説明

負の超らせんDNA結合ドメイン

【課題】負の超らせんDNAに特異的に結合する技術を提供する
【解決手段】SBP75のSRD1または負の超らせんDNA結合活性を有するSRD1誘導体を含む、ペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負の超らせんDNAに対する結合ペプチドもしくはその誘導体、該結合ペプチドを利用した細胞内の負の超らせんDNAの検出、さらには部位特異的遺伝子操作への応用に関する。
【背景技術】
【0002】
SBP75は、本発明者らがラット神経細胞の核不溶性画分(核マトリックス)に超らせん(スーパーコイル)DNAに特異的に結合するタンパク質を見出し、見かけの分子量が75kDaであることから、Supercoiled DNA Binding Protein 75(SBP75)と名付けた。その後、ヒトのホモログが細胞増殖因子(Lens Epithelium Derived Growth Factor; LEDGF)、およびRNA転写のコファクター(p75)として別々のグループから報告された(非特許文献1,2)。
【0003】
最近、このタンパク質がヒト免疫不全ウイルス(HIV)の細胞DNAへの組み込みに必須な細胞側因子であることが示され(非特許文献3)、にわかに注目を集めるようになった。
【0004】
超らせんDNAを細胞内で検出するためにソラレンまたはその誘導体を用いることが知られている(特許文献1,2)。
【特許文献1】特開2004-344090
【特許文献2】特開2006-151939
【非特許文献1】Ge, H., Si, Y., and Roeder, R. G. Embo J 17, 6723-6729, 1998
【非特許文献2】Singh, D. P., et al. Ophthalmol. Vis. Sci. 40, 1444-1451, 1999
【非特許文献3】Cherepanov, P., et al. J Biol. Chem. 278, 372-381, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ソラレン誘導体の負の超らせんDNAに対する特異性はそれほど高くなく、通常のDNAとも反応するという問題がある。また、この方法は、もっぱら固定した細胞核内の超らせん部位を検出するものであり、ゲノムDNAに部位特異的な操作を行うことは意図されていないし、その目的には適切な手段でもない。
【0006】
本発明は、負の超らせんDNAに特異的に結合する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
大腸菌で発現されたSBP75のDNA結合部位は、146-197位に存在すること、このうち、148-156位が核移行シグナル、177-182位と190-196位がAT hooksであり、この”AT-hooks”は多くのDNA結合タンパク質に存在する短いモチーフで、これらを含む領域がDNAの結合に必要であることが他のグループから報告されている(Turlure, F., et al. Nucleic Acid Res. 34, 1663-1675, 2006)。
【0008】
本発明者らは、哺乳類細胞中のSBP75は負の超らせんDNAに特異的に結合することを確認した。大腸菌で発現させた組換えSBP75も負の超らせんDNAに特異的な結合を示した。
【0009】
この結果から、本発明者はSBP75が負の超らせんDNAに特異的に結合するドメインを有しているとの仮説のもとにいくつかの改変体を作成した。
【0010】
その結果、負の超らせんDNAに特異的に結合する部分は、200〜336位にあり、特に、200-274位(以下、「SRD1」と略記することがある)に負の超らせんDNAに特異的に結合するドメインがあり、275-336位(以下、「SRD2」と略記することがある)は、それ自身ではDNA結合活性を欠くがSRD1と組み合わせることでSRD1の負の超らせんDNAに特異的に結合する活性を増強できることを見出した。
【0011】
本発明は、以下の構成を有する。
項1. SBP75のSRD1または負の超らせんDNA結合活性を有するSRD1誘導体を含む、ペプチド。
項2. SRD1誘導体が、KKX{9}KP[K/R][K/R]X{4}K(配列番号3)をコンセンサスとする20アミノ酸残基の配列モチーフ、KP[K/R][K/R]X{4}K(配列番号4)をコンセンサスとする9アミノ酸残基の配列モチーフ、KKX{9}KP[K/R][K/R] (配列番号5) をコンセンサスとする15アミノ酸残基の配列モチーフ、あるいはKP[K/R][K/R] (配列番号6)をコンセンサスとする4アミノ酸残基の配列(モチーフ)のいずれかを含む、項1に記載のペプチド。
項3. さらにSBP75のSRD2または負の超らせんDNA結合活性の増強作用を有するSRD2誘導体をさらに連結してなる、項1または2に記載のペプチド。
項4. 項1〜3のいずれかに記載のペプチドを含む、負の超らせんDNA結合剤。
項5. 項1〜3のいずれかに記載のペプチドを含む、負の超らせんDNA検出試薬。
項6. 項1〜3のいずれかに記載のペプチドの負の超らせんDNAを標的化するための使用。
項7. 項1〜3のいずれかに記載のペプチドの生きた細胞内におけるリアルタイムでの超らせん構造の可視化するための使用。
項8. 請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドの核内の転写活性領域での特異的な化学反応の誘起もしくは物質の集積のための使用。
【発明の効果】
【0012】
本発明の超らせんDNA結合ドメインまたはその改変体は、負の超らせんDNAに高い特異性を有するため、1)負の超らせんDNAに対するターゲッティング、2)生きた細胞内におけるリアルタイムでの超らせん構造の可視化、3)核内の転写活性領域での特異的な化学反応の誘起もしくは物質の集積、4)様々なレポーター/エフェクターと超らせん認識ペプチドの結合/付加などを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明において、SBP75は、LEDGFまたはp75とも呼ばれるものであり、そのアミノ酸配列は配列番号1(ラット由来)、配列番号2(ヒト由来)に示されている。本明細書におけるSBP75のアミノ酸配列の番号付けは、特に記載した場合を除きラットに基づくものであり、対応するヒトの配列は、以下の表1と配列表から明らかである。また、ヒトとラット以外の哺乳動物由来のSBP75(LEDGFまたはp75)の対応する配列についても、アミノ酸配列のアラインメントにより当業者であれば容易に認識できる。従って、本明細書において、「SBP75」は、ラット、ヒトだけでなくすべての哺乳動物由来のSBP75(LEDGFまたはp75)またはそれに対応するタンパク質を包含する。
【0014】
ヒトとラットの各部位の対応するアミノ酸位置を以下の表1に示す。ヒトとラット以外の哺乳動物由来のSBP75に対応するアミノ酸配列は公知であるか、公知のDNAおよびアミノ酸配列から容易に得ることができ、本発明のペプチドないしドメインは、これらの動物、好ましくは脊椎動物、特に哺乳動物由来のSBP75に対応するアミノ酸配列を広く包含する。
【0015】
【表1】

SBP75は、動物由来、好ましくは脊椎動物由来、より好ましくは哺乳動物由来のポリペプチドが包含される。好ましい由来動物としては、ヒト、ウマ、ウシ、サル、ブタ、ヒツジ、ウサギ、ヤギ、ラット、マウス、イヌ、ネコなどの哺乳類、ニワトリ、アヒルなどの鳥類、イモリなどの爬虫類、カエルなどの両生類が挙げられ、好ましくはヒトが例示される。
【0016】
本発明で得られる負の超らせんDNA特異的結合活性を有するペプチドないしポリペプチド(さらに他の薬物などの化合物を結合させて得た標的化医薬を含む)は、ヒト、ウマ、ウシ、サル、ブタ、ヒツジ、ウサギ、ヤギ、ラット、マウス、イヌ、ネコなどの哺乳類(特にヒト)に対し、医薬ないし獣医薬として用いることが可能である。
【0017】
本発明の特徴の1つは、SBP75において負の超らせんDNAに特異的に結合するドメインを見出したことである。本発明者は、SBP75についての実験を重ねるうちに、負の超らせんDNA特異的な結合活性を有するドメインが存在すると仮定し、そのドメインを明らかにすべく種々の長さのアミノ酸を欠失させた改変体を調製し、その負の超らせんDNA特異的な結合活性を測定した (図3)。その結果、SBP75のDNA結合活性を有することが知られていた148-156位(NLS)と177-182位および190-196位(AT hooks)を含むペプチド(137-206位)は負の超らせんDNAに対する特異的な結合活性を示さなかった。一方、C末端を欠失したポリペプチド(1-336位)は負の超らせんDNA特異的な結合活性を示したが、欠失アミノ酸数を増加させた1-274位では結合活性が大きく低下し、1-206位のポリペプチドでは負の超らせんDNA特異的な結合活性はほとんど認められなかった。さらに、200-274位(或いは206-274)のポリペプチドには超らせんDNA特異的な結合活性があり、200-336位(或いは206-336)のポリペプチドは、1-336位のポリペプチドと同程度の強力な負の超らせんDNA特異的な結合活性を有することが明らかになった。また,1-366位のポリペプチドからアミノ酸200-276領域を削除すると,超らせんDNA特異的な結合活性が失われることが確認された。
【0018】
図3から、以下の結論を得ることができる。
1)N末端のPWWPドメイン(1-93)にはDNA結合活性が認められない。
2)NLSとAT-hookを含む領域(137-206)には非特異的な(負の超らせんなどDNA高次構造に依存しない)DNA結合活性がある。
3)AT-hookとC末端領域の間(200-336、或いは206-336)に負の超らせんDNA構造に特異性をもつDNA結合活性が局在する。
4)200-274位(或いは206-274)の領域は負の超らせんDNA結合に必須である。
【0019】
図5には、ラット(配列表7)、マウス(配列表8)、ヒト(配列表9)、ウマ(配列表10)、ネコ(配列表11)、ニワトリ(配列表12)、カエル(配列表13)のSBP75のSRD(SRD1+ SRD2)に対応する部分のアミノ酸配列を示している。この領域の構造的特徴は荷電アミノ酸残基(リジン(K)、アルギニン(R)、グルタミン酸(E)、アスパラギン酸(D))、特にリジン(K)が多く、二次構造に乏しいランダムコイルをとっていることである。PWWPドメインやIBDに比べて全体的には保存度が低いが、*を付けた位置ではカエルに至るまですべての種で保存されており、中でもKの保存度は他の残基よりも有意に高い。特定の間隔で配置された陽性荷電をもつKやRはDNAのリン酸基と結合して超らせん構造の識別に働いている可能性がある。
【0020】
本発明において、SBP75のSRD1ドメイン(200-274位)には、超らせんDNA特異的結合活性があることが明らかにされた。ヒトからカエルに至るまで保存されているリジン(K)が作るパターンを、SRD1内を小区画に区切りながらタンパク質データベースに対して検索すると、SBP75(配列表14 ラット由来,配列表15 ヒト由来)と同様に負の超らせん構造に親和性が高いタンパク質として知られるDNAトポイソメラーゼI(hTOP1)(配列表16)やDNAトポイソメラーゼIIβ(hTOP2B)(配列表17)にも存在するモチーフが見つかった(図6)。KKX{9}KP[K/R][K/R]X{4}Kをコンセンサスとする20アミノ酸残基の配列(モチーフ)、KP[K/R][K/R]X{4}Kをコンセンサスとする9アミノ酸残基の配列(モチーフ)、KKX{9}KP[K/R][K/R] をコンセンサスとする15アミノ酸残基の配列(モチーフ)、あるいはKP[K/R][K/R] をコンセンサスとする4アミノ酸残基の配列(モチーフ)は、容易に化学合成で得ることができるため、結合活性を確認できれば、SBP75の超らせんDNA結合に対する競合ペプチドとして利用できる可能性がある。なお、これらモチーフにおいて、「X」は任意のアミノ酸を意味する。別の形態として、SRDリコンビナントと超らせんDNAの結合をNMRで解析し、実際にDNAとコンタクトをもつアミノ酸残基を同定し、この情報に基づいて活性ペプチドをデザインすることが可能である。なお、負の超らせん特異的結合活性を有する上記のモチーフは単独で用いてもよく、2〜10個、好ましくは2〜3個のモチーフを直接或いは適当なスペーサーを介してタンデムに連結することで、負の超らせんDNA特異的結合活性をさらに増強することができる。
【0021】
負の超らせんDNA特異的結合活性を有する本発明のペプチドとエフェクター分子(例えば薬物ないし生理活性物質)を連結させると、薬物を負の超らせんDNAに特異的に送達することができ、エフェクター分子の副作用を低減できる。
【0022】
負の超らせん型DNAは一本鎖に解離しやすいため、活性化状態にあると考えられる。DNAから情報が書き出される転写の過程では、超らせんDNAが生成される。本発明のペプチドの好ましい実施形態は、図1に示されている。
1)転写過程にあるDNA領域を蛍光標識された超らせん部位として、生きた細胞の中でリアルタイムに可視化することができる。DNA領域のマーカーとしては、GFP、YFPなどの蛍光タンパク質、ルシフェラーゼ、ペルオキシダーゼなどが挙げられる。
2)エフェクターとしてエンドヌクレアーゼを用いれば、転写部位選択的にDNA鎖切断を導入できる。
3)その他、様々なリポーターやエフェクターを転写活性部位に送り込めるため、研究用試薬として広範な応用が考えられる。
4)過剰発現により、抗HIV効果を期待できる。
【0023】
HIVの感染成立には、HIVにコードされるインテグレースがウイルスのゲノムを核DNAに組み込む過程が前提となる。このとき、インテグレースはSBP75やその他の宿主タンパク質と複合体(PIC)を形成しており、SBP75が転写活性な部位にPICをリクルートする必須な因子であることが知られている。従って、負の超らせん結合活性を持つ本発明のペプチド(SRP)はSBP75と拮抗して働き、HIVの感染を防ぐ。すでにHIVの感染経路の様々な点をブロックする薬剤が考案されているが、本発明は最後のステップを標的にする点でユニークなAIDS治療薬となり得る。
【0024】
なお、リジン(K)ないしアルギニン(R)が豊富なペプチドは細胞膜透過性を有する可能性が高く、本発明のSRD1ドメイン或いはそれに由来する上記のモチーフのような負の超らせん特異的結合活性を有するペプチドは、細胞膜を透過して核内に移行し、負の超らせんに特異的に結合することができる。
【0025】
図4に示されるように、SRD1は線状DNA/RNAからなる競合核酸存在下でもI型DNAに特異性を示し,ラベルしていないプラスミドDNAの添加では線状(III),弛緩型環状(Ir)では影響を受けなかったが,超らせん(I)では用量依存的にラベルされたI型DNAの結合が減少した.SRD1+2ではI型DNAの特異的結合が顕著に増加し,ラベルしていないI型DNAによる競合も明確になった.この結果から,SRDは2つの部分からなること,SRD1に超らせん特異性があり、SRD2は全くDNA結合活性を欠くこと,SRD1とSRD2が一緒になると強い超らせん特異性が現れることが明らかになった。SRD2はcoiled coil構造があるため、SRD2の機能はSRD1を二量体化することであり得る。SRD2の代わりに2以上のSRD1またはその改変体を必要に応じてスペーサーを介して連結して二量体化ないし多量体化することで、超らせん特異性を強化し得る。なお、SRD1(改変体を含む)とSRD2(改変体を含む)は、連結の順序や数は問わず、SRD1−SRD2、SRD2−SRD1、SRD1−SRD2−SRD1、SRD2−SRD1−SRD2など、任意の順序で連結してもよい。
【0026】
本発明の1つの実施形態において、SRD2は、coiled coil領域(299-332)から構成され得る。また、SRD2のN末端もしくはC末端からアミノ酸を削除するか、或いはSRD2内部のアミノ酸を置換して、SRD1に対する超らせん特異性の増強効果を測定するなどの常法により、SRD1に対する超らせん特異性の増強効果を有するSRD2誘導体を作製することができる。コイルドコイルとしては特に限定されず、ロイシンジッパー、逆平行型コイルドコイル、外来刺激に応答性の人工コイルドコイルなどが挙げられる。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
実施例1
1)小脳組織細胞/EtBr抽出法
8週齢(オス)ウィスターラットの小脳組織の凍結切片を20mM EtBrを含むPBS溶液で抽出処理したあと4%パラフォルムアルデヒドで固定し、SBP75に対するヒト自己抗体で免疫染色した像である。対照として細胞核のマトリックスタンパク質matrin 3に対する抗体で免疫染色した.SBP75がEtBrによって選択的に抽出され、SBP75は核内の超らせんDNAに結合していることが示唆された(図2,A)。
2)抽出画分/サウスウエスタン法
2週齢(オス)SDラットの脳から細胞核を精製し,0.3M NaCl (lane 1)または20mM EtBr (lane 3)で抽出した核タンパク質の超らせんDNA結合活性をサウスウエスタン法で調べた.核抽出液をSDS-PAGEで分画し、PVDF膜に転写した後、ビオチン標識した超らせんDNA(pUC18プラスミド)をプローブとし、競合核酸(CT-DNA+yeast RNA)存在下に、超らせんDNAが結合したタンパク質をストレプトアビジン-アルカリフォスファターゼ法で可視化した。SBP75はEtBrにより核から効率よく抽出され、強い超らせん特異性を示した.SBP48はSBP75のC末端領域を欠くスプライスバリアントであることが後に明らかになった(図2,B)。
3)cDNAの大腸菌発現/ゲルシフトアッセイ
大腸菌で発現したGST融合SBP75(C末を欠損した活性型,ΔC)を、超らせん型(form I)と線形(form III)のプラスミドDNAと反応させ、アガロースゲル電気泳動にかけた。コンペチターとして断片化した過剰の仔牛胸腺DNA(CT-DNA)を加えている.ΔCはform Iと結合し,DNAバンドの移動度を減少させたが,form IIIとは結合しなかった(ゲルシフトアッセイ)。N末を欠損した不活性型のΔNとGSTはどちらのプラスミドDNAにも結合しなかった。ΔCを加えたレーンでのみ超らせんDNAが選択的にシフトしていることが分かる(図2,C)。
【0028】
このように、生の組織細胞/抽出画分/cDNAを大腸菌で発現させたタンパク質、膜上に固定化された状態(サウスウェスタン)、および溶液中にある未変性の状態(ゲルシフト)など、いろいろな条件でSBP75が負の超らせん型DNAと特異的に結合することを確認した。
【0029】
実施例2
SBP75分子の様々な領域をGST融合タンパクとして大腸菌で発現させ、サウスウェスタンブロット法で超らせんDNA結合活性を定量的に解析した。発現フラグメントの最初と最後のアミノ酸残基番号を左端に示し,過剰の競合核酸非存在下あるいは存在下でのビオチンラベルした線状プラスミドDNA (III型),超らせんプラスミドDNA (I型)のサウスウェスタンブロット像を中央のカラムに,超らせんDNA結合活性を右のカラムに示している(図3)。この実験から以下の結論が得られた。1)N末端のPWWPドメインを含む領域(1-137)にはDNA結合活性が認められない。2)NLSとAT-hookを含む領域(137-206)には非特異的な(超らせんなどDNA高次構造に依存しない)DNA結合活性があるが,超らせんDNA結合活性は認められない。3)AT-hookとC末端領域の間(200-336)に負の超らせんDNA構造に特異性をもつDNA結合活性が局在する。4)200-274位(或いは206−274位)の領域は負の超らせんDNA結合に必須である。
【0030】
実施例3
SRD1(200-274),SRD2(275-336)およびSRD1+2(200-336)をGST融合タンパク質として大腸菌で発現させ,DNAへの結合をサウスウェスタンブロット法で解析した.ビオチンラベルした線状プラスミドDNA(III型),超らせんプラスミドDNA(I型)ともにSRD1およびSRD1+2に結合したが,SRD2には結合しなかった.SRD1は線状DNA/RNAからなるコンペチター存在下でもI型DNAに特異性を示し,ラベルしていないプラスミドDNAの添加では線状(III),弛緩型環状(Ir)では影響を受けなかったが,超らせん(I)では用量依存的にラベルされたI型DNAの結合が減少した.SRD1+2ではI型DNAの特異的結合が顕著に増加し,ラベルしていないI型DNAによる競合も明確になった.この結果から,SRDは2つの部分からなること,SRD1には弱いながらも超らせん特異性があるがSRD2は全くDNA結合活性を欠くこと,SRD1と2が一緒になると強い超らせん特異性が現れることが明らかになった。SRD2にはcoiled coil構造があるため、SRD2の機能はSRD1を二量体化することであり、基本的にはSRD1が超らせんDNA結合の必須ドメインであることが明らかになった(図4)。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明で見出された負の超らせんDNAに特異的に結合するペプチド結合ドメイン(例えばSRD1)は、核内の負の超らせん構造を有するDNAに特異的に結合し、通常のDNAにはほとんど或いは全く結合しないため、負の超らせんDNAに対するペプチド性ターゲティングリガンドとして利用することができる。
【0032】
この負の超らせんDNA結合ドメインに様々なタンパク質(酵素を含む)、化合物(薬物、標識物質を含む)、糖鎖、RNA(例えばsiRNA)などを結合させることで、超らせんDNA領域の可視化、部位選択的な遺伝子操作、DNAを標的とする薬物の効力増強などを行なうことができる。
【0033】
負の超らせん構造をとるDNAは転写が盛んに進行する領域と一致することから、転写部位へのターゲッティングも可能になる。
【0034】
さらに、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、細胞性因子としてSBP75を利用し、転写活性な核DNA領域特異的に自身のゲノムを組み込むため、SRD1もしくはそれからデザインしたペプチドを、この過程を拮抗阻害する薬剤(抗HIV剤)として用いることができる。また、HIVと同様に超らせんDNAを標的とするウイルスに対する抗ウイルス剤としても応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明のペプチドの応用例を示す。
【図2】SBP75の超らせん特異性。(A) 8週齢(オス)ウィスターラットの小脳組織の凍結切片を20mM EtBrを含むPBS溶液で抽出処理したあと4%パラフォルムアルデヒドで固定し、SBP75に対するヒト自己抗体で免疫染色した像である。対照として細胞核のマトリックスタンパク質matrin 3に対する抗体で免疫染色した.SBP75がEtBrによって選択的に抽出され、SBP75は核内の超らせんDNAに結合していることが示唆された;(B)2週齢(オス)SDラットの脳から細胞核を精製し,0.3M NaCl (lane 1)または20mM EtBr (lane 3)で抽出した核タンパク質の超らせんDNA結合活性をサウスウエスタン法で調べた.核抽出液をSDS-PAGEで分画し、PVDF膜に転写した後、ビオチン標識した超らせんDNA(pUC18プラスミド)をプローブとし、競合核酸(CT-DNA+yeast RNA)存在下に、超らせんDNAが結合したタンパク質をストレプトアビジン-アルカリフォスファターゼ法で可視化した。SBP75はEtBrにより核から効率よく抽出され、強い超らせん特異性を示した.SBP48はSBP75のC末端領域を欠くスプライスバリアントであることが後に明らかになった;(C) 大腸菌で発現したGST融合SBP75(C末を欠損した活性型,ΔC)を、超らせん型(form I)と線形(form III)のプラスミドDNAと反応させ、アガロースゲル電気泳動にかけた。コンペチターとして断片化した過剰の仔牛胸腺DNA(CT-DNA)を加えている.ΔCはform Iと結合し,DNAバンドの移動度を減少させたが,form IIIとは結合しなかった(ゲルシフトアッセイ)。N末を欠損した不活性型のΔNとGSTはどちらのプラスミドDNAにも結合しなかった。ΔCを加えたレーンでのみ超らせんDNAが選択的にシフトしていることが分かる。
【図3】SBP75の部分欠損変異体の解析によるDNA結合領域の同定。SBP75分子の様々な領域をGST融合タンパクとして大腸菌で発現させ、サウスウェスタンブロット法で超らせんDNA結合活性を定量的に解析した。発現フラグメントの最初と最後のアミノ酸残基番号を左端に示し,過剰の競合核酸非存在下あるいは存在下でのビオチンラベルした線状プラスミドDNA (III型),超らせんプラスミドDNA (I型)のサウスウェスタンブロット像を中央のカラムに,超らせんDNA結合活性を右のカラムに示している。この実験から以下の結論が得られた。1)N末端のPWWPドメインを含む領域(1-137)にはDNA結合活性が認められない。2)NLSとAT-hookを含む領域(137-206)には非特異的な(超らせんなどDNA高次構造に依存しない)DNA結合活性があるが超らせんDNA結合活性はない。3)AT-hookとC末端領域の間(200-336)に負の超らせんDNA構造に特異性をもつDNA結合活性が局在する。4)200-274位(或いは206−274位)の領域は負の超らせんDNA結合に必須である。
【図4】SBP75のドメイン構造と超らせんDNA結合領域(SRD)。
【0036】
”epitope”とあるのは我々がファージライブラリーをスクリーニングしてcDNAを得るために用いたヒト自己抗体の認識部位。”IBD”はIntegrase Binding Domainで、HIVにコードされる組み込み酵素と結合する。”NLS”は核移行シグナル、”AT-hooks”は多くのDNA結合タンパク質に存在する短いモチーフで、これらを含む領域がDNAの結合に必要であることが他のグループから報告されている(ただし、この部位に超らせん特異性はない)。この点は我々も確認しているが、さらにC末端側に負の超らせん構造に特異性をもつDNA結合ドメイン(Supercoiled DNA Recognition Domain, SRD)が存在することを下に示す実験で明らかにした。
【0037】
SRD1(200-274),SRD2(275-336)およびSRD1+2(200-336)をGST融合タンパク質として大腸菌で発現させ,DNAへの結合をサウスウェスタンブロット法で解析した.ビオチンラベルした線状プラスミドDNA(III型),超らせんプラスミドDNA(I型)ともにSRD1およびSRD1+2に結合したが,SRD2には結合しなかった.SRD1は線状DNA/RNAからなるコンペチター存在下でもI型DNAに特異性を示し,ラベルしていないプラスミドDNAの添加では線状(III),弛緩型環状(Ir)では影響を受けなかったが,超らせん(I)では用量依存的にラベルされたI型DNAの結合が減少した.SRD1+2ではI型DNAの特異的結合が顕著に増加し,ラベルしていないI型DNAによる競合も明確になった.この結果から,SRDは2つの部分からなること,SRD1には弱いながらも超らせん特異性があるがSRD2は全くDNA結合活性を欠くこと,SRD1と2が一緒になると強い超らせん特異性が現れることが明らかになった。SRD2にはcoiled coil構造があるため、SRD2の機能はSRD1を二量体化することであり、基本的にはSRD1が超らせんDAN結合の必須ドメインである。
【図5】超らせんDNA結合領域のアミノ酸配列と種間で保存された残基。ラット、マウス、ヒト、ウマ、ネコ、ニワトリ、カエルのSBP75のSRD(SRD1+ SRD2)に対応する部分のアミノ酸配列を示している。この領域の構造的特徴は荷電アミノ酸残基、特にリジン(K)が多く、二次構造に乏しいランダムコイルをとっていることである。PWWPドメインやIBDに比べて全体的には保存度が低いが、*を付けた位置ではカエルに至るまですべての種で保存されており、中でもKの保存度は他の残基よりも有意に高い。特定の間隔で配置された陽性荷電をもつKやRはDNAのリン酸基と結合して超らせん構造の識別に働いている可能性がある。
【図6】超らせんDNA結合タンパク質に共通するモチーフ。ヒトからカエルに至るまで保存されているリジン(K)が作るパターンを、SRD1内を小区画に区切りながらタンパク質データベースに対して検索すると、SBP75と同様に負の超らせん構造に親和性が高いタンパク質として知られるDNAトポイソメラーゼI(hTOP1)やDNAトポイソメラーゼIIβ(hTOP2B)にも存在するモチーフが見つかった。KKX{9}KP[KR][KR]X{4}Kをコンセンサスとする20アミノ酸残基の配列は容易に化学合成で得ることができるため、結合活性を確認できれば、SBP75の超らせんDNA結合に対する競合ペプチドとして利用できる可能性がある。別の計画として、SRDリコンビナントと超らせんDNAの結合をNMRで解析し、実際にDNAとコンタクトをもつアミノ酸残基を同定し、この情報に基づいて活性ペプチドをデザインする予定である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SBP75のSRD1または負の超らせんDNA結合活性を有するSRD1誘導体を含む、ペプチド。
【請求項2】
SRD1誘導体が、KKX{9}KP[K/R][K/R]X{4}K(配列番号3)をコンセンサスとする20アミノ酸残基の配列モチーフ、KP[K/R][K/R]X{4}K(配列番号4)をコンセンサスとする9アミノ酸残基の配列モチーフ、KKX{9}KP[K/R][K/R] (配列番号5) をコンセンサスとする15アミノ酸残基の配列モチーフ、あるいはKP[K/R][K/R] (配列番号6)をコンセンサスとする4アミノ酸残基の配列(モチーフ)のいずれかを含む、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
さらにSBP75のSRD2または負の超らせんDNA結合活性の増強作用を有するSRD2誘導体をさらに連結してなる、請求項1または2に記載のペプチド。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドを含む、負の超らせんDNA結合剤。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドを含む、負の超らせんDNA検出試薬。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドの負の超らせんDNAを標的化するための使用。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドの生きた細胞内におけるリアルタイムでの超らせん構造の可視化するための使用。
【請求項8】
請求項1〜3のいずれかに記載のペプチドの核内の転写活性領域での特異的な化学反応の誘起もしくは物質の集積のための使用。

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−46475(P2009−46475A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−188287(P2008−188287)
【出願日】平成20年7月22日(2008.7.22)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】