説明

視細胞またはその機能を再生させるための材料

【課題】 網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離などの視細胞障害を惹起する難治性疾患に対して有効な治療剤を探索すること、および視細胞若しくはその機能を再生させるために有用な材料を提供すること。
【解決手段】 脂肪由来間質細胞を視細胞障害部位またはその周辺組織に注入すると、視細胞またはその機能が再生し、優れた網膜変性抑制効果を示す。したがって、脂肪由来間質細胞は、網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素上皮剥離などの視細胞障害を惹起する疾患の治療剤として有用であり、また、視細胞またはその機能を再生させるための優れた材料となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪由来間質細胞を有効成分として含有する視細胞障害を惹起する疾患の治療剤である。また、本発明は、脂肪由来間質細胞を有効成分として含有する視細胞またはその機能を再生させるための材料に関する。
【背景技術】
【0002】
視細胞は、網膜への光刺激を電気信号に変換する細胞であり、光覚、視覚に関わる重要な機能を司るので、視細胞に障害が生ずれば、視力や視野などに対して深刻な影響を及ぼす。視細胞障害を惹起する疾患としては、例えば網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素上皮剥離などが挙げられる。これらの疾患は、難治性で既存の薬物を投与しても容易には治癒されず、一旦変性・脱落した視細胞の機能を取り戻すことはできないので、視細胞の変性を抑制・遅延させること、さらには視細胞の機能を再生させることが望まれている。新しい治療方法として、自家及び他家の細胞や組織を移植し、機能不全に陥った細胞、組織や臓器を置換、再生させる再生医療が試みられている。
【0003】
ところで、非特許文献1は、脂肪由来間質細胞の分化に関する論文であり、脂肪組織から付着細胞を分離して、その性質を検討している。そして、脂肪組織から脂肪由来間質細胞を得ることの利点として、例えば脂肪細胞の採取は容易であり、また患者の苦痛も比較的少ないことを指摘している。他方、特許文献1は、骨髄から単離した骨髄間質細胞が中枢神経系疾患の治療に有効であり、網膜色素変性症、黄斑変性症などの網膜血管の病変に由来する疾患の治療にも有効であることを示唆している。
【0004】
しかし、脂肪由来間質細胞に関して、視細胞障害に対する薬理作用を検討する報告はない。
【特許文献1】特表2002−504503号公報
【非特許文献1】Mol Biol Cell 13;4279-4295,2002
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離などの視細胞障害を惹起する難治性疾患に関して、視細胞またはその機能を再生させるために有用な材料を提供できれば、視細胞障害を惹起する難治性網膜疾患の根本的な治療に貢献できる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、視細胞またはその機能を再生させるための材料について鋭意研究を行ったところ、自然発症網膜変性モデルラット(RCSラット)を用いた薬理試験において、ラット脂肪由来間質細胞を網膜下に注入すると、視細胞またはその機能が再生し、ラット骨髄間質細胞を注入した場合よりも視細胞変性抑制効果が顕著に優れていることを見出し、本発明に至った。
【0007】
すなわち、本発明は、
(1)脂肪由来間質細胞を有効成分として含有する視細胞障害を惹起する疾患の治療剤、
(2)視細胞障害を惹起する疾患が網膜変性疾患である前(1)記載の治療剤、
(3)網膜変性疾患が、網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症または網膜色素上皮剥離である前(2)記載の治療剤、および
(4)脂肪由来間質細胞を有効成分として含有する視細胞またはその機能を再生させるための材料、
に関する。
【0008】
本発明において、「視細胞障害」とは、種々の要因により視細胞が損傷を受けた状態にあるものをいい、「視細胞障害を惹起する疾患」としては、例えば網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素上皮剥離などの網膜変性疾患が挙げられる。
【0009】
本発明で使用される脂肪由来間質細胞は、特に限定されず、視細胞に障害をもつ患者自身の組織から採取してもよく、また、患者以外の組織から採取したものを用いてもよい。例えば、以下の方法によって脂肪由来間質細胞を培養・増殖することができる。
【0010】
まず、ヒトの皮下脂肪から採取した脂肪組織塊をハサミで細かくし、得られた細片をコラゲナーゼ溶液で振とう処理した後、フィルターで濾別し、遠心分離で細胞群を回収する。つぎに、回収した細胞群から付着性細胞だけを回収し、インキュベーターで培養して増殖させることにより、脂肪由来間質細胞が得られる。
【0011】
本発明において、脂肪由来間質細胞には、視細胞特異的ホメオボックス遺伝子や神経保護作用あるいは変性抑制作用を示す因子をコードする遺伝子を導入したものも含まれる。
【0012】
視細胞特異的ホメオボックス遺伝子としては、視細胞の発生過程において、視細胞の領域特異的な発現様式を有し、かつ領域特異的な形態形成を制御する遺伝子や分化形質の発現に関与する遺伝子などがあり、具体的には、Crx、Otx2、Nrl、Chx10等が挙げられる。
【0013】
また、神経保護作用あるいは変性抑制効果を示す因子をコードする遺伝子としては、具体的には、脳由来神経栄養因子(BDNF)、網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)、肝実質細胞増殖因子(HGF)等の因子をコードする遺伝子が挙げられる。
【0014】
脂肪由来間質細胞への視細胞特異的ホメオボックス遺伝子や神経保護作用あるいは変性抑制作用を示す因子をコードする遺伝子の導入方法は、特に制限されず、例えば、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、遺伝子銃を用いる方法などの物理化学的な導入法をはじめ、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、センダイウイルスベクター、センダイウイルスエンベロープベクターなどを用いる方法が挙げられる。
【0015】
本発明の視細胞障害を惹起する疾患の治療剤、または視細胞若しくはその機能を再生させるための材料は、これに例えば脳由来神経栄養因子(BDNF)、網膜色素上皮由来の神経栄養因子(PEDF)、肝実質細胞増殖因子(HGF)などの因子を併用して投与(移植・埋植)すると、治療効果が増強する。さらに、これらの因子と架橋ゼラチンヒドロゲル(ゼラチンを架橋化して得られるヒドロゲル)を組み合わせて投与すると、因子が徐放化される結果、長期に渡って治療効果が持続する。
【0016】
本発明の視細胞障害を惹起する疾患の治療剤、または視細胞若しくはその機能を再生させるための材料は、必要に応じて製剤上許容される安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤、懸濁化剤、緩衝剤、等張化剤、防腐剤、無痛化剤、抗酸化剤などの添加剤を含有してもよく、これらの添加剤は公知のものを使用できる。
【0017】
本発明の視細胞障害を惹起する疾患の治療剤の投与量(注入量)は、疾患部位や疾患の程度、患者の年齢や体重などを考慮して適宜調整でき、脂肪由来間質細胞数1×103〜1×1012個の範囲(1回当り)が好ましい。投与形態は、特に制限されないが、例えば注射剤として視細胞障害部位またはその周辺組織(網膜下、網膜内、硝子体内など)に注入することができる。
【0018】
また、本発明の視細胞またはその機能を再生させるための材料としては、例えば脂肪由来間質細胞をシート状足場に播種したものが挙げられ、これらの材料は視細胞障害部位またはその周辺組織(網膜下、網膜内、硝子体内など)に移植・埋植してもよく、また、注射などにより注入することもできる。
【発明の効果】
【0019】
後述するラットの脂肪由来間質細胞および骨髄間質細胞を用いた網膜変性抑制試験の結果から明らかなように、骨髄間質細胞を注入しても視細胞機能はほとんど改善されないのに対し、脂肪由来間質細胞を注入すると、視細胞またはその機能が再生し、優れた網膜変性抑制効果を発揮する。
【0020】
したがって、本発明の脂肪由来間質細胞は、網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症、網膜色素上皮剥離などの視細胞障害を惹起する疾患の治療剤として有用であり、また、視細胞またはその機能を再生させるための優れた材料となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、薬理試験の結果および製剤例を示すが、これらの例は本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0022】
1.薬理試験
(1)ラット脂肪由来間質細胞の単離・培養
緑色蛍光タンパクトランスジェニックラット(3週齢)をジエチルエーテルの過麻酔により安楽死させ、皮下脂肪を採取した。採取した皮下脂肪をリン酸緩衝生理食塩水(5ml)中でハサミを用いて細断し、5mlのコラゲナーゼ溶液(2mg/ml)を加え、37℃で15〜20分間振とうした。振とう後、10mlの10%ウシ胎仔血清含有Medium199(10ml、Invitrogen社製)を加え、懸濁液とした。この懸濁液を滅菌した200μmフィルターでろ過して細胞塊を除去した。ろ液を遠心分離(2000rpm、 5分間)し、上清を除去した後、残渣を10%ウシ胎仔血清含有Medium199(10ml)に懸濁させ、この懸濁液を再度遠心分離(1000rpm、10分間)した。上清を除去した後、残渣を5mlの10%ウシ胎仔血清含有Medium199に懸濁させ、培養用フラスコに播種し、37℃、5%CO2条件下で培養した。播種後、12〜24時間で、非付着性細胞を除去するために培地交換(ウシ胎仔血清(10%)および塩基性線維芽細胞増殖因子(100ng/ml)含有Medium199)をし、付着性細胞を37℃、5%CO2条件下でコンフルエントになるまで培養して、実験用脂肪由来間質細胞を得た。
【0023】
(2)ラット骨髄間質細胞の単離・培養
緑色蛍光タンパクトランスジェニックラット(3週齢)をジエチルエーテルの過麻酔により安楽死させ、大腿骨および脛骨を採取した。1mlのシリンジおよび24Gの注射針を用いてリン酸緩衝生理食塩水(1ml)で大腿骨および脛骨の骨髄中から細胞を押出した。押出された細胞を15%ウシ胎仔血清 含有α−MEM(4ml、Invitrogen社製)に懸濁させ、培養用フラスコに播種し、37℃、5%CO2条件下で培養した。播種後、4日目に非付着性細胞を除去するために培地交換(15%ウシ胎仔血清および塩基性線維芽細胞増殖因子(100 ng/ml)含有α−MEM)をし、37℃、5%CO2条件下でコンフルエントになるまで培養して、実験用骨髄間質細胞を得た。
【0024】
(3)網膜変性抑制試験
Jiang LQらの方法(Invest. Ophthalmol. Vis. Sci 35(13):4300-4309 (1994))に準じて、網膜変性抑制試験を実施した。網膜変性抑制試験では、自然発症網膜変性モデルラットとして、RCSラット(Royal College of Surgeons Rat)を用い、網膜電図におけるb波振幅(注入前および注入4週間後)を測定して、網膜変性抑制作用を評価した。
【0025】
i)脂肪由来間質細胞の網膜下注入による網膜変性抑制試験
(実験方法)
脂肪由来間質細胞を4×10個/μlになるようにリン酸緩衝生理食塩水に分散させた。つぎに、この脂肪由来間質細胞を分散させた懸濁液5μl(脂肪由来間質細胞;2×105 個)/眼)を3週齢のRCSラットの両眼の網膜下に注入した。コントロールとしてリン酸緩衝生理食塩水を用いた。
【0026】
網膜下注入後4週目に網膜電図をとり、b波の振幅を測定した。網膜下注入後4週目のb波の残存率を、注入前におけるb波振幅を基準(100%)にして算出した。試験結果を図1に示す(網膜変性抑制効果は、b波振幅残存率が高いほど大きい。)。なお、例数は各8眼であり、残存率はその平均値である。
【0027】
ii)骨髄間質細胞の網膜下注入による網膜変性抑制試験
(実験方法)
骨髄間質細胞を4×10個/μlになるようにリン酸緩衝生理食塩水に分散させた。つぎに、この骨髄間質細胞を分散させた懸濁液5μl(骨髄間質細胞;2×105 個)/眼)を3週齢のRCSラットの両眼の網膜下に注入した。コントロールとしてリン酸緩衝生理食塩水を用いた。
【0028】
網膜下注入後4週目に網膜電図をとり、b波の振幅を測定した。網膜下注入後4週目のb波の残存率を、注入前におけるb波振幅を基準(100%)にして算出した。試験結果を図1に示す。なお、例数は各8眼であり、残存率はその平均値である。
【0029】
(結果)
図1から明らかなように、脂肪由来間質細胞を網膜下に注入すると、視細胞またはその機能が再生し、優れた網膜変性抑制効果を発揮した。これに対し、骨髄間質細胞を網膜下に注入しても、ほとんど網膜変性抑制効果を示さなかった。
【0030】
2.製剤例
本発明の代表的な製剤例を以下に示す。
【0031】
注射剤1(1ml)
脂肪由来間質細胞 4×10
濃グリセリン 26mg
滅菌精製水 適量
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】図1は、脂肪由来間質細胞および骨髄間質細胞を網膜下に注入した後4週目のb波振幅残存率(平均値)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪由来間質細胞を有効成分として含有する視細胞障害を惹起する疾患の治療剤。
【請求項2】
視細胞障害を惹起する疾患が網膜変性疾患である請求項1記載の治療剤。
【請求項3】
網膜変性疾患が、網膜色素変性、錐体ジストロフィー、加齢黄斑変性、加齢黄斑症、黄斑浮腫、網膜剥離、癌関連網膜症、網膜静脈閉塞症または網膜色素上皮剥離である請求項2記載の治療剤。
【請求項4】
脂肪由来間質細胞を有効成分として含有する視細胞またはその機能を再生させるための材料。

【図1】
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【公開番号】特開2006−151961(P2006−151961A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−310608(P2005−310608)
【出願日】平成17年10月26日(2005.10.26)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】