説明

親水性熱可塑性共重合体

【課題】
芳香族ビニル−ジエンポリマーからなる熱可塑性共重合体のジエン主鎖にカルボキシル基を付加してその特性を改質する。
【解決手段】
芳香族ビニル−ジエン共重合体から親水性の熱可塑性共重合体を得る際、一酸化炭素の共存下でオキソ反応とヘキスト−ワッカ−反応を同時に適用してジエン主鎖の二重結合部分のみにカルボキシル基を付加する。
【効果】
前記芳香族ビニル−ジエンポリマーのジエン主鎖の二重結合部分のみにカルボキシル基が導入され熱可塑性共重合体に親水性が付与される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は芳香族ビニル−ジエン共重合体、たとえばポリスチレン−ポリブタジエン−ポリスチレントリブロック共重合体にカルボキシル基等の官能基を付加して親水性熱可塑性共重合体を得る技術に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリスチレン−ポリブタジエン−ポリスチレントリブロック共重合体(以下SBSともいう)等に代表される芳香族ビニル−ジエン共重合体は熱可塑性共重合体として比較的安価に市販されている。SBSは室温でガラス状態のポリスチレン(以下PSともいう)とゴム状態のポリブタジエン(以下PBともいう)を一分子中にブロック状に持ち、ミクロ相分離しているため室温では架硫ゴムの性質を示す。一方、高温ではPSが溶融し流動可能となるため、熱可塑性樹脂に用いられる通常の成形加工法が適用できる。
【0003】
前記SBSのPBの主鎖には多量の二重結合が存在し、ここにたとえば付加反応によりカルボキシル基を導入することができれば、熱可塑性共重合体に高度の親水性を付与することが可能であると共に吸水してもPS部分が膨潤を拘束するため、水に溶解することの無い新規な親水性熱可塑性共重合体が得られるものと考えられる。
【0004】
カルボキシル基を含有するSBSとしては、無水マレイン酸を共重合したものや末端二重結合をカルボキシル化した例があるが、主鎖の二重結合にカルボキシル基を付加した例は知られていない。一方、ポリブタジエンの主鎖の二重結合にカルボキシル基を付加した例が報告されている(P. Narayanan, B. Kaye and D.J. Cole-Hamilton: "Polycarboxylic
Acids via Catalytic Hydrocarboxylation of Polybutadienes", J. Mater.
Chem., Vol. 3, No.1, p. 19 (1993))。しかしその後の報告では、この方法を高分子量のポリブタジエンに適用すると精製中にゲル化して単離できないとされていた。ポリブタジエンにカルボキシル基を付加するこの方法をそのまま市販のSBSに適用すると可逆的に溶媒に可溶な生成物を得ることはできなかった。
【0005】
【非特許文献1】P.Narayamanan, B. Kaye and D.J. Cole-Hamilton: "Polycarboxylic Acids viaCatalytic Hydrocarboxylation of Polybutadienes", J. Mater. Chem., Vol. 3,No.1, p. 19 (1993)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
熱可塑性共重合体中、たとえばポリスチレン−ポリプタジエン−ポリスチレントリブロック共重合体(SBS)は、室温では架硫ゴムの性質を示す一方、高温ではPSが溶融し流動可能となるため、熱可塑性樹脂に用いられる通常の成形加工法が適用できる特長を有している。このようなSBSのPBの二重結合部分のみにカルボキシル基を導入すれば、高い強度を有したまま吸水性等を有し、なおかつ吸水しても水に溶解することのない新規な親水性熱可塑性共重合体となり、その結果、溶媒に可溶で、なおかつ通常の熱可塑性樹脂に用いられる成形加工法が適用可能な材料を得ることができるものと考えられるが、そのような改質のための実用レベルの技術は未だ知られていない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば芳香族ビニル−ジエン共重合体のジエンポリマーの主鎖の二重結合部分のみにカルボキシル基が付加されていることを特徴とする親水性熱可塑性共重合体が提供され、かかる共重合体は芳香族ビニル−ジエン共重合体に対して遷移金属系触媒を用いて一酸化炭素の存在下でのオキソ反応およびヘキスト−ワッカ−反応を同時に適用して、ジエンポリマーの主鎖の二重結合部分にカルボキシル基を付加することによって得られる。
【発明の効果】
【0008】
本発明においてはオキソ反応およびヘキスト−ワッカ−反応を利用することにより、ジエンポリマーの主鎖の二重結合の部分のみにカルボキシル基を導入することができ、これは1H-NMRおよびFT-IRスペクトルによって確認される。また得られた生成物の特性としての吸水性、イオン導電性、強度特性などは解析の結果いずれも優れたものである。
【0009】
一般にオキソ反応はオレフィンに水素と一酸化炭素を反応させ二重結合部分をアルデヒド化(ホルミル化)する反応であり、ヘキスト−ワッカ−反応はオレフィンを酸素により遷移金属系触媒を用いてカルボニル化合物へ酸化する反応である。本発明においては芳香族ビニル−ジエン共重合体としてのたとえばSBSを改質する反応プロセスにおいて、遷移金属系触媒を用いてポリブタジエンの主鎖の二重結合部分を一酸化炭素の存在下でオキソ法によりアルデヒド基を付加し、更にヘキスト−ワッカ−法によりカルボキシル基とすることにより前記主鎖の二重結合部分にカルボキシル基が付加される。すなわち全体としては下記の反応が生起しているものと考えられる。
【0010】
R-CH=CH-R' + PdCl2 + CO + 2H2O = R-CH-H(COOH)-R' + Pd + 2HCl + 1/2O2
【0011】
この場合反応に関与した塩化パラジウム(II)は金属パラジウムとなるが、これは次式のように酸化銅(II)等により酸化されて塩化パラジウムとなる。
Pd + 2CuCl = PdCl +Cu2Cl
CuCl2 + 2HCl + 1/2O2 = 2CuCl2 + H2O
【0012】
これらの反応はほとんど同時に進行するが、この場合、反応系内に存在する水の量を極力減少させて反応を行うことがエステルやケトンを生成する副反応を抑制する上で好ましいことが判明した。
【0013】
水は前記反応の際に必要な原料であるが、通常は前記反応にHClを水溶液として用いる際に導入される水の量のみで十分である。系内の水が消費されてカルボキシル化反応が進行しなくなると考えられるような場合には水を追加してもよいが、この場合にもその量は前記系内に最初に存在する水の量を越えないことが好ましい。
【0014】
反応はほぼ常温,常圧でも進行する。具体的には、たとえば一酸化炭素をバブリングしたテトラヒドロフラン(THF)中に各種触媒等とSBSを加えた後、マグネティックスタラーで攪拌して反応を行う。所定時間反応後、塩酸水溶液を加えて反応生成物を析出させる。これらの反応条件は反応生成物についてのフ−リエ変換赤外線分光(FT−IR)スペクトルおよび核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定によるポリマーの化学構造を解析して最適化される。得られたポリマーは吸水性・イオン伝導性・強度特性・熱特性など基本的な特性解析に優れている。
【0015】
芳香族ビニル−ジエン共重合体として典型的に知られているものは前記SBSであり、この他たとえばジエンブロック部分がイソプレンであるポリスチレンーポリイソプレンーポリスチレントリブロック共重合体その他の芳香族ビニル−ジエン共重合体があげられる。
【0016】
反応に用いる遷移金属系触媒としてはPd、Co,Ni,Fe,Mn等の塩化物を用いることができ、塩化パラジウムを用いることが特に好ましい。
【実施例】
【0017】
テトラヒドロフラン(以下THF)40ml中に、一酸化炭素15ml/minをバブリングし、塩化パラジウム(II)0.13g、塩化銅(II)0.26gおよび35%塩酸1mlを適宜溶解し、SBS 0.5gを加えた後、O2 15ml/minをバブリングしながら30°Cにてマグネティックスタラーで攪拌して反応を行った。 所定時間反応後、溶液と等量の6mol/L塩酸水溶液を加え生成物を析出させた後、沈殿物をテトラヒドロフランに溶解した。この操作を2度行った後、THFを揮発させて反応生成物を得た。
【0018】
オキソ反応およびヘキスト−ワッカ−反応を同時に利用することにより、ブタジエン部分のみにカルボキシル基が導入されたことを1H-NMRおよびFT-IRスペクトルによって確認した。図1、図2に示すように原料SBSと反応生成物の核磁気共鳴(NMR)スペクトルにおいては、低磁場側のスチレンに由来するピークはいずれの場合についても変化が無いのに対して、生成物のスペクトルを示す図2の高磁場側のブタジエンに由来するピークは大きく減少し、反応がポリブタジエンのみに起こっていることが明らかになった。
【0019】
さらに図3に示すようにフーリエ変換赤外線分光(FT-IR)スペクトルでは、1700〜1800cm-1にカルボニル基に基づくピークと3000cm-1付近には水酸基に基くブロードなピークが観測された。また、反応生成物のTHF溶液を6mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液で処理した後、固形分のFT-IRスペクトルを測定すると、図6に示すように1705cm-1と1795cm-1のピークが消失することから、それぞれカルボン酸とカルボン酸無水物の存在が立証され、PBの主鎖の二重結合部分へカルボキシル基が付加されたことが確認された。
【0020】
図7に示すDSC曲線には水の融解および蒸発による吸熱ピークが観測される。これらのことから得られた熱可塑性共重合体が親水性を有することが確認された。溶媒を揮発させるとカルボキシル化したSBSのフィルムが得られた。このフィルムは再び溶媒に溶解し、またこのフィルムを水中に浸漬すると、吸水して白濁する。
【0021】
一方、反応温度、反応時間等の反応条件を種々に変更して検討した結果、反応系における水分を減少させることによって副反応を抑制できることが見出された。水を積極的に供給しなかった前記実施例(水分量0ml:図3)に対して反応系に水を夫々1mlおよび0.5ml仕込んで同様な反応を行わせた場合のFI-IRチャート図4、図5に示す。水分を減少させるほど1705cm−3のピークに対して1735cm−3のピークが減少しており副生物が抑止されることが示されている。
【0022】
比較例
テトラヒドロフラン(THF)40ml中に、一酸化炭素15ml/minをバブリングし、塩化パラジウム(PdCl(II))0.13g、35%塩酸1mlおよび水1mlを適宜溶解し、SBS 0.5gを加えた後、酸素の非存在下で30°Cにてマグネティックスタラーで攪拌して反応を行った。所定時間反応後、溶液と等量の6mol/L塩酸水溶液を加え生成物を析出させた後、沈殿物をテトラヒドロフランに溶解した。この操作を2度行った後、THFを揮発させて反応生成物を得た。
【0023】
SBSと反応生成物の核磁気共鳴(NMR)スペクトル(図示せず)を比較すると、低磁場側のスチレンに由来するピークは変化が無いのに対して、高磁場側のブタジエンに由来するピークは大きく減少し、反応がブタジエンのみに起こっていることは実施例と同様であった。しかし、FT-IRスペクトルでは、1700〜1800cm-1のカルボニル基に基くピークは、エステル化等の副反応によるピークのみが増大し、ブタジエン部分にカルボキシル基は付加されていないことが示され、親水性熱可塑性共重合体を得ることができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明によれば芳香族ビニル−ジエン共重合体のジエンポリマー主鎖の共重合体の部分にのみカルボキシル基が導入されているので本来のこの種熱可塑性共重合体の特性に加えて親水性機能が付与されたとえば、イオン交換膜、電池用電解質膜、塗料、インク、接着剤、および各所成形材料等新たな応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】は本発明の実施例および比較例において用いられたSBS原料のNMRスペクトル図である。
【図2】は本発明の実施例における反応生成物としての改質SBSのNMRスペクトル図である。
【図3】は本発明の実施例において反応系への添加水量を0mlとして得られた改質SBSのFT−IRスペクトル図である。
【図4】は本発明の実施例において反応系への添加水量を1mlとして得られた改質SBSのFT−IRスペクトル図である。
【図5】は本発明の実施例において反応系への添加水量を0.5mlとして得られた改質SBSのFT−IRスペクトル図である。
【図6】は水酸化ナトリウムで処理した前記改質SBSのFT−IRスペクトル図である。
【図7】は前記実施例における改質SBSの吸水性を示すDSC曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ビニル−ジエン共重合体のジエンポリマー主鎖の二重結合部分のみにカルボキシル基が付加されていることを特徴とする親水性熱可塑性共重合体。
【請求項2】
前記芳香族ビニル−ジエン共重合体がポリスチレン−ポリブタジエン−ポリスチレントリブロック共重合体である請求項1記載の親水性熱可塑性共重合体。
【請求項3】
芳香族ビニル−ジエン共重合体から親水性熱可塑性共重合体を得る際、一酸化炭素の共存下で遷移金属系触媒を用いてオキソ反応とヘキスト−ワッカ−反応を同時に適用してジエンポリマー主鎖の二重結合部分のみにカルボキシル基を付加することを特徴とする熱可塑性共重合体の改質方法。
【請求項4】
芳香族ビニル−ジエン共重合体から親水性熱可塑性共重合体を得る際、ジエンポリマー主鎖の二重結合部分にカルボキシル基を付加するために、遷移金属系触媒を用いて一酸化炭素の存在下にオキソ反応およびヘキスト−ワッカ−反応を同時に適用し、前記反応を反応系内に存在する水の量を極力減少させて行うことを特徴とする請求項3記載の熱可塑性共重合体の改質方法。
【請求項5】
前記芳香族ビニル−ジエン共重合体がポリスチレン−ポリブタジエン−ポリスチレントリブロック共重合体である請求項3または4記載の方法。
【請求項6】
前記遷移金属系触媒が塩化パラジウム(II)触媒である請求項3または4記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−163229(P2008−163229A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−355457(P2006−355457)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年6月30日 地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター発行の「平成18年度 東京都立産業技術研究センター 研究発表会要旨集」に発表
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】