説明

試料解析装置

【課題】 細胞内における分子の相互作用を目的の場所において精密に測定することが可能な試料解析装置を提供する。
【解決手段】 光源(1)と、この光源からの光を試料(8)に集光する集光手段(5)と、前記試料からの発生光を検出する少なくとも1つの検出手段(15、19)と、前記検出手段(15)からの検出信号に基づいて、2次元または3次元で前記試料の画像を生成する画像生成手段(16)と、前記検出手段(19)からの検出信号に基づいて、前記画像の任意の位置ごとの時系列信号を生成する信号生成手段(25)と、前記時系列信号を前記画像のそれぞれの位置に対応付ける対応付け手段とを備えた試料解析装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子間相互作用に関する情報を一分子レベルで計測して解析することができる手法に関する。
【背景技術】
【0002】
蛋白質機能解析の研究は、従来は蛋白質をコードする遺伝子配列の解析が主な研究対象であったが、近年のヒトゲノム解析の急速な進展により、細胞内に存在する遺伝子から合成される蛋白質がどのように動き、機能しているかの解析に重点が移行しつつある。
【0003】
生体内ではさまざまな遺伝子発現やシグナル伝達作用によって、特異的な機能を有する様々な分子(酵素、受容体をはじめとする機能蛋白質、細胞構造を保持する蛋白質、脂質、糖鎖蛋白質、イオン等の生物学的活性分子等)が常に変化していることにより、その生命機構を維持している。このような生体機能を観測・解析するには、これらの細胞内における分子を動態観測すると同時に、おのおのの分子動態を1分子レベルで観測する必要がある。
【0004】
細胞動態を観測するための手法の1つとして、顕微鏡により細胞の時間的な変化を観測する手法がある。細胞内にはオルガネラや細胞骨格、細胞質などさまざまな分子、構造体が3次元的に存在している。そこで、ある特定の器官や分子を蛍光色素にて染色し蛍光顕微鏡によって観察することが多く行われている。さらにより詳細な蛍光観測として、XY走査型共焦点蛍光顕微鏡による細胞断層の蛍光観測も行われている。特に細胞の時間変化の観測(タイムラプス観測)を行うときは、細胞を生きたまま観測して、その蛍光画像を所定時間ごとに取得し細胞内での目的の器官の局在変化を観測する。
【0005】
しかし、この手法では、画像より得られる情報は定性的なものであるため、たとえば細胞内のある分子の動態についての定量的な情報が少ないという課題がある。
【0006】
一方、分子の相互作用を1分子レベルで観測する1分子蛍光分光分析装置が知られている。この1分子蛍光分光分析装置には、蛍光標識分子の相互作用を微細に解析する手法である、蛍光相関分光法(FCS:Fluorescence Correlation Spectroscopy)が用いられている。FCSは、蛍光で標識した標的分子の媒質中におけるゆらぎ運動を測定し、自己相関関数(Auto−correlation function)を求めることにより、個々の標的分子の媒質中でのブラウン運動を正確に測定する技術である。この方法により、分子の数、大きさ等の物理量を算出することができる(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
このFCSを用いて細胞内の分子の動きを解析する場合、細胞のどの部分を観測するのかを判断するための情報が極めて少ないことが問題となる。細胞内には核や小胞体、ミトコンドリアなどのオルガネラ、細胞内での物質輸送や細胞形態維持のための細胞骨格など、さまざまな器官が存在している。したがって目的の蛍光標識分子を解析する場合はその分子が何処に存在しているのかを把握しておかないと、得られたデータが、分子の大きさと周りの溶媒の粘度のどちらの影響をより強く受けているのか判断することが難しくなる。
【0008】
これを解決するためには、装置に光学顕微鏡機能をもたせる必要がある。そして、細胞の全体像が把握でき、なおかつ現在解析を行なっている場所が細胞のどの部分かを視覚的に把握できることが必要となる。
【0009】
光学顕微鏡としては、位相差観察、微分干渉観察、明視野観察などの透過照明を用いた観察法や、白色光源と光学フィルターを用いた蛍光観察、レーザ光と共焦点光学系を用いた共焦点蛍光観察などがある(例えば、特許文献1参照)。
【0010】
そこで、特許文献1に記載の共焦点顕微鏡を、非特許文献1のFCS装置に適用することが考えられる。
【0011】
具体的には、特許文献1に記載の走査型共焦点レーザー顕微鏡モジュールを用い、まず対物レンズに入射する励起光をXY走査することによって得られる蛍光シグナルを画像データに変換して細胞像を得る。そして、その蛍光画像の位置情報をもとに目的の画像での点を選択し、走査型顕微鏡モジュールを用いて、選択した点を励起しその点から発生する蛍光シグナルを高感度の検出器を用いてある時間検出し、FCS解析を行い蛍光分子の動きを観測する。
【非特許文献1】金城、「蛍光相関分光法による1分子検出」、蛋白質 核酸 酵素、1999、 Vol.44、No.9、p.1431−1437
【特許文献1】特開2000ー98245号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、2つの技術を単に組合せただけでは、課題の解決を図ることは困難である。励起光を走査する時間は、素子を駆動する機能、蛍光による退色、生きた細胞の蛍光観測などを考えると、通常1点あたり0.5秒である。それよりも長くなると、蛍光退色が生じたり、細胞にダメージを与える。またそれよりも短いと蛍光シグナルが充分検出できなくなり蛍光画像の信頼性が低下する。一方、任意の点をFCS観測する場合、その計測に必要な時間は数秒から数十秒である。特に細胞計測の場合、細胞内や細胞膜内は溶媒の粘性が高いため計測時間は長いほうが望ましい。
【0013】
これらの事実から、細胞の蛍光画像の取得と、その細胞の任意の点における蛍光分子の振る舞いをFCS解析することを同時に行なうことには困難が伴なうことが推認できる。事実、生きた細胞について観測する場合、細胞内においては分子のみならず、細胞内に存在するオルガネラや細胞骨格などの器官についても絶えず揺らぎもしくは動きが存在する。そのため、過去に取得した蛍光画像に基づいて分子のデータを解析しても分子のXY位置に時間的な差が生じてしまい、目的の分子を解析することが難しくなる。
【0014】
この解決を図るため、XY走査することによって得られる蛍光シグナルを画像解析用とFCS解析用の2つに分けてそれぞれ解析を行なうことも考えられる。しかし、上述のように生きた細胞画像を取得するための励起光走査時間は、0.5秒程度の短い時間でなくてはならず、一方、粘性の高い細胞内でのFCS解析のためには少なくとも10秒以上の計測時間が必要である。従って、蛍光像取得とFCS解析データ実行を同時に行うことは難しい。
【0015】
このように、細胞機能の解析においては細胞内の分子の相互作用を検出する際には、計測を行なう場所を時間的空間的に高精度で検出する方法が求められている。
【0016】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、細胞内における分子の相互作用を目的の場所において精密に測定することが可能な試料解析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するための、本発明に係る請求項1に記載の試料解析装置は、光源と、この光源からの光を試料に集光する集光手段と、前記試料からの発生光を検出する少なくとも1つの検出手段と、前記検出手段からの検出信号に基づいて、2次元または3次元で前記試料の画像を生成する画像生成手段と、前記検出手段からの検出信号に基づいて、前記画像の任意の位置ごとの時系列信号を生成する信号生成手段と、前記時系列信号を前記画像のそれぞれの位置に対応付ける対応付け手段とを備えた。
【0018】
また、本発明に係る請求項2に記載の試料解析装置は、上記記載の発明である試料解析装置において、前記画像を表示する表示手段と、前記表示された画像の少なくとも1つの任意の点を指定する指定手段と、前記画像の指定された少なくとも1つの任意の点に対応する前記時系列信号に基づいて前記試料を解析する解析手段を備えた。
【0019】
また、本発明に係る請求項3に記載の試料解析装置は、上記記載の発明である試料解析装置において、前記試料から発生する光には蛍光が含まれ、前記検出手段は蛍光を検出し、前記解析手段は、蛍光相関解析、蛍光偏光解析、蛍光共鳴エネルギー移動解析、蛍光寿命解析、蛍光強度解析、蛍光強度分布解析、燐光解析、生物発光解析、化学発光解析、散乱光解析のうち少なくとも1つを実行する。
【0020】
また、本発明に係る請求項4に記載の試料解析装置は、上記記載の発明である試料解析装置において、前記蛍光の直交する偏光成分を分光する分光手段を有し、前記信号生成手段は、前記偏光成分を検出する前記検出手段からの検出信号に基づいて、前記画像の任意の位置ごとの時系列信号を生成する。
【0021】
また、本発明に係る請求項5に記載の試料解析装置は、上記記載の発明である試料解析装置において、試料からの自発光を検出する少なくとも1つの検出手段と、前記検出手段からの検出信号に基づいて、2次元または3次元で前記試料の画像を生成する画像生成手段と、前記検出手段からの検出信号に基づいて、前記画像の任意の位置ごとの時系列信号を生成する信号生成手段と、前記時系列信号を前記画像のそれぞれの位置に対応付ける対応付け手段とを備えた。
【0022】
また、本発明に係る請求項6に記載の試料解析装置は、上記記載の発明である試料解析装置において、前記試料は、細胞又は組織である。
【0023】
また、本発明に係る請求項7に記載の試料解析装置は、試料をXY走査しながら励起する光学系と、蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を検出する検出手段と、前記検出手段からの任意の領域ごとの蛍光信号を保存する保存手段と、任意の領域ごとに蛍光相関分光法により、並進拡散時間、共焦点領域に存在する蛍光分子の数、回転拡散時間を解析する解析手段とを備えた。
【0024】
また、本発明に係る請求項8に記載の試料解析装置は、試料をXY走査しながら励起する光学系と、蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を検出する検出手段と、前記検出手段からの任意の領域ごとの蛍光信号を保存する保存手段と、任意の領域ごとに蛍光強度分布解析により、領域に存在する蛍光分子の数、一分子あたりの蛍光強度を解析する解析手段とを備えた。
【0025】
また、本発明に係る請求項9に記載の試料解析装置は、試料をXY走査しながら励起する光学系と、蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を、偏光素子を用いて各偏光成分ごとに検出する検出手段と、前記検出手段からの任意の領域ごとの蛍光信号を保存する保存手段と、任意の領域ごとに蛍光強度分布解析により、蛍光分子の回転拡散時間、領域に存在する蛍光分子の数、一分子あたりの蛍光強度を解析する解析手段とを備えた。
【0026】
また、本発明に係る請求項10に記載の試料解析装置は、蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせる複数の蛍光物質で蛍光標識された試料をXY走査しながら励起する光学系と、蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を、分光素子を用いて各波長成分ごとに検出する検出手段と、各波長成分ごとの検出信号から、蛍光強度分布解析により、蛍光分子の回転拡散時間、共焦点領域に存在する蛍光分子の数、一分子あたりの蛍光強度を解析する解析手段とを備えた。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、細胞内における分子の相互作用を目的の場所において精密に測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
[第1の実施の形態]
本発明に係る試料解析装置は、走査型共焦点顕微鏡機能を用いて試料の画像を取得する機能を備え、同時に種々の解析を行なうことができる。解析としては、蛍光相関分光法(FCS)、蛍光相互相関分光法(FxCs)、蛍光強度分布解析(FIDA解析)、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)、蛍光偏光、化学発光、光散乱、蛍光寿命が可能である。特に、FCSとFIDAの同時解析、化学発光を検出することによるFCSとFIDAの同時解析、FIDAと偏光の同時解析、FIDAとFRETの同時解析が行える点に特徴がある。
【0029】
図1は、本発明に係る試料解析装置の構成を示す図である。本装置は、上述のように種々の解析が可能であり、図1は、装置のフルスペックの構成を示している。従って、それぞれの機能をユニット化して適宜ニーズに応じた構成に容易に変更することができる。
【0030】
[画像取得及びFCS解析]
先ず本試料解析装置の、画像取得及び蛍光相関分光(FCS)解析についての動作を説明する。
【0031】
試料の画像を取得するための光源1としてレーザを用いる。レーザの波長は紫外から可視、赤外までどの波長でも良い。ただし、試料に組織を用いる場合は、レーザの波長は赤外の方が望ましい。実施例ではレーザを用いているが、水銀ランプやキセノン、ハロゲンなどでも良い。
【0032】
光源1から発せられたレーザービームはコリメータレンズ2で拡大されて平行光となる。そして、ガルバノスキャナー3とダイクロイックミラー4とを介し対物レンズ5を通して集光し、試料8内の蛍光色素を励起する。
【0033】
レーザ光は、互いに走査方向が直交する一対の機構を備えたガルバノスキャナー3によって試料面上をXY走査される。ガルバノスキャナー3は、指定された速度によって試料8の指定された範囲を走査する。なお、スキャン手段はガルバノスキャナー3の他に、光音響光学素子を用いてもよい。また光源を固定し、試料台6を走査することでレーザ光を試料上で走査させても良い。このときは、ガルバノスキャナー3を設ける必要はない。また、ダイクロイックミラー4に代えてビームスプリッタ−、回折光学素子、光音響光学素子、結晶光学素子、液晶光学素子などを用いても良い。
【0034】
試料8からの蛍光及び反射光は対物レンズ5を通り、ダイクロイックミラー4によって蛍光のみが透過する。蛍光は結像レンズ12によって集光され、ピンホール13を介してさらにハーフミラー14によって分割され、蛍光の一部が画像データを取得する光学系、即ち図の左方向へと導かれる。
【0035】
画像を取得する光学系では、分割された蛍光信号(フォトンパルス)をフォトマルなどの光検出器15が受光し、信号処理装置(不図示)で波形整形した後、on−offの2値化パルスに変換し、コンピューター16に導く。コンピューター16は走査した各XYの座標点ごとのデータを保存する。このデータは画像データとして、TVモニター(不図示)に表示される。
【0036】
なお、対物レンズ5を光軸方向に移動させることにより、レーザ光のフォーカス位置を光軸方向に沿って上下させることができる。これにより、3次元画像をTVモニター上に生成させることもできる。
【0037】
一方、ハーフミラー14によって分割された、もうひとつの蛍光信号は、図の下方向へと導かれ、光検出器22で受光される。光検出器22はフォトマルチプライアーもしくはアバランシェフォトダイオード(APD)を用いているが、この実施の形態に限定されず、2次元のCCDを用いても良い。
【0038】
光検出器22に入射した光強度信号は電気信号に変換され、信号処理装置(不図示)で波形整形され、on−offの2値化パルスに変換されて、コンピューター25に導かれる。コンピュータ25は、入力された測定データを時間、座標データと対応付けて保存する。
【0039】
このようにして、画像と蛍光信号とを取得して計測を終了する。
【0040】
続いて、計測後において、取得した画像を用いて、試料内の所望の位置を選定して解析開始を指示すると、コンピューター25が、その位置における2値化パルス信号を処理して蛍光相関分光解析を実行する。蛍光相関分光法は、蛍光分子からのシグナルを自己相関解析することによって、蛍光分子の、微小な観測領域での滞在時間と観測領域に存在する蛍光分子の数を知ることができる解析方法である。この解析によって、蛍光分子の他の分子との相互作用や、蛍光分子の存在している溶媒の環境などを知ることができる。
【0041】
なお、蛍光分子の拡散運動(または現象)を観察するためにFCS解析を行なう場合は、XY座標の1点あたり10〜数十秒の計測が必要となることがある。そのためには、レーザ光を長く照射するために生じてしまう、蛍光分子の蛍光退色や細胞へのダメージを避けるために退色の起こりにくい蛍光色素を使用する、もしくは散乱光を計測する手法を用いることで、蛍光標識の必要がなくなる。また励起のための光源の波長を近赤外もしくは赤外をもちいるか、2光子励起法を用いることによって細胞へのダメージを防ぐ。あるいは、細胞のごく微小な領域を走査することによっても、退色や細胞へのダメージを防ぎながら、FCS解析をすることが可能である。
【0042】
[蛍光相互相関分光解析]
蛍光相互相関分光解析法(FxCS)は、分子の相互作用を解析するための手法として、異なる分子をそれぞれ分光特性の異なる蛍光色素にて標識し、それぞれの蛍光シグナル相互の相関を解析する手法である。この手法を用いてそれぞれの分子からの時系列蛍光シグナルで相互相関解析を実行し、異なる分子の動きに同時性があるかどうかを確認することができる。本解析法は、分子が相互に作用を及ぼしても大きさにあまり変化が無いため、拡散状態の変化を検出しにくい場合に適用すると効果的である。
【0043】
図1に示す試料解析装置を用いて、蛍光相互相関分光解析(FxCS)を行う動作は、コンピュータ25が、蛍光信号を収集してそのデータを時間、座標データと対応付けて保存するまでは、上述のFCSの動作と同一であるため、その詳細の説明は省略する。そして、計測後において取得した画像を用いて、試料内の所望の位置を2点選定して解析開始を指示すると、コンピューター25はその2つの位置における2値化パルス信号を処理して相互相関解析を実行する。
【0044】
[蛍光強度分布解析]
蛍光強度分布解析(FIDA)は、FCSと同様のプロセスを用いて得られる蛍光シグナルを統計分布解析することによって、蛍光の1分子あたりの強度および計測している領域に存在する分子の数を算出する解析手法である。
【0045】
この解析法は自己相関関数を求めないため、計測時間が短くても、比較的精度良く解析をすることが可能である。従って、FCS解析で10秒〜数十秒計測時間を必要とする大きな分子の計測あるいは細胞内の計測には、FIDA解析は特に有用である。またFIDA解析は蛍光強度分布解析により蛍光分子1分子あたりの蛍光強度および観測する共焦点領域中に存在する蛍光分子の数を算出することが可能である。
【0046】
仮に蛍光標識された分子が、他の分子と相互作用した場合、分子の構造などが変化するため分子を標識している蛍光色素の環境が変化する場合がある。その際には蛍光色素からのシグナルが変化する。蛍光強度が大きくなるかもしくは小さくなるかは、蛍光色素によって異なる。また、複数の蛍光分子が会合したり、あるいは他の分子に複数の蛍光分子が相互作用する場合は、検出される蛍光分子の数は少なくなる。また、酵素によって蛍光分子が分解される場合には検出される蛍光分子の数が増える。このようにFIDAを用いて、蛍光強度及び蛍光分子の数を算出することで、蛍光分子の相互作用についての知見を得ることが可能である。
【0047】
図1に示す試料解析装置を用いて、蛍光強度分布解析(FIDA)を行う動作は、コンピュータ25が、蛍光信号を収集してそのデータを時間、座標データと対応付けて保存するまでは、上述のFCSの動作と同一であるためその詳細の説明は省略する。そして、計測後において、取得した画像を用いて試料内の所望の位置を選定して解析開始を指示すると、コンピューター25がその位置における2値化パルス信号を演算処理して蛍光強度分布解析を実行する。
【0048】
上述のFCS解析、FxCS解析、FIDA解析は解析する手法はそれぞれ異なるが、その解析に使用する蛍光シグナルの時系列データは同一である。従って、目的の試料について、画像、FCS解析、FxCS解析、FIDA解析を同時に行なうことも可能である。これらを同時に解析することで、蛍光分子の拡散などの動きの情報と同時に、蛍光強度の変化に関する知見も得ることが可能である。たとえば分子の相互作用の際に分子の構造変化や存在環境の変化が生じ、その場合に蛍光強度が変化することがある。FCS解析にて大きさの変化を観測すると同時にFIDAを行なうことで蛍光分子の周りの環境変化による蛍光強度の変化なども知ることができる。
【0049】
[蛍光共鳴エネルギー移動]
2種類の異なる分光特性をもつ蛍光色素で標識された蛍光分子を使用しFIDA解析を行なうと蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)の計測が可能である。FRET計測は2種類の異なる分子間の相互作用を確認するとき用いられる。この場合は分光素子を用いてそれぞれの波長毎に分離した蛍光シグナルを検出する。
【0050】
次に、FRET計測を行なう場合の試料解析装置の構成について説明する。FRET計測を行なう場合は、1もしくは2種類の異なる波長特性をもつ励起光を使用する。従って、試料解析装置は、試料からの波長の異なる複数の蛍光シグナルを分光するためのダイクロイックミラーもしくは分光素子と、波長毎の蛍光を検出する光検出器とを備えている。
【0051】
図1において、試料8からの蛍光はダイクロイックミラー17によってまず2つの波長領域の光に分けられる。図の左方向に進んだ蛍光は、さらに光学フィルター(不図示)を透過することによって特定の波長の蛍光のみが取り出され、光検出器19によって検出される。図の下方向に進んだ蛍光は、次段に配されたダイクロイックミラー21によってさらに2つの波長域に分けられる。2つに分けられた蛍光はそれぞれの波長を選択的に取り出すフィルター(不図示)を通過し光検出器20、22によって検出され、コンピュータ25が、これら光検出器19、20、22の信号と、時間、座標データとを対応付けて保存する。なお、図1には、2段階FRETの場合の構成を示しているが、1段階FRETの場合には、ダイクロイックミラー21と検出器20は取り外しておく。
【0052】
そして、計測後において、取得した画像を用いて試料内の所望の位置を選定して解析開始を指示すると、コンピュータ25は、その位置における2値化パルス信号を処理してFRET解析を実行する。
【0053】
次に、本試料解析装置によるFRET解析について説明する。
【0054】
まず複数種類の異なる分光特性をもつ蛍光物質に蛍光色素を使用し、それぞれの蛍光色素で標識した、異なる分子の反応について考える。
【0055】
分子の相互作用を解析する際に問題となるのは、複数の分子が相互作用する順番や、相互作用する際に関与する分子構造の場所であり、また分子構造がどのように変化するのかということである。このような分子間の微細な相互作用を計測するため、1分子蛍光分光計測を行う本試料解析装置を用い、蛍光色素のFRETを利用した計測を行う。本試料解析装置では、蛍光標識された分子からの蛍光情報を1分子レベルで解析することができるので、反応のおこっていない多数の分子の蛍光シグナルに埋もれてしまい、検出が困難になることはないからである。
【0056】
FRET(蛍光共鳴エネルギー移動)とは、蛍光物質イの発光波長の光により蛍光物質ロが励起されて、蛍光物質イの発光波長とは別の波長の光が発光する現象である。そこで試料A、BについてFRETを検出するため試料AをFITC、試料Bをテトラメチルローダミンで標識しておく。
【0057】
試料A及び試料Bを混合し反応させたサンプルについて、試料Aを標識しているFITCを励起する488nmの光を照射する。試料に標識された蛍光物質からの蛍光シグナルは、ダイクロイックミラーを用いてFITCの蛍光とテトラメチルローダミンの蛍光に分けられ、それぞれ独立した光検出器によって検出される。ここで、試料Aと試料Bが相互作用を起こさない場合はFITCの蛍光のみが検出される。試料AとBが反応し分子間の距離が近接している場合は、FITCの蛍光エネルギーがテトラメチルローダミンに移動し、テトラメチルローダミンの蛍光シグナルが検出される。
【0058】
試料の反応の時間変化を測定すれば、相互作用する試料の結合の強さだけでなく、結合の速さや解離の速さなどの情報も得ることが可能となる。また、細胞計測において、目的の場所のみを蛍光標識することで、目的の試料の拡散を調べることも可能となる。蛍光強度分布解析はシグナルを検出する計測時間が0.1から0.5秒程度で充分であり、励起光を走査しながら細胞画像を取得する時間内で解析が可能である。
【0059】
もし、相互作用は起こっているが、FRETが観測されなかった場合には、各蛍光分子を励起する波長の光を同時に照射し、蛍光相互相関解析(FxCs)を行なう。そして各分子からの蛍光シグナルについてFxCSを実行して、相互作用しているかどうかを検出する。
【0060】
[蛍光偏光度解析]
蛍光シグナルを偏光素子を用い入射光の偏光方向に対して平行な成分と垂直な成分に分けて検出し、蛍光1分子あたりの蛍光偏光度解析(FIDA−polarization)を行なうと分子の運動の速さがわかり、結果として分子の大きさや蛍光分子の存在している溶媒の粘度を知ることができる。
【0061】
図1において、ハーフミラー14によって分割された試料8からの蛍光は、ダイクロイックミラー17の代わりに直交偏光成分に分離することのできる偏光ビームスプリッタ18に入射する。偏光ビームスプリッタ18で分離されたそれぞれの偏光成分は、検出器19、22で検出され、コンピュータ25が、これら検出器19、22の信号と、時間、座標データとを対応付けて保存する。
【0062】
そして、計測後に取得した画像を用いて試料内の所望の箇所を選定し、その位置における偏光成分をコンピュータ25で演算して蛍光偏光度解析を実行する。
【0063】
蛍光偏光度解析では、たとえば直交偏光成分を検出して各成分ごとに蛍光強度を求める。これから、蛍光偏光度を算出し、計測している分子がどれくらいの速さで回転しているかを知ることができる。
【0064】
励起光の振動成分の方向と平行に振動する偏光成分I//、直角に振動する偏光成分Iとすると蛍光偏光度Pは式(1)で表わされる。
【0065】
P=(I//−I)/(I//+ I) ・・・式(1)
蛍光偏光度Pは、蛍光分子の回転の速さ(回転拡散)を知る上での目安となるパラメータである。分子の大きさが小さく回転が速い場合はPは小さい。また、分子が大きくなる、もしくは分子の回りの溶媒の粘度が高くなるなどで分子の回転が遅くなるとPが大きくなる。たとえば分子間相互作用が起こっていれば、蛍光偏光度は高くなる。また目的の蛍光分子が細胞膜、オルガネラ、細胞骨格などに捕捉されるなど、動きが制限されると蛍光偏光度は高くなる。目的の蛍光分子が膜や核内に移動するなど、分子の溶媒環境が変化し、溶媒の粘度が高い場所へ移動すると蛍光偏光度は高くなり、逆に溶媒粘度が低い場所へ移動すると蛍光偏光度は小さくなる。このような蛍光分子の挙動を蛍光偏光度から観測することができる。
【0066】
なお、蛍光偏光解析は蛍光強度分布解析から回転拡散を見ているため、観測点1点あたりの計測時間を0.1から数秒と短縮することができる。そのため、画像取得のための励起光走査の際にデータを取得することが可能である。
【0067】
[化学発光]
化学発光、生物発光は、分子が光を発する現象である。
【0068】
特に細胞機能の解析においては、細胞内のカルシウムイオン濃度変化の観測が頻繁に行なわれている。この際に、あらかじめ標識された分子を用いなくとも、蛍光分子、たとえばエコーリンやルシフェラーゼなどのカルシウムイオン濃度の測定に利用される発光タンパク質などを用いても良い。発光タンパク質は遺伝子工学的に細胞内に導入でき、カルシウムイオン濃度感受性色素とは異なり、目的の細胞内の器官に発現させることが可能である。
【0069】
これらの蛍光分子では、酸化反応によって発光のためのエネルギーが与えられるので、蛍光分子を励起するための光源を必要としない。従って、これらの分子を測定する装置では、励起光を必要せず発光を検出するための光学系のみを必要とすることが特徴である。そこで、図1において、光源1のレーザ光を遮断するシャッタを設け、蛍光分子の励起に対応してシャッタを制御してもよい。また、光源1を取り外すこともできる。
【0070】
[蛍光寿命]
蛍光寿命計測は、溶媒緩和を見るのに適した計測法である。
【0071】
図1の光源1にパルス光を用いて試料を励起し、それによって発生した蛍光の減衰状況を検出器19で検出し、コンピュータ25が、検出器19の信号と、時間、座標データとを対応付けて保存する。そして、計測後において、取得した画像を用いて試料内の所望の位置を選定して解析開始を指示すると、コンピュータ25はその位置における成分信号を処理して蛍光寿命解析を実行する。
【0072】
蛍光分子の蛍光寿命はその蛍光分子の周りの溶媒環境に影響される。蛍光分子が他の分子と相互作用して結合したり、もしくは相互作用によって分子の高次構造が変化すると、その蛍光分子の周りの環境が親水的な状態から疎水的な状態に変化する。このような蛍光分子の局所的な溶媒環境の変化によってその蛍光分子の蛍光寿命が変化する。
【0073】
たとえば、細胞内の蛍光標識分子が他の分子と相互作用したり、細胞内で何かの刺激によって目的の分子が活性化され蛍光分子が細胞質から細胞膜やオルガネラの膜内に入りこんだり、蛍光分子の構造そのものが変化したりすると、蛍光分子の周りの環境(極性)が変化することがある。
【0074】
蛍光分子の蛍光寿命の計測はこのような知見を得るには重要な計測法である。また、蛍光寿命計測は、蛍光分子の励起をごく短いパルス光を用いて行なうため、励起光による細胞へのダメージも少なくすることが可能である。
【0075】
[光散乱]
また試料を蛍光標識することができない場合には、散乱計測を行なう方法もある。これは分子に光を照射しその散乱光を観測することで、分子の大きさを知る方法である。
【0076】
図1の試料解析装置において、光散乱計測を行う際には、ダイクロイックミラーの代わりにハーフミラーを用いる。即ち、光散乱と蛍光観測を同時に行なう場合は、ダイクロイックミラー4をハーフミラー4’に置き換え、散乱光を検出する光学系を追加する。
【0077】
ハーフミラー4’を通過した光は、さらにハーフミラー9によって反射され、図の左方向に配置された散乱光を検出するための光学系に導かれる。ハーフミラー9からの光は結像レンズによって集光されピンホール13を通り、さらに集光レンズを介して光検出器23にて検出される。そして、コンピュータ24が、検出器23の信号と、時間、座標データとを対応付けて保存する。そして、計測後において、取得した画像を用いて試料内の所望の位置を選定して解析開始を指示すると、コンピュータ24はその位置における時系列信号を処理して光散乱解析を実行する。一方、ハーフミラー9を通過した光はダイクロイックミラー10によって蛍光信号のみが抽出され、上述の蛍光検出系に導かれる。
【0078】
散乱計測は、目的の分子を標識することなく観測するので、たとえば蛍光分子によって目的の分子の活性が失われたり、活性に変化が起こったりする危険がない。目的の分子が他の分子と相互作用すると分子の大きさが変化する(この場合は大きくなる)。分子の大きさの変化に伴い散乱が変化する。この変化を観測することによって、分子の相互作用や分子の分解などを見ることができるのである。
【0079】
散乱計測によって分子の他の分子との相互作用の検出や分解の検出を行なうことができる。また細胞内にあらかじめラテックスや金粒子を注入しておき細胞からの開口放出や抱食などの減少について細胞質内での局在や拡散などを見ることが可能である。この計測方法の場合は蛍光標識を行なわないので、毒性がない、粒子を用いる場合でも金を用いれば毒性に関しては問題ない。また蛍光退色の影響もないので細胞の動きを長時間観測する場合には有利である。さらに、励起波長を選ばないので、細胞へのダメージの少ない波長を用いて計測することができ、他の蛍光標識分子を用いる場合はそれと同様の波長を用いて計測することが可能である。
【0080】
図2は、試料解析装置による主な解析動作手順を示すフロー図である。
【0081】
ステップS01では、光源1からレーザ光が照射される。ステップS02において、このレーザ光は、ガルバノスキャナー3によってXY走査する光となる。なお、走査する範囲は指定することが可能である。ステップS03〜S05において、励起された試料8からの光は、ハーフミラーなどによって蛍光のみが分離されて検出光学系に導かれる。
【0082】
ステップS06において、コンピュータ16は、検出した蛍光の位置、時間情報から画像データを生成して保存する。そして、それと同時に、ステップS07において、コンピュータ25は、蛍光信号のフォトンカウント時系列データを試料8の測定位置と対応付けて保存する。また、FRET解析を行う場合は、ステップS08において、コンピュータ25は、ダイクロイックミラーなどによって分光された複数の蛍光信号のフォトンカウント時系列データを試料8の測定位置と対応付けて保存する。さらに、偏光解析を行う場合は、ステップS09において、コンピュータ25は、偏光ミラーなどによって分光された複数の偏光成分のフォトンカウント時系列データを試料8の測定位置と対応付けて保存する。
【0083】
計測が終了したときは、ステップS11〜S12において、モニターに画像を表示する。そして、ステップS13〜S15において、ユーザが画像上の点を指定して解析内容を指示すると、コンピュータ25は、指定された解析を実行する。
【0084】
解析に必要なデータは全て得られた蛍光画像座標で管理されているため、コンピュータ25は、蛍光画像のどの部分であるかが把握できる。コンピュータ25は、2値化パルス信号の相関演算もしくは蛍光強度分布解析を実行し、自己相関関数、あるいは相互相関関数、蛍光強度分布を得る。
【0085】
そして、試料内の所望の位置における蛍光の明るさの分布解析を行い、1分子あたりの蛍光の明るさを情報として得ることができる。また蛍光信号について自己相関関数解析を行い共焦点領域に蛍光分子が滞在する時間(並進拡散時間)を算出する。さらに、FRET計測で波長の異なるレーザを用い複数の蛍光物質をそれぞれの波長で同時に励起し同時に各蛍光物質の蛍光シグナルを分離して得ることにより蛍光の相互相関解析を行い、異なる試料の相互作用の有無そして存在する蛍光分子のうち相互作用している分子割合を知ることができる。
【0086】
また、蛍光偏光解析では画像における所定の点について、各偏光成分ごとに蛍光の明るさの分布解析を行ない、そのデータをもとに計算し蛍光偏光度を算出する。このデータから蛍光分子の大きさや溶媒の粘度の情報を得ることができるので、蛍光分子が相互作用しているとか蛍光分子が細胞質存在するか、オルガネラの膜上や細胞骨格に捕捉されているなどの状態を知ることが可能である。
【0087】
さらに励起光を走査しているため、ある時間内で細胞内の複数の点について、これらの蛍光分析を行なうことが可能である。したがって、たとえば細胞内で情報の伝達が行なわれる場合は、細胞内での不均一な分子の動きがあると考えられる。そこで、細胞内での複数の点における解析を行なうことによって細胞内で目的の分子がどのように振舞うかを知ることが可能となる。
【0088】
燐光検出の場合は分子が光を発する時間が蛍光よりも長い(10−4〜10秒)。そのため、燐光観測には蛍光分子を励起する励起光を遮断しておく必要がある。この場合はレーザ光のシャッターを用い蛍光分子を励起する時は観測せず、分子を励起後シャッターを閉じる制御装置を用い計測を行なえば良い。
【0089】
図3は、本試料解析装置が同時に測定できる機能の組合せを示す図である。図中◎を付した組合せは、特徴的な構成を示している。○を付した組合せは、拡張機能の構成を示している。△を付した組合せは、構成可能なものを示している。
【0090】
図3に示すように、本実施の形態の試料解析装置によれば、細胞内における分子の相互作用を目的の場所において精密に測定することができるとともに、あらゆる解析の要求に対してフレキシブルに応えることができる。
【0091】
なお、本発明において標識として使用できる蛍光物質は、種々の蛍光色素や希土類元素等を含有した蛍光ガラス粒子を用いることができる。
【0092】
続いて、本試料解析装置を用いて解析を行った実施例について説明する。
【0093】
[実施例1] 細胞内カルシウムイオン濃度変化によるプロテインキナーゼの局在
細胞内での情報伝達には細胞内カルシウムイオン濃度変化が重要であることがわかっている。基本的には細胞がカルシウムイオン濃度変化を察知して、プロテインキナーゼC(PKC)という酵素群がかかわっておりその機能によって、シナプスの伸長や神経、内外分泌細胞からの開口放出、筋収縮、細胞の増殖分化など広範な細胞機能の調節に関与していることがわかっている。PKCはカルシウムイオン結合部位を持ち、その活性化機構と細胞内のカルシウムイオン濃度の変化は非常に密接な関係がある。
【0094】
細胞内のカルシウムイオン濃度変化とPKCの局在は、それぞれの特有の蛍光色素を用いて、細胞が刺激を受けてから細胞が機能する際のそれぞれの状態について蛍光顕微鏡観察されている。しかし、実際細胞内でのさまざまな部位でのPKCの動きに関しては定量的なデータを得ることができない。また細胞内のカルシウムイオン濃度変化は数分以内に起こりその変化をモニターするためには細胞全体の画像を取り込む時間を1枚あたり30秒以下にしたほうが良い。
【0095】
これまで、細胞が刺激を受け、細胞内に刺激を伝達しそれを細胞内のPKCが感知し作用するという一連の反応について、モニターすることはできなかった。しかし、本試料解析装置を用いてリアルタイムに蛍光画像取得と同時にFIDAを行なうことにより、細胞内カルシウムイオン濃度変化とPKCの局在変化の画像と同時に各画像取得時間における細胞の任意点でのPKC分子の動きの解析を行なうことが可能となった。そして、細胞に刺激が与えられてから、細胞内カルシウムイオンの濃度が変化することにより細胞内に刺激が伝達されていく過程におけるPKCの動き及び他のタンパク質とのリン酸化のための相互作用をリアルタイムで観測することができた。
【0096】
図4は、細胞の解析結果を示す図である。本実施例では、細胞内のカルシウムイオン濃度をカルシウムイオン濃度感受性蛍光色素fluo3、もしくはIndo1を用いてモニターした。また、PKCは分子生物学的な手法を用いGFPもしくはYFPを用いて蛍光標識を行った。
【0097】
図4の(1)は、細胞の蛍光画像を示し、図4の(2)は、細胞の所定の点におけるカルシウムイオン濃度の変化を示している。図中の矢印は、画像とグラフとの対応を示している。この図から細胞の変化の様子を画像とグラフから明確に把握することができる。
【0098】
図5は、蛍光偏光度と細胞内カルシウムイオン濃度の変化を示す図である。
【0099】
この測定結果から、まず細胞内カルシウムイオン濃度が高くなり、続いてPKCが膜に捕捉され蛍光偏光度が高くなり、そしてカルシウムイオン濃度が規定値に戻るに連れてPKCが膜から離れていき、蛍光偏光度が元に戻っていくのが観測された。
【0100】
リン脂質関連酵素がPIを分解し、分解したそれぞれがCaイオン貯蔵部位からカルシウムを動員し、Caイオンと分解物がPKCを活性化することが知られている。今回の測定結果は、この事実を裏付けるものである。
【0101】
[実施例2] 膜タンパク質と膜タンパク質結合タンパク質との相互作用
蛋白質が、翻訳の場である細胞質から膜を越えて配置されるために必要な膜透過(トランスロケーション)過程を補助する細胞装置である。大腸菌の細胞質膜における膜内在性トランスロケーター蛋白質複合体(チャネル構成因子)の中心となるSecYは他の二つの蛋白質(大腸菌ではSecE,SecG)との3者複合体として存在する。
【0102】
実施例2では、これら膜蛋白質間の相互作用、および膜透過の駆動力を提供するATPaseであるSecAとの相互作用についての解析を行なう。特にSecAはそれ自体が前駆体蛋白質を伴ってATP存在下で膜内に深く挿入しATP加水分解によって戻るという動きによって蛋白質を膜内に送り込んでいる。この動きはSecYEが3量体を形成し細胞質中のTsecA、および膜タンパク質との結合、次に膜内への挿入という4段階である。
【0103】
実施例2では、TsecAを633nmで励起される蛍光色素Cy5で蛍光標識し、膜タンパク質のTsecYをTetramethylrhodamine,FITCで標識しておく。TsecAは細胞内でシグナルペプチドが存在するとそれを介して、TsecYEと結合する。そこで、シグナルペプチド添加前後において、FITCが励起される488nmの波長の光で細胞を照射して、TsecAとTsecYの蛍光をそれぞれ解析した。
【0104】
図6は、シグナルペプチド添加前後の蛋白質の相互作用を説明する図である。
【0105】
図6の(1)に示すシグナルペプチド添加前、即ち、TsecAが膜と結合する前は、TsecYEが3量体を形成しFITCとRhodamineのFRETが観測される。つまりFITCとCy5の蛍光強度は低く、Rhodamineの蛍光強度が高くなる。図6の(2)に示すシグナルペプチド添加後、即ち、TsecAが膜と結合するとRhodamine−SecYEとCy5−TsecAが接近しFRETが起こる。その結果、FITCとRhodamineの蛍光強度が小さくなりCy5の蛍光強度が大きくなる。
【0106】
この測定を、本試料解析装置を用いて細胞膜から細胞質にかけたZ方向で複数の点について解析することにより分子の反応の様子をリアルタイムで観測することが可能となった。
【0107】
図7は、細胞の各部位におけるシグナルペプチド添加前後の測定結果を示す図である。
【0108】
図7の(2)に示す膜近傍においては、シグナルペプチド添加後でCy5の蛍光強度が高くなり、上述の反応が発生していることが示される。しかし、図7の(1)、(2)に示す膜、細胞質においては、シグナルペプチド添加後でもCy5の蛍光強度は増加しておらず、上述の反応が生じていないことがわかる。
【0109】
[実施例3] 生物発光の検出
生物で見られる発光現象のなかで、エコーリン及びルシフェリン−ルシフェラーゼは生物学の研究でよく利用されている。
【0110】
エコーリンはクラゲなどから単離された、カルシウムイオンの濃度測定に利用される発光蛋白質である。エコーリンはアポエコーリンという蛋白質と発光分子が結合したもので、この複合体にカルシウムイオンが結合すると発光分子とアポエコーリンが離れ、そのとき青色に発光する(〜466nm)。
【0111】
蛍光色素によるカルシウムイオン濃度測定と異なり励起を必要としないので自家蛍光などの影響を受けない。遺伝子工学によりつくられたものを用いることによって簡単にまた細胞に負担をかけることなく導入し、細胞内のカルシウムイオン濃度のモニターをすることができる。アポエコーリンの遺伝子も利用でき、ミトコンドリアのなかで発現させミトコンドリア内のカルシウムイオン濃度が測定など細胞内でのある特定のオルガネラについてカルシウムイオン濃度変化の観測をすることが可能である。
【0112】
ホタルなどから得られる発光分子であるルシフェリンはルシフェラーゼという酵素(蛋白質)により酸化されるときに発光する(〜560nm)。ホタルのルシフェリン−ルシフェラーゼ反応ではATPが必須で、非常に感度のよいATP検出キットとして利用されている。ルシフェラーゼの遺伝子も得られていて、細胞内で発現させることができる。したがって、細胞内カルシウムイオン濃度変化の計測で必要なカルシウムイオン濃度感受性色素をマイクロインジェクションを用いて導入したり、膜透過性のAM(アセトキシメチルエステル)をもつ色素を用いて蛍光染色する必要が無い。
【0113】
このようなアポエコーリンの機能を用い、その他の細胞内の分子を他の分光特性をもつ蛍光色素で染める。励起光は蛍光色素用として用い、生物発光と蛍光色素からの蛍光をそれぞれの光検出器を用いて検出する。この手法を用いると相互相関分光法のように2つの波長で励起し、2つの波長を検出する方法で問題となる試料を励起する領域の色収差によるずれを考慮することなく2つの蛍光を検出することが可能となる。
【0114】
なお、この発明は、上記実施形態そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合せにより種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。更に、異なる実施形態に亘る構成要素を適宜組み合せてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】本発明に係る試料解析装置の構成を示す図。
【図2】試料解析装置による主な解析動作手順を示すフロー図。
【図3】本試料解析装置が同時に測定できる機能の組合せを示す図。
【図4】細胞の解析結果を示す図。
【図5】蛍光偏光度と細胞内カルシウムイオン濃度の変化を示す図。
【図6】シグナルペプチド添加前後の蛋白質の相互作用を説明する図。
【図7】細胞の各部位におけるシグナルペプチド添加前後の測定結果を示す図。
【符号の説明】
【0116】
1…光源、3…ガルバノスキャナー、4…ダイクロイックミラー、4’…ハーフミラー、5…対物レンズ、8…試料、14…ハーフミラー、15…検出器、16…コンピュータ、17…ダイクロイックミラー、18…偏光ビームスプリッタ、19…検出器、20…検出器、22…検出器、24…コンピュータ、25…コンピュータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光源と、
この光源からの光を試料に集光する集光手段と、
前記試料からの発生光を検出する少なくとも1つの検出手段と
前記検出手段からの検出信号に基づいて、2次元または3次元で前記試料の画像を生成する画像生成手段と、
前記検出手段からの検出信号に基づいて、前記画像の任意の位置ごとの時系列信号を生成する信号生成手段と、
前記時系列信号を前記画像のそれぞれの位置に対応付ける対応付け手段と
を備えたことを特徴とする試料解析装置。
【請求項2】
前記画像を表示する表示手段と、
前記表示された画像の少なくとも1つの任意の点を指定する指定手段と、
前記画像の指定された少なくとも1つの任意の点に対応する前記時系列信号に基づいて前記試料を解析する解析手段を備えたことを特徴とする請求項1に記載の試料解析装置。
【請求項3】
前記試料から発生する光には蛍光が含まれ、
前記検出手段は蛍光を検出し、
前記解析手段は、蛍光相関解析、蛍光偏光解析、蛍光共鳴エネルギー移動解析、蛍光寿命解析、蛍光強度解析、蛍光強度分布解析、燐光解析、生物発光解析、化学発光解析、散乱光解析のうち少なくとも1つを実行することを特徴とする請求項2に記載の試料解析装置。
【請求項4】
前記蛍光の直交する偏光成分を分光する分光手段を有し、
前記信号生成手段は、前記偏光成分を検出する前記検出手段からの検出信号に基づいて、前記画像の任意の位置ごとの時系列信号を生成することを特徴とする請求項3に記載の試料解析装置。
【請求項5】
試料からの自発光を検出する少なくとも1つの検出手段と
前記検出手段からの検出信号に基づいて、2次元または3次元で前記試料の画像を生成する画像生成手段と、
前記検出手段からの検出信号に基づいて、前記画像の任意の位置ごとの時系列信号を生成する信号生成手段と、
前記時系列信号を前記画像のそれぞれの位置に対応付ける対応付け手段と
を備えたことを特徴とする試料解析装置。
【請求項6】
前記試料は、細胞又は組織であることを特徴とする請求項1乃至5の内いずれか1項に記載の試料解析装置。
【請求項7】
試料をXY走査しながら励起する光学系と、
蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、
前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を検出する検出手段と、
前記検出手段からの任意の領域ごとの蛍光信号を保存する保存手段と、
任意の領域ごとに蛍光相関分光法により、並進拡散時間、共焦点領域に存在する蛍光分子の数、回転拡散時間を解析する解析手段と
を備えたことを特徴とする試料解析装置。
【請求項8】
試料をXY走査しながら励起する光学系と、
蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、
前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を検出する検出手段と、
前記検出手段からの任意の領域ごとの蛍光信号を保存する保存手段と、
任意の領域ごとに蛍光強度分布解析により、領域に存在する蛍光分子の数、一分子あたりの蛍光強度を解析する解析手段と
を備えたことを特徴とする試料解析装置。
【請求項9】
試料をXY走査しながら励起する光学系と、
蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、
前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を、偏光素子を用いて各偏光成分ごとに検出する検出手段と、
前記検出手段からの任意の領域ごとの蛍光信号を保存する保存手段と、
任意の領域ごとに蛍光強度分布解析により、蛍光分子の回転拡散時間、領域に存在する蛍光分子の数、一分子あたりの蛍光強度を解析する解析手段と
を備えたことを特徴とする試料解析装置。
【請求項10】
蛍光共鳴エネルギー移動を生じさせる複数の蛍光物質で蛍光標識された試料をXY走査しながら励起する光学系と、
蛍光標識された試料の蛍光画像を取得する画像取得手段と、
前記蛍光画像の取得と同時に走査する試料の任意の領域における蛍光標識された分子から発生する蛍光を、分光素子を用いて各波長成分ごとに検出する検出手段と、
各波長成分ごとの検出信号から、蛍光強度分布解析により、蛍光分子の回転拡散時間、共焦点領域に存在する蛍光分子の数、一分子あたりの蛍光強度を解析する解析手段と
を備えたことを特徴とする試料解析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−3154(P2006−3154A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−178254(P2004−178254)
【出願日】平成16年6月16日(2004.6.16)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】