説明

血管新生促進剤および血管新生療法

【課題】簡単に適用でき、かつ血管新生作用を促進し、血流改善効果の高い血管新生促進剤および血管新生療法を提供することを目的とする
【解決手段】哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、1用量当り200〜2000国際単位/体重(Kg)のエリスロポエチンを含有するエリスロポエチン製剤とを含有する血管新生促進剤を用いることによって、簡単に適用でき、エリスロポエチンによって誘導された赤血球系造血細胞が血管増殖向性サイトカインを分泌し強い血管新生作用を促進することができる。さらに、この血管新生作用がエリスロポエチンの存在下で増強されるので、さらなる血管新生作用を促進することでき、虚血疾患の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、虚血性疾患を有する哺乳動物に対して血管新生を促進するための血管新生促進剤および血管新生療法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、四肢,心臓,脳などの虚血性疾患の治療は、臨床医学において大きな比重を占めており、この市場規模が癌疾患の治療と並ぶ最大規模の疾患群を形成している。この治療には、血管拡張薬,経皮経管冠動脈形成術,血管バイパス術が用いられており、特に重症下肢虚血疾患の患者には従来血管バイパスが用いられているが、血管が細くてバイパス術ができなければ下肢部位の切断に至る場合がある等の問題があった。そこで、これらの問題を解決する一つの手段として、遺伝子治療や血管新生療法を行う研究が進められている。しかし、遺伝子治療ではいまだ実験治療の域を出ておらず安全性や倫理上の問題があることから一般には普及していないため、血管新生療法である自己細胞移植治療が主流となっている。この自己細胞移植治療は、骨髄細胞を患部近傍の筋肉中に移植することにより、これが血管に分化して血管を形成することで治療を行うという療法であり、今後、症例数を増やしてその効果に関する評価をする必要があるものの、重症例でも治療できることから、将来的な治療法として期待されている。
【0003】
末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症・ビュルガー病・虚血性心疾患・脳血管障害など)においては、末梢動脈の血流不全による当該部位・臓器の虚血が病態・症状の基幹をなすため、種々の技術を用いて当該部位・臓器に血管を新生させることで疾患の治療を行う試みがなされている。これら試みのうち自己細胞移植治療に関連する従来技術としては、自己骨髄細胞移植を用いた四肢虚血の治療(非特許文献1)、自己骨髄細胞移植を用いた虚血性心疾患の治療(非特許文献2)、自己末梢血細胞移植を用いた四肢虚血の治療(非特許文献3)、自己末梢血細胞移植を用いた虚血性心疾患の治療(非特許文献4)などが挙げられる。また、血管新生を制御する方法、すなわち血管形成を増強または阻害する方法において、内皮前駆細胞を脳血管虚血,腎虚血,肺虚血,四肢の虚血,虚血性心筋症,および心筋虚血の疾患を有する患者に投与する方法が、例えば特許文献1に開示されている。しかしながら、これらの治療法には一定の臨床効果が認められるものの、血流改善効果および症状軽減効果において十分な効果は得られていなかった。
【特許文献1】特表2001−503427号公報
【非特許文献1】"Therapeutic angiogenesis for patients with limb ischemia by autologous transplantation of bone-marrow cells: a pilot study and a ramdomised controlled trial" (Lancet, vol. 360, pp 427-435, 2002)
【非特許文献2】"Implantation of bone marrow mononuclear cells into ischemic myocardium enhances collateral perfusion and regional function via side supply of angioblasts, angiogenic ligands, and cytokines" (Circulation, vol. 104, pp 1046-1052, 2001)
【非特許文献3】"Angiogenesis by implantation of peripheral blood mononuclear cells and platelets into ischemic limbs" (Circulation, vol. 106, pp 2019-2025, 2002)
【非特許文献4】"Improvement of collateral perfusion and regional function by implantation of peripheral blood mononuclear cells into ischemic hibernation myocardium" (Arteriosclerosis Thrombosis and Vascular Biology, vol. 22, pp 1804-1810, 2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記欠点を解決し、さらに簡単に適用でき臨床効果のある製剤および治療法の改善が強く望まれていた。
【0005】
そこで、本発明は、簡単に適用でき、かつ血管新生作用を促進し、血流改善効果の高い血管新生促進剤を提供することを目的とする。さらに、本発明は、虚血性疾患に対する血管新生療法において、血管新生作用を増強することで治療効果を高めることが可能な血管新生療法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題に鑑みて鋭意検討した結果、哺乳動物の骨髄造血において、赤血球系以外の骨髄細胞は運動能を有し成熟に伴って自ら血管へ遊走し骨髄血管を通過することで末梢血に動員されるのに対し、赤血球系細胞は遊走能を有しないため血管増殖向性サイトカイン(血管内皮増殖因子:VEGF、胎盤増殖因子:PlGF、その他)を分泌することで赤血球造血巣へ新生血管を誘導し末梢血に動員されるという性質に着目した。そして、血管新生の従来技術として広く採用されている上記の骨髄細胞または末梢血細胞の虚血部位への移植治療においては、虚血部位に移植される細胞集団に血管前駆細胞が含まれているだけでなく、造血細胞およびその前駆細胞を多く含むことから、移植細胞に赤血球系増殖因子のエリスロポエチンを混入して移植することで、移植部位での一過性赤血球造血および赤芽球活性化を誘導し血管前駆細胞の至近で上記血管増殖向性サイトカインを分泌させることで効率のよい血管新生を促進できることを見出し、本発明に想到した。
【0007】
本発明の請求項1記載の血管新生促進剤は、哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、1用量当り200〜2000国際単位/体重(Kg)のエリスロポエチンを含有するエリスロポエチン製剤とを含むことを特徴とする。
【0008】
本発明の請求項2記載の血管新生促進剤は、請求項1において、前記骨髄,末梢血または臍帯血が、自家由来もしくは組織適合抗原が一致または一部不一致の哺乳動物由来であることを特徴とする。
【0009】
本発明の請求項3記載の血管新生促進剤は、請求項1において、前記エリスロポエチン製剤が、天然由来のエリスロポエチン,遺伝子組換えのエリスロポエチン及び/又はその誘導体を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明の請求項4記載の血管新生療法は、虚血性疾患を有する哺乳動物において血管新生を促進するための血管新生療法であって、前記請求項1記載の血管新生促進剤を虚血部位に筋肉内投与することを特徴とする。
【0011】
本発明の請求項5記載の血管新生療法は、虚血性疾患を有する哺乳動物において血管新生を促進するための血管新生療法であって、哺乳動物から骨髄,末梢血または臍帯血を採取する工程と、前記骨髄,末梢血または臍帯血を虚血部位に筋肉内投与するとともにエリスロポエチン製剤を虚血部位に筋肉内投与する工程とを包含することを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項6記載の血管新生療法は、請求項4または5において、前記虚血性疾患が、末梢動脈疾患であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の請求項1記載の血管新生促進剤によれば、哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチン製剤とを含有する製剤であるので、簡単に適用でき、エリスロポエチンによって誘導された赤血球系造血細胞が血管増殖向性サイトカインを分泌し強い血管新生作用を促進することができる。さらに、この血管新生作用がエリスロポエチンの存在下で増強されるので、さらなる血管新生作用を促進することでき、虚血疾患の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。
【0014】
本発明の請求項2記載の血管新生促進剤によれば、哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチン製剤とを含有する製剤であるので、簡単に適用でき、血管新生作用を促進することができる。さらに、虚血疾患の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。
【0015】
本発明の請求項3記載の血管新生促進剤によれば、哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチン製剤とを含有する製剤であるので、簡単に適用でき、血管新生作用を促進することができる。さらに、虚血疾患の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。
【0016】
本発明の請求項4記載の血管新生療法によれば、虚血性疾患の血管新生療法としての従来技術である骨髄細胞または末梢血細胞の虚血部位への移植において移植部位に、既に骨髄,末梢血または臍帯血とエリスロポエチン製剤を含む血管新生促進剤を投与という技術的改善策によってその血管新生効果を著しく高めることができる。また、患者の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。さらに、虚血部位にのみ投与するので、他の部位への副作用の虞が少ない。また、血管新生促進剤を用いた本発明の血管新生療法によれば、血管新生促進剤に骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチンとが一つの製剤中に含まれているため、骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチンとをそれぞれ患者に投与するのと比較して、患者や医療スタッフに対する負担を軽減することができる。
【0017】
本発明の請求項5記載の血管新生療法によれば、虚血性疾患の血管新生療法としての従来技術である骨髄細胞または末梢血細胞の虚血部位への移植において移植部位にエリスロポエチン製剤を同時投与するという技術的改善策によってその血管新生効果を著しく高めることができる。また、患者の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。さらに、虚血部位にのみ投与するので、他への副作用の虞が少ない。
【0018】
本発明の請求項6記載の血管新生療法によれば、虚血性疾患の血管新生療法としての従来技術である骨髄細胞または末梢血細胞の虚血部位への移植において移植部位にエリスロポエチン製剤を同時投与するという技術的改善策によってその血管新生効果を著しく高めるので、患者の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明の血管新生促進剤および血管新生療法を適応する虚血性疾患は、主として末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症・ビュルガー病・虚血性心疾患・脳血管障害など)である。なお、動脈の狭窄部位が太い動脈に限局し、それより末梢の動脈血流が比較的に保たれている例に関しては、自己血管の移植あるいは人工血管の移植などの外科的治療を優先し、末梢血管に血流不全の主病変を認める症例において、本発明の血管新生促進剤および血管新生療法を適応することが好ましい。
【0020】
本発明の血管新生促進剤は、哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、1用量当り200〜2000国際単位/体重(Kg)のエリスロポエチンを含有するエリスロポエチン製剤とを含む。なお、エリスロポエチンとは、赤血球系前駆細胞の分化、増殖を促進する酸性糖タンパク質ホルモンであり、主として腎臓から産生され、血液中に最も豊富に存在する赤血球は、一定期間機能した後に脾臓などで破壊されるが、骨髄から絶えず供給されることによって、正常な状態では末梢の全赤血球数は常に一定に保たれており、エリスロポエチンはこのような生体の赤血球の恒常性維持において中心的な役割を担っていることが一般に知られている。以下本発明の血管新生促進剤について具体的に説明する。
【0021】
哺乳動物とは、ヒトを含む任意の哺乳動物を意味し、具体的には、ヒト,ウサギ,ネズミ,モルモット,チンパンジー,サル等の種々の哺乳動物が挙げられる。
【0022】
哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血としては、哺乳動物を全身麻酔し骨盤の一部(腸骨,大腿骨など)から採取される骨髄、またはリューカフェレーシスにより採取された末梢血白血球成分が用いられる。なお、本発明の血管新生促進剤が投与される哺乳動物は自家(患者自身)の骨髄または末梢血を用いるが、これに限定されるものではなく、例えば、血管新生促進剤が投与される哺乳動物の血縁動物からの採取される骨髄または末梢血,組織適合抗原(HLA抗原)型の一致したまたは一部不一致の非血縁動物からの採取される骨髄または末梢血,あるいは血縁動物および非血縁動物の新生児から採取した臍帯血などであってもよい。なお、自己の細胞資源を用いる場合には組織適合抗原は完全に一致するが、同種(ヒト対ヒト、マウス対マウスなど)の細胞資源を用いる場合には、完全に組織適合抗原の一致した細胞資源を入手することは容易ではなく、また必ずしも必要ではないことから、明細書中の組織適合抗原(HLA抗原)型の一部不一致には、組織適合抗原が一座または複数座異なった同種個体の細胞資源が含まれる。
【0023】
さらに、採取された骨髄または末梢血を比重遠心法などの公知の方法により有核細胞成分あるいは低比重細胞成分を分離し細胞浮遊液としたものを本発明の血管新生促進剤に用いる。
【0024】
本発明のエリスロポエチン製剤に含有されるエリスロポエチンは、哺乳動物、特にヒトのエリスロポエチンと実質的に同じ生物学的活性を有するものであり、天然由来のエリスロポエチン,遺伝子組換えによって得られたエリスロポエチン及び/又はその誘導体を含む。遺伝子組換え法によって得られるエリスロポエチンには、天然のエリスロポエチンとアミノ酸配列が同じであるもの、あるいは該アミノ酸配列の1または複数を欠失、置換、付加したもので前記生物学的活性を有するものを含む。さらには、糖鎖の置換・削除・付加などの糖鎖修飾を行ったもの、あるいはこれを目的として一部のアミノ酸配列を改変したもの、あるいはジスルフィド結合を改変するなどで得られたエリスロポエチン誘導体で前記生物学的活性を有するものを含む。
【0025】
また、エリスロポエチンの製造方法は、いかなる方法で製造されたものであってもよく、周知の遺伝子工学手法により大腸菌,イースト菌,チャイニーズハムスター卵巣細胞などに産生させ種々の方法で抽出し、分離精製したものが用いられる。さらには、これを酵素処理・化学処理などによって、糖鎖構造などを変更したものが用いられる。
【0026】
本発明に使用されるエリスロポエチン製剤とは、上述のようにして得られるエリスロポエチンを含有する溶液製剤であり、エリスロポエチンの他に、通常溶液製剤に添加される安定化剤等の成分、例えば、ポリエチレングリコール,糖類,無機塩類,有機塩類,アミノ酸類などを含んでいてもよい。市場から入手できるエリスロポエチン製剤としては、商品名を記載すると例えば、エポジン注シリンジ,同アンプル750(中外製薬(株)製),エポジン注シリンジ,同アンプル1500・3000(中外製薬(株)製),エポジン注シリンジ,同アンプル6000(中外製薬(株)製),エポジン注シリンジ,同アンプル9000・12000(中外製薬(株)製),エスポー皮下用24000シリンジ(エポエチンα(遺伝子組換え)、24000国際単位0.5mL1筒、三共(株)製),エスポー皮下用12000シリンジ(エポエチンα(遺伝子組換え)、12000国際単位0.5mL1筒、三共(株)製)などが挙げられる。
【0027】
また、エリスロポエチン製剤中に含まれるエリスロポエチンの量は、治療すべき疾患の種類、疾患の重症度、患者の年齢などに応じて決定できるが、エリスロポエチン製剤が1用量当り200〜2000国際単位/体重(Kg)のエリスロポエチンを含有することが好ましい。上述のようなアミノ酸の改変や糖鎖の改変などで得られるポリエチレン誘導体を用いることによって主作用を増強し、副作用を軽減すると考えられることから、エリスロポエチンの含有量が1用量当り200国際単位/体重(Kg)でも十分に効果を発揮する。
【0028】
本発明の血管新生促進剤によれば、哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチン製剤とを含有する製剤であるので、簡単に適用でき、エリスロポエチンによって誘導された赤血球系造血細胞が血管増殖向性サイトカインを分泌し強い血管新生作用を促進することができる。さらに、この血管新生作用がエリスロポエチンの存在下で増強されるので、さらなる血管新生作用を促進することでき、虚血疾患の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。また、血管内皮細胞のみよりなる微小血管の数および面積を増加させるのみならず、血管平滑筋を伴った細動脈の面積を増大させ、より大きな血管、すなわち血液供給量の多い動脈を誘導させることができる。
【0029】
次に、本発明の血管新生療法について説明する。本発明の血管新生療法は、虚血性疾患を有する哺乳動物において血管新生を促進するための血管新生療法であって、本発明の血管新生促進剤を虚血部位の数ヵ所から数十ヵ所に筋肉内投与することを包含する。
【0030】
さらに、本発明の血管新生療法は、虚血性疾患を有する哺乳動物において血管新生を促進するための血管新生療法であって、哺乳動物から骨髄,末梢血または臍帯血を適当量採取する工程と、前記骨髄,末梢血または臍帯血を虚血部位の数ヵ所から数十ヵ所に筋肉内投与するとともにエリスロポエチン製剤を虚血部位の数ヵ所から数十ヵ所に筋肉内投与する工程とを包含する。
【0031】
本発明の血管新生療法によれば、虚血性疾患の血管新生療法としての従来技術である骨髄または末梢血細胞の虚血部位への投与において、投与部位にエリスロポエチン製剤を同時投与するという技術的改善策によってその血管新生効果を著しく高めることができ、患者の病態・症状の基幹をなす血流不全とそれによる虚血を改善し臨床効果を改善することができる。さらに、虚血部位にのみ投与するので、他への副作用の虞が少ない。また、虚血部位への数ヵ所から数十ヵ所の投与から、虚血部位に万遍なく製剤が広まり治癒効果を促進することができる。さらに、虚血部位にのみ投与するので、他の部位への副作用などの虞が少ない。
【0032】
また、本発明の血管新生療法によれば、血管内皮細胞のみよりなる微小血管の数および面積を増加させるのみならず、血管平滑筋を伴った細動脈の面積を増大させ、より大きな血管、すなわち血液供給量の多い動脈を誘導させることができる。
【0033】
さらに、血管新生促進剤を用いた本発明の血管新生療法によれば、血管新生促進剤に骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチンとが一つの製剤中に含まれているため、骨髄,末梢血または臍帯血と、エリスロポエチンとをそれぞれ患者に投与するのと比較して、患者や医療スタッフに対する負担を軽減することができる。
【0034】
本発明の方法をヒト細胞に適用したところ、ヒト骨髄赤血球系細胞が血管増殖向性サイトカインを多く産生分泌することを示した。また、ヒト末梢血造血前駆細胞よりin vitroで作成した赤血球コロニーが、in vitroで血管新生を強く誘導することを示した。いずれの効果も培養系にエリスロポエチンを添加することでさらに増強されることを示した。
【0035】
次に、本発明の方法を実際の患者への治療効果をin vivoでシミュレーションするためマウス個体を用いた下肢虚血疾患のモデル動物に適用したところ、マウス虚血下肢に同系マウスより採取した骨髄細胞を虚血部位に投与することで、同部位における血管新生と血流の改善をわずかに観察できたが、エリスロポエチンを混入した骨髄細胞を移植すると著しい血管新生と血流の改善が確認された。この結果により、エリスロポエチンの同時投与が従来技術の不十分な効果を著しく改善することを、in vitroにおける効果メカニズムの解明と、さらにin vivoでの実際の治療効果をもって証明した。またエリスロポエチンのヒトへの投与は、保険収載の「腎性貧血に対するエリスロポエチン投与による貧血の改善」によって多数の患者に既に行われており、その投与の安全性などの問題が十分に確認されていることから、虚血患者への実際の投与に関しては倫理的問題がないと思われる。
【0036】
以下、本発明の実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0037】
ヒト虚血性疾患患者に対する実際の臨床技術をシミュレーションする目的で、ICRマウスの下肢虚血モデルを用いた治療実験を行った。
【0038】
(方法)8週齢のオスICRマウスの左下肢大腿部を切開し、大腿動脈群をすべて結紮切除して下肢虚血モデルを作成した。同系マウスの大腿骨より骨髄を採取し、細胞浮遊液としたのち、マウス1虚血肢あたり1×107個の骨髄細胞を含有する細胞浮遊液を、左下肢大腿筋内に4カ所に分けて筋肉内投与した。また体重(kg)あたり400国際単位のエリスロポエチン製剤を同時に筋肉内投与した。
【0039】
(比較試験)虚血肢に対して治療を行わなかった群(C)、骨髄細胞移植による治療を行った群(B)、および骨髄細胞移植とともにエリスロポエチン製剤の同時投与により治療を行った群(BE)の3群それぞれ13個体ずつで比較検討した。
【0040】
(結果)治療後の肉眼所見:C群の個体では下肢の壊死脱落が主に観察された。B群では一部の個体で下肢の壊死脱落を免れたが、チアノーゼ(血流不全による皮膚の青色調)を残す個体が目立った。BE群では下肢の壊死脱落を免れた個体が多く、またチアノーゼを呈さない良好な回復が観察された。
【0041】
図1のAは、虚血肢のチアノーゼからの回復曲線のグラフを示し、3群の全個体で虚血作成24時間以内にチアノーゼが観察された。チアノーゼからの回復はBE群でのみ有意に良好であった。図1のBは、虚血肢の生存曲線のグラフを示し、下肢の全部もしくは一部の壊死脱落をもって下肢の死と定義した。BE群でのみ有意な下肢の生存延長が認められた。
【0042】
この結果から、マウス下肢虚血モデルにおいて、骨髄細胞移植にエリスロポエチン製剤を同時投与することで患側下肢を著しい改善することができ、下肢の生存を高めることが示された。
【実施例2】
【0043】
ヒト虚血性疾患患者に対する実際の臨床技術をシミュレーションする目的で、ICRマウスの下肢虚血モデルを用いてレーザー・ドップラー法による虚血肢の血流を測定した。
【0044】
(方法)実施例1と同様の方法で作成したモデルマウスを同様の方法で治療した。虚血作成6日後の個体でレーザー・ドップラー法による虚血肢の血流を測定した。
【0045】
(比較試験)虚血肢に対して治療を行わなかった群(C)、エリスロポエチン製剤のみを投与した群(E)、骨髄細胞移植による治療を行った群(B)、および骨髄細胞移植とともにエリスロポエチン製剤の同時投与により治療を行った群(BE)の4群それぞれ5から7個体ずつで比較検討した。
【0046】
(結果)健常側下肢と比較して虚血肢では血流の低下または血流の不在が観察され、BE群でもっとも良い血流の回復が観察された。図2は、各4群(C,E,B及びBE)における血流比のグラフを示し、BE群でのみ有意(p < 0.05)な血流の改善がみられた。
【0047】
この結果から、マウス下肢虚血モデルにおいて、骨髄細胞移植にエリスロポエチン製剤を同時投与することで虚血下肢の血流を改善することが示された。
【実施例3】
【0048】
ヒト虚血性疾患患者に対する実際の臨床技術をシミュレーションする目的で、ICRマウスの下肢虚血モデルの筋肉組織標本を作製し、画像処理ソフトを用いて血管数と血管面積を計算した。
【0049】
(方法)実施例2で血流量を測定した個体をそのまま屠殺し、虚血肢の大腿二頭筋を採取し筋肉組織標本を作製した。抗CD31抗体を用いて血管内皮を染色した。また抗aSMA抗体を用いて血管平滑筋を染色した。標本からビデオシステム付き顕微鏡を用いてデジタル画像を作成し、画像処理ソフトを用いて血管数と血管面積(μm2)を計算した。
【0050】
(比較試験)上記実施例2と同様の方法にて比較検討した。
【0051】
(結果)図3の左列は血管内皮集団の比較を示し、図3の右列は血管平滑筋集団の比較を示す。血管内皮細胞のみよりなる微小血管の数(EC number):B群(p < 0.05)およびBE群(p < 0.001)で有意な血管数の増加がみられ、BE群の血管増加作用はB群に比し有意(p < 0.05)に高かった。血管平滑筋を伴った細動脈の数(SMC number):血管平滑筋を伴う血管は、新生血管のごく一部であった。血管内皮細胞のみよりなる微小血管の面積(EC area):BE群でのみ有意(p<0.001)な血管総面積の増加がみられた。血管平滑筋を伴った細動脈の面積(SMC area):BE群でのみ有意(p<0.001)な血管平滑筋総面積の増加がみられ、この効果はB群に比しても有意(p<0.01)に高かった。血管内皮細胞のみよりなる微小血管の一本あたりの平均面積(Mean EC area):血管一本あたりの平均面積では各群で差がなかった。これは新生血管の多くが、血管平滑筋を伴わない微小血管のためであると考えられる。血管平滑筋を伴った細動脈の一本あたりの平均面積(Mean SMC area):一方、血管平滑筋を伴う大きな血管に関しては、BE群で有意(p<0.001)な血管平滑筋平均面積の増加がみられ、この効果はB群に比しても有意(p<0.05)に高かった。
【0052】
この結果から、骨髄細胞移植の単独効果に比してこれにエリスロポエチン製剤を同時投与することによって、より強い血管新生効果が得られることがわかるが、その原因はエリスロポイエチン製剤を同時投与することによって微小血管数をさらに増加させる(血管内皮増殖因子(VEGF)の効果に類似)とともに、血管平滑筋を伴う大きな血管の血管径を増大させ(胎盤増殖因子(PlGF)の効果に類似)、より有効な血流を再建していることが示された。
【実施例4】
【0053】
本発明の効果に関する理論的裏付けを示す目的で、ヒト末梢血細胞,ヒト血管内皮細胞およびヒト線維芽を用いたin vitro実験を行った。
【0054】
(方法)ヒトin vitro血管新生培養開始の2週間前に健常人末梢血よりエリスロポエチン存在下に赤血球系コロニー(BFU−e)、およびG−CSF存在下に白血球系コロニー(CFU−c)の培養を開始した。血管新生培養開始の直前に、作成したBFU−eおよびCFU−cをつり上げ、ヒトin vitro血管新生培養に添加して、その効果を観察した。ヒトin vitro血管新生培養開始の9日目に培養標本を回収し、固定染色を行った。上記実施例3と同様の方法により血管を染色しデジタル画像処理によって評価した。また一部の標本は血管(VIIIRAg:緑色蛍光にて発色)とBFU−e(CD235a:赤色蛍光にて発色)を二色同時染色し共焦点レーザー顕微鏡で観察した。また、培養上清中のVEGFとPlGFをELISA法で測定した。
【0055】
(比較試験)BFU−eを添加したもの、CFU−cを添加したものを、何も添加しないものや、各種血管増殖向性サイトカインを直接添加したものと比較した。
【0056】
(結果)結果を図4に示す。血管内皮細胞が増殖しつつチューブ様構造をとり、弱拡大で糸状にみえる血管様構造物が伸展し血管ネットワークを形成した。何も添加しないもの(図4の1)ではわずかに血管新生を認め、血管内皮増殖因子(VEGF)を添加(図4の2)すると多数の血管新生を観察した。CFU−cの添加(図4の3)によっては血管新生の増強は観察されないが、BFU−eの添加(図4の4)により著しい血管新生が誘導された。このBFU−eの添加による血管新生は弱拡大(図4の5)でみると新生血管の大きな集落が多数観察され、この集落像を拡大(図4の6)すると集落の中心に細胞集団が見られた。これを血管(黄緑色)と赤血球系細胞(赤橙色)の二重染色(図4の7及び 8)で観察すると血管集落がBFU−eを中心に発育していることがわかった。
【0057】
図5のAから示されるように、BFU−eを3個添加した場合より10個添加した場合のほうがより多数の血管新生がおこり(容量依存性)、さらにBFU−eにエリスロポエチン(EPO)を共添加することでこの作用が増強された。また、CFU−cの添加による効果は微弱であった。図5のBから示されるように、血管増殖向性サイトカインのうち、血管内皮増殖因子(VEGF)やアンギオポエチン−1(Ang1)は強い血管新生作用を示すが、胎盤増殖因子(PlGF1, PlGF2)およびエリスロポエチン(EPO)それ自体の血管新生作用は微弱であった。図5のCから示されるように、BFU−e添加による血管新生作用はPlGFの共添加によって影響を受けず、またPlGFの中和によっても影響を受けなかった。
【0058】
図6から示されるように、BFU−eはVEGFやPlGFを分泌し、この作用はエリスロポエチンの添加によってさらに増強された。
【0059】
ヒト血管内皮細胞を用いたin vitro血管新生実験において、ヒト末梢血由来のエリスロポエチンの存在下で作成した赤血球系コロニーの添加により新生血管が著しく増加し、また新生血管がこの赤血球系コロニーの周囲に新生することが観察され、さらにこの効果がエリスロポエチン製剤のさらなる添加により増強することが観察された。この結果から、ヒトin vitro血管新生培養において、ヒト末梢血より作成した赤血球系コロニーは血管新生を強く誘導し、またエリスロポエチン製剤の同時添加によりその効果がさらに増大できることが示された。
【0060】
また、エリスロポエチンの造血細胞に及ぼす生物活性は主に、1. 骨髄・末梢血の造血前駆細胞から赤血球系細胞を誘導し、2. 誘導された赤血球系細胞を増殖させ、3. 増殖している赤血球系細胞を分化誘導することであることが知られている。したがって、本実施例の結果から明らかなように、エリスロポエチンの血管新生に対する作用点は、1. 骨髄・末梢血からエリスロポエチンによって誘導された赤血球系細胞が強力な血管新生作用を有し、2. さらにこの赤血球系細胞がエリスロポエチンの刺激によってさらに強い血管新生作用を発揮するという少なくともこの2点において作用していることが考えられる。
【実施例5】
【0061】
本発明の効果に関する理論的裏付けを示す目的で、ヒト骨髄細胞を用いたin vitro実験を行った。
【0062】
(方法)健康人骨髄細胞から赤血球系細胞と非赤血球系細胞を免疫磁気ビーズ法によりそれぞれ分離し4日間浮遊培養した。2日後と4日後に培養液と培養細胞を採取し、培養液からVEGF, PlGFのタンパク量をELISAで、細胞からVEGF, PlGFのmRNAを定量PCR法で測定した。
【0063】
(比較試験)分離前の総骨髄有核細胞、分離した赤血球系有核細胞、および非赤血球系有核細胞で比較した。また、培養系にエリスロポエチンを添加した場合の効果も比較した。
【0064】
(結果)血管増殖向性サイトカイン(血管内皮増殖因子(VEGF)および胎盤増殖因子(PlGF))を産生・分泌する主な細胞が赤血球系細胞であり、この効果がエリスロポエチン製剤のさらなる添加により増強されることが観察された。結果を図7に示す。図7のAは、ELISA法による分泌タンパク質量の測定結果を示すグラフである。また、図7のBは、定量PCR法によるmRNA量の測定結果を示すグラフである。
【0065】
この結果から、血管増殖向性サイトカイン(血管内皮増殖因子(VEGF)および胎盤増殖因子(PlGF))を産生・分泌する主な細胞が赤血球系細胞であり、この効果がエリスロポエチン製剤のさらなる添加により増強されることを示した。
【実施例6】
【0066】
(血管新生促進剤の製剤例)無菌的操作によって得られた1×107個の骨髄細胞を含有する無菌的細胞浮遊液に、400国際単位/体重(Kg)のエリスロポエチン製剤(薬局方記載)に加え、これを無菌的シリンジに充填することで、血管新生促進剤を得た。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の活用例として、虚血性疾患に対する血管新生療法において、血管新生作用を増強することで治療効果を高めることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】(A)本発明の実施例1における虚血肢のチアノーゼからの回復曲線を示すグラフである。(B)本発明の実施例1における虚血肢の生存曲線を示すグラフである。
【図2】本発明の実施例2における血流比の結果を示すグラフである。
【図3】本発明の実施例3の結果を示すグラフである。
【図4】本発明の実施例4におけるヒトin vitro血管新生培養標本を示す顕微鏡写真である。
【図5】本発明の実施例4の結果を示すグラフである。
【図6】本発明の実施例4のVEGFおよびPlGFの分泌の結果を示すグラフである。
【図7】(A)本発明の実施例5におけるELISA法による分泌タンパク質量の測定結果を示すグラフである。(B)本発明の実施例5における定量PCR法によるmRNA量の測定結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の骨髄,末梢血または臍帯血と、1用量当り200〜2000国際単位/体重(Kg)のエリスロポエチンを含有するエリスロポエチン製剤とを含むことを特徴とする血管新生促進剤。
【請求項2】
前記骨髄,末梢血または臍帯血が、自家由来もしくは組織適合抗原が一致または一部不一致の哺乳動物由来であることを特徴とする請求項1記載の血管新生促進剤。
【請求項3】
前記エリスロポエチン製剤が、天然由来のエリスロポエチン,遺伝子組換えのエリスロポエチン及び/又はその誘導体を含むことを特徴とする請求項1記載の血管新生促進剤。
【請求項4】
虚血性疾患を有する哺乳動物において血管新生を促進するための血管新生療法であって、前記請求項1記載の血管新生促進剤を虚血部位に筋肉内投与することを特徴とする血管新生療法。
【請求項5】
虚血性疾患を有する哺乳動物において血管新生を促進するための血管新生療法であって、哺乳動物から骨髄,末梢血または臍帯血を採取する工程と、前記骨髄,末梢血または臍帯血を虚血部位に筋肉内投与するとともにエリスロポエチン製剤を虚血部位に筋肉内投与する工程とを包含することを特徴とする血管新生療法。
【請求項6】
前記虚血性疾患が、末梢動脈疾患であることを特徴とする請求項4または5記載の血管新生療法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2007−217283(P2007−217283A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−99394(P2004−99394)
【出願日】平成16年3月30日(2004.3.30)
【出願人】(802000019)株式会社新潟ティーエルオー (27)
【Fターム(参考)】