説明

衛生状態評価法

【課題】生活環境の衛生状態の評価方法であって、当該生活環境におけるMethylobacterium属細菌の存在の有無を検出する工程を含む方法を提供する。
【解決手段】水回り用洗浄剤のスクリーニング方法であって、Methylobacterium属細菌と試験物質とを接触させる工程、当該Methylobacterium属細菌の生存率あるいは増殖能を測定する工程、及び当該生存率あるいは増殖能に基づいて当該試験物質を水回り用洗浄剤として評価及び/又は選択する工程を含む方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生活環境の衛生状態を評価し、又は向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、家庭や職場、公共施設などの生活環境をより清潔に保つことへの要求が高まっている。しかし一方で、近年の建物、特に都市部のオフィスビルやマンションは、密閉性が高く湿気が溜まり易い傾向にあるため、細菌やカビなどの微生物が繁殖し易い環境下にある。特に、トイレ、浴室、洗面所、キッチン及びその他の水を使用する設備、ならびにその周辺等の水分や湿気の多い場所、いわゆる水回りにおいては、水分や湿気、又は温度等の条件に起因して、微生物がより繁殖し易い。
【0003】
水回り等の生活環境において目立つ汚れの1つが、紅色やピンク色等の赤み帯びた色を呈する付着物やヌメリに代表されるピンク汚れである。ピンク汚れは、排水口、パッキン、喫水栓部、浴室の床、洗面桶やシャンプーボトル等の容器の底部などの部位において特に顕著である。ピンク汚れはまた、清掃してもすぐに再発生するため、清掃者にとって厄介な汚れである。さらにピンク汚れは、除去が困難なだけでなく、ヌメリ感及び見た目からくる異様さによって、水回りの使用者に不快感を与える。ピンク汚れを効果的に除去し、水回りを清潔に保つ方法の開発が望まれる。
【0004】
ピンク汚れの一つであるピンクヌメリから分離された菌として、Rhodotorula属酵母、Methylobacterium属細菌、Brevundimonas属細菌、Microbacterium属細菌等が報告されている(特許文献1、非特許文献1)。このうちRhodotorula属酵母は、他の菌種と比べて増殖速度が速いことから、ピンク汚れの主原因菌として知られていた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-151908号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】洗濯の科学、2007年、52巻4号16〜22頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、生活環境の衛生状態を評価する方法、及びその衛生状態を向上させる方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、走査型電子顕微鏡(SEM)や共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)を用いて実際のピンク汚れを網羅的に解析し、その結果、ピンク汚れの主原因菌が、従来知られていたRhodotorula属酵母よりもむしろMethylobacterium属細菌であることを見出した。これらの知見より、本発明者らは、Methylobacterium属細菌を検出又は制御することで、水回り等の生活環境においてピンク汚れが発生する可能性を評価することができ、また当該評価に基づいて制御技術や制御剤を考案することで、実際のピンク汚れ等の水回りの汚れを効果的に予防又は除去することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、以下を提供する。
(1)生活環境の衛生状態の評価方法であって、当該生活環境におけるMethylobacterium属細菌の存在の有無を検出する工程を含む、方法。
(2)前記生活環境が、浴室、洗面所、洗濯室、トイレ又は台所である(1)記載の方法。
(3)前記衛生状態が、前記検出する工程において検出されたMethylobacterium属細菌の検出頻度、存在量若しくは全菌叢中での存在比、又はそれらの増減に基づいて評価される、(1)又は(2)記載の方法。
(4)前記衛生状態が、前記生活環境にピンク汚れが発生する可能性として評価される、(1)〜(3)のいずれか1に記載の方法。
(5)水回り用洗浄剤のスクリーニング方法であって、
Methylobacterium属細菌と試験物質とを接触させる工程、
当該Methylobacterium属細菌の生存率あるいは増殖能を測定する工程、及び
当該生存率あるいは増殖能に基づいて当該試験物質を水回り用洗浄剤として評価及び/又は選択する工程、
を含む、方法。
【発明の効果】
【0010】
Methylobacterium属細菌が水回り等の生活環境に発生する主要な汚れの1つであるピンク汚れの真の主原因菌であることは、本発明者らによって初めて見出された知見であり、このMethylobacterium属細菌の存在や生存率、又は増殖能を指標として生活環境の衛生状態を評価したり洗浄剤をスクリーニングしたりすることは、従来行われていなかった。
本発明によれば、Methylobacterium属細菌の存在を指標にすることにより、ピンク汚れ発生の可能性等の生活環境の衛生状態を高精度で評価することができる。また本発明のスクリーニング方法によれば、Methylobacterium属細菌に対する除菌効果を指標として、ピンク汚れを効果的に予防、除去することができる優れた水回り用洗浄剤を開発することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ピンク汚れのSEM像。
【図2】ピンク汚れのFISHを用いた共焦点レーザー顕微鏡像。
【図3】M. mesophilicum FP4の増殖挙動。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において、「水回り」とは、屋内又は屋外の、水分や湿気の多い環境又はピンク汚れの発生しやすい環境を指す。例えば、「水回り」としては、浴室、洗面所、洗濯室、トイレ、台所、水飲み場、プール、サウナ、池や噴水、貯水施設、廃水施設、洗浄設備、給排水設備、及びその他の水を使用する設備、ならびにその周辺等が挙げられる。このうち、浴室、洗面所、洗濯室、トイレ及び台所がより好ましい。
【0013】
本明細書において、「生活環境」とは、家庭、職場、学校、公共施設等の、生きているヒトや動物が存在し得る環境全てを含む。本明細書において、衛生状態が評価される生活環境としては、好ましくは、水分や湿気の多い環境及びピンク汚れの発生しやすい環境、例えば、上記で定義した水回りが挙げられ、このうち、浴室、洗面所、洗濯室、トイレ及び台所がより好ましい。
【0014】
本明細書において、「ピンク汚れ」とは、付着物やヌメリに代表される微生物由来の赤みを帯びた色を少しでも呈する汚れを指す。ここで赤みを帯びた色とは紅色、ピンク色、又はこれらの中間色を含む色である。例えば、490nm付近に最大吸収波長を有する色素でも良い(「浴室などの住環境に発生するスライム」:防菌防微 vol.24, No.11, p.723-728, 1996)。
【0015】
従来、ピンク汚れからは、Rhodotorula属酵母、Methylobacterium属細菌、Brevundimonas属細菌、Microbacterium属細菌が分離されており、このうち、Rhodotorula属酵母は、他の菌種と比べて増殖速度が速いことから、ピンク汚れの主原因菌として知られていた(特許文献1)。しかし、この従来の知見は、ピンク汚れ中にRhodotorula属酵母が存在していたという事実と、Rhodotorula属酵母が比較的増殖性が高いという以前からの知見から得た推定に過ぎない。汚れからある菌が分離されたとしても、それはその汚れ中にその菌が存在することを示しているだけである。複数の菌の複合物からなる汚れ中でどの菌が優占しているか(すなわち汚れの主原因菌)を同定するには、実際にその汚れに存在する菌を分離すると共に汚れにおける各菌の存在比や分布状態を調べてみることが必須である。
【0016】
本発明者らはピンク汚れから菌を分離同定し、その結果、Rhodotorula属酵母に加えて、より高い頻度でMethylobacterium属細菌を検出した。
次に本発明者らは、ピンク汚れにおける菌の存在比や分布状態を調べるため、走査型電子顕微鏡(SEM)や共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)を用いて実際のピンク汚れを網羅的に解析した。この方法は、SEMやCLSMを駆使することで微生物生態をあるがままに捉えることができるため、実際の菌の分布状態を調べ、その存在比を測定するのに適している。このような解析をピンク汚れに対して行ったという報告は、これまでなされていない。
【0017】
本発明者らによるSEMとCLSMによるピンク汚れに存在する菌の存在比や分布の解析の結果、ピンク汚れ中に存在する菌として、Methylobacterium属細菌が非常に広い面積を優占して存在していることが示された。さらに本発明者らが、Methylobacterium属細菌とRhodotorula属酵母とでその一般的な栄養条件での増殖速度を比較したところ、ピンク汚れ中のMethylobacterium属細菌について106個/mlの菌が定常期に達するまでの時間が2〜3日であるのに対して、Rhodotorula属酵母では3〜4日要する(Shaw, M., K. (1967) "Effect of Abrupt Temperature Shift on the Growth of Mesophilic and Psychrophilic Yeasts." J. Bacteriol. vol.93(4): 1332-1336.)ことから、M. mesophilicum の増殖速度はRhodotorula属真菌と比べて同等以上であり(実施例4)、且つ既存の洗浄剤に対する耐性も高かった(実施例3)。これらの知見より、本発明者らは、ピンク汚れの主原因菌が、従来知られていたRhodotorula属酵母よりもむしろMethylobacterium属細菌であることを見出した。すなわち、生活環境におけるMethylobacterium属細菌の存在の有無を検出することで、当該生活環境における衛生状態を評価することができる。
【0018】
従って、本発明は、生活環境の衛生状態の評価方法であって、当該生活環境におけるMethylobacterium属細菌の存在の有無を検出する工程を含むことを特徴とする方法を提供する。当該方法において衛生状態を評価する生活環境としては、好ましくは、湿気が多い環境及びピンク汚れの発生しやすい環境、例えば、水回りが挙げられる。このうち、浴室、洗面所、洗濯室、トイレ及び台所がより好ましい。
【0019】
上記方法において検出されるMethylobacterium属細菌としては、Methylobacterium mesophilicumM. fujisawaenseM. radiotoleransM. exotorquensM. rhodiumM. thiocyanatumM. dichloromethanicumM. rhodesianumM. suomienseM. oryzae M. phyllosphaeraeM. gregansM. hispanicumM. adhesivumM. aquaticumM. plataniM. variable等が挙げられる。
【0020】
ピンク汚れは水回り等の生活環境においては主要な汚れの1つであるので、一態様において、衛生状態の評価とは、ピンク汚れが発生する可能性の評価である。例えば、所与の環境においてMethylobacterium属細菌の検出頻度が増加しているか、又はその存在量や存在比が増加しているほど、当該環境はピンク汚れが発生する可能性が高い環境であると評価される。ここで、「ピンク汚れが発生する可能性が高い」とは、所定の時期により多く量のピンク汚れが発生していることか、又は所定量のピンク汚れがより早期に発生することを意味する。
【0021】
衛生状態は、検出したMethylobacterium属細菌の検出頻度、存在量若しくは全菌叢中での存在比、又はそれらの増減に基づいて評価することができる。例えば、清掃前後でMethylobacterium属細菌を検出する場合、清掃後に当該菌の検出頻度が低下しているか、又はその存在量や存在比が低下しているほど、清掃によって衛生状態がより向上した(より清潔になった)と評価することができる。あるいは、定期的に所与の環境のMethylobacterium属細菌を検出する場合、当該菌の検出頻度又はその存在量や存在比が増加、減少、及び維持されているならば、当該環境の衛生状態を、それぞれ低下、向上、及び維持(清潔さが低下、向上及び維持)されていると評価することができる。また、ピンク汚れによるピンク色を呈していない場所においても本菌を検出することにより、後でピンク汚れが生じる可能性を評価することができる。
【0022】
生活環境におけるMethylobacterium属細菌を検出するためには、当該環境中から任意のサンプルを採取し、当該サンプル中からMethylobacterium属細菌を検出すればよい。サンプルとしては、例えば、居間やキッチン、トイレ、バスルーム等の生活環境中の水滴、水アカ、及び壁面、床面、排水口、水栓回り、又は洗面桶やシャンプーボトル等の備品が挙げられ、これらをぬぐいサンプル(swab)とする方法、培地を用いて直接スタンプする方法等が挙げられる。これらのサンプルからMethylobacterium属細菌を検出し、あるいはその検出頻度、存在量若しくは全菌叢中での存在比、又はそれらの増減を測定するための手段としては、当該分野で通常使用される菌の検出、同定、計数方法を用いることができる。例えば、コロニーカウント法、色素染色法、蛍光染色法、免疫染色法、FISH等のISH、濁度測定、フローサイトメトリー、顕微鏡下での直接計数、RT−PCR、が挙げられる。あるいは、走査型電子顕微鏡(SEM)、共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)、光学顕微鏡等の顕微鏡を利用した検出、同定、計数を行ってもよい。
【0023】
また本発明によれば、ピンク汚れの主原因菌であるMethylobacterium属細菌に対する除菌効果を指標とすることで、生活環境におけるピンク汚れを効果的に除去又は予防することができる優れた水回り用洗浄剤をスクリーニングすることができる。また本発明によれば、Methylobacterium属細菌の増殖抑制効果を指標とすることで、一度除去したピンク汚れの再発防止効果を有する優れた水回り用洗浄剤をスクリーニングすることができる。すなわち、本発明における水回り用洗浄剤のスクリーニング方法は、Methylobacterium属細菌と試験物質とを接触させる工程、当該Methylobacterium属細菌の生存率あるいは増殖能を測定する工程、及び当該生存率あるいは増殖能に基づいて当該試験物質を水回り用洗浄剤として評価及び/又は選択する工程を含む。
【0024】
本明細書において、「洗浄剤」とは、除菌、消毒又は洗浄のために有効な成分と、当該成分及び他の任意成分を含有する洗浄剤組成物との両方を包含する用語である。例えば、「洗浄剤」は、除菌、消毒又は洗浄のための有効成分となる化合物又は組成物からなる原料であってもよく、又は当該原料と、除菌、消毒又は洗浄のための組成物に通常使用される任意成分とを含有する洗浄剤組成物であってもよい。任意成分としては、例えば、界面活性剤、除菌又は消毒剤、漂白剤、酸又はアルカリ、キレート剤、酵素、香料、色素、防腐剤等が挙げられる。
【0025】
試験物質としては、Methylobacterium属細菌を除菌する能力があると期待され得る任意の物質が挙げられる。試験物質は、単体の化合物でも組成物でもよく、また上記のような除菌、消毒又は洗浄のための有効成分からなる原料であっても、当該原料と他の任意成分とを含有する洗浄剤組成物であってもよい。試験物質と接触させるMethylobacterium属細菌は、適当な培地で選択的に培養されたものでもよく、又はピンク汚れに由来するものであってもよい。従って、Methylobacterium属細菌と試験物質との接触は、当該菌を含む培地に試験物質を添加することあるいはその逆により行われてもよく、またはピンク汚れそのものに試験物質を添加することあるいはその逆により行われてもよい。
【0026】
試験物質を添加した後、Methylobacterium属細菌の生存率や増殖能を測定する。生存率や増殖能は任意の方法により求めればよい。例えば、生存率や増殖能は、試験物質添加前後、又は試験物質添加後一定時間経過後にMethylobacterium属細菌の生菌数を比較することにより測定してもよく、あるいは試験物質添加群と対照群(例えば、試験物質非添加群、異なる濃度の試験物質添加群、又は除菌能のない対照物質添加群等)との間で生菌数を比較することにより測定してもよい。またあるいは、試験物質添加前後若しくは試験物質添加後一定時間経過後、又は試験物質添加群と対照群との間で、Methylobacterium属細菌の全菌叢中での存在比を比較することによって、試験物質添加群におけるMethylobacterium属細菌の生存率あるいは増殖能を求めてもよい。
【0027】
次いで、上記で測定された生存率や増殖能に基づいて、試験物質を水回り用洗浄剤として評価及び/又は選択する。例えば、試験物質添加前又は対照群と比較して、試験物質添加群におけるMethylobacterium属細菌の生存率あるいは増殖能が低下していた場合、当該被験物質を水回り用洗浄剤として選択することができる。斯くして選択された洗浄剤は、Methylobacterium属細菌を効果的に除菌することができ、ピンク汚れを除去又は予防することができる水回り用洗浄剤として有用である。
【実施例】
【0028】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明する。
【0029】
実施例1
1.SEM観察によるピンク汚れの原因菌の解析
(方法)
14家庭の浴室より39サンプルの浴室のピンク汚れを爪楊枝で擦り、2.5%グルタルアルデヒド溶液に懸濁して固定した後、pH7.6の100mMリン酸緩衝液で洗い、エタノール上昇系で脱水した。さらに凍結乾燥して表面を白金・バナジウム蒸着した後、走査型電子顕微鏡(SEM)(S4300SE/N, Hitachi)を用いて7〜15kVにて観察した。
(結果)
SEM観察結果の代表的な例の一つを図1に示す。ほとんどの菌が3μm以下の大きさであり、5μm以上の菌は確認されなかった。この結果は39サンプル全てにおいて同様であった。すなわち、全てのサンプルにおいて、細菌の大きさ及び形状を有する菌が優占して存在し、酵母の大きさの菌は優勢に存在していなかった。従って、ピンク汚れの主要原因菌は酵母であるRhodotorula属ではないことが示された。
【0030】
2.FISHによる共焦点レーザー顕微鏡観察を用いたピンク汚れの解析
(方法)
13家庭の浴室よりピンク汚れの付着した容器17サンプルを回収し、その容器上のピンク汚れとピンク汚れが付着していた部分とを同時に削り取り、3%(v/v)パラホルムアルデヒド水溶液(シグマアルドリッチジャパン(株))で2時間固定した。余分な水分をペーパータオルで除いた後、ポリアクリルアミドゲルに包埋した。当該包埋サンプルを、Methylobacterium属細菌を検出する為の蛍光プローブ(AGCGCCGTCGGGTAAGA(配列番号1 [Pirttila, A., M., Laukkanen, H., Pospiech, H., Myllyla, R., and Hohtola, Anja. (2000) "Detection of intracellular bacteria in the buds of Scotch pine (Pinus sylvestris L.) by in situ hybridization." Appl. Envion. Microbiol. vol.66(7):3073-3077])に対して、5’末端側にrhodamine Xを修飾したもの)によりハイブリダイゼーション処理し、次いで多くの細菌を検出することができる蛍光プローブ(GCTGCCTCCCGTAGGAGT(配列番号2 [Amann, R., I., Krumholz, L., and Stahl, D., A. (1990) "Fluorescent-oligonucleotide probing of whole cells for determinative, phylogenetic, and environmental studies in microbiology." J Bacteriol. vol.172(2): 762-770])に対して、5’末端側にfluorescein isothiocyanateを修飾したもの)によりハイブリダイゼーション処理した後、特に真菌に多く含まれる多糖を染色する為のCalcofluor white(BD)を用いて染色し、これを共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)(Carl Zeiss LSM META)で観察した。尚、蛍光プローブのハイブリダイゼーション処理では、Methylobacterium属細菌検出用のプローブの特異性と蛍光強度を向上させる目的で補助プローブを用いた。プローブは蛍光色素を修飾していないオリゴヌクレオチドである、AGCGCCGTCTGGTAAGA(配列番号3)及びCCAACTCCCATGGTGTGACGG(配列番号4)を設計して使用した。補助プローブは、プローブの結合配列と似た配列に結合することでプローブの結合配列の特異性を向上させたり、プローブの結合領域付近のDNAに結合することでDNAの3次元構造を変化させ、プローブが結合配列に結合しやすくする働きがある。補助プローブはどちらもプローブと同じモル数になるように、プローブと同時に添加した。
(結果)
CLSM像の一例を図2に示す。赤色はMethylobacterium属細菌、黄緑色はその他の細菌、水色はカビと多糖を示す。観察した17サンプル全てにおいて、Methylobacterium属細菌が優勢に存在していることが示唆された。このことから、ピンク汚れの主原因菌はMethylobacterium属細菌であることが示唆された。
【0031】
実施例2
菌の分離によるピンク汚れの解析
(方法)
13家庭の浴室より採取した17サンプルのピンク汚れ(サンプルA〜Q)を、Poteto Dextrose Agar (PDA) (Difco)、PDA+Chloramphenicol (50 μg/ ml)、Nutrient Agar (NA) (Difco)、又はR2A Agar(Difco)を培地として用い、3日間以内、室温にて培養した。この状態では、寒天培地上で様々な菌が重なってコロニーを形成している為、白金耳で各々のコロニーを突き、新たな培地に接種して、R2Aについては25℃、その他の培地については30℃にて3〜7日間培養する操作を何度も繰り返すことで、菌を単離した。APIテスト(bioMerieux)を用いた生化学的性状の解析からMethylobacterium属細菌と想定された菌については、その16SrRNA領域のDNAの塩基配列を決定し、そのホモロジー検索及び塩基配列を基にした系統解析を行うことにより、菌種の同定を行った。また、酵母についてはコロニー、及び顕微鏡を用いて大きさ、形状、出芽痕を観察することで判定した。
(結果)
形態観察から判断されたRhodotorula属酵母に加えて、Methylobacterium属細菌も多く分離された。
サンプルA〜Qの解析結果を表1に示す。ピンク汚れ中には細菌も酵母も存在したが、存在する菌のほとんどはMethylobacterium属細菌によって占められていることが示された。
【0032】
【表1】

【0033】
実施例3
1.Methylobacterium属細菌の抗菌剤耐性
(方法)
実施例2に記載の浴室ピンク汚れサンプルFをポテトデキストロースアガー(PDA)平板培地(Difco)を用いて30℃で一夜培養した培地上より分離されたM. mesophilicum FP4の菌体を一白金耳掻き取り、別のポテトデキストロース培地(PDB)に懸濁して30℃で3日間振盪培養した。これを遠心分離(7000g×5min.)して上清を除去した後、等量の生理食塩水で懸濁した。その後もう一度遠心分離し(7000g×5min.)、生理食塩水でOD0.8の菌液を調製した。この菌液10μlに対して、滅菌水で希釈したオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド溶液(サニゾール08、花王(株))1mlを添加し、5分間接触させた。そして、これをLP(Lecithin Polysorbate)希釈液(和光純薬工業)に対して10分の1量添加することでオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライドを希釈、不活性化し、寒天塗沫法により生残菌数を求めた。同様の手順でE. coli NBRC 3972、S. aureus NBRC13276、及びP. aeruginosa NBRC13275(いずれもNBRC(独立行政法人製品評価技術基盤機構 生物遺伝資源部門)から購入)の菌液を調製し、オクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド溶液添加後の生残菌数を求めた。
(結果)
表2に示すように、E. coli NBRC3972、S. aureus NBRC13276、P. aeruginosa NBRC13275では、240〜480ppmの濃度のオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド溶液に5分間接触させることによって、log2以上の菌数減少が観察されたのに対して、M. mesophilicumでは6000ppmの濃度のオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド溶液と60分間接触させた場合にのみ有意な菌数減少が観察された。これらの結果より、Methylobacterium属細菌は抗菌剤に対する耐性が非常に高いことが示された。
この結果からも、生存能力が高く、洗浄操作によっても残存し易いMethylobacterium属細菌がピンク汚れの主原因菌であることが示唆された。
【0034】
【表2】

【0035】
実施例4
Methylobacterium属細菌の増殖性
(方法)
培地上のM. mesophilicum FP4の菌体を一白金耳掻き取り、別のポテトデキストロース培地(PDB)に懸濁して30℃で3日間振盪培養した。この菌液を、予め用意しておいた300ml PDB入り500ml容の坂口フラスコに対してOD600が0.01になるように添加し、30℃、200rpmにて培養した。このOD600を経時的に測定した。
(結果)
図3のように、M. mesophilicumについても3日以内に定常期に達する増殖速度を示した。一般的に知られるRhodotorula属真菌でも3〜4日に定常期に達する増殖速度(例えば、Shaw, M., K. (1967) "Effect of Abrupt Temperature Shift on the Growth of Mesophilic and Psychrophilic Yeasts." J. Bacteriol. vol.93(4): 1332-1336)を示すことから、M. mesophilicumRhodotorula属真菌と同等以上の増殖速度を示したと言え、生存能力が高いMethylobacterium属細菌がピンク汚れの主原因菌であることが示唆された。
【0036】
実施例5
浴室環境の衛生評価法
(方法)
培地上のM. mesophilicum FP4の菌体を一白金耳掻き取り、別のポテトデキストロース培地(PDB)に懸濁して30℃で3日間振盪培養した。この菌液を、一度洗浄した後、ODが0.005、0.01、0.05、0.1、0.5、1.0になるようPDBに懸濁した。24穴マイクロタイターディッシュの各ウェルにエタノールに浸漬後UV照射して滅菌した1cm×1cm×2mmの大きさのFRPを入れ、調製した菌液を各2ウェル、500μlずつ添加し、30℃で一晩静置した。次に、全てのFRPを培地から取り出し、空の24穴マイクロタイターディッシュの各ウェルに入れ、30℃で一晩静置した。
次に、一方のウェルのFRPは生理食塩水中で激しくボルテックスすることで菌を剥離し、PDA培地に塗布することで菌数を測定した。もう一方のウェルのFRPの入ったウェルには再びPDB培地を入れ、30℃で静置することで、ピンク色を呈するまでの日数を求めた。
(結果)
表3に示すように、菌数が104以下であれば7日間、105程度では2〜3日間、FRPはピンク色に呈色しなかった。このことから、住環境の様々な場面で微生物のふき取り等を通してMethylobacterium属細菌の菌数を求める評価試験を行い、1cm×1cmの面積に104個以上の菌が検出された場合7日間以内で、105個以上の菌が検出された場合2〜3日間でピンク汚れが(目に見える程度に)発生する可能性が考えられる。従って、本手法は、住環境の微生物のふき取り及びMethylobacterium属細菌の検出によりその環境のピンク汚れ発生可能性を定量的に評価する衛生評価法の一つとして応用できる。但し、衛生評価法の手法はこれに限定されるものではない。
【0037】
【表3】

【0038】
実施例6
Methylobacterium属細菌に対する除菌能を指標としたピンク汚れの洗浄性能評価
1.Methylobacterium属細菌に対する除菌能の評価
(方法)
実施例3と同様の手順でM. mesophilicum FP4菌液を調製した。また実施例3と同様の手順でオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド溶液(10000ppm)を調製し、これにベンジルアルコール(BA)を5000 ppmになるように添加した。このオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド+BA溶液(1ml)をM. mesophilicum FP4菌液(10μl)に添加して菌と5分間接触させた。
(結果)
5分間の接触後、菌液中のM. mesophilicum FP4生残菌数はlog4以上減少していた。従って、オクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド(10000ppm)+BA(5000ppm)溶液がMethylobacterium属細菌に対して高い除菌能を有することが示された。
このような手法で浴室、洗面所、洗濯室、トイレ、台所等の水回りの汚れの除去又は予防に有効な薬剤などをスクリーニングできることが判った。
【0039】
2.モデルピンク汚れに対する除菌能及び再発防止性能評価
(方法)
実施例3と同様の手順でM. mesophilicum FP4の菌液(OD0.8)を調製した。次に、10×10×2(mm)のFRP(Fiber Reinforced Plastics)切片をエタノールに浸漬後UV照射して滅菌し、マイクロタイターディッシュにそのFRP切片を入れ、菌液を1mL添加した。これを30℃で6日間静置培養し、新たな24穴プレートにFRP切片のみを移し、30℃で一晩乾燥することでモデルピンク汚れを作製した。
オクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド(10000ppm)溶液、又はオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド(10000ppm)+BA(5000ppm)溶液にモデル汚れの付着したFRP切片を浸漬し、5分間静置した後、LP希釈液1mLを分注した試験管に切片を移し、ボルテックスミキサーで激しく攪拌することで菌を剥離、分散させ、寒天塗沫法により生残菌数を求めた。さらに、得られた菌液を7000g×5分間遠心分離して上清を除き、等量のPDB溶液で再懸濁した。これをマイクロタイターディッシュに入れ、30℃、400rpmにて培養し、菌が再増殖するまでの時間を求めた。
(結果)
除菌能について、Methylobacterium属細菌に対して高い除菌能を有するオクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド+BA溶液に浸漬させたFRP切片においては、菌数がLog3.68減少していた。一方、オクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド単独での減少菌数はLog1.28に留まった。
また、再発防止性評価について、PDB溶液で懸濁したものをマイクロタイターディッシュ6ウェルに入れ、そのうち目視でピンク色の塊が確認されたウェルの数を表4に示した。オクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド溶液に浸漬させたFRP切片においては、菌数は減少せず、また速やかな菌の再増殖が見られた。一方、オクチルベンジルジメチルアンモニウムクロライド溶液にBAを添加した溶液では、菌が再増殖するまでに長い時間がかかった。
このように、本願の衛生評価法を用いることで浴室、洗面所、洗濯室、トイレや台所等の水回りにおける洗浄剤組成物やその有効成分の効果を検証できることが判った。
【0040】
【表4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
生活環境の衛生状態の評価方法であって、当該生活環境におけるMethylobacterium属細菌の存在の有無を検出する工程を含む、方法。
【請求項2】
前記生活環境が、浴室、洗面所、洗濯室、トイレ又は台所である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記衛生状態が、前記検出する工程において検出されたMethylobacterium属細菌の検出頻度、存在量若しくは全菌叢中での存在比、又はそれらの増減に基づいて評価される、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記衛生状態が、前記生活環境にピンク汚れが発生する可能性として評価される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
水回り用洗浄剤のスクリーニング方法であって、
Methylobacterium属細菌と試験物質とを接触させる工程、
当該Methylobacterium属細菌の生存率あるいは増殖能を測定する工程、及び
当該生存率あるいは増殖能に基づいて当該試験物質を水回り用洗浄剤として評価及び/又は選択する工程、
を含む、方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−5455(P2012−5455A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−146406(P2010−146406)
【出願日】平成22年6月28日(2010.6.28)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】