説明

被検体情報取得装置

【課題】 簡便な方法で被検体内の粘弾性特性を画像化する。
【解決手段】 超音波送受信プローブと被検体の間に弾性率と粘性率が既知の粘弾性計測参照層を具備し、時間変化を伴う被検体への加圧に応じて粘弾性計測参照層と被検体内部に生じる歪の時間変化と既知の粘弾性計測参照層の弾性率と粘性率より被検体内部の弾性率と粘性率の分布を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は被検体情報取得装置、特に被検体の粘弾性特性を画像化する被検体情報取得装置に関する。
【背景技術】
【0002】
被検体情報取得装置として、超音波診断装置が知られている。超音波診断装置は、非侵襲に被検体内部の情報を画像化して得るため、医療分野で広く用いられている。
【0003】
超音波診断装置においては従来、組織の反射率の違いによって生じる反射エコーから生体内の構造を映像化する超音波断層像、また血流によって生じる超音波のドプラ効果を利用して血流速度などを映像化する超音波ドプラ像などが用いられてきた。
【0004】
さらに最近では超音波により組織の硬さを計測して組織診断に利用することが行われ始めている。これは組織の硬さが病理状態と深く関連しているためであり、例えば、乳がんや甲状腺がんなどの硬化性がんでは正常組織や良性腫瘍よりも硬くなることが知られている。
【0005】
また、近年、乳腺腫瘍において、がんと良性腫瘍では粘性特性がことなることが報告されており、組織診断において組織の硬さ計測だけでなく粘性特性も含めた粘弾性特性評価が求められている。そのため超音波を用いて生体内の粘弾性特性の分布を計測するとともにそれらの分布を画像化し、従来の組織構造の画像と組み合わせることで組織部位のがんなどの診断に利用することが求められている。
【0006】
被検体の粘性を算出する超音波診断装置として、特許文献1には超音波を送受信するトランスデューサの表面に圧力センサを設けた超音波プローブを用い、超音波により歪み分布を計測するとともに圧力センサにより被検体に加える圧力分布を計測し、これらから弾性、粘性の値を算出することが開示されている。このような構成では歪み分布を計測するとともに実際に加えられた圧力分布を計測しているためにフリーハンドで計測することが可能となる。
【0007】
また特許文献2には圧力計測の方法として超音波プローブと生体組織の間に弾性率が既知の計圧用変形部を挟み、圧力を計測する超音波診断装置が開示されている。これは計圧用変形部の変形を超音波で計測し、計圧用変形部に加わっている圧力(応力)を弾性率と歪みの関係から算出し、この応力と被検体内部の歪分布より被検体内部の弾性率分布を算出し表示するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−222605号公報
【特許文献2】特開2005−66041号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら特許文献1に記載のような構成では超音波プローブの構成が複雑になる。さらに通常超音波を用いて組織の歪み分布計測を行う場合、加える圧力は非常に小さいため、通常の圧力センサでは計測が難しく、また超音波プローブ直下に圧力センサを挟むと超音波の送受信の効率、感度が劣化するため深い部位の計測ができなくなってしまうという課題を有していた。
【0010】
また特許文献2では、装置構成は簡便であるが、被検体内の弾性分布を表示するにとどまり、被検体内部の粘性分布を計測する方法は開示されていない。したがって、簡易な構成で被検体の粘性を算出し得る装置が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述の課題を解決し得る本願発明は、被検体に弾性波を送信し、前記被検体内で反射した弾性波を受信して前記被検体内の情報を取得する被検体情報取得装置であって、前記弾性波を受信して電気信号に変換する変換素子と、前記変換素子と前記被検体との間に設けられる粘性率(ηc)と弾性率(Ec)が既知な参照層と、前記電気信号を用いて、前記被検体と前記参照層とに対して圧力を加えた際に生じる、前記被検体の歪(ε)と前記参照層の歪(εc)とを計測する計測手段と、前記参照層の粘性率(ηc)及び弾性率(Ec)と、前記被検体の歪(ε)及び前記参照層の歪(εc)と、を用いて、前記被検体の粘性率(η)を算出する算出手段と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明においては、簡易な装置構成でありながら、高感度・高解像度の歪分布の計測と、これをもとにした応力分布の計測からヤング率および粘性係数の分布を算出し、生体内の粘弾性特性の分布を画像化できる超音波診断装置等の被検体情報取得装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の被検体情報取得装置である超音波診断装置を示すブロック図
【図2】本発明の粘弾性計測の原理を表す図
【図3】本発明にかかわるヒシテリスループの面積を説明する図
【図4】本発明にかかわる粘弾性分布計測を説明する図
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、図を用いて本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
【0015】
図1は本実施形態の、被検体情報取得装置である超音波診断装置を示すブロック図である。この超音波診断装置は、超音波を利用して被検体の診断部位についての断層像とともに生体組織の粘弾性、とくに弾性率分布に加え粘性率分布に基づく画像を表示するものである。特に図1に示す例では、後述のハンドヘルド型プローブを用いて操作者がプローブを通して被検体に周期的な加圧を繰り返すことで粘弾性計測参照層と被検体のそれぞれの歪を計測するものである。そして、この粘弾性計測参照層の歪と、被検体の歪と、粘弾性計測参照層の既知である弾性率と粘性率とを用いて、被検体の粘弾性分布を算出し、その結果を表示するものである。
【0016】
図中1はプローブであり、後述の被検体4に弾性波としての超音波を送信する手段と被検体で反射した弾性波としての超音波を受信して電気信号に変換する手段とを兼ねる変換素子である変換素子アレイ2と、この変換素子アレイ2と被検体4との間に設けられ、粘性率(ηc)と弾性率(Ec)が既知な粘弾性計測参照層3とを備えている。また、4は被検体、5はプローブ1へ制御信号を送信する送信手段、6はプローブ1が備える変換素子からの電気信号を受信する受信手段である。また、7はプローブ1が備える変換素子からの電気信号を用いて、被検体4と粘弾性計測参照層3とに対して圧力を加えた際に生じる、被検体4の歪と粘弾性計測参照層3の歪とを計測する計測手段である歪分布検出手段である。そして8は、計測された粘弾性計測参照層3の歪と、被検体4の歪と、粘弾性計測参照層3の既知である粘性率及び弾性率とを用いて、被検体4の粘性率を算出する算出手段である粘弾性分布算出手段である。更に図1の構成では、好ましい形態として画像化手段9、表示手段10、及び制御手段11とを有している。尚、プローブ1は、粘弾性分布の算出の動作を制御するための制御スイッチ12も具備している。上述の超音波診断装置によって、被検体4の粘性率を算出する原理について、以下、説明する。
【0017】
本発明の実施の形態では手動または機械駆動によりプローブ1から被検体に周期的な加圧を行い、同時に弾性定数および粘性定数が既知の粘弾性計測参照層を介してプローブ1から被検体4へ弾性波としての超音波を送受信し、粘弾性計測参照層3の歪分布と被検体4内の歪分布とを計測する。
【0018】
このような周期的な加圧時に被検体4内の組織に生じる周期的な歪の振幅値は、組織に粘性がない場合には
【0019】
【数1】

【0020】
である。ここでEは組織の弾性定数(ヤング率)、σは期的に加わる応力(圧力)の振幅である。そのため組織に粘性がない場合には歪の振幅値より組織の弾性が得られる。また粘弾性計測参照層3に粘性がない場合には逆に歪量より応力が得られることとなる。
【0021】
一方組織に粘性がある場合、例えば時間に対して三角波状の周期的な加圧を与えた場合、組織に生じる周期的な歪の振幅値は、
【0022】
【数2】

【0023】
となる。ここでτは組織の粘性率とヤング率の比であり、Tは周期的に加えられた加圧の周期である。このように歪の計測から求められる値はヤング率と粘性率の比でありそれぞれを独立に求めることはできない。このため周期的な加圧をおこなうなど時間的に変化していく歪、応力の変化を時系列に計測しながら、計測した歪や応力の値を用いて被検体4の粘弾性を算出する必要がある。このとき粘弾性計測参照層3の歪の周期的な振幅も層内の粘性のため
【0024】
【数3】

【0025】
となる。(式2)、(式3)ともに周期を非常に大きくとった極限(T→∞)、即ち十分な時間をかけて計測を行う場合には(式1)に近似的に近付くことがわかる。しかしながら通常の組織や粘弾性計測参照層3のヤング率と粘性率の比τ、τcは数秒から数十秒の時間となりこれに対して十分長い周期をとると計測周期が数分単位の長時間となって実際の計測に利用することは困難となる。
【0026】
次に、先行文献2である特開2005−66041号公報に記載の技術を用いて、仮に被検体の粘弾性を算出しようとした場合と、本実施形態に基づく被検体4の粘弾性の算出とについて、両者を対比しながら説明する。図2には、特開2005−66041号公報に基づいて被検体の粘弾性を計測する場合と、本実施形態に基づく粘弾性計測の場合とにおける、原理を示す。図2(a)は特開2005−66041号公報に基づく被検体の粘弾性計測の力学的モデルである。図2(b)は本発明に基づく被検体4の粘弾性計測の力学的モデルである。図2(a)では粘弾性計測参照層の粘性を考えないため、被検体に加わる応力σは、(式1)に表わしたように計測された歪に既知の粘弾性計測参照層のヤング率Ecをかけることで求めている。被検体の弾性のみを計測する際に数分〜十数分の十分な時間をかけ時間的変化が収束した時点で計測を行えば特開2005−66041号公報に記載さてれている如く、計測された粘弾性計測参照層の歪を用いて求めた応力や、これを用いて被検体のヤング率も(式1)に従ったものとなる。しかしながらこのように長時間で行う計測を手持ちのプローブを用いて超音波画像診断装置で行うには測定時間が長すぎて実用上困難であった。さらに本質的な問題として被検体の粘性を求めるために、歪、応力の時間変化を計測する必要があった。即ち長時間経過後の歪、応力では、粘弾性計測参照層のみならず被検体の粘性の影響も消失してしまうため、短時間の時間間隔での時間変化を計測する必要がある。このとき被検体と粘弾性計測参照層がそれぞれの粘弾性に基づいて個別の時間変化を行うため、図2(b)に示す力学的モデルに従って計測を行う必要がある。特に粘弾性計測参照層として超音波伝搬特性に優れかつ境界での反射を抑制するため被検体組織と同等の音響特性を有する部材を用いる場合には粘弾性計測参照層のもつ粘性を無視することは実用計測上大きな誤差を生じることとなる。このため実用的な部材からなる粘弾性計測参照層を用いる場合には、粘弾性計測参照層のヤング率のみから応力を独立に求めることが困難であった。
【0027】
これに対し本実施形態のように、粘弾性計測参照層3のヤング率Ecおよび粘性率とヤング率の比τcが既知であれば、粘弾性計測参照層3の周期的な歪の振幅εcより(式3)を用いて応力振幅σ0が求められる。即ち位置にわたる粘弾性計測参照層3の歪計測を行いその最大・最少値を計測することで歪振幅εcを求め(式3)より応力振幅σ0が算出される。
【0028】
より一般的な加圧を加える場合には組織に加わる応力の時間変化は
【0029】
【数4】

【0030】
と表わされる。ここでσ(t)、εc(t)は応力、粘弾性計測参照層3の歪の時間変化、Ec、ηcは粘弾性計測参照層3の既知のヤング率と粘性率である。
【0031】
よって少なくとも加圧の一周期にわたって計測された粘弾性計測参照層3の歪から(式4)を用いて応力の変化を求め、この応力変化の振幅から応力振幅σを求めることもできる。
【0032】
本実施形態の一例では被検体4内と粘弾性計測参照層3の歪分布を時系列に計測する。これにより被検体4内の特定組織の歪量と、その部位に加圧する部位の粘弾性計測参照層3の歪量の時間変化を比較し、両者の間の時間ずれ(遅延時間)を算出する。このとき両者の遅延時間は
【0033】
【数5】

【0034】
とかける。ここでτは被検体4の組織の粘性率とヤング率の比であり、τは粘弾性計測参照層3の粘性率とヤング率の比である。粘弾性計測参照層3の粘性率とヤング率が既知であればこの(式5)より組織の粘性率とヤング率の比τがもとめられ、(式2)を用いて上で求めた応力振幅σと計測された被検体4の歪の振幅より被検体4のヤング率Eが算出される。さらにこれと粘性率とヤング率の比τより被検体4の粘性率が算出される。
【0035】
さらに被検体4の組織の粘性率とヤング率の比τを求める他の手法について図3を用いて説明する。
【0036】
周期的な加圧に伴って歪と応力の計測を行い、それぞれの値をグラフにプロットすると図3(a)に示すようなヒシテリスループを描き、このヒシテリスループの面積S0は粘性率とヤング率の比τの関数となる。このようにヒシテリスループの面積より粘性を求めてもよい。さらに煩雑な応力の時間変化を算出するのを避けるために粘弾性計測参照層3と被検体4の歪の周期的な変化が形成するヒシテリスループを用いてもよい。図3(b)に周期的な加圧に伴って粘弾性計測参照層3と被検体4の歪をプロットした場合のグラフを示す。このときにもヒシテリスループが作成され、この面積S1はたとえば上記のように時間に対して三角波状の周期的な加圧を与えた場合以下のように表わされる。
【0037】
【数6】

【0038】
これに(式2)、(式3)を適用すると
【0039】
【数7】

【0040】
となる。ここでTは周期的加圧の周期、εとεcはそれぞれ、計測で求めた粘弾性計測参照層3の歪の振幅と被検体4の歪の振幅、τcは粘弾性計測参照層3の既知の粘性率とヤング率との比である。そのため、左辺のヒシテリスループの面積S1および右辺の各変数の値は、τを除いて全て歪の計測で計測できるため、この式を逆に解くことでτの値が求められる。
【0041】
特に周期Tを数秒程度の短時間として周期的加圧を行えば
【0042】
【数8】

【0043】
の近似式を用いることも可能である。
【0044】
さらに(参考文献1)新田・椎名・上野、”Hysteresis Parameter Imaging of Soft Tissue under Quasi−Static Deformation”,2003 IEEE InternationalUltrasonics Symposium Proceedings,pp.1606−1609,2003 に記載のヒシテリシスパラメタを用いてよい。
【0045】
図3(c)はヒシテリシスパラメタを算出するための基準面積S2の求め方を表す図である。
【0046】
図3(c)は図3(b)と同様に周期的な加圧に伴って粘弾性計測参照層3と被検体4の歪をプロットした場合のグラフであり、被検体4の歪の最大値と最小値で囲まれる面積S2を算出する。ヒシテリシスパラメタHPはこの基準面積S2とヒシテリスループの面積の比をとることにより以下のように求められる。
【0047】
【数9】

【0048】
このヒシテリシスパラメタHPを用いて上記と同様にτの値が求められる。ヒシテリシスパラメタを用いた場合には基準面積で規格化されているため、計測の誤差の影響を受けにくいという利点を有する。さらにτの値を求める際に式を逆に解く場合にも一般に多値関数となりにくく処理が簡便になるという利点を有する。
【0049】
ここでの説明では、簡便のために時間に対して三角波状の周期的な加圧を与えた場合について式を示したが、加圧方法は周期的に、加圧と減圧を繰り返すものであればよく、加圧の時間変化パターンに応じて上記に使用した式を図2(b)に示したモデルにもとづく解析式やシミュレーションで求めたフィッティングのテーブルに用いてもよい。さらに粘弾性計測参照層を実測して求めたフィッティングのテーブルを用いてもよい。
【0050】
また本発明にかかわる別の実施形態の測定方法として、加圧を周期的ではなくステップ状に加え、被検体4内と粘弾性計測参照層3の歪分布を時系列に計測することもできる。瞬時的に加圧を加えその後の被検体4内と粘弾性計測参照層3の歪分布を時系列に計測する。瞬時的に加圧を加えた場合にも充分な時間かければ粘弾性計測参照層3の粘性の影響が除去されるが計測時間が長すぎて実用的ではない。そのために周期的に加圧する場合と同様に短時間の時間間隔での歪値の時間変化を計測する。
【0051】
このとき図2(b)に示したモデルでは粘弾性計測参照層3の歪の時間変化ε’(t)と被検体4内の歪の時間変化εc’(t)は以下のようになる。
【0052】
【数10】

【0053】
【数11】

【0054】
計測された粘弾性計測参照層3の歪と既知のヤング率、粘性率から(式10)を用いて応力振幅σ0が求められる。さらに計測された被検体4の歪の変化より粘性率とヤング率の比τがもとめられる。具体的には被検体4の歪の時間微分の対数を算出すると、
【0055】
【数12】

【0056】
となるため、複数の異なる時点での被検体4の歪の時間微分の対数よりその傾きである粘性率とヤング率の比τの逆数が求められる。これを(式11)に適用することで被検体4のヤング率が求められ、これとτより被検体4の粘性率が算出される。
【0057】
以上のヤング率、粘性率の計測(算出)を、被検体4の粘弾性分布計測(算出)に適用する方法について図4を用いて説明する。図中、3は粘弾性計測参照層、4は被検体、13は計測のために加える圧力を示す。圧力13は粘弾性計測参照層3と被検体4の境界に略垂直に加えられ、粘弾性計測参照層3と被検体4内の組織は図中鉛直方向(圧力13の方向)に歪を生じる。粘弾性計測参照層3では境界に沿ってεc1、εc2、εc3、・・・の歪分布が生じ、被検体4内ではε11、ε12、ε13、・・・の歪分布が生じ、これらの歪分布の時間経過を弾性波としての超音波で計測する。圧力13が図中鉛直方向に加えられるため、鉛直方向に並んだ粘弾性計測参照層3の歪εc1と被検体4の歪ε11、ε12、ε13、・・・は同一の応力から生じたのである。粘弾性計測参照層3の歪εc1と被検体4の歪ε11の時間経過に図2(b)のモデルを適用して上記のように歪ε11位置でのヤング率と粘性率が算出される。さらに粘弾性計測参照層3の歪εc1と歪ε12の時間経過よりに歪ε12位置でのヤング率と粘性率が算出される。同様にして粘弾性計測参照層3の歪εc1と鉛直方向に並んだ位置のヤング率と粘性率が算出される。粘弾性計測参照層3の歪εc1、εc2、εc3、・・・の歪分布の各位置と鉛直方向に並んだ被検体4の歪の値を用いて同様の方法を用いることで断面に対するヤング率、粘性率を算出することができる。
【0058】
このような原理に基づき、粘性率と弾性率とが既知な粘弾性計測用の参照層3を、被検体4で反射した弾性波を受信して電気信号に変換する変換素子である変換素子アレイ2と被検体4との間に設け、被検体4と参照層3とに対して圧力を加えた際に生じる、被検体4の歪と参照層3の歪とを、被検体4で反射した弾性波に基づき計測する。そして、この計測された参照層3の歪と、計測された被検体4の歪と、参照層3の既知である粘性率及び弾性率とを用いて、被検体の粘性率を算出することが可能となる。
【0059】
尚、上述の通り、被検体4と参照層3とに対して加える圧力が、減圧を伴う周期的な加圧であり、算出手段である粘弾性分布算出手段8は、周期的な加圧によって生じる被検体4の歪値の時間変化と参照層3の歪値の時間変化とを用いて、前記被検体4の粘性率(η)を算出することも可能である。
【0060】
具体的には、例えば上述の式5で説明したように、算出手段である粘弾性分布算出手段8は、周期的な加圧によって生じる被検体4の歪値と参照層3の歪値とが描くヒステリシスループの面積を用いたり、または上述の式6〜8で説明したように、被検体4の歪値の時間変化と参照層3の歪値の時間変化との遅延時間を用いて、被検体の粘性率(η)を算出することが可能となる。
【0061】
また、上述のとおり、被検体4と参照層3とに対して加える圧力を、瞬間的に一定圧力まで加圧された後一定圧力を一定時間保持するものとし、算出手段である粘弾性分布算出手段8は、被検体4と参照層3とを瞬間的に一定圧力まで加圧された後の、被検体4の歪値と参照層3の歪値とを用いて、被検体4の粘性率(η)を算出することも可能である。
【0062】
尚、上述の実施形態においては、弾性特性としてヤング率、粘性特性として粘性率を用いてが、スティッフネス係数、圧弾性係数などの弾性係数と粘度、粘性率などの粘性係数を利用することもできる。
【0063】
さらに、ここで弾性特性として貯蔵弾性率、粘性特性として損失弾性率を用いた場合の粘性特性の算出方法についても述べる。
粘弾性特性を有する材料に正弦波的に応力σ(t)を与えた場合、歪みε(t)は応力よりも位相が遅れる。
【0064】
【数13】

【0065】
δは位相の遅れ分を表す。
【0066】
この時、貯蔵弾性率G’、損失弾性率G”、絶対動的弾性率|G|は下式で表せる。
【0067】
【数14】

【0068】
ここで、粘弾性計測参照層の歪みの振幅をεc0、被検体の歪みの振幅をεt0、粘弾性計測参照層の歪みと被検体の歪みとの間の位相差をδt−cとすると、この3つの値は超音波で計測可能である。また、粘弾性計測参照層の貯蔵弾性率Gc’、粘弾性計測参照層の損失弾性率Gc”、絶対動的弾性率|Gc|、粘弾性計測参照層の歪みの位相δcは別途測定することにより、既知のパラメータとなる。
【0069】
上記の超音波で計測可能な値と既知のパラメータとを用いることにより、被検体の歪みの位相δt、貯蔵弾性率Gt’、損失弾性率Gt”は下式で算出できる。
【0070】
【数15】

【0071】
つまり、粘弾性参照層の弾性特性(貯蔵弾性率)、粘性特性(損失弾性率)と粘弾性参照層と被検体との歪みを用いて、被検体の粘性特性(損失弾性率)を算出することが出来る。
【0072】
このようにして算出した、貯蔵弾性率や損失弾性率は一般的な粘弾性特性の測定器で測定可能な値であり、例えば摘出組織による機械的粘弾性計測結果と直接比較評価できる。
【0073】
次に、実施例に基づき、上述の実施形態における各構成要素の説明と共に、本発明の一例を説明する。
【実施例1】
【0074】
以下に本発明の実施例を図面に基づいて説明する。図1は本発明による超音波診断装置の実施例を示すブロック図である。各構成要素について、その動作と共に、順に説明する。
【0075】
[粘弾性計測参照層の具体的構成例]
粘弾性計測参照層3は、弾性波としての超音波を伝搬し吸収や散乱を行わない材質で、好ましくは保形性や柔軟性、適度な弾性を備えた材質で構成される。超音波の伝搬性は粘弾性計測参照層3を介して超音波の送受信を行って画像を形成するために重要で、吸収や散乱による超音波伝搬に減衰が生じると送受信の効率が低下する。このため超音波に対して透明な一様材質で減衰定数が小さく好ましくは伝搬速度(音速)が被検体4の平均音速程度であることが好ましい。さらに被検体4と音響インピーダンスが大きく異なると境界面で反射が生じ、画像作成のための送受信の効率が低下するため音響インピーダンスの差が大きくないものである。但し被検体4と音響インピーダンスが一致すると後述の境界面の検出が困難になるため適度な音響インピーダンス差を有するものである。また粘弾性計測参照層3を介して被検体を加圧し、粘弾性計測参照層3の変形量を用いて応力(圧力)分布の計測を行うために保形性や柔軟性、適度な弾性を有するものを用いることが好ましい。このような材質としてポリビニルアルコールなどの水性ゲルやポリウレタン、ゴム系材料などが利用できるが、上記特性を有するものであれば他の材料で形成されても構わない。但し材料のヤング率、スティッフネス係数、圧弾性係数などの弾性係数と粘度、粘性率などの粘性係数は既知のものを利用する。粘弾性計測参照層3の厚みは、超音波の伝搬からは薄い方が好ましいが応力(圧力)分布の計測を高感度に行うためには適度な変形を生じることが好ましく、また歪分布を検出する領域内に粘弾性計測参照層3が入る必要がある。このため厚みとして0.1mm〜50mm、好ましくは1mm〜10mm程度とする。
【0076】
[受信ビーム信号の作成とBモード画像の表示]
プローブ1は、機械式または電子式にビーム走査を行って被検体4に超音波を送受信するものである。変換素子である変換素子アレイ2は送信手段5からの駆動波形によって駆動し超音波を発生する変換素子を配列したものである。送信手段5は変換素子アレイ2の各変換素子への駆動波形を発生すると同時に制御手段11からの制御に基づいて各変換素子の駆動タイミングを調整する。変換素子の駆動タイミングを調整することにより各変換素子で発生する超音波を合成した合成超音波は所定点に収束する超音波送信ビームを形成する。即ち制御手段11が送信手段5を制御することで所望深度に収束点を持ち所望方向へ指向性を有する超音波送信ビームをプローブ1より送信する。制御手段11は超音波送信ビームの方向をスイングしてビーム走査を行うセクタ走査を行う。あるいはまた、変換素子アレイ2上で駆動する変換素子を限定して送信開口を作り、送信開口を移動させることで超音波送信ビームを略平行に走査するリニア走査を行う。
【0077】
受信手段6には、受信回路と整相加算回路が具備されている。受信回路は変換素子アレイ2の各変換素子で受信した各受信信号を増幅し、好ましくはAD変換を行って受信信号を複数の時系列デジタル信号に変換する。整相加算回路は超音波受信ビームを形成するためのものである。整相加算回路はデジタル化された各受信信号に制御手段11によって制御される遅延時間を与え加算(整相加算)し受信ビーム信号を作成する。受信ビーム信号は変換素子で受信された信号の受信タイミングが調整された上で加算されたもので、受信感度に対して指向性と、一点あるいは複数点の収束点をもつ超音波受信ビームを形成することができる。制御手段11は超音波送信ビームと同期して超音波受信ビームをビーム走査する。この結果プローブ1から被検体4内部への超音波送信ビームを送信して被検体4の内部組織で反射された超音波の反射エコー信号を、超音波受信ビーム内で受信した受信ビーム信号が得られる。制御手段11のビーム走査により被検体4内部の特定位置あるいは方向に対する超音波の反射エコー信号に対応した複数の受信ビーム信号が得られる。ビーム走査に対応して受信ビーム信号を配列することで被検体4内の超音波の反射エコー強度に対応した断層画像が得られる。制御手段11によりビーム走査を繰り返すことで異なる時間の断層画像が得られる。
【0078】
受信手段6で作成された複数の受信ビーム信号は画像化手段9へ入力される。画像化手段9では複数の受信ビーム信号より被検体4内の断層構造を反映した白黒濃淡のBモード断層画像を形成する。画像化手段9は複数の受信ビーム信号をビーム走査に応じて配列するとともに、これらにゲイン補正、フィルタ処理、包絡線検波、ログ圧縮などの信号処理を行う。さらに信号処理後に画像表示のための輪郭強調、画像フィルタなどの画像処理を行って表示手段10への表示信号に変換するためのデジタルスキャン変換回路、アナログビデオ信号のDA変換回路を具備してもよい。制御手段11からの表示制御に従って表示手段10にBモード断層画像を表示させる。
【0079】
表示手段10はCRT、LCDなどの表示装置であり、画像化手段9からの表示信号に基づいて画像を表示する。
【0080】
[歪みを計測する計測手段である歪検出手段の具体的構成例]
受信手段6で作成された複数の受信ビーム信号はまた、歪分布検出手段7へ入力される。歪を計測する計測手段である歪分布検出手段7では、複数の受信ビーム信号をもとに被検体4内および粘弾性計測参照層3の歪分布を検出する。
【0081】
歪分布は、周知のカラーフロードプラ法や組織トラッキング法と同様に異なるビーム走査周期で得られた同一位置の受信ビーム信号間に相関演算を行うことで検出できる。
【0082】
歪分布検出手段7は複数の受信ビーム信号を格納するためのメモリ回路と相関演算回路を有する。制御手段11がビーム走査を繰り返すことで得られる複数の受信ビーム信号が、メモリ回路に格納される。一度のビーム走査で得られる受信ビーム信号の組は、ある時点での断層画像に対応するフレーム受信ビーム信号データを構成する。異なるフレーム受信ビーム信号データには、異なる時点でのビーム走査に対応し、異なるフレーム受信ビーム信号データ間での対応する位置での受信ビーム信号は、異なる時点でのビーム走査間で同一位置からの超音波の反射エコー信号となっている。このためこれらの受信ビーム信号の相関演算を行うことで、異なる時点のビーム走査の間に生じた当該位置での変位が計測できる。この変位分布をビーム深さ方向で差分することで歪分布を計算する。
【0083】
相関演算回路はその入力部分にヒルベルト変換フィルタを有し、異なる時点のビーム走査で同一位置に対応する二つ受信ビーム信号を解析信号に変換し、これらの複素相関演算を行う。あるいは受信ビーム信号を直交検波したI−Q信号を用いて、異なる時点のビーム走査で同一位置に対応する二つ受信ビーム信号間の時系列の瞬時位相遅れを計算し、これを音速で換算して変位を求めてもよい。さらに当該技術分野で知られる複合自己相関法などを用いて歪計測の精度を向上させてもよい。
【0084】
尚、メモリ回路と相関演算回路の具体的な構成として以下のようなものを用いてもよい。
【0085】
初めの例としては、複数のフレーム受信ビーム信号データを格納するメモリ手段と、一回のビーム走査でとる各ビーム位置に対応した複数の相関演算回路とを具備するものである。メモリ回路に格納された複数フレーム受信ビーム信号データから、異なる時点のビーム走査に対応する二つのフレーム受信ビーム信号データを選択し、各ビーム位置に対応した相関演算回路へ、二つのフレーム受信ビーム信号データの対応する受信ビーム信号を入力する。相関演算回路で相関演算を行うことにより、対応するビーム位置でのビーム深さ方向の変位量分布が得られる。このような構成では、繰り返しビーム走査を行い、取得する複数のフレーム受信ビーム信号データから選択して相関演算を行うため、任意の二つの時点のビーム走査の間での変位が計測できる。この歪を深さ方向に差分をとることで歪量が計測できる。
【0086】
ここではビーム位置ごとに一次元の相関を行う複数相関回路を用いたが、異なるビーム走査時点でのフレーム受信ビーム信号データに対して二次元相関をとる相関回路を用いることもできる。
【0087】
また他の例としては、ビーム走査でとる各ビーム位置に対応して、複数のメモリ回路と複数の相関演算回路を具備するものである。複数のメモリ回路はさらに二つのFIFO型メモリと相関演算結果を一次格納するTMPメモリからなる。繰り返し行われるビーム走査に対して、各ビーム位置ごとに受信ビーム信号を初めに第一のFIFO型メモリに格納する。第一のFIFO型メモリの出力は第二のFIFO型メモリと相関演算回路へ入力され、さらに第二のFIFO型メモリの出力は相関演算回路へ入力される。二つのFIFO型メモリは各々一ビーム走査で対応するビーム位置で取得する受信ビーム信号を格納するメモリ容量を有する。このため繰り返し行われるビーム走査のある時点では時間的に連続した二ビーム走査での対応するビーム位置での受信ビーム信号が格納されており、この二つの受信ビーム信号を相関演算回路で演算し、対応するビーム位置でのビーム深さ方向の変位量分布を求める。ここで得られる変位量分布は、繰り返し行われるビーム走査の時間的に連続した二ビーム走査間の間に生じるものとなる。複数ビーム走査の間に生じる変位を求めるためには、相関演算回路での結果を累積加算していけばよく、相関演算回路の演算結果をTMPメモリ内のデータに加算し結果をTMPメモリへ格納する。さらに変位分布の深さ方向の差分をとることで歪分布を計算する。本構成は歪分布検出手段7をリアルタイム処理に適したパイプライン型処理で実装するのに好適なもので、とくに前記の例にくらべメモリ回路の容量を小さくとることができる。
【0088】
上記二例のいずれの場合にも、各ビーム位置に対応した複数の相関演算回路から、異なるビーム走査の間に生じるビーム深さ方向の歪分布が得られる。これを各ビーム位置に配列することで、異なるビーム走査の間に生じる二次元断層についての歪分布が得られる。上記二例以外にも当該分野で周知の方法で異なる時点のビーム走査で得られたフレーム受信ビーム信号データを用いて二次元断面の歪分布を検出してもよい。
【0089】
尚、本実施例では、特に歪分布をもとめる領域は被検体4のみならず、粘弾性計測参照層3を含んだ領域で計測する。より詳しくは被検体4と粘弾性計測参照層3の境界部分の変位量が計測されるように設定され、これより粘弾性計測参照層3の歪分布を算出する。粘弾性計測参照層3内の変位量の検出は、境界部分を含んだ超音波の反射エコーを含むように受信ビーム信号を切り出して上記の一連の相関演算を行ってもよいが、以下のような演算回路を別途設けることもできる。
【0090】
一般に粘弾性計測参照層3内部は、超音波に対して略透明であるため、超音波の反射エコー信号が非常に小さいものであり、受信ビーム信号も小さなものとなっている。そのためこの領域での受信ビーム信号の相関演算結果が誤差を含み不安定なものになることがある。一方被検体4と粘弾性計測参照層3の境界部分はそれらの音響インピーダンスの違いで局所的に大きな反射エコー信号を発生し、受信ビーム信号およびそれらの相関演算結果も精度よく検出できる。粘弾性計測参照層3は、厚さ方向に一様材質であり厚さ方向の歪分布も一定であるため境界部分の変位から求めた歪値を用いれば面内での歪分布が求まる。
【0091】
そのため相関演算回路の入力部に閾値回路を設け、受信ビーム信号の強度が一定以下の信号を0とおくことで、各受信ビーム信号の先頭領域や粘弾性計測参照層3の厚みに対応する部分をマスクして相関演算を行い、上記のような不安定性を除くことができる。
【0092】
さらに受信ビーム信号の振幅強度が一定以下になる部分を粘弾性計測参照層3内と判断することにより、直接受信ビーム信号の境界部分を検出し、境界部分位置の異なるビーム走査に対するフレーム受信ビーム信号データ間の差から、これらビーム走査間の境界部分の変位を求めてもよい。このように求めた被検体4と粘弾性計測参照層3の境界部分の変位分布を深さ方向に差分をとることで粘弾性計測参照層3の歪分布を計測してもよい。
【0093】
以上のように、各受信ビーム信号ごとに先頭付近によって粘弾性計測参照層3の歪量が、それ以後の部分によって被検体4の深さ方向にそっての歪分布が算出される。各受信ビーム信号の対応するビーム位置について配列することで、被検体4の断面歪分布と粘弾性計測参照層3の被検体4の境界に沿った歪分布とが計測される。これらが歪分布検出手段7から、粘性率を算出する手段である粘弾性分布算出手段8へ入力される。
【0094】
[粘性率を算出する手段である粘弾性分布算出手段]
粘性率を算出する手段である粘弾性分布算出手段8では、前記の原理に従って粘弾性計測参照層3と被検体4との歪分布と、粘弾性計測参照層3の弾性係数、粘性係数より被検体4内の弾性率分布と粘性率分布を算出する。
【0095】
粘弾性分布算出手段8はマイクロプロセッサ、メモリおよびこれらを制御する制御回路とデータ転送用のバス回路を用いて構成されてもよく、また汎用PCやFPGAなどのプログラム可能な処理回路上に、処理ソフトウエアの形で実装されてもよい。
【0096】
このため以下では粘弾性分布算出手段8での処理に関して説明を加える。歪計測のために超音波ビームをリニア走査する場合では、各受信ビーム信号に対応する超音波ビームの各位置が加圧の方向と略一致する。このため、各受信ビーム信号ごとに得られる粘弾性計測参照層3の歪量とその後の被検体4の深さ方向にそっての歪分布は、図4で説明した鉛直方向に並んだ同列の歪に対応する。このため歪分布検出手段7の処理を含めて、各受信ビーム信号ごとに処理を進めることが可能である。超音波ビームをセクタ走査する場合やその他の走査を行う場合には、走査による超音波ビームの位置と加圧する方向との幾何学的な関係を用いて、図4で説明した鉛直方向に並んだ列ごとに粘弾性計測参照層3の歪量と被検体4の深さ方向にそっての歪分布の配列を作成する。このとき被検体4の歪分布の配列は、超音波ビームの位置と鉛直方向に並んだ列の位置関係から補間計算によって作成する。以下では説明の簡便のためリニア走査する場合を例とって説明を加えるが、各受信ビーム信号ごとに対応した粘弾性計測参照層3の歪量と被検体4の深さ方向にそっての歪分布の配列を、上の位置関係から鉛直方向に並んだデータ列に置き換えることでその他のビーム走査方法でも同様の処理が行える。
【0097】
一回のビーム走査で取得されるフレーム受信ビーム信号データに対応して、そのビーム走査のフレーム時刻での断層歪分布データセットが得られる。断層歪分布データセットは、一回のビーム走査に対応して、その時刻での各受信ビーム信号から得られる粘弾性計測参照層3の歪量と、被検体4の深さ方向にそった歪値の列からなる。この各受信ビーム信号ごとの粘弾性計測参照層3の歪量と被検体4の深さ方向にそった歪値のデータセットを、ビーム歪分布データセットと称する。即ち断層歪分布データセットは各時刻での各受信ビーム信号に対応した複数のビーム歪分布データセットからなり、断層歪分布データセット内では、各断層歪分布データセットはビーム走査における超音波ビーム位置に対応することになる。ビーム走査を繰り返すことで異なる時刻の走査に対する複数の断層歪分布データセットが得られる。
【0098】
周期的な加圧を行いながらビーム走査を繰り返すことで、各時刻での断層歪分布データセットが得られる。
【0099】
加圧の一周期あるいは複数周期が終了した段階で取得した複数の断層歪分布データセットから、粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1を算出する。加圧の一周期の間に取得した各時点での断層歪分布データセットから、所望の超音波ビーム位置に対応するビーム歪分布データセットを抜き出して、データセット内の粘弾性計測参照層2の歪値の最大値と最小値を求める。これを各超音波ビーム位置に対して行う。加圧の複数周期に取得した断層歪分布データセットを用いて、一周期にわたる粘弾性計測参照層2の歪値の平均値を算出し、一周期内での最大値と最小値を求めてもよい。最大値と最小値は、ビーム歪分布データセット内にある値、すなわち各走査時にデータを取得した時点での値そのものを用いても良い。あるいはこれらの値を時間に対して内挿して、実際にデータを取得した時点の間の時間の内挿値を最大値、最小値として推定してもよい。そして、最大値と最小値の差から粘弾性計測参照層歪振幅εcを算出する。ついで各超音波ビーム位置内の深さ方向の各点について粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1を算出する。初めに最小歪εcminを与える時刻から最大歪εcmaxを与える時刻にそって、各々の断層歪分布データセット内の所望の超音波ビーム位置に対応するビーム歪分布データセットの所望深度における被検体の歪値と、その時点での粘弾性計測参照層の歪値より例えば台形積分近似、シンプソン積分近似により往路面積を求める。ついで最大歪εcmaxを与える時刻から最小歪εcminを与える時刻にそって同様に帰路時面積を求め、これらの差をとることで粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1が得られる。同時に各点での被検体の最大歪εmaxと最小歪εminを算出し、その差から粘弾性計測参照層歪振幅εを算出する。そして、(式8)を逆に解いて各点での弾性率と粘性率を算出する。
【0100】
ヒシテリシスループ面積を算出するためのデータ取得は、複数周期の加圧を繰り返すことで精度を向上させることができる。即ち各点において各時刻で得られる粘弾性計測参照層歪と被検体歪の組を全て用いて面積の計算を行う。その際に粘弾性計測参照層の歪が取得時間の経過とともに増加している過程に得られたものは往路面積算出に、時間経過とともに粘弾性計測参照層歪が減少している過程に得られたものは帰路面積算出に用いればよい。最大歪、最小歪も同様に、全ての計測時間にわたる計測歪の最大値、最小値を用いてもよい。また加圧周期ごとに粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1の算出を行い、周期回数で平均値をとってもよい。
【0101】
さらに粘弾性計測参照層3の歪量の一部、あるはビーム歪分布データセットにわたる平均歪値を算出し、平均歪値の時間経過を計測することで加圧周期時間Tを算出してもよい。即ち,周期的な加算を行う過程で時間的に変化する平均歪値の最大値と最小値をとる時点の時間差を用いてTとすることができる。加圧が複数周期にわたる場合には、平均値を算出しTとすることもできる。また平均歪として粘弾性計測参照層3の歪量の一部あるいは平均を利用したが、被検体4内の特定位置の歪量あるいは平均を用いてもよい。
【0102】
これを超音波ビーム位置内での深さ方向の全ての点、さらにビーム走査におけるすべての超音波ビーム位置に関して行うことで、被検体断面での弾性率と粘性率の分布を算出する。
【0103】
算出された弾性率と粘性率の分布データは、画像化手段9へ入力される。画像化手段9では複数の弾性率と粘性率の分布データから、被検体4内の粘弾性を反映した粘弾性断層画像を形成する。画像化手段9ではBモード断層画像の形成と同様に、粘弾性断層画像形成にゲイン補正、フィルタ処理、などの信号処理や輪郭強調、画像フィルタなどの画像処理を行ってもよい。さらに制御手段11からの表示制御に従って、粘弾性断層画像をBモード断層画像と交代切り替え、同時並列、重畳合成、などのスタイルで表示手段10へ表示させる。また画像化手段9では、歪分布検出手段7で作成された被検体4内の歪分布データをもとに歪断層画像を作成し、制御手段11からの表示制御に従って、粘弾性断層画像、Bモード断層画像と交代切り替え、同時並列、重畳合成などのスタイルで表示手段10へ表示させてもよい。
【0104】
また、弾性率と粘性率とをそれぞれ、色相、彩度、明度のいずれかに割り当て表示しても良く、このような表示を行うことで弾性率と粘性率との2つの物性値を直感的に観察することができる。さらにBモード断層画像と重畳する際には、弾性率と粘性率とのうちの一方もしくは両方を反映した透明度を設定し重畳してもよく、このように重畳することでより注目すべき弾性率、粘性率を有する領域の観察を効率的に行うことができる。
【0105】
[粘弾性分布計測動作と粘弾性断層画像の表示]
ついで粘弾性分布計測に伴い、制御手段11が行う処理について説明を加える。制御手段11では前記のように超音波送受信走査の制御を行って表示手段10へBモード断層画像を表示させる。このとき入力によって歪分布検出手段7を動作させ、歪断層画像をBモード断層画像と同時または切り替えて表示手段10へ表示させてもよい。
【0106】
使用者が表示手段10へBモード断層画像を確認しながらプローブ1を被検体4の所定部位へ配置し制御スイッチ12をONにすることで制御手段11が粘弾性分布算出手段8の処理を開始し、粘弾性分布計測動作が始まる。使用者がプローブ1を介して被検体4へ周期的な加圧を加える間粘弾性分布算出手段8が動作し各時点での断層歪分布データセットを作成する。複数周期にわたる加算を行う際に周期の開始と終了時に制御スイッチ12よりサイクルピリオド信号を入力する。制御手段11ではサイクルピリオド信号の入力から加圧周期Tを算出して粘弾性分布算出手段8への入力とする。周期加圧終了時には制御スイッチ12をOFFにすることで粘弾性分布算出手段8での断層歪分布データセットを作成が終了し、粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1算出を行って弾性率と粘性率の分布を算出する。算出処理終了後、制御手段11は画像化手段9を動作させ粘弾性断層画像を作成し、事前に入力された表示スタイルに従って表示手段10に粘弾性断層画像を表示させる。
【0107】
ここでは加圧周期の開始と終了を制御スイッチ12により入力する構成としたが、前述のように粘弾性分布算出手段8内で、取得された断層歪分布データセット内のいずれかの歪の時間変化から加圧周期Tを求めればサイクルピリオド信号の入力を不要な構成にできる。
【0108】
さらに粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1算出を全断層歪分布データセットの取得終了後としたが、データ取得加圧周期回数を指定して、指定回数の加圧周期終了から粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1、弾性率、粘性率の計算を開始してもよい。その使用する断層歪分布データセットを更新しながらヒシテリシスループ面積、弾性率、粘性率の算出を行うことで、弾性率と粘性率の分布も経時的に算出でき、同時に粘弾性断層画像を加圧周期ごとに更新できる。
【0109】
尚、上記説明では、粘弾性計測参照層歪―被検体歪ヒシテリシスループの面積S1を用いて弾性率と粘性率を算出したが、ヒシテリシスパラメタを用いて弾性率と粘性率を算出してもよい。
【0110】
また粘弾性計測参照層歪振幅εcを算出し、(式3)を用いて、各受信ビーム信号ごとに対応したビーム位置での応力振幅σ0を算出してもよい。その後、そのビーム位置での粘弾性計測参照層歪とビーム位置内の深さ方向にそって配列された被検体の歪の時間変化から各点での粘弾性計測参照層歪の変化と被検体の歪変化の遅延時間を算出し、(式5)を用いて前記のように弾性率と粘性率を算出してもよい。遅延時間は取得時間ごとに作成された複数断層歪分布データセット間で最大値、最小値をとる時間の差より求められる。あるいは各点ごとに変化する粘弾性計測参照層の歪と被検体の歪の時系列データに相互相関演算を行うことで求めてもよい。
【0111】
また本実施例ではハンドヘルド型プローブを用いて使用者が周期的加圧を行う構成としたが、ハンドヘルド型プローブにマイクロモータなどの加振手段を装着したり、プローブを加圧する別途加圧手段を設け、制御手段11からの駆動により、自動的に周期的加圧を加える構成とすることができる。本構成では周期的に加える加圧周期Tなど、加圧の時間変化が精度よく制御でき、弾性率、粘性率の算出精度が向上できる。
【0112】
またさらに、上述の説明では粘弾性計測参照層3をプローブ1の一部として構成したが、プローブ1とは別途脱着自由なカプラとして構成することもできる。カプラとして形状や粘弾性を診断部位に合わせて選択可能とすることができる。このとき制御手段11にはカプラ種類に応じて弾性率、粘性率を入力または選択可能とし、この値を用いて粘弾性分布算出手段8で被検体の弾性率と粘性率の分布を算出すればよい。
【実施例2】
【0113】
本実施例は、加圧を周期的ではなくステップ状に加えるものである。実施例1との差異は、主に粘弾性分布算出手段8の処理にあるため、主に粘弾性分布算出手段8の処理を中心に差異部分のみを説明する。
【0114】
プローブ1の制御スイッチ12をONにすると、制御手段11により粘弾性分布算出手段8でビーム走査の各時点に対応して断層歪分布データセットが格納されていく。手動あるいは加圧手段により、ステップ状にプローブ1が瞬間的に一定圧力まで加圧され、以降データ取得が終了するまで加圧を保持する。粘弾性分布算出手段8では、これ以降の異なる時間に取得した複数の断層歪分布データセット内にある各ビーム歪分布データセットの粘弾性計測参照層3の歪の時間変化から(式10)を用いて、そのビーム歪分布データセットの対応するビーム位置での応力振幅σ0が算出される。このとき既知の粘弾性計測参照層3のヤング率Ec、およびこれと既知の粘性率から求めたτcを用い、ステップ状の加圧からの特定の時間間隔を用いてもよいが、複数点の時間間隔を用いて(式10)にフィッティングすることで計測精度を向上することが好ましい。
【0115】
異なる時間に取得した複数の断層歪分布データセット内にある各ビーム歪分布データセット内の被検体歪値を用いて、対応する各ビーム位置の深さ方向各位置での被検体歪の時間変化を抽出する。この各点での時間変化から、(式12)を用いて被検体各点でのヤング率と粘性率との比τを算出する。初めに被検体歪値の微分を算出するために各断層歪分布データセットに対応したステップ状の加圧からの特定の時間間隔ごとの被検体歪の増加を時間間隔でわって歪の近似時間微分値を算出し、(式12)に従って歪の近似時間微分値の時間変化傾きから1/τがもとまる。この時も好ましくは多数時間点での歪の近似微分値からフィッティングにより求める。同時に歪の近似時間微分値の時間変化に対する切片より
【0116】
【数16】

【0117】
の値を求めて、先に求めたτと応力振幅σ0よりヤング率Eを求める。
【0118】
これを超音波ビーム位置内での深さ方向の全ての点、さらにビーム走査におけるすべての超音波ビーム位置に関して行うことで、被検体断面での弾性率と粘性率の分布を算出する。
【0119】
算出された弾性率と粘性率の分布は、第一の実施例と同様に画像化手段9へ入力され、表示手段10で粘弾性断層画像を表示する。
【0120】
ここで歪の近似時間微分は、被検体歪の増加を時間間隔でわったものとしたが、高次の中心差分、前進差分、後退差分などを用いてもよい。
【0121】
本実施例ではステップ状の加圧に対する被検体内と粘弾性計測参照層との歪の時間変化から、被検体のヤング率と粘性率を求めている。このとき必要な時系列の時間間隔は、上記のフィッティングなどに使用する場合もふくめ数点から数十点の時点のデータで十分な精度の計算が可能である。これにより必要な時間ごとの断層歪分布データセットも数セットから数十セットとなり、これを作成するフレーム受信ビーム信号データも数〜数十フレームである。これらのデータを作成するためのビーム走査は1〜数秒で完了し、粘弾性分布データを作成するためのデータ取得が短時間ですむという利点を有する。また、実施例1のように周期的に加圧・減圧を行うことなく、計測データ取得が短時間で行われるという利点を有する。
【符号の説明】
【0122】
1 プローブ
2 変換素子
3 粘弾性計測参照層
4 被検体
5 送信手段
6 受信手段
7 歪分布検出手段
8 粘弾性分布算出手段
9 画像化手段
10 表示手段
11 制御手段
12 制御スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体に弾性波を送信し、前記被検体内で反射した弾性波を受信して前記被検体内の情報を取得する被検体情報取得装置であって、
前記弾性波を受信して電気信号に変換する変換素子と、
前記変換素子と前記被検体との間に設けられる粘性率と弾性率とが既知な参照層と、
前記電気信号を用いて、前記被検体と前記参照層とに対して圧力を加えた際に生じる、前記被検体の歪と前記参照層の歪とを計測する計測手段と、
前記参照層の粘性率及び弾性率と、前記被検体の歪及び前記参照層の歪と、を用いて、前記被検体の粘性率(η)を算出する算出手段と、
を有することを特徴とする被検体情報取得装置。
【請求項2】
前記被検体と前記参照層とに対して加える圧力が、減圧を伴う周期的な加圧であり、
前記算出手段は、前記周期的な加圧によって生じる前記被検体の歪値の時間変化と参照層の歪値の時間変化とを用いて、前記被検体の粘性率(η)を算出することを特徴とする請求項1に記載の被検体情報取得装置。
【請求項3】
前記算出手段は、前記周期的な加圧によって生じる前記被検体の歪値と前記参照層の歪値とが描くヒステリシスループの面積を用いて、前記被検体の粘性率(η)を算出することを特徴とする請求項2に記載の被検体情報取得装置。
【請求項4】
前記算出手段は、前記周期的な加圧によって生じる前記被検体の歪値の時間変化と前記参照層の歪値の時間変化との遅延時間を用いて、前記被検体の粘性率(η)を算出することを特徴とする請求項2に記載の被検体情報取得装置。
【請求項5】
前記被検体と前記参照層とに対して加える圧力が、瞬間的に一定圧力まで加圧された後一定圧力を一定時間保持するものであり、前記算出手段は、前記被検体と参照層とを瞬間的に一定圧力まで加圧された後の該被検体の歪値と該参照層の歪値とを用いて、前記被検体の粘性率(η)を算出することを特徴とする請求項1に記載の被検体情報取得装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−223565(P2012−223565A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−87762(P2012−87762)
【出願日】平成24年4月6日(2012.4.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、文部科学省、「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成(高次生体イメージング先端テクノハブ)」に係わる委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】