説明

複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法および構造体

【課題】少ない作業工数で、複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料の擬似ひずみ硬化特性を効果的に発揮させるライニング方法および構造体を提供する。
【解決手段】補強対象体2である鋼管杭2aの外周表面に、金属製の応力伝達部材5となる異形鉄筋5aを、鋼管杭2aの軸方向に延設するように点溶接によって固定した後、鋼管杭2aの外周表面外側に型枠を配置し、この型枠と鋼管杭2aの外周表面との間に複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料4を打設して異形鉄筋5aを覆って固化させることにより補強層3を形成して、この補強層3と鋼管杭2とを一体化させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法および構造体に関し、さらに詳しくは、少ない作業工数で、複合材料の擬似ひずみ硬化特性を効果的に発揮させることができるライニング方法および構造体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
桟橋や道路橋を支える鋼管杭、鋼管橋脚や鉄筋コンクリート支柱などの柱部材、桟橋や道路橋を構成する鋼桁や鉄筋コンクリート桁などの梁部材を補強する際には、例えば、補強対象体(柱部材や梁部材)の表面にコンクリートを増し打ちすることが行なわれている。しかしながら、コンクリートは、ほとんど伸びないため引張力に対抗することができず、増し打ちしたコンクリートは、専ら圧縮力に対抗することになる。そこで、増し打ちしたコンクリートの表面に鋼板を巻き立てるなどして引張力に対しても十分に対抗できる補強も行なわれている。
【0003】
一方で、コンクリートに補強繊維を混入することにより、伸びひずみを増大させた短繊維補強セメント複合材料(例えば、特許文献1参照)や複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料(以下、HPFRCCという)が知られている(非特許文献1参照)。短繊維補強セメント複合材料やHPFRCCは、通常のコンクリートに比べて引張力に対する変形性能に優れ、複数の微細なひび割れを形成して擬似ひずみ硬化特性を示すので、引張強度および靭性の向上を期待することができる。
【0004】
特許文献1では、鉄骨柱と鉄骨はりとで構成された架構(補強対象体)を補強するに際して、鉄骨柱と鉄骨はりとで形成された空間に、短繊維補強セメント複合材料を打設して耐震壁を成形している。鉄骨柱や鉄骨はり自体を補強するのではなく、新たに耐震壁を成形するので、耐震壁を新設するための空間がなければ、補強することができない。また、耐震壁と鉄骨はりとの接合部材としてスタッドボルトやパンチングメタルを使用し、これら接合部材を鉄骨はりに立設している。しかしながら、スタッドボルトやパンチングメタルを鉄骨はり等に取付けるには、多大な作業工数(労力)が必要であった。
【0005】
さらに、短繊維補強セメント複合材料やHPFRCCの擬似ひずみ硬化特性を良好に発揮させるには、補強対象体とHPFRCCや短繊維補強セメント複合材料とを十分に一体化させる必要がある。ところが、一般にスタッドボルトやパンチングメタル等の接合部材は、補強対象体に曲げ荷重等が作用した際に、補強対象体とコンクリート等との接合面に発生するずれ力(水平せん断力)に対抗するために、補強対象体の軸方向に対して直交する方向に配列される。例えば、鋼管杭を補強対象体とした場合は、スタッドボルト等の接合部材は、鋼管杭の外周表面に周方向に複数配列され、この周方向に配列された接合部材は、管軸方向に所定の間隔で複数箇所に配置される。したがって、鋼管杭に曲げ荷重が作用すると、管軸方向に不連続に配置されている接合部材の間の範囲では、鋼管杭とコンクリートとの接合面の剥離が生じ易くなる。そのため、従来の接合部材の使用方法では、補強対象体とHPFRCCや短繊維補強セメント複合材料とを十分に一体化させることが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−336813号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】土木学会コンクリート委員会 複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料指針作成小委員会 編 「複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料設計・施工指針(案)」、社団法人土木学会 発行、平成19年3月31日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、少ない作業工数で、複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料の擬似ひずみ硬化特性を効果的に発揮させることができるライニング方法および構造体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法は、補強対象体の表面に、金属製の応力伝達部材を補強対象体の軸方向に延設するように固定した後、前記補強対象体の表面外側に型枠を配置し、この型枠と補強対象体の表面との間に複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を打設して応力伝達部材を覆って固化させることにより補強層を形成して、この補強層と前記補強対象体とを一体化させることを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の別のライニング方法は、複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料によりプレキャスト部材を予め製造しておき、補強対象体の表面に、金属製の応力伝達部材を補強対象体の軸方向に延設するように固定した後、前記補強対象体の表面外側に前記プレキャスト部材を応力伝達部材を覆うように配置し、このプレキャスト部材と前記補強対象体の表面との間に接着材料を充填して固化させることにより補強層を形成して、この補強層と、前記補強対象体とを一体化させることを特徴とするものである。
【0011】
本発明では、例えば、前記複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料として、圧縮強度90MPa以上でかつ、引張終局ひずみが0.5%以上であり、補強繊維が高強度ポリエチレン繊維である超高強度ひずみ硬化型セメント系材料を使用する。前記応力伝達部材として、例えば、異形鉄筋を使用する。前記応力伝達部材を、例えば、補強対象体の表面に点溶接して固定する。
【0012】
本発明の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いた構造体は、補強対象体の表面に補強対象体の軸方向に延設するように固定された金属製の応力伝達部材と、この応力伝達部材とともに補強対象体の表面を覆う複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料とで構成された補強層を、前記補強対象体に固定して一体化させたことを特徴とするものである。
【0013】
本発明の別の構造体は、補強対象体の表面に補強対象体の軸方向に延設するように固定された金属製の応力伝達部材と、この応力伝達部材とともに補強対象体の表面を覆う複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料により形成されたプレキャスト部材と、このプレキャスト部材と前記補強対象体との間に充填された接着材料とで構成された補強層を、前記補強対象体に固定して一体化させたことを特徴とするものである。
【0014】
本発明では、前記複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料として、例えば、圧縮強度90MPa以上でかつ、引張終局ひずみが0.5%以上であり、補強繊維を高強度ポリエチレン繊維にした超高強度ひずみ硬化型セメント系材料が使用される。前記応力伝達部材として、例えば、異形鉄筋が使用される。前記応力伝達部材が、例えば、補強対象体の表面に点溶接により固定された仕様にする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、応力伝達部材を、補強対象体の表面に補強対象体の軸方向に延設するように固定する簡単な作業によって、補強対象体と複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料とを、応力伝達部材の延設方向に連続するように十分に一体化させることが可能になる。そのため、補強対象体が負荷を受けて変形する際には、補強対象体の表面の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料も一体的に変形するので、補強対象体との剥離が生じ難くなる。これにより、この複合材料に特有の微細なひび割れが、より広い範囲で生じ、この複合材料が有する擬似ひずみ硬化特性を効果的に発揮させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の構造体を例示する正面図である。
【図2】図1のA−A断面図である。
【図3】鋼管杭の表面に応力伝達部材を固定した状態を例示する正面図である。
【図4】鋼管杭の表面に応力伝達部材を千鳥配置で固定した状態を例示する正面図である。
【図5】鋼管杭の表面外側に型枠を配置した状態を例示する正面図である。
【図6】図5のB−B断面図である。
【図7】鋼管杭の表面に別の応力伝達部材を固定した状態を例示する正面図である。
【図8】本発明の別の構造体を例示する正面図である。
【図9】図8のC−C断面図である。
【図10】鋼管橋脚の表面外側にプレキャスト部材を配置した状態を例示する断面図である。
【図11】本発明の別の構造体を例示する正面図である。
【図12】図11の底面図である。
【図13】鋼管曲げ試験の説明図である。
【図14】鋼管試験サンプル(実施例1)を示す断面図である。
【図15】鋼管試験サンプル(実施例2)を示す断面図である。
【図16】鋼管曲げ試験の結果を示すグラフ図である。
【図17】鋼板曲げ試験の説明図である。
【図18】鋼板試験サンプル(実施例3)を示す底面図である。
【図19】鋼板試験サンプル(比較例4)を示す底面図である。
【図20】鋼板曲げ試験の結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法および構造体を図に示した実施形態に基づいて説明する。
【0018】
図1、2に例示するように、本発明の構造体1は、鋼管杭2aの外周表面を覆う補強層3と、鋼管杭2aとが一体化されて構築されている。この実施形態では、桟橋等の上部工7を支える鋼管杭2aが補強対象体2になっている。補強層3は、鋼管杭2aの外周表面に鋼管杭2aの軸方向に延設するように固定された金属製の応力伝達部材5と、応力伝達部材5とともに鋼管杭2aの外周表面を覆う複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料4(以下、HPFRCC4という)とで構成されている。
【0019】
尚、本発明における補強対象体2の軸方向とは、補強対象体2が鋼管杭、鋼管橋脚、鋼桁等の場合は、その長手方向(延長方向)であり、鉄筋コンクリート構造物の場合は、その主筋方向を意味する。
【0020】
この実施形態では、応力伝達部材5として異形鉄筋5aが使用されている。12本の異形鉄筋5aが、円筒断面の鋼管杭2aに対して周方向等間隔で配置され、鋼管杭2aの軸方向(管長手方向)に平行に延設されている。それぞれの異形鉄筋5aは、点溶接によって鋼管杭2aの外周表面に固定されている。
【0021】
図における符号Wは、補強対象体2と応力伝達部材5との点溶接部を示している。異形鉄筋5aの本数や配置は、この実施形態に限定されず、適宜決定することができ、かぶりが少ない場合、図4に例示するように応力伝達部材5(異形鉄筋5a)は千鳥配置にして、HPFRCC4を全体に充填し易くする。応力伝達部材5は、補強対象体2の表面をなるべく均等に覆うようにするとよい。異形鉄筋5aの場合は、例えば、呼び名D6〜D19の仕様を用いて、それぞれを300mm〜500mmの等間隔で配置する。
【0022】
応力伝達部材5の補強対象体2に対する固定は、点溶接に限らず、応力伝達部材5を全長に渡って溶接することもできるが、点溶接を用いることにより、固定作業を迅速に行なうことができる。鋼管杭の補修などの水中施工になる場合には、点溶接は特に有効な固定手段である。その他に、ボルト等の固定部材や磁石を用いて応力伝達部材5を補強対象体2に固定することもできる。
【0023】
応力伝達部材5は、荷重負担部材ではないので、高い引張強度を有する必要はなく、補強対象体2の変形をHPFRCC4の広範囲に伝達させることができればよい。応力伝達部材5としては、異形鉄筋5aに限らず、丸棒鉄筋などの種々の金属棒、型鋼等を用いることもできる。
【0024】
図7に例示するように、鋼管杭2aの外周表面に沿うように円筒状に形成した鉄筋メッシュ体5bを鋼管杭2aの外周表面に点溶接によって固定してもよい。均等な大きさのメッシュが規則的に形成されている鉄筋メッシュ体5bを用いることにより、鋼管杭2aの軸方向に延設される応力伝達部材5を、鋼管杭2aの表面に容易に均等に配置、固定することができる。
【0025】
HPFRCC4の構成材料は、セメント、細骨材、混和材、混和剤、強化繊維、水である。セメントとしては、例えば、普通ポルトランドセメントを用いる。細骨材としては、例えば、珪砂を用いる。混和材としては、例えば、フライアッシュを用いる。混和剤としては、例えば、高性能AE減水剤および消泡剤を用いる。強化繊維としては、例えば、ポリビニルアルコール(PVA)繊維、高強度ポリエチレン繊維を用いて、これら繊維の直径は、0.04mm程度、長さ12mm程度、弾性係数40.6GPa程度、引張破断強度1690MPa程度である。補強繊維混入率は、体積割合で0.5%〜2.0%程度である。
【0026】
HPFRCC4の特性としては、以下を挙げることができる。
【0027】
(1)一軸引張応力下において擬似ひずみ効果特性を示し、微細で高密度の複数ひび割れを形成する高靭性材料である。
(2)圧縮強度(28日間標準養生)が平均40MPaである。
(3)既述した非特許文献1に記載の試験方法1(強度試験用供試体の作り方)に定める方法で作製した供試体に対して、同文献に記載の試験方法2(一軸直接引張試験方法)に定める一軸引張試験により求めた引張終局ひずみの平均値が0.5%以上、かつ同文献記載の試験方法3(HPFRCCひび割れ幅試験方法)で得られた平均ひび割れ幅が0.2mm以下となる。
【0028】
HPFRCC4の中でも、超高強度および超高靭性を併せ持つ超高強度ひずみ硬化型セメント系材料4a(以下、UHP−SHCC4aという)を用いるとよい。UHP−SHCC4aの構成材料は、セメント、細骨材、混和材、混和剤、強化繊維、水である。セメントとしては、例えば、普通ポルトランドセメントを用いる。細骨材としては、例えば、珪砂を用いる。混和材としては、例えば、シリカフュームおよび膨張材を用いる。混和剤としては、例えば、高性能AE減水剤および消泡剤を用いる。強化繊維としては、例えば、高強度ポリエチレン繊維(直径0.012mm程度、密度0.97g/cm程度、弾性係数88GPa程度、引張破断強度2700MPa程度)を用いる。
【0029】
UHP−SHCC4aの特性としては、例えば、以下を挙げることができる。
【0030】
(1)圧縮強度(28日間標準養生)が90MPa以上である。
(2)既述した非特許文献1に記載の試験方法2(一軸直接引張試験方法)に定める一軸引張試験により求めた引張終局ひずみの平均値が0.5%以上である。
【0031】
補強層3(HPFRCC4)の層厚は、補強に必要な強度等に基づいて決定されるが、応力伝達部材5の腐食等を防止するために、かぶり厚は30mm以上とする。
【0032】
補強層3にHPFRCC4を使用した場合、鋼管杭2aが負荷を受けて変形した際に、引張応力下においてHPFRCC4に複数の微細ひび割れが発生することで、通常のセメント材料に比して高い靭性や強度を発揮する。しかしながら、鋼管杭2a(補強対象体2)とHPFRCC4との単純な付着では、両者の接合面に剥離が生じて局部的な大きなひび割れが生じるなど、ひび割れが十分に分散せず、擬似ひずみ硬化特性が十分に発揮されないことがある。
【0033】
本発明の構造体1では、鋼管杭2aの外周表面に鋼管杭2aの軸方向に延設するように固定した異形鉄筋5a(応力伝達部材5)によって、鋼管杭2aとHPFRCC4とが異形鉄筋5aの延設方向に連続的に一体化しているので、鋼管杭2aとHPFRCC4との剥離が生じ難くなっている。そのため、微細なひび割れがHPFRCC4のより広い範囲に分散される。これにより、HPFRCC4が有する擬似ひずみ硬化特性を効果的に発揮させることができ、一段と耐力を向上させた補強が可能になる。
【0034】
この構造体1を構築して補強対象体2を補強する手順は、以下のとおりである。
【0035】
まず、図3に例示するように、鋼管杭2aの外周表面に、異形鉄筋5aを点溶接する。これにより、異形鉄筋5aを補強対象部分のほぼ全長に渡って鋼管杭2aの軸方向に延設するように固定する。
【0036】
次いで、図5、6に例示するように、鋼管杭2aの外周表面外側にすき間Sをあけて型枠9を配置する。この実施形態では、合成樹脂繊維製のシールカバーを型枠9として使用している。このシールカバー仕様の型枠9を鋼管杭2aの外周に巻付けて、上端部および下端部を結束バンド等の固定部材9aによって締め付けて固定する。鋼管杭2aの外周に固定された型枠9の下端部には注入管10aが設けられ、上端部にはエア抜き管10bが設けられている。
【0037】
次いで、注入管10aからHPFRCC4を注入して、この型枠9と鋼管杭2aの外周表面との間のすき間SにHPFRCC4を打設する。打設したHPFRCC4により異形鉄筋5aを覆って固化させることにより補強層3を形成する。この補強層3の形成とともに、補強層3と鋼管杭2aとを一体化させて構造体1を構築する。尚、上側の固定部材9aによって締め付けていた鋼管杭2aの外周表面には別途、HPFRCC4を打設する。
【0038】
型枠9は、シールカバーに限定されることはなく、一般的な剛体の型枠9を用いることもできる。剛体の型枠9の場合、配置する型枠9の下端位置に相当する鋼管杭2aの外周表面の位置に、ブラケットを溶接する。このブラケット上に半割にした型枠9を載置して、鋼管杭2aの外周表面外側にすき間Sをあけて配置する。
【0039】
本発明の構造体1は、図8、9に例示する実施形態のようにプレキャスト部材3を用いて構築することもできる。この実施形態では、道路橋などの上部工7を支える鋼管橋脚2bが補強対象体2になっている。
【0040】
この構造体1は、フーチング8に立設された鋼管橋脚2bの外周表面を覆う補強層3と、鋼管橋脚2bとが一体化されて構築されている。補強層3は、鋼管橋脚2bの外周表面に鋼管橋脚2bの軸方向(長手方向)に延設するように固定された異形鉄筋5aと、異形鉄筋5aとともに鋼管橋脚2bの表面を覆うプレキャスト部材6と、プレキャスト部材6と鋼管橋脚2bとの間に充填された接着材料6aとで構成されている。接着材料6aとしては、モルタルやエポキシ樹脂、ポリマーセメントモルタル等を使用するが、HPFRCC4を使用することもできる。
【0041】
プレキャスト部材6は、円筒体を縦二分割した半割の分割体を組み付けて構成されており、HPFRCC4を予め固化させて形成されたものである。プレキャスト部材6の裏面には、石の張り付け、凹凸処理、ずれ止め鋼材の取り付けなどの一体化処理が施されている。
【0042】
この実施形態においても、鋼管橋脚2bの外周表面に鋼管橋脚2bの軸方向に延設するように固定した異形鉄筋5a(応力伝達部材5)によって、鋼管橋脚2bとプレキャスト部材6(HPFRCC4)とが、接着材料6aを介して異形鉄筋5aの延設方向に連続的に一体化しているので、鋼管橋脚2bとプレキャスト部材6との剥離が生じ難くなっている。そのため、微細なひび割れがプレキャスト部材6(HPFRCC4)のより広い範囲に分散される。これにより、HPFRCC4が有する擬似ひずみ硬化特性を効果的に発揮させることができ、一段と耐力を向上させた補強が可能になる。
【0043】
この構造体1を構築して補強対象体2を補強する手順は、以下のとおりである。
【0044】
まず、HPFRCC4により半割のプレキャスト部材6を予め製造しておく。鋼管橋脚2bの外周表面には、異形鉄筋5aを鋼管橋脚2bの軸方向に延設するように固定する。
【0045】
次いで、図10に例示するように、鋼管橋脚2bの外周表面外側に、半割のプレキャスト部材6を円筒状に組み付けて異形鉄筋5aを覆うように配置する。プレキャスト部材6を配置することにより、プレキャスト部材6の内周面と鋼管橋脚2bの外周表面との間にすき間Sが形成される。
【0046】
次いで、このすき間Sに接着材料6aを充填する。即ち、この実施形態では、プレキャスト部材6を型枠として機能させる。充填した接着材料6aを固化させることにより補強層3を形成する。この補強層3の形成とともに、補強層3と鋼管橋脚2bとを一体化させて構造体1を構築する。
【0047】
プレキャスト部材6を用いて、図3に例示したような鋼管杭2aを補強する場合は、配置するプレキャスト部材6の下端位置に相当する鋼管杭2aの外周表面の位置に、ブラケットを溶接する。このブラケット上に半割にしたプレキャスト部材6を載置して円筒状に組み付ける。これにより、プレキャスト部材6の内周面と鋼管杭2aの外周表面との間にすき間Sが形成される。このすき間Sに接着材料6aを充填して固化させることにより補強層3を形成する。
【0048】
図11、12に例示するように、鋼桁2cを補強対象体2にした構造体1の実施形態では、鋼桁2cの一方表面(下面)を覆う補強層3が、鋼桁2cに固定されて一体化して構造体1が構築されている。補強層3は、鋼桁2cの一方表面に鋼桁2cの軸方向(長手方向)に延設するように固定された異形鉄筋5aと、異形鉄筋5aとともに鋼桁2cの一方表面を覆うHPFRCC4とで構成されている。異形鉄筋5aは、鋼桁2cの補強対象部分のほぼ全長に渡って延設されている。
【0049】
補強層3を成形する際には、鋼桁2cの一方表面外側に型枠9を配置し、型枠9と鋼桁2cの一方表面との間にHPFRCC4を打設すればよい。既述したようなプレキャスト部材6を用いて鋼桁2cを補強することもできる。この場合は、既述したプレキャスト部材6を用いて補強する場合と同様の手順によって構造体1を構築することができる。
【0050】
本発明は、鋼管杭2a、鋼管橋脚2b、鋼桁2cだけではなく、鉄筋コンクリート杭、鉄筋コンクリート柱、鉄筋コンクリート桁を補強対象体2とすることができる。これら鉄筋コンクリート構造物を補強対象体2とする場合は、表面を目荒らしした後、その表面に間隔をあけてスタッドボルト等を打ち込む。応力伝達部材5は、打ち込んだスタッドボルト等に溶接固定して、鉄筋コンクリート構造物の軸方向(主筋方向)に延設する。その他の手順は鋼構造物を補強対象体2にした場合を同じである。
【0051】
また、本発明は既設の補強対象体2に適用するだけでなく、新設の鋼管杭2a等を補強対象体2にすることもできる。
【0052】
上記実施形態では、補強対象体2の耐力を向上させて補強する場合を例示したが、本発明は、補強対象体2の腐食を防止して補強する際にも適用することができる。この場合、補強対象体2の表面を覆う補強層3、或いは、プレキャスト部材6には、より広い範囲に複数の微細なひび割れが形成されるので、直ちに補強対象体2の腐食につながるような大きなひび割れの発生を防止することができる。
【実施例】
【0053】
同仕様の鋼管11(長さ1800mm、外径100.16mm、厚さ5mm)を用いて、4種類の鋼管試験サンプルE1(実施例1、2、比較例1、2)を作製した。比較例1は、鋼管11単体である。実施例1、2および比較例2は、鋼管11の外周面に、同仕様のUHP−SHCC4aを付着、固化させることにより、縦および横150mmの正方形断面にすることを共通条件として、異形鉄筋5aの有無、本数を異ならせたものである。
【0054】
実施例1は、図14に示すように4本の異形鉄筋5a(呼び名D6、長さ1800mm)を鋼管11の外周表面に、周方向等間隔で、鋼管11の軸方向(管長手方向)に平行に延設するように点溶接によって固定し、UHP−SHCC4aによって覆って補強層3を設けたものである。実施例2は、図15に示すように実施例1に対して異形鉄筋5aの本数を変更して、8本の異形鉄筋5aを鋼管11の外周表面に、周方向等間隔で、鋼管11の軸方向(管長手方向)に平行に延設するように点溶接によって固定したものであり、その他の仕様は実施例1と同じである。比較例2は、実施例1に対して異形鉄筋5aを省略したものである。
【0055】
実施例1、2および比較例2に使用したUHP−SHCC4aの配合は、水結合材比(W/B)が0.22、砂結合材比(S/B)が0.30、減水剤結合剤比(SP/B)が0.01、補強繊維混入率(Vf)が1.25%、膨張材の単位量が20.0kg/mである。SPは高性能減水剤を示し、Bは結合材(セメント+シリカヒューム+膨張材)を示している。補強繊維は、高強度ポリエチレン繊維(直径0.012mm、長さ6mm、密度0.97g/cm、弾性係数88GPa、引張破断強度2700MPa)を使用した。
【0056】
この4種類の鋼管試験サンプルE1を用いて、下記の鋼管曲げ試験を行ない、その結果を図16に示す。図16において、線分EX1は実施例1のデータ、線分EX2は実施例2のデータ、線分CP1は比較例1のデータ、線分CP2は比較例2のデータを示している。
【0057】
[鋼管曲げ試験]
図13に示すように、鋼管試験サンプルE1を長手方向中心の対称位置の2点(支持スパンS1が1200mm)で支持して、長手方向中心の対称位置の2点(負荷スパンS2が400mm)で荷重を負荷し、その際に、それぞれの荷重負荷点での上下変位を測定した。図16に記載されている上下変位は、それぞれの荷重負荷点における上下変位の平均値である。
【0058】
図16の結果から、同仕様のUHP−SHCC4aを鋼管の外周表面に付着、固化させて補強した場合であっても、異形鉄筋5aを設けない比較例2(CP2)に比して、異形鉄筋5aを設けた実施例1(EX1)および2(EX2)は、曲げ耐力が著しく向上することが確認できた。
【0059】
また、同仕様の鋼板12(長さ530mm、幅150mm、厚さ6mm、材質SS400)を用いて、3種類の鋼板試験サンプルE2(実施例3、比較例3、4)を作製した。比較例3は、鋼板12単体である。実施例3は、図18に示すように、2本の異形鉄筋5a(呼び名D10、長さ400mm)を鋼板12の一方表面に、鋼板12の軸方向(長手方向)に平行に延設するように点溶接によって固定し、この一方表面に、長さ400mm、幅150mm、厚さ20mmの大きさでUHP−SHCC4aを付着、固化させて、異形鉄筋5aをUHP−SHCC4aによって覆って補強層3を設けたものである。比較例4は、図19に示すように、合計18本のボルト13(呼び径M12)を鋼板12の一方表面に突設固定し、この一方表面に、長さ400mm、幅150mm、厚さ20mmの大きさでUHP−SHCC4aを付着、固化させて、ボルト13をUHP−SHCC4aによって覆って補強層3を設けたものである。
【0060】
実施例3および比較例4に使用したUHP−SHCC4aの配合は、水結合材比(W/B)が0.22、砂結合材比(S/B)が0.10、減水剤結合剤比(SP/B)が0.02、補強繊維混入率(Vf)が1.00%、膨張材の単位量が20.0kg/mである。補強繊維は、高強度ポリエチレン繊維(直径0.012mm、長さ6mm、密度0.97g/cm、弾性係数88GPa、引張破断強度2700MPa)を使用した。
【0061】
この3種類の鋼板試験サンプルE2を用いて、下記の鋼板曲げ試験を行ない、その結果を図20に示す。図20において、線分EX3は実施例3のデータ、線分CP3は比較例3のデータ、線分CP4は比較例4のデータを示している。尚、線分Caは、鋼板試験サンプルE2の断面形状を、実施例3における鋼板12と異形鉄筋5aとの合成断面とした場合の計算データを示している。
【0062】
[鋼板曲げ試験]
図17に示すように、鋼板試験サンプルE2を長手方向中心の対称位置の2点(支持スパンS3が450mm)で支持して、長手方向中心の対称位置の2点(負荷スパンS4が100mm)で荷重を負荷し、その際に、それぞれの荷重負荷点での上下変位を測定した。図20に記載されている上下変位は、それぞれの荷重負荷点における上下変位の平均値である。
【0063】
図20の結果から、同仕様のUHP−SHCC4aを鋼管の外周表面に付着、固化させて補強した場合であっても、ボルト13を鋼板12の表面に断続的に突設した比較例4(CP4)に比して、異形鉄筋5aを鋼板12の表面に、鋼板12の軸方向に延設した実施例3(EX3)は、曲げ耐力が著しく向上することが確認できた。
【0064】
比較例4(CP4)および実施例3(EX3)では、荷重1.5kN時にひび割れが発生しているが、この荷重以上を負荷した範囲では、比較例4(CP4)と実施例3(EX3)の勾配が大きく相違している。ただし、実施例3(EX3)の測定結果には、異形鉄筋5aを設けたことによる曲げ耐力の増大分が含まれているため、これを差し引いて考慮する必要がある。そこで、線分Caと線分EX3とを比較すると、線分EX3の勾配は線分Caよりも大きくなっている。したがって、実施例3(EX3)においては、鋼板12が受けた変形が、延設された異形鉄筋5aによって複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料の広い範囲に分散されて、微細なひび割れがより広い範囲で生じて、擬似ひずみ硬化特性が効果的に発揮されていると考えられる。
【符号の説明】
【0065】
1 構造体
2 補強対象体
2a 鋼管杭
2b 鋼管橋脚
2c 鋼桁
3 補強層
4 HPFRCC
4a UHP−SHCC
5 応力伝達部材
5a 異形鉄筋
5b 鋼線メッシュ
6 プレキャスト部材
6a 接着材料
7 上部工
8 フーチング
9 型枠
9a 固定部材
10a 注入管
10b エア抜き管
11 鋼管
12 鋼板
13 ボルト
E1 鋼管試験サンプル
E2 鋼板試験サンプル
W 点溶接部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
補強対象体の表面に、金属製の応力伝達部材を補強対象体の軸方向に延設するように固定した後、前記補強対象体の表面外側に型枠を配置し、この型枠と補強対象体の表面との間に複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を打設して応力伝達部材を覆って固化させることにより補強層を形成して、この補強層と前記補強対象体とを一体化させる複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法。
【請求項2】
複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料によりプレキャスト部材を予め製造しておき、補強対象体の表面に、金属製の応力伝達部材を補強対象体の軸方向に延設するように固定した後、前記補強対象体の表面外側に前記プレキャスト部材を応力伝達部材を覆うように配置し、このプレキャスト部材と前記補強対象体の表面との間に接着材料を充填して固化させることにより補強層を形成して、この補強層と、前記補強対象体とを一体化させる複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法。
【請求項3】
前記複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料として、圧縮強度90MPa以上でかつ、引張終局ひずみが0.5%以上であり、補強繊維が高強度ポリエチレン繊維である超高強度ひずみ硬化型セメント系材料を使用する請求項1または2に記載の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法。
【請求項4】
前記応力伝達部材として、異形鉄筋を使用する請求項1〜3のいずれかに記載の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法。
【請求項5】
前記応力伝達部材を、補強対象体の表面に点溶接して固定する請求項1〜4のいずれかに記載の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いたライニング方法。
【請求項6】
補強対象体の表面に補強対象体の軸方向に延設するように固定された金属製の応力伝達部材と、この応力伝達部材とともに補強対象体の表面を覆う複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料とで構成された補強層を、前記補強対象体に固定して一体化させた複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いた構造体。
【請求項7】
補強対象体の表面に補強対象体の軸方向に延設するように固定された金属製の応力伝達部材と、この応力伝達部材とともに補強対象体の表面を覆う複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料により形成されたプレキャスト部材と、このプレキャスト部材と前記補強対象体との間に充填された接着材料とで構成された補強層を、前記補強対象体に固定して一体化させた複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いた構造体。
【請求項8】
前記複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料が、圧縮強度90MPa以上でかつ、引張終局ひずみが0.5%以上であり、補強繊維を高強度ポリエチレン繊維にした超高強度ひずみ硬化型セメント系材料である請求項6または7に記載の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いた構造体。
【請求項9】
前記応力伝達部材が、異形鉄筋である請求項6〜8のいずれかに記載の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いた構造体。
【請求項10】
前記応力伝達部材が、補強対象体の表面に点溶接により固定された請求項6〜9のいずれかに記載の複数微細ひび割れ型繊維補強セメント複合材料を用いた構造体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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