説明

試験コークス炉装置

【課題】実炉底部近傍のコークスケーキを再現する試験コークス炉装置を提供する。
【解決手段】石炭を装入して乾留しコークスを作成する試験コークス炉装置において、炉蓋側およびその対面を除く垂直側壁である両側壁面および炉底面から加熱する機構を有し、さらに石炭層上面部を加圧するための加圧機構、ならびに炭化室内に配置された石炭層の上面を覆うための断熱材を有した試験コークス炉装置であって、前記加圧機構の先端に設けられた加圧部材6が耐火物製であることを特徴とする、試験コークス炉装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、室炉式コークス炉の炭化室底部におけるコークスケーキに類したコークスケーキを試験室規模で製造するための、試験コークス炉装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
室炉式コークス炉は、原料である石炭を乾留する炭化室と炭化室とを加熱する燃焼室が交互に重層的に配列した構造であり、炭化室と燃焼室とは耐火性煉瓦の壁によって仕切られている。
【0003】
炭化室は炉長15〜16m、炉幅0.4〜0.5m、炉高5〜7m程度の寸法であり、炉頂の天井部には石炭を装入するための装炭孔(通常は4〜5個)を有し、炉長方向の両端部には炉蓋が配置されている。
【0004】
炭化室に装入された石炭は、炭化室を形成する両壁の耐火性煉瓦を介して、燃焼室内でのガスの燃焼熱により間接加熱され、コークス塊の集合体(以下、「コークスケーキ」という。)となった後、2枚の炉蓋が開放された状態で、押出機により炉長方向に押し出されて室外へと排出される。コークスケーキの押出性を良好に保つことは、コークス炉の構造体としての健全性・耐久性を維持するために非常に重要である。
【0005】
実コークス炉の押出性はコークスケーキを押し出すのに必要な荷重の大小で評価される。押出機は駆動機構とコークスケーキに接するラムヘッドから構成されており、ラムヘッドより与える荷重が、コークスケーキを移動させるのに十分な荷重に達して、コークスケーキが移動を開始する。その際のラムヘッド上の荷重は分布を有しており、通常は炉底部ほど高く偏重する傾向があり、さらにその偏重傾向は操業状況によって変化することが確認されている。
【0006】
このことから、炭化室底部のコークスケーキは、その上方に存在するコークスケーキとは異なる機械特性を有しており、炭化室底部において押出し力を局部的に増大させている要因となる可能性があると考えられる。
【0007】
コークスケーキの亀裂の中でコークスケーキを分断する大きな亀裂は次のように発生していると考えられる。
石炭層は炉内で加熱されることにより一旦軟化し、その後、500℃近傍で再び固化する。このとき、大きな収縮が発生するが、その収縮が発生した領域の周囲の500℃近傍以外の温度にある石炭層またはコークスケーキはこの収縮に完全に追従できるようには変形できない。このため、この500℃近傍の領域において亀裂が発生する。
【0008】
一方、装入された石炭層は炉壁から加熱されるため、この500℃近傍の領域は、加熱時間の経過とともに石炭層の外側から内側へと移動する。このため、亀裂は、加熱面に近い石炭層の表面においてまず発生し、その亀裂が過熱時間の経過とともに500℃等温度面の移動をトレースするように、したがって500℃等温度面にほぼ垂直に内部へと進展することになる。
【0009】
このように、コークスケーキに生じた大きな亀裂の進展方向は、そのコークスケーキに係る石炭が受けた熱履歴を反映している。例えば、コークスケーキの上表面および底面の影響を受けない部分では、500℃等温度面は炉壁面に平行なので、結局亀裂は炉壁面に垂直な方向、すなわち水平方向に進展する。
【0010】
実炉底部のコークスケーキを観察すると、炉幅方向に対して底面隅より斜め上向きに亀裂が進展して、底部より上方のコークスケーキとは亀裂の進展方向が異なる。このことが炭化室底部のコークスケーキの機械特性をその上方のケーキと異なるものとしている主たる要因と考えられる。
【0011】
ここで、これまでのコークスケーキの押出性試験評価について述べる。これまでのコークスケーキの押出性試験評価は、コークス塊の集合体であるコークスケーキが製造できる比較的大きな試験コークス炉を用いて乾留試験を行い、製造したコークスケーキを用いて、ケーキの圧縮特性や圧縮時の横方向への膨張特性、圧縮荷重の対面や側面への伝播などを評価するのが一般的である。
【0012】
比較的大きな試験コークス炉を用いて乾留試験を行うのは、コークスケーキの押出時の挙動が、ケーキを構成するコークス塊そのものの圧縮特性のみならず、コークスケーキを分断する亀裂の方向やその量など、コークスケーキに含まれる空隙の状態によって大きく影響を受けるためである。炭化室壁に平行な方向のコークス塊の長さは0.1〜0.2mであるため、コークスケーキの製造に用いる試験コークス炉は、幅は実炉同等の0.45m程度であって、高さおよび長さはいずれも0.5〜1m前後の炭化室をもつものが代表的である。
【0013】
押出性試験に用いるコークスケーキは、上記の試験コークス炉の炭化室内に石炭を装入し、炭化室の両側壁から加熱することにより製造されてきた。そのため、このように製造されたコークスケーキは、最底部においても高々1m分の石炭荷重しか加えられていない状態で製造されたものである。これに対し、実コークス炉では炉高が一般的には5〜7mであるから、炉底近傍の石炭は上記の実験コークス炉における炉底近傍の石炭に比べてはるかに高い荷重が加わっている。したがって、この試験コークス炉により製造されたコークスケーキは、実コークス炉の炉底近傍のコークスケーキではなく、実コークス炉において炉底部より上方に存在する、いわばコークス炉の一般的な部位のコークスケーキに相当する。
【0014】
そのため実炉の炉底部のコークスケーキを試験炉にて再現するには、これまでのような試験コークス炉では不足であった。すなわち、コークスケーキの亀裂の方向および乾留過程における昇温状況を、実炉の炉底部近傍のコークスと同等に兼ね備えたコークスケーキを再現することはできなかった。
【0015】
特許文献1において、炭化室両側壁に加熱機構を有した試験コークス炉において、落下距離により嵩密度を調整した石炭層に対し上部より荷重を与えながら乾留し、実コークス炉の炉高方向の品質分布を再現する方法が開示されている。
【0016】
この方法においては、JIS法に規定されたコークス強度指数を評価する上では、実コークス炉の炉底部に類するコークスを製造できる可能性がある。しかしながら、亀裂などの状況を含めた実コークス炉の炉底部におけるコークスケーキを詳細に再現するという点では不十分な方法であった。また、特許文献1では、石炭を加圧する機構について、その詳細が開示されていない。
【0017】
特許文献2において、炭化室を形成する両側壁面だけでなく、天井・底面・両側炉蓋に加熱機構を有し、側壁以外からも熱補償することで、実炉の乾留(昇温)状況を一致させる試験コークス炉が考案されている。
【0018】
しかしながら、前述のように実コークス炉では炉高が5〜7m程度であるから、炉底近傍付近ではその上方に石炭が存在する。このため炉底近傍の石炭が上方から加熱されることはなく、当該試験炉のごとく、側壁以外で炉底面および天井部の両方の面から加熱を受ける部位は、実コークス炉には存在しない。したがって、試験炉において天井部からも加熱を受けた場合には、昇温状況が実炉の炉底部近傍の石炭と異なることになり、この試験コークス炉を用いて得られたコークスケーキ上部に生じる亀裂進展方向は、実炉の炉底部近傍におけるコークスと異なることになる。このことから、炉底部相当のコークスケーキを得るには不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開平8−311457公報
【特許文献2】特許第2602761号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は、かかる状況を鑑み、実コークス炉の底部近傍におけるコークスケーキを適切に再現する試験コークス炉装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者らは、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。
まず実コークス炉において、炉底部近傍の石炭層内、炉底煉瓦の炭化室内表面より90mm下方の煉瓦内、および炭化室の下方に存在する燃焼排ガスの通り道である水平交道内に熱電対を設置して、当該部の温度推移を調査した。
【0022】
その結果、炉底部近傍の石炭層内温度に比べて炉底煉瓦の炭化室表面より90mm下方の煉瓦内温度の方が、また炉底煉瓦の炭化室表面より90mm下方の煉瓦内温度に比べて水平交道の温度の方が、乾留過程において常に高く、水平交道からその上方にある炭化室底面煉瓦、さらには炉底部近傍の石炭層に向かって熱が伝導していることが知見された。そして、この炉底部下方にある水平交道からその上方にある炉底近傍の石炭層への伝熱が、炉底部近傍のコークスケーキがその上方に存在するコークスケーキとは亀裂の進展方向が異なる要因であることを知見した。
【0023】
また、炉底に加熱機構を持たない試験コークス炉装置における炉底近傍の石炭層の乾留過程での温度推移と、実コークス炉における炉底部(以下、「実炉底部」という。)近傍の石炭層の乾留過程での温度推移を比較すると、実コークス炉の昇温が早く、炉底に加熱機構を持たない試験コークス炉装置では、実炉底部近傍の昇温状況を再現できないことが知見された。
【0024】
これら実コークス炉における調査、および実コークス炉と試験コークス炉装置との対比に基づくと、実炉底部近傍の特徴的な乾留条件として次の3点が挙げられる。
1)側壁だけでなく底面からも加熱され、かつ石炭層の上方からは加熱を受けない。
【0025】
2)上部から荷重を受けた状態で乾留される。
3)炉高や炉幅に応じた石炭嵩密度となる。
これらの条件をすべて満たすことで、実炉底部のコークスケーキを、試験コークス炉装置において製造できることを見いだした。
【0026】
つまり、石炭の嵩密度を実炉底部相当とし、試験炉の側壁面および炉底面から加熱し、さらに石炭層の上面に断熱材を設置するなどして上部からの伝熱を防止した上で、石炭層の上部より実炉底部相当の荷重を付与して乾留することで、実炉の炉底部近傍のコークスと同等のコークスケーキを作成可能なことを知見した。
【0027】
本発明はかかる知見に基づき完成されたものであって、次のとおりである。
(1)石炭を装入して乾留しコークスを作成する試験コークス炉装置において、炉蓋側およびその対面を除く垂直側壁である両側壁面および炉底面から加熱する機構を有し、石炭層上面部を加圧するための加圧機構、ならびに炭化室内に配置された石炭層の上面を覆うための断熱材を有した試験コークス炉装置であって、前記加圧機構の先端に設けられた加圧部材が耐火物製であることを特徴とする、試験コークス炉装置。
【0028】
(2)前記加圧部材と前記断熱材とは別部材であって、前記断熱材をなす介設部材は炉内に装入される石炭層の上面に設置されている、上記(1)記載の試験コークス炉装置。
(3)前記加圧部材と前記断熱材とは一体化された部材であって、炉内に装入された石炭層と接触する前記加圧部材の石炭層との接触部分の温度が500℃未満となるように前記加圧部材の温度を制御するための過熱防止機構を備える、上記(1)記載の試験コークス炉装置。
【0029】
上記の過熱防止機構として、具体的に、加圧部材を冷却する機構、ならびに加圧部材が炉壁からの輻射熱により過熱されることを防止する遮熱板およびこの遮熱板の駆動機構が例示される。
【0030】
本発明は別の一態様として、上記の試験コークス炉を用いる石炭の乾留方法をも提供する。
その乾留方法の一例は、上記の加熱機構により炉内を加熱する第1の加熱工程と、第1の加熱工程により加熱された炉内に、その上面に断熱材が載置された石炭層を装入する第1の装入工程と、第1の装入工程により炉内に装入された石炭層を、断熱材を介して加圧部材により加圧する第1の加圧工程とを備える。
【0031】
また上記乾留方法の別の一例は、断熱材と一体化している加圧部材の温度を上記過熱防止機構により500℃未満に維持しつつ上記の加熱機構により炉内を加熱する第2の加熱工程と、第2の加熱工程により加熱された炉内に、その上面に断熱材が載置された石炭層を装入する第2の装入工程と、第2の装入工程により炉内に装入された石炭層の上面に対して、過熱防止機構により石炭層との接触部が500℃未満とされた加圧部材を接触させる接触工程と、接触工程により石炭層に接触した加圧部材の石炭層に対する加圧を、過熱防止機構を作用させることなく行う第2の加圧工程とを備える。
【発明の効果】
【0032】
本発明の装置を用いることにより、実炉底部近傍のコークスケーキを再現したコークスケーキを、試験室規模で製造可能となった。さらにその効果として、これまで評価が困難であった炉底部近傍のコークスケーキの圧縮挙動を評価可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明に係る試験用石炭乾留炉の構造を概念的に示す正面図(a)および側面図(b)である。
【図2】石炭装入用容器の概略を示す斜視図である。
【図3】実コークス炉の炉底部近傍より採取したコークスケーキの正面図である。
【図4】本発明に係る試験コークス炉装置にて生成したコークスケーキ底部の正面図である。
【図5】本発明に係る試験コークス炉装置にて生成したコークスケーキ上部の正面図である。
【図6】本発明でない試験コークス炉装置にて生成したコークスケーキ底部の正面図である。
【図7】本発明でない試験コークス炉装置にて生成したコークスケーキ上部の正面図である。
【図8】実コークス炉を用いて実操業条件で石炭層を乾留させたとき、および本発明に係る試験コークス炉装置を用いて実施例1に係る方法で石炭層を乾留させたときのそれぞれについて、各石炭層における炉底部上方100mmおよび上方250mmの位置の昇温状況を計測した結果を示すグラフである。
【図9】実コークス炉を用いて実操業条件で石炭層を乾留させたとき、および本発明に係る試験コークス炉装置を用いて比較例1に係る方法で石炭層を乾留させたときのそれぞれについて、各石炭層における炉底部上方100mmおよび上方250mmの位置の昇温状況を計測した結果を示すグラフである。
【図10】実コークス炉を用いて実操業条件で石炭層を乾留させたとき、および本発明に係る試験コークス炉装置を用いて比較例2に係る方法で石炭層を乾留させたときのそれぞれについて、各石炭層における炉底部上方100mmおよび上方250mmの位置の昇温状況を計測した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明に係る試験コークス炉装置の一例の、正面図および側面図を図1に示す。耐火性煉瓦で構成された炭化室1と炭化室への装入物を出し入れするための炉蓋2、炭化室上部に設置された加圧機構、炉蓋側およびその対面を除く垂直側壁である両側壁面のみならず炉底面からも炭化室内を加熱可能な加熱機構、および炭化室内に配置された石炭層の上面を覆うための断熱材を本発明に係る試験コークス炉装置は備える。なお、本例では、後述するように、断熱材は加圧機構と一体化されている。炭化室1の内部に石炭が装入され、その装入された石炭からなる石炭層に対して加圧機構による加圧および加熱機構による加熱を行って石炭層を乾留することにより、コークスを製造する。
【0035】
加圧機構は、加圧シリンダー3と固定架台4、荷重検出用のロードセル5、および加圧シリンダー先端の加圧部材6からなる。加圧シリンダー3のストロークは、炭化室1内の石炭層に対応する実コークス炉の石炭層(以下、「実炉石炭層」という。)の収縮量より長く設定される。また、この実炉石炭層の上方に堆積される石炭の荷重を試験炉において再現できるように、加圧シリンダー3が印加可能な最大荷重は設定される。そして、その最大荷重を適切に計測できるようにロードセル5の容量も適宜選択される。加圧部材6は耐火物からなり、本例では、さらに断熱性を有することで、上記の断熱材の機能をも兼ね備えている。加圧部材6が断熱性を有していない場合には石炭層と加圧部材6と間に断熱材を敷設してもよい。加圧部材6および断熱材の詳細については後述する。
【0036】
加熱機構は、側壁部ヒーター7および炉底部ヒーター8、ならびにこれらに接続された温度制御装置(図示せず)から構成される。温度制御装置は各ヒーターに供給される電力を独立に制御することができる。
【0037】
図2に、石炭装入用容器の概略図を示す。石炭装入用容器は、本体枠9と該本体枠9より引き抜くことで分離可能な側壁鉄板10からなる。
石炭装入用容器を用いて炭化室1に容器ごと石炭を装入し、加圧機構によって石炭層の上部より加圧しながら、側壁部ヒーター7および炉底部ヒーター8を同一および/または独立に制御しながら石炭層を加熱して、乾留を行う。
【0038】
なお、試験コークス炉装置においても、実炉と同様に炭化室上部に石炭を装入するための装入口を設置して、炭化室内へ上部から石炭を装入することが一般的に行われている。
本説明例では、石炭加圧部材と石炭装入口との干渉を避けるため、事前に石炭を容器に充填して炭化室内へ装入し、乾留後は炉蓋を開放して容器ごと装入物を引き出す方法を示した。
【0039】
他の実施例として、炭化室上部に石炭を装入するための装入口を設置する一般的な方法も可能である。その際にはコークスケーキ排出時の型崩れ防止のために、装入容器の本体枠のみを事前に炭化室内に設置すればよい。また、この場合の加圧部材と石炭装入口との配置状況については、加圧部材を着脱可能な構造としておいて、石炭装入後に加圧部材を設置する方法や、加圧部材をほぼ中心部に設置した場合には、石炭装入口を複数設置したり、石炭装入後に装入石炭の平滑化(レベリング)したりすることなどにより、石炭層高の偏差を解消することができる。
【0040】
さらに、炉蓋の対面を壁面とせずに炉蓋を設けて、両炉蓋を開放して一方から他方へ機械的に炭化室装入物を押出して排出する形態とすることも可能である。
本発明に係る試験コークス炉装置において重要な点は、1)石炭層上部より加圧しながら、炉蓋側およびその対面を除く垂直側壁の両側壁面だけでなく炉底面からも加熱する点、2)加圧シリンダー先端の加圧部材が耐火物製である点、3)石炭層の上方の空間部分からの伝熱が抑制されていること、すなわち石炭層の上面側が断熱されている点である。
【0041】
石炭層上部より加圧しながら、炉蓋側およびその対面を除く垂直側壁の両側壁面だけでなく炉底面からも加熱する点に関しては、前述のとおり実炉底部のコークスを再現するために重要である。
【0042】
加圧シリンダー3先端の加圧部材6が耐火物製である点に関しては、加圧部材6に例えば鋼製部材を用いた場合、高温状態において容易に変形が生じ、石炭層を局所的に加圧する事態が生じることになる。または、変形を防止するために加圧方向に対する厚みを増した場合、重量が極めて大きくなり、取り扱いが非常に困難となる。
【0043】
石炭層の上面側が断熱されていることは、具体的には、加圧機構6における加圧シリンダー3先端の加圧部材6が断熱材と一体化して断熱性を有すること、および石炭層と加圧部材6との間に敷設される断熱性耐火物からなる部材(以下、「介設部材」という。)を有することの少なくとも一方、好ましくは両方を満たすことにより実現される。したがって、加圧部材6も、高温において強度が保て、かつ熱伝導性が低い耐火物、つまり断熱性耐火物を用いることが好ましい。
【0044】
ここで、介設部材を用いずに加圧部材を単独で使用する場合には、加圧部材6が石炭層の上面に接するときの温度が低温、具体的には前述の大規模な固化収縮が発生する500℃以下、であることが必要となる。500℃を超えている場合には、加圧部材6と接触した石炭層の上面近傍の石炭が、亀裂が発生するほど加熱されてしまうため、実コークス炉の熱履歴を再現することができない。
【0045】
そこで、炭化室1を所定の温度まで昇温させる間は加圧シリンダー3には加圧部材6を取り付けず、所定温度に昇温後、炭化室1に石炭を装入したときにはじめて加圧シリンダー3に加圧部材6を取り付けることが可能な構造とすればよい。あるいは、炭化室1上部に遮蔽板を配置して、その遮蔽板によって炭化室1と加圧シリンダー3に取り付けられた加圧部材6とが隔離可能とし、加圧が必要とされるときまでは加圧部材6を炭化室1と隔離することにより、加圧部材6を低温に保つことが可能な構造としてもよい。さらには、加圧部材6の内部に冷却パイプを埋設し、その内部に適切な冷媒を循環させて加圧部材6を冷却してもよい。ただし、この場合にはそのような冷却を過度に行ったままで石炭層との加圧接触を行うと、実コークス炉の熱履歴とは異なってしまうため、加圧している間は加圧部材6と石炭層との熱のやり取りを適切に調整することが必要となる。
【0046】
加圧部材が高温である場合、または低温でも十分な断熱性を有していない場合には、石炭装入時に低温状態の介設部材を用いる必要がある。具体的には、炉外において装入待機状態にある石炭層の上面に介設部材を載置し、この介設部材が載置された石炭層を加熱された炉内に装入すればよい。
【0047】
なお、乾留が進行して石炭がコークス化するとその上面は平坦でなくなる場合が多く、接触面積が減少した状態で曲げの力が発生する。そのため、加圧するシリンダーに対して大幅に断面積が広がる加圧部材は、加圧応力の100倍程度、介設部材は加圧応力の10倍程度の曲げ応力を有することが望ましい。
【0048】
加圧部材6または介設部材が石炭層の上面に接触する面積(以下、「接触断面積」という。)は、石炭層の上部からの伝熱を極力防止する観点のみからは炉の断面積と同等であることが望ましいが、炉の水平方向の断面の面積(以下、「炉断面積」という。)と同等であると発生ガスの通気を阻害し、石炭層の乾留に支障をきたすおそれがある。したがって、伝熱防止およびガス通気確保が両立されるように、接触断面積は炉断面積の70%以上85%以下であることが望ましい。
【0049】
ここで、断熱性を有する加圧部材および/または介設部材(以下、双方を総称して「耐火物」という。)の熱伝導性について説明する。
熱の伝導に関しては、体積V,密度ρ,比熱cで熱の流入出面積Sの物体において、時間Δtの間に物体温度がΔTだけ変化するとした場合、物体の熱量の釣合いを考えると次式(1)が成立する。
【0050】
【数1】

【0051】
qは単位時間・単位面積あたりの熱の移動量であり、熱流束と呼ばれる。
つまり、物体側の条件(体積・物性・熱の流入出面積) 一定の下では、熱流束qが大きいほど時間あたりの温度変化(ΔT/Δt)は大きくなる。石炭層に置き換えて考えると、石炭層に流入するqが大きいほど、昇温が早くなることを示している。
【0052】
試験炉の石炭層上部では、耐火物を通して石炭層へ熱が移動する。
熱移動のフーリエの法則より、耐火物内の熱流束qは、次式(2)で与えられる。
【0053】
【数2】

【0054】
λは耐火物の熱伝導率(単位:W/(m・K))である。熱流束qは通常、高温側を起点として低温側をY軸正の方向と置くため、右辺には―(マイナス)が付く。
ここで、仮に耐火物内の温度勾配が厚み方向で一定の場合を考えると、dTは耐火物の低温側表面温度Tlと高温側表面温度Thの差であり、dYは耐火物の低温側表面と高温側表面の距離である厚みとなり、上記式(2)は次の式(3)のように記述できる。
【0055】
【数3】

【0056】
ここで、Lは耐火物の厚みである。
また2種類の材質の異なる耐火物を接触させた場合の両耐火物を通じた熱流束は、次式(4)で与えられる。
【0057】
【数4】

【0058】
ここで、L1およびR1は用いる一方の耐火物の厚みおよび熱伝導率、L2およびR2は他方の耐火物の厚みおよび熱伝導率である。
つまり、用いる物質の熱伝導率とその厚みより求まるRまたはR’が大きいほど、熱流束qは大きくなる。
【0059】
そのため、ここでは石炭層上部に接触する部材の熱伝導性に関して、熱伝達係数と同次元の単位を持つ、RないしR’ をその指標(以下、「断熱指標」という。)とする。断熱指標が大きい場合には、耐火物を通じて上部より石炭層へ流入する熱流束qが大きくなり、結果として石炭層の昇温が早くなるため、実炉においてその上部に石炭が存在する炉底部コークスの熱履歴を再現できない。
【0060】
そこで、熱伝導率と厚みを変更して検討した結果、熱伝達係数と同次元である断熱指標を3.8W/(m・K)以下とした場合に、所望とする実炉底部の石炭層の昇温状況を再現可能なことを知見した。
【0061】
加圧時に加圧部材が低温であって介設部材を必要としない場合(場合1)、または実質的に介設部材のみにより石炭層からの熱を断熱する場合(場合2)には、断熱を担う部材が一種類(場合1は加圧部材、場合2は介設部材)である。これらの場合には断熱指標はRとなり、このRが3.8W/(m2・K)以下となるよう、それぞれの部材について材質と厚みを設定することが望ましい。
【0062】
また、加圧時に加圧部材は常温であるが加圧部材の断熱性が不十分であり介設部材を必要とする場合は、断熱を担う部材が加圧部材および介設部材の二種類となる。このため、この場合における断熱指標はR’となり、このR’が3.8W/(m2・K)以下となるように、加圧部材および介設部材の材質と厚みを設定することが望ましい。
【0063】
すなわち、加圧部材が断熱材としての機能を実質的に有さない場合には、断熱部材についての断熱指標Rが3.8W/(m2・K)以下となることが好ましい。加圧部材および介在部材の双方が断熱材として機能する場合には、双方の部材の包括的な断熱指標R’が3.8W/(m2・K)以下となることが好ましい。介設部材が設けられず加熱部材が断熱材として機能する場合には加熱部材についての断熱指標Rが3.8W/(m2・K)以下となることが好ましい。
【0064】
ただし、高稼働率などで実炉の炉温が高い場合は、試験炉の炉温も高く設定する必要がある。この場合、石炭層上部の耐火物からの伝熱が大きくなり、実炉の石炭層の昇温状況の再現を妨げることに繋がるため、所望とする実炉底部の石炭層の昇温状況を再現可能なように、断熱材の熱伝達係数を3.8W/(m2・K)よりも小さく設定して、試験炉の昇温状況を調整することも可能である。
【実施例】
【0065】
(実施例1)
本発明の方法に従って、表1に性状を示す実コークス炉供試石炭71.7kg(乾重量)を水分6.5%に調整し、幅410mm,長さ500mmの石炭装入用容器に層高460mmで予め充填した。この状態では、嵩密度760kg/mであった。次に、幅450mm、長さ600mmの炭化室に容器ごと装入した。続いて、曲げ応力が10MPaで面積が0.135m2である加圧機構先端の加圧部材を用いて、装入された石炭層を10kPa以上に加圧して、石炭層の高さを所定の炉内位置に調整することにより、炭化室内の装入された石炭層の嵩密度を805kg/mへと設定した。なお、この嵩密度は乾重量基準であり、設定された805kg/mとは、事前の冷間実機大の石炭層の嵩密度測定結果により、調湿炭操業として典型的な水分6.5%操業における実炉底部の石炭層の嵩密度として見積もられた数値である。この805kg/mに設定された石炭層は、石炭装入用容器へ充填された状態から比較すると、本体枠があるため長さは500mmのままであるが、加圧部材によって上部から加圧されたことに起因して、幅410mmから450mmに広がると共に、嵩密度が増加したため、層高が相対的に低くなった。
【0066】
【表1】

【0067】
嵩密度の調整後、実炉での石炭層高6から7m程度に相当する上部加圧力10kPaでの加圧を維持しておき、両側壁に加え底面からも加熱し、石炭層上部にアルミナファイバーの成形物で厚み50mm,断面積0.165m,熱伝導率0.19W/(m・K) の断熱材を設置した状態で、21時間乾留した。
【0068】
上述したように石炭の存在範囲は、幅450mmで、長さが500mmであるため、試験コークス炉装置の有効断面積(炉断面積)は0.225mである。
乾留に際し、炉底ヒーターの制御温度は、石炭層底部近傍の代表点とした炉底上部100mmの石炭の昇温状況が実コークス炉の同高さ位置における石炭の昇温状況と同等となるように、900℃一定とした。また、側壁ヒーターの制御温度は、石炭層上部の代表点とした炉底上部250mmの石炭の昇温状況が実コークス炉の同高さ位置の石炭の昇温状況と同等となるように次のように変化させた。最初の12時間を1000℃とし、続いて6時間かけて1000℃から1200℃へと昇温させ、1200℃を3時間維持した。
【0069】
排出したコークスケーキは、窒素を用いて酸素を絶った状態で冷却した。
図8は、実コークス炉を用いて実操業条件で石炭層を乾留させたとき、および本発明に係る試験コークス炉装置を用いて実施例1に係る方法で石炭層を乾留させたときのそれぞれについて、各石炭層における炉底部上方100mmおよび上方250mmの位置の昇温状況を計測した結果を示すグラフである。
【0070】
図8に示すとおり、実コークス炉においては、炉底面から250mm上部の位置より100mm上部の位置における石炭層の昇温が早く、炉底面から顕著に加熱されている。また、本発明である試験コークス炉装置を用いて上述の温度制御を行なうことにより、石炭層の昇温状況を、実炉底部近傍の昇温状況と良く一致させることができた。
【0071】
実コークス炉を用いて実操業条件により乾留させることで得られたコークスケーキにおける炉底部近傍部分をサンプリングし、そのサンプリングされた部分のコークスケーキを、側壁と平行な方向から撮影した正面写真を図3に示す。また、本発明に係る試験コークス炉装置を用いて上記の条件にて乾留させることにより得られたコークスケーキの底部および上部を、側壁と平行な方向から撮影した正面写真を、それぞれ図4および図5に示す。
【0072】
図3〜5に示すとおり、本実施例に係るコークスケーキは、実コークス炉の炉底部近傍より採取したコークスケーキと亀裂の生成方向が良く一致している。
特に、亀裂が炉の底面と側面との接触部から斜め上方にコークスケーキの内部に向かって進展しているのは、炉底部が加熱されているために、この亀裂部における500℃等温度面が炉壁に平行な面と炉底に平行な面とをつなぐように曲面をなしていたことを示しており、実炉に装入された石炭層が受けた熱履歴を正確に再現することができたことを意味している。
【0073】
(比較例1)
比較例として、底面のヒーターを使用せず両側壁からのみ加熱する点で実施例1と相違するが、他の点は実施例1と同様に、石炭層上部に断熱材を設置した状態で上部より加圧を行なう条件で、表1に性状を示す石炭を、石炭水分6.5%,嵩密度805kg/m,上部加圧力10kPaとして、21時間乾留した。乾留における側壁ヒーターの温度制御条件は実施例1と同様であり、最初の12時間を1000℃とし、続いて6時間かけて1000℃から1200℃へと昇温させ、1200℃を3時間維持する条件であった。排出したコークスケーキは、窒素を用いて酸素を絶った状態で冷却した。
【0074】
本比較例では炉底ヒーターを稼動しないため、炉底ヒーター制御用熱電対(炉底ヒーターの温度をフィードバック制御するために炉底ヒーター近傍に取り付けられた熱電対)は炉底ヒーター近傍の炉底の煉瓦からの輻射熱によって加温された炉底ヒーターの温度を示す。この熱電対の測温結果は、初期760℃であって、石炭装入後に徐々に600℃まで低下した後、排出に向けて徐々に回復し、排出時には710℃程度となった。したがって、炉底の煉瓦もこの熱電対と同様の温度変化をしているものと推測される。
【0075】
図9に、比較例1に係る方法で石炭層を乾留させたときの石炭層内温度(2箇所)の履歴を、実操業条件で乾留させたときの石炭層内温度(2箇所)の履歴とともに示す。図9に示されるように、底面のヒーターを使用しない場合には、炉底面から100mm上部の位置の昇温が実炉に対して著しく遅れる。
【0076】
また、比較例1の方法で石炭層を乾留することにより得られたコークスケーキの底部を、側壁と平行な方向から撮影した正面写真を図6に示す。図6に示されるように、炉底面からのヒーターを使用しない場合には亀裂の角度が小さく、実コークス炉から得られたコークスケーキをサンプリングしたもの(図3)と亀裂の角度の乖離が大きい。したがって、比較例1の方法では実コークス炉の炭化室底部のコークスケーキを再現できないことが確認された。
【0077】
この理由は以下のように考えられる。炉底面の温度が高い場合に比べると、炉底面の温度が低い場合には、500℃等温度面は炉底部近傍に至るまで炉壁面と平行に位置することになり、結果として炉底近傍の亀裂の、炉底面に対する角度は小さくなるためである。
【0078】
(比較例2)
乾留中に石炭層の上部に断熱材を敷設しなかった場合の比較例として、実施例1と同様に両側壁および底面から加熱するものの、石炭層の上部に断熱材を設置しない状態で上部より加圧を行なう条件で、表1に性状を示す石炭を、石炭水分6.5%,嵩密度805kg/m,上部加圧力10kPaで21時間乾留した。乾留における炉底ヒーターおよび側壁ヒーターの温度制御条件は実施例1と同一とした。排出したコークスケーキは、窒素を用いて酸素を絶った状態で冷却した。
【0079】
図10に、比較例2に係る方法で石炭層を乾留させたときの石炭層内温度(2箇所)の履歴を、実操業条件で乾留させたときの石炭層内温度(2箇所)の履歴とともに示す。図10に示されるように、石炭層の上部に断熱材を敷設しない場合には、炉底面から250mm上部の位置の昇温が実炉に対して早くなる。これは、上部からの断熱が不十分のため、上部空間から多量の熱が石炭層に流入するため、石炭層の内部の昇温速度が高まったものと推測される。
【0080】
本比較例に係る条件で乾留することにより得られたコークスケーキの上部を側壁と平行な方向から撮影した正面写真を図7に示す。上部断熱を実施しない場合には、上部からの加熱によってコークスケーキ上部に生成する亀裂の角度が異なり、上部断熱を行わない場合には実コークス炉の炭化室底部のコークスケーキを再現できていないことが分かる。
【符号の説明】
【0081】
1:炭化室
2:炉蓋
3:加圧シリンダー
4:固定架台
5:ロードセル
6:加圧部材
7:側壁部ヒーター
8:炉底部ヒーター
9:本体枠
10:側面鉄板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
石炭を装入して乾留しコークスを作成する試験コークス炉装置において、炉蓋側およびその対面を除く垂直側壁である両側壁面および炉底面から加熱する機構を有し、石炭層上面部を加圧するための加圧機構、ならびに炭化室内に配置された石炭層の上面を覆うための断熱材を有した試験コークス炉装置であって、前記加圧機構の先端に設けられた加圧部材が耐火物製であることを特徴とする、試験コークス炉装置。
【請求項2】
前記加圧部材と前記断熱材とは別部材であって、前記断熱材をなす介設部材は炉内に装入される石炭層の上面に設置されている、請求項1記載の試験コークス炉装置。
【請求項3】
前記加圧部材と前記断熱材とは一体化された部材であって、炉内に装入された石炭層と接触する前記加圧部材の石炭層との接触部分の温度が500℃未満となるように前記加圧部材の温度を制御するための過熱防止機構を備える、請求項1記載の試験コークス炉装置。

【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−256240(P2011−256240A)
【公開日】平成23年12月22日(2011.12.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−130152(P2010−130152)
【出願日】平成22年6月7日(2010.6.7)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】