン濃度の異なる層が重なっていると考えられる。図12は、ヘモグロビン濃度が異なる複数の層を伝播する光伝播の模式図である。この場合、ヘモグロビン濃度cの層(厚みl)が光伝播経路に直列に重なっている場合の受光強度は、(51)式
【数39】

で表すことができる。ここで、ε:第i層の吸光係数、c;第i層のヘモグロビン濃度、l;第i層の厚みである。
【0079】
この場合も、圧印加後、充分時間がたった後〔実際には、光強度の最終値(バイアス値)を推定後〕の前層通過の光強度は、下記(52)式で表すことができ、
【数40】

ヘモグロビン量の重み付け平均値が推定できる。
【0080】
ただし、皮膚は表皮、真皮、皮下組織という層構造を持っており、血管系の中で圧印加直後に血管抵抗の小さい動脈、静脈の血液は急速に流出してしまうので、ある程度時間がたった後では、(52)式で推定できるヘモグロビン量は、毛細血管によるものと考えてよい。これをまとめたのが図13である。
【0081】
次に、ヘモグロビン濃度が所定量だけ低下する時間間隔から血液の粘性を推定する方法について述べる。
受光強度を利用した血液粘性の推定方法として、前述の実施形態では、受光強度(=血液量)Qの時間微分から求める方法〔(9)式から求める方法〕を挙げたが、本実施形態では、血液粘性をヘモグロビン濃度が低下する時間間隔から求めることにしている。
【0082】
血液量Q(これはヘマトクリット値を一定と考え、ヘモグロビン濃度で置き換える)の時間変化は、(61)式で表現することができる。
【数41】

である。いま、時間t1においてヘモグロビン濃度Q1、時刻t2においてヘモグロビン濃度Q2であったとすると、(61)式から(62)式
【数42】

を導くことができる。この式から、(63)式ついで、(64)式を導出することができ、
【数43】

【数44】

つまり、粘性μの逆数に関するパラメータαは、下記(65)式、
【数45】

あるいは、粘性μに比例するパラメータμ’として、下記(66)式、
【数46】

【0083】
で表現することができる。ここで、粘性関連パラメータμ’について考察してみると、その単位は、Qとしてヘモグロビン濃度(%)、tとして時間をとると、%/secとなる。これは、ヘモグロビン濃度Q、Q間での血液粘性を表し、この値が大きいほど粘性が大きい。例えば、Q=0.5Qの場合を考えてみる。このとき、(66)式は下記(67)式、
【数47】

となる。つまり、Q1としてヘモグロビン濃度2%をとれば、この濃度が半分の1%に低下するまでの時間間隔(t−t)の測定から、(67)式でヘモグロビン濃度2%のときの血液粘性が推定できる。
【0084】
同じように、Qとしてヘモグロビン濃度1%をとれば、この濃度が半分の0.5%に低下するまでの時間間隔(t−t)の測定から、(67)式でヘモグロビン濃度1%のときの血液粘性が推定できる。ヘモグロビン濃度が半分に低下するまでの時間が長いほど、粘性が高いと言える。
【0085】
血液粘性関連パラメータμ’の推定のためのフローチャートを図14に模式的に示す。
まず、第1のステップで、ヘモグロビン濃度Qに対して、濃度が半分になるまでの時間間隔(t―t)を測定する。次に、第2のステップで、(67)式により、ヘモグロビン濃度Qにおける粘性μ’を推定する。そして、第3のステップでは、前記の推定をヘモグロビン濃度Qを変えて複数回同様に行い、「ヘモグロビン濃度」対「血液粘性パラメータ」の関係をグラフ化する。
【0086】
ところで、ヘモグロビン濃度がQから半分の0.5Qになるまでの時間(t−t)は、(71)式、
【数48】

で与えられる。
【0087】
ここで、(t−t)の意味について検討してみる。いま時刻t=0でのヘモグロビン濃度をQとすれば、その時間的変化は、(72)式で表現することができ、
【数49】

この式のtで微分することにより(73)式を導くことができ、
【数50】

t=0(つまり、ヘモグロビン量がQ1)での微分値は、(74)式、
【数51】

で表現することができ、(74)式の傾きを持ち、t=0でQをもつ、ヘモグロビン量Qの接線を考えると、(75)式を導くことができ、
【数52】

この接線がQ=0になる時刻Tを求めると、
【数53】

となる。図15は上記関係を模式的に示すものである。
【0088】
この関係から、ヘモグロビン濃度が半分になる時刻(t−t)に、次の3つの意味を見出すことができる。
(1)(t−t)はヘモグロビン濃度Qが半分になる時刻である(本来の意味)。
(2)αまたは粘性パラメータμ’との意味付け(下記(77)および(78)式を参照)。
【数54】

(3)ヘモグロビン濃度Qでの接線がQ=0となるまでの時刻T(=t−t)。
ただし、Tは、血液の流出が常に続く(Q=Qのときの流出速度が常に続く)と過程したときに、全血液が流出するのに要する時間である。
【実施例】
【0089】
以下、本発明による実施例を示すが、本発明はこれらの実施例に限定されるわけではない。
【0090】
処理の流れは、次のようになる。
(1)受光強度計測し、図16のようにグラフに表す。
(2)無限時間後の受光強度を推定(実測値のある点を仮の収束値と考え、モデル方程式における時間無限大での血液量の収束値と仮の収束値との差、つまりバイアス値を求める)。
(3)ヘモグロビン濃度の算出(ランバート・ベール則より加圧直後の受光強度と加圧後充分時間が経過したときの受光強度からヘモグロビン濃度を算出)。図17のC、C、Cがヘモグロビン濃度に相当する。
(4)血液粘性パラメータの算出〔ヘモグロビン濃度が1/2になるまでにかかる時間から、血液粘性パラメータμ’(μ’=1/α)を導出〕。
【0091】
波形の収束する部分に注目し、毛細血管内の血液流出のモデル方程式から、血圧やAVR(動脈-静脈シャント)の影響を受け難い部分を選択して、血液粘性を評価する。毛細血管では、血管抵抗が高いため、圧印加されても、ゆっくりと血液が流出し、血管の閉鎖までに長い時間がかかる。
【0092】
ヘモグロビン濃度が大きいときは、濃度変化のグラフは各種の条件においてバラツキが大きく出るが、ヘモグロビン濃度が2%以下になると、グラフが収束する。そこで、ヘモグロビン濃度が2%以下になった段階での変化を見る。そうすれば、圧印加直後のバラツキを除外できるからである。
【0093】
このようにヘモグロビン濃度を基準にして血液の粘性を評価することにより、次の効果が得られる。即ち、例えば、圧迫を加えてからの経過時間に伴って組織中におけるヘモグロビン濃度が変化する(血液流出に伴って変化する)が、そのヘモグロビン濃度の大きい段階での変化に基づいて血液の粘性を評価する場合は、特に赤血球や血漿などからなる混層流としての血液全体の粘性特性(いわゆる動粘性係数に関連するもので、血液の流れのどろどろ度合いに相当すると考えられる)を知ることができる。また、組織中におけるヘモグロビン濃度が充分に小さくなった段階での変化に基づいて血液の粘性を評価する場合は、毛細血管の血管径が充分に小さくなったことによる赤血球の変形能の変化を反映した粘性特性を知ることができる。
【0094】
また、組織中におけるヘモグロビン濃度は、「毛細血管系への血の巡りの良し悪しを決めるパラメータである」と言うことができるので、このヘモグロビン濃度の測定(あるいは推定)により、毛細血管系への循環障害により起こる褥瘡(床ずれ)の危険因子の評価、凍傷(しもやけ程度の軽いものを含む)の予防、外傷後の皮膚再生の評価などに有用性を発揮することが期待できる。
【0095】
また、ヘモグロビン濃度が半減する時間間隔に基づいて血液の粘性を評価することにより、充分に血液が毛細血管系から流出した段階、つまり、動脈−静脈シャントの影響のない段階での血液の粘性評価を短時間で行うことができる。
また、血液粘性評価パラメータとヘモグロビン濃度の関係を、図17に示すように1つのグラフとして表示することにより、動脈−静脈シャントの影響のない必要レベルだけの表示が可能で、初期血液量や圧印加からの時間経過の違いによらず、粘性を評価することができる。また、このグラフによれば、血液のレオロジー〔血管径(ここではヘモグロビン量に相当)により粘性が変化する様子〕も一目瞭然で分かるようになる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明によれば、外部から簡単に血液の流動性を評価でき、健康維持に役立てたいという要望に応えることができる。
【符号の説明】
【0097】
1 血液流動性評価装置
10 押し当て部材
11 発光素子
12 受光素子
21 押し当て装置
22 押し当て装置駆動回路
23 発光素子駆動回路
24 受光信号検出回路
25 CPU
26 操作スイッチ
27 表示器
30 血液流動性を評価するためのユニット
31 脈拍測定のためのユニット
100 被験部位
110 脈拍測定部位

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の被験部位へ押し当て部材を押し当て、被験部位内の血液を被験部位の周辺に流出せしめ、そのときの被験部位内の血液量の時間変化を光散乱を用いて計測し、その計測データから被験部位の血液流動性を評価する、血液流動性の評価方法。
【請求項2】
上記計測に先立ち以下の位置決め工程:
被験部位に対する押し当て部材の相対位置を移動させながら、被験部位内の血液を被験部位の周辺に流出せしめぬ程度の弱い力で押し当て部材を被験部位に押し当て、光の吸収によって脈拍の計測データを取得し、脈拍の計測データの強度が極大となる相対位置を最適な測定位置であると決める工程、
を行う請求項1記載の方法。
【請求項3】
上記被験部位または被験部位とは異なる脈拍測定部位で被験者の脈拍を計測し、該脈拍の計測データに基づいて上記押し当て部材の駆動を制御する請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
上記脈拍の計測データに基づいて上記押し当て部材の駆動開始時を決定する請求項3記載の方法。
【請求項5】
被験部位とは異なる脈拍測定部位における脈拍の計測データを利用して、血液流動性を算出する際に脈拍による算出誤差を軽減する請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
被験者の被験部位への押し当てが可能な押し当て部材と、
押し当て部材を制御して駆動せしめる駆動制御装置と、
押し当て部材に組み込まれ被験部位に光を照射する発光素子と、
押し当て部材に組み込まれ被験部位内で散乱した光を検出する受光素子と、
受光素子の計測データから被験部位の血液量および血液流動性を算出する演算手段と、
上記血液量と血液流動性の少なくとも一方を表示する表示手段と、
を備える血液流動性評価装置。
【請求項7】
被験者の被験部位とは異なる脈拍測定部位で被験者の脈拍を測定する脈拍測定手段をさらに備え、
脈拍測定手段の計測データに基づいて上記駆動制御装置が押し当て部材の駆動を制御するよう構成されている請求項6記載の装置。
【請求項8】
上記演算手段が、脈拍測定手段の計測データを利用して血液量および血液流動性を算出する際に脈拍による算出誤差を軽減するよう構成されている、請求項7記載の装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate