説明

視覚的ハリの鑑別法

【課題】肌を見た時に感じる「視覚的ハリ」を、肌を触ったときの「触覚的ハリ」から分離し、皮膚物性(皮膚生理値)によって精度良く鑑別する技術を提供する。
【解決手段】「視覚的ハリ」の鑑別法であって、クラスター分析や回帰分析などの多変量解析を用いることによって、肌を見た時に感じる「視覚的ハリ」を、肌を触ったときの「触覚的ハリ」から分離して鑑別する。また、経表皮水分蒸散量、角層水分量及び皮膚柔軟性などの皮膚物性(皮膚生理値)によって、精度良く「視覚的ハリ」を鑑別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚のハリを鑑別する技術に関して、さらに詳しくは、視覚的ハリを鑑別する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
美しい皮膚でありたいと願うのは、女性のみならず万人が思うところであり、この為、化粧料などを使用して皮膚の状態を好ましく保とうと多くの人が思っている現状がある。この皮膚の状態は個人によって大きく異なっているが、かような皮膚の状態を的確に測定・評価する方法が種々に検討されてきた。このような方法には、官能的評価法と機器的測定法の2種類がある。官能的評価法は、人間の感覚を計器として測定する方法であり、押す、つまむ、ずらす、引っ張る、すべらす、こする等の動作の評価項目、評価尺度、評価条件等が存する。一方、機器的測定法は、官能的評価法の代用として研究開発され、官能的評価との対応性が重要な課題であった。このため、そのため種々の計測法の開発やそれらの官能的評価法との関係性が総合的に検討されてきた(非特許文献1)。
【0003】
かような機器開発としては、例えば、皮膚表面の官能的な「ハリ」「すべり」を評価する時の動作をシミュレートした、肌の「ハリ・弾力性」・「すべり」測定器が開発され、肌や化粧料の評価に利用された(非特許文献2,3参照)。その後、頭皮の張力測定装置(特許文献1参照)、摩擦係数を用いた皮膚状態評価法(特許文献2参照)、及び皮膚画像特性とニューラルネットを利用した皮膚のはり評価装置(特許文献3参照)、シワとの関連性が高い皮膚のコラーゲン線維構造に注目した弾性体の物性測定装置(特許文献4参照)、角層中の酸化タンパク質を指標にした角層の弾力性評価法(特許文献5参照)等が開示され、評価対象部位の拡大や精度アップした鑑別ができるようになった。しかし、上記の方法は、物性的乃至は触覚的ハリ・弾力性、又は視覚から見たハリ・弾力性のいずれか一方の測定方法であり、両者の明確な違いや「視覚的ハリ」の特徴は全く知られていなかった。
【0004】
このような状況下、本発明者らは、理想の肌の要素として、女性が最も重要視している「肌のハリ」の構造特性を測定できる手段を検討してきたが、肌に触ったときに感じる肌のハリ(以下「触覚的ハリ」と定義)と、肌を見た時に感じる肌のハリ(以下「視覚的ハリ」と定義)とが全く異なることは知られていなかった。また、かような「視覚的ハリ」が皮膚物性(皮膚生理値)によって精度良く鑑別できることも全く知られていなかった。
【0005】
【特許文献1】特開平06−078886号公報
【特許文献2】特開2003−024282号公報
【特許文献3】特開2003−024306号公報
【特許文献4】再表01/052724号公報
【特許文献5】特開2006−349372号公報
【非特許文献1】FRAGRANCE JOURNAL 臨時増刊(5), 376, 1984
【非特許文献2】J. Soc. Cosmet. Chem. Japan. 15(1), 32, 1981
【非特許文献3】J. Soc. Cosmet. Chem. Japan. 18(2), 121, 1984
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような状況下為されたものであり、肌の「視覚的ハリ」の鑑別技術に関し、さらに詳細には、肌を見た時に感じる「視覚的ハリ」を、肌を触ったときの「触覚的ハリ」から分離し、皮膚物性(皮膚生理値)によって精度良く鑑別する技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、このような状況を鑑みて、肌の「視覚的ハリ」の鑑別技術を求めて鋭意研究努力を重ねた結果、「視覚的ハリ」の鑑別法であって、多変量解析を用いることによって肌を見た時に感じる「視覚的ハリ」を、肌を触ったときの「触覚的ハリ」から分離し、皮膚物性(皮膚生理値)によって精度良く鑑別できることを見出し、発明を完成させるに至った。即ち、本発明は、以下に示す技術である。
【0008】
(1)視覚的ハリの鑑別法であって、多変量解析を用いることを特徴とする視覚的ハリの鑑別法。
(2)前記多変量解析がクラスター分析であることを特徴とする、(1)に記載の視覚的ハリの鑑別法。
(3)前記多変量解析が回帰分析であることを特徴とする、(1)に記載の視覚的ハリの鑑別法
(4)前記回帰分析が、経表皮水分蒸散量、角層水分量及び皮膚柔軟性と、視覚的ハリの評価値との重回帰分析によって得られた回帰式であることを特徴とする、(3)に記載の視覚的ハリの鑑別法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって、「視覚的ハリ」と「触覚的ハリ」とを区別し、「視覚的ハリ」を精度良く推定できる。この結果、「視覚的ハリ」と「触覚的ハリ」とが鑑別され、肌状態を的確に把握したり、肌状態からの被験者の選別等ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、肌の官能評価において、これまで一般的に言われてきた、肌のハリ及び/又は弾力性について、見た目である視覚的要素と肌に触ったときの触覚的要素との2つの要素が存し、両要素が全く相違することを鑑別する方法、及び見た目である視覚的要素である「視覚的ハリ」を皮膚物性(皮膚生理値)によって精度良く鑑別する方法についての技術である。
【0011】
前記視覚的要素や触覚的要素を鑑別するには、官能評価法を利用して官能評価(スコアリング)を行い、然る後に、多変量解析を行うことが望ましい。かような官能評価のためには、官能評価表を作成し、基準化された官能評価条件を確立すればよい。表1及び表2に、各々視覚及び触覚の官能評価法の1例を示す。これらは、肌に対する視覚及び触覚の用語を多数集めた後、因子分析によって絞られた評価項目及びその評価を行う際の観察部位やポイントを示したものである。かように、予め因子分析等により、官能評価項目を絞ることは限定されないが、精度の向上や時間短縮が図れるので、好ましい方法である。かようにして得られた評価項目について、SD法的に3〜7段階の定量的基準を設定して評価を行えば、肌の状態を精度良く評価できる。このとき、評価の環境条件にも十分注意を払うことが望ましい。かような注意すべき点とは、例えば、測定室の温湿度、照明の種類や位置、被験者の状態、評価の際の被験者と観察者との位置関係、評価者の十分な訓練、被験者の背景状況等が例示できる。
【0012】
【表1】

【0013】
【表2】

【0014】
次に、前記視覚及び触覚の官能評価法を用いて、種々の肌性、肌質、年齢及び性別の被験者について官能評価を行って、そのデータについて多変量解析を行う。このとき、被験者の数は、少なくとも20名以上、より好ましくは40名以上であることが望ましい。前記多変量解析として、主成分分析、因子分析、判別分析、数量化理論(一類〜四類)、クラスター分析、コンジョイント分析及び多次元尺度構成法等が好ましい。かような多変量解析の中で、クラスター分析及び多次元尺度構成法がより好ましい。前記クラスター解析とは、教師なしデータ分類手法であり、与えられたデータを外的基準なしに自動的に分類する。データの分類により、階層的に為される階層型手法と、特定のクラスター数に分類する非階層的手法とが存し、それぞれの代表的な手法としてWard's method及びK平均法等がある。かようにして視覚的要素と触覚的要素とに鑑別された例を、後述の実施例にて詳細に説明するが、図1のように示される。即ち、図1に示すように「視覚的ハリ」と「触覚的ハリ」とは別のクラスターに分類される。尚、クラスター分析を含めた多変量解析は、フリーソフト又はSPSS社、SAS Institute社、社会情報サービス社等から市販されているソフトウェアを利用して行うことができる。
【0015】
「視覚的ハリ」を精度良く鑑別するには、皮膚物性(皮膚生理値)との相関関係を利用して推定することができる。これは、前述した図1において、「視覚的ハリ」(図1ではハリ感(視覚)と表記)は、「視覚的うるおい感」(図1ではうるおい感(視覚)と表記)と非常に近い関係にあることから、「視覚的うるおい感」と相関性が高いと考えられる皮膚物性(皮膚生理値)である角層水分量、経表皮水分蒸散量、又は皮膚柔軟性等を利用できると考えられる為である。従って、多変量解析としては、「視覚的ハリ」を目的変数、皮膚物性等を説明変数として利用できる回帰分析的手法が好ましく、例えば、回帰分析(MLR,PLS,PCR,ロジスティック回帰)、プロビット分析、正準相関分析、パス解析、共分散構造分析、判別分析、主成分分析、因子分析、数量化理論(一類〜三類)、多次元尺度法、教師ありクラスタリング、ニューラルネットワーク、及びアンサンブル学習法等が例示できる。これらの内、特に好ましいのは、重回帰分析(MLR)、判別分析、数量化理論一類である。これらは、「視覚的ハリ感」を目的変数に、肌の皮膚物性を説明変数として回帰式を求め、該回帰式をもって予測式とし、簡便に「視覚的ハリ感」を精度良く予測することができる為である。
【0016】
以下に、本発明を実施例など参照にして詳細に説明するが、これらにより本発明の範囲が限定されることはない。
【実施例1】
【0017】
<「視覚的ハリ」と「触覚的ハリ」との鑑別>
健常な22〜39歳の女性被験者42名を対象に、洗顔20後において、下記の評価項目・条件下、訓練された3名の評価者によって5段階の評価を行った。得られた11項目に関する42名のデータを、クラスター分析(Ward's method)ソフトウェアを用いて解析を行った。結果を図1及び図2に示す。
【0018】
<評価項目・条件>
1)視覚評価:うるおい感、つや感、ハリ感、肌色、なめらかさ、しわしわ感、色むら、明るさ(観察部位・ポイントは、表1参照)
2)触覚評価:弾力性、しっとり感、ハリ(観察部位・ポイントは、表2参照)
3)環境条件:温度20±1℃、湿度50±5%、照明LS社製VITA-LITE(登録商標)
4)解析手法:SPSS社製階層的クラスター分析(Ward's method)
【0019】
図1より、4つのクラスターが抽出され、ハリ感(視覚)とハリ(触感)が別のクラスターに分類され、ハリ感(視覚)とうるおい感(視覚)と非常に近いことが示された。これより、「視覚的ハリ」と「触覚的ハリ」とが分離して鑑別されることが分かる。また、図2のデンドログラムより女性被験者間の類似度による相互の関係性が分かるので、例えば、化粧料の使用テストや肌状態の基準写真の作成等において、被験者の選別等に利用できる。
【実施例2】
【0020】
<「視覚的ハリ」の推定>
実施例1において、さらに下記の皮膚物性(皮膚生理値)を測定し、全データについて相関分析、及び「視覚的ハリ感」を目的変数に、肌の皮膚物性を説明変数として重回帰分析を行った。
【0021】
<評価項目・条件>
1)官能評価及び環境条件:実施例1と同じ
2)測定項目(皮膚物性)
・角層水分量:IBS社製SKICON200−EX、アサヒバイオメッド社製AS−M1
・経表皮水分蒸散量(TEWL):C+K社製TewameterTM210、アサヒバイオメッド社製AS−TW2
・皮膚柔軟性:アクシム社製ビーナストロン、
・皮膚光沢:コニカミノルタ社製MULTIG LOSS268
・皮脂量:C+K社製Sebumeter
・角層状態:ポーラ化成工業社製のAPEXスキンチェックによる、TA(重層剥離:Thick Abration),角層細胞の配列規則性、PK(有核細胞の有無)
・皮膚表面状態:アサヒバイオメッド社製シリコンレプリカASB−01−ww
3)解析手法:相関分析・重回帰分析は、SPSS社製の多変量解析ソフトウェア
【0022】
「視覚的ハリ感」と角層水分量、経表皮水分蒸散量又は皮膚柔軟性との間に、有意な相関関係を認めた(P<0.05)。また、「視覚的ハリ感」は、経表皮水分蒸散量、角層水分量及び皮膚柔軟性の項目を含む下記の重回帰式(式1)によって、精度良く推定できることが分かった。
「視覚的ハリ感」=−4.6E−02*(経表皮水分蒸散量)+7.6E−04*(角層水分量)−2.3E−03*(皮膚柔軟性)+3.3・・・・(式1)
(Speamanの相関係数:R=0.673)
【実施例3】
【0023】
<「視覚的ハリ」の改善>
健常な22〜39歳の女性被験者33名を対象に、高保湿機能を備えた化粧料を3ヶ月間連続使用させた。使用テスト前後における官能評価及び皮膚物性を計測して、その関連性を評価した。その結果、使用テスト前後に、うるおい感(視覚)、ハリ感(視覚)及び角層水分量の有意な増加を認めた(P<0.01)。これより、実施例1及び2と同様に、「視覚的ハリ」とうるおい感(視覚)及び角層水分量とが強く関係していることが分かる。
【0024】
<評価項目・条件>
1)官能評価及び環境条件:実施例1と同じ
2)測定項目(皮膚物性)
・角層水分量:IBS社製SKICON200−EX
・経表皮水分蒸散量(TEWL):C+K社製TewameterTM210
【0025】
<処方> 質量%
スクワラン 8
ワセリン 2
トリオクタノイン 3
キャンデリラワックス 1
Tween60 1.5
Span60 1.5
セラミド2 0.5
純水 残量
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によって、迅速且つ正確に肌状態の把握や肌分類を行うことができる。その結果を用いて、販売の現場などで、肌のカウンセリングや化粧料の選択アドバイスなどを的確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】クラスター分析の結果を示す図である。
【図2】クラスター分析により得られたデンドログラムを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
視覚的ハリの鑑別法であって、多変量解析を用いることを特徴とする視覚的ハリの鑑別法。
【請求項2】
前記多変量解析がクラスター分析であることを特徴とする、請求項1に記載の視覚的ハリの鑑別法。
【請求項3】
前記多変量解析が回帰分析であることを特徴とする、請求項1に記載の視覚的ハリの鑑別法
【請求項4】
前記回帰分析が、経表皮水分蒸散量、角層水分量及び皮膚柔軟性と、視覚的ハリの評価値との重回帰分析によって得られた回帰式であることを特徴とする、請求項3に記載の視覚的ハリの鑑別法。

【図1】
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【図2】
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