説明

貝類の浮遊幼生着底促進用土壌改良材および貝類の浮遊幼生着底促進方法

【課題】漁場等において貝類(アサリ等)の浮遊幼生の着底を促進するための手段を提供する。
【解決手段】焼却灰(好ましくは一般焼却灰または石炭焼却灰)の溶融スラグを主成分とする土壌改良材を用いる。上記焼却灰溶融スラグは粉砕され、さらに一定の粒径(好ましくは0.1〜10mm、より好ましくは0.5〜5mm、さらに好ましくは0.8〜3mm)に整粒されたものが望ましい。このような土壌改良材を養魚場等の土壌に(好ましくは所定の量)散布または配合することにより、貝類浮遊幼生の着底を促進することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、貝類(アサリ等)の養殖技術、より詳しくは、そのために用いられる土壌改良材および土壌改良方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、国産アサリの生産量は約4万トンであるのに対し、国内需要量は10万トン以上となっており、国産アサリの増産が急務となっている。アサリは受精から幼生の時期を海水中に浮遊して生活し、その後土壌表面に着底して成長するが、アサリ浮遊幼生は、底質表面を探査しながら好適な底質を選択して着底する性質を有する。たとえば、アサリの浮遊幼生は粗砂(粒径0.85〜2 mm)を好むことが知られており(非特許文献1,2)、アサリの生育場を修復するために、そのような粒径の山砂で漁場を覆砂することで浮遊幼生が好んで着底できるようにすることが行われてきた。
【0003】
また、鉄鋼業から排出される高炉スラグ(水砕スラグ、徐冷スラグ)を用いた、以下のような漁場の改善方法も知られている。
特開2004−215533号公報(特許文献1)には、Caイオンを溶出する粒状物(高炉水砕スラグ等)を敷設することを特徴とする、貝類の漁場の改良・造成方法が開示されている。Caイオンはアサリ等の貝類の殻の成長に必要な成分であり、この方法により貝類の生育・成長が効果的に促進されるとされている。
【0004】
特開平11−2993871号公報(特許文献2)には、塊状の高炉徐冷スラグを水底に投入することを特徴とする、魚介類の養殖方法が開示されている。高炉徐冷スラグからはCaOが多く溶出するため海底を中性ないし弱アルカリ性に改質でき、また塊状物の突出部には海草が付着・成長しやすいことなどから、海底を魚介類の生育にとって好ましい環境にする効果があるとされている。
【0005】
特開2002−2384011号公報(特許文献3)には、ケイ酸塩イオンの放出源として高炉水砕スラグを水中に設置することを特徴とする、水中の環境改善方法が開示されている。海水中のケイ酸塩濃度を高めることでケイ藻類の増殖を促進することにより、磯焼け(海草着生基板の表面が石灰藻に覆われた状態になること)や赤潮など、海草生育環境の衰退、消失の要因を解消する効果があるとされている。
【0006】
しかしながら、これらの特許文献によっても、貝類の浮遊幼生の着底にとって好ましい環境を所定の素材を使用して創出することにより、貝類の漁場環境を改善するという技術的思想は開示されていない。
【非特許文献1】アサリ幼生の着底場選択性と三河湾における分布量,水産工学,29,55-59.
【非特許文献2】アサリ漁場の環境特性,大分県海洋水産研究センター調査研究報告書,4,57-63.
【特許文献1】特開2004−2155331号公報
【特許文献2】特開平11−2993871号公報
【特許文献3】特開2002−2384011号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、漁場等においてアサリ等の貝類の浮遊幼生の着底を促進するための土壌改良材および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、一般廃棄物等の焼却灰溶融スラグを土壌に添加することにより、アサリ浮遊幼生の着底が促進され、その効果は山砂や高炉スラグよりも遥かに高い(たとえば実施例では着底個体数が約8倍になった。)ことを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明における貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材(以下「本発明の土壌改良材」ともいう。)は、焼却灰溶融スラグを主成分とすることを特徴とする。
この焼却灰溶融スラグとしては、一般焼却灰または石炭焼却灰の溶融スラグが好ましい。また、焼却灰溶融スラグは粉砕され、さらに一定の粒径(好ましくは0.1〜10mm、より好ましくは0.5〜5mm、さらに好ましくは0.8〜3mm)に整粒されたものであることが望ましい。
【0010】
また、本発明の貝類の浮遊幼生着底促進方法(以下「本発明の方法」ともいう。)は、上述のような土壌改良材、またはこれらの土壌改良材に用いられている焼却灰溶融スラグのみ(以下、これらをまとめて「本発明の土壌改良材等」ともいう。)を用いることを特徴とする。
【0011】
本発明の土壌改良材等を養魚場の土壌に散布する場合、焼却灰溶融スラグが1m2当た
り5〜500kgとなる量で散布することが好ましく、10〜250kgとなる量で散布することがより好ましい。一方、本発明の土壌改良材等を養魚場の土壌に配合する場合、焼却灰溶融スラグが土壌100kg当たり1〜50kgとなる量で配合することが好ましく、5〜25kgとなる量で配合することがより好ましい。
【0012】
このような本発明の方法は、特にアサリの浮遊幼生の着底促進にとって好適である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の土壌改良材を用いることにより、アサリ等の貝類の浮遊幼生が好む海底の環境を創出できるため、漁場等へのそれらの着底数が増加することが期待でき、成貝の生産量を向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
「焼却灰溶融スラグ」は、廃棄物等の焼却灰を1000℃以上(たとえば1300℃程度)の高温で溶融した後に冷却して生成される固化物であり、一般的には路盤材等としても使用されているものである。本発明で用イる焼却灰溶融としては、ごみ焼却場等で発生する一般的な都市ごみ・廃棄物の焼却灰(一般焼却灰)の溶融スラグや、火力発電所や製紙工場等で発生する石炭の焼却灰(石炭焼却灰)の溶融スラグが好ましく、その他上下水道汚泥焼却灰や製紙スラッジ焼却灰等の溶融スラグなどを用いることもできる。ただし、本発明における焼却灰溶融スラグは、いわゆる高炉スラグまたは製鋼スラグとは区別されるものである。
【0015】
焼却灰溶融スラグには、自然放冷と適度の散水による温度管理がなされた徐冷処理によって得られる結晶質の岩石状のもの(徐冷スラグ)、空気を当てるまたは自然空冷によって得られるガラス質の小石サイズのもの(空冷スラグ)、および加圧水を噴射するまたは水中に投入するなど急激な冷却処理によって得られるガラス質の粒状のもの(水砕スラグ)があるが、本発明では、水冷もしくは空冷焼却灰溶融スラグを用いることが好ましい。
【0016】
さらに、本発明では、貝類の浮遊幼生の着底をより効果的に促進するため、焼却灰溶融スラグを粉砕し、さらに一定の粒径に調整して用いることが望ましい。焼却灰溶融スラグの粒径は、対象とする貝類の浮遊幼生が好む範囲で調整することができるが、たとえば、
好ましくは0.1〜10mm、より好ましくは0.5〜5mm、さらに好ましくは0.8〜3mmである。このような粒径を有する焼却灰溶融スラグは、粉砕機・整粒機を用いるなどの一般的な手法により調製することができる。
【0017】
なお、焼却灰溶融スラグが貝類浮遊幼生の着底を促進する効果に優れている理由は充分には明らかになっていないが、たとえば、高炉スラグ、ガラスビーズ、碍子等と比較して、その表面の物理的形状(たとえばなめらかさ)が適していることや、アルカリ性物質が溶出しやすいことがその一因となっているものと推測される。
【0018】
本発明の土壌改良材は、上述のような焼却灰溶融スラグを主成分とするものであり、その他貝類の浮遊幼生の着底にとって好ましい砂質土等の成分が適量含まれていてもよい。例えば、石炭灰の造粒物表面に焼却灰溶融スラグを修飾したものが挙げられる。
【0019】
そして、このような本発明の土壌改良材または焼却灰溶融スラグそのものを用いることにより、貝類の浮遊幼生の着底を促進することができる。
たとえば、本発明の土壌改良材等を貝類を増殖させたい養魚所等に投入し、その土壌(海底面等)に散布するようにして用いることができる。この場合、本発明の土壌改良材等の散布量は適宜調整することが可能であるが、焼却灰溶融スラグが1m2あたり好ましく
は5〜500kg、より好ましくは10〜250kgとなるような量で散布すればよい。
【0020】
また、本発明の土壌改良材等を貝類を増殖させたい養魚所等の土壌中に配合・混入させるようにして用いることもできる。この場合も、本発明の土壌改良材等の配合量は適宜調整することが可能であるが、焼却灰溶融スラグが土壌100kgあたり好ましくは1〜50kg、より好ましくは5〜25kgとなるような量で散布すればよい。
【0021】
上記のようにして本発明の土壌改良材等を散布、配合等するためには、底質の環境改善のために行われている公知の装置や技術的手法(たとえば、作業船および撹拌装置を用いた混合撹拌作業等)を適用することができ、その態様は特に制限されるものではない。
【0022】
以上のような本発明の方法は、浮遊幼生が底質選択性を有する貝類全般に対して適用可能であるが、中でもアサリに対して適用することが好適である。本発明の土壌改良材等および方法の態様は、このような対象とする貝類の性質に合わせて適宜調整することができる。たとえば、底質の嗜好性にあわせて、土壌改良材等に含まれる焼却灰溶融スラグの粒径やその他の成分の配合組成を変更することができる。また、土壌改良材等を散布または混合する対象地も、貝類の種類に応じて、海水域、汽水域または淡水域の適切な深度における所望の範囲とすることができる。
【実施例】
【0023】
対象生物:アサリ浮遊幼生(フルグロウン期:ペディベリジャー幼生)
対象アサリ浮遊幼生のサイズ:180〜250 μm
操作手順:
―浮遊幼生の獲得―
1) 生殖腺が十分に発達した大型アサリを4℃の冷蔵庫内に1晩静置し、その後取り出して海水に入れ、海水温度を28℃まで上昇させ、放精/放卵を開始させた。
【0024】
2) 放精/放卵を開始した個体をすばやく取り出し、きれいな濾過海水中で放精/放卵を継続させ、受精卵を得た。
3) 30 Lのパンライト水槽に受精卵を含む海水入れ、1日静置した。
【0025】
4) 受精卵がトロコフォア幼生に変態したことを顕微鏡下で確かめ、浮遊幼生が沈降し
ないように撹拌翼をゆっくりと回した。
5) 幼殻が完成してベリジャー幼生に変態したことを確認後、大きさ5 μm前後の単細
胞藻類(ハプト藻と珪藻)を餌料として与え、3〜4週間で幼生がフルグロウン期に達した。なお、この時期の浮遊幼生は発達した足部をもち、ときどき遊泳を停止してはその先端で底面などに触れ、また遊泳を始めるという行動を繰り返す。海水は基本的に1日1回全換水を行った。
【0026】
―試験用土壌の作成と着底試験―
1) 着底試験の対照系には山砂を用いた。また、山砂と比較する基盤として、溶融スラグの他に高炉スラグ(水砕スラグ、徐冷スラグ)、クリンカアッシュ(エネルギア・エコ
・マテリア製)、Hiビーズ(エネルギア・エコ・マテリア製)等を用いた。また、粒度分布
の際による影響を除外するため、粒径を0.85〜2 mmに揃えたものも用意した。なお、使用した山砂は天然の山砂(埋め戻しなどに使用される一般的な砂)である。各々を試験土壌としてシャーレに入れ、30 Lのパンライト水槽に沈めて並べた。
【0027】
2) 水槽内に浮遊幼生を入れ、表層の海水中の浮遊幼生密度がほぼゼロとなり、着底が完了したことを確かめた後、シャーレを取り出し、土壌をチャック付ポリ袋に洗い込んだ。
それらのポリ袋に、10%ホルマリン水溶液に少量のローズベンガルを加えた溶液を数ml入れ、アサリ着底稚貝を染色した。
【0028】
3) 実体顕微鏡下で染色した着底稚貝数を計数した。
結果:
アサリ浮遊幼生の各基盤に対する着底数は、図1に示すとおりである。
【0029】
本試験では、同一の水槽に組成の異なる基盤をシャーレに入れて並べており、アサリの浮遊幼生はその中から着底土壌を選択することができる。粒度を揃えない場合、粒径を0.85〜2 mmに揃えた場合、共に溶融スラグに最も多い着底が認められた。特に粒径を0.85〜2.0 mmとした場合、着底促進効果は顕著に現れた。なお、粒度を揃えない場合、溶融スラグへの着底数は高炉スラグの4倍、粒径を揃えた場合では8倍となった。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、アサリ浮遊幼生の各基盤に対する着底数(実施例における試験結果)を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼却灰溶融スラグを主成分とする貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材。
【請求項2】
前記焼却灰溶融スラグが一般焼却灰または石炭焼却灰の溶融スラグであることを特徴とする、請求項1に記載された貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材。
【請求項3】
前記焼却灰溶融スラグが粉砕されたものであることを特徴とする、請求項1または2に記載された貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材。
【請求項4】
前記焼却灰溶融スラグが一定の粒径に整粒されたものであることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載された貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材。
【請求項5】
前記焼却灰溶融スラグが粒径0.1〜10mmに整粒されたものであることを特徴とする、請求項4に記載された貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材。
【請求項6】
前記焼却灰溶融スラグが粒径0.5〜5mmに整粒されたものであることを特徴とする、請求項4に記載された貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材。
【請求項7】
前記焼却灰溶融スラグが粒径0.8〜3mmに整粒されたものであることを特徴とする、請求項4に記載された貝類浮遊幼生の着底促進用土壌改良材。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の土壌改良材またはこれらの土壌改良材に用いられている焼却灰溶融スラグのみを用いることを特徴とする貝類浮遊幼生の着底促進方法。
【請求項9】
焼却灰溶融スラグを主成分とする土壌改良材または焼却灰溶融スラグのみを養魚場の土壌に散布する場合において、焼却灰溶融スラグが1m2当たり5〜500kgとなる量で
散布することを特徴とする、請求項8に記載された貝類浮遊幼生の着底促進方法。
【請求項10】
焼却灰溶融スラグを主成分とする土壌改良材または焼却灰溶融スラグのみを養魚場の土壌に散布する場合において、焼却灰溶融スラグが1m2当たり10〜250kgとなる量
で散布することを特徴とする、請求項8に記載された貝類浮遊幼生の着底促進方法。
【請求項11】
焼却灰溶融スラグを主成分とする土壌改良材または焼却灰溶融スラグのみを養魚場の土壌に配合する場合において、焼却灰溶融スラグが土壌100kg当たり1〜50kgとなる量で配合することを特徴とする、請求項8に記載された貝類浮遊幼生の着底促進方法。
【請求項12】
焼却灰溶融スラグを主成分とする土壌改良材または焼却灰溶融スラグのみを養魚場の土壌に配合する場合において、焼却灰溶融スラグが土壌100kg当たり5〜25kgとなる量で配合することを特徴とする、請求項8に記載された貝類浮遊幼生の着底促進方法。
【請求項13】
アサリの浮遊幼生の着底促進のために適用されることを特徴とする、請求項8〜12のいずれかに記載された貝類浮遊幼生の着底促進方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−106195(P2009−106195A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281897(P2007−281897)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【出願人】(000211307)中国電力株式会社 (6,505)
【出願人】(504002193)株式会社エネルギア・エコ・マテリア (24)
【Fターム(参考)】