説明

親水性炭素微細孔体およびその製造方法

【課題】 低湿度領域において優れた水の吸着性能を有する親水性炭素微細孔体を提供する。
【解決手段】 活性炭を、濃硫酸、硝酸ナトリウム及び過マンガン酸カリを用いて、又は、濃硫酸及び過マンガン酸カリを用いて、又は、発煙硝酸及過塩素酸カリを用いて、又は、濃硫酸、濃硝酸及び塩素酸カリ或いは過塩素酸カリを用いて、酸化することにより、活性炭の炭素の基底面に酸素が導入された親水性炭素微細孔体を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、親水性炭素微細孔体の製造方法に関し、特に、低湿度領域における水吸着性に優れた親水性炭素微細孔体の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
伝統的な水吸着剤としてシリカゲル、ゼオライト、アルミナ、吸水性ポリマーなどが広く知られており、多方面において応用されている(非特許文献1参照)。ゼオライトは、結晶ポア内に陽イオンサイトを持っており、ミクロポア場及び表面電荷の静電引力が働くために水分子に対する親和性が大変良く、特に、極低湿度側における除湿効果が優れている。また、シリカゲル、アルミナなども典型的な除湿剤として良く知られており、水素結合などによる水親和性が優れ、低湿度側における除湿効果がゼオライトのそれに匹敵できないものの、中湿度側及び高湿度側においてより大きい除湿効果を発揮できる。
【0003】
これら無機酸化物系水吸着剤に対して、活性炭は、軽量かつ環境に優しいなどの優れた面を持っている。しかし、活性炭は表面が疎水的と一般的に見なされ、特に、低湿度側における水の吸着量が小さいために除湿剤として応用されることが殆どない。また、構造内に炭素を含まれているという点で活性炭と類似している炭素系水吸着剤として吸水性ポリマーがあるが、この吸着剤が原理上脱水しにくいために使い捨てなどの限られた用途しか応用されていない。
【0004】
一方、活性炭は、吸着剤だけでなく、電気二重層コンデンサーの電極や燃料電池触媒(Pt等)担体などとしての応用も有望視されている。これらの応用において多くの場合、水系電解質が使用されており、発電効率/触媒反応効率を高めるためには担体としての炭素の表面親水性を向上させることが重要課題である。例えば、特許文献1、2等では、水に対する親和性に寄与する炭素の表面極性を創出させ、電解質溶液との接触面積を増やすことや触媒の保水能力を高めることを試みるものである。
したがって、高表面積で低湿度側における可逆的な水吸着性を持つ親水性活性炭が開発されれば、水吸着剤としてだけでなく、触媒担体や電極などとしての応用が大いに期待できる。
【0005】
ところで、従来活性炭の表面親水性の向上のために、酸化剤を用いて活性炭を処理することが行われている。
例えば、非特許文献2には、15Nの濃硝酸を使用して、活性炭の酸化処理を行うことが記載されている。
また、前記特許文献1には、活性炭を熱濃硫酸に浸漬して表面に親水性を付与したこと、及びカーボン表面を親水化するためには、極性官能基(例えば、アルコール基、ケトン基、カルボン酸基、スルホン酸基、ニトロ基等)を導入したもので良く、熱濃硫酸への浸漬処理以外に、HNO処理、HClO処理、NaClO処理等で実施することができると記載されている。
【0006】
しかし、これらの処理方法により得られた活性炭は、低湿度領域における水の吸着性能が不十分であり、結果的にシリカと同等な吸水性能を持つ活性炭ができていないのが現状である。
【0007】
一方、上記特許文献2では、こうした酸化処理によらずに、大きさのそろった細孔を有し、かつ、細孔容積が大きく、保水性が高い、平均細孔径が3nm以下である球状カーボン多孔体を得ているが、該球状カーボン多孔体は、シリカからなる球状メソ多孔体をテンプレートとして合成されるものであって、製造工程が多く煩雑であるばかりでなく、低湿度領域における水の吸着性能も充分とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−121297号公報
【特許文献2】特開2007−220414号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】竹内雍 監修、「多孔質体の性質とその応用技術」株式会社フジテクノシステム、第4版(2001年)
【非特許文献2】F. Rodriguez-Reinoso et al. Journal ofPhysical Chemistry, Vol 96, No 6, Page 2707-2713, 1992
【非特許文献3】W. Hummers and R. E. Offeman, J. Am.Chem. Soc., 80, 1339 (1958)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、低湿度領域において優れた水の吸着性能を有する親水性炭素微細孔体を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述のとおり従来の活性炭の酸化処理方法では充分な親水性の向上が得られないが、これは、表面処理部分にしか極性官能基が導入されないためであり、低湿度側において、従来の酸化処理された活性炭より、水の吸着性が大きく向上したものを開発するためには、炭素の表面処理部分だけでなく炭素の基底面(ベンゼン環)にも酸素を導入する手段を開発する必要があると考えられる。
【0012】
ところで、層状の炭素物質であるグラファイトの酸化方法として、発煙硝酸と塩素酸カリ(KClO)で酸化するBrodie法、濃硫酸、濃硝酸および塩素酸カリ(KClO)或いは過塩素酸カリ(KClO)で酸化するStaudenmaier法、濃硫酸、硝酸ナトリウム(NaNO)および過マンガン酸カリ(KMnO)で酸化するHummers, Offeman法(上記非特許文献3)が知られている。
しかしながら、層状炭素物質であるグラファイトの酸化処理方法は、インタカレーション、酸化、加水分解などの手順でグラファイトの構成単位である層(グラフェン)と層の間に極性基を導入するものであるが、酸化力が強すぎるために、層状構造に欠陥のあるグラファイトには通常適用されない。したがって、層状構造を有しない活性炭の酸化処理方法には不向きであると考えられる。
【0013】
しかしながら、本発明者が鋭意検討した結果、予想外にも、グラファイトに好適であるとされる酸化処理方法を活性炭に応用することにより、活性炭の炭素の基底面に酸素が導入されること、及び該処理により得られた活性炭(以下、「親水性微細孔体」と称す。)が、低湿度側における優れた水吸着性を有するという知見を得た。
【0014】
本発明は該知見に基づき完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]活性炭の炭素の基底面に酸素が導入されていることを特徴とする親水性炭素微細孔体。
[2]炭素原子対酸素原子のモル比(C/O)が3以下であることを特徴とする[1]に記載の親水性炭素微細孔体。
[3]活性炭を、濃硫酸、硝酸ナトリウム及び過マンガン酸カリを用いて、又は、濃硫酸及び過マンガン酸カリを用いて、又は、発煙硝酸及び塩素酸カリを用いて、又は、濃硫酸、濃硝酸及び塩素酸カリ或いは過塩素酸カリを用いて酸化することを特徴とする[1]又は[2]に記載の親水性炭素微細孔体の製造方法。
[4]上記[1]又は[2]の親水性炭素微細孔体を有効成分とする吸湿剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、炭素の損失を二割以下に抑えながら炭素の基底面に含酸素官能基を導入でき、炭素原子対酸素原子のモル比(C/O)が4より小さい親水性炭素微細孔体を得ることができる。また、本発明の方法により得られた親水性炭素微細孔体は、優れた細孔性を維持しつつ、水に対する吸着性が一段と増大され、その水吸着性は、従来のシリカゲルのそれと同等かそれを上回るものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】(a)は、サンプル1(MSC30−HO1)、サンプル2(MSC30−HO2)、原料の活性炭(MSC30)、微細孔性活性炭素繊維(P10)、及び微細孔性シリカゲル(Q3)の77Kにおける窒素吸着等温線を示す図であり、(b)は、その縦軸拡大図である。
【図2】サンプル1(MSC30−H01)、サンプル2(MSC30−H02)、原料の活性炭(MSC30)、及び微細孔性活性炭素繊維(P10)の298Kにおける水吸着等温線を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明で原料に用いる活性炭は、マツや椰子殻などの植物質或いは石炭などの炭素物質を原料として炭化した後、水蒸気や二酸化炭素、空気などのガスを用いて高温(900〜1000℃)で賦活処理して得られるもので、直径1〜20nmの微細孔を持つ炭素である。この微細孔は、炭素内部に網目状に構成されており、その微細孔の壁が大きい表面積(500〜2500m/g)となる。
本発明に用いる活性炭は、市販品であっても、或いは、炭化した炭素原料を公知の方法で賦活処理して得られたものであってもよい。
【0018】
活性炭は、その90%以上が炭素で、炭素の一部が酸素、水素との化合物となっているが、表面が非極性の性質を有するため、低湿度側において、水のような分子量の小さい極性分子は吸着しにくい。こうした性質を有する活性炭を、低湿度側でも優れた水吸着性を有するものとするためには、炭素の表面部分だけでなく、炭素の基底面(ベンゼン環)にも酸素を導入することが必要であるが、本発明では、前述のグラファイトにおける酸化処理方法及び条件を適用するものである。
【0019】
すなわち、本発明においては、結晶性の悪い活性炭には、通常不向きであるとされていた黒鉛の酸化処理方法を用いて酸化処理する。具体的には、濃硫酸、硝酸ナトリウム(NaNO)及び過マンガン酸カリ(KMnO)を用いて処理するHummers, Offeman法、又は、該Hummers, Offeman法を一部変更して、濃硫酸及び過マンガン酸カリ(KMnO)を用いて酸化する方法、又は、発煙硝酸と塩素酸カリで酸化するBrodie法、又は、濃硫酸、濃硝酸及び塩素酸カリ或いは過塩素酸カリで酸化するStaudenmaier法を用いるものであって、その結果、活性炭の炭素の基底面に酸素が導入されて、親水性炭素微細孔体が得られる。
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
〈実施例1:親水性炭素微細孔体の製造及び評価〉
(サンプル1の製造)
最初に、活性炭(関西熱化学株式会社製 MSC30)10gと、硝酸ナトリウム5gと濃硫酸230mlを、氷浴で混合した後、過マンガン酸カリウム30gを少しずつ加えた。ついで、氷浴を外し、460mlの蒸留水を少しずつ加えて、98℃近辺で約15分放置した。その後、710mlの温かい蒸留水(40〜60℃)を入れ、次いで余分の過マンガン酸カリウムを水溶性のマンガンイオンに変えるため、気泡が出なくなるまで更に過酸化水素を入れた。これを、メリット酸を含む副生成物を除去するために更に1.4Lの温かい蒸留水(40〜60℃)でろ過洗浄し、40℃で一晩真空乾燥してサンプル1(以下、「HSC30−HO1」と表記することもある。)を得た。
(サンプル2の製造)
前記サンプル1の製造方法において、硝酸ナトリウムを入れない点以外はすべて同じ方法で製造し、サンプル2(以下、「HSC30−HO2」と表記することもある。)を得た。
【0021】
(サンプルの評価)
得られたサンプル1,2は、真空デシケータ中に二週間以上保管した後、熱重量分析で120℃までの重量損失から脱水量を求め、炭化水素計で元素分析を行った。
これらのサンプルの脱水量、C、O、Hの含有量、及び含有水を差引いて求めた組成式を原料の活性炭MSC−30のそれらとともに下記の表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
この表から当処理法で得られたサンプルの酸素含有量が原料活性炭(MSC30)のそれより大分大きくなり、C:Oのモル数が3より小さいことがわかる。
これらサンプルの酸素含有量は、無限大グラフェン層と近似して考えた場合の、ベンゼン環が完全に水和されたケース(理想組成式C8(OH)4、C対Oモル比2)よりも小さいか、完全に水和されたケースとこれを更に完全脱水されたケース(理想組成式C82、C対Oモル比4)の間にあるため、グラファイト酸化物のそれらと同レベルである。
従って、活性炭を構成する結晶性の低い炭素六角網面積層体の芳香族環層面が開環して酸化されていることを示唆している。
【0024】
(実施例2:窒素吸着等温線)
得られたサンプルに対し、77Kにおいて窒素吸着等温線を測定した。
測定の前処理として120℃で7時間真空引きをした。
図1に、サンプル1(MSC30−HO1)、サンプル2(MSC30−HO2)の77Kにおける窒素吸着等温線を、原料の活性炭MSC30、微細孔性活性炭素繊維P10、微細孔性シリカゲルQ3のそれらと比較して示した。図中、(b)は、(a)の縦軸拡大図である。
原料の活性炭MSC30(−■−、−□−)と比べてMSC30−HO1(−●−、−○−)とMSC30−HO2(−▲−、−△-)の窒素吸着量が大変小さくなったが、P10(−▼−、−▽−)、Q3(−◆−、−◇−)と同程度であり、微細孔性を維持していることが分かる。
【0025】
以下の表2に、Brunauer-Emmett-Teller(BET)法から求めた比表面積の値、相対圧0.95における窒素吸着量から求めたポア容量、及び下記の計算式で得られた平均ポアサイズを示している。
平均ポアサイズ=2×ポア容量/比表面積
【0026】
【表2】

【0027】
表2から明らかなように、MSC30−H02の比表面積及びポア容量の値が、原料MSC30の半分以下であるが、まだ活性炭素繊維P10よりも大きい。一方、MSC30−H01の比表面積も微細孔シリカゲルQ3よりやや大きい。
また、酸化処理により、原料MSC30に含有するミクロポアの内、主に大きいポアが少なくなり、平均ポア径が酸化程度の増加に伴い、より小さくなったことが分かった。
【0028】
(実施例3:水吸着特性)
図2に、サンプル1(MSC30−H01)とサンプル2(MSC30−H02)の298Kにおける水吸着等温線を、原料の活性炭MSC30、微細孔性活性炭素繊維P10、微細孔性シリカゲルQ3のそれらと比較して示している。
活性炭は一般的に疎水性的であり、活性炭素繊維P10や原料MSC30のように比表面積が大変高くても、低湿側(R.H.<40%)において水吸着量がゼロに近いか5wt%以下であった。これに対し、MSC30−H01とMSC30−H02は小さい湿度
側でも非常に高い水吸着性を示しており、表面が親水性的に変化していることが分かる。
表3に各湿度における吸湿量を各サンプルで比較している。
なお、表中の細孔性シリカゲルA(*1)、及びメソ孔性シリカゲルB(*1)の値については、上記非特許文献1の第75頁の記載、高吸水性樹脂(*2)の値については、同文献第200頁の記載、ゼオライトNaA(*3)の値については、吉田 弘之 監修、「多孔質吸着材ハンドブック」株式会社フジテクノシステム、第1版(2005)、第200頁の記載、をそれぞれ転記したものである。
【0029】
【表3】

【0030】
この表から分かるように、MSC30−HO1とNSC30−HO2の吸湿度は、低湿度側(R.H.<50%)において細孔性シリカゲルASと同等かそれよりも大きく、メソ孔性シリカゲルBより大分大きいこと、また、高湿度側(R.H.>50%)において細孔性シリカゲルAやゼオライトらより大分大きく、メソ孔性シリカゲルBと比べてその吸湿度に及ばないものの、それに近い吸湿度を保有していることがわかる。
【0031】
以上のことから、本発明の方法で得られる親水性炭素微細孔体は、吸湿剤としても大変有望であることがわかる。
また、前記非特許文献2に記載された、15Nの濃硝酸を使用して活性炭の酸化処理を行う方法でも、低湿度側における水吸着性の改善が得られるが、炭素の骨格部に酸素が導入される本発明の方法とは原理的/構造的に異なり、得られる親水性炭素微細孔体の吸湿性も、本発明の方法によるもののほうが優れている。
さらに、本発明の方法で得られる親水性炭素微細孔体は、炭素の骨格部に酸素が導入されるため、ポア内壁の上に活性成分を担持するなどによってポア内壁を改質することが可能になる。したがって、真新しい特殊吸着剤や触媒を合成する基材にもなりうる点でも本発明の方法で得られる親水性炭素微細孔体は画期的である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
活性炭の炭素の基底面に酸素が導入されていることを特徴とする親水性炭素微細孔体。
【請求項2】
炭素原子対酸素原子のモル比(C/O)が3以下であることを特徴とする請求項1に記載の親水性炭素微細孔体。
【請求項3】
活性炭を、濃硫酸、硝酸ナトリウム及び過マンガン酸カリを用いて、又は、濃硫酸及び過マンガン酸カリを用いて、又は、発煙硝酸及過塩素酸カリを用いて、又は、濃硫酸、濃硝酸及び塩素酸カリ或いは過塩素酸カリを用いて、酸化することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の親水性炭素微細孔体の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載の親水性炭素微細孔体を有効成分とする吸湿剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−241648(P2010−241648A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−93364(P2009−93364)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】