説明

補修用セメント系注入材組成物

【目的】優れた注入性、接着強度、耐久性等を有する補修用セメント系注入材組成物を提供する。
【構成】(1)最大粒径が20μm以下に分級されたポルトランドセメント30〜80重量部、(2)最大粒径が20μm以下に分級された高炉スラグ微粉末20〜70重量部、(3)メラミンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物0.5〜3重量部、(4)水溶性セルロース誘導体0.05〜0.5重量部及び(5)亜硝酸アルカリ金属塩及び/又は亜硝酸アルカリ土類金属塩1〜5重量部からなることを特徴とする補修用セメント系注入材組成物。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、補修用セメント系注入材組成物、より詳しくは例えばコンクリート構造物のひび割れに注入して、コンクリートの劣化を未然に防ぎ耐久性を向上させ、またコンクリート上の保護モルタル層等のうき部分に注入して剥離を防止する新しい注入材組成物に関する。
【0002】
【従来技術とその問題点】従来よりコンクリート構造物のひび割れに注入してコンクリートの劣化を未然に防ぎ耐久性を向上させ、またコンクリート上の保護モルタル層等のうき部分に注入して剥離を防止する補修用注入材としては、その注入性の良好さや接着強度の高さからエポキシ樹脂系注入材が広く用いられてきており、これはその使用目的や用途に応じて粘度の高いタイプと低いタイプに分けられ、また硬化後の物性で硬質型タイプと軟質型タイプとが知られている。
【0003】また、上記注入材の他にも、例えば0.5mm以上の比較的大きなひび割れに対しては、ポリマーセメント系注入材が用いられることもある。
【0004】しかしながら、一般に用いられている上記エポキシ樹脂系注入材は、コンクリートとの熱線膨脹係数が異なるため(例えばコンクリートは7〜12×10-6/℃、エポキシ樹脂系注入材は25〜30×10-6/℃、ポリマーセメントは8〜20×10-6/℃)、温冷が繰り返されると長期的には肌分かれの危険性があり、耐久性に劣るという欠点がある。また上記エポキシ樹脂系注入材は溶剤系のために悪臭を放ち、衛生上好ましくない。また器具等の洗浄も手間で作業性にも問題があり、更に材料的にも高価となる欠点がある。一方、ポリマーセメント系注入材は、熱線膨脹係数がコンクリートとほぼ同等であり耐久性はよく、水系材料であるため作業性に優れ、衛生面での問題もないが、次のような問題点がある。
【0005】(1)微細なひび割れへの注入性が悪い。
【0006】(2)注入と同時に注入材中の水分がコンクリートに吸われて固くなり、深く注入できない。
【0007】(3)コンクリートに注入材の水和に必要な水分が奪われ、ドライアウトし、接着強度が小さくなる。
【0008】(4)硬化収縮或いは乾燥収縮によって注入部間が生じる。
【0009】以上のような見地から現在では上記問題が改善された優れた特性をもつ注入材の開発が切望されている。
【0010】
【課題を解決するための手段】本発明は、上記従来のエポキシ樹脂系注入材及びポリマーセメント系注入材に見られる種々の欠点を解消した新規な注入材を提供することを目的とする。
【0011】本発明者らは、上記目的より鋭意研究を重ねた結果、特定の成分を組み合わせてなるセメント系注入材組成物が上記目的に合致する優れた諸性質、特に優れた注入性、接着強度及び耐久性を有することを見出し、ここに本発明を完成するに至った。
【0012】即ち、本発明は、(1)最大粒径が20μm以下に分級されたポルトランドセメント30〜80重量部、(2)最大粒径が20μm以下に分級された高炉スラグ微粉末20〜70重量部、(3)メラミンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物0.5〜3重量部、(4)水溶性セルロース誘導体0.05〜0.5重量部及び(5)亜硝酸アルカリ金属塩及び/又は亜硝酸アルカリ土類金属塩1〜5重量部からなることを特徴とする補修用セメント系注入材組成物に係るものである。以下、本発明注入材組成物につき詳述する。
【0013】本発明では、最大粒径が20μm以下に分級されたポルトランドセメントは30〜80重量部用いる。上記セメントは、上記特定の粒度を有する限り特に限定はなく公知の各種のものをいずれも利用することができ、一般には早強ポルトランドセメント、超早強ポルトランドセメント等が好ましい。また上記セメントの粒径は20μm以下であれば特に制限されないが実用的には10〜20μmであることが好ましい。上記粒径が20μmを上回る場合にはセメントの利用では微細なひび割れに対して充分に注入できず、また密に充填することもできないので、普通ポルトランドセメント等のように比較的粒径の粗いものは使用できない。上記配合量は30重量部を下回る場合には得られる注入材はその硬化に長時間を要するものとなり、コンクリート壁等のひび割れ部分に注入した際、注入材が硬化する前に振動等の外的要因のためにコンクリートとの充分な接着強度が得られなくなる場合がある。逆に80重量部を超えて多すぎるとポルトランドセメントの硬化作用により凝結時間が短くなり過ぎて充分な可使時間(作業性)を得難くなるので好ましくない。
【0014】本発明に用いられる最大粒径が20μm以下に分級された高炉スラグ微粉末は20〜70重量部用いる。本発明の高炉スラグ微粉末は上記特定の粒度を有する限り、公知の各種のものをいずれも使用でき、例えば高炉スラグを粒径10μm以下に微粉砕して表面積10000cm2 /g程度にしたもの等を例示できる。上記粒径は上記セメント成分と同様に得られる注入材を微細なひび割れまで充分に注入可能とするためにその粒径を選択されたものであり、それを用いれば100μm程度の微細なひび割れにも充分に注入できる。これに対して、上記微粉末に代えて比較的粒径の粗いスラグやポラゾン物質(フライアッシュ、シリカヒューム等)を用いれば、それより得られる注入材は微細なひび割れに対して充分に注入できくなり、また微粒子タイプと比較して密に充填できなくなるという問題が生じる。尚、上記粒径は20μm以下であれば特に制限されないが実用的には10〜20μmであることが好ましい。また、上記配合量は70重量部を超えて多すぎる場合には得られる注入材はその硬化に長時間を要するものとなり、コンクリート壁等のひび割れ部分に注入した際、注入材が硬化する前に振動等の外的要因のためにコンクリートとの充分な接着強度が得られなくなる場合がある。これに対し20重量部より少なすぎると上記ポルトランドセメントの配合割合が相対的に多くなり、凝結時間が短くなり過ぎて充分な可使時間(作業性)を得難くなるという問題がある。
【0015】本発明で用いるメラミンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物は0.5〜3重量部とする。上記縮合物は、モノメラミンのモノスルホン酸塩が縮合重合反応することにより得られるものであり、公知の各種のものをいずれも利用できる。上記配合量は0.5重量部を下回ると充分な粘度低下が期待できず、3重量部を超える場合には耐衝撃性等への悪影響が無視できなくなるので好ましくない。一般に注入材のひび割れへの注入性に大きく影響する因子としては、注入材自体の粘度が挙げられ、これが低粘度であることが重要であり、そのために混水量を上げると硬化収縮や乾燥収縮、耐衝撃性や接着強度に悪影響を及ぼすため、本発明注入材では斯かる見地より減水剤としてのメラミンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物の添加を必須とし、これによって水比を可能な限り小さくして低粘度を可能とし且つ硬化収縮や乾燥収縮、耐衝撃性や接着強度への悪影響をできるだけ回避することができる。
【0016】本発明注入材組成物における水溶性セルロース誘導体は0.05〜0.5重量部用いる。この場合に用いられる水溶性セルロース誘導体としては公知の各種のものをいずれも利用でき、例えばメチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等を例示できる。上記配合量は0.05重量部未満の場合には充分な保水性を維持できないため、上記の欠点が生じ、0.5重量部を上回る場合には粘度が高くなり過ぎて注入性に悪影響が現われ、また耐衝撃性や接着性の面からも好ましくない。上記セルロース誘導体はコンクリートへの吸水を防止するための保水剤として機能する。即ち、コンクリート構造物のひび割れ部への注入材の注入の際、従来のセメント系注入材ではコンクリートに水が吸い込まれて固くなり注入性に悪影響があり、また硬化に必要とされる水分まで吸水されると耐衝撃性や接着強度にも悪影響があったが、上記セルロース誘導体を用いることにより注入性、耐衝撃性、接着強度の向上を図ることができる。
【0017】亜硝酸アルカリ金属塩及び/又は亜硝酸アルカリ土類金属塩は1〜5重量部用いる。上記亜硝酸アルカリ塩及び/又は亜硝酸アルカリ土類金属塩としては、公知の各種のものをいずれも利用でき、例えば亜硝酸リチウム、亜硝酸ナトリウム、亜硝酸カリウム、亜硝酸カルシウム等を例示できる。上記配合量は1重量部を下回る場合には間隙の発生防止効果が期待できなくなり、5重量部を超えると注入材自体の効果が促進され過ぎ、可使時間が短くなりすぎるという欠点が生じる。本発明の注入材組成物は、混水量を多くできそのため低粘度を実現できるが、これは硬化後の収縮率を高める原因ともなり、注入材に間隙が生じる危険が伴われる。この危険性は亜硝酸アルカリ金属塩及び/又は亜硝酸アルカリ土類金属塩の所定量を配合することにより防止できる。即ち、上記成分は間隙の発生を防止する作用がある。
【0018】本発明注入材の製造法としては、各成分と所定量の水(水/セメント比=35〜60%)とを混練すれば良い。尚、本発明注入材の接着強度、柔軟性等の向上を図るためにポリマーディスパージョンを用いても良い。上記ポリマーディスパージョンにはエチレン酢酸ビニル(EVA)系、ポリアクリル酸エステル(PAE)系、スチレンブタジエン(SBR)系等の各種ポリマーが使用でき、その使用量は固形分換算でポリマー/セメント比が30%以下で使用する。上記比が30%を上回る場合にはポリマーの性質が過度に発現され、防火性、耐久性等の低下を惹き起こすので好ましくない。またポリマーディスパージョンを用いた場合には、上記ポリマーと所定量の亜硝酸アルカリ金属塩及び/又は亜硝酸アルカリ土類金属塩(本発明成分(5))とを水に分散させ、これに本発明成分(1)〜(4)の混合パウダーを添加して充分に攪拌すると本発明注入材が得られる。
【0019】斯くして得られる本発明注入材は湿潤乃至乾燥コンクリート等に適用でき、ゴム圧或いはバネ圧を用いたインジェクターによる低圧注入法、手動及び足踏み式の機械注入工法等の各種注入方法によって上記コンクリートの補修等を行なうことができる。
【0020】
【発明の効果】本発明注入材組成物は、それ自体優れた耐久性を持ち、しかも優れた注入性と高い接着強度を有しているので、コンクリート構造物のひび割れに注入してコンクリートの劣化を未然に防ぎ耐久性を向上させ、またコンクリート上の保護モルタル層等のうき部分に注入して剥離を防止することができる。特に微細にひび割れに対しても充分に密にしかも深く注入でき、コンクリートとの強い接着強度を保つことが可能である。また、従来のエポキシ樹脂系注入材に比して作業性及び安全衛生面にも優れ、しかも材料の低コスト化を実現することができる。
【0021】
【実施例】以下、本発明を更に詳しく説明するため実施例を挙げる。
【0022】実施例1〜9下記第1表に示す組成の本発明注入材(試料No1〜9)を調製した。
【0023】表中の最大粒径が20μm以下に分級されたポルトランドセメントとしては市販の早強ポルトランドセメント(大阪セメント(株)製)、高炉スラグ微粉末としては「ファインセラメント」(第一セメント(株)製)、メラミンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物としては「ニッサンSMF」(日産化学(株)製)、メチルセルロースとしては「メトローズ」(信越化学工業(株)製)或いは「マーポローズ」(松本油脂製薬(株)製)を、亜硫酸アルカリ金属塩及び/又は亜硫酸アルカリ土類金属塩としては亜硝酸リチウムをそれぞれ用いた。
【0024】比較例1〜9実施例1と同様にして下記第1表に示す組成の各注入材(試料No10〜18)を調製した。尚、試料No12では成分(1) として粒径20μm以上のセメントを使用した。
【0025】
【表1】


【0026】
【試験例】実施例及び比較例で得られた各組成物につき、以下の試験を行なった。
【0027】試験例1ポルトランドセメント(成分(1))と高炉スラグ微粉末(成分(2))の配合割合による特性を調べるため、試料No1〜3及び試料No10〜11について試験を行なった。その試験結果を表2に示す。
【0028】尚、上記試験は凝結時間、フロー値、接着強度、吸水性、注入性、充填性について調べ、これらは次の各測定方法により求めた。
【0029】凝結時間…30時間以上は使用に適さないとした。
【0030】フロー値…土木学会基準のPCグラウト試験方法(JSCE)に従って、Jロートを用いて測定した。目標値を直後20秒、1時間後30秒とした。
【0031】接着強度…JISA6024(建築補修用注入エポキシ樹脂)の4.9に準じて測定した。今回の試験の材令は28日強度、部材破壊であった。
【0032】吸水性 …濾紙上(C種)に内径70mm(外径75mm)高さ10mmの塩化ビニル製リング内に材料を入れ、60分後濾紙上にしみだした水分の長短の長さの平均を測定した。
【0033】注入性 …直径15cm×長さ30cmの円柱状の供試体に所定のクラック(200μm)を生じさせ、インジェクター(ゴム圧を利用した注入器具)と空気の逃げ口(底面中心)以外すべてシールし、本発明注入材を充填させ、この供試体で3個注入し、3個ともすべて30cm注入可能な場合を良好とし、1個でも30cm注入できない場合を不良として評価した。
【0034】充填性 …目視による観察を行なった。
【0035】
【表2】


【0036】この結果より、本発明の各試料は、高炉スラグ微粉末の配合量が多すぎる試料No10に比して高い凝結性を発現し、また上記配合量が少ない試料No11に比して優れた注入性を有していることがわかる。
【0037】試験例2ポルトランドセメント(成分(1))の粒径の違いによる注入性及び充填性への影響を調べるため、試料No3及び12について試験を行なった。試験における測定方法は試験例1と同様に行なった。その結果を表3に示す。
【0038】
【表3】


【0039】この結果より、本発明注入材組成物の試料No3は、ポルトランドセメント粒径が大きい(20μm以上)試料No12に比べて注入性及び充填性に優れた効果を発揮していることが明らかである。
【0040】試験例3メラミンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物(成分(3))の添加量による効果を調べるため、試料No3〜5、及び試料No13〜14について試験を行なった。試験における測定方法は試験例1と同様に行なった。その結果を表4に示す。
【0041】
【表4】


【0042】この結果より、本発明注入材組成物である試料No3〜5は、上記縮合物の添加量が少ない試料No13に比してフロー値及び注入性に優れ、またその添加量が過剰である試料No14に比して凝結時間が早く、しかも高い接着強度を有していることがわかる。
【0043】試験例4水溶性セルロース(成分(4))の添加量による効果を調べるため、試料No3、試料No6〜7、及び試料No15〜16について試験を行なった。試験における測定方法は試験例1と同様に行なった。その結果を表5に示す。
【0044】
【表5】


【0045】この結果より、本発明注入材組成物である試料3、6及び7は、水溶性セルロースを添加しない試料No15と比較して高い接着強度と注入性を有し、またその添加量が過剰である試料No16に比べて優れた凝結性及び接着強度を発揮していることがわかる。
【0046】試験例5亜硝酸アルカリ金属塩(成分(5))の添加量による効果を調べるため、試料No3、試料No8〜9、及び試料No17〜18について試験を行なった。その結果を表6に示す。
【0047】
【表6】


【0048】この結果より、試料No17及び18に比して本発明注入材組成物はフロー値、凝結時間及び硬化収縮率のすべてにおいて優れていることがわかる。
【0049】以上の結果より本発明の注入材組成物が優れた効果を発揮していることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】(1)最大粒径が20μm以下に分級されたポルトランドセメント30〜80重量部、(2)最大粒径が20μm以下に分級された高炉スラグ微粉末20〜70重量部、(3)メラミンスルホン酸ホルムアルデヒド高縮合物0.5〜3重量部、(4)水溶性セルロース誘導体0.05〜0.5重量部及び(5)亜硝酸アルカリ金属塩及び/又は亜硝酸アルカリ土類金属塩1〜5重量部からなることを特徴とする補修用セメント系注入材組成物。

【公開番号】特開平5−58689
【公開日】平成5年(1993)3月9日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−226659
【出願日】平成3年(1991)9月6日
【出願人】(000205328)大阪セメント株式会社 (1)