説明

誘導多能性幹細胞

【課題】体細胞を初期化して得られる誘導多能性幹細胞、その製造方法、およびその用途を提供する。
【解決手段】以下の(1)から(3)の特徴を有する誘導多能性幹細胞:(1)生殖細胞および内部細胞塊以外の体細胞由来である、(2)胚、生殖細胞および胚性幹(ES)細胞を利用せず製造される、および(3)内在性のOct3/4およびNanogを発現している。胚、生殖細胞および胚性幹(ES)細胞を利用せず製造されることが、Oct3/4、Klf4、c-MycおよびSox2を含む単離された遺伝子を体細胞に導入することである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、体細胞を初期化して得られる誘導多能性幹細胞、その製造方法、およびその用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(ES細胞)はヒトやマウスの初期胚から樹立された幹細胞であり、生体に存在する全ての細胞へと分化できる多能性を維持したまま長期にわたって培養することができるという特徴を有している。この性質を利用してヒトES細胞はパーキンソン病、若年性糖尿病、白血病など多くの疾患に対する細胞移植療法の資源として期待されている。しかしながら、ES細胞の移植は臓器移植と同様に拒絶反応を惹起してしまうという問題がある。また、ヒト胚を破壊して樹立されるES細胞の利用に対しては倫理的見地から反対意見も多い。患者自身の分化体細胞を利用して脱分化を誘導し、ES細胞に近い多能性や増殖能を有する細胞(この細胞を本明細書において「誘導多能性幹細胞」(iPS細胞)と言うが、「胚性幹細胞様細胞」又は「ES様細胞」と呼ばれる場合もある)を樹立することができれば、拒絶反応や倫理的問題のない理想的な多能性細胞として利用できるものと期待される。
【0003】
体細胞核を初期化する方法として、例えば、体細胞の核を卵子に移植し作製したクローン胚からES細胞を樹立する技術が報告されている(W. S. Hwang et al., Science, 303, pp.1669-74, 2004; W. S. Hwang et al., Science, 308, pp.1777-83, 2005:ただし、これらの論文はいずれも捏造されたものであることが判明し、後日取り下げられた)。しかしながら、この技術はES細胞を樹立する目的のためだけにクローン胚を作製することから、不妊治療で生じる余剰胚を用いる通常のES細胞に比して倫理的問題がかえって大きい。また、体細胞とES細胞とを融合させることにより体細胞核を初期化する技術が報告されている(M. Tada et al., Curr. Biol., 11, pp.1553-1558, 2001; C. A. Cowan et al., Science, 309, pp.1369-73, 2005)。しかしながら、この方法においても結局ヒトES細胞を用いることになり倫理的問題の解決とはならないという問題がある。さらに、ヒトに発生した生殖細胞腫瘍由来細胞株の抽出液と分化細胞とを反応させることにより細胞核を初期化する技術が報告されている(C. K. Taranger et al., Mol. Biol. Cell, 16, pp. 5719-35, 2005 )。この方法は抽出液中のどの成分が初期化を誘導しているかが全く不明であり、技術の確実性や安全性に問題がある。
【0004】
一方、分化した体細胞を初期化して誘導多能性幹細胞を誘導する作用を有する核初期化因子をスクリーニングする方法が提案されている(国際公開WO 2005/80598)。この方法はECAT遺伝子(ES細胞で特異的に発現する遺伝子群:ES cell associated transcript)の発現調節領域により発現調節を受ける位置にマーカー遺伝子を存在させた遺伝子を含有する体細胞と被検物質とを接触させ、マーカー遺伝子発現細胞の出現の有無を調べて該細胞を出現させた被検物質を体細胞の核初期化因子の候補として選択する工程を含んでいる。また、この刊行物の実施例6などには体細胞を初期化する方法が示されている。しかしながら、上記刊行物には、核初期化因子を実際に同定したとの報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO 2005/80598
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は核初期化因子を提供することにある。より具体的には、本発明の課題は、卵子、胚、生殖細胞や胚性幹(ES)細胞を利用せずに分化細胞の初期化を誘導し、ES細胞と同様な多能性や増殖能を有する誘導多能性幹細胞を簡便かつ再現性よく樹立することにある。さらなる本発明の課題は、誘導多能性幹細胞の用途を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行い、国際公開WO 2005/80598に記載された核初期化因子のスクリーニング方法を用いて核初期化因子の同定を試みた。その結果、核初期化に関連する遺伝子として24種類の候補遺伝子を見出し、それらのうち3種類の遺伝子が核初期化に必須の遺伝子であることを確認した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明により、体細胞の核初期化因子であって、下記の3種類の遺伝子:Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、及びMycファミリー遺伝子の各遺伝子産物を含む因子が提供される。この発明の好ましい態様によれば、下記の3種の遺伝子:Oct3/4、Klf4、及びc-Mycの各遺伝子産物を含む上記の因子が提供される。
【0009】
また、別の好ましい態様によれば、下記の遺伝子:Soxファミリー遺伝子の遺伝子産物をさらに含む上記の因子も提供され、より好ましい態様としてSox2の遺伝子産物を含む上記の因子が提供される。
【0010】
さらに別の好ましい態様によれば、Mycファミリー遺伝子の遺伝子産物とともに、あるいはMycファミリー遺伝子の遺伝子産物に換えてサイトカインを含む上記の因子が提供され、より好ましい態様としてサイトカインがbasic fibroblast growth factor (bFGF)及び/又はStem Cell Factor (SCF) である上記の因子が提供される。
【0011】
特に好ましい態様によれば、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Mycファミリー遺伝子、及びSoxファミリー遺伝子の各遺伝子産物に加えて、TERT遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Mycファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子、及びTERT遺伝子の各遺伝子産物に加えて、下記の遺伝子:SV40 Large T antigen、HPV16 E6、HPV16 E7、及びBmilからなる群から選ばれる1種以上の遺伝子の遺伝子産物を含む因子が提供される。
【0012】
これらの因子に加えて、下記の群:Fbx15、Nanog、ERas、ECAT15-2、Tcl1、及びβ-cateninからなる群から選ばれる1種以上の遺伝子の遺伝子産物をさらに含む上記の因子が提供される。
【0013】
また、上記発明の別の好ましい態様によれば、下記の群:ECAT1、Esg1、Dnmt3L、ECAT8、Gdf3、Sox15、ECAT15-1、Fthl17、Sall4、Rex1、UTF1、Stella、Stat3、及びGrb2からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子の遺伝子産物をさらに含む上記の因子も提供される。
【0014】
別の観点からは、本発明により、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法であって、体細胞に上記の核初期化因子を接触させる工程を含む方法が提供される。
【0015】
この発明の好ましい態様によれば、体細胞の培養物中に上記の核初期化因子を添加する工程を含む上記の方法;体細胞に上記の核初期化因子をコードする遺伝子を導入する工程を含む上記の方法;上記の核初期化因子をコードする遺伝子を少なくとも1種以上含む組換えベクターを用いて体細胞に該遺伝子を導入する工程を含む上記の方法;及び体細胞として患者から採取した体細胞を用いる上記の方法が提供される。
【0016】
さらに別の観点からは、本発明により、上記の方法により得られた誘導多能性幹細胞が提供される。また、上記の誘導多能性幹細胞から分化誘導された体細胞も本発明により提供される。
【0017】
さらに本発明により、幹細胞療法であって、患者から分離採取した体細胞を用いて上記の方法により得られた誘導多能性幹細胞を分化誘導して得られる体細胞を該患者に移植する工程を含む療法が提供される。
【0018】
さらに本発明により、上記の方法により得られた誘導多能性幹細胞を分化誘導して得られる各種細胞を用いて、化合物、薬剤、毒物などの生理作用や毒性を評価する方法が提供される。
【0019】
また、本発明により、細胞の分化能及び/又は増殖能を改善する方法であって、細胞に対して上記の核初期化因子を接触させる工程を含む方法、並びに上記方法により得られた細胞及び上記方法により得られた細胞から分化誘導された体細胞が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明により提供された核初期化因子を用いることにより、胚、生殖細胞やES細胞を利用せずに簡便かつ再現性よく分化細胞核の初期化を誘導することができ、ES細胞と同様の分化及び多能性や増殖能を有する未分化細胞である誘導多能性幹細胞を樹立することができる。例えば、本発明の核初期化因子を用いて患者自身の体細胞から高い増殖能及び分化多能性を有する誘導多能性幹細胞を作製することができ、この細胞を分化させることにより得られる細胞(例えば心筋細胞、インスリン産生細胞、又は神経細胞など)は、心不全、インスリン依存性糖尿病、パーキンソン病や脊髄損傷など多用な疾患に対する幹細胞移植療法に利用することができ、ヒト胚を用いる倫理的問題や移植後の拒絶反応を回避できるので極めて有用である。また誘導多能性幹細胞を分化させてできる各種細胞(例えば心筋細胞、肝細胞など)は化合物、薬剤、毒物などの薬効や毒性を評価するためのシステムとして極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、Fbx15遺伝子にβgeoをノックインしたマウスの胎児線維芽細胞(MEF)を用いた初期化因子のスクリーニング方法を示した図である。
【図2】図2は、表4に示す24遺伝子の導入により得られたiPS細胞の形態を示した写真である。対照として分化細胞(MEF)及び正常な胚性幹細胞(ES)の形態も示した。
【図3】図3は、iPS細胞におけるマーカー遺伝子の発現を示した図である。iPS細胞、ES細胞、及びMEF細胞から抽出したトータルRNAを鋳型にしてRT-PCRを行った結果を示した。
【図4】図4は、iPS細胞におけるDNAメチル化状態を示した図である。iPS細胞、ES細胞、及びMEF細胞から抽出したゲノムDNAをバイサルファイト処理し、目的DNAをPCR増幅後、プラスミドに挿入した。各遺伝子ごとに10クローンのプラスミドを単離し、シークエンスを決定した。メチル化CpGは黒丸で、非メチル化CpGは白丸で示した。
【図5】図5は、24遺伝子群、及び24遺伝子群から1遺伝子ずつ除外した23遺伝子群の導入により得られたG418耐性細胞のコロニー数を示した図である。グラフ下側はG418選択後1週間で得られたコロニー数を示し、グラフ上側は3週間で得られたクローン数を示す。四角で囲んだ遺伝子(遺伝子の番号は表1に示したものと同一である)を除外した場合、コロニーは全く得られないか、3週間後に少数のみ認められた。
【図6】図6は、10遺伝子群、及び10遺伝子群から1遺伝子ずつ除外した9遺伝子群の導入により得られたG418耐性細胞のコロニー数を示した図である。#14、#15、又は#20の各遺伝子を除外した場合にはコロニーは一つも得られなかった。#22の遺伝子を除外した場合には少数のG418耐性コロニーが得られたが、細胞は分化した形態を示しており明らかにiPS細胞とは異なっていた。
【図7】図7は、10遺伝子群、4遺伝子群、3遺伝子群、又は2遺伝子群によるG418耐性コロニー(初期化コロニー)の出現数を示した図である。各コロニーの代表的な形態を大きさを示す。
【図8】図8は、MEF由来のiPS細胞をヌードマウス皮下に移植し形成された腫瘍をヘマトキシリンエオジン(H & E)染色した結果を示した写真である。三胚葉系の各種組織への分化が認められる。
【図9】図9は、成体皮膚線維芽細胞に由来するiPS細胞をマウス胚盤胞に移植し、偽妊娠マウスの子宮に移植することにより作製した胎児を示した写真である。上図、左側の胎児において、iPS細胞に由来する細胞(緑色蛍光を発する)が、全身に分布していることがわかる。下図では、同胎児の心臓、肝臓、脊髄のほぼすべての細胞がGFP陽性であり、iPS細胞に由来することがわかる。
【図10】図10は、ES細胞マーカー遺伝子の発現をRT-PCRで確認した結果を示した写真である。図中、Sox2 minusはMEFに3遺伝子を導入し樹立されたiPS細胞を、4ECATはMEFに4遺伝子を導入し樹立したiPS細胞を、10ECATはMEFに10遺伝子を導入し樹立したiPS細胞を、10ECAT Skin fibroblastは、皮膚線維芽細胞に10遺伝子を導入し樹立したiPS細胞を、ES細胞はマウスES細胞を、そしてMEFは遺伝子導入を行っていないMEF細胞を示す。その下の番号はクローン番号を示す。
【図11】図11は、MEFからのiPS細胞樹立におけるbFGFの効果を示した図である。通常のフィーダー細胞(STO細胞)(左)及びbFGF発現ベクターを導入したSTO細胞(右)上で培養したFbx15βgeo/βgeoマウス由来のMEFに、4因子(上段)又はc-Myc 以外の3因子(下段)をレトロウイルスにて導入した。2週間、G418による選択を行い、クリスタルブルーで染色後、写真撮影を行った。数字はコロニー数を表す。
【図12】図12は、Nanog-EGFP-IRES-Puroマウスを用いた実験について説明した図である。A. マウスNanog遺伝子を中央に含む大腸菌人工染色体(BAC)を単離し、Nanogのコーディング領域の上流にEGFP-IRES-Puroカセットをリコンビニアリングにより挿入した。B. 改変BACからトランスジェニックマウスを作製した。GFPの発現は胚盤胞の内部細胞塊や、生殖腺に限局して認められた。
【図13】図13は、Nanog-EGFP-IRES-Puroマウスを用いた実験について説明した図である。Nanog-EGFP-IRES-Puroマウスの胎児(受精後13.5日)から、頭部、内臓、及び生殖腺を除去し、MEFを樹立した。セルソーターによる解析の結果、Nanog-EGFP-IRES-Puroマウス由来のMEF (Nanog)においても、Fbx15βgeo/βgeoマウス由来のMEF(Fbx15)や野生型マウス由来のMEF(Wild)と同様に、GFP陽性細胞はほとんど存在しなかった。
【図14】図14は、Nanog-EGFP-IRES-PuroマウスMEF(左)及びFbx15βgeo/βgeoマウスMEF(右)から樹立したiPS細胞の写真である。それぞれピューロマイシン及びG418で選択した。
【図15】図15は、iPS細胞の増殖の結果を示した図である。ES細胞、Nanog-EGFP-IRES-PuroマウスMEF(左)由来のiPS細胞(Nanog iPS)及びFbx15βgeo/βgeoマウスMEF由来のiPS細胞(Fbx iPS)をそれぞれ10万個ずつ24ウェルプレートにまき、3日ごとに継代し、細胞数を測定した結果を示した。数字は倍加時間の平均を表す。
【図16】図16は、iPS細胞の遺伝子発現を示した図である。MEF、ES細胞、Nanog-EGFP-IRES-PuroマウスMEF(左)由来のiPS細胞(Nanog iPS)及びFbx15βgeo/βgeoマウスMEF由来のiPS細胞(Fbx iPS)におけるマーカー遺伝子の発現をRT-PCRにて解析した。下の数字は、継代数を表す。
【図17】図17は、Nanog iPS細胞からの奇形腫形成を示した図である。100万個のES細胞又はNanog iPS細胞をヌードマウスの背部に皮下注射し、3週間後にできた腫瘍の外観(左)及び組織像(右、H&E染色)を示す。
【図18】図18は、Nanog iPS細胞からのキメラマウスの作成を示した図である。Nanog iPS細胞(クローンNPMF4EK-24、継代数6)を胚盤胞に移植し、誕生したキメラマウス。90個の移植胚から4匹のキメラマウスが誕生した。
【図19】図19は、Nanog iPS細胞からのジャームライントランスミッションを示した図である。図18に示すキメラマウスとC57BL/6マウスの交配により誕生したマウスをゲノムDNAをPCR解析したところ、すべてのマウスにおいてOct3/4とKlf4のトランスジーンが存在していたことから、ジャームライントランスミッションが確認された。
【図20】図20は、iPS細胞からの神経細胞分化誘導を示した図である。皮膚線維芽細胞由来iPS細胞からin vitroで分化させた神経細胞(上、βIIIチュブリン陽性)、オリゴデンドロサイト(左、O4陽性)、アストロサイト(右、GFAP陽性)を示す。
【図21】図21は、薬剤選択を用いないiPS細胞の樹立について説明した図である。MEFを10cmディッシュあたり1万から10万個まき、4因子をレトロウイルスで導入した。コントロール(Mock)ではコロニーは生じなかったが(左)、4因子を導入したディッシュでは扁平な形質転換コロニーに加えて、盛り上がったiPS細胞に類似したコロニーが得られた(中央)。これらを継代培養すると、iPS細胞に類似した細胞が得られた(右)。
【図22】図22は、薬剤選択無しで樹立した細胞の遺伝子発現を示した図である。図21に示す樹立した細胞からRNAを抽出し、ES細胞マーカー遺伝子の発現を、RT-PCRにて解析した。
【図23】図23は、ヒト線維芽細胞由来のiPS細胞様細胞を示した図である。ヒト胎児由来線維芽細胞に4因子のヒト相同遺伝子をレトロウイルスで導入し、得られたコロニー(左)、及び2回継代後の細胞(右)を示す。
【図24】図24は、ヒト成体皮膚線維芽細胞からのiPS細胞の樹立を示した図である。マウスレトロウイルス受容体をレンチウイルスで感染させたヒト成体皮膚線維芽細胞に、左段に示した因子をレトロウイルスで導入した。写真はウイルス感染後8日目の位相差像(対物x10)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の核初期化因子は、下記の3種類の遺伝子:Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、及びMycファミリー遺伝子の各遺伝子産物を含むことを特徴としており、好ましい態様では、上記の3種の遺伝子に加えてSoxファミリー遺伝子の遺伝子産物を含むことを特徴としている。
【0023】
本発明の核初期化因子を確認する手段としては、例えば、国際公開WO 2005/80598に記載された核初期化因子のスクリーニング方法を利用することができる。上記刊行物の全ての開示を参照により本明細書の開示に含める。当業者は上記刊行物を参照することにより核初期化因子をスクリーニングし、本発明の初期化因子の存在及び作用を確認することができる。
【0024】
例えば、初期化現象を容易に観察する実験系としてFbx15遺伝子座にβgeo(ベータガラクトシダーゼとネオマイシン耐性遺伝子の融合遺伝子)をノックインしたマウスを利用することができる。その詳細を本明細書の実施例に示した。マウスFbx15遺伝子はES細胞や初期胚などの分化多能性細胞において特異的に発現する遺伝子である。マウスFbx15遺伝子にβgeoをノックインし、Fbx15の機能を欠失したホモ変異マウスでは、通常、分化多能性や発生を含めて異常な表現型は観察されない。このマウスにおいては、βgeoがFbx15遺伝子のエンハンサーやプロモーターにより発現制御されており、分化した体細胞ではβgeoは発現せず、G418に感受性を示す。一方、βgeoをノックインしたホモ変異ES細胞は極めて高濃度(12 mg/ml以上)のG418に耐性を示す。この現象を利用し、体細胞の初期化を可視化する実験系を構築することができる。
【0025】
上記実験系を利用して、まずβgeoをノックインしたホモ変異マウスの胎児(受精後13.5日)から線維芽細胞(Fbx15βgeo/βgeoのMEF)を単離することができる。MEFはFbx15遺伝子を発現しないため、βgeoも発現せず、G418に感受性を示す。ところが、このMEFと遺伝子操作を加えていないES細胞(やはりG418に感受性を示す)を融合させると、MEFの核が初期化する結果、βgeoが発現してG418耐性となる。従って、この実験系を利用することにより、初期化現象をG418耐性に置き換えて可視化できる。
【0026】
上記の実験系を用いて核初期化因子を選択することができる。核初期化因子に関連する遺伝子の候補として、ES細胞で特異的な発現を示す遺伝子及びES細胞の分化多能性維持における重要な役割が示唆される遺伝子を複数選択し、それらの候補遺伝子が単独で、あるいは適宜組み合わせることにより核初期を惹起するか否かを確認することができる。例えば、選択された1次候補遺伝子を全て組み合わせることにより分化細胞をES細胞に近い状態に初期化誘導できることを確認した後、その組み合わせのなかから1個ずつの遺伝子を除いた組み合わせを用意して同様の作用を確認し、その遺伝子が存在しない場合に初期化誘導能が減弱し、あるいは初期化誘導能が失われる2次候補遺伝子を選択することができる。そのようにして選択された2次候補遺伝子について同様のステップを繰り返すことにより、必須の核初期化遺伝子の組み合わせを選択することができ、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、及びMycファミリー遺伝子の3種の遺伝子の遺伝子産物の組み合わせが核初期化因子として作用することを確認することができ、さらにこれらの3種類の遺伝子の遺伝子産物に加えてSoxファミリー遺伝子の遺伝子産物を組み合わせが核初期化因子として極めて優れた性質を有することを確認することができる。核初期化因子の選択方法の具体例は本明細書の実施例に具体的に示されており、当業者は上記の一般的説明及び実施例の具体的説明を参照することにより、これら3種の遺伝子の組み合わせが体細胞の初期化を誘導すること、及びこれら3種の遺伝子産物の組み合わせが核初期化に必須であることを容易に確認することができる。
【0027】
本発明により提供される核初期化因子は、少なくともOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物の組合せを含み、例えばOct3/4、Klf4、及びc-Mycの3種の遺伝子の遺伝子産物の組み合わせを含む。Octファミリー遺伝子としては、例えば、Oct3/4、Oct1A、及びOct6などを挙げることができる。Oct3/4はPOUファミリーに属する転写因子であり、未分化マーカーとして報告されている(K. Okamoto et al., Cell, 60, pp461-72,1990)。また、Oct3/4は多能性維持に関与しているとの報告もある(J. Nichols et al., Cell, 95, pp379-91,1998)。Klfファミリー遺伝子としては、Klf1、Klf2、Klf4、及びKlf5などを挙げることができる。Klf4(Kruppel like factor-4)は腫瘍抑制因子として報告されている(A. M. Ghaleb et al., Cell Res., 15, pp92-6, 2005)。Mycファミリー遺伝子としては、c-Myc、N-Myc、及びL-Mycなどを挙げることができる。c-Mycは細胞の分化及び増殖に関与する転写制御因子であり(S. Adhikary, M. Eilers, Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 6, pp635-45, 2005)、多能性維持に関与しているとの報告がある(P. Cartwright et al., Development, 132, pp885-96,2005)。Oct3/4、Klf4、及びc-Myc以外の各ファミリー遺伝子のNCBIアセッション番号は以下のとおりである。
【0028】
【表1】

【0029】
これらの遺伝子はいずれもヒトを含む哺乳類動物において共通して存在する遺伝子であり、本発明において上記遺伝子産物を利用するためには、任意の哺乳類動物由来(例えばマウス、ラット、ウシ、ヒツジ、ウマ、サルなどの哺乳類動物由来)の遺伝子を用いることが可能である。また、野生型の遺伝子産物のほか、数個(例えば1〜10個、好ましくは1〜6個、より好ましくは1〜4個、さらに好ましくは1〜3個、特に好ましくは1又は2個)のアミノ酸が置換、挿入、及び/又は欠失した変異遺伝子産物であって、野生型の遺伝子産物と同様の機能を有する遺伝子産物も利用可能である。例えば、c-Mycの遺伝子産物としては野生型のほか安定型(T58A)などを用いてもよい。他の遺伝子産物についても同様である。
【0030】
本発明の核初期化因子は、上記の3種の遺伝子産物のほか、他の遺伝子産物を含むことができる。そのような遺伝子産物として、Soxファミリー遺伝子の遺伝子産物を挙げることができる。Soxファミリー遺伝子としては、例えば、Sox1、Sox3、Sox7、Sox15、Sox17、及びSox18、好ましくはSox2を挙げることができる。少なくともOctファミリー遺伝子(例えばOct3/4)、Klfファミリー遺伝子(例えばKlf4)、Mycファミリー遺伝子(例えばc-Myc)、及びSoxファミリー遺伝子(例えばSox2)の4種の遺伝子の遺伝子産物の組み合わせを含む核初期化因子は初期化の効率の観点から本発明の好ましい態様であり、特に万能性の獲得のためにSoxファミリー遺伝子の遺伝子産物を組み合わせることが好ましい場合がある。Sox2は初期発生過程で発現し、転写因子をコードする遺伝子である(A. A. Avilion et al., Genes Dev., 17, pp126-40, 2003)。Sox2以外のSoxファミリー遺伝子のNCBIアセッション番号は以下のとおりである。
【0031】
【表2】

【0032】
また、Mycファミリー遺伝子の遺伝子産物はサイトカインで置き換えることができる場合がある。サイトカインとしては、例えば、SCF又はbFGFなどが好ましいが、これらに限定されることはない。
【0033】
さらに好ましい態様として、上記の3種類の遺伝子産物、好ましくは上記の4種類の遺伝子産物に加えて、細胞の不死化を誘導する因子をあげることができる。たとえば、TERT遺伝子の遺伝子産物を含む因子と、下記の遺伝子:SV40 Large T antigen、HPV16 E6、HPV16 E7、及びBmilからなる群から選ばれる1種以上の遺伝子の遺伝子産物を含む因子を、組み合わせることを挙げることができる。TERTはDNA複製時における染色体末端テロメア構造維持のために必須であり、ヒトでは幹細胞や腫瘍細胞では発現するが、多くの体細胞においては発現が認められない(I. Horikawa, et al., Proc Natl Acad Sci USA. 102, pp18437-442, 2005)。SV40 Large T antigen、HPV16 E6、HPV16 E7、またはBmilは、Large T antigenと組み合わせることにより、ヒト体細胞の不死化をもたらすことが報告されている(S. Akimov et al., Stem Cells, 23, pp1423-1433, 2005; P. Salmon et al., Mol. Ther.,2, pp404-414, 2000)。これらの因子は、特にヒト細胞からiPS細胞を誘導する場合において極めて有用である。TERTおよびBmi1遺伝子のNCBIアセッション番号は以下のとおりである。
【0034】
【表3】

【0035】
さらに、下記の群:Fbx15、Nanog、ERas、ECAT15-2、Tcl1、及びβ-cateninからなる群から選ばれる遺伝子のうちの1種又は2種以上の遺伝子産物を組み合わせてもよい。初期化の効率の観点から特に好ましい態様として、Fbx15、Nanog、ERas、ECAT15-2、Tcl1、及びβ-cateninの遺伝子産物を上記4種類の遺伝子産物と組み合わせた合計10種類の遺伝子産物を含む核初期化因子を挙げることができる。Fbx15(Y. Tokuzawa et al., Mol Cell Biol., 23, pp2699-708 , 2003)、Nanog(K. Mitsui et al., Cell, 113, pp631-42, 2003)、ERas(K. Takahashi, K. Mitsui, S. Yamanaka, Nature, 423, pp541-5, 2003)、及びECAT15-2(A. Bortvin et al., Development, 130, pp1673-80, 2003)はES細胞特異的発現遺伝子であり、Tcl1はAktの活性化に関与しており(A. Bortvin et al., Development, 130, pp1673-80, 2003)、β-cateninはWntシグナル伝達経路の重要な構成因子であり、多能性維持に関与しているとの報告もある(N. Sato et al, Nat. Med., 10, pp55-63, 2004)。
【0036】
さらに、本発明の核初期化因子は、例えば、下記の群:ECAT1、Esg1、Dnmt3L、ECAT8、Gdf3、Sox15、ECAT15-1、Fthl17、Sall4、Rex1、UTF1、Stella、Stat3、及びGrb2からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子の遺伝子産物を含んでいてもよい。ECAT1、Esg1、ECAT8、Gdf3、及びECAT15-1はES細胞特異的発現遺伝子であり(K. Mitsui et al., Cell, 113, pp631-42, 2003)、Dnmt3LはDNAメチル化酵素関連因子であり、Sox15は初期発生過程で発現し転写因子をコードする一群の遺伝子である(M. Maruyama et al., J Biol Chem., 280, pp24371-9, 2005)。Fthl17はFerritin heavy polypeptide-like 17をコードしており(A. colLoriot, T. Boon, C. De Smet, Int J Cancer, 105, pp371-6, 2003)、Sall4は胚性幹細胞で高発現するZnフィンガータンパク質をコードしており(J. Kohlhase et al., Cytogenet Genome Res., 98, pp274-7, 2002)、Rex1はOct3/4の下流にある転写因子をコードしている(E. Ben-Shushan, J. R. Thompson, L. J. Gudas, Y. Bergman, Mol Cell Biol., 18, pp1866-78, 1998)。UTF1はOct3/4の下流に位置する転写補助因子であり、これを抑制するとES細胞の増殖を抑制するとの報告がある(A. Okuda et al., EMBO J., 17, pp2019-32, 1998)。Stat3は細胞増殖・分化のシグナル因子であり、Stat3の活性化によりLIFが働き、多能性維持に重要な役割を果たしている(H. Niwa, T. Burdon, I. Chambers, A. Smith, Genes Dev., 12, pp2048-60, 1998)。Grb2は細胞膜に存在するさまざまな成長因子受容体とRas/MAPKカスケードとの間を仲介するタンパク質をコードしている(A. M. Cheng et al., Cell, 95, pp 793-803, 1998)。
【0037】
もっとも、本発明の核初期化因子に含むことができる遺伝子産物は上記に具体的に説明した遺伝子の遺伝子産物に限定されることはない。本発明の核初期化因子には、核初期化因子として機能することができる他の遺伝子産物のほか、分化、発生、又は増殖などに関係する因子あるいはその他の生理活性を有する因子を1又は2以上含むことができ、そのような態様も本発明の範囲に包含されることは言うまでもない。核初期化因子として機能することができる他の遺伝子産物は、例えば、Oct3/4、Klf4、及びc-Mycの3種の遺伝子のうち1種又は2種のみを発現させた体細胞を用い、この細胞に対して核初期化を誘導することができる遺伝子産物をスクリーニングすることによって特定することができる。本発明により、新たな核初期化因子のスクリーニング方法として上記のスクリーニング方法も提供される。
【0038】
また、本発明の核初期化因子に含まれる遺伝子産物は、例えば上記遺伝子から産生されるタンパク質自体のほか、該タンパク質とその他のタンパク質又はペプチドなどとの融合遺伝子産物の形態であってもよい。例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)との融合タンパク質やヒスチジンタグなどのペプチドとの融合遺伝子産物を用いることもできる。また、HIVウイルスに由来するTATペプチドとの融合タンパク質を調製して用いることにより、細胞膜からの核初期化因子の細胞内取り込みを促進させることができ、遺伝子導入などの煩雑な操作を回避して、融合タンパク質を培地に添加するだけで初期化を誘導することが可能になる。このような融合遺伝子産物の調製方法は当業者によく知られているので、当業者は目的に応じて適宜の融合遺伝子産物を容易に設計して調製することが可能である。
【0039】
本発明の核初期化因子を用いて体細胞の核を初期化して誘導多能性幹細胞を得ることができる。本明細書において「誘導多能性幹細胞」とはES細胞に近い性質を有する細胞のことであり、より具体的には、未分化細胞であって多能性及び増殖能を有する細胞を包含するが、この用語をいかなる意味においても限定的に解釈してはならず、最も広義に解釈する必要がある。核初期化因子を用いて誘導多能性幹細胞を調製する方法については国際公開WO2005/80598に説明されており(上記公報においてはES様細胞という用語が用いられている)、誘導多能性幹細胞の分離手段についても具体的に説明されている。従って、当業者は上記刊行物を参照することにより、本発明の核初期化因子を用いて誘導多能性幹細胞を容易に調製することが可能である。
【0040】
本発明の核初期化因子を用いて体細胞から誘導多能性幹細胞を調製する方法は特に限定されず、体細胞及び誘導多能性幹細胞が増殖可能な環境において核初期化因子が体細胞と接触可能であれば、いかなる方法を採用してもよい。例えば、本発明の核初期化因子に含まれる遺伝子産物を培地中に添加してもよく、あるいは本発明の核初期化因子を発現可能な遺伝子を含むベクターを用いて該遺伝子を体細胞に導入するなどの手段を採用してもよい。このようなベクターを用いる場合には、ベクターに2種以上の遺伝子を組み込んでそれぞれの遺伝子産物を体細胞において同時に発現させてもよい。初期化すべき体細胞において本発明の核初期化因子に含まれる遺伝子産物の1種又は2種以上がすでに発現されている場合には、本発明の核初期化因子から該遺伝子産物を除くこともできるが、このような態様も本発明の範囲に包含されることは言うまでもない。
【0041】
本発明の核初期化因子を用いて誘導多能性幹細胞を調製するにあたり、初期化すべき体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を利用することができる。例えば、胎児期の体細胞のほか、成熟した体細胞を用いてもよい。誘導多能性幹細胞を疾病の治療に用いる場合には、患者から分離した体細胞を用いることが望ましく、例えば、疾病に関与する体細胞や疾病治療に関与する体細胞などを用いることができる。本発明の方法により培地中に出現した誘導多能性幹細胞を選択する方法も特に限定されず、例えば、マーカー遺伝子として薬剤耐性遺伝子などを用いて薬剤耐性を指標として誘導多能性幹細胞を分離するなどの周知の手段を適宜採用できる。ES細胞の未分化性及び多能性を維持可能な培地又はその性質を維持することができない培地は当業界で種々知られており、適宜の培地を組み合わせて用いることにより、誘導多能性幹細胞を効率よく分離することができる。分離された誘導多能性幹細胞の分化能及び増殖能はES細胞について汎用されている確認手段を利用することにより当業者が容易に確認可能である。
【0042】
本発明の方法により調製される誘導多能性幹細胞の用途は特に限定されず、ES細胞を利用して行われているあらゆる試験・研究やES細胞を用いた疾病の治療などに使用することができる。例えば、本発明の方法により得られた誘導多能性幹細胞をレチノイン酸、EGFなどの増殖因子、又はグルココルチコイドなどで処理することにより、所望の分化細胞(例えば神経細胞、心筋細胞、血球細胞など)を誘導することができ、そのようにして得られた分化細胞を患者に戻すことにより自家細胞移植による幹細胞療法を達成することができる。もっとも、本発明の誘導多能性幹細胞の用途は上記の特定の態様に限定されることはない。
【0043】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【実施例1】
【0044】
例1:初期化因子の選択
初期化因子を同定するためには初期化現象を容易に観察する実験系が必要である。実験系としてFbx15遺伝子座にβgeo(ベータガラクトシダーゼとネオマイシン耐性遺伝子の融合遺伝子)をノックインしたマウスを利用した。マウスFbx15遺伝子はES細胞や初期胚といった分化多能性細胞において特異的に発現する遺伝子である。しかしマウスFbx15遺伝子にβgeoをノックインし、Fbx15の機能を欠失したホモ変異マウスにおいては、分化多能性や発生を含めて異常な表現型は観察されなかった。このマウスにおいては、βgeoがFbx15遺伝子のエンハンサーやプロモーターにより発現制御される。すなわち、分化した体細胞ではβgeoは発現せず、G418に感受性を示す。一方、βgeoをノックインしたホモ変異ES細胞は極めて高濃度(12 mg/ml以上)のG418に耐性を示す。この現象を利用し、体細胞の初期化を可視化する実験系を構築した。
【0045】
上記実験系において、まずβgeoをノックインしたホモ変異マウスの胎児(受精後13.5日)から線維芽細胞(Fbx15βgeo/βgeoのMEF)を単離した。MEFはFbx15遺伝子を発現しないため、βgeoも発現せず、G418に感受性を示す。一方、このMEFと遺伝子操作を加えていないES細胞(やはりG418に感受性を示す)を融合させると、MEFの核が初期化する結果、βgeoが発現してG418耐性となる。すなわち、この実験系により初期化現象をG418耐性に置き換えて可視化できる(国際公開WO 2005/80598)。上記実験系を用いて初期化因子の探索を行ない(図1)、初期化因子の候補としてES細胞で特異的な発現を示す遺伝子、及びES細胞の分化多能性維持における重要な役割が示唆される遺伝子を合計24種類選択した。これらの遺伝子を下記の表4及び表5に示す。なお#21のβ-catenin及び#22のc-Mycに関しては活性型の変異体(catenin: S33Y, c-Myc: T58A)を用いた。
【0046】
【表4】

【0047】
【表5】



【0048】
これらの遺伝子のcDNAをレトロウイルスベクターpMX-gwにGatewayテクノロジーにより挿入した。まず24遺伝子を一つずつFbx15βgeo/βgeoのMEFに感染させ、その後、ES細胞培養条件でG418選択を行った。しかしG418耐性コロニーは一つも得られなかった。次に、全24遺伝子のレトロウイルスを同時にFbx15βgeo/βgeoのMEFに感染させた。ES細胞培養条件でG418選択を行ったところ、複数の薬剤耐性コロニーが得られた。これらのコロニーを単離し培養を継続した。これらの細胞は長期間にわたって培養が可能であり、またES細胞に類似した形態を示すことが分かった(図2)。図中、iPS細胞は誘導多能性幹細胞(ES様細胞、ES-like細胞、ESL細胞とも呼ぶ)、ESは胚性幹細胞を示し、MEFは分化細胞(胎児線維芽細胞)を示す。
【0049】
マーカー遺伝子の発現をRT-PCRにより検討したが、Nanog、Oct3/4などの未分化マーカーが発現していた(図3)。Nanogの発現はES細胞に近いが、Oct3/4の発現はES細胞より低いことがわかった。また、DNAメチル化状態をバイサルファイトシークエンス法で確認したが、Nanog遺伝子やFbx15遺伝子はMEFにおいて高メチル化状態にあるが、iPS細胞においては脱メチル化されていることがわかった(図4)。インプリンティング遺伝子であるIGF2遺伝子はMEFとiPS細胞の両者で約50%がメチル化されていた。Fbx15βgeo/βgeoのMEFを採取した受精後13.5日の始原生殖細胞においてはインプリンティング記憶が消去されIGF2遺伝子はほぼ完全に脱メチル化されていることが知られているので、iPS細胞はFbx15βgeo/βgeoのMEFに混入していた始原生殖細胞に由来するものではないと結論された。以上の結果より、24種類の因子の組み合わせにより、分化細胞(MEF)をES細胞に近い状態に初期化誘導できることが示された。
【0050】
次に、24種類の遺伝子の全てが初期化のために必要であるか否かを検討した。1遺伝子ずつ除外した23遺伝子をFbx15βgeo/βgeoのMEFに感染させた。その結果、10遺伝子については、それを除外した時に、コロニーの形成が阻害されることがわかった(図5:遺伝子の番号は表4に示した遺伝子の番号に対応しており、#3、#4、#5、#11、#14、#15、#18、#20、#21、及び#22の10種類の遺伝子である)。これらの10遺伝子を同時にFbx15βgeo/βgeoのMEFに感染させたところ、24遺伝子を同時に感染させた場合に比して有意に効率よくG418耐性コロニーが得られた。
【0051】
さらに、この10遺伝子から1遺伝子ずつ除外した9遺伝子をFbx15βgeo/βgeoのMEFに感染させた。その結果、4種の遺伝子(#14、#15、#20、又は#22)をそれぞれ除外した場合にはG418耐性のiPS細胞コロニーが形成されないことがわかった(図6)。従って、10遺伝子のうち、これら4種の遺伝子が初期化誘導にとって特に重要な役割を果たすことが示唆された。
【実施例2】
【0052】
例2:4種類の遺伝子群の組合せによる初期化誘導
10種類の遺伝子群のなかで特に重要性が示唆された4遺伝子により体細胞の初期化の誘導が可能であるか否かを検討した。Fbx15遺伝子にβgeoをノックインしたMEF細胞に上記10種類の遺伝子の組み合わせ、上記4種類の遺伝子の組み合わせ、上記4種類のうち3種類のみの遺伝子の組み合わせ、及び上記4種類のうち2種類のみの遺伝子の組み合わせを用いて、これらの遺伝子群をレトロウイルスにより体細胞に導入した。その結果、4種類の遺伝子を導入した場合には160個のG418耐性コロニーが得られた。この結果は、10種類の遺伝子を導入した場合の結果(179コロニー)とほぼ同数であったが、4遺伝子導入の場合には10遺伝子導入の場合に比べてコロニーが小さかった。また、これらのコロニーを継代培養した場合、iPS細胞の形態を示したコロニーは10遺伝子導入の場合に12クローン中9クローンであったのに対して、4遺伝子導入の場合には12クローン中7クローンと若干少ない傾向にあった。4遺伝子としては、マウス由来のもの、ヒト由来のもの、どちらでもほぼ同じ数のiPS細胞が得られた。
【0053】
上記4遺伝子の中から選択された3遺伝子を導入した場合、ある組合せ(#14、#15及び#20)では36個の扁平なコロニーが得られたが、継代培養してもiPS細胞は観察されなかった。別の組合せ(#14、#20、及び#22)では54個の小さいコロニーが得られた。これらのうち、比較的大きいコロニーを6つ継代培養したところ、6クローンのすべてでES細胞に類似した細胞が得られた。しかしながら、ES細胞に比べると細胞同士や培養シャーレへの接着が弱いと思われた。また細胞増殖の速度も4遺伝子を導入した場合に比べて遅かった。また4遺伝子中の3遺伝子の他の2通りの組み合わせではそれぞれ1つずつコロニーが形成されたが、継代培養しても細胞の増殖は認められなかった。4遺伝子のなかから選択された2遺伝子の組み合わせ(6通り)では、いずれの場合にもG418耐性コロニーが1つも形成されなかった。以上の結果を図7に示す。
【0054】
また、図10にはES細胞マーカー遺伝子の発現をRT-PCRで確認した結果を示した。方法の詳細は以下のとおりである。Fbx15βgeo/βgeoのMEFに3遺伝子(Oct3/4、Klf4及びc-Myc、Sox2 minusと表記)、4遺伝子(3遺伝子にSox2を加えたもの、4ECATと表記)、10遺伝子(4遺伝子に表4の#3、#4、#5、#11、#18、#21を加えたもの、10ECATと表記)を導入し樹立したiPS細胞、Fbx15遺伝子にβgeoをノックインした成体マウスの尾部皮膚より樹立した線維芽細胞に10遺伝子を導入して樹立したiPS細胞(10ECAT Skin fibroblastと表記)、マウスES細胞及び遺伝子導入していないMEF細胞よりTotal RNAを精製し、DNaseI処理によりゲノムDNAの混入を除去した。逆転写反応によりFirst strand cDNAを作成し、PCRによりES細胞マーカー遺伝子の発現を検討した。なおOct3/4、Nanog、ERasに関しては導入したレトロウイルスからではなく、内在性遺伝子からの転写産物のみを増幅するプライマーを用いてPCRを行った。プライマー配列を表6に示す。
【0055】
【表6】



【0056】
この図に示された結果から、3遺伝子を導入した場合、ERasやFgf4は効率よく発現誘導されるが、多能性維持に必須の因子であるOct3/4とNanogの誘導は起こらないか、おこっても非常に弱いことがわかった。一方、4遺伝子を導入した場合、Oct3/4とNanogが比較的強く誘導されているクローンが調べた4クローン中で1クローン(#7)が存在した。さらに10遺伝子を導入した場合は、調べた5クローン中、3クローンにおいて、Oct3/4とNanogの強い誘導が認められた。
【0057】
これらの結果から、初期化のためには少なくとも3遺伝子の組合せ(#14、#20、及び#22)が必須であり、それらの3種の遺伝子を含む4遺伝子群及び10遺伝子群では遺伝子の数を増やすにつれて初期化の効率が上昇することが明らかとなった。
【実施例3】
【0058】
例3:初期化した細胞の多分化能の解析
樹立したiPS細胞の分化多能性を評価するため、24因子、10因子、および4因子で樹立されたiPS細胞をヌードマウスの皮下に移植した。その結果、ES細胞と同様の大きさの腫瘍が全例で形成された。組織学的に見ると腫瘍は複数の種類の細胞から構成されており、軟骨組織、神経組織、筋肉組織、脂肪組織、および腸管様組織(図8)が認められたことから、iPS細胞の多能性が証明された。一方、3因子で樹立した細胞をヌードマウスに移植すると腫瘍は形成されたが、組織学的には未分化細胞からのみ形成されていた。したがって、分化多能性の誘導のためには、Soxファミリーが必須であることがわかった。
【実施例4】
【0059】
例4:成体マウスの尾部に由来する線維芽細胞の初期化
マウス胎児線維芽細胞(MEF)で同定した4因子をFbx15遺伝子にβgeoをノックインし、さらに全身で緑色蛍光蛋白質(GFP)を発現する成体マウスの尾部に由来する線維芽細胞に導入した。その後、フィーダー細胞上でES細胞培養条件と同様の条件で培養してG418による選択を行った。薬剤選択開始後約2週間で複数のiPS細胞コロニーが得られた。これらの細胞をヌードマウスの皮下に移植すると三胚葉系の様々な組織からなる奇形腫を形成した。また成体皮膚線維芽細胞に由来するiPS細胞を胚盤胞に移植し、偽妊娠マウスの子宮に移植したところ、受精後13.5日目の胚において、全身でGFP陽性細胞の分布しているものが認められた(図9)。これはiPS細胞が多能性を有しており、マウス胚発生に寄与できることを示している。この結果は、同定した因子群が胎児期の体細胞だけではなく成熟したマウスの体細胞に対しても初期化を誘導する能力のあることを示している。成体皮膚由来の細胞で初期化誘導できることは実用上極めて重要である。
【実施例5】
【0060】
例5
iPS細胞樹立におけるサイトカインの影響を検討した。フィーダー細胞(STO細胞)に塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)又は幹細胞因子(SCF)の発現ベクター(pMXレトロウイルスベクター)を導入し、これらのサイトカインを恒常的に発現する細胞を樹立した。Fbx15βgeo/βgeoマウス由来MEF(50万個/100mmディッシュ)をこれらのSTO細胞上で培養し、4因子を導入後G418 による選択を行ったところ、通常のSTO細胞上で培養した時と比べて、コロニー形成数がbFGF(図11)、SCF(data not shown)を産生するSTO細胞上では20倍以上上昇した。またc-Myc以外の3因子を導入しても通常のSTO細胞上ではiPS細胞コロニーは生成されなかったが、bFGF(図11)、SCF(data not shown)を産生するSTO細胞上では、コロニーの形成が認められた。これらの結果から、サイトカインの刺激により、MEFからのiPS細胞の樹立効率が上昇すること、及びc-Mycに換えてサイトカインを用いることにより核初期化が可能になることが明らかとなった。
【実施例6】
【0061】
例6
Oct3/4、Klf4、c-Myc、及びSox2遺伝子にはすべてファミリー遺伝子(表1及び2)が存在する。そこで4遺伝子に換えてファミリー遺伝子によってもiPS細胞が樹立できるかを検討した。表7に2回の実験の結果を合わせたものを示す。Soxファミリーについては、Sox1はG418耐性コロニー数及びiPS細胞樹立効率とともにSox2と同程度であった。Sox3はG418耐性コロニー数はSox2の10分の1程度であったが、ひろったコロニーからのiPS細胞樹立効率はSox2よりむしろ高かった。Sox15はG418耐性コロニー数及びiPS細胞樹立効率とともにSox2より低かった。Sox17はG418耐性コロニーはSox2と同程度であったが、iPS細胞樹立効率は低かった。Klfファミリーについては、Klf2はKlf4より少ないG418耐性コロニーが生じたが、iPS細胞の樹立効率は同程度であった。Mycファミリーについては、まず野生型のc-MycがT58A変異体とG418耐性コロニー数、iPS細胞樹立効率の両者において同程度であることを確認した。さらにN-Myc及びL-Myc(ともに野生型)は、ともにc-MycとG418耐性コロニー数、iPS細胞樹立効率の両者において同程度であった。
【0062】
【表7】

【実施例7】
【0063】
例7
Fbx15-βgeo以外のレポーターでiPS細胞が樹立できるかを検討した。まずNanog遺伝子を中央部に含む大腸菌人工染色体(BAC)を単離し、大腸菌内の組み換えにより、GFP遺伝子及びピューロマイシン耐性遺伝子をノックインした(図12A)。ついで同改変BACをES細胞に導入し、未分化状態特異的にGFP陽性となることを確認した(data not shown)。ついで同ES細胞のマウス胚盤胞に移植することによりキメラマウスを経てトランスジェニックマウスを作出した。このマウスにおいてはGFP陽性細胞は胚盤胞の内部細胞塊や受精後13.5日胚の生殖腺において特異的に認められた(図12B)。受精後13.5日胚(DBA、129及びC57BL/6マウスの雑種)から生殖腺を除去し、MEFを単離した。フローサイトメトリーにより、単離したMEFはGFP陰性であることを確認した(図13)。このMEFに4因子をレトロウイルスで導入し、ピューロマイシンによる選択を行ったところ、複数の耐性コロニーが得られた。その中の約10〜20%のみがGFP陽性であった。GFP陽性コロニーを継代培養するとES細胞に類似した形態(図14)や増殖(図15)を示した。また遺伝子発現を見るとFbx15βgeo/βgeoのMEFからG418選択により単離したiPS細胞より、さらにES細胞に近い発現パターンであることがわかった(図16)。この細胞をヌードマウスに移植すると奇形腫が形成されたことからiPS細胞であることが確認された(図17)。さらにNanog-GFP選択によるiPS細胞をC57BL/6マウスの胚盤胞に移植することによりキメラマウスが誕生した(図18)。さらにこのキメラマウス同士を交配させることによりジャームライントランスミッションが確認された(図19)。このNanog-GFP選択により樹立されたよりES細胞に近いiPS細胞においては、レトロウイルスからの4因子の発現はほぼ完全にサイレンシングを受けており、内在性のOct3/4やSox2により自己複製が維持されていることが示唆された。
【実施例8】
【0064】
例8
10cm コンフルエントのiPS細胞を、トリプシン処理し、ES 細胞用培地に懸濁した(STO細胞は懸濁後10〜20分ゼラチンコートしたディッシュに接着させることによって除去した)。2×106の細胞を、HEMA(2-hydroxyethyl methacrylate)でコーティングした大腸菌培養用ディッシュで4日間浮遊培養し、Embryoid body(EB)を形成させた(day1-4)。EB形成4日目(day 4)に、EBを全量10cm組織培養用ディッシュに移しES 細胞用培地で24時間培養して接着させた。24時間後(day 5)にITS/fibronectin含有培地に交換した。7日間培養し(2日毎に培地交換を行う)、nestin 陽性細胞を選択した(無血清下で培養すると、他の系譜の細胞がある程度死んでいく)(day5-12)。次にA2B5陽性細胞の誘導を行った。7日後(day 12)にトリプシン処理して細胞をばらばらにし、残存するEBは除去した。1×105個の細胞をpoly-L-ornithine/fibronectinがコーティングされている 24ウェルプレートに撒き、N2/ bFGF 含有培地で四日間培養した(二日毎に培地交換(day12-16)。四日後(day 16)にN2/bFGF/EGF 含有培地へ交換し、四日間培養した(二日毎に培地交換)(day16-20)。四日後(day 20)にN2/bFGF/PDGF含有培地 に交換して、四日間培養した(二日毎に培地交換)(day20-24)。この期間(day12-24)に細胞が増えすぎてコンフルエントになった場合は随時継代し、1〜2×105個の細胞を撒いた。(継代時期によって数は変更する)。四日後(day 24)にN2/T3 培地 に交換して、7日間培養し(day24-31)し、2日毎に培地交換を行った。day 31に固定し、免疫染色した。その結果、iPS細胞から、βIIIチュブリン陽性の神経細胞、O4陽性のオリゴデンドロサイト、GFAP陽性のアストロサイトへの分化が確認された(図20)。
【実施例9】
【0065】
例9
Fbx15-βgeoノックインマウス以外の任意のマウス体細胞からiPS細胞を樹立するために、薬剤選択を用いない樹立方法を開発した。10cmディッシュ(STOフィーダー細胞上)にマウス胎児線維芽細胞(MEF)を、これまでより少数(1万、5万又は10万個)培養し、レトロウイルスによりコントロールDNA又は4因子を導入した。ES細胞培地にて2週間培養(G418選択無し)行ったところ、コントロールDNAを導入したディッシュではコロニー形成が認められなかったが、4因子を導入したディッシュにおいては形質転換したと思われる扁平なコロニー加えて、複数のコンパクトなコロニーが形成された(図21)。これらから24コロニーをピックアップし培養を続けたところ、ES細胞様の形態が認められた。その遺伝子発現をRT-PCRにて検討したところ、7クローンにおいてES細胞マーカーであるEsg1の発現が認められた。またクローン4においてはNanog、ERas、GDF3、Oct3/4、Sox2などの多くのES細胞マーカーの誘導が認められたことからiPS細胞であると考えられた(図 22)。以上の結果より、iPS細胞樹立にはFbx15-βgeoノックインなどを用いた薬剤選択は必須でなく、任意のマウス由来体細胞からiPS細胞を樹立できることが示された。本技術により疾患モデルマウスの体細胞からもiPS細胞が樹立できる可能性が示された。
【実施例10】
【0066】
例10
iPS細胞を誘導する細胞として、線維芽細胞以外の細胞である、肝細胞及び胃粘膜細胞を検討した。Fbx15βgeo/βgeoマウスの肝臓から肝細胞を還流により単離した。この肝細胞に4因子をレトロウイルスで投与し、G418による選択を行ったところ複数のiPS細胞コロニーが得られた。DNAマイクロアレーによる遺伝子発現パターン解析の結果、肝臓由来のiPS細胞は皮膚線維芽細胞や胎児線維芽細胞由来のiPS細胞より、さらにES細胞に類似していることが明らかとなった。胃粘膜細胞からも、肝細胞からと同様にiPS細胞が得られた。
【実施例11】
【0067】
例11
PD98059はMAPキナーゼの阻害薬であり、多くの分化細胞においては増殖を抑制するが、ES細胞においては、未分化状態維持と増殖を促進することが知られている。そこでiPS細胞樹立におけるPD98059の効果を検討した。Nanog-EGFP-IRES-Puroの選択マーカーをもつマウスから樹立したMEFに4因子をレトロウイルスで投与し、ピューロマイシンによる選択を行った。PD98059を投与しない場合、得られたiPS細胞コロニーの中で、GFP陽性の割合は8%であった。一方、PD98059(最終濃度25μM)をレトロウイルス感染の翌日から持続的に投与した群では、得られたコロニーの45%がGFP陽性であった。これはPD98059がGFP陽性の、よりES細胞に近いiPS細胞の増殖を促進するが、GFP陰性のiPS細胞や、分化細胞の増殖は抑制するためであると考えられた。このことからPD98059は、よりES細胞に近いiPS細胞の樹立や、薬剤選択を用いないiPS細胞の樹立に利用できることが示された。
【実施例12】
【0068】
例12
胎児由来のHuman dermal fibroblast (HDF) にマウスエコトロピックウイルスレセプターであるsolute carrier family 7(Slc7a1、NCBIアクセッション番号NM_007513)をレンチウイルスで発現させた細胞に、マウスOct3/4遺伝子プロモーター下流に赤色蛍光蛋白質遺伝子を、およびPGKプロモーター下流にハイグロマイシン耐性遺伝子を組み込んだプラスミドをヌクレオフェクションで導入した。ハイグロマイシンによる選択を行い、安定発現株を樹立した。800000個の細胞をマイトマイシン処理したSTO細胞の上にまき、翌日レトロウイルスによりOct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc(いずれもヒト由来)を導入した。3週間後に得られたコロニー(図23左)を24個拾い、STO細胞を播種した24-well plateに移して培養した。2週間後に増えてきた1クローンをSTO細胞を播種した6-well plateに継代して培養した結果、ES細胞に形態上において類似した細胞が得られ(図23右)、iPS細胞であることが示唆された。培地は常にマウスES細胞用培地を用いた。
【実施例13】
【0069】
例13
ヒト成体皮膚線維芽細胞(adult HDF) にレンチウイルスでSlc7a1(マウスレトロウイルス受容体)を導入した細胞を800000個のフィーダー細胞(マイトマイシン処理STO細胞)上にまき、以下の組み合わせでレトロウイルスにより遺伝子を導入した。
1. Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc, TERT, SV40 Large T antigen
2. Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc, TERT, HPV16 E6
3.Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc, TERT, HPV16 E7
4. Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc, TERT, HPV16 E6, HPV16 E7
5. Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc, TERT, Bmi1
(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc, TERTはヒト由来、Bmi1はマウス由来)
マウスES細胞の培養条件下で、薬剤選択無しで培養を続けたところ、1の組み合わせで因子を導入したディッシュにおいて、ウイルス感染8日後において、iPS細胞と思われるコロニーが出現した(図24)。他の組み合わせ(2から5)においても、1の組み合わせの場合ほどは明瞭ではないが、iPS細胞様のコロニーが出現した。4因子のみを導入しても、全くコロニーは出現しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明により提供された核初期化因子を用いることにより、胚やES細胞を利用せずに簡便かつ再現性よく分化細胞核の初期化を誘導することができ、ES細胞と同様の分化及び多能性や増殖能を有する未分化細胞である誘導多能性幹細胞を樹立することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)から(3)の特徴を有する誘導多能性幹細胞:
(1)生殖細胞および内部細胞塊以外の体細胞由来である、
(2)胚、生殖細胞および胚性幹(ES)細胞を利用せず製造される、および
(3)内在性のOct3/4およびNanogを発現している。
【請求項2】
前記体細胞がヒト細胞である、請求項1に記載の誘導多能性幹細胞。
【請求項3】
前記ヒト体細胞が疾患患者由来の体細胞である、請求項2に記載の誘導多能性幹細胞。
【請求項4】
前記胚、生殖細胞および胚性幹(ES)細胞を利用せず製造されることが、Oct3/4、Klf4、およびSox2を含む単離された遺伝子を体細胞に導入することである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の誘導多能性幹細胞。
【請求項5】
前記胚、生殖細胞および胚性幹(ES)細胞を利用せず製造されることが、Oct3/4、Klf4、c-MycおよびSox2を含む単離された遺伝子を体細胞に導入することである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の誘導多能性幹細胞。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の誘導多能性幹細胞を分化誘導する工程を含む、体細胞の製造方法。
【請求項7】
前記誘導多能性幹細胞を分化誘導して製造された体細胞が、心筋細胞、インスリン産生細胞、神経細胞、血球細胞または肝細胞である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の誘導多能性幹細胞、または該誘導多能性幹細胞を分化誘導して製造された体細胞と被験物質を接触させる工程を含む被験物質の有効性または毒性の評価方法。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の誘導多能性幹細胞を分化誘導して製造された体細胞を有効成分として含有する、幹細胞移植療法のための剤。
【請求項10】
誘導多能性幹細胞が、幹細胞移植療法を施す対象患者に対して実質的に拒絶反応を生じさせない体細胞由来である、請求項9記載の剤。
【請求項11】
誘導多能性幹細胞が、幹細胞移植療法を施す対象患者の体細胞由来である、請求項9または10記載の剤。
【請求項12】
前記幹細胞移植療法が、心不全、インスリン依存性糖尿病、パーキンソン病または脊髄損傷を対象とする、請求項9〜11のいずれか1項に記載の剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【公開番号】特開2011−188860(P2011−188860A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−88113(P2011−88113)
【出願日】平成23年4月12日(2011.4.12)
【分割の表示】特願2007−550210(P2007−550210)の分割
【原出願日】平成18年12月6日(2006.12.6)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】