説明

複数の有機環状構造とその有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法

【課題】複数の有機環状構造と有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体であって高い特性が期待できる有機重合体の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の製造方法は、複数の有機環状構造と複数の有機環状構造を貫通する1つの鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法であって、金属イオンを放出するイオン性官能基を含有しない少なくとも1種のモノマを重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに有機環状構造が配置された有機重合体を形成する重合工程を含む。そして、上記少なくとも1種のモノマは、有機環状構造と有機環状構造を貫通する鎖状部分とを含有するモノマ(M)を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の有機環状構造とその有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機環状構造とその有機環状構造を貫通する鎖状構造とによって構成される有機分子は、有機環状構造と鎖状構造とに独立の機能を持たせることが可能である。そのような有機分子として、1つの分子内に複数のロタキサン構造を有するポリロタキサンが知られている。ポリロタキサンは、医療、薬品、エレクトロニクスなどの分野への幅広い応用が期待されている。
【0003】
ポリロタキサンの合成方法としては、シクロデキストリンの環状構造の内側の疎水性と外側の親水性とを利用する方法が知られている。この方法の一例では、シクロデキストリンと、水溶性が低い鎖状の有機分子とが、水溶媒中で混合される。また、シクロデキストリンが抜け落ちないように、ゲスト分子の両端を、嵩高い分子で修飾または置換することによって、エンドキャップする方法が知られている(A. Harada, J.Li, M.Kamachi, ネイチャー(Nature), 356, 325 、1992年)。なお、エンドキャップされていないポリロタキサンは、擬ポリロタキサンと呼ばれる場合もある。
【0004】
上記のような合成方法では、ロタキサン構造を形成するシクロデキストリンの量の制御が困難であった。そのため、シクロデキストリンの量が多くなるに従って、隣接するシクロデキストリン同士の水酸基の水素結合によってポリマーの溶解度が低下し、溶媒中における反応の進行が妨げられるという問題があった。このような問題に対応するために、親水性モノマと、シクロデキストリンに包接された疎水性モノマとを、鈴木共重合反応を用いて交互に重合する方法が提案されている。(Harry L. Anderson, et al, アンゲバンテ ケミエ インターナショナル エディション(Angew. Chem. Int. Ed.), 39, 3456-3460、2000年)。
【0005】
上述の合成方法はいずれも、シクロデキストリンを用いて水溶媒中で行われる反応である。一方、シクロデキストリンの水酸基をメトキシ基で置換したパーメチルシクロデキストリンを用いて有機溶媒中で擬ポリロタキサンを合成する方法が提案されている(M. Okada, M. Kamachi, A. Harada, マクロモレキュールズ(Macromolecules), 32, 7202、1999年)。また、エンドキャップ剤と擬ポリロタキサンとを、加圧しながら混合することによって固相反応でポリロタキサンを合成する方法が提案されている(特開2005−75979号公報)。
【0006】
【特許文献1】特開2005−75979号公報
【非特許文献1】A. Harada, J.Li, M.Kamachi, ネイチャー(Nature), 356, 325 、1992年
【非特許文献2】Harry L. Anderson, et al, アンゲバンテ ケミエ インターナショナル エディション(Angew. Chem. Int. Ed.), 39, 3456-3460、2000年
【非特許文献3】M. Okada, M. Kamachi, A. Harada, マクロモレキュールズ(Macromolecules), 32, 7202、1999年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前述のHaradaら、Okadaら、および特開2005−75979号公報に記載のポリロタキサンの合成方法では、事前に合成された鎖状のポリマーに、シクロデキストリンまたはパーメチルシクロデキストリンを包接させていくため、包接量を制御できないという問題があった。さらに、Okadaらの方法によってゲスト分子として包接させることができる分子は、Okadaらの文献に開示されているポリプロピレングリコールやポリテトラヒドロフランなどの分子に限られる。そのため、導電性高分子として利用できる共役ポリマーなどはゲスト分子として用いることができないという問題があった。
【0008】
また、シクロデキストリンを用いるHaradaらおよびAndersonらの方法は水溶媒中で行われるため、この方法では、親水性の官能基であるシクロデキストリンの水酸基や主鎖のイオン性の官能基に水分子が引き寄せられ、反応生成物に分子レベルで水が混入する。その水分子の排除は難しいため、この方法で合成されるポリロタキサンは、水やイオンが悪影響を及ぼす用途、例えばエレクトロニクス分野の用途などへの利用が難しかった。この課題の解決方法としては、合成されたポリロタキサンの親水性の官能基を疎水性の官能基に置換する方法が考えられる。しかし、ポリマーの状態ですべての親水性の官能基を疎水性の官能基に置換する方法は、反応効率が悪く現実的でない。
【0009】
このような状況を考慮し、本発明は、複数の有機環状構造と有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体であって高い特性が期待できる有機重合体を提供することを目的の1つとする。また、本発明は、そのような有機重合体の製造方法を提供することを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の第1の有機重合体は、複数の有機環状構造と前記複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体であって、前記有機重合体は、少なくとも1種の構成単位によって構成されており、前記少なくとも1種の構成単位は、金属イオンを放出するイオン性官能基を含有せず、前記有機環状構造は、移動が制限された状態で、前記少なくとも1種の構成単位のうちの所定の構成単位ごとに配置されている。
【0011】
なお、この明細書において、「重合体」は重合度が低い重合体(たとえばオリゴマー)を含む。この明細書において、「重合体」は、有機分子または高分子(macromolecule)に読み替えることが可能である。
【0012】
また、本発明の第2の有機重合体は、複数の有機環状構造と前記複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体であって、前記鎖状構造は、少なくとも1種の構成単位によって構成されており、前記有機環状構造は、移動が制限された状態で、前記鎖状構造の前記少なくとも1種の構成単位のうちの所定の構成単位ごとに配置されており、前記鎖状構造は主鎖のみで構成されているか、または、前記鎖状構造は主鎖と主鎖に結合した官能基とを含み前記主鎖に結合しているすべての官能基が疎水性である。
【0013】
また、本発明の第1の製造方法は、複数の有機環状構造と前記複数の有機環状構造を貫通する1つの鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法であって、金属イオンを放出するイオン性官能基を含有しない少なくとも1種のモノマを重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに前記有機環状構造が配置された前記有機重合体を形成する重合工程を含む。前記少なくとも1種のモノマは、前記有機環状構造と前記有機環状構造を貫通する鎖状部分とを含有するモノマ(M)を含む。
【0014】
また、本発明の第2の製造方法は、複数の有機環状構造と前記複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法であって、前記有機環状構造と前記有機環状構造を貫通する鎖状部分とを含むモノマ(M)を形成するモノマ形成工程と、前記モノマ(M)を含む少なくとも1種のモノマを非水溶媒中で重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに前記有機環状構造が配置された前記有機重合体を形成する重合工程とを含む。前記モノマ形成工程は、(A)前記有機環状構造に結合している水酸基を疎水基に置換する工程と、(B)前記鎖状部分が前記有機環状構造を貫通可能なように前記有機環状構造と前記鎖状部分とを化学結合させる工程とを含む。前記工程(B)は、前記工程(A)の前、前記工程(A)と同時、または前記工程(A)の後に行われる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の有機重合体では、鎖状構造の構成単位の一定の繰り返し単位毎に環状構造が規則正しく配置されている。そのため、本発明によれば、特性のばらつきの少ない安定した性能を有する有機重合体を実現できる。また、本発明の第1の有機重合体は、主鎖の主要部分に、金属イオンを放出するイオン性の官能基をもたないため、モノマの段階における疎水化が容易である。また、本発明の第2の有機重合体は、主鎖に親水基が結合していないため、非水溶媒中でモノマを重合することによって合成できる。非水溶媒中で合成することによって、分子レベルでの水の混入を排除できる。そのため、本発明によれば、水やイオンの悪影響が懸念される用途においても信頼性が高い有機重合体を得ることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明の実施の形態について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態および実施例の説明に限定されない。以下の説明では、特定の数値や特定の材料を例示する場合があるが、本発明の効果が得られる限り、他の数値や他の材料を適用してもよい。
【0017】
[本発明の第1の有機重合体]
本発明の第1の有機重合体は、複数の有機環状構造と、それら複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える。第1の有機重合体は、少なくとも1種の構成単位によって構成されている。その少なくとも1種の構成単位は、いずれも、金属イオンを放出するイオン性官能基を含有しない。
【0018】
構成単位が1種類である場合には、その構成単位が繰り返されて有機重合体が構成される。構成単位が複数種類である場合には、それらの構成単位が規則的に、または不規則に繰り返されて有機重合体が構成される。
【0019】
金属イオンを放出するイオン性官能基とは、溶媒中で金属イオン(陽イオン)を放出して自らは陰イオン性の基となる官能基であり、水酸基の金属塩や、カルボキシル基の金属塩や、スルホン酸基の金属塩などが挙げられる。たとえば、金属イオンを「M+」で表すと、−O-+や−COO-+や−SO3-+といった基が、金属イオンを放出するイオン性官能基である。
【0020】
上記少なくとも1種の構成単位は、イオン性の官能基を含まないことが好ましい。イオン性の官能基は、水中でイオン化する官能基である。イオン性の官能基としては、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、スルホン酸基が挙げられる。
【0021】
有機環状構造は、移動が制限された状態で、上記少なくとも1種の構成単位のうちの所定の構成単位ごとに配置されている。たとえば、有機重合体が1つの構成単位のみによって構成されている場合には、その構成単位ごとに有機環状構造が配置されている。また、有機重合体が複数種の構成単位によって構成されている場合には、そのうちの特定の構成単位に有機環状構造が配置されてもよいし、すべての構成単位に有機環状構造が配置されてもよい。たとえば、有機重合体が、交互に配置された第1の構成単位と第2の構成単位とによって構成されている場合には、第1の構成単位のみに有機環状構造が配置されてもよいし、第1および第2の構成単位に有機環状構造が配置されてもよい。
【0022】
構成単位が1種類のみである場合や、複数種の構成単位が規則的に配置されている場合には、有機環状構造は、一定の繰り返し単位ごとに規則的に配置される。
【0023】
鎖状構造は、重合反応によって形成される。機能性を有する鎖状構造を用いることによって、機能性を有する有機重合体が得られる。たとえば、導電性を有する鎖状構造を用いることによって、導電性を有する有機重合体が得られる。導電性を有する有機重合体は、エレクトロニクス分野などの様々な用途に適用できる。導電性を有する鎖状構造としては、π電子共役鎖(π共役鎖)が好ましい。具体的には、芳香環、芳香族縮合多環、−CH=CH−基、−C≡C−基などが、1種または複数種連結された構造を有するものを用いてもよい。導電性を有する鎖状構造は、芳香環、芳香族縮合多環、−CH=CH−基、および−C≡C−基から選ばれる少なくとも1種の基が複数個、鎖状に連結されることによって形成されてもよい。
【0024】
有機環状構造は、鎖状構造が貫通可能な環状構造である。有機環状構造は、たとえば、炭素のみで形成された環状構造や、または酸素および窒素から選ばれる少なくとも1つの元素と炭素とによって形成された環状構造であってもよい。そのような有機環状構造としては、シクロデキストリンの環状構造(シクロデキストリンの骨格)や後述するマクロサイクルの環状構造(骨格)が挙げられる。
【0025】
本発明の有機重合体では、有機環状構造の移動が制限されている。具体的には、有機環状構造は、それが配置されている構成単位から隣接する構成単位へ移動することが抑制されている。有機環状構造の移動を制限する方法としては、以下の例が挙げられる。
【0026】
第1の例では、鎖状構造と有機環状構造とが化学結合している。両者が化学結合することによって、有機環状構造の移動が制限される。
【0027】
第2の例では、鎖状構造が側鎖を含有しており、有機環状構造の移動がその側鎖によって制限されている。側鎖は、有機環状構造の移動を制限するために必要な大きさを有する。
【0028】
本発明の第1の有機重合体の鎖状構造は、親水性の官能基を含有しないことが好ましい。親水性の官能基としては、水酸基、カルボキシル基、スルホン酸基などが挙げられる。
【0029】
本発明の第1の有機重合体では、1つの有機環状構造に結合している疎水性の官能基の数が、1つの有機環状構造に結合している親水性の官能基の数よりも多いことが好ましい。この場合、鎖状構造が親水性の官能基を含有しないことが好ましい。疎水性の官能基としては、アルキル基などの炭化水素基、トリメチルシリル基などのトリアルキルシリル基などが挙げられる。
【0030】
本発明の第1の有機重合体では、有機環状構造に結合しているすべての官能基が疎水性であってもよい。この場合、鎖状構造が親水性の官能基を含有しないことが好ましい。たとえば、有機環状構造がシクロデキストリンの環状構造であり、有機環状構造に結合しているすべての官能基が疎水性であってもよい。具体的には、すべての水酸基が疎水基(たとえばメトキシ基などのアルコキシ基)に置換されたシクロデキストリンを用いることができる。なお、有機環状構造にエーテル結合が含有されていてもよい。
【0031】
本発明の第1の有機重合体は、非水溶媒に溶解することが好ましい。非水溶媒に溶解する重合体は、疎水性を示し、水分子を取り込みにくい。非水溶媒としては、たとえば、メタノールや塩化メチレン、トルエン、クロロホルムといった有機溶媒が挙げられる。
【0032】
[本発明の第2の有機重合体]
本発明の第2の有機重合体は、複数の有機環状構造と、それら複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える。第2の有機重合体は、少なくとも1種の構成単位によって構成されている。第1の有機重合体と同様に、有機環状構造は、移動が制限された状態で、鎖状構造の前記少なくとも1種の構成単位のうちの所定の構成単位ごとに配置されている。
【0033】
第2の有機重合体の鎖状構造は、以下の2つの例のいずれかである。第1の例では、鎖状構造は主鎖のみで構成されている。第2の例では、鎖状構造は主鎖と主鎖に結合した官能基とを含み、主鎖に結合しているすべての官能基が疎水性である。すなわち、有機重合体の鎖状構造の主鎖には、親水性の官能基が結合していない。親水性の官能基としては、水酸基、カルボキシル基、スルホン酸基などが挙げられる。また、疎水性の官能基としては、アルキル基などの炭化水素基、トリメチルシリル基などのトリアルキルシリル基などが挙げられる。
【0034】
本発明の第2の有機重合体は、本発明の第1の有機重合体の一例である。第2の有機重合体について述べた上記特徴以外の部分については、第1の有機重合体と同じであるため、重複する説明を省略する。
【0035】
[有機重合体の第1の製造方法]
有機重合体を製造するための本発明の第1の方法は、複数の有機環状構造とそれら複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法である。第1の製造方法によれば、本発明の第1の有機重合体が得られる。なお、本発明の第1の有機重合体に関する説明と重複する説明については、省略する場合がある。
【0036】
第1の製造方法は、金属イオンを放出するイオン性官能基を含有しない少なくとも1種のモノマを重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに有機環状構造が配置された有機重合体を形成する重合工程を含む。
【0037】
別の観点では、本発明の製造方法は、非水溶媒に溶解している少なくとも1種のモノマを当該非水溶媒中で重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに有機環状構造が配置された有機重合体を形成する重合工程を含む。
【0038】
重合されるモノマは、1種類であってもよいし複数種であってもよいが、それらのモノマは、金属イオンを放出するイオン性官能基を含有しない。また、重合されるモノマは、有機環状構造と有機環状構造を貫通する鎖状部分とを含有するモノマを含む。以下、このモノマを「モノマ(M)」という場合がある。重合されるモノマは、モノマ(M)のみであってもよいし、モノマ(M)と他のモノマとを含んでもよい。
【0039】
一例では、イオン性官能基を含有しないモノマが用いられる。すなわち、上記少なくとも1種のモノマは、イオン性官能基を含有しないモノマであってもよい。「イオン性官能基」および「金属イオンを放出するイオン性官能基」については上述したため、説明を省略する。
【0040】
上述したように、モノマ(M)の鎖状部分は、有機環状構造の移動を抑制するための部分、たとえば、側鎖や、嵩高い部分や、屈曲部や、環式構造を含んでいてもよい。また、鎖状部分と有機環状構造とが化学結合していてもよい。モノマ(M)の鎖状部分は、重合されることによって、上述した鎖状構造(たとえば導電性を有する鎖状構造)を構成するような分子鎖である。
【0041】
有機環状構造には、上述した有機環状構造が用いられる。たとえば、有機環状構造は、シクロデキストリンの環状構造であってもよい。この場合、有機環状構造に結合しているすべての官能基が疎水性であってもよい。すなわち、シクロデキストリンのすべての水酸基が疎水基に置換されていてもよい。
【0042】
本発明の製造方法では、非水溶媒中において、モノマを重合させて有機重合体を形成することが好ましい。この構成によれば、水分子やイオンが重合体中に残留することを防止できる。非水溶媒としては、たとえば、メタノールや塩化メチレンなどの有機溶媒が挙げられる。この場合、モノマ(M)は、非水溶媒に溶解するモノマである。
【0043】
本発明の製造方法は、重合工程の前に、モノマ(M)を形成するためのモノマ形成工程を含んでもよい。モノマ形成工程の例を、以下に挙げる。
【0044】
モノマ形成工程の第1の例では、まず、シクロデキストリンの水酸基を疎水基に置換する(工程(i))。次に、置換されたシクロデキストリンを鎖状部分が貫通可能なように、置換されたシクロデキストリンと鎖状部分とを化学結合させる(工程(ii))。適切な条件(たとえば溶媒)を選択することによって、鎖状部分がシクロデキストリンを貫通するようにすることが可能である。
【0045】
モノマ形成工程の第2の例では、まず、シクロデキストリンに鎖状部分(1)を貫通させ、この鎖状部分(1)と側鎖を有する鎖状部分(2)とを化学結合させる。
【0046】
モノマ形成工程の第3の例では、有機環状構造がマクロサイクルの環状構造である。この形成工程は、マクロサイクルの両側から、マクロサイクルの脱落を抑制する部位を備えた2つの有機分子を反応させることによって、マクロサイクルを貫通する鎖状部分を形成する工程を含む。2つの有機分子は触媒を介して反応させることができる。マクロサイクルの中心に触媒金属を配置することによって、マクロサイクルを貫通する鎖状部分を形成することが可能である。
【0047】
[有機重合体の第2の製造方法]
有機重合体を製造するための本発明の第2の方法は、複数の有機環状構造とそれら複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法である。以下、第2の製造方法で製造される有機重合体を「有機重合体(P2)」という場合がある。第2の製造方法は、モノマ形成工程と、重合工程とを含む。
【0048】
モノマ形成工程では、有機環状構造と有機環状構造を貫通する鎖状部分とを含むモノマ(M)が形成される。次に、重合工程では、モノマ(M)を含む少なくとも1種のモノマを非水溶媒中で重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに有機環状構造が配置された有機重合体(P2)が形成される。
【0049】
上記モノマ形成工程は、以下の工程(A)および(B)を含む。工程(A)では、有機環状構造に結合している水酸基が疎水基に置換される。有機環状構造は、たとえば、シクロデキストリンの環状構造である。工程(B)では、鎖状部分が有機環状構造を貫通可能なように、有機環状構造と上記鎖状部分とが化学結合させられる。工程(B)は、工程(A)の前、工程(A)と同時、または工程(A)の後に行われる。
【0050】
有機重合体の第2の製造方法は、第1の製造方法の一例である。したがって、第1の製造方法に関する説明と重複する説明については、省略する。
【0051】
以下、本発明の実施形態について例を挙げて説明する。
【0052】
[実施形態1]
実施形態1では、鎖状構造と有機環状構造とが化学結合している有機重合体の一例について説明する。
【0053】
まず、図1Aおよび1Bに示すように、シクロデキストリン誘導体が結合した鎖状部分を含む分子を準備する。この分子では、図2に示す−CH2OHの1つが−CH2O−の形で鎖状部分と結合しており、他の−OH基はすべて−OCH3基に置換されている。
【0054】
鎖状部分は、図1Aおよび1Bに示した鎖状部分に限定されない。具体的には、芳香環、芳香族縮合多環、−CH=CH−基、−C≡C−基などが、1種類または複数種連結された構造を有するものを用いてもよい。また、この分子には、その両端に重合させるとき、または包接状態を保つために鎖状部分を延長させるときに反応点となる反応基G、G’およびG”が存在する。
【0055】
図2に示すように、シクロデキストリンはグルコースの環状オリゴマーであり、グルコースの数によって環状構造の大きさが変化する。そのため、それが包接する疎水性モノマの大きさに合わせて、好適なグルコース数のシクロデキストリンを選択して用いることができる。なお、図2において、n=4の場合にはα−シクロデキストリンと呼ばれ、n=5の場合にはβ−シクロデキストリンと呼ばれ、n=6の場合にはγ−シクロキストリンと呼ばれる。
【0056】
図1Aおよび1Bの左側の分子の環状構造は、鎖状部分と結合している枝の部分において、かなりの自由度を持って動ける。そのため、所定の条件(例えば溶媒の条件)を調整することによって、図1Aおよび1Bの右側のように、鎖状部分を環状構造に包接させることが可能である。図1Aおよび1Bの右側の状態では、条件によって再び図1Aおよび1Bの左側の状態に戻ることがあり、安定ではない。そのため、図3(a)および(c)の模式図に示すように鎖状部分を延長させたり、図3(b)の模式図に示すように包接状態の分子2個を結合させたりすることが好ましい。これらの反応によれば、鎖状部分が安定に包接されているモノマ(M)が得られる。
【0057】
得られたモノマ(M)は、非水溶媒中において安定に存在できるので、これを重合することによって、一定の繰り返し単位ごとに規則正しく有機環状構造が鎖状構造を包接したポリロタキサンを合成することができる。
【0058】
[実施例1]
以下に、実施形態1の例について説明する。実施例1で用いられるモノマ(M)の合成スキームを、図4〜図8に示す。
【0059】
図4および図5Aの反応によって、モノマ1が合成される。図4および図6Aの反応によって、モノマ2が合成される。図7および図8の反応によって、モノマ3が合成される。図4および図7において、有機環状構造を構成する出発材料には、α−シクロデキストリンの1つの水酸基がトシル基(CH3−C64−SO2−)に置換され、他のすべての水酸基がメチル基に置換されることによって得られる化合物を用いた。
【0060】
図4、5A、6A、7および8の例では、両端の重合反応点がエチニル基であるモノマ(M)を合成している。モノマ1、2および3は、有機溶媒中、ピリジン存在下で、Cu(ii)触媒を用いたエグリントン反応(Eglinton Coupling)によって重合される。このようにして、本発明の有機重合体が合成される。モノマ1の重合反応の一例を図5Bに示し、モノマ2の重合反応の一例を図6Bに示す。
【0061】
[実施形態2]
実施形態2では、鎖状構造が側鎖を備え、その側鎖によって有機環状構造の移動が制限される有機重合体の一例について説明する。
【0062】
まず、図9Aに示す疎水性のモノマと、シクロデキストリンとを準備する。そして、それらを、水溶媒中で反応させる。鎖状構造(鎖状部分)は、図9Aに示した鎖状構造に限定されず、実施形態1で説明したような鎖状構造を適用できる。実施形態1で説明したように、鎖状構造の両端には、反応基Gが存在する。
【0063】
シクロデキストリンは、実施形態1と同様に、包接する疎水性モノマの大きさに合わせて好適なグルコース数のシクロデキストリンを選択して用いることができる。上述の疎水性モノマは難水溶性であるため、水溶媒中でシクロデキストリンに取り込まれ、図9Bのように包接される。
【0064】
次に、図9Cの分子のように親水性の官能基を側鎖として有する分子を、図9Bの分子の両端に反応させる。図9Cの分子は、反応基Gと反応する反応基Jを有する。図9Cの分子の付加によって、図9Dの分子が得られる。ここで、図9Bの分子の両端に反応させる分子の官能基は、カルボキシル基に限定されず、他の官能基であってもよい。また、図9Bの分子の両端に反応させる分子の構造は、チオフェン環に限らず、ピロール環などであってもよい。
【0065】
このようにして得られる、ロタキサン構造を有するモノマ(M)を、水溶媒中から単離する。次に、モノマ(M)を非水溶媒中で重合させる。このようにして、金属イオンを放出するイオン性官能基を持たない有機重合体が得られる。この有機重合体はポリロタキサンである。この有機重合体では、有機環状構造が、鎖状構造の一定の繰り返し単位に応じて規則正しく包接されている。モノマ(M)の重合反応としては、たとえば、フェリックカップリングを用いることができる。
【0066】
なお、重合前に、シクロデキストリンの親水基(水酸基)および鎖状部分の親水基(カルボキシル基)を、疎水基に置換してもよい。
【0067】
[実施例2]
以下に、実施形態2の一例について説明する。実施形態2の有機重合体を合成するためのスキームの一例を、図10A、図10Bおよび図11に示す。
【0068】
まず、図10Aに示す反応によって、鎖状構造を有する2種類の有機分子を合成する。次に、これら2種類の有機分子を、図10Bに示すように、シクロデキストリンが存在する液体中で反応させ、モノマ(M)を合成する。モノマ(M)は、シクロデキストリンおよびパラジウム触媒の存在下において、図10Aの反応によって合成した2つの分子を2対1の割合で鈴木共重合反応させることによって合成する。このとき、一方の有機分子は、シクロデキストリン内部に取り込まれた状態で反応する。図10(B)のモノマ(M)では、鎖状構造に結合している側鎖によって、シクロデキストリンの移動が抑制される。
【0069】
次に、図11に示すように、非水溶媒(具体的にはメタノール)中において、モノマ(M)を重合させる。このようにして、実施形態2の有機重合体が合成される。
【0070】
図10A、図10Bおよび図11に示した合成方法で重合体を作製し、特性を評価した。図12に1H−NMRの結果を示す。図12の結果から、合成された重合体は、図11に示す重合体の構造を有することが示された。
【0071】
また、合成された複数の重合体について、その長さと高さとを原子間力顕微鏡で測定した。それらの測定結果を図13に示す。重合体の平均長さは27.3nmであった。このことから、平均重合度が約9であることが分かった。また、重合体の平均高さは約0.6nmであった。これは、シクロデキストリン1分子の直径とほぼ同じである。
【0072】
[実施形態3]
実施形態3では、有機環状構造としてマクロサイクルを用いる一例について説明する。
【0073】
まず、図14Aに示すようなマクロサイクルを準備する。マクロサイクルは、図14Aの分子に限定されない。ただし、マクロサイクルは、その平面性が保たれるように、環状構造の内側に取り込んだ金属と、3つ以上の配位結合を形成していることが好ましい。さらに、内側に取り込む金属がPdである場合、マクロサイクルは、ソフトな酸であるPdとの相互作用が比較的強いと予想されるソフトな塩基であることが好ましい。ソフトな塩基としては、たとえば、図14Aに示すような窒素を含む環式化合物が挙げられる。図14Aのマクロサイクルは、図14Bおよび14Cにおいて、模式的に輪で示す。
【0074】
有機溶媒中において、上記マクロサイクルにPdを配位させる。そして、図14Bのように、反応点としてヨウ素を有する分子(図中の「Ar−I」)と、反応点としてホウ素化合物を有する分子(図中の「(OR)2B−Ar’」)とを、たとえば鈴木共重合反応によって反応させる。この反応によって、図14Cのように、ロタキサン構造を有するモノマが得られる。
【0075】
ArやAr’で示した部分は、親水基を含有しない。また、これらは、ArとAr’とが結合する際に、π電子共役鎖を形成することが好ましい。反応する2つの分子は、たとえば、芳香環、芳香族縮合多環、−CH=CH−基、−C≡C−基などが、1種または複数種連結された構造であるものが好ましい。さらに、ArやAr’として示した部分は、側鎖を備えたり、嵩高い部分を備えたり、鎖軸が屈曲している部分を備えたりしてもよい。また、ArやAr’として示した部分は、それぞれの環式構造で形成される平面が同一平面上にないような複数の環式構造を備えてもよい。これらの構成によれば、マクロサイクルの移動が制限され、モノマが重合されたのちもロタキサン構造が維持される。ArやAr’の一例は、ベンゼン環などの芳香環に疎水基が結合した構造を有する。
【0076】
上記ロタキサンモノマを有機溶媒中で重合反応させることによって、ポリロタキサンが得られる。この方法によれば、鎖状構造と有機環状構造とがともに親水基を持たず、一定の繰り返し単位に応じて規則正しく有機環状構造が配置されているポリロタキサンを合成することが可能である。
【0077】
[実施例3]
以下に、実施形態3の一例として、有機重合体の実施可能な例について説明する。実施形態3の有機重合体を合成するためのスキームの一例を、図15に示す。
【0078】
図15に示す反応によって、内部にパラジウムを取り込んだマクロサイクルが合成される。また、図15に示す反応によって、反応点としてヨウ素基を含む分子と、反応点としてホウ素を含有する基を含む分子とが合成される。図15に示す反応の材料分子の合成スキームを図16に示す。なお、図15の「BPin」は、以下の基を意味する。
【0079】
【化1】

【0080】
図15の反応で得られた2種類の分子を、マクロサイクルに取り込まれたパラジウムを触媒として、DMSO(ジメチルスルホキシド)中で鈴木共重合反応によって反応させる。この反応によって、図17に示すように、ロタキサンが合成される。なお、図17では、図15の反応で合成されたマクロサイクルを、模式的に輪で示している。
【0081】
次に、得られたロタキサンに、図17に示す反応によって、2種類の反応点を付加する。一方はヨウ素基であり、他方は、ホウ素を含有する基である。これらを、図17に示すように、DMSO中においてPd触媒を用いた鈴木共重合反応によって重合する。このようにして、ポリロタキサンが合成される。
【0082】
以上のように、本発明の有機重合体の製造方法の例について説明したが、上記合成過程における各反応は、他の公知の条件で行ってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明の有機重合体は、医療、薬品、エレクトロニクスの分野で機能性材料などの新素材として適用できる。特に、鎖状構造が導電性を有する場合には、電子デバイスに適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】図1Aおよび1Bは、本発明の製造方法で用いられるモノマの包接現象の例を示す図である。
【図2】図2は、シクロデキストリンの化学式を示す図である。
【図3】図3は、本発明の製造方法の例を示す図である。
【図4】図4は、実施例1で用いられるモノマについて、合成方法の一例の一部を示す図である。
【図5A】図5Aは、図4に続く反応を示す図である。
【図5B】図5Bは、図5Aの反応で形成されたモノマを用いて有機重合体を合成する方法の一例を示す図である。
【図6A】図6Aは、図4に続く他の反応を示す図である。
【図6B】図6Bは、図6Aの反応で形成されたモノマを用いて有機重合体を合成する方法の一例を示す図である。
【図7】図7は、実施例1で用いられる他のモノマについて、合成方法の一例の一部を示す図である。
【図8】図8は、図7に続く反応を示す図である。
【図9】図9A〜9Dは、本発明の製造法で用いられるモノマの合成方法の他の一例を示す図である。
【図10A】図10Aは、実施例2におけるモノマの合成方法の一部を示す図である。
【図10B】図10Bは、図10Aに続く反応を示す図である。
【図11】図11は、実施例2におけるモノマの重合方法を示す図である。
【図12】図12は、実施例2で合成された重合体について、1H−NMRの測定結果を示す図である。
【図13】図13は、実施例2で合成された重合体について、長さおよび高さの測定結果を示す図である。
【図14】図14A〜14Cは、本発明の製造方法で用いられるモノマの合成方法の他の一例を示す図である。
【図15】図15は、実施例3の反応スキームの一部を示す図である。
【図16】図16は、実施例3の反応スキームの一部を示す図である。
【図17】図17は、実施例3の反応スキームの一部を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の有機環状構造と前記複数の有機環状構造を貫通する1つの鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法であって、
金属イオンを放出するイオン性官能基を含有しない少なくとも1種のモノマを重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに前記有機環状構造が配置された前記有機重合体を形成する重合工程を含み、
前記少なくとも1種のモノマは、前記有機環状構造と前記有機環状構造を貫通する鎖状部分とを含有するモノマ(M)を含む、有機重合体の製造方法。
【請求項2】
前記少なくとも1種のモノマが、イオン性官能基を含有しない請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記有機環状構造がシクロデキストリンの環状構造であり、
前記有機環状構造に結合しているすべての官能基が疎水性である請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
非水溶媒中において前記少なくとも1種のモノマを重合させる請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記重合工程の前に、前記モノマ(M)を形成するモノマ形成工程を含み、
前記モノマ形成工程は、
(i)シクロデキストリンの水酸基を疎水基に置換する工程と、
(ii)置換された前記シクロデキストリンを前記鎖状部分が貫通可能なように、置換された前記シクロデキストリンと前記鎖状部分とを化学結合させる工程とを含む請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
前記重合工程の前に、前記モノマ(M)を形成するモノマ形成工程を含み、
前記モノマ形成工程は、マクロサイクルの両側から、前記マクロサイクルの脱落を抑制する部位を備えた2つの有機分子を反応させることによって、前記マクロサイクルを貫通する前記鎖状部分を形成する工程を含む請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
複数の有機環状構造と前記複数の有機環状構造を貫通する鎖状構造とを備える有機重合体の製造方法であって、
前記有機環状構造と前記有機環状構造を貫通する鎖状部分とを含むモノマ(M)を形成するモノマ形成工程と、
前記モノマ(M)を含む少なくとも1種のモノマを非水溶媒中で重合させることによって、移動が制限された状態で所定の構成単位ごとに前記有機環状構造が配置された前記有機重合体を形成する重合工程とを含み、
前記モノマ形成工程は、
(A)前記有機環状構造に結合している水酸基を疎水基に置換する工程と、
(B)前記鎖状部分が前記有機環状構造を貫通可能なように前記有機環状構造と前記鎖状部分とを化学結合させる工程とを含み、
前記工程(B)は、前記工程(A)の前、前記工程(A)と同時、または前記工程(A)の後に行われる、有機重合体の製造方法。
【請求項8】
前記有機環状構造が、シクロデキストリンの環状構造である請求項7に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10A】
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【図10B】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2009−108333(P2009−108333A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−33545(P2009−33545)
【出願日】平成21年2月17日(2009.2.17)
【分割の表示】特願2008−548332(P2008−548332)の分割
【原出願日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】