血管ステント
【課題】生体吸収性を有し、抗血栓性や物理的機能に優れた血管ステントを提供する。
【解決手段】血管内への植え込みに適する形態保持性及び弾力性を有する筒状構造体13として形成された血管ステント11,21であって、筒状構造体13は、生体吸収性ポリマーにより構成され、この生体吸収性ポリマーが、ポリ(L−ラクチド)であって、示差走査熱量分析により測定される結晶化度を15%〜60%とした。
【解決手段】血管内への植え込みに適する形態保持性及び弾力性を有する筒状構造体13として形成された血管ステント11,21であって、筒状構造体13は、生体吸収性ポリマーにより構成され、この生体吸収性ポリマーが、ポリ(L−ラクチド)であって、示差走査熱量分析により測定される結晶化度を15%〜60%とした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冠動脈等の血管に植え込まれる血管ステントに関する。
【背景技術】
【0002】
冠動脈等の血管に狭窄部が生じた場合、いわゆる経皮的血管形成術(PTA)が広く行われている。この経皮的血管形成術は、血管の狭窄部に、カテーテルの先端部近傍に付設したバルーン形成部を挿入し、これを拡張することにより血管狭窄部を拡張して血流を良くする手術であり、通常、この経皮的血管形成術では再狭窄を防止するために血管ステントが植え込まれる。
【0003】
血管ステントは、血管内で一定期間その形状を保持し、血管形成術実施部の再狭窄を防止する。
【0004】
金属ステントが冠動脈疾患治療に特に有効であることが発表されて以来、冠動脈ステントの臨床使用には目を見張るものがある。ステントは、急性冠閉塞のみならず、遠隔期再狭窄予防効果、経皮的冠動脈形成術(PTCA)不適当病変についても、極めて有用なデバイスであり、インターベンション心臓手技等において広く用いられている。バルーンのみによる血管形成術とステントを併用した場合についての比較臨床実験では、ステント併用の場合の方が急性冠閉塞発生率、再狭窄が共に低率であったことが報告されている。
【0005】
ところで、金属ステントは、短・中期の成績については、信頼に足る実績を残しているが、長期の成績につては、例えば冠動脈に対する予期しない障害の可能性等も指摘されている。
【0006】
そもそも、金属ステントでは、ステント内再狭窄に対して、基準となる治療法が確立されていない。例えば、ステント内再狭窄に対して再びPTCAを施行することは一つの方法であるが、既に血管内にステントが植え込まれ、しかもこれが残存しているために、バルーンの拡張が困難となり、再PTCAが阻害されることも多い。
【0007】
冠動脈の広域、あるいは多枝に亘り狭窄が生じた場合、複数の金属ステントを並べて植え込む方法が多用されている。外科的に開胸し、狭窄部を避けて血管にバイパスを繋ぎ血流を確保するバイパス手術は、ステント内再狭窄に対して有効な治療法の一つであるが、金属ステントにはX線造影確認の困難なものもあり、仮にバイパスを繋ぐ予定の部位に金属ステントが植え込まれていたとすれば、バイパス手術を断念しなければならず、患者に対して大きな負担を強いることになる。
【0008】
さらに、血流と金属の適合性について、様々な研究がなされているが、金属は親水性であるため血栓を形成し易く、金属ステント固有の血栓形成傾向が大きな問題となっている。それ故、ステント植え込み部位での血栓性閉塞防止を目的として、集中的な抗血栓療法が不可欠となっているが、出血合併症につながる危険性を常に伴っている。
これらの理由から、永久的に残留する金属ステントを体内に植え込むことには問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−57018号公報
【特許文献2】特開平11−197252号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ステント植え込みの主な目的は、急性冠閉塞の回避と再狭窄の頻度の減少である。急性冠閉塞と再狭窄は、一定期間と関係のある現象であるため、一時的な治療のみを要求するとの報告もあり、必要な期間のみステントは機能を保持し、その役目を終えた後には異物として生体内に消滅することが望ましい。しかし、再狭窄率の増加が6ヶ月程度で沈静化するため、この期間(6ヶ月程度)はステントの機能を保持することが必要である。
【0011】
ステントに要求される事項としては、物理的機能の観点から、
(a)力学的性質:構造体として、血管を開存するために十分な力学的性質を一定期間備えていること、
(b)拡縮能力:目的血管部位まで搬送時はステント径を縮小でき、目的血管部位では任意の径まで拡大できる構造であること、
(c)搬送能力:血管内での不慮の移動、折れ曲がり、ねじれ、破損等なく、目的とする冠動脈に正確に植え込めること、
等が挙げられる。
【0012】
本発明の目的は、これらの要求事項を満たす新規な血管ステントを提供することにある。
【0013】
本発明のさらに具体的な目的は、生体吸収性を有し、抗血栓性や物理的機能に優れ、金属ステントと同様に取り扱うことが可能な血管ステントを提供することにある。
【0014】
本発明者らは、長期に亘り種々の検討を重ねた結果、ステント材料として生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)を選択し、その結晶化度を最適化することで、物理的機能と一定期間経過後の生体吸収性を両立し得るとの結論を得るに至った。本発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち、本発明に係る血管ステントは、血管内への植え込みに適する形態保持性及び弾力性を有する筒状構造体として形成され、この筒状構造体は、生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)を用いて形成されてなるものであって、筒状構造体を構成するポリ(L−ラクチド)は、示差走査熱量分析により測定される結晶化度が15%〜60%とされている。
【0016】
この生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)は、望ましくは、重量平均分子量が55000以上であり、更に望ましくは、重量平均分子量が70000〜400000である。
【0017】
ここで、筒状構造体は、線材が筒状に編成又は成形され、或いは、シートを筒状・管状に加工されている。
【発明の効果】
【0018】
ポリ(L−ラクチド)は、生体吸収性のポリマーであって、生体内に植え込まれた場合、一定期間後、生体内に吸収されて消失する。
【0019】
このポリ(L−ラクチド)の物理的性質は、結晶化度によって大きく左右され、また抗血栓性も結晶化度による影響を受けるが、これを15%〜60%とすることで、力学的性質や拡縮能力、搬送能力が維持される。また、ポリ(L−ラクチド)の結晶化度を15%〜60%の範囲に設定することで、これを用いて筒状構造体として形成された血管ステントは、一定期間開存力を発揮し、その後速やかに消失するものとされる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、37℃生理食塩水に6ヶ月間浸漬させたときのPLLAモノフィラメントの結晶化度と破断時の荷重の関係を示す特性図である。
【図2】図2は、PLLAモノフィラメントの作製時における結晶化度と破断時の荷重の関係を示す特性図である。
【図3】図3は、PLLAモノフィラメントの結晶化度と破断伸度の関係を示す特性図である。
【図4】図4は、編成した血管ステントを縮径する過程を示す模式図である。
【図5】図5は、編成した血管ステントを血管内に植え込む過程を示す模式図である。
【図6】図6は、編成した血管ステントの縮径処理の別法を示す模式図である。
【図7】図7は、ジグザグ状のPLLAモノフィラメントを円筒状に成形した血管ステントの一例を模式的に示す平面図である。
【図8】図8は、ステント本体を構成するモノフィラメントの折り曲げ状態を模式的に示す平面図である。
【図9】図9は、ステント本体の一部を拡大して示す平面図である。
【図10】図10(A)〜図10(G)は、不織不編状態のPLLAモノフィラメントの形態例を示す模式図である。
【図11】図11は、不織不編状態のPLLAモノフィラメントを円筒状に成形した血管ステントの一例を示す模式図である。
【図12】図12は、不織不編状態のPLLAモノフィラメントを円筒状に成形した血管ステントの他の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を適用した血管ステントについて詳述する。
【0022】
まず、血管ステントを構成する血管ステント用線材を説明すると、この線材は、ポリ(L−ラクチド)からなる糸状のものであり、その形態としては、モノフィラメント、マルチフィラメント等、任意の形態を採用し得る。但し、後述のステント形態を考慮すると、モノフィラメントであることが望ましい。このモノフィラメントの直径は、任意に設定することが可能であるが、用いられる血管ステントのサイズにより自ずと制限される。例えば、冠動脈に用いられる血管ステントは、長さが10〜50mmで、筒状構造体として直径が5mm程度の大きさに形成され、これを直径が2mm程度に縮径して血管に挿入するようにしている。このように直径が2mmまで縮径される血管ステントを構成するモノフィラメントは、直径が0.3mm以下のものを用いる必要がある。また、血管ステントを構成するモノフィラメントは、後述するように一定の強度が要求されるとともに、編成され、あるいはジグザグ状に折り曲げながら筒状構造体とするためには、一定の伸び率や一定の破断伸度も要求される。このような観点から、上述の大きさの血管ステントを構成するポリ(L−ラクチド)からなるモノフィラメントは、直径が0.08mm以上の太さが必要となる。
【0023】
ステント用線材を構成するポリ(L−ラクチド)(以下、PLLAと称する。)は、生分解性の脂肪族ポリエステルに属し、化学構造的には乳酸の脱水縮合重合体であり、乳酸の光学異性体のうちL体の乳酸のみが重合されたポリマーである。
【0024】
このPLLAの重量平均分子量は、線材に加工できる範囲であればよいが、具体的には55000以上とすることが好ましい。重量平均分子量55000以上で力学的性質は飽和し、これを境として重量平均分子量を上げても強度や弾性率は変わらない。実用的には70000〜400000、好ましくは100000〜300000である。特に、上記のような直径を0.08〜0.30mmとするモノフィラメントとする場合には、100000以上とすることが望ましい。
【0025】
さらに、生体分解性材料として考えたとき、上記PLLAの分解速度は、上記分子量や結晶化度、モノフィラメントの太さ、表面積で決まってくるが、特に結晶性のPLLAの場合には、結晶化度とモノフィラメントの太さが分解速度に大きな影響を与える。
【0026】
ここで、PLLAのモノフィラメントを用いて筒状構造体の血管ステントを形成し、このステントを血管に植え込んだ場合、分解に伴って強度が低下する。とりわけ、結晶化度が低い場合、分解速度が速く、強度は大きく低下する。そのため、分解を伴うステントが所定の期間、血管を保持する形態保持期間の観点から結晶化度には下限がある。前述のように、血管内に植え込んだ後ステントの形態保持期間が6ヶ月程度必要であることを考慮して、PLLAのモノフィラメントの分解に伴う力学的特性の変化を観察する期間を6ヶ月とした。
【0027】
本発明者は、上述したような長さが10mm〜50mmで、筒状構造体として直径が5mm程度の大きさに形成され、これを直径が2mm程度に縮径して血管に挿入するようにした血管ステントを作製するためのPLLAモノフィラメントとして、直径すなわち太さを0.3mmとするものA、太さを0.17mmとするものB、太さを0.08mmのものCを作製し、これらPLLAモノフィラメントを37℃の生理食塩水に6ヶ月浸漬させたときの結晶化度と破断時の荷重を確認した。その結果は、図1に示すとおりのものが得られた。
【0028】
破断時の荷重は、一般に金属ステントに用いられているタンタルが6N以上である。PLLAモノフィラメントを用いた血管ステントにおいても、血管ステントは、長さが10〜50mmで、筒状構造体として直径が5mm程度の大きさに形成され、これを直径が2mm程度に縮径して血管に挿入するようにしている。このように形成された血管ステントを血管内に6ヶ月植え込んだ後の血管を拡張保持する強度してとして金属ステントと同等の強度を要求したとき、破断時の荷重は6N以上必要である。この条件を満たすために、図1から明らかなように、太さを0.3mmとするモノフィラメントAでも、結晶化度として25%以上が必要である。
【0029】
ところで、生体吸収性を有するPLLAモノフィラメントは、生体に植え込まれ、分解するに伴って結晶化度が上昇する。すなわち、非晶質部分が先に分解するためである。
図1に示すような太さを有する各モノフィラメントA,B,Cの作成時の結晶化度と荷重との関係は、図2に示すとおりのものであった。すなわち、太さを0.3mmとするモノフィラメントAにおいて、37℃の生理食塩水に6ヶ月浸漬させたときに破断時の荷重として6N以上の条件を満たす25%の結晶化度を有するものは約15%であった。
【0030】
図1及び図2に示す結果から、上述したような太さを有する血管ステントを形成するに可能な最も太いPLLAモノフィラメントを想定したとき、結晶化度の観点から作成時において、少なくとも15%の結晶化度が要求される。
【0031】
生体吸収性ポリマー製の糸を血管ステントへ適用することを考えた場合、使用するPLLAには、物理的機能についても高度なものが要求される。
【0032】
そこで、上記PLLAの結晶化度について、物理的機能の観点から最適範囲を検討した。
血管ステントを構成する構造材料としてのアプローチとしては、弾性率や強度(力学的性質)からのアプローチ、折り曲げ易さと加工性(拡縮能力)からのアプローチ、曲がり易さと柔軟性(搬送能力)からのアプローチを挙げることができる。
【0033】
これらの中で、先ず重要なのは、弾性率や強度(力学的性質)からのアプローチである。強度や弾性率は、ステントが構造体として血管を開存するための力のファクターであり、金属ステントと同等か、それ以上であることが好ましい。タンタルワイヤ(直径126μm)を用いた金属ステントの場合、強度は約6N、弾性率は約50GPaである。
【0034】
金属ステントと同等以上の強度を実現するためには、PLLAモノフィラメントの作成時の結晶化度は、先にも述べた通り15%以上であることが必要である。結晶化度が高くなればなるほど強度は上昇しており、かかる観点からは、結晶化度はなるべく高い方が有利である。
【0035】
ただし、結晶化度が高くなると、破断伸度が低下する。すなわち、硬くて脆い物性を呈するようになる。
【0036】
上記物理的機能のうち、拡縮能力や搬送能力の観点からは、曲げ易さが要求され、適度な破断伸度が必要である。例えば、線材をステントに成形することを考えると、拡縮が可能でなければならない。また、線材を加工する際に折れてしまうと使い物にならない。
ここで、上述したよう長さを10mm〜15mmとなし太さを2mm〜5mmとした大きさの血管ステントに作製するため、筒状に編みあるいはジグザグ状に折り曲げながら円筒状の構造体として加工するためには、用いる線材としてのモノフィラメントが加工途中においてひび割れや破断等を発生させることなく湾曲あるいは折り曲げ可能であることが要求される。この要求を満たすためには、線材の太さによっても異なるが、上述の血管ステントを作製するために用いることが可能な0.08mm〜0.30mmのPLLAモノフィラメントにあっては、確実に湾曲あるいは折り曲げられる限度の破断伸度として15%以上必要であることがステント作製の過程で見いだされた。
【0037】
そこで、上述した通常用いられる血管ステントを作製するために用いることを可能とする0.08mm〜0.30mmの太さのPLLAモノフィラメントの検討したところ、湾曲あるいは折り曲げ可能性は破断伸度に左右され、この破断伸度は結晶化度により変化する。
図3は、太さをそれぞれ0.30mm、0.17mm、0.08mmとするPLLAモノフィラメントA,B,Cの結晶化度と破断伸度の関係を示すものである。図3からも明らかなように、各太さのモノフィラメントA,B,Cとも、図3からも明らかなように、結晶化度に応じて破断伸度も変化しており、破断伸度として、15%以上の条件を満たすPLLAモノフィラメントは、太さを0.08mmとするとき、結晶化度は60%以下でなければならない。実際に、結晶化度60%以上のPLLAモノフィラメントは、硬くて脆くなっており、折り曲げると簡単に折れてしまい上述したような大きさの血管ステントを作製することができなかった。
【0038】
上記モノフィラメントの断面形状は任意であり、例えば、円形、楕円形等が挙げられる。ただし、モノフィラメントの表面形状や断面形状によって分解速度に影響を与え、またこの分解速度は表面積にも比例することから、その太さや結晶化度と併せて考慮することが好ましい。
【0039】
血管ステントに用いる材料には、これ以外に抗血栓性が重要な項目である。そこで、上記PLLAの抗血栓性について検証する。
【0040】
材料の抗血栓性を示す指標として、カラム法で計測することで得られる血小板粘着率がある。血小板粘着率が高ければ、材料の抗血栓性が低いことを示し、ステントの材料には適さないことになる。
【0041】
ステント材料を考えた場合、異なる性質または物質を交互に配置する,いわゆるミクロドメイン構造を採ることにより、血小板がある程度付着し難くなる。ミクロドメイン構造においては、材料の物性がミクロ単位で異なっており、構造的に抗血栓性の性質を持つポリマーとして、セグメント化ポリウレタンが知られている。
一般の高分子ポリマーにおいては、結晶化度が高くなれば血栓が付着し難くなるが、高ければ高いほど良いというわけではない。
【0042】
上記PLLAは、結晶・非結晶型のミクロドメイン構造を採り、したがって、PLLAにおいても、その結晶化度と抗血栓性が密接に関係するものと考えられる。しかし、結晶化度の高すぎるPLLAにおいては、針状結晶様分解物が体内で長期間にわたり残留して炎症を引き起こすとの報告もあり、安全性の面からも過度の結晶化を避けることが好ましい。
【0043】
以上のことを勘案すると、本発明において、血管ステント用の線材として用いるPLLAの結晶化度は、作製時において15%〜60%の範囲内とする必要があるということになる。
【0044】
次に、このPLLAモノフィラメントを用いた血管ステントの形態について説明する。
先ず最初に、上記モノフィラメントを編んで形成した血管ステントについて説明する。
【0045】
この血管ステントは、基本的に一本の糸を編んで、すなわち、編成により形成しているから、所謂経糸・緯糸を交叉させて形成される織物よりも均質な脈管ステントとしての筒状・管状体が得られる。
【0046】
さらに、この編成血管ステントは、目的の部位まで血管ステントを運ぶ際に、種々の蛇行した血管を通過することが、金属ステントや織物ステントに比べ非常に容易である。すなわち、編物にてつくられた血管ステントはどのような蛇行にも追従性(trackability)を有し、また、屈曲部に植え込むことも可能である。なぜなら、編まれた筒状・管状のものは拡張力が強く内空の形状を損ない難いという性質をもっているからである。編成血管ステントは、約5mmの径に編成された筒状・管状の血管ステントを、生体内のより細径の血管中に挿入するために、熱処理により縮径(ヒートセット)され約2mm以下の径となされるが、その過程を図4に示す。
【0047】
また、このヒートセットされた血管ステントをバルーン5を有するカテーテル4により血管内へ植え込む概念を図5に示す。
【0048】
さらに、PLLAのモノフィラメントで編成した血管ステントの縮径処理の別の方法を図6に示す。この図6に示した方法の利点は、耐熱性樹脂あるいは金属などからなるチューブを使用しないので、そのままカテーテル先端部近傍のバルーン形成部に装着することができる点にある。
【0049】
この血管ステント1は、PLLAの糸(PLLAモノフィラメント2)で編成、つまり、編んで形成した筒状・管状の血管ステントであり、これは、他の布帛形態すなわちフェルトのような形の不繊布や通常の経糸を用いた繊布に比べて、その柔軟性および形態保持性に優れており、この編成血管ステントはさらに熱処理(ヒートセット)を施すことにより、その柔軟性および形態保持性についてなお一層顕著な効果を発揮するものである。
【0050】
今、PLLA製の糸で編成した筒状・管状の血管ステント1は、その直径が約4〜5mmのものであって、これを内径が約1〜3mm、好ましくは2mmの耐熱性樹脂あるいは金属などからなるチューブ3の中に入れてヒートセットするか、若しくは、徐々に入れながらヒートセットすることによって、径が約2mmに形態セットされた血管ステントを得ることができる(図4参照)。
【0051】
加えて、このヒートセットについては、編成筒状・管状体血管ステントを比較的大径の状態の時点で、熱処理(ヒートセット)することにより、又は、前記編成筒状・管状体を縮径してヒートセットしても、編成物すなわち、編み物の末端の繊維ないし糸又は編目は整形性がよく、このヒートセットは形態保持性とともに血管ステントとしての生体血管内壁に与えるストレスを極小化できるという意味がある。
【0052】
本発明の血管ステントを編成する線材は、その断面形状に変化をもたせることが、血管ステントを金属で作成する場合に比べて容易である。つまり、紡糸するときのフィラメントの断面形状を中空や異形とすることにより、また、モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸を用いることができ生体とのなじみや形態保持性をコントロールできる。
【0053】
また、本発明の血管ステントが分解して生体に吸収されてのち、数カ月後、血管の再狭窄が起きれば、再び血管ステントを同一部位に植え込むことが可能である訳で、これは、生体分解吸収性ポリマーを用いているからである。
【0054】
なお、生体分解吸収性ポリマーからなるフェルト様の不織布の薄いシートを筒状・管状に加工したものが、本発明の編成血管ステントと同程度の形態保持性および弾力性を保有すれば、編成物に代えて使用することも可能である。
【0055】
次に、ジグザグに折り曲げたPLLAモノフィラメントを円筒形状に成形した血管ステントについて説明する。
【0056】
この血管ステント11は、図7に示すように、形状記憶能力を付与したPLLAからなるモノフィラメント12をジグザグに折り曲げ、これを筒状に形成したステント本体13を備える。
【0057】
PLLAのモノフィラメント12は、図8に示すように、連続するV字状をなすようにジグザグ状に折り曲げながら螺旋状に巻回されることにより筒状のステント本体13を形成する。このとき、モノフィラメント12は、V字状をなす1つの折り曲げ部14の一辺を短線部14aとし、他の辺を長線部14bとすることにより螺旋状に巻回された形状が得られる。モノフィラメント12の中途部に形成される折り曲げ部14の開き角θ1がほぼ同一であって、折り曲げ部14間の短線部14a及び長線部14bの長さをそれぞれほぼ同一とすることにより、図9に示すように、互いに隣接する折り曲げ部14の頂点が互いに接触するようになる。互いに接触した折り曲げ部14の頂点のいくつか若しくは全部は互いに接合される。ステント本体13を形成するモノフィラメント12は、折り曲げ部14の互いに頂点を接触させた部分が接合されることにより、確実に筒状の形状を保持した状態に維持される。
【0058】
なお、互いに頂点を接触させた折り曲げ部14の接合は、接合部分を融点Tm以上に加熱し溶融して融着することにより行われる。
最後に、PLLAのモノフィラメントを不織不編の状態でステントとした例について説明する。
【0059】
このステントは、基本的に一本の糸を織ったり編んだりすることなく筒状体や管状体の周面に沿って巻き付け、筒状あるいは管状に加工したものである。ただし、筒状体や管状体の周面に沿って巻き付けるといっても、いわゆる巻回状態とするのではなく、図10A〜図10Gに示すように、モノフィラメント22を蛇行せしめ、あるいは輪を形成するようにしてPLLAモノフィラメント22の面状体を構成し、これを筒体や管状体を抱き込むように周面に沿わせて曲面形状とする。
【0060】
図11は、このような血管ステント21の一例を示すもので、本例では蛇行するPLLA製の糸が管状に成形されている。また、図12は、PLLAのモノフィラメントを不織不編の状態でステントとした血管ステント21の他の例を示すもので、ループ状のPLLAモノフィラメント22を同様に管状に成形してなるものである。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上の説明からも明らかなように、本発明によれば、一定期間開存力が発揮され、その後速やかに消失する血管ステントを提供することが可能である。
【符号の説明】
【0062】
11,21 血管ステント、 13 ステント本体
【技術分野】
【0001】
本発明は、冠動脈等の血管に植え込まれる血管ステントに関する。
【背景技術】
【0002】
冠動脈等の血管に狭窄部が生じた場合、いわゆる経皮的血管形成術(PTA)が広く行われている。この経皮的血管形成術は、血管の狭窄部に、カテーテルの先端部近傍に付設したバルーン形成部を挿入し、これを拡張することにより血管狭窄部を拡張して血流を良くする手術であり、通常、この経皮的血管形成術では再狭窄を防止するために血管ステントが植え込まれる。
【0003】
血管ステントは、血管内で一定期間その形状を保持し、血管形成術実施部の再狭窄を防止する。
【0004】
金属ステントが冠動脈疾患治療に特に有効であることが発表されて以来、冠動脈ステントの臨床使用には目を見張るものがある。ステントは、急性冠閉塞のみならず、遠隔期再狭窄予防効果、経皮的冠動脈形成術(PTCA)不適当病変についても、極めて有用なデバイスであり、インターベンション心臓手技等において広く用いられている。バルーンのみによる血管形成術とステントを併用した場合についての比較臨床実験では、ステント併用の場合の方が急性冠閉塞発生率、再狭窄が共に低率であったことが報告されている。
【0005】
ところで、金属ステントは、短・中期の成績については、信頼に足る実績を残しているが、長期の成績につては、例えば冠動脈に対する予期しない障害の可能性等も指摘されている。
【0006】
そもそも、金属ステントでは、ステント内再狭窄に対して、基準となる治療法が確立されていない。例えば、ステント内再狭窄に対して再びPTCAを施行することは一つの方法であるが、既に血管内にステントが植え込まれ、しかもこれが残存しているために、バルーンの拡張が困難となり、再PTCAが阻害されることも多い。
【0007】
冠動脈の広域、あるいは多枝に亘り狭窄が生じた場合、複数の金属ステントを並べて植え込む方法が多用されている。外科的に開胸し、狭窄部を避けて血管にバイパスを繋ぎ血流を確保するバイパス手術は、ステント内再狭窄に対して有効な治療法の一つであるが、金属ステントにはX線造影確認の困難なものもあり、仮にバイパスを繋ぐ予定の部位に金属ステントが植え込まれていたとすれば、バイパス手術を断念しなければならず、患者に対して大きな負担を強いることになる。
【0008】
さらに、血流と金属の適合性について、様々な研究がなされているが、金属は親水性であるため血栓を形成し易く、金属ステント固有の血栓形成傾向が大きな問題となっている。それ故、ステント植え込み部位での血栓性閉塞防止を目的として、集中的な抗血栓療法が不可欠となっているが、出血合併症につながる危険性を常に伴っている。
これらの理由から、永久的に残留する金属ステントを体内に植え込むことには問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平11−57018号公報
【特許文献2】特開平11−197252号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ステント植え込みの主な目的は、急性冠閉塞の回避と再狭窄の頻度の減少である。急性冠閉塞と再狭窄は、一定期間と関係のある現象であるため、一時的な治療のみを要求するとの報告もあり、必要な期間のみステントは機能を保持し、その役目を終えた後には異物として生体内に消滅することが望ましい。しかし、再狭窄率の増加が6ヶ月程度で沈静化するため、この期間(6ヶ月程度)はステントの機能を保持することが必要である。
【0011】
ステントに要求される事項としては、物理的機能の観点から、
(a)力学的性質:構造体として、血管を開存するために十分な力学的性質を一定期間備えていること、
(b)拡縮能力:目的血管部位まで搬送時はステント径を縮小でき、目的血管部位では任意の径まで拡大できる構造であること、
(c)搬送能力:血管内での不慮の移動、折れ曲がり、ねじれ、破損等なく、目的とする冠動脈に正確に植え込めること、
等が挙げられる。
【0012】
本発明の目的は、これらの要求事項を満たす新規な血管ステントを提供することにある。
【0013】
本発明のさらに具体的な目的は、生体吸収性を有し、抗血栓性や物理的機能に優れ、金属ステントと同様に取り扱うことが可能な血管ステントを提供することにある。
【0014】
本発明者らは、長期に亘り種々の検討を重ねた結果、ステント材料として生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)を選択し、その結晶化度を最適化することで、物理的機能と一定期間経過後の生体吸収性を両立し得るとの結論を得るに至った。本発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち、本発明に係る血管ステントは、血管内への植え込みに適する形態保持性及び弾力性を有する筒状構造体として形成され、この筒状構造体は、生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)を用いて形成されてなるものであって、筒状構造体を構成するポリ(L−ラクチド)は、示差走査熱量分析により測定される結晶化度が15%〜60%とされている。
【0016】
この生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)は、望ましくは、重量平均分子量が55000以上であり、更に望ましくは、重量平均分子量が70000〜400000である。
【0017】
ここで、筒状構造体は、線材が筒状に編成又は成形され、或いは、シートを筒状・管状に加工されている。
【発明の効果】
【0018】
ポリ(L−ラクチド)は、生体吸収性のポリマーであって、生体内に植え込まれた場合、一定期間後、生体内に吸収されて消失する。
【0019】
このポリ(L−ラクチド)の物理的性質は、結晶化度によって大きく左右され、また抗血栓性も結晶化度による影響を受けるが、これを15%〜60%とすることで、力学的性質や拡縮能力、搬送能力が維持される。また、ポリ(L−ラクチド)の結晶化度を15%〜60%の範囲に設定することで、これを用いて筒状構造体として形成された血管ステントは、一定期間開存力を発揮し、その後速やかに消失するものとされる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、37℃生理食塩水に6ヶ月間浸漬させたときのPLLAモノフィラメントの結晶化度と破断時の荷重の関係を示す特性図である。
【図2】図2は、PLLAモノフィラメントの作製時における結晶化度と破断時の荷重の関係を示す特性図である。
【図3】図3は、PLLAモノフィラメントの結晶化度と破断伸度の関係を示す特性図である。
【図4】図4は、編成した血管ステントを縮径する過程を示す模式図である。
【図5】図5は、編成した血管ステントを血管内に植え込む過程を示す模式図である。
【図6】図6は、編成した血管ステントの縮径処理の別法を示す模式図である。
【図7】図7は、ジグザグ状のPLLAモノフィラメントを円筒状に成形した血管ステントの一例を模式的に示す平面図である。
【図8】図8は、ステント本体を構成するモノフィラメントの折り曲げ状態を模式的に示す平面図である。
【図9】図9は、ステント本体の一部を拡大して示す平面図である。
【図10】図10(A)〜図10(G)は、不織不編状態のPLLAモノフィラメントの形態例を示す模式図である。
【図11】図11は、不織不編状態のPLLAモノフィラメントを円筒状に成形した血管ステントの一例を示す模式図である。
【図12】図12は、不織不編状態のPLLAモノフィラメントを円筒状に成形した血管ステントの他の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を適用した血管ステントについて詳述する。
【0022】
まず、血管ステントを構成する血管ステント用線材を説明すると、この線材は、ポリ(L−ラクチド)からなる糸状のものであり、その形態としては、モノフィラメント、マルチフィラメント等、任意の形態を採用し得る。但し、後述のステント形態を考慮すると、モノフィラメントであることが望ましい。このモノフィラメントの直径は、任意に設定することが可能であるが、用いられる血管ステントのサイズにより自ずと制限される。例えば、冠動脈に用いられる血管ステントは、長さが10〜50mmで、筒状構造体として直径が5mm程度の大きさに形成され、これを直径が2mm程度に縮径して血管に挿入するようにしている。このように直径が2mmまで縮径される血管ステントを構成するモノフィラメントは、直径が0.3mm以下のものを用いる必要がある。また、血管ステントを構成するモノフィラメントは、後述するように一定の強度が要求されるとともに、編成され、あるいはジグザグ状に折り曲げながら筒状構造体とするためには、一定の伸び率や一定の破断伸度も要求される。このような観点から、上述の大きさの血管ステントを構成するポリ(L−ラクチド)からなるモノフィラメントは、直径が0.08mm以上の太さが必要となる。
【0023】
ステント用線材を構成するポリ(L−ラクチド)(以下、PLLAと称する。)は、生分解性の脂肪族ポリエステルに属し、化学構造的には乳酸の脱水縮合重合体であり、乳酸の光学異性体のうちL体の乳酸のみが重合されたポリマーである。
【0024】
このPLLAの重量平均分子量は、線材に加工できる範囲であればよいが、具体的には55000以上とすることが好ましい。重量平均分子量55000以上で力学的性質は飽和し、これを境として重量平均分子量を上げても強度や弾性率は変わらない。実用的には70000〜400000、好ましくは100000〜300000である。特に、上記のような直径を0.08〜0.30mmとするモノフィラメントとする場合には、100000以上とすることが望ましい。
【0025】
さらに、生体分解性材料として考えたとき、上記PLLAの分解速度は、上記分子量や結晶化度、モノフィラメントの太さ、表面積で決まってくるが、特に結晶性のPLLAの場合には、結晶化度とモノフィラメントの太さが分解速度に大きな影響を与える。
【0026】
ここで、PLLAのモノフィラメントを用いて筒状構造体の血管ステントを形成し、このステントを血管に植え込んだ場合、分解に伴って強度が低下する。とりわけ、結晶化度が低い場合、分解速度が速く、強度は大きく低下する。そのため、分解を伴うステントが所定の期間、血管を保持する形態保持期間の観点から結晶化度には下限がある。前述のように、血管内に植え込んだ後ステントの形態保持期間が6ヶ月程度必要であることを考慮して、PLLAのモノフィラメントの分解に伴う力学的特性の変化を観察する期間を6ヶ月とした。
【0027】
本発明者は、上述したような長さが10mm〜50mmで、筒状構造体として直径が5mm程度の大きさに形成され、これを直径が2mm程度に縮径して血管に挿入するようにした血管ステントを作製するためのPLLAモノフィラメントとして、直径すなわち太さを0.3mmとするものA、太さを0.17mmとするものB、太さを0.08mmのものCを作製し、これらPLLAモノフィラメントを37℃の生理食塩水に6ヶ月浸漬させたときの結晶化度と破断時の荷重を確認した。その結果は、図1に示すとおりのものが得られた。
【0028】
破断時の荷重は、一般に金属ステントに用いられているタンタルが6N以上である。PLLAモノフィラメントを用いた血管ステントにおいても、血管ステントは、長さが10〜50mmで、筒状構造体として直径が5mm程度の大きさに形成され、これを直径が2mm程度に縮径して血管に挿入するようにしている。このように形成された血管ステントを血管内に6ヶ月植え込んだ後の血管を拡張保持する強度してとして金属ステントと同等の強度を要求したとき、破断時の荷重は6N以上必要である。この条件を満たすために、図1から明らかなように、太さを0.3mmとするモノフィラメントAでも、結晶化度として25%以上が必要である。
【0029】
ところで、生体吸収性を有するPLLAモノフィラメントは、生体に植え込まれ、分解するに伴って結晶化度が上昇する。すなわち、非晶質部分が先に分解するためである。
図1に示すような太さを有する各モノフィラメントA,B,Cの作成時の結晶化度と荷重との関係は、図2に示すとおりのものであった。すなわち、太さを0.3mmとするモノフィラメントAにおいて、37℃の生理食塩水に6ヶ月浸漬させたときに破断時の荷重として6N以上の条件を満たす25%の結晶化度を有するものは約15%であった。
【0030】
図1及び図2に示す結果から、上述したような太さを有する血管ステントを形成するに可能な最も太いPLLAモノフィラメントを想定したとき、結晶化度の観点から作成時において、少なくとも15%の結晶化度が要求される。
【0031】
生体吸収性ポリマー製の糸を血管ステントへ適用することを考えた場合、使用するPLLAには、物理的機能についても高度なものが要求される。
【0032】
そこで、上記PLLAの結晶化度について、物理的機能の観点から最適範囲を検討した。
血管ステントを構成する構造材料としてのアプローチとしては、弾性率や強度(力学的性質)からのアプローチ、折り曲げ易さと加工性(拡縮能力)からのアプローチ、曲がり易さと柔軟性(搬送能力)からのアプローチを挙げることができる。
【0033】
これらの中で、先ず重要なのは、弾性率や強度(力学的性質)からのアプローチである。強度や弾性率は、ステントが構造体として血管を開存するための力のファクターであり、金属ステントと同等か、それ以上であることが好ましい。タンタルワイヤ(直径126μm)を用いた金属ステントの場合、強度は約6N、弾性率は約50GPaである。
【0034】
金属ステントと同等以上の強度を実現するためには、PLLAモノフィラメントの作成時の結晶化度は、先にも述べた通り15%以上であることが必要である。結晶化度が高くなればなるほど強度は上昇しており、かかる観点からは、結晶化度はなるべく高い方が有利である。
【0035】
ただし、結晶化度が高くなると、破断伸度が低下する。すなわち、硬くて脆い物性を呈するようになる。
【0036】
上記物理的機能のうち、拡縮能力や搬送能力の観点からは、曲げ易さが要求され、適度な破断伸度が必要である。例えば、線材をステントに成形することを考えると、拡縮が可能でなければならない。また、線材を加工する際に折れてしまうと使い物にならない。
ここで、上述したよう長さを10mm〜15mmとなし太さを2mm〜5mmとした大きさの血管ステントに作製するため、筒状に編みあるいはジグザグ状に折り曲げながら円筒状の構造体として加工するためには、用いる線材としてのモノフィラメントが加工途中においてひび割れや破断等を発生させることなく湾曲あるいは折り曲げ可能であることが要求される。この要求を満たすためには、線材の太さによっても異なるが、上述の血管ステントを作製するために用いることが可能な0.08mm〜0.30mmのPLLAモノフィラメントにあっては、確実に湾曲あるいは折り曲げられる限度の破断伸度として15%以上必要であることがステント作製の過程で見いだされた。
【0037】
そこで、上述した通常用いられる血管ステントを作製するために用いることを可能とする0.08mm〜0.30mmの太さのPLLAモノフィラメントの検討したところ、湾曲あるいは折り曲げ可能性は破断伸度に左右され、この破断伸度は結晶化度により変化する。
図3は、太さをそれぞれ0.30mm、0.17mm、0.08mmとするPLLAモノフィラメントA,B,Cの結晶化度と破断伸度の関係を示すものである。図3からも明らかなように、各太さのモノフィラメントA,B,Cとも、図3からも明らかなように、結晶化度に応じて破断伸度も変化しており、破断伸度として、15%以上の条件を満たすPLLAモノフィラメントは、太さを0.08mmとするとき、結晶化度は60%以下でなければならない。実際に、結晶化度60%以上のPLLAモノフィラメントは、硬くて脆くなっており、折り曲げると簡単に折れてしまい上述したような大きさの血管ステントを作製することができなかった。
【0038】
上記モノフィラメントの断面形状は任意であり、例えば、円形、楕円形等が挙げられる。ただし、モノフィラメントの表面形状や断面形状によって分解速度に影響を与え、またこの分解速度は表面積にも比例することから、その太さや結晶化度と併せて考慮することが好ましい。
【0039】
血管ステントに用いる材料には、これ以外に抗血栓性が重要な項目である。そこで、上記PLLAの抗血栓性について検証する。
【0040】
材料の抗血栓性を示す指標として、カラム法で計測することで得られる血小板粘着率がある。血小板粘着率が高ければ、材料の抗血栓性が低いことを示し、ステントの材料には適さないことになる。
【0041】
ステント材料を考えた場合、異なる性質または物質を交互に配置する,いわゆるミクロドメイン構造を採ることにより、血小板がある程度付着し難くなる。ミクロドメイン構造においては、材料の物性がミクロ単位で異なっており、構造的に抗血栓性の性質を持つポリマーとして、セグメント化ポリウレタンが知られている。
一般の高分子ポリマーにおいては、結晶化度が高くなれば血栓が付着し難くなるが、高ければ高いほど良いというわけではない。
【0042】
上記PLLAは、結晶・非結晶型のミクロドメイン構造を採り、したがって、PLLAにおいても、その結晶化度と抗血栓性が密接に関係するものと考えられる。しかし、結晶化度の高すぎるPLLAにおいては、針状結晶様分解物が体内で長期間にわたり残留して炎症を引き起こすとの報告もあり、安全性の面からも過度の結晶化を避けることが好ましい。
【0043】
以上のことを勘案すると、本発明において、血管ステント用の線材として用いるPLLAの結晶化度は、作製時において15%〜60%の範囲内とする必要があるということになる。
【0044】
次に、このPLLAモノフィラメントを用いた血管ステントの形態について説明する。
先ず最初に、上記モノフィラメントを編んで形成した血管ステントについて説明する。
【0045】
この血管ステントは、基本的に一本の糸を編んで、すなわち、編成により形成しているから、所謂経糸・緯糸を交叉させて形成される織物よりも均質な脈管ステントとしての筒状・管状体が得られる。
【0046】
さらに、この編成血管ステントは、目的の部位まで血管ステントを運ぶ際に、種々の蛇行した血管を通過することが、金属ステントや織物ステントに比べ非常に容易である。すなわち、編物にてつくられた血管ステントはどのような蛇行にも追従性(trackability)を有し、また、屈曲部に植え込むことも可能である。なぜなら、編まれた筒状・管状のものは拡張力が強く内空の形状を損ない難いという性質をもっているからである。編成血管ステントは、約5mmの径に編成された筒状・管状の血管ステントを、生体内のより細径の血管中に挿入するために、熱処理により縮径(ヒートセット)され約2mm以下の径となされるが、その過程を図4に示す。
【0047】
また、このヒートセットされた血管ステントをバルーン5を有するカテーテル4により血管内へ植え込む概念を図5に示す。
【0048】
さらに、PLLAのモノフィラメントで編成した血管ステントの縮径処理の別の方法を図6に示す。この図6に示した方法の利点は、耐熱性樹脂あるいは金属などからなるチューブを使用しないので、そのままカテーテル先端部近傍のバルーン形成部に装着することができる点にある。
【0049】
この血管ステント1は、PLLAの糸(PLLAモノフィラメント2)で編成、つまり、編んで形成した筒状・管状の血管ステントであり、これは、他の布帛形態すなわちフェルトのような形の不繊布や通常の経糸を用いた繊布に比べて、その柔軟性および形態保持性に優れており、この編成血管ステントはさらに熱処理(ヒートセット)を施すことにより、その柔軟性および形態保持性についてなお一層顕著な効果を発揮するものである。
【0050】
今、PLLA製の糸で編成した筒状・管状の血管ステント1は、その直径が約4〜5mmのものであって、これを内径が約1〜3mm、好ましくは2mmの耐熱性樹脂あるいは金属などからなるチューブ3の中に入れてヒートセットするか、若しくは、徐々に入れながらヒートセットすることによって、径が約2mmに形態セットされた血管ステントを得ることができる(図4参照)。
【0051】
加えて、このヒートセットについては、編成筒状・管状体血管ステントを比較的大径の状態の時点で、熱処理(ヒートセット)することにより、又は、前記編成筒状・管状体を縮径してヒートセットしても、編成物すなわち、編み物の末端の繊維ないし糸又は編目は整形性がよく、このヒートセットは形態保持性とともに血管ステントとしての生体血管内壁に与えるストレスを極小化できるという意味がある。
【0052】
本発明の血管ステントを編成する線材は、その断面形状に変化をもたせることが、血管ステントを金属で作成する場合に比べて容易である。つまり、紡糸するときのフィラメントの断面形状を中空や異形とすることにより、また、モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸を用いることができ生体とのなじみや形態保持性をコントロールできる。
【0053】
また、本発明の血管ステントが分解して生体に吸収されてのち、数カ月後、血管の再狭窄が起きれば、再び血管ステントを同一部位に植え込むことが可能である訳で、これは、生体分解吸収性ポリマーを用いているからである。
【0054】
なお、生体分解吸収性ポリマーからなるフェルト様の不織布の薄いシートを筒状・管状に加工したものが、本発明の編成血管ステントと同程度の形態保持性および弾力性を保有すれば、編成物に代えて使用することも可能である。
【0055】
次に、ジグザグに折り曲げたPLLAモノフィラメントを円筒形状に成形した血管ステントについて説明する。
【0056】
この血管ステント11は、図7に示すように、形状記憶能力を付与したPLLAからなるモノフィラメント12をジグザグに折り曲げ、これを筒状に形成したステント本体13を備える。
【0057】
PLLAのモノフィラメント12は、図8に示すように、連続するV字状をなすようにジグザグ状に折り曲げながら螺旋状に巻回されることにより筒状のステント本体13を形成する。このとき、モノフィラメント12は、V字状をなす1つの折り曲げ部14の一辺を短線部14aとし、他の辺を長線部14bとすることにより螺旋状に巻回された形状が得られる。モノフィラメント12の中途部に形成される折り曲げ部14の開き角θ1がほぼ同一であって、折り曲げ部14間の短線部14a及び長線部14bの長さをそれぞれほぼ同一とすることにより、図9に示すように、互いに隣接する折り曲げ部14の頂点が互いに接触するようになる。互いに接触した折り曲げ部14の頂点のいくつか若しくは全部は互いに接合される。ステント本体13を形成するモノフィラメント12は、折り曲げ部14の互いに頂点を接触させた部分が接合されることにより、確実に筒状の形状を保持した状態に維持される。
【0058】
なお、互いに頂点を接触させた折り曲げ部14の接合は、接合部分を融点Tm以上に加熱し溶融して融着することにより行われる。
最後に、PLLAのモノフィラメントを不織不編の状態でステントとした例について説明する。
【0059】
このステントは、基本的に一本の糸を織ったり編んだりすることなく筒状体や管状体の周面に沿って巻き付け、筒状あるいは管状に加工したものである。ただし、筒状体や管状体の周面に沿って巻き付けるといっても、いわゆる巻回状態とするのではなく、図10A〜図10Gに示すように、モノフィラメント22を蛇行せしめ、あるいは輪を形成するようにしてPLLAモノフィラメント22の面状体を構成し、これを筒体や管状体を抱き込むように周面に沿わせて曲面形状とする。
【0060】
図11は、このような血管ステント21の一例を示すもので、本例では蛇行するPLLA製の糸が管状に成形されている。また、図12は、PLLAのモノフィラメントを不織不編の状態でステントとした血管ステント21の他の例を示すもので、ループ状のPLLAモノフィラメント22を同様に管状に成形してなるものである。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上の説明からも明らかなように、本発明によれば、一定期間開存力が発揮され、その後速やかに消失する血管ステントを提供することが可能である。
【符号の説明】
【0062】
11,21 血管ステント、 13 ステント本体
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血管内への植え込みに適する形態保持性及び弾力性を有する筒状構造体として形成された血管ステントであって、
上記筒状構造体は、生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)を用いて形成されてなり、
上記ポリ(L−ラクチド)は、示差走査熱量分析により測定される結晶化度が15%〜60%であることを特徴とする血管ステント。
【請求項2】
上記ポリ(L−ラクチド)は、重量平均分子量が55000以上であることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項3】
上記ポリ(L−ラクチド)は、重量平均分子量が70000〜400000であることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項4】
上記筒状構造体は、線材を筒状に編成して構成されていることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項5】
上記筒状構造体は、線材を筒状に成形して構成されていることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項6】
上記筒状体は、シートを筒状・管状に加工して形成されていることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項1】
血管内への植え込みに適する形態保持性及び弾力性を有する筒状構造体として形成された血管ステントであって、
上記筒状構造体は、生体吸収性ポリマーであるポリ(L−ラクチド)を用いて形成されてなり、
上記ポリ(L−ラクチド)は、示差走査熱量分析により測定される結晶化度が15%〜60%であることを特徴とする血管ステント。
【請求項2】
上記ポリ(L−ラクチド)は、重量平均分子量が55000以上であることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項3】
上記ポリ(L−ラクチド)は、重量平均分子量が70000〜400000であることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項4】
上記筒状構造体は、線材を筒状に編成して構成されていることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項5】
上記筒状構造体は、線材を筒状に成形して構成されていることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【請求項6】
上記筒状体は、シートを筒状・管状に加工して形成されていることを特徴とする請求項1記載の血管ステント。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−92767(P2011−92767A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−17582(P2011−17582)
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【分割の表示】特願2001−566461(P2001−566461)の分割
【原出願日】平成13年3月13日(2001.3.13)
【出願人】(391022991)株式会社 京都医療設計 (15)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年1月31日(2011.1.31)
【分割の表示】特願2001−566461(P2001−566461)の分割
【原出願日】平成13年3月13日(2001.3.13)
【出願人】(391022991)株式会社 京都医療設計 (15)
【Fターム(参考)】
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