説明

表面被覆工具

【課題】 被覆層の剥離を抑制するとともに、基体表面自体の耐摩耗性も向上させて、安定した高い耐摩耗性が得られる表面被覆工具を提供する。
【解決手段】 WC相2と、鉄族金属の1種以上よりなる結合相3と、WC以外のZrを含む周期表第4、5、6族金属の1種以上の炭化物、窒化物または炭窒化物からなるB1型固溶相4との超硬合金からなる基体1の表面に被覆層6を形成したものであり、基体1の表面からの深さが5〜100μmまでの表面領域7にZrO相5が点在するとともにη相が存在せず、基体1の表面からの深さが100μmより深い内部では、ZrO相5が存在しないか、または表面領域7におけるZrO相5の平均粒径に対する平均粒径が1/5以下の大きさで点在している表面被覆工具である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面被覆工具に関し、特に耐塑性変形性に優れ、高靭性を有し、かつ耐摩耗性に優れた超硬合金からなる切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から金属の切削加工に広く用いられている超硬合金は、炭化タングステンを主体とする硬質相と、コバルト等の鉄族金属の結合相に対して、周期表第4、5、6族金属の炭化物、窒化物、炭窒化物等の固溶相であるB1型固溶体を分散せしめた系が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1では、被覆層を形成したWC基超硬合金母材中にZr化合物を含有させることが開示され、かつ化合物の大きさが合金の表面から50μmの深さで0.02〜0.5μm、50〜150μmの深さで0.5〜1.0μm、150μm深さで1.0〜5.0μmとしたことが記載されている。
【0004】
また、特許文献2では、立方晶系化合物を含む超硬合金の表面において、表面から2〜10μmの深さに炭化タングステンと内部よりも1.2〜3倍量の結合相とからなる第1表面領域と、第1表面領域の界面から3〜15μmの深さに、炭化タングステンと結合相と内部よりも1.5〜5倍の立方晶系化合物とからなる第2表面領域とを形成することが開示され、この超硬合金の表面に被覆層を形成したものも開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−336489号公報
【特許文献2】特開2004−259286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記特許文献1および特許文献2のいずれの構成によっても、強い衝撃がかかった場合には被覆層が剥離する場合が多くあり、さらに、被覆層が剥離した後の基体が露出した状態で切削を続けると、摩耗の進行が非常に早くて早期に寿命に至ってしまうという問題があった。
【0007】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、被覆層の剥離を抑制するとともに、基体表面自身における耐摩耗性も向上させて、安定した高い耐摩耗性が得られる表面被覆工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の表面被覆工具は、WC相と、鉄族金属の1種以上よりなる結合相と、WC以外のZrを含む周期表第4、5、6族金属の1種以上の炭化物、窒化物または炭窒化物からなるB1型固溶相との超硬合金からなる基体の表面に被覆層を形成したものであって、前記基体の表面からの深さが5〜100μmまでの表面領域にZrO相が点在しているとともにη相が存在せず、前記表面領域より深い内部では、前記ZrO相が存在しないか、または前記表面領域におけるZrO相の平均粒径に対する平均粒径が1/5以下の大きさで点在しているものである。
【0009】
ここで、前記被覆層としては、積層構造であり、前記基体側第1層目がTiN、TiC
、TiB、TiCNまたはTiAlNのうちの1種のTi化合物である場合に特に有効であり、従来の超硬合金に比べて被覆層が剥離しにくいものである。
【0010】
また、前記表面領域について断面で観察したとき、前記ZrO相の平均粒径dと前記B1型固溶相の平均粒径dとの比(d/d)が1.2〜10であることが望ましく、前記表面領域における前記ZrO相の組織全体に対する存在割合が1〜10面積%であることが望ましい。
【0011】
さらに、前記表面領域における結合相の含有割合が内部に対して1.2〜2倍であることが望ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の切削工具によれば、超硬合金の表面にη相が存在せずZrO相が点在することによって、基体と被覆層との熱膨張差による被覆層の剥離を抑制することができ、かつ仮に被覆層が剥離や摩耗した場合でも、露出した超硬合金基体の耐摩耗性が高くて、切削工具として安定した切削が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の表面被覆工具の好適例である切削工具の一例についての鏡面研磨断面における波長分散型分光分析による酸素成分の濃度分布を示すマッピング写真である。
【図2】図1の切削工具についての走査型電子顕微鏡写真および局部についてエネルギー分散型分光分析による成分分析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の切削工具について、その一例についての鏡面研磨断面における波長分散型分光分析による酸素成分の濃度分布を示すマッピング写真である図1および図2の走査型電子顕微鏡写真および局部についての成分分析結果を基に説明する。
【0015】
図1、2に示す超硬合金(基体)1は、WC相2、鉄族金属の1種以上よりなる結合相3、WC以外のZrを含む周期表第4、5、6族金属の1種以上の炭化物、窒化物または炭窒化物からなるB1型固溶相(以下、B1型固溶相と略す。)4から形成され、さらにZrO相5が点在している。また、図1によれば、基体1の表面には、Tiを含む被覆層6が形成されている。
【0016】
そして、図1によれば、基体1の表面からの深さが5〜100μmまでの表面領域7にZrO相5が点在しており、基体1の表面からの深さが100μmより深い内部では、ZrO相5が存在していない。また、基体1の表面領域7にはη相が存在せず、表面領域7自体が破壊することもない。なお、本発明によれば、基体1の内部においては表面領域7におけるZrO相5の平均粒径に対する平均粒径が1/5以下の大きさで点在していても、本発明の効果を発揮することができる。
【0017】
上記構成によって、基体1と被覆層6との熱膨張差による被覆層6の剥離を抑制することができ、かつ仮に被覆層6が剥離や摩耗した場合でも、露出した超硬合金基体1の耐摩耗性が高い。そのため、切削工具として用いた場合に安定した切削が可能となる。
【0018】
ここで、被覆層6としては積層構造であり、基体1側の第1層目がTiN、TiC、TiB、TiCNまたはTiAlN等のTi化合物である場合に特に有効であり、従来の超硬合金に比べて被覆層が剥離しにくいものである。また、被覆層は必ずしも1層のみ成膜されたものに限らず、2層以上の積層構造とすることもできる。なお、各材料の熱膨張係数は、TiNが9.4×10−6、TiCが7.4×10−6、TiBが7.6×1
−6、TiAlNが7.7×10−6、超硬合金が5〜6×10−6、ZrOが10.5×10−6、Al7.5×10−6、Coが12.4×10−6である。
【0019】
また、表面領域7を断面観察したとき、ZrO相5の平均粒径dとB1型固溶相4の平均粒径dとの比(d/d)が1.2〜10であることが、基体1の靭性を維持できるとともに基体1と被覆層6との密着性を高めることができるために望ましく、例えば、ZrO相5の平均粒径dが1.5〜10μm、B1型固溶相4の平均粒径dが0.2〜1.5μmである。
【0020】
さらに、表面領域7におけるZrO相5の組織全体に対する存在割合が1〜10面積%であることが、基体1の靭性を維持できるとともに基体1と被覆層6との密着性を高めることができる点で望ましい。なお、基体1の組織観察において、B1型固溶相4が1〜20面積%の割合で存在することが、基体1の高温硬度を高めることができるとともに、基体1の靭性を低下させることなく耐塑性変形性を向上させるのに好ましい。基体1の内部におけるB1型固溶相4の面積比率の望ましい範囲は1〜8面積%であり、表面領域7におけるB1型固溶相4の面積比率の望ましい範囲は1〜10面積%である。
【0021】
さらに、表面領域7における結合相3の含有割合が内部に対して1.2〜2倍であることが、基体1表面における硬度をさほど低下させないで耐摩耗性が高く、かつ基体1と被覆層6との熱膨張係数差をさらに小さくできる点で望ましい。
【0022】
(製造方法)
上述した切削工具を構成する超硬合金の製造方法の一例について説明する。まず、炭化タングステン(WC)粉末に対して、金属コバルト(Co)粉末を5.0〜15.0質量%と、B1型固溶相を形成するための化合物粉末として、炭化ジルコニウム粉末を0.05〜1質量%、他のB1型固溶相を形成するための化合物粉末を0〜3質量%の比率で調合する。
【0023】
この調合した粉末に溶媒を加えて、所定時間混合・粉砕してスラリーとした後、このスラリーにバインダを添加してさらに混合し、スプレードライヤー等を用いてスラリーを乾燥しながら混合粉末の造粒を行う。次に、造粒された顆粒を用いてプレス成形により切削工具形状に成形を行う。このとき、成形体の切刃形状そのものをホーニングのついた形状とするか、または焼成前の生成形体に対してホーニング加工を行い、焼成前にホーニングを付した形状としておく。
【0024】
その後、焼成炉にて酸素を0.5〜10%含有する窒素ガス雰囲気下にて脱脂を行った後、窒素ガス雰囲気のまま焼成炉を昇温し、500〜570℃の温度範囲を20〜45分間保持する。そして、焼成炉内の雰囲気を窒素ガス雰囲気から真空雰囲気に切り替え、昇温速度5〜15℃/分で1450〜1600℃の焼成温度に上げて、この温度で0.3〜1時間焼成して、表面領域においてZrO相が内部に比べて多く点在する超硬合金を作製することができる。
【0025】
また、B1型固溶相を形成するための原料粉末の調合割合としては、炭化ジルコニウム(ZrC):0.5〜1.5質量%、炭化チタン(TiC):0〜0.3質量%、炭化タンタル(TaC):0〜0.3質量%、炭化クロム(Cr):0〜0.3質量%の組成が特に好適である。
【0026】
そして、作製された超硬合金に対して、超硬合金の表面に化学気相蒸着(CVD)法や、物理気相蒸着(PVD)法によって、公知の被覆層を成膜する。本発明においては、被覆層に引張応力が残留するCVD法にて成膜された被覆層において、従来に対する効果が
顕著である。
【実施例】
【0027】
平均粒径0.8μmの炭化タングステン(WC)粉末、平均粒径1.2μmの金属コバルト(Co)粉末および平均粒径1〜2μmの表1に示す化合物粉末を表1に示す比率で調合して、これに溶媒を加えて混合・粉砕した後、保形剤を添加してさらに混合し、できたスラリーをスプレードライヤーに投入して造粒粉末を作製した。次に、この造粒粉末を用いて、プレス成形により切削工具形状(CNMA120412)に成形を行う。このとき、得られた生成形体に対してホーニング加工を行い、焼成前にホーニングを付した形状とした。そして、成形体を焼成炉中に載置して、酸素ガスを表1に示す割合で含有する窒素ガス雰囲気中、450℃で2時間脱脂を行った後、表1に示す温度および時間でガス雰囲気の切り替えおよび焼成を行い、その後に表1に示す条件で焼成して超硬合金を作製した。
【0028】
さらに、この加工した超硬合金の表面に化学気相蒸着(CVD)法によって、0.5μmの窒化チタン(TiN)膜、9.0μmの柱状の結晶構造をなす炭窒化チタン(TiCN)膜、3μmのα型酸化アルミニウム(Al)膜の被覆層を順次成膜した。
【0029】
得られた工具について、超硬合金の鏡面研磨加工面について走査型電子顕微鏡による3000倍写真を撮影し、これをルーゼックスにより画像解析することによって、表面領域の有無、および表面領域と内部におけるZrO相とB1型固溶相の平均粒径(d、d、d、d)と面積%を算出した。なお、任意の3箇所の平均値を超硬合金に含まれるB1型固溶相の面積%とした。結果は表2に示した。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
そして、この工具を用いて下記の条件により、連続切削試験および強断続切削試験を行い、耐摩耗性および耐欠損性を評価した。
【0033】
(摩耗試験)
被削材 :FCD700
工具形状:CNMA120412
切削速度:300m/分
送り速度:0.3mm/rev
切り込み:1.5mm(3秒切削毎に切込み変動)
切削時間:6分
切削液 :エマルジョン15%+水85%混合液
評価項目:顕微鏡にて切刃を観察し、逃げ面摩耗量の測定と刃先状態の確認
(強断続切削条件)
被削材 :FCD700
工具形状:CNMA120412
切削速度:150m/分
送り速度:0.15〜0.3mm/rev
切り込み:1.5mm
切削液 :エマルジョン15%+水85%混合液
評価項目:衝撃回数2000回以内に欠損した試料の個数(評価数20個)
および衝撃回数2000回で欠損しなかった試料の刃先状態の確認
結果は表3に示した。
【0034】
【表3】

【0035】
表1〜3に示す結果より、原料としてZr成分を添加しなかった試料No.8では、ZrO相の析出が見られず、被覆層の剥離を伴うチッピングの発生が見られた。また、N雰囲気での熱処理温度が550℃を越える試料No.5では、基体の表面にη相が析出して切刃においてチッピングが見られた。さらに、N雰囲気での熱処理時間が45分より長い試料No.6では、焼成後の超硬合金におけるZrO相の分布状態が表面と内部とで同じになり、超硬合金自体の硬度が低下して摩耗の進行が早かった。また、N雰囲気で熱処理する際のガスの酸素含有量が0.5体積%より少ない試料No.7では、ZrO相の析出が見られず、被覆層の剥離を伴うチッピングの発生が見られた。
【0036】
これに対して、所定の表面領域を有する試料No.1〜6では、被覆層の密着性が高くてチッピングの発生が抑制され、安定した切削加工が可能であった。
【符号の説明】
【0037】
1:超硬合金(基体)
2:WC相
3:結合相
4:B1型固溶相
5:ZrO
6:被覆層
7:表面領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC相と、鉄族金属の1種以上よりなる結合相と、WC以外のZrを含む周期表第4、5、6族金属の1種以上の炭化物、窒化物または炭窒化物からなるB1型固溶相との超硬合金からなる基体の表面に被覆層を形成したものであって、前記基体の表面からの深さが5〜100μmまでの表面領域にZrO相が点在するとともにη相が存在せず、前記基体の表面領域より深い内部では、前記ZrO相が存在しないか、または前記表面領域におけるZrO相の平均粒径に対する平均粒径が1/5以下の大きさで点在している表面被覆工具。
【請求項2】
前記被覆層が積層構造であり、前記基体側の第1層目がTiN、TiC、TiB、TiCNまたはTiAlNのうちの1種のTi化合物である請求項1記載の表面被覆工具。
【請求項3】
前記表面領域について断面で観察したとき、前記ZrO相の平均粒径dと前記B1型固溶相の平均粒径dとの比(d/d)が1.2〜10である請求項1または2記載の表面被覆工具。
【請求項4】
前記表面領域における前記ZrO相の組織全体に対する存在割合が1〜10面積%である請求項1乃至3のいずれか記載の表面被覆工具。
【請求項5】
前記表面領域における結合相の含有割合が内部に対して1.2〜2倍である請求項1乃至4のいずれか記載の表面被覆工具。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−173212(P2011−173212A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−38945(P2010−38945)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】