説明

誘導加熱解析方法および誘導加熱解析プログラム

【課題】精度が高くて計算時間の短い誘導加熱解析方法を提供する。
【解決手段】本発明の誘導加熱解析方法は、被加熱体に生じるジュール熱量を解析する電磁場解析ステップと、そのジュール熱量に基づき被加熱体の温度を解析する熱伝導解析ステップとを所定のステップ期間毎に繰返してなり、電磁場解析ステップが、そのステップ期間をさらに分割した要素期間について発生するジュール熱量である要素熱量を、要素期間内の過渡的な変化を考慮して解析する過渡解析ステップであることを特徴とする。本発明の解析方法によれば、過渡解析の高精度を活かしつつ実用的な短時間内で計算結果を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁誘導により加熱された被加熱体の加熱状況を計算により解析できる誘導加熱解析方法と、コンピュータを機能させてその誘導加熱解析方法を実行する誘導加熱解析プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
被加熱体を加熱する方法の一つに(高周波)誘導加熱がある。これは、高周波の交番電流を供給した誘導コイルを被加熱体に近づけると、高周波の交番磁界が被加熱体内を貫き、電磁誘導によって被加熱体にその交番磁界を打ち消す向きの渦電流が流れて、その渦電流が抵抗体でもある被加熱体内でジュール熱(ジュール損)となって加熱される現象である。
【0003】
この誘導加熱によれば、被加熱体を加熱炉で加熱する場合と異なり、被加熱体を極短時間内に、所望の特定領域だけを局所的に加熱することが可能である。また誘導加熱は、交番磁界を生じさせる誘導コイルと、誘導コイルへ高周波電流を供給する高周波電源があれば、容易に行うことができる。このように誘導加熱は、他の加熱方法にはない優れた特徴を持つことから、金属熱処理等の工業的な使用に留まらず、家庭用電化製品など、多様多種な分野で利用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】電気工学の有限要素法(第2版/第18〜19頁、第211〜219頁/森北出版株式会社)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、そのような誘導加熱による被加熱体の加熱状況を高精度で解析できれば、誘導加熱の効率化、省エネルギー化、加熱工程や誘導コイルの最適化などに役立つことから、上記の非特許文献1などに紹介されている基礎式や解析手法に基づいて、いくつかの解析手法が提案されている。もっとも、誘導加熱は、電磁作用によって被加熱体自体が直接発熱し、しかも短時間内で加熱が終了することが多いため、従来の手法では短時間で高精度の解析を行うことは困難であった。具体的には次の通りである。
【0006】
誘導加熱解析は、一般的に、被加熱体に生じるジュール熱量を電磁作用に基づいて解析する電磁場解析と、そのジュール熱の被加熱体内における熱伝導を解析する熱伝導解析とを逐次関連(連成)させることによりなされる。
その電磁場解析の代表的な手法として、過渡解析と調和解析がある。過渡解析は、被加熱体に生じる磁界や電流の変化を微小時間毎に計算して、被加熱体に発生するジュール熱量を逐次算出する方法である。調和解析は、誘導コイルに定常的な交流が印加されることを前提に、被加熱体に生じる磁界も正弦波状に変化すると仮定して、被加熱体に生じるジュール熱量を算出する方法である。
【0007】
過渡解析は、非線形な実際の状況に適しており、高精度な解析結果を得ることが可能であるが、計算量が多く解析時間(計算時間)が膨大となり実用的ではない。そこで従来の誘導加熱解析では、調和解析が用いられることが多かった。もっとも調和解析を用いた場合、被加熱体の温度が実測値と計算値とで、例えば、±150℃程度の誤差を生じ、高精度な解析結果(計算結果)を得ることは困難であった。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、現実的な計算時間内で、高精度な計算結果が得られる誘導加熱の解析方法およびこの解析方法をコンピュータを機能させて実行する誘導加熱解析プログラムを提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し試行錯誤を重ねた結果、1ステップ内の一部分について過渡解析を行ってその部分のジュール熱量を算出し、それを1ステップ内のジュール熱量へと拡張することを思いつき、この考えに基づいて誘導加熱をシミュレーションすることで計算時間の短縮と計算結果の高精度化の両立を図ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《誘導加熱解析方法》
(1)本発明の誘導加熱解析方法は、周期的な交番電流が供給される誘導コイルの近傍に配置された被加熱体に電磁誘導により発生するジュール熱量を解析する電磁場解析ステップと、該電磁場解析ステップで得られたジュール熱量に基づき該被加熱体の少なくとも温度を解析する熱伝導解析ステップと、を所定の処理間隔であるステップ期間ごとに繰り返すことにより電磁誘導加熱された該被加熱体の加熱状況を解析する誘導加熱解析方法であって、
前記電磁場解析ステップは、所定の処理間隔であるステップ期間をさらに分割した要素期間について発生するジュール熱量である要素熱量を、該要素期間内の過渡的な変化を考慮して解析する過渡解析ステップであり、前記熱伝導解析ステップは、該要素熱量を拡張することにより得られる該ステップ期間のジュール熱量であるステップ熱量に基づき該被加熱体の少なくとも温度を解析するステップであることを特徴とする。
【0011】
(2)本発明の誘導加熱解析方法によれば、電磁場解析ステップで被加熱体に発生するジュール熱量を過渡解析により算出している。もっとも本発明では、予め定めたステップ期間の全域について過渡解析を行っている訳ではない。すなわち、誘導コイルへ供給される交番電流が周期的であることを前提に、そのステップ期間の一部分である要素期間について過渡解析を行い、そこで得た要素熱量を基本単位として、それをステップ期間の全域へ拡張させることにより、そのステップ期間に対応するステップ熱量を求めている。
【0012】
このように本発明の誘導加熱解析方法によれば、過渡解析を用いつつも、あるステップ期間全体のジュール熱量を簡易的に算出することによって、過渡解析の高精度性と調和解析のような高速性の両立を図ることが可能となる。そして次の熱伝導解析ステップでは、、こうして求まった精度の高いステップ熱量に基づき、被加熱体の特定部分または各種部分の温度が解析されることとなる。
これら電磁場解析ステップおよび熱伝導解析ステップの繰り返しにより、被加熱体の誘導加熱の実測値に非常に近い解析結果が得られる。しかも過渡解析を用いつつも、その計算回数が従来の解析手法よりも格段に少ないので、計算時間の大幅な短縮が可能となる。
こうして本発明によれば、高精度でありつつ実用的な誘導加熱解析が可能となった。
【0013】
ちなみに本発明の誘導加熱解析方法により得られた被加熱体の加熱状況(温度、温度分布、温度変化など)に関する高精度な予測は、加熱工程の改善や最適化、誘導コイルや高周波電源などの設備設計の最適化などに非常に有効である。より具体的には、例えば、加熱工程の効率化や省エネルギー化、被加熱体の加熱部分の適正化、誘導コイルの性能や耐久性の向上などの検討に、本発明を利用した解析結果が役立つ。
【0014】
《誘導加熱解析プログラム》
本発明は、上述した「方法」の発明には限られず、「物」の発明としても把握される。すなわち、本発明は、前述の誘導加熱解析方法をコンピュータを機能させて実行することを特徴とする誘導加熱解析プログラムであっても良い。
【0015】
なお、プログラムが「物」として把握されない場合であれば、そのプログラムを記録したコンピュータで読取り可能な記録媒体として把握することができる。さらには、そのプログラムを実行する誘導加熱解析装置としても把握できる。これらの場合、本明細書でいうステップ(または工程)を「手段」などと読替えれば良い。例えば、電磁場解析ステップを電磁場解析設定手段に、熱伝導解析ステップを熱伝導解析手段などに置換して考えれば良い。
【0016】
《その他》
(1)本明細書でいう「被加熱体」は誘導加熱が可能である限り、その材質や形態などを問わない。もっとも、誘導加熱の用途により、被加熱体の範囲が定まることもある。例えば、誘導加熱により高周波焼入れを行う場合であれば、被加熱体は主に磁性体でかつ焼入れの可能な鉄鋼材料などが対象となる。
【0017】
(2)「誘導コイル」の形態や冷却方法なども特に問わない。もっとも、本発明の実施により得られる解析結果に基づき、被加熱体の形状、加熱工程の作業性、高周波電源の諸元などを考慮しつつ、誘導コイルの断面形状、巻き数、冷却方法などの最適化が図れると好ましい。
【0018】
(3)特に断らない限り、本明細書でいう「x〜y」は下限xおよび上限yを含む。また、本明細書に記載した下限値および上限値は任意に組合わせて「a〜b」のような範囲を構成し得る。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】電磁場解析に係る基礎方程式を示す。
【図2】過渡解析を行った場合に誘導コイルに生じる電流波形の変化を示す波形図である。
【図3】本発明の誘導加熱解析方法を説明する説明図である。
【図4】調和解析を用いた従来の誘導加熱解析方法を説明する説明図である。
【図5】被加熱体および誘導コイルの形態および配置を示す1/4断面図である。
【図6】本発明の誘導加熱解析方法に係るフローチャートである。
【図7】本発明の誘導加熱解析方法を用いた場合の計算値を実測値と比較したグラフである。
【図8】従来の誘導加熱解析方法を用いた場合の計算値を実測値と比較したグラフである。
【図9】本発明の誘導加熱解析方法を用いた場合の計算時間と過渡解析からなる従来の解析方法を用いた場合の計算時間とを、調和解析からなる従来の解析方法を用いた場合の計算時間をベースに比較した棒グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。なお、本明細書では「誘導加熱解析方法」に関して主に説明するが、その内容は誘導加熱解析プログラム等にも適宜適用される。そして下記の内容から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成が上述した構成に付加され得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0021】
《誘導加熱解析工程》
本発明に係る電磁場解析ステップおよび熱伝導解析ステップについて順次説明する。なお、電磁場解析ステップおよび熱伝導解析ステップ(さらには、後述の被加熱体の物性値更新ステップ)をまとめて誘導加熱解析工程という。
【0022】
(1)電磁場解析ステップ
本発明の電磁場解析ステップは、ステップ期間をさらに分割した要素期間について発生するジュール熱量である要素熱量を、その要素期間内の過渡的な変化を考慮して解析する過渡解析ステップである。
【0023】
この電磁場解析ステップの内容を明確にするために、先ず、従来の電磁場解析の代表的な手法である過渡解析と調和解析について説明する。図1にそれらの基礎方程式を示した。過渡解析は、数式(1)からも明らかなように、方程式中に時間微分項を含む点に特徴がある。このため、誘導コイルに流れる高周波電流や被加熱体の物性値など、非線形な変数にも対応が可能であり、実測値に近い高精度な結果が得られる。もっとも、各ステップ毎に、微小時間幅の反復計算を多数回行う必要があるので計算時間が膨大となる傾向にある。
【0024】
調和解析は、数式(2)からも明らかなように、方程式中に時間微分項を含まない。このため、境界条件(誘導コイルに流れる電流)の変化を正弦波と仮定して複素計算(例えば、Phasor法)すれば、基礎方程式が線形化され、一ステップ内のジュール熱量(ステップ熱量)を代数的に短時間で計算できる。もっとも、調和解析は、仮定した状況から現実の加熱状況が外れるほど、得られた計算値が実測値と乖離し、誤差が大きくなる傾向にある。
【0025】
ところで本発明に係る電磁場解析ステップは、前述したように、一ステップの一部分(要素期間)について過渡解析を行い、その結果得られたジュール熱量(要素熱量)を一ステップのジュール熱量(ステップ熱量)に拡張・発展させる手法である(図3参照)。このため、境界条件や被加熱体の物性値などの非線形性をも考慮に入れた計算が可能となり、さらに、過渡解析を全期間について行う訳ではないので、計算時間も大幅に短縮可能となる。
【0026】
なお、要素期間の設定や要素熱量の特定は任意である。例えば、誘導コイルに供給する交番電流の交番周期を単位とする期間を要素期間として、その要素期間のジュール熱量を要素熱量としてもよい。その場合、要素期間は交番周期の一つ分でも複数分でもよい。また、ステップ熱量の算出に利用される要素熱量は、そのステップについて過渡解析して求めた最初の要素熱量でも、2番目以降の要素熱量でもよい。さらには、あるステップ内の複数箇所について求めた要素熱量をさらに平均化等したものを、ステップ熱量の算出に利用する要素熱量としてもよい。
【0027】
ここで本発明者が鋭意研究したところ、誘導コイルを流れる電流波形(または被加熱体を貫く交番磁界の波形)を過渡解析により算出した場合、各ステップ毎に求まる最初(1番目)の波形は、図2に示すように、大きな乱れを生じることが明らかとなった。従って、その最初の波形に相当する部分の要素熱量を除外してステップ熱量を算出する方が、より高精度の結果が得られる。そこで過渡解析ステップは、2以上の交番周期分について算出したジュール熱量から、少なくとも最初の交番周期分について算出したジュール熱量を除外して前記要素熱量を算出するステップであると好適である。
なお、図2の横軸は時間(秒)であり縦軸は電流密度(A/m)であり、5種の分割は過渡解析の計算において交流電流の1周期をいくつの微小時間幅に分割しているかを意味する。例えば、図2中の「5分割」は交流電流の1周期を5分割していることを示す。
【0028】
(2)熱伝導解析ステップ
本発明の熱伝導解析ステップは、上述の電磁場解析ステップで得られた要素熱量またはその要素熱量を拡張したステップ熱量に基づき、加熱体の少なくとも温度を解析するステップである。
【0029】
この熱伝導解析は周知の熱伝導方程式などに基づきなされる。本発明の熱伝導解析は誘導加熱による加熱状況を解析するものであるから、当然、少なくとも被加熱体の温度がその解析対象となる。もっとも、被加熱体の全部(あらゆる各部)の温度が解析対象である必要はない。高周波誘導加熱の目的に応じて、表層部等の必要な部分の温度だけ解析してもよい。また、最終的な到達温度のみならず、温度変化の経緯、加熱途中または加熱終了時の温度分布などが解析対象でもよい。
【0030】
(3)電磁場解析ステップと熱伝導解析ステップの連成
本発明の誘導加熱解析方法は、上述した電磁場解析ステップと熱伝導解析ステップとが繰り返されることにより電磁誘導加熱された被加熱体の加熱状況が解析される。ここで両ステップを関連付ける連成方法として次の3通りがある。一つ目は、電磁場解析の自由度と熱伝導解析の自由度を一つのマトリクスで定式化して解くマトリクス連成である。二つ目は、電磁場解析でジュール熱量を計算し、そのジュール熱量に基づき熱伝導解析を実施するが、ある時間増分内で被加熱体の温度が収束するまで被加熱体の物性値を更新しながら電磁場解析および熱伝導解析の計算を繰り返す強連成である。三つ目は、電磁場解析でジュール熱量を計算し、そのジュール熱量に基づき熱伝導解析を実施するが、強連成のようなある時間増分内における収束計算を行わない弱連成である。連成方法から明らかなように、マトリクス連成および強連成は計算量が膨大で計算時間が非常に長くなる傾向にあり現実的ではない。そこで、高周波誘導加熱の温度予測解析では、一般的に弱連成が用いられる。本発明の誘導加熱解析方法は、いずれの連成方法をも採用し得る。もっとも、弱連成を採用することにより計算時間の短縮が図れるし、弱連成を採用しても実用上十分な計算精度が確保され得る。
【0031】
(4)物性値変更ステップ
誘導加熱に影響する被加熱体の物性値が温度依存性をもつ場合、その物性値の温度依存性を適切に評価しなければ高精度な解析結果を得難い。そこで本発明の誘導加熱解析方法は、さらに、熱伝導解析ステップにより算出された温度に基づき、被加熱体の温度に依存した物性値を変更する物性値変更ステップを有すると好適である。
【0032】
温度依存性のある代表的な被加熱体の物性値には、電気的物性値として電気抵抗率(ρ:Ωm)または電気伝導率(σ:S/m)などがあり、磁気的物性値として透磁率(μ:H/m(N/A))などがある。これらの物性値は電磁場解析用として重要である。また、比熱(J/(kg・K))、密度(kg/m)、熱伝導率(W/(m・k))も温度依存性のある物性値であり、これらは熱伝導解析用として重要である。そこで本発明の物性値変更ステップは、透磁率、電気抵抗率、電気伝導率、比熱、密度または熱伝導率の少なくとも一種以上を更新するステップであると好適である。
【0033】
《その他の工程》
上述した誘導加熱解析工程の他、本発明の誘導加熱解析方法は、解析対象を設定するモデル設定工程や解析条件を設定する条件設定工程などを備えると好適である。
(1)モデル設定工程
モデル設定工程は、少なくとも誘導加熱解析の対象である被加熱体のモデルを座標系上に設定する工程である。このモデル設定工程は、例えば、被加熱体の形状を座標系上に位置づけてそのモデルを形成するモデル形成ステップ、モデル形成ステップで形成されたモデル中の領域を分割した多数の微小要素を作成する要素作成ステップ、要素作成ステップで作成された多数の微小要素に物性値などを定義する要素定義ステップなどからなる。なお、被加熱体のモデル化は、CADデータやCAEデータなどを用いて効率的に行うことも可能である。さらに用いる座標系も、デカルト座標系に限らず、円筒座標系、球面座標系等、被加熱体の形状や解析手法に応じた適当な座標系を選択すると良い。
【0034】
(2)条件設定工程
条件設定工程は、誘導加熱解析に必要な種々のパラメータを設定する工程である。例えば、誘導加熱を行う時間(加熱時間)、誘導加熱の雰囲気(被加熱体と誘導コイルが載置される雰囲気)、被加熱体の物性値、ステップ間隔(ステップ期間)、要素期間、高周波電源から誘導コイルへ供給される交流波形、その(最大)電流値およびその周波数などである。
【0035】
《用途》
本発明の誘導加熱解析は、各種金属部材の熱処理(特に鉄鋼部材の高周波焼入れ)の解析、誘導加熱を行う電化製品の解析等に利用可能である。
【実施例】
【0036】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
《誘導加熱シミュレーション》
(1)モデル設定
本発明の誘導加熱解析方法の有効性を評価するために、そのシミュレーション対象および実測対象となるモデルを図5に示すように設定した(モデル設定工程)。
すなわち、円柱状の被加熱体(φ30x60mm)を、角形断面の誘導コイル(φ40xφ80x15mm)で高周波誘導加熱する場合をモデルとした。なお図5には、被加熱体および誘導コイルの1/4部分断面を示している。
ここで被加熱体は、表層部分のみを焼入れする高周波熱処理の解析を行うことを想定して、炭素濃度0.4質量%の炭素鋼(S40C:JIS)とした。誘導コイルは、図示していないが、内部水冷式の銅製管状コイルを用いた。
【0037】
(2)条件設定
誘導加熱を行う場合の条件を次のように設定した(条件設定工程)。
先ず、誘導加熱を行う加熱時間は2秒とした。解析ステップの間隔(ステップ期間)は0.1秒とした。誘導加熱には、周波数(f):10kHz、電流値(I):3160Aの定常的な正弦波形からなる高周波電流(交番電流)を供給した。設定した被加熱体の物性値のうち、電気抵抗率(ρ:Ωm)を被加熱体の温度と共に変化する物性値とした。なお、加熱前の電気抵抗率の初期値は 2x10−7 Ωmとした。
【0038】
(3)誘導加熱解析
このように設定したモデルおよび条件の下で、本発明の実施例である誘導加熱シミュレーションを行った。このシミュレーションは、図6に示すように、電磁場解析(ステップ)と、熱伝導解析(ステップ)および被加熱体の物性値更新(ステップ)を、予め設定した加熱時間が経過するまで繰り返す。
【0039】
先ず電磁場解析ステップでは、ステップ(0.1秒:ステップ期間)毎に、図3に示すように、誘導コイルへ供給される高周波電流の2周期分(=2x1/10k=0.00002秒)に相当する期間(要素期間)だけ、前述した図1の数式(1)に基づく過渡解析を行う。そして、二つの要素期間に対応して求まる二つのジュール熱量のうち、被加熱体に生じる交番磁界の波形が安定して求まる第2番目のジュール熱量を、当該ステップ期間を指標する要素熱量とした。
【0040】
この第2番目の要素熱量(q)を基本単位として、当該ステップ期間全体のジュール熱量であるステップ熱量(Qs)が求まる。具体的には、ステップ期間が0.1秒で要素期間が0.00001秒であるから、Qs=(qx0.1/0.00001)=1000qとして求まる。
【0041】
次に熱伝導解析ステップでは、こうして求まったステップ熱量(Qs)の加熱分を考慮して熱伝導解析を行うことで、当該ステップにおける被加熱体の各部の温度(温度分布)が更新される。
さらに、物性値更新ステップでは、こうして求まった被加熱体の各部の温度に基づいて、被加熱体の各部に設定した温度依存性のある物性値が更新される。
そして加熱時間内であれば、さらに、次の電磁場解析ステップ、熱伝導解析ステップおよび物性値更新ステップが繰り返される。そして加熱時間が経過すると、本実施例に係るシミュレーションが終了する。
【0042】
(4)比較例
比較例として、電磁場解析ステップに調和解析を用いた従来のシミュレーションも併せて行った。この調和解析は、誘導コイルを流れる電流波形が定常的な正弦波であると仮定して行った。
【0043】
《実測》
図5に示した被加熱体の現物を用いて、上述のシミュレーションと同条件下で高周波誘導加熱を実際に行った。その加熱工程中の被加熱体の温度を、図5に示したA〜Eの5カ所で測定した。被加熱体のA点、D点およびE点の温度は、熱電対を被加熱体の表面に直接溶接して測定した。また被加熱体のC点およびB点の温度は、被加熱体に加工した細孔へ熱電対を挿入して測定した。
【0044】
《評価》
(1)上記の被加熱体の高周波誘導加熱についてのシミュレーション結果および実測結果を図7および図8に示した。図7は実施例に係るシミュレーション結果であり、図8は比較例に係るシミュレーション結果である。両図とも、観測ポイントに応じて種類の異なる線または点で、シミュレーション結果(計算値)または実測値を示している。
【0045】
(2)先ず図7から明らかなように、本発明の実施例に係るシミュレーションを行った場合、被加熱体のいずれの観測ポイントにおいても、実測値に非常に近似した計算結果が得られた。このことから本発明の誘導加熱解析方法が、現実の誘導加熱にマッチした非常に高精度なものであることが確認された。
【0046】
一方、図8から明らかなように、比較例のシミュレーションを行った場合では、被加熱体の内部の観測ポイントであるB点およびC点では、計算値が実測値に比較的近似しているものの、表層部の観測ポイントであるA点、D点およびE点では、計算値が実測値から乖離した。特に高温になる観測ポイントほど、また、加熱が進行して温度が上昇する観測ポイントほど、計算値と実測値との乖離が大きくなった。特に、高周波熱処理で最も重要なA点の計算値と実測値との誤差が大きく、100℃前後にまで到達した。
【0047】
(3)本発明の誘導加熱解析方法を用いた場合の計算時間を、従来の調和解析による電磁場解析を行った場合の計算時間を1として、従来の過渡解析による電磁場解析を行った場合の計算時間と比較したものを図9に示した。
本発明の誘導加熱解析方法を用いた場合、従来の調和解析を用いた場合よりも計算時間が約2倍程度延びるが、従来の過渡解析を用いた場合に比べると計算時間が100〜200分の1程度にまで短縮されている。
従って、本発明の誘導加熱解析方法によれば、実用上十分な短時間で高精度な計算結果が得られることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
周期的な交番電流が供給される誘導コイルの近傍に配置された被加熱体に電磁誘導により発生するジュール熱量を解析する電磁場解析ステップと、
該電磁場解析ステップで得られたジュール熱量に基づき該被加熱体の少なくとも温度を解析する熱伝導解析ステップと、
を所定の処理間隔であるステップ期間ごとに繰り返すことにより電磁誘導加熱された該被加熱体の加熱状況を解析する誘導加熱解析方法であって、
前記電磁場解析ステップは、前記ステップ期間をさらに分割した要素期間について発生するジュール熱量である要素熱量を、該要素期間内の過渡的な変化を考慮して解析する過渡解析ステップであり、
前記熱伝導解析ステップは、該要素熱量を拡張することにより得られる該ステップ期間のジュール熱量であるステップ熱量に基づき該被加熱体の少なくとも温度を解析するステップであることを特徴とする誘導加熱解析方法。
【請求項2】
前記要素期間は、前記交番電流の交番周期を単位とする期間である請求項1に記載の誘導加熱解析方法。
【請求項3】
前記過渡解析ステップは、2以上の交番周期分について算出したジュール熱量から、少なくとも最初の交番周期分について算出したジュール熱量を除外して前記要素熱量を算出するステップである請求項2に記載の誘導加熱解析方法。
【請求項4】
さらに、前記熱伝導解析ステップにより算出された温度に基づき、前記被加熱体の温度に依存した物性値を変更する物性値変更ステップを有する請求項1または3に記載の誘導加熱解析方法。
【請求項5】
前記物性値は、透磁率、電気抵抗率、電気伝導率、比熱、密度または熱伝導率の少なくとも一種以上である請求項4に記載の誘導加熱解析方法。
【請求項6】
請求項1〜5に記載の誘導加熱解析方法をコンピュータを機能させて実行することを特徴とする誘導加熱解析プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−281755(P2010−281755A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−136759(P2009−136759)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】