説明

豆乳発酵食品およびその製造法

【課題】滑らかな食感を有し、ホエーの分離がなく、且つ高い粘度を有するクリーム状の豆乳発酵食品およびその製造法を提供すること。
【解決手段】(1)3%以上の大豆固形分及び添加された糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで発酵を行わせることを特徴とする、豆乳発酵食品の製造法。
(2)3%以上の大豆固形分及び5〜10%の糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、30〜35℃で4時間以上発酵を行わせることにより豆乳の粘度を6,000cP以上とすることを特徴とする、豆乳発酵食品の製造法。
(3)上記製造法により得られる豆乳発酵食品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高粘度を有するクリーム状の豆乳発酵食品およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
豆乳は低カロリーおよびコレステロールが存在しないことにより、近年広い年齢層の消費者に好まれている。従来より、豆乳を乳酸菌により発酵させたヨーグルト様の豆乳発酵食品が知られている。
【0003】
豆乳発酵食品製造に好適な乳酸菌としては、例えば、ロイコノストック属に属する微生物が知られている(特許文献1,2参照)。ロイコノストック属に属する微生物に関しては、ショ糖含有培地を用いたロイコノストック・デキストラニカムの培養物がデキストランを含有し、粘調性付与剤として有用であること(特許文献3参照)、ロイコノストック・メセンテロイデスの培養ブロスの整腸作用(特許文献4参照)、ロイコノストック・メセンテロイデスとの接触による豆乳の青臭み低減(特許文献5参照)等が知られている。
ところで、豆乳を乳酸菌により発酵すると、乳酸菌の分泌する有機酸による酸度の低下により、大豆タンパク質が酸変性して豆腐の様に凝集・凝固してしまう。酸変性した発酵産物をホモジナイザー等の物理的処理により流動性を持たせた形態にすることも可能であるが、この場合、粒子の分散性に乏しくざらざらとした食感を有したり、静置の状態で変性したタンパク質と水成分(ホエー)が分離するなど問題点が多かった。この問題点の解決策として、一般的に分散性を高めるデキストリン等の分散化剤を添加する技術が報告されている(特許文献6参照)。しかし、酸変性後の分散化剤の添加は、若干の粘度を与えることによる分散性の向上のみの効果であり、酸変性した大豆タンパク質粒子の食感を改善することまで至っていない。
【0004】
また、豆乳発酵食品を、ヨーグルトの様な物性に近づける手段として、豆乳に凝固剤を添加後、乳酸菌発酵する技術(特許文献7参照)や、低強度寒天を添加した豆乳を乳酸菌で発酵して均質化することにより滑らかな食感を得る技術(特許文献8参照)が存在する。
これまでの技術は、ヨーグルトの様な低粘度の豆乳発酵食品を作製するものであり、高粘度の発酵技術の提供は無かった。高粘度の豆乳発酵食品を得るために、キサンタンガム等の増粘剤を加える方法が考えられる。しかしながら、近年の添加物を敬遠する傾向に伴い、増粘剤等の添加物を使用しない方法の開発が求められていた。
【0005】
【特許文献1】特許第3400282号公報
【特許文献2】特開2003−81855号公報
【特許文献3】特開平2−124088号公報
【特許文献4】特開平9−143083号公報
【特許文献5】特開平9−205999号公報
【特許文献6】特開2003−289800号公報
【特許文献7】特開2000−93083号公報
【特許文献8】特開2003−284520号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、滑らかな食感を有し、ホエーの分離がなく、且つ高い粘度を有するクリーム状の発酵豆乳食品および製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決すべく、鋭意研究を行った。その結果、豆乳に糖を添加し特定の乳酸菌を添加、発酵させることにより、増粘剤等の添加物を使用しなくても高い粘度を有する豆乳発酵食品が製造できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は以下に関する。
(1)3%以上の大豆固形分及び添加された糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで発酵を行わせることを特徴とする、豆乳発酵食品の製造法。
(2)3%以上の大豆固形分及び5〜10%の糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、30〜35℃で4時間以上発酵を行わせることにより豆乳の粘度を6,000cP以上とすることを特徴とする、豆乳発酵食品の製造法。
(3)糖が、シュークロス、マルトース、スタキオースまたはラフィノースから選択される1種以上である、上記(1)又は(2)記載の豆乳発酵食品の製造法。
(4)乳酸菌が、Leuconostoc属又はStreptococcus属に属する微生物である、上記(1)、(2)又は(3)記載の豆乳発酵食品の製造法。
(5)3%以上の大豆固形分及び添加された糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加して、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで発酵を行わせることにより得られる豆乳発酵食品。
(6)3%以上の大豆固形分及び5〜10%の糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加して、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで30〜35℃で4時間以上発酵を行わせることにより得られる豆乳発酵食品。
(7)糖が、シュークロス、マルトース、スタキオースまたはラフィノースである、上記(5)又は(6)記載の豆乳発酵食品。
(8)乳酸菌が、Leuconostoc属又はStreptococcus属に属する微生物である、上記(5)、(6)又は(7)記載の豆乳発酵食品。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、シュークロースなどの安価な糖を含有する豆乳を特定の乳酸菌にて発酵培養することにより、滑らかな食感を有し、ホエーの分離がなく、且つ高い粘度を有するクリーム状の豆乳発酵食品が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
1.豆乳発酵食品の製造法
本発明は、3%以上の大豆固形分及び添加された糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、豆乳の粘度が6,000cP(センチポワズ)以上となるまで発酵を行わせることを特徴とする、豆乳発酵食品の製造法である。
本発明では、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を使用する。重合度50以上の多糖とは、構成単位である糖の重合度が50以上、好ましくは50〜200である多糖を意味する。構成単位とは、例えば、デキストリン、デキストラン、フルクタン等である。
【0011】
本発明の乳酸菌は、例えば、Leuconostoc属又はStreptococcus属に属する微生物であり、具体的には、例えば、Leuconostoc mesenteroides、Leuconostoc paramesenteroides、Leuconostoc pseudomesenteroides、Leuconostoc citreum、 Leuconostoc dextranicum、である。より具体的には、例えばLeuconostoc pseudomesenteroides(ATCC12291)、Leuconostoc citreum(NRIC 1579)、L. paramesenteroides(NISL 7218)である。なお、上記菌種名に関し、「NIRC」とは東京農業大学応用生物科学部菌株保存室が保存する菌種を意味し、「NISL」とは、財団法人野田産業科学研究所が保存する菌種を意味する。
【0012】
本発明の乳酸菌は、発酵工程において重合度50以上の多糖を生産する。この多糖が本発明の豆乳発酵食品に対し、滑らかな食感、高い粘度を有するクリーム状の物性を付与し、更にホエーの分離防止に寄与する。
【0013】
Leuconostoc属およびStreptococcus属に属する微生物が、シュークロスなどの糖を重合して多糖を生産することが古くから知られていた。実際に乳酸菌の合成培地たとえばMRS培地などにシュークロスを添加してLeuconostoc属の菌種を培養した場合に、添加したシュークロスの20〜45%程度を利用して重合した多糖を生産する。しかし、豆乳を主なる培地成分としてシュークロス存在下にて同様に乳酸菌の発酵培養を行った場合、ほとんどの乳酸菌において合成培地のように多糖を生産することができないことが判明した。本発明者らは、様々な多糖合成能を有する乳酸菌を検討した結果、豆乳においても多糖を効率的に生産することが可能で、本発明が目的とする豆乳発酵食品の製造に好適な乳酸菌を選抜した。
【0014】
本発明では、3%以上、好ましくは4〜16%の大豆固形分を含有する豆乳を使用する。豆乳は大豆を主原料として調整されたものであれば、特に制限なく使用可能である。大豆固形分とは、水分を除いた大豆の成分の量であり、炭水化物、脂質、たんぱく質が主なる成分である。特にたんぱく質においてはグロブリン7S、およびグロブリン11S等の成分である。JAS(日本農林規格)による豆乳飲料(その他)は大豆固形分が4%以上と定められている。
【0015】
添加された糖とは、発酵工程において乳酸菌が資化するためのものである。糖は、乳酸菌に応じて適宜選択すればよく、単糖類、ニ糖類、オリゴ糖等が使用できる。糖とは、例えば、シュークロス、マルトース、スタキオースまたはラフィノースから選択される1種以上である。糖の添加量は特に限定されないが、豆乳に対し3%以上、好ましくは、5〜15%とすればよい。例えばLeuconostoc pseudomesenteroides(ATCC12291)により発酵を行わせる場合には、糖として、シュークロスを、豆乳に対して3〜15%程度添加すればよい。
【0016】
本発明では豆乳に乳酸菌を添加し、豆乳の粘度が6,000cP以上、好ましくは、6,000〜20,000cPとなるまで発酵を行わせる。豆乳の粘度は、B形粘度計および振動型粘度計を用いて測定することができる。豆乳の粘度を上記とすることにより、なめらかな食感を有する、高粘度でクリーム状の豆乳発酵食品が得られる。
【0017】
発酵工程の温度及び時間条件は、使用する豆乳や乳酸菌の種類によって適宜設定すればよく、例えば、30〜35℃で4時間以上である。
2.豆乳発酵食品
本発明の豆乳発酵食品は、3%以上の大豆固形分及び添加された糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加して発酵を行わせることにより得られるものである。
【0018】
添加された糖とは、例えば、シュークロス、マルトース、スタキオースまたはラフィノースから選択される1種以上である。また、本発明の豆乳発酵食品はシュークロスを5〜15%含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで30〜35℃で4時間以上発酵を行わせることにより得られるものである。乳酸菌、豆乳、添加された糖、発酵の条件等については、上記1.に記載した事項と同様である。
【0019】
実施例に示す通り、本発明の豆乳発酵食品は、滑らかな食感を有し、ホエーの分離がなく、且つ高い粘度を有するクリーム状の豆乳発酵食品である。本発明の豆乳発酵食品は、クリーム状の食品としてそのまま或いは調味料、ジャム等を加えて製品化することができる。また、本発明の豆乳発酵食品は、飲料、惣菜、調味料等の加工食品製造用の素材として、これらの食品に滑らかな食感や粘性を付与するために利用できる。
【実施例】
【0020】
1.本発明の豆乳発酵食品の製造
1)豆乳の調整
大豆固形分14%の無調製豆乳に対して、フィルターろ過済みの20%のシュークロス溶液を等量加えることで、終濃度において10%シュークロスを含有する大豆固形分7%の豆乳を調製した。調製した上記豆乳を滅菌済みのカップ等の容器に充填した。
2)乳酸菌の調整
乳酸菌(L. pseudomesenteroides(ATCC12291)、L. citreum(NRIC 1579)、L. paramesenteroides(NISL 7218))を乳酸菌用調製培地(1.0%大豆ペプトン、0.5%酵母エキス、1.0%グルコース、0.5%酢酸ナトリウム)にて30℃、20時間培養した。培養液10mLを遠心分離(3,000g×5min)にて菌体を回収し、回収菌体を調製した豆乳に全量添加した。
3)発酵
30℃、24時間恒温状態にて発酵を実施した。
2.比較例の豆乳発酵食品の製造
Leuconostoc属乳酸菌において豆乳中で多糖合成の低い菌種として、L. mesenteroides(NISL 7200 , 7201)またヨーグルト等に使用されているLactobacillus属乳酸菌としてLactobacillus casei(NRIC 1597)を用いて上記と同様に糖を含有する豆乳にて発酵を行った。
3.本発明及び比較例の豆乳発酵食品の評価
(1)粘度
上記により得られた豆乳発酵食品の粘度をB型粘度計を用いて測定した。表1に示すように、シュークロスを含有する豆乳を乳酸菌L. pseudomesenteroides(ATCC12291)、L. citreum(NRIC 1579)、又はL. paramesenteroides(NISL 7218)にて発酵させた場合は、6,000cP以上という高い粘度を有する豆乳発酵食品を作製することが可能であった。
【0021】
一方、シュークロス入りの合成培地において多糖を産生することが可能であったL. mesenteroides(NISL 7200)、L. mesenteroides(NISL 7201)は、豆乳においては多糖を産生する能力が低下し、高い粘度の豆乳発酵食品を作製することが出来なかった。また、ヨーグルト等に使用されているLactobacillus casei(NRIC 1597)を用いた場合には、有機酸の影響により凝固を起こし豆腐のような固形物質となった。
【0022】
【表1】

【0023】

(2)形状
L. pseudomesenteroides(ATCC12291)、Leuconostoc paramesenteroides(NISL 7218)、Leuconostoc citreum(NRIC 1579)を用いて製造した豆乳発酵品の形状をシャーレ上で撮影した。それらの写真を図1〜3に示した。写真の右側は発酵終了後の塊であり、左側はその塊をスプーンを用いて薄く広げたものである。これらの菌種を用いた場合、滑らかな食感を有し、ホエーの分離がなく、クリーム状の豆乳発酵食品が得られた。
【0024】
同様に、L. mesenteroides(NISL 7201)、Lactobacillus casei(NRIC 1597)を用いて製造した豆乳発酵品の形状をシャーレ上で撮影した。それらの写真を図4、5に示した。これらの2菌種を用いた場合の豆乳発酵食品の形状は有機酸による酸変性により、大豆タンパク質が凝集・凝固を起こしており、粒子が粗い状態であった。また、ホエーの離水も起こっていた。さらに、食感においてもざらざらとしたものが感じ取られた。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明により、滑らかな食感を有し、ホエーの分離がなく、且つ高い粘度を有するクリーム状の豆乳発酵食品およびその製造法が提供された。本発明の豆乳発酵食品は、そのまま或いは調味料を添加して摂食できる。また、マヨネーズ様調味料、ドレッシング等、高い粘度を有する加工食品に対して加工用の素材として食品分野において広く利用することが可能である。特に油を乳化してクリーム状にしている加工食品(マヨネーズ、クリーム、マーガリン等)において、代替となり得る粘度、なめらかさを付与することが可能であり、かつ本発酵食品は大豆と糖のみであるため脂肪およびコレステロールの摂取量を低下することが可能な食品素材でもある。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】10%のシュークロスを含有する豆乳(大豆固形分7%)を乳酸菌Leuconostoc. pseudomesenteroides(ATCC12291)にて発酵(30℃、20時間)させて得られた豆乳発酵食品の形状を示す図である。
【図2】10%のシュークロスを含有する豆乳(大豆固形分7%)を乳酸菌Leuconostoc paramesenteroides(NISL 7218)にて発酵(30℃、20時間)させて得られた豆乳発酵食品の形状を示す図である。
【図3】10%のシュークロスを含有する豆乳(大豆固形分7%)を乳酸菌Leuconostoc citreum(NRIC 1579)にて発酵(30℃、20時間)させて得られた豆乳発酵食品の形状を示す図である。
【図4】10%のシュークロスを含有する豆乳(大豆固形分7%)を乳酸菌Leuconostoc mesenteroides(NISL 7201)にて発酵(30℃、20時間)させて得られた豆乳発酵食品の形状を示す図である。
【図5】10%のシュークロスを含有する豆乳(大豆固形分7%)を乳酸菌Lactobacillus casei (NRIC 1597)にて発酵(30℃、20時間)させて得られた豆乳発酵食品の形状を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3%以上の大豆固形分及び添加された糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで発酵を行わせることを特徴とする、豆乳発酵食品の製造法。
【請求項2】
3%以上の大豆固形分及び5〜10%の糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加し、30〜35℃で4時間以上発酵を行わせることにより豆乳の粘度を6,000cP以上とすることを特徴とする、豆乳発酵食品の製造法。
【請求項3】
糖が、シュークロス、マルトース、スタキオースまたはラフィノースから選択される1種以上である、請求項1又は2記載の豆乳発酵食品の製造法。
【請求項4】
乳酸菌が、Leuconostoc属又はStreptococcus属に属する微生物である、請求項1、2又は3記載の豆乳発酵食品の製造法。
【請求項5】
3%以上の大豆固形分及び添加された糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加して、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで発酵を行わせることにより得られる豆乳発酵食品。
【請求項6】
3%以上の大豆固形分及び5〜10%の糖を含有する豆乳に、重合度50以上の多糖の生産能を有する乳酸菌を添加して、豆乳の粘度が6,000cP以上となるまで30〜35℃で4時間以上発酵を行わせることにより得られる豆乳発酵食品。
【請求項7】
糖が、シュークロス、マルトース、スタキオースまたはラフィノースである、請求項5又は6記載の豆乳発酵食品。
【請求項8】
乳酸菌が、Leuconostoc属又はStreptococcus属に属する微生物である、請求項5、6又は7記載の豆乳発酵食品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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