説明

表面プラズモン共鳴測定用チップ

【課題】優れた耐ハロゲン性を有し、且つ反射光強度の低減が抑制されて純Ag膜と同等の反射光強度を備えたAg合金膜を使用したSPR測定用チップを提供する。
【解決手段】本発明の表面プラズモン測定用チップは、透明誘電体基板の上に、Ag合金膜を備えており、前記Ag合金膜にBiを含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面プラズモン共鳴測定用チップに関し、詳細にはAg合金薄膜を用いた表面プラズモン共鳴測定用チップに関するものである。
【背景技術】
【0002】
表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance Sensor:以下、「SPR」と略記することがある。)とは、金属薄膜を蒸着したプリズムなどのSPR測定用チップにおいて、SPR測定用チップのプリズム側から金属薄膜に対して全反射条件にて入射光を照射したときに生じるエバネッセント波に起因して、金属薄膜表面に表面プラズモンが共鳴して励起される現象である。SPR現象は、金属薄膜に入射される入射光の入射角や波長に依存しており、一定の入射角または波長のときに表面プラズモンが共鳴励起される。SPRが励起される入射角や波長は、金属薄膜の表面に存在する物質の状態によって変化し、金属薄膜から反射される反射光強度が減少するため、反射光強度の変化量によって分子間の結合強度や結合速度などを測定、解析するSPR測定技術が、応用物理、生化学、生物学などの様々な分野で利用されている。
【0003】
例えば、生化学分野においてタンパク質等の検出試料を検出する場合、SPR測定用チップの金属薄膜上にリガンド(タンパク質等の検出試料と特異的に結合する物質)を固定し、このチップの表面に検出試料を配置したものを用意しておき、金属薄膜に対して入射光を照射する。目的となる検出試料が存在する場合、リガンドと検出試料とが反応して金属薄膜表面の状態が変化するため、共鳴角や共鳴波長の変化(反射光強度の減少量)を測定することにより、所望とする検出試料を高感度で測定することができる。
【0004】
一般にSPR測定用チップは、基板側から順に、透明誘電体基板と、金属薄膜と、検出対象となる物質を固定化できるリガンドなどを有する薄膜とから構成されている。
【0005】
SPR測定用チップは、特定の光源波長を全反射させるプリズムを有するプリズム型と、プリズムを使わずに回折格子が形成された基板を用いる回折格子型に大別される。
【0006】
SPR測定用チップに使用される金属薄膜として、通常、純Auや純Agが用いられている。
【0007】
このうち純Auを用いた金属薄膜(Au膜)は、検出物に付着している薬品類(例えばNaClなどのハロゲン系物質やアルカリ性物質)に対する耐薬品性に優れているため、一般的に使用されている。しかしながらSPR測定用チップは使い捨てであるため、Au膜を使用したSPR測定用チップはランニングコストが高くなるという問題があった。またAu膜に対して使用できる光源波長は赤色〜近赤外に限定されるため、SPRで測定できる検出物もその範囲で測定できるものに限られていた。更にAu膜の場合、光源波長が赤色〜近赤外であっても検出感度(共鳴特性)が十分でないという問題がある。
【0008】
これに対し、純Ag膜を用いた金属薄膜(Ag膜)は、Au膜に比べて低コストであると共に、可視光領域の波長を使用でき、しかもその波長領域での共鳴特性が高い。もっともAg膜はNaClに対する安定性が低いことから、その使用範囲が限られており、耐ハロゲン性の向上が求められていた。
【0009】
そこで、このような問題を解決する技術として特許文献1には、AgにAuなどの貴金属を添加することによってNaClに対する安定性を向上させたSPR測定用チップが提案されている。しかしながら、特許文献1に記載の技術では、貴金属の添加によって純Ag膜が有していた光学特性が変化し、共鳴特性が低下するため、高感度の測定分析を行うことは難しい。また基板上でPCR反応(ポリメラーゼ連鎖反応)のような100℃程度の熱サイクルを被る高温熱処理を行うと、貴金属−Ag膜の結晶粒が粗大化して表面平滑性が悪化して、共鳴特性が低下する傾向があるため、特に検出物の測定領域が微小領域である場合には測定が難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3858726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的は優れた共鳴特性と金属薄膜表面の平滑性を有し、且つ広範な光源波長の利用が可能であると共に、優れた耐ハロゲン性を備えたSPR測定用チップを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を達成し得た本発明のSPR測定用チップは、透明誘電体基板の上に、Ag合金膜を備えた表面プラズモン共鳴測定用チップであって、前記Ag合金膜はBiを含むことを特徴とする表面プラズモン共鳴測定用チップである。
【0013】
本発明では、前記Ag合金膜はBiを0.01〜5原子%含有し、残部Ag及び不可避的不純物からなるものであることも好ましい実施形態である。
【0014】
本発明では、前記Ag合金膜は、さらに、希土類を0.1〜0.4原子%含有することも好ましく、またAu、Pt、及びCuよりなる群から選択される少なくとも1種を1.0原子%以下含有することもできる。
【0015】
更に前記透明誘電体基板が酸化ビスマス系ガラスであることも好ましい実施形態であり、前記透明誘電体基板の少なくとも一方の面に回折格子状微細構造が設けられていることも好ましい実施形態である。
【発明の効果】
【0016】
Bi含有Ag合金膜を備えた本発明のSPR測定用チップは、従来の純Ag膜を使用したSPR測定用チップと同等の優れた共鳴特性を有するだけでなく、光源波長として可視光全域を使用できると共に、膜表面の平滑性に優れ、また優れた耐ハロゲン性を有する。したがって本発明のSPR測定用チップは、検出物として従来よりも広範な試料を測定することができ、特にNaClが含まれる生物分野の検出物についても測定することができる。
【0017】
上記本発明のSPR測定用チップを用いれば、低コストで高精度の分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、実施例1で用いたSPR測定用チップの概略説明図である。
【図2】図2は、実施例1における共鳴曲線を示すグラフである。
【図3】図3は、図2のグラフの一部を拡大したグラフである。
【図4】図4は、図2のグラフの一部を拡大したグラフである。
【図5】図5は、実施例2で用いたSPR測定用チップの概略説明図である。
【図6】図6は、実施例2における共鳴曲線の半値幅の評価結果を示すグラフである。
【図7】図7は、実施例2における共鳴曲線を示すグラフである。
【図8】図8は、実施例3における耐ハロゲン性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは、上記問題を解決すべく、鋭意検討を重ねてきた。その結果、SPR測定用チップに用いられる金属薄膜としてBiを含有するAg合金膜は、広範な波長(可視光全域)の光源(例えばレーザ)に対して純Ag膜に匹敵する優れた共鳴特性を有すると共に、金属薄膜の表面平滑性に優れ、且つ純Ag膜を凌駕する高レベルの耐ハロゲン性を発揮することを見出し、本発明を完成した。
【0020】
本発明において「共鳴特性に優れている」とは、SPR測定用チップに一定の波長を有するレーザなどの光源を照射して反射光強度を測定し、縦軸を反射光強度、横軸を入射角度として共鳴曲線を描いたとき、純Agと同等の半値幅を有することを意味する。ここで、「純Agと同等の半値幅を有する」とは、Ag合金膜の半値幅が純Agの半値幅の好ましくは3倍以内、より好ましくは1.5倍以内にあることを意味する。
【0021】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0022】
上述したように本発明のSPR測定用チップは、金属薄膜としてBiを含むAg合金を用いたところに特徴がある。
【0023】
前述したように純Ag膜を用いたSPR測定用チップは、Auに比べて安価であり、また使用可能な光源波長が広いことから、その活用が期待されていた。しかしながらAg原子は塩素イオンの影響によって容易に拡散・凝集することが知られており、こうした凝集に起因する薄膜表面の変化は共鳴特性の低下を引き起こしていた。特にSPR測定用の反射膜として使用される金属薄膜に凝集等が生じると、反射光強度への影響が大きく、共鳴特性を著しく劣化させ、測定精度が低下するという問題があった。したがって生体部材など塩化ナトリウムが付着している試料については純Ag膜を使用することができず、その利用範囲は極く限られたものとなっていた。
【0024】
そこで本発明者らが鋭意研究を重ねた結果、SPR測定用チップに用いられる金属薄膜として、AgにBiを含有するBi含有Ag合金を用いれば、上記問題を見事に解決できることを見出した。Bi含有Ag合金の形成によって上記特性が発揮される理由として、Bi含有Ag合金の成膜時に、膜表面にBi酸化物が濃化してBi酸化物濃化層が形成され、このBi酸化物濃化層によって耐ハロゲン性が向上すると推察される。また、Biの添加により、塩素イオンの影響によるAg原子の凝集を抑制でき、Bi含有量が増加するにつれて、凝集抑制効果が向上することが確認された。
【0025】
また純Ag膜を用いたSPR測定用チップは、PCR反応のような100℃程度の熱処理を施すと、Ag結晶粒が粗大化して膜表面の平滑性が低下して検出感度が低下するという問題があった。これに対し、本発明に係るBi含有Ag合金膜を用いたSPR測定用チップは、熱処理を施してもAg結晶粒の粗大化が抑制され、熱処理後も膜表面の平滑性に優れていることが分った。
【0026】
しかもBi含有Ag合金膜を用いたSPR測定用チップは、純Agと同様に広範な光源波長の使用が可能であり、また共鳴特性についても純Agと同等のレベルを有するという研究結果も得られた。
【0027】
ただし、AgへのBi添加は、反射光強度を低下させる傾向があり、この傾向はBi含有量が増加するにつれて顕著となり、結果としてBi含有Ag合金膜の共鳴特性を低下させることも分った。
【0028】
Bi含有Ag合金の成膜性や基板との密着性の観点からは、Bi含有量は、0.01原子%以上、5原子%以下とすることが望ましい。Bi含有量が0.01原子%を下回るとBiを添加した効果が十分に得られず、一方、Bi含有量が多量になると成膜性が劣化するからである。
【0029】
また膜表面の平滑性向上、及び耐ハロゲン性向上という観点からは、Bi含有量の上限は特に規定されないが、共鳴特性を確保するという観点からすると、Bi含有量の上限は2原子%とすることが好ましい。Bi含有量が2原子%を超えると、反射光強度の低下に伴って共鳴特性が低下する。より好ましいBi含有量の上限は1.5原子%である。一方、表面平滑性、及び耐ハロゲン性を確保するという観点からすると、Bi含有量の下限は、0.1原子%とすることが好ましい。
【0030】
本発明に用いられるAg合金は、上記のようにBiを含み、残部Agおよび不可避的不純物であることが好ましい。
【0031】
なお、本発明では、Bi含有Ag合金の上記特性を一層向上させる目的で、更に希土類金属元素を含有させることも有効である。これらの元素は、検出物と共に含まれる水やバッファー、溶媒などとの接触によるAg原子の凝集をさらに抑制して、耐久性を一段と高める効果を有している。希土類金属元素とは、ランタノイド元素(周期表において、原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの合計15元素)に、Sc(スカンジウム)とY(イットリウム)とを加えた元素群を意味し、希土類元素は1種または2種以上を用いることができる。好ましい希土類元素はNdおよびYである。希土類元素の含有量(単独の場合は単独の含有量であり、2種以上を含むときは合計量である)は、0.1原子%以上、0.4原子%以下とすることが好ましい。0.1原子%未満では、上記元素の添加による有効な効果が得られず、含有量が0.4原子%を超えると反射光強度が低下し、所望の共鳴特性が得られないからである。より好ましい含有量の上限は0.2原子%である。
【0032】
また本発明に用いられるAg合金には更に他の元素として、Au、Pt、Cuなどが含まれていてもよい。これら元素を多量に添加すると共鳴特性が低下するが、例えば1.0原子%以下であれば、Bi含有Ag合金の上記特性を維持できる(後記する実施例を参照)。
【0033】
Bi含有Ag合金膜の厚さは特に限定されず、SPR測定用チップの種類などに応じて所望の膜厚とすればよいが、膜厚が薄すぎると入射光がBi含有Ag合金膜を透過してしまい、反射光強度が低下することがあり、また膜を均一に形成して安定した上記特性を確保する観点からは、好ましくは30nm以上とする。また通常の基板の屈折率(1.4〜2.2程度)において上記SPR特性を確保する観点からは、膜厚は40nm以上とすることが推奨される。ただし、膜厚を厚くしても上記特性の向上効果が飽和する一方でコストが上昇し、また上記基板の屈折率においてSPR特性を確保する観点からは、膜厚は好ましくは100nm以下、より好ましくは80nm以下である。
【0034】
Bi含有Ag合金膜等の成膜方法は特に限定されず、蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、電気メッキ法など公知の方法によって成膜することができる。
【0035】
以上、本発明を最も特徴付ける金属薄膜について説明した。
【0036】
以下、上記Bi含有Ag合金膜を備えた本発明のSPR測定用チップの各構成およびその製造方法について説明するが、本発明は下記構成及び製造方法に限定されず、必要に応じて構成や製造方法に適宜変更を加えることもできる。
【0037】
本発明のSPR測定用チップにおける透明誘電体基板は、レーザを透過する透明な材料であれば特に限定されず、SPR測定用に一般的に使用されている光学ガラスや合成樹脂などを用いることができる。光学ガラスとしては各種光学ガラスが例示され、合成樹脂としてはアクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリスチレン樹脂、エポキシ樹脂などの各種樹脂が例示される。
【0038】
透明誘電体基板との密着性向上を考慮すると、酸化ビスマス系ガラスを用いることが好ましい。本発明者らが、純Au膜および純Ag膜の従来例、並びにBi含有Ag合金膜の本発明例を用い、各種基板との密着性について調べた結果、これらは、酸化ビスマス系ガラス以外の基板との密着性は同等であったが、酸化ビスマス系ガラスに対する密着性は相違しており、Bi含有Ag合金膜は、純Au膜及び純Ag膜よりも優れた密着性が得られることが判明した。Bi含有Ag合金膜が酸化ビスマス系ガラスに対して優れた密着性を発揮する理由は詳細には不明であるが、濃化した酸化ビスマスが密着性向上に作用していると思われる。本発明で用いられる酸化ビスマス系ガラスとは、酸化ビスマス(Bi)を含むガラスをいい、他の成分として例えば、酸化亜鉛(ZnO)、酸化硼素(B)、酸化珪素(SiO)、酸化カルシウム(CaO)などを含むものであってもよい。
【0039】
また本発明に用いられる透明誘電体基板は、表面に凹凸形状(グレーティング)の回折格子を有するものであってもよい。回折格子は、上記基板の少なくとも一方の面(少なくとも光が照射される面)に形成されていれば良い。回折格子を有する基板を用いた回折格子型SPR測定用チップは、低コストで製造でき、またプリズムを使用する必要がないため、プリズムと透明誘電体基板との密着度のバラツキに起因する測定値の変化を抑制できる。またプリズムを使用した場合に比べて回折格子を有する透明誘電体基板は、レーザ径やビーム照射位置など光源の制約が少ないため望ましい。
【0040】
回折格子の構造は特に限定されないが、本発明のBi含有Ag合金膜は、上記のとおり純Ag膜との対比において優れた特性を有していることから、純Ag膜の平均的な表面粗さ(4nm程度)が回折格子の構造形状の1%に達する周期(400nm)以下の微細構造が好ましく、更に好ましくは10nm以上、200nm以下の微細構造である。
【0041】
また、回折格子を有する透明誘電体基板を用いる場合、共鳴条件は基板表面の構造に依存するため、構造設計に基づく共鳴効果を有効に発揮させるには、基板表面の構造を正確に反映した状態で金属薄膜が成膜されることが望ましいが、上記Bi含有Ag合金膜を用いた場合は、基板表面の凹凸形状に沿った成膜が容易であり、また、成膜後の膜表面は平滑性に優れているなどの利点もある。特に、Bi含有Ag合金膜は、上記の通り、熱処理後も膜表面の平滑性を維持しているため、共鳴特性に優れるだけでなく、各種検出物に使用することが可能であるため、プリズム型に比べて低いランニングコストを達成できる。
【0042】
なお、本発明のSPR測定用チップは、上記のような回折格子型に限定されず、プリズムを備えたプリズム型を用いても良い。本発明に用いられるプリズムは、SPR測定に通常用いられるものであれば特に限定されない。
【0043】
本発明のSPR測定用チップは、上記透明誘電体基板の上にBi含有Ag合金膜が積層されている。Bi含有Ag合金膜は透明誘電体基板の上に直接積層されていても良いし、SPR測定用チップの要求特性などに応じて、本発明の作用を損なわない範囲で透明誘電体基板とBi含有Ag合金膜との間に、他の層を介在させてもよい。例えば透明誘電体とBi含有Ag合金膜との密着性などの特性を高める目的で、Cr等の公知の介在層を設けてもよい。上記介在層の厚さは、所望の密着性効果が得られるよう、Bi含有Ag合金膜との関係で適宜適切に設定すれば良いが、例えば介在層としてCr膜を用いると、Cr中にAgが拡散し、反射光強度やSPR特性の低下が生じることから、膜厚は好ましくは2.5nm以下、より好ましく2nm以下とする。一方、Cr膜を用いた場合、膜厚が薄すぎるとCr膜による密着性向上効果が十分に得られないことがあるため、好ましくは1nm以上とする。
【0044】
本発明のBi含有Ag合金膜の上には、SPR測定用チップの種類などに応じて、リガンドなどを固定したり、他の層を積層させることができる。
【0045】
本発明のSPR測定用チップは、各種公知のSPR測定装置に使用可能であり、照明、通信、分析、化学、バイオ等の様々な分野に利用することができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0047】
(実施例1)
本実施例では図1に示すプリズム型SPR測定を模擬して、波長550nmにおけるSPR特性を理論値から予測した。理論値計算においては、測定対象である空気(ブランク)、水の温度を25℃に設定した。
【0048】
反射光強度は、公知の多重反射計算式に基づいて算出した。具体的にはバイオセンサケミカルセンサ辞典第1版(第135頁、2007年発行:株式会社テクノシステム)に記載の多重反射計算式を参照した。
【0049】
透明導電体基板としてSF6ガラスを想定し、1.0原子%Bi−Ag合金膜を成膜したとしてSPR曲線を予測した。なお、Ag合金中のBiは膜表面側に酸化物として濃化することから、計算モデル(図1)としては、純Ag膜上に0.3nmのBi酸化物の薄膜が形成されていると仮定した。
【0050】
またプリズム屈折率を1.76、水の屈折率を1.41、酸化ビスマス層(厚さ0.3nm)の屈折率を2.0、Ag(厚さ50nm)の複素屈折率n(屈折率)を0.055、k(消衰係数)を3.32として、入射角30°〜90°までの反射光強度を計算してプロットした。
【0051】
比較のため、純Ag膜を用い、上記と同様にして波長550nmにおけるSPR特性を理論値から予測した。
【0052】
これらの共鳴曲線を図2にまとめて示す。なお、図4は図2における入射角37°付近の拡大図であり、図3は図2における入射角63°付近の拡大図である。
【0053】
これらの図に示すように、Bi含有Ag合金膜を備えたSPR測定用チップは、純Ag膜を備えたSPR測定用チップと同等の共鳴曲線を描いており、半値幅も同等であることが分かる。すなわち、いずれのSPR測定用チップについても、入射角30°〜90°の全域に亘って、共鳴曲線と半値幅は各サンプルに応じてほぼ同じ曲線が得られた(図2を参照)。詳細には、水を用いたときは、いずれのチップにおいても入射角63°付近で反射光強度が急激に変化する共鳴曲線が得られ(図3を参照)、空気(ブランク)を用いたときは、いずれのチップにおいても入射角37°付近で反射光強度が急激に変化する共鳴曲線が得られた(図4を参照)。
【0054】
(実施例2)
本実施例では図5に示すプリズム型SPR測定用チップを用い、波長635nmにおけるSPR測定用チップの特性を調べた。SPR測定用チップでは、各共鳴スポットでの共鳴曲線のピークがシャープで強度が大きいこと、すなわち、共鳴角のずれ(シフト)に対する感度が高いことが挙げられる。SPR測定用チップの特性評価にあたっては、リガンドを付着させない状態で共鳴曲線を取り、共鳴曲線の半値幅を測定して評価した。
【0055】
透明誘電体基板(合成石英:厚さ0.5mm)に1.0%Bi−Ag合金(%は原子%の意味、以下同じ)、0.5%Bi−1.0%Au−Ag合金、及び0.9%Cu−0.7%Nd−Ag合金の各薄膜(膜厚は50nm)をDCスパッタ法(Arガス流量:10sccm、ガス圧:2mtorr、DCパワー:100W)にて成膜した。この際、スパッタリングターゲットには、上記合金成分組成を有するターゲットを夫々用いた。
【0056】
なお、比較のため、純Ag膜(2個)または純Au膜を用いたものを、上記と同様にして作製した。また透明誘電体基板と金属薄膜の間に介在層(Cr下地)としてCr(膜厚2.5nm)をDCスパッタ法によって成膜してから、純Ag膜、または純Au膜を成膜した(純Ag(Cr下地)は2個作製した)。
【0057】
膜厚は、試料作成時に膜厚計測用のサンプルを準備し、接触式段差計(デックタック)にて計測した計測値を膜厚とした。
【0058】
成膜後、図5に示すように基板側を、回転ステージに固定したBK7プリズム(BKは硼珪クラウン、波長635nmに対する屈折率は1.514)上にマッチングオイル(グリセリン)を介して接地させてSPR測定用チップを計測した。マッチングオイルは、チップ本体とプリズムを光学的に接触させるために用いた。本実施例では、チップ表面に接する物質の屈折率を揃えるという意味で、ブランク(20℃に保たれた空気)状態で計測した。
【0059】
このようにして得られたSPR測定用チップを表面プラズモン共鳴測定装置にセットした。そしてプリズムを介してレーザ(波長635nmのレーザをコリメートして広がり角を0.2mradとしたもの)を基板に照射させると共に、回転ステージを0.005°刻みで回転させながら反射光強度を計測し、共鳴曲線を得た。結果を図6、図7に示す。なお、共鳴曲線は得られた反射光強度の最大値を1、最小値を0として規格化したものを示している。
【0060】
図6に示す様に、1.0%Bi−Ag合金膜を備えたSPR測定用チップは、純Ag膜を備えたSPR測定用チップと同等の半値幅を有していた。またBi含有Ag合金であって、Auを更に含むSPR測定用チップ(0.5%Bi−1.0%Au−Ag合金)では、半値幅が広くなった。Biの代わりにCuを含有し、且つ希土類元素のNdを添加したSPR測定用チップ(0.9%Cu−0.7%Nd−Ag合金)は、半値幅が広くなった。また、純Ag膜であっても介在層(Cr下地)を介在させたSPR測定用チップは半値幅が広くなった。
【0061】
なお、純Au膜を備えたSPR測定用チップは、半値幅が広すぎたため図6には掲載しなかった。
【0062】
また図7に示す様に、1.0%Bi−Ag合金膜を備えたSPR測定用チップと純Ag膜を備えたSPR測定用チップは、ほぼ同様の共鳴曲線を描いているのに対し、介在層(Cr下地)を有する純Auを備えたSPR測定用チップのように本願発明の要件を満たさない例は、純Ag膜を備えたSPR測定用チップと大きく異なる共鳴曲線を描き、検出感度が劣ることが分かった。
【0063】
(実施例3)
上記実施例2と同様にして透明誘電体基板上に純Ag、0.02%Bi−Ag合金(%は原子%の意味、以下同じ)、0.07%Bi−Ag合金、及び0.18%Bi−Ag合金の各薄膜(膜厚は50nm)をDCスパッタ法にて成膜し、得られた試料を用いて耐ハロゲン性を調べた。具体的には、各試料をNaCl水溶液(NaCl濃度:0.05M、水溶液温度:20℃、水溶液浸漬時間:5分)に浸漬し、浸漬前後の試料(膜)の平均表面粗さ(Ra)を走査型プローブ顕微鏡を用いて、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)の観察モードによって測定し、浸漬前後の平均表面粗さ(Ra)の変化量に基づいて評価した。表面粗さ(Ra)は純Agの表面粗さとの対比で評価し、表面粗さが1.0nm以下のものを特に耐ハロゲン性に優れるとした。
結果を表1、図8に示す。
【0064】
【表1】

【0065】
表1、図8より以下のことがわかる。純Ag膜の場合、NaCl水溶液中のClに起因する凝集が生じることによって膜表面が粗くなり、Raが4.9nmまで増加していた。これに対してBi含有Ag合金膜では、Bi添加量を増加させるにしたがってClに起因する凝集が抑制され、表面粗さの増加が低減され、純Ag膜よりも優れた耐ハロゲン性を示した。Ag合金に0.18原子%のBiを含有させた場合(No.4)、特に優れた耐ハロゲン性を示した。このようにBiを添加することによって耐ハロゲン性の向上にも優れた効果を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明誘電体基板の上に、Ag合金膜を備えた表面プラズモン共鳴測定用チップであって、前記Ag合金膜はBiを含むことを特徴とする表面プラズモン共鳴測定用チップ。
【請求項2】
前記Ag合金膜はBiを0.01〜5原子%含有し、残部Ag及び不可避的不純物からなるものである請求項1に記載の表面プラズモン共鳴測定用チップ。
【請求項3】
前記透明誘電体基板が酸化ビスマス系ガラスである請求項1または2に記載の表面プラズモン共鳴測定用チップ。
【請求項4】
前記透明誘電体基板の少なくとも一方の面に回折格子状微細構造が設けられている請求項1〜3のいずれかに記載の表面プラズモン共鳴測定用チップ。

【図8】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−242306(P2011−242306A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−115792(P2010−115792)
【出願日】平成22年5月19日(2010.5.19)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】